変身

  卓袱台に向かう白いポケモンは、手にしたタブレットの画面を操作すると憎々しそうな呻き声を漏らした。その足下には諭吉10人以上の価値がある課金済みカードが乱雑に捨てられており、白いポケモンがどれほど投資したのかが伺える。しかし、それほど投資したにも関わらず、望みの結果を得られなかったらしく、白いポケモンは頬を僅かに膨らませるとタブレットの電源を落とした。

  『まったく...同じカードばかり出るよ。これだけ課金したのに...』

  不満げに呟く白いポケモンに、ギラちゃんは眠たげな眼を向けた。

  『お生憎様だが、私は既にレアキャラを入手しているからな。日頃の行いの良さが出るようだな』

  ギラちゃんの返事に白いポケモンは不満そうにそっぽを向くと、湯呑みに注がれている緑茶を口に含めた。

  湯呑みに浮かぶ茶柱が白いポケモンに縁起の良さを印象付けるが、それを見た白いポケモンは忌々しそうに湯呑みを置いた。

  『だいたい最近のゲームは課金ユーザーを重視し過ぎだよ。僕みたいに六桁も課金したのに、レアキャラが出ないとか変でしょ』

  白いポケモンは不満を口に出すと、『これだから人間は...』と呟き、再度タブレットを起動した。文句を言った矢先に早速プレイする白いポケモンの姿に、ギラちゃんは呆れたように溜め息を零した。

  『まだ課金するのか?いい加減にそのゲームを止めてみたらどうだ?』

  ギラちゃんの指摘に白いポケモンは『煩い』と応えた。その言葉にギラちゃんは含み笑いを零すと、白いポケモンの手元に目を向けながら口を開いた。

  『せっかく新しい玩具が手に入ったからな...そっちで遊ばないか』

  白いポケモンはギラちゃんの提案を耳にすると、タブレットの画面から視線をあげた。先日送り込んだ人間の存在を思い出し、白いポケモンは微かに口角を歪ませるとタブレットの画面を操作した。

  最後にコンタクトを取った際、あの人間は『星の停止』を目の当たりにし、戸惑いを隠せずにいた。あれから幾ばくか日にちも過ぎたので、何かしらのアクションを取っている筈だ。

  もっとも、『星の停止』に絶望して自殺している可能性もなきにしもあらず。

  新しい玩具の現状を想像した白いポケモンは、楽しそうな笑みを浮かべタブレットの画面に目を向けた。

  次の瞬間、タブレットの画面上に真っ赤な鮮血が飛び散る。

  私の顔面に飛散するニャースの鮮血、それが目に入る前に私は目元を拭くと、足下で転がり回るニャースを見下ろした。

  このニャースは私の新居に侵入し、あまつさえ貴重な食料の入った袋を奪おうとした。

  それを許すほど私は甘くはない。

  新居である洞窟内の物陰に隠れていた私は、足音を殺して潜入してきたニャースを先に見つけた。この世界の食料や資源は限られている。それを他者から奪おうとする輩はそれなりの数に登るため、我が身を護るために排除するのは仕方あるまい。

  人間の頃は法律や憲法により身を護られていた。

  資本主義国家に生まれた私は、幸いにも大学を卒業でき、学位を得る程の財力を有する両親に恵まれた。その後も高い年収の得られる仕事に就き、経済面で困ることはなかった。

  つまりは、金さえあれば解決できる生活を私は送っていた。

  だが、死刑執行後に待ち受けていた第2の人生では、金ではなく力が物を言う世界である。

  金と学位、知識があれども、腕力の無い私がそのような世界で生き残るには、やはり知識をフル活用するしかない。

  その知識をフル活用した結果、この『星の停止』による絶望の世界に残されている物を使い、道具を生み出す事に成功した。

  その一つ、枯れた枝を集めたトラップは正確に作動し、侵入者に牙を剥いた。鋭利な枝の塊と繋がるツタを洞窟の床に走らせ、敢えて暗闇の中に設置した。ニャースはそれに気がつかず足を引っ掛け、ツタにより固定されていた枝の塊が天井から落下する。振り子の動きで落下した塊はニャースに襲いかかり、その身体に幾つもの穴を開けた。

  「ギャッ...」

  微か悲鳴が洞窟内に木霊するが、それ以上の声を上げる前に、ニャースの身体は枝の塊ごと岩壁に叩きつけられる。その勢いにより塊はニャースの身体から離れ、ニャースは床の上に落下した。

  余命が僅かなのは明白だ。

  私は仕掛けたトラップの効果を確かめるべく、愚かな侵入者の傍に歩み寄る。全身から血を垂れ流すニャースは、既に虫の息である。傷は首にもあり、ニャースはそこを手で押さえるが、指の間から動脈血が飛び出す。私の顔にも生暖かい血液がかかり、私はそれを拭うとニャースの身体を見下ろした。

  世界最強の軍隊を苦しめたトラップの効果は絶大だ。

  火薬や銃を使わず、自然界に在るものだけでこれほどまでに恐ろしいトラップが作れるとは。加えて視界の悪いジャングルや暗闇ならば、更に恐怖心を煽ってくる。世界最強の軍事大国に唯一の敗戦の苦汁をあじわさせたトラップの威力は想像以上である。

  私は顔にかかったニャースの血液を拭うと、絶命したニャースの身体を観察する。

  「...このトラップは作りやすいが、場合を選ぶな」

  威力は申し分ないが、使うには暗所など視界不明瞭な場所に限られてくる。何より、待ち伏せのトラップにしか使えず、平野や視界の良い場所では使えない物である。

  仮に群集が襲いかかってきた場合、このトラップでは防ぎきれない。防げたとしても、それはほんの数人だけだろう。

  「やはり武器が欲しいな」

  私はそう独り言を漏らすと、今居る場所を思い出した。どうやら私は活火山の近くに飛ばされたらしく、辺りには硫黄の臭いが微かに漂う。幸いにも火山ガスは発生していないが、危険なエリアであることは間違いない。

  このような場に住居を作るのは賢くない。

  加えて私はセレビィに関する情報を集めなくてはならないため、必然的に人里に降りる羽目になる。

  火山帯の集落、そのような場所ならば私の求める物質も手に入る可能性がある。

  「...とりあえず村を捜そうかな」

  当面の目的を定めた私は、ニャースの死体を洞窟内に放置し、火山の麓に集落がないか捜すために歩きだした。

  *

  ルカリオのオズワルドは身を屈めると、眼前に迫ってきたオコリザルのパンチを避けた。頭上を掠めるパンチの勢いはオズワルドの体毛を揺らすが、彼はそれを意に介さずに右手を伸ばすと、鋼のオーラを纏わせた掌底をオコリザルの鼻先に叩きつけた。

  「ガッ...」

  鋼タイプの拳が直撃した。

  その瞬間、オズワルドの右手にボキボキという骨の折れる感覚が伝わり、オズワルドは微かに笑みを浮かべた。下顎骨と前歯を破壊されたオコリザルは血反吐を出すと、そのまま仰向けに倒れた。オズワルドの一撃はオコリザルの脳を頭蓋内で揺らし、口元に広がる衝撃も加わり、その意識を奪い去った。

  失神し大の字に横たわるオコリザルの胴体に馬乗りすると、オズワルドは笑みを浮かべたまま鋼の拳をその身体に叩きつけた。

  周囲に肉を打ち、骨を砕く音が響く。

  その音と感触にオズワルドは恍惚な表情を浮かべるが、次の瞬間、頭を下げた。後方から飛んできた鉄の針はオズワルドの頭上を通り抜け、そのまま近くの木に刺さった。

  「このクソヤロウ!」

  背後から鉄の針を投げてきたゴーリキーは、再度別の針を取り出すと、それを続けて投げつけた。空を切り裂く2本の針がオズワルドに襲いかかるが、オズワルドは先頭の針を右手で掴むと、後続の針に噛み付き、歯で受け止めた。

  針により微かに口内を切ってしまったが、オズワルドは滲み出る血を舐めると右手の針をオコリザルの眼球に突き刺した。

  オコリザルの身体が感電したように痙攣する。

  オズワルドは眼下のオコリザルの事など歯牙にもかけず、咥えた針を手に取ると、異常なオズワルドの雰囲気に脅えるゴーリキー目掛けて投げつけた。

  投げ返された針はゴーリキーの左肩に刺さり、その痛みにゴーリキーは苦悶の表情を浮かべる。その間、ゴーリキーの目はオズワルドから離れ、その隙にオコリザルの身体から離れ、接近したオズワルドはゴーリキーの顔面を掴むと、そのまま近くの岩に後頭部を叩きつけた。

  グシャッ、という熟れた果実を踏みつけるような音が微かに響くが、オズワルドはそのままゴーリキーの頭を何回も岩に叩きつける。オズワルドの手中に頭蓋骨が砕ける感覚が反響し、彼の足下に脳質と体液が飛び散る。だが、オズワルドは手を動かし続けると、目元を嬉しそうに歪めたままゴーリキーを見下ろした。

  ゴーリキーの頭部の直径は半分程まで減っており、その目は濁り、鼻から血が流れ落ちる。

  オズワルドが手を離したことにより、ゴーリキーの身体は力なく倒れた。ゴミのように転がるゴーリキーを見下ろしたオズワルドは、周囲に広がる血の臭いに鼻を鳴らすと、続けて視界の隅に映る影を見た。

  影、牝のブラッキーは怯えた眼差しでオズワルドを見ると、無意識に後ずさった。彼女の身体は薄汚れており、所々に切り傷や打ち身の跡がある。何より、彼女の性器からは白い精液が垂れており、ブラッキーの身体は細かく震えている。

  その姿を見たオズワルドは、ゴーリキーの着ている防寒用の外套で血に濡れた手を拭くと、ブラッキーを見た。

  「大丈夫ですよ、貴女に乱暴した敵は全て滅しました」

  丁寧な口調でオズワルドは伝えるが、ブラッキーは怯えた表情のまま後ずさった。その姿を見たオズワルドは不思議そうに小首を傾げ、そのままブラッキーの下に歩み寄ろうとした。

  「こ、来ないで...」

  ブラッキーの小さな声がオズワルドに届く。

  草木が僅かに揺れる。

  それを耳にした瞬間、オズワルドはゴーリキーの近くに転がっている鉄の針を手に取ると、音が聞こえてきた方向に投げようとした。だが、オズワルドは草木の中から姿を現したポケモンを見て手を止めると、構えた針を下ろした。

  ポケモン、ガブリアスのゼーンとマフォクシーのヘレンは雑木林の中から出てくると、オズワルドの姿を見て口を開いた。

  「奴らは見つかったかい?」

  ヘレンの質問にオズワルドは笑みのまま頷くと、近くに転がるオコリザルとゴーリキーの死体を指差した。

  「既に処分しましたよ。それと...犯されているポケモンがいたので保護しました」

  直球すぎるオズワルドの物言い、それを耳にしたブラッキーは悲しそうな表情を浮かべると、自身の性器から流れ出るオコリザルとゴーリキーの精液を見た。

  此処はダンジョンと呼ばれる空間である。

  ダンジョンは通常の空間とは異なり、時間や気候が乱れた空間である。その影響は凄まじく、そこに住むポケモンたちは正気を失い、本能に忠実な行動を取るようになる。

  つまり、食欲・性欲・暴力衝動など理性によりコントロールされている面が露わになる。

  このダンジョンは一見すると恐ろしい空間であるが、食料や鉱物などの資源が溢れており、ポケモンたちの生活に必要不可欠な物が取れる採掘場でもある。それ故にポケモンたちの中にはダンジョンに潜り、それらを収集する探検隊が存在し、彼らはそれぞれの地域にあるギルドに所属している。

  だが、このダンジョンに長い時間滞在すると、ポケモンは少しずつ精神を犯され、異常行動を取るようになる。つまり、普通のポケモンも異常なポケモンに変わるのだ。

  それ故に、ダンジョンに近づくのは探検隊のポケモンか犯罪者くらいであり、堅気のポケモンはまず近寄らない。

  そしてオズワルドが始末したオコリザルとゴーリキーは、ダンジョンに潜み、旅のポケモンを襲う犯罪者である。金品や食料は奪い、牡は殺し、牝は犯す連中である。彼らは保安官から賞金を掛けられている指名手配犯であるため、その首を狙うオズワルドたちが追跡し捕捉したのだ。

  オコリザルとゴーリキーの欲望の捌け口とされたブラッキーは、オズワルドの一言により、声を押し殺して泣き出した。その姿を見たオズワルドは不思議そうな目をブラッキーに向けると、口を開いた。

  「何故泣くのですか? 命が助かったのですよ?」

  オズワルドの言葉、それは傷つけられたらブラッキーの心を更に痛めつける物である。現にブラッキーは泣きながら性器に指を入れ、精液を掻き出そうとする。その姿を見たヘレンは同じ牝として心を痛めると、ゼーンと目を合わせた。ゼーンはヘレンと目を合わせ頷き、それにヘレンも頷き返すとブラッキーの傍に歩み寄った。

  「さぁ...帰りましょう」

  ヘレンは優しい声でブラッキーに囁き、彼女はそれに頷いた。その肩にヘレンは清潔な外套を掛けると、ゆっくりと彼女を立たせた。

  それを見たオズワルドが口を開こうとしたが、その視界にゼーンの腕が映り込む。厳ついガブリアスのゼーンだが、彼は悲しそうな目で首を左右に振るとオズワルドの発言を制した。

  「少しは彼女の心を労ってやれ...」

  一見すると至極まっとうな言葉であるが、オズワルドは不可思議そうに首を傾けた。その表情はゼーンの言葉を心底理解できない、と言いたげである。オズワルドの心情を反応から察したゼーンは、言葉を失うと再び口を開いた。

  「...彼女は犯されたのだぞ」

  「単に強制的に交尾しただけでしょう?」

  オズワルドの言葉、それはゼーンの身体を凍り付かせるには十二分過ぎる物である。

  (違う...価値観が違うのか...)

  ゼーンはオズワルドに対する違和感を改めて実感し、息を呑んだ。彼の抱く価値観がゼーンやヘレン、あのブラッキーとは異なり過ぎるのだ。普通のポケモンならば、身体の成長と共に心も成長し、相手を想う気持ちや言葉を学ぶ物である。

  だが、オズワルドはそれが欠如している。

  相手を想うという概念が欠如しているのは、サイコパスなポケモンか異常な環境で育ったポケモンくらいである。加えてオズワルドは奴隷商人に捕まる前の記憶が欠けている。

  オズワルドの過去と異常な言動、それを如実に感じたゼーンは頬をひきつらせると、言葉に困り目を逸らした。

  (まるで子供だ...)

  身体は大人、中身は子供のようなオズワルドに対して、ゼーンはどのような言葉をかけるべきかわからずにいた。そのオズワルドも、何故自身が戒められているのか理解できず、ただ不思議そうな目でゼーンを見返した。

  適切な言葉が見つからず、ゼーンは口を閉ざした。

  「あ、あの...」

  ブラッキーの弱々しい声が聞こえた。

  ゼーンとオズワルドがブラッキーに目を向けると、ヘレンから手当てを受けるブラッキーが戸惑うように目を泳がせており、やがて言葉の続きを発した。

  「な、仲間がヤツらに捕まったままです...お願いです...助けて...」

  涙目になりながらブラッキーは口を開いた。

  オコリザルとゴーリキーたちは牡を殺し牝を捉える連中だ。ブラッキーの言葉を信じるならば、つまりはまだ牝のポケモンが連中に捕まっていることになる。それを理解したゼーンは「任せろ」と短く答え、続くオズワルドも笑みで応えた。

  彼らの反応を見たブラッキーは衰弱した身体を何とか動かし、彼らに深々とお辞儀した。

  それから少し後、ブラッキーをヘレンに託したオズワルドとゼーンは、ダンジョンの中を更に進み、荒れ果てた小屋を見つけた。元は休憩所の類だったのだろう、壁や天井に穴の空いた小屋からは物音が微かに聞こえる。

  「...どうやら、アレが連中のアジトのようだな」

  遠目から小屋を偵察するゼーンはそう呟くと、鞄の中を漁り、筒を取り出した。筒、異大陸からの渡来品である望遠鏡を覗いたゼーンは、遠距離から小屋の情報を集めようとした。

  「...小屋の脇に牡ポケモンの死体が転がっているな、連中の仕業だろう...」

  捕まえた旅人や攫ったポケモンに対する扱いを目の当たりにして、ゼーンは舌打ちした。そして空いている穴から小屋の中の様子を探ろうと、ゼーンは望遠鏡の倍率を上げた。

  「此処は私に任せてください」

  そこにオズワルドの声が聞こえた。

  ゼーンは望遠鏡から目を離してオズワルドを見ると、彼は目を伏せたまま波導の力を行使していた。後頭部の4本の房に力を集中させ、オズワルドは小屋に意識を向けると、中の波導を探った。

  「...」

  集中しているオズワルドは、やがて房から力を抜くと、ゼーンを見て口を開いた。

  「小屋の中に複数の反応あり...1人だけ衰弱した波導を放っています」

  「それがブラッキーの連れだな」

  オズワルドの報告を聞いたゼーンは、鞄に手を入れると中から乾燥した種と瓶を取り出した。それらを見比べたゼーンは、オズワルドに目を向けると口を開いた。

  「オズワルドは先行して人質を救い出してくれ、他の連中は俺が片付ける」

  ゼーンの言葉に対してオズワルドは頷くと、気配を殺して小屋に接近する。ゼーンも小屋を挟んでオズワルドと反対側になる場所に移動すると、ゆっくりと小屋に近づく。

  壁に空いた穴から中を覗いたゼーンは、目を見開いた。

  小屋の中には強引に股を開かされたグレイシアが倒れており、彼女の臀部に向かって腰を振る牡ポケモンの姿がある。他にもグレイシアの肛門に性器を挿し込み、腰を振る牡ポケモンもいる。彼らの傍には既にグレイシアを犯した別の牡ポケモンが事態を眺めており、時折ヤジの言葉をグレイシアに投げかけていた。

  グレイシアを容赦なく犯す一団を目の当たりにし、ゼーンは微かに歯軋りした。

  直後、壁に空いている穴から小屋の中に飛び込んだオズワルドが彼らに牙を剥いた。

  オズワルドは走りながら床に転がっている空き瓶を手に取ると、グレイシアの肛門を犯す牡ポケモンの頭を殴りつけた。その衝撃により空き瓶は砕け、殴打された牡ポケモンは突然の出来事に反応できず、グレイシアの肛門から性器を抜き、床に倒れた。

  オズワルドは止まらない。

  彼は砕けた空き瓶の破片を構えると、グレイシアの性器を犯す牡ポケモンの首に突き刺した。彼が悲鳴をあげるより早く致命傷を負わせると、オズワルドはそのまま空き瓶を引き抜き再度突き刺した。

  室内に肉を刺す音が微かに広がる。

  「てめっ...」

  壁際にいた牡ポケモンがようやく事態を把握し、オズワルドに反撃しようと腰をあげた。それを横目で確認したオズワルドは、銅貨の入った袋を投げつけた。

  銅貨がぎっしりと詰まった重たい袋が顔面に直撃し、牡ポケモンは怯んでしまった。

  その間にオズワルドは最初に空き瓶で殴打した牡ポケモンの後頭部を掴むと、全力で顔面を床に叩きつけた。

  腐った床はその一撃により砕け、床の破片が牡ポケモンの首に突き刺さる。

  頸動脈を傷つけられたら牡ポケモンは苦悶の声を漏らしながら暴れるが、頭部は床板の中に入ったまま外れない。その姿を尻目にオズワルドは駆け出すと、壁際にいた牡ポケモンの顔面を掴んだ。そして、先ほどのゴーリキーと同様に後頭部を壁に向かって何度も叩きつける。

  小屋の中に鈍い音が広がる。

  頭蓋骨が砕け、脳質と体液が辺りに飛び散る。悲鳴をあげる前に牡ポケモンは絶命しており、頭部に大きな陥没穴ができた。オズワルドが横目で振り返ると、床に頭部を埋め込まれ暴れていた牡ポケモンの動きが止まっていた。

  周囲には頸動脈から流れ出た大量の血液が広がっている。

  瞬く間に小屋の中にいた牡ポケモン達は殺されその光景にゼーンは唖然とした表情を浮かべた。そしてゼーンは壁の穴から小屋に入ると、床に倒れているグレイシアに駆け寄った。全身が傷つき、虫の息のグレイシアに外套を掛けると、ゼーンはオズワルドを見た。返り血で濡れたオズワルドは微かに笑みを浮かべており、足下の死体を見ていた。

  オコリザルとゴーリキーの仲間たちは、彼らと同様に保安官に手配されていた。それ故にゼーンは彼らを始末しようとしたが、オズワルドが全て処分した。

  その方法も異様としか言えない。

  ゼーンはグレイシアに手当てを施すと、身体を外套で包み、抱き上げた。

  「...ヘレンと合流しよう」

  彼の言葉にオズワルドは笑みを浮かべ振り返ると、「はい」と普段と変わらぬ口調で応えた。その姿を見たゼーンは、生唾を飲み込むとグレイシアを抱え歩き出した。

  数時間後、オズワルドとゼーン、ヘレンは保護したブラッキーとグレイシアをプクリンのヘンデルに、そして回収した指名手配のポケモン達の死体を保安官に引き渡した。生温かい死体袋に保安官のジバコイルは目を引きつらせ、それと引き換えに報奨金をオズワルド達に渡した。

  一方、ヘンデルは保護したブラッキーとグレイシアをペラップのノイズに託すと、オズワルド達を応接室も兼ねている私室に案内した。室内には相変わらず数多くのセカイイチが保管されており、それらを見渡したゼーンは苦笑いを浮かべた。

  「流石はゼーンだね、行方不明の彼女達を無事に保護してくれてありがとう」

  ゼーンはヘンデルの賞賛の言葉に「光栄です」と応えると、彼の差し出した木製のカップを受け取った。カップを満たす木苺のジュースを口に含むと、ゼーンは横に座るオズワルドを見た。オズワルドは汚れた身体を拭き、全身を濡らした返り血を取り去っていた。それでも微かに漂う生臭さにヘレンは眉を寄せると、木苺のジュースを飲んだ。

  口内に微かな酸味と豊潤な香りが広がる。

  それらを堪能したゼーンは、薄目のまま横に座るオズワルドを見た。彼は嬉しそうに尾を振ると、子供のように笑みを浮かべている。

  その姿は躊躇なく命を奪うポケモンとは思えない。

  背筋に冷たい何かが伝わる感覚に、ゼーンは身を震わせた。ふと、オズワルドは彼の視線に気がつき、不思議そうな表情でゼーンを見た。

  「どうかしました?」

  オズワルドの問いにゼーンは顔を左右に振ると、木苺のジュースを飲み干した。微かに甘い香りが鼻腔に広がり、ゼーンは目を細めた。

  「ところで...」

  ヘンデルの声が響いた。

  彼の声を耳にしたオズワルドたちが顔をあげると、ヘンデルはまん丸とした目に疑問の色を浮かべると、オズワルドの顔を見た。

  「ジバコイル保安官から聞いたけど...君たちは指名手配のポケモンたちを皆殺しにしたのはホント?そこまでする必要があるの?」

  プクリンの愛らしい姿ではあるが、ヘンデルの言葉には何故か威圧感がある。その威圧感にゼーンとヘレンは小さく息を呑むと、オズワルドに助け船を出すべく、適切な言葉を探した。

  だが、彼女らが言葉を見つける前にオズワルドが口を開いた。

  「彼らは私たちの敵ですよ。敵に情けをかける必要がありますか?」

  オズワルドの口調は、ごく当たり前の事を聞かれたから応えたような物である。オズワルドは不思議そうにヘンデルの目を見返し、ヘンデルは口元に手を当てると「うーん」と小さな声を漏らした。

  「...わかったよ、トモダチたち」

  ヘンデルはそう応えると部屋に入ってきたノイズに目を向けた。彼の意図を察したノイズは小さく頷くと、彼は嘴に咥えた小さな麻の袋をオズワルドの傍に置いた。その袋を見たオズワルドはノイズの顔を見ると、僅かに首を傾げた。

  ノイズはオズワルドに向かって笑みを見せると、口を開いた。

  「保安官事務所からの報奨金とは別に、ギルドからの謝礼金だ。あのブラッキーとグレイシアを保護してくれた礼と思ってくれ」

  ギルドは探検隊を纏める、仕事を仲介する以外にも、その街の治安維持に貢献している。それ故に保安官事務所とは友好関係にあり、街の治安を乱す不埒な連中の始末にギルドが一役買うこともある。

  ノイズが渡してきた謝礼金の意図を理解し、ゼーンとヘレンは「ありがとうございます」と応えた。彼女らの傍には不思議そうなオズワルドがいるが、彼もゼーン達に倣い頭を下げた。

  その姿を見たヘンデルは、満面の笑みを見せると短い手を振った。

  「また何か困った事があったら、その時はよろしくね」

  面倒見の良い、懐のあるヘンデルの言葉にオズワルド達は揃ってお辞儀した。その姿を見たヘンデルとノイズは笑みを浮かべ応えると、部屋を出ていく彼らの背中を見届けた。

  やがて足音が遠くなり、オズワルド達の気配が完全に無くなった頃、ヘンデルは口を開いた。

  「それで...何かわかったの?」

  ヘンデルの問いにノイズが頷く。

  「レシラム教やギルドの戸籍を洗いましたが、オズワルドというルカリオは記録にないですね。保安官事務所やトレジャータウンの旅人の記録も同じです」

  「...」

  「それと、先日ゼーンが抑えた売春宿と関係のある奴隷商人をキマワリとドゴームに抑えさせましたが、奴からは『海岸に倒れている所を捕まえた』との情報しか...」

  ノイズの報告を聞いたヘンデルは「ありがとう」と応えると扉の方を見た。その向こうには先日、奴隷商人を摘発したギルドのメンバーであるキマワリやドゴーム、その他の多くの弟子がいる。これまで、数多くのポケモンたちを見てきたヘンデルだが、そんな彼でもオズワルドというポケモンが理解できずにいる。

  ジバコイル保安官から死体の状況は耳にしている。

  彼の話が事実なら、オズワルドというポケモンは異常である。

  ゼーン達が保護したルカリオが、実は猛獣ではないのか。ヘンデルは内心そのような考えを抱くが、異常という理由のみで排斥する訳にもいかない。

  何かしらの根拠が必要である。

  ヘンデルはオズワルド達が消えた扉を見つめると、静かに溜め息を漏らした。その姿を見上げているノイズもまた溜め息を漏らし、オズワルドというポケモンについて思案した。

  *

  ニャースの死体を放置し、洞窟を後にした私は火山の麓にある村に辿り着いた。道中、私の持つ食料を狙い、複数の暴漢が襲ってきたが、私の発明したオモチャにより、撃滅する事ができた。

  洞窟を出発して数時間、村とは名ばかりの廃墟の集落に到着した私は、セレビィと私の求める物に関する情報が無いのか、一軒一軒調べて回った。住民がいなくなり、どれほどの時間が経過したかは不明だが、廃墟の中には食料や水などが一切無く、何処も荒らされている。

  星の停止が起きた後だ、食料や水がどれほど貴重な物かはイヤというほど理解できる。

  空になっている食料庫を見た私は、身体に広がる疲れを自覚し、しばしの間休むことにした。手持ちの袋から乾燥させた木の実や肉を取り出し、それらを口に含むと唾液を分泌させ咀嚼する。風味のないシンプルな味が口内に広がり、私はそれを飲み込む。

  新しく生まれ変わったポケモンの肉体でも、栄養や休息が必要なのは変わりない。

  私は簡単な栄養補給を終えると、疲れた身体を休めるために横になった。

  ふと、横になった私の視界に本棚が飛び込む。

  廃墟を漁った連中は、どうやら食料庫のみに手を着けたようであり、本棚には一切触れなかったようである。本棚を満たす数々の本や記録、それらを見た私は疲れた身体を起こすと、本棚に歩み寄り背表紙に目を向けた。

  『取引記録』

  そう書かれている記録を見つけた私は、それを手に取り、項を捲る。その中には私の望む情報、火山帯の集落で採れる物の取引記録が記されている。この集落は海を跨いだ場所にあるトレジャータウンと呼ばれる街と取引していた。その取引内容を記した目録に目を通した私は、欲している物がトレジャータウンに存在するプクリンのギルドに輸出された事を知った。

  「...プクリンのギルド、か」

  当面の目標ができた以上、この廃墟に用はない。まだ移動の疲れが残っている以上、本日はゆっくりと休息を取り、明日以降に行動するのが正しい選択だ。

  私は、記録を本棚にしまうと、休むために腰を降ろした。

  物音が聞こえる。

  目を閉じる前にそれに気がついた私は、周囲の動きに意識を向けた。星の停止が起きた世界である以上、風が吹き草木が揺れる音とは思えない。即ち、何か生命体が動いた事で生じた物音である。

  私は音の主に気取られぬように気配を殺すと、近くの物陰に身を潜め、護身用に持っていた種の塊を取り出した。

  種、この世界に存在する不思議な植物から採取されたそれは、様々な特性を持つ物である。

  物陰から室内に放置してある私の食料袋を見て、私は種の塊を握り締め力を込めた。数秒後、室内に入ってきた人影はふらつく足取りで食料袋に近寄ると、それを開けて中身に手をつけようとした。

  そうはさせるものか、せっかく苦労して集めた食料である。

  ふてぶてしい盗っ人を捕まえるべく、私は手にした種の塊を滑らせた。カラカラと乾いた音と共に種の塊は床の上を滑ると、食料袋、そして盗っ人の傍で止まった。

  種の塊が弾けた。

  刺激を与えると爆発する性質を持つ天然の爆弾、爆裂の種を即効性の麻痺作用のある縛られの種から採取した麻痺薬でコーティングした自家製手榴弾は、盗っ人の傍で炸裂すると、辺りに大量の麻痺薬を飛び散らせる。

  「ギャッ...」

  盗っ人は爆発と散乱する麻痺薬に悲鳴をあげるが、呼吸器から体内に取り込まれた麻痺薬により、即座に身体の自由を奪われた。

  だが、盗っ人の全身を痺れさせるには量が不足していた。

  盗っ人は麻痺薬に怯み、その場から逃げ出そうと足を動かすが、足はもつれ、そのまま転倒した。呼吸器から流入する量では、即効性のある薬でも効果が限られている。

  「...やっぱり静注が効果的か」

  少しずつ手足が痺れ、動けなくなる盗っ人を見た私は、新発明のオモチャの改善点を発見できた喜びを僅かに覚えた。

  一方の盗っ人は痺れる手足を懸命に動かし、床の上を這いずり逃げ出そうとする。

  その姿は害虫のようである。

  緑色の蜥蜴のような盗っ人の姿を見た私は、生前毛嫌いしていた黒い害虫と姿を重ねてしまい、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。私は物陰から歩みでると、床を這いずる盗っ人の背中に足を載せた。

  「逃げるな」

  端的な私の言葉に盗っ人は「ひっ」と微かに悲鳴を漏らす。人の物を盗もうとした癖に、存外臆病な反応を示す盗っ人に対して、私は呆れずにはいられなかった。続いて溜め息が出た私は、盗っ人の背中を踏みつけたまま食料袋に目を向けた。

  (中身は手をつけられていない...)

  食料は取られずに済んだが、未遂とはいえ盗っ人を見逃す程、私はお人好しではない。生前の私の世界ならば、強盗未遂として裁かれるべき罪である。

  続けて私は盗っ人に目を向けた。

  盗っ人の身体はガリガリに痩せており、頬が痩けている。全身の筋肉量や張りも低下しており、浮腫も見られる。

  何より、牡ポケモンでありながら異様に腹部が膨張していることから、腹水が溜まっている事は明白だ。一目で栄養失調に陥っているとわかる盗っ人は、涙に濡れた脅える眼差しで私を見上げると「ヒュー、ヒュー」と掠れる呼吸音を上げた。

  私の脳裏に映像が広がる。

  私の仕事に笑顔で応える老若男女。

  寝台に横になり、点滴を刺される人々。

  鳴り響くアラート。

  耳に突き刺さる心停止のアラート。

  バイタルが下がる。

  慌てるスタッフ。

  動けない私。

  虚ろな目が私を見る。

  『人殺し...』

  『嘘つき』

  『母さん』

  『ママ』

  『死にたくない...』

  『助けて』

  『苦しい』

  『冷たいよ...』

  『...』

  私に向けられる人々の声。

  濡れた目が私を見る。

  その目を見た私は、思わず盗っ人から視線を逸らすと、腹部から込み上げる吐き気を懸命に抑え込んだ。喉の奥に表現できない嫌な感覚が広がり、私は盗っ人の背から足を離すと距離を置いた。私の行動に盗っ人は不思議そうな表情を浮かべ、ゆっくりと身体を起こそうとする。だが、栄養失調に陥り、加えて麻痺薬を吸引してしまった身体は思うようにコントロールできず、盗っ人は天を仰ぐように倒れてしまった。

  「...何故盗みを働いた?」

  私は盗っ人に尋ねる。

  その質問に盗っ人は息を呑むと、やがて口を開いた。

  「...お腹が空いたから」

  答えは単純である。

  だが、私はその答えを耳にして思わず表情を歪めてしまう。生前の私の住んでいた国にも、飢えた子供は確かにいた。だが、国や行政が彼らを保護し、必要不可欠な食事は与えられていた。

  つまり、私の身の回りに飢えた子供は居なかった。

  だが、眼前の盗っ人は飢えを理由に盗みを働こうとした。まるで世紀末のような世界観に私は激しい頭痛を覚えると、白いポケモンに対する怨みを抱かずにはいられなかった。

  白いポケモンは私の死刑判決の理由を知らないと言った。

  だが、眼前の盗っ人との出会いは、その理由に対する皮肉としか思えない。

  私は脳裏に過ぎる白いポケモンの顔に右フックを打ち込むと、盗っ人に目を向けた。私の持ち物を使えば、盗っ人を殺すことはニャースの時と同様に簡単である。だが、盗っ人の涙に濡れた目を見てしまった以上、その命を奪う事はできない。

  差別と言われても構わない。だが、今の私に盗っ人の命を奪うという選択肢は存在しなかった。

  私は閉口すると、食料袋から木の実と干し肉を取り出し、盗っ人に投げつけた。突然の私の行動に盗っ人は言葉を失うが、我に返ると食料に飛びつき、貪った。私は続けて水の入った革袋を盗っ人に差し出すと、口を開いた。

  「水分もキチンと取れ、あとゆっくりと食べなさい」

  盗っ人は私の言葉に頷くと、食べながら泣き出した。溢れ出す涙と鼻水が肉を湿らすが、盗っ人は戸惑うことなく食べ続け、空腹を満たしていく。その姿を見た私は、差別してまで助けた以上、眼前の盗っ人を利用する事にした。

  こちらは食料を提供し、命を助けたのだ。

  道案内くらいさせなければ、殺したニャースに示しがつかない。

  食べ続ける盗っ人の傍に歩み寄ると、私は口を開いた。

  「私はトレジャータウンという場所に行きたいのだが、君は知っているか?」

  私の問いに盗っ人は泣きながら頷くと、最後の肉片を咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。そして水で口内を潤すと、小さく息を吐き出し、私の顔を見た。

  「トレジャータウンは海の向こうにあるから...水ポケモンの助けがいる...だけど俺の知り合いに海を越えられるポケモンがいるぞ」

  「案内してくれるか?」

  盗っ人は私の問いに考え込むと、手に残る食料の香りと私の顔を見比べ、やがて頷いた。とりあえずガイドを確保できた私は安堵の溜め息を漏らすと、盗っ人の手を引き、立たせた。

  「その身体では満足に動けないだろう...少し治療してから出発しよう」

  私の言葉に対して盗っ人は「チリョウ?」と不思議そうな声を漏らした。星の停止が起きた世界では、どうやら教育や技術の頒布が不足しているようである。

  ふと、私の脳裏に子供の顔が過ぎる。

  私の傲慢の犠牲となった幼い男の子の顔が。

  「...」

  私は数多くの命を奪った。ならば、今度は眼前の命を救ってみてはどうだろか。

  心の内で私の考えは纏まった。

  とりあえず眼前の盗っ人に私の持つありとあらゆる技能を与えれば、彼も飢える事は無くなるかもしれない。代わりに彼からこの世界の常識を教われば良い。

  ギブアンドテイク、体の良い関係である。

  私は立ち上がった盗っ人を見ると、口を開いた。

  「君の名前は?」

  盗っ人は私の質問に視線を逸らすと、「知らない...」と呟いた。眼前の盗っ人は名無しの権兵衛であった。

  個体名は私も知っている。

  しかし、個体名で呼ぶのも味気ない。

  盗っ人に名前を与えるべく、私は考え込むが、盗っ人は私に向かって「あんたの名前は?」と逆に問うてきた。

  「...」

  別に生前の名前を名乗っても良い。だが、せっかく生まれ変わった以上、新たな名前が欲しくなるのはもっともであろう。

  あの白いポケモンの横っ面を殴るべく、そして何処かで見ている白いポケモンに対する皮肉を込めた名前が良い。

  やがて、ある名前が思いついた私は、自然とそれを口に出した。

  「私は、グレーゴル」

  盗っ人は「グレーゴル?」と呟くと、微かに笑った。

  「変わった名前だな」

  「...そうだね」

  盗っ人の言葉に私は同意するが、その意識は白いポケモンに向けられている。

  (見ていろ、お前の思い通りにはならないからな)

  心の内で私はそう呟くと、盗っ人に目を向けた。盗っ人の個体名、キモリでは名前として味気ない。ならば、私の思いつく限りの名前を与えよう。

  「...君は、カフカ。カフカはどうだ?」

  私の言葉に盗っ人のキモリ、いやカフカは「かふか?」と呟いた。だが、彼はやがて嬉しそうな笑みを浮かべると、私の顔を見て喜びの色を浮かべた。

  「カフカ!良い名前だ!」

  カフカは喜びの言葉を口に出すと、嬉しそうに私の顔を見た。まるで年の離れた弟のように見えるカフカの反応に、私は苦笑いを浮かべると彼に手招きした。

  「さあ、とりあえず治療しよう」

  私の言葉にカフカは頷くと、私の顔を見上げて口を開いた。

  「それにしても、グレーゴルは変わったリオルだな」

  「始めて見たよ」とカフカは呟き、私は微笑み返した。

  こうして私達は出逢った。