×××

  水の大陸、ワイワイタウンに建てられたレシラム教教会。

  街中に暴動が広がり、教会の大広間には街から避難してきた住民や異教徒、旅人やレシラム教穏健派達の姿があった。誰もが暴徒の牙から逃れようと騎士団が警備する教会へ逃げ込み、恐怖に震えていた。

  別室の礼拝室には大量の負傷者が運び込まれ、エリース率いるレシラム教の医療班とルール率いる慈善事業の信者達が治療に当たっていた。

  「鎮静剤が足りません‼︎」

  「包帯が足りない‼︎こっちに応援を‼︎」

  「出血が止まらない‼︎医師を寄越してくれ‼︎」

  誰もが負傷者を助けようと懸命に治療に当たるが、負傷者が多すぎるため、キャパシティを超えていた。足りない人員と物資、外では暴徒の怒鳴り声と襲われる者達の悲鳴、過酷な状況ではあるが、エリースとルール達は懸命に治療活動に当たっている。

  「…これは助からない、次だ」

  礼拝室にはエリースの付き人である牡のインテレオン、レオンの姿もあった。軍の衛生兵としての経験もあるレオンは医師に代わり、明らかに助からない者を選別し助かる者を優先するようにトリアージしていた。その姿を横目で見ていたエリースは、自身の礼服が血で濡れるのも意に介さず、負傷者の傷を洗い、包帯を巻いていた。

  「次の箱を開けてください」

  ルールは全体の状況を見ながら、物資や人の動きを適切に指示していた。ルールの指示に従い、別の信者が新しい包帯や薬を準備し、エリース達に手渡していた。その光景を見たルールは廊下の先にある教会の入り口を見た。

  そこには大量の負傷者と避難民の姿があり、中には武装した騎士団の負傷者もいた。

  「…暴徒が武装した兵を負傷させた?」

  暴徒とは言え、元は普通の住民が殆どである。そのような者達が、訓練を受けて武装した兵士を負傷させる事など、通常ではありえない。その事に気がついたルールは運ばれてきた兵士の傷を見ると、そこには鉄製の破片が見られた。

  『鉄製の筒の中に鉄球と火薬を入れ、火薬の爆発で鉄球を飛ばす装置』

  ルールの脳裏に、円卓の会議でオズボーンが見せた未知の武器の姿が過ぎる。会議で見た際には未知の武器の危険性を理解できずにいたが、負傷兵が次々と運ばれてくる光景を目の当たりにして、ルールはその危険性について、ようやく理解できた。

  マスケット銃の銃弾は兵士の鎧を破壊するだけでなく、その衝撃で内臓や神経、骨にもダメージを与えていた。ブーバーやフローゼル、カイリキーなど見覚えのある騎士団の団員達が運ばれてきており、皆が重い傷を負っていた。兵士の乗った担架に走り寄ったレオンは、彼らの傷と出血量を見ると、小さく首を振った。

  レオンの対応を見たエリースは手当していた負傷者を他の信者に任せると、自身は兵士達の傍に跪いた。

  マスケット銃の銃弾で肺に穴が空いたブーバーは、口から真っ赤な血を吐き出しながらエリースの顔を見上げた。

  「…ヴァ、ヴァヴァ…」

  誰かの名前だろうか、目尻から涙を溢しながらブーバーは呻くと、祈りを捧げるエリースの手を握った。血塗れで死にかけとは思えない力でブーバーは握るが、エリースは悲鳴を漏らさずにブーバーの手を握り返すと、モルヒネを注射しながら穏やかな声で言った。

  「貴方は民を守りました。レシラム様は貴方の善行を見ています。ヴァルハラにてレシラム様の御身を守りたまえ…」

  勇敢な戦士の魂をレシラムがヴァルハラへと導く、それはレシラム教における最高位の賞賛の言葉であった。司祭であり、更に円卓の一員かつレシラムの眷属たるエリースが賞賛の言葉を贈ったことにより、ブーバーは穏やかな顔を浮かべると、そのまま動きが止まった。

  エリースは続けてフローゼルとカイリキーの傍に跪き、同じような賞賛の言葉を贈り、手の施しようの無い兵士達の魂を救おうとしていた。エリースの言葉を聞き、胸に穴の空いたフローゼルと臓物が飛び出しているカイリキーは共にモルヒネを注射され、穏やかな表情になった。そのまま息を引き取った団員達の死体に向かってエリースは祈り続けた。

  「次の負傷者です!」

  礼拝室内にルールの声が広がった。彼の指示に従い、運び込まれた担架が次々と床に置かれ、礼拝室内は痛みと恐怖で苦しむ呻き声が広がった。それを見たエリースは応急キットを片手に駆け出し、レオンがトリアージした負傷者の手当てをした。

  「あ、あの…」

  エリースとレオンの耳に牝のレパルダスの声が聞こえた。2人が視線を向けると、担架に横たわっているレパルダスと目が合った。

  レパルダスの顔は半分潰れていた。

  「泣き虫な私の子が…泣かないんですよ。熱があるのかしら…」

  顔が半分潰れたレパルダスは絞り出すような声で話すと、自身の傍で横になっているチョロネコを指差した。

  チョロネコの首はほぼ千切れており、僅かな筋肉と皮膚で胴体と繋がっていた。それを見たエリースは悲鳴をあげそうになったが、寸前で堪えると息を深く吸い、吐いた。

  エリースの鼻腔に血と臓物の臭いが広がる。

  やがて、心を落ち着かせたエリースは穏やかな声でレパルダスに話しかけた。

  「…大丈夫、お子さんは穏やかな顔で寝ていますよ」

  エリースの言葉を聞いたレパルダスは「あぁ、良かった」と呟くと、そのまま息を引き取った。普通ならば即死しているはずの状態で、まだ子供の心配をするレパルダスの想いを感じたエリースは、泣き出しそうな顔を浮かべた。

  そのようなエリースを横目で見ていたレオンは、続けて別の負傷者をトリアージすると、冷静な声で宣告した。

  「…頭蓋骨が折れてる、現状では処置の仕様がない」

  左右の眼球が違う方向を向いている子供の頭は後頭部付近が潰れて凹んでいた。レオンの言葉を聞いた父親は絶叫し泣き叫ぶが、彼も口から血を吐くと、そのまま礼拝室の床に倒れ込んだ。

  父親の腹からは臓物が飛び出していた。

  生き絶えた負傷者の体は、動ける信者や避難民達の手により、別の部屋へと運ばれて行った。それを見届けたレオンは悲しそうに目を細めたが、次々と運び込まれる担架に意識を向けた。

  「レオン殿‼︎」

  ルールの絶叫が礼拝室の中に響いた。ルールに名前を呼ばれたレオンが視線を向けると、担架に乗せられて礼拝室内に運び込まれた牡のガオガエン、ルドルフの姿があった。既知の顔を見たエリースとレオンの表情が凍るが、レオンは即座に思考を切り替えるとルドルフの傍に屈み込んだ。

  ルドルフの意識はなく、身につけている鎧は砕けていた。

  「暴徒が持つ新型の武器にやられました‼︎まるで持ち運び可能なら小型の大砲のようでした‼︎」

  騎士団の一員であるエンニュートの報告を聞いたレオンは、ルドルフの呼吸が微かに残っている事を確認すると、全身の状態を確認した。

  「…これは、酷いな」

  マスケット銃の銃弾が鎧を砕き、その破片と衝撃により、ルドルフの身体は傷付けられていた。手脚の皮膚は避け、肉が剥き出しになり、骨が折れている箇所もある。なにより、ルドルフの右目は砕けた鎧の破片で潰れており、身体のあちこちから出血していた。

  「…だが、致命傷がないな」

  レオンの言葉通り、ルドルフの肉体は傷ついてこそいるが、臓器や大きな血管、脳神経、脊椎などは無事な状態であった。屈強な筋肉の鎧がルドルフの身体の重要な部分を守り、命を繋ぎ止めていたのだ。

  状況を理解したレオンは助けられると判断し、処置を施す事にした。

  なにより、ルドルフはレシラム教の武力面を束ねる存在である。兵士や騎士団、信者や街の住民からも信頼を得ているルドルフの存在は、オズボーンを失ったレシラム教の今後に必要不可欠なものだ。

  「…死なないでくださいよ」

  傷から破片を取り除き、消毒と縫合をしながら、レオンは呟いた。エリースもレオンの傍に跪くと、彼から指示を受けて、ルドルフの傷をタオルで押さえた。

  エリースの白い手が血に染まるが、彼女は気にせずに傷を押さえ続け、なんとかルドルフの出血を止めようとしている。

  彼らの姿を横目で見たルールは、ルドルフの処置を任せると自身は状況を把握すべく、教会入り口にいる騎士団の下へと向かった。団長であるルドルフが動けなくなり、最後の命令である暴徒の鎮圧と住民の保護を行うべく、彼らは負傷した団員達を教会内にいる医療班に引き渡していた。そして生き残った団員達もまた、再び街へ繰り出そうと準備をしていた。

  ルールの視界に見慣れた姿が映り込んだ。

  「ガロン殿‼︎」

  レシラム教騎士団の副団長である牝のブリガロン、ガロンは振り返ると、ルールの顔を見て破顔した。

  「ルール様‼︎良かった…教会内の皆も無事なようですね」

  牝でありながら騎士団の副団長に上り詰めたガロンは、まさに質実剛健といえる人柄である。大柄な彼女を見上げたルールは見知った顔が無事であることに安堵し、出動しようとしている騎士団の団員達に声をかけた。

  「ルドルフ殿は重症ですが、致命傷ではありません、今はエリース殿達が治療しています」

  ルールの説明を聞いた団員達は嬉しそうに喜ぶが、一方で他の仲間達が死亡している現実も理解しているため、同時に悲しそうな表情も浮かべていた。そんな一同を見渡したガロンは姿勢を正すと、張りのある声で言った。

  「市街地と旧市街地の暴徒は鎮圧できたが、スラムと広場、港湾部では住民が襲われ続けている‼︎今すぐに救出に向かうぞ‼︎」

  

  団長が重症であるが、ガロンは負けじと声を張り、団員達に指示を出した。彼女の声を聞き、団員達は負けじと声を張り上げ、互いに鼓舞していた。

  そんな騎士団の面々を見たルールは、慌てて声をかけた。

  「待ってください!暴徒は未知の武器を持っています!」

  

  彼の呼びかけを聞いた団員達は表情を固くさせるが、ガロンは腹を括ったような表情でルールを見た。

  「わかっています。ですが、その武器で民を襲っている以上、我々も傍観している訳にはいきません」

  副団長として騎士団を束ねるガロンの姿勢を見たルールは、小さく溜息をこぼすと彼女の手を取った。ルールは心底不安そうな目でガロンを見ると、大きな口を僅かに開き、声を殺しながら言った。

  「婚約者として、レシラム教司祭として、あなたの無事を祈ります」

  ルールの言葉を聞いたガロンはにこりと笑みを浮かべると、「行くぞっ‼︎」と団員達に喝を入れた。彼女の張りのある声を聞いた団員達も大声で応えると、自身らを鼓舞し未知の武器と暴徒に立ち向かおうとした。

  その背中をルールが心配そうに見つめていたが、そこに落ち着いた声が投げかけられた。

  「お待ちください」

  

  声を聞いたルールとガロンが声の主に目を向けると、教会の入り口には牡のデンリュウ、調査団の団長が立っていた。街の名士であり、数々の団員を率いる団長は出立しようとしたガロン達を止めると、落ち着いた口調で話した。

  「聞けば、未知の武器は小型の大砲のようなものですね」

  団長の指摘にルールとガロンは頷くと、団長は視線を自身の後方に向けた。そこには調査団団員であるブイゼルの姿があり、彼と目を合わせた団長はウインクした。

  「私は平和主義者です。平和主義者ですが、危害を加えられたら全力で抵抗します」

  穏やかな口調で団長は話すと、ルールやガロン、団員達を見渡し、静かな声で言った。

  「無抵抗な者に対してのみ強気な愚か者達を、粉砕させてあげましょう」

  

  丁寧な口調と穏やかな笑みをみせる団長だが、その目には怒りの色が浮かんでいた。それを読み取ったルールとガロンは息を呑み、団員達も身体を硬くさせた。

  *

  一番古い記憶は、檻から見上げた白い部屋であった。

  生まれた頃から檻に入れられていた私は両親の顔を知らず、同種のリオル達と共に檻の中で与えられる餌を食べていた。時折、檻から出されては広い部屋を走ったり飛んだりして、体力をつけるように命じられた。

  そして、定期的に檻の中から連れ出された同種の者達は、白衣の男達により隣室へと連れて行かれ、二度と戻って来なかった。

  多くのリオルは自身らの存在意義について考えることはなく、与えられる餌とデザート、運動に満足していた。だが、私は先天的にテレパシーに長けており、白衣の男達の思考を読み取ることができた。

  「被験者は全滅だ」

  「投薬量が多いのか?」

  「静脈投与では血管内で血栓ができるから…」

  「解剖したところ、細かな血栓が多数できていた…」

  白衣の男達の言葉の意味は理解できなかった。だが、それが私にとって良くない状況であることは理解できた。故に白衣の男達が檻に近づくたびに、同種の陰に隠れて、男達の手から逃れるようにしていた。

  檻の中にいるのはリオルだけであり、私の存在をうまく誤魔化してくれた。

  そのような生活を続けて、檻の中のリオル達の顔が全て入れ替わった頃、とうとう私は白衣の男の手に捕まった。檻から出された私は隣室へと連れて行かれ、大きなベッドに拘束された。

  天井の明かりが私を照らし、私の視界を白く染める。

  私の腕に痛みが走った直後、優しい声が私の耳に届いた。

  「ちょっと待って」

  私が視線を向けると、そこにはメガネをかけた白衣の女性が立っていた。彼女は近くにいた白衣の男に声をかけると、何度か言葉を交わし、私の傍へと歩み寄った。白衣の女性は血色の悪い顔で私の顔を覗き込むと、私の身体を固定するベルトを外した。

  「あなた…身体が大きいわね。今回の実験対象群の基準体重を超えているわ」

  白衣の女性はそう話したが、私は理解できなかった。ただ、彼女が私を助けてくれた事だけは理解できた。

  血色の悪い顔で笑う彼女の顔は、まるで天使のように見えた。

  「…君はこれから、私の手助けをしてもらいたい。力を貸して欲しい」

  彼女は優しい声で話した。

  それから、私は彼女の下で働いた。

  腕力のない彼女に代わり、私は荷物を運び、機材を運び、時には暴れるリオル達を取り押さえる役割を果たした。私が取り押さえる度に、そのリオルは隣室へと運ばれていき、そして二度と戻って来なかった。

  この頃になると、私もなんとなく理解できた。

  隣室に連れて行かれる意味、なぜ戻ることがないのか。

  檻に入れられたリオル達、そして助手として使われる私。

  それらを肌で理解できた私は、捨てられぬように、檻の中へと戻されぬようにと懸命に働いた。

  この頃になると私はルカリオに進化しており、白衣の女性(周りの男達からは×××と名前を呼ばれていた。)、いや×××の助手として働いていた。腕力と体力のない×××を助けながら、そして暴れるリオル達を腕力で押さえつけ、ベッドに拘束する手伝いをする。

  リオル達は恨めしげな目で、同種の私を睨みつける。だからと言って、私に彼らを助ける術はなかった。

  私がリオル達と違う側に立てたのは、奇跡のようなものである。

  リオルの腕から伸びる管に液体が流されて、リオルの呼吸が弱くなっていく光景を見た私は、感情を押し殺したまま、×××に従い、死体を処理した。

  そんなリオルの死体と私を見比べた×××は、微かに笑うと口を開いた。

  「君の立場や種族を考えれば相応しいとは言えないとと思うけど、処理をヨロシクね」

  私への労いの言葉、それは私に至福の感情を与えて、より仕事に邁進するようになった。私は抱えたリオルの死体を解剖室に運ぶと、×××と共に隣室へと戻った。

  平然と同種の死体を処分できるようになり、私の感覚も壊れていた。

  *

  銃声が響いた。

  時の守護者達の構えたマスケット銃は火を放ち、逃げ惑う住民達の背中に牙を剥いた。丸い弾丸は住民達の身体を撃ち抜き、体内の臓器や大きな血管神経を破壊し、住民達は次々と倒れていった。

  その光景を見た時の守護者達は一斉にマスケット銃を放ってしまったこともあり、マスケット銃の先端から弾丸と火薬を装填していた。

  マスケット銃を装填する間、時の守護者達は無防備となった。

  「やれやれ…これだから素人は困ります」

  建物の2階から見下ろしていた団長は、溜息をこぼした。

  装填する間は反撃する手段がないため、隊列を2列に分けて発砲し、装填する間に別の列が発砲する方式、いわゆる戦列歩兵という運用形態を取る方が効果的である。だが、時の守護者達は狂信的な集団であれど、軍隊ではない。戦術を考えず、ただ物量と武器を頼りに暴れるだけの集団である。

  それ故に、団長は呆れた表情を浮かべていた。

  時の守護者達は一斉に装填し、無防備な姿を晒している。その光景を見た団長は通りの端に立っているブイゼルに合図を送った。団長から指示を受けたブイゼルは両手を高く掲げると、雨雲を呼び寄せ、雨を降らせた。

  水タイプの技、『雨乞い』である。

  ブイゼルの力により、ワイワイタウンの上空には雨雲が広がり、瞬く間に大量の雨が降り始めた。雨は暴徒達の勢いと熱を削ぎ、時の守護者達の持つマスケット銃を濡らした。突然の雨に時の守護者達は慌ててマスケット銃を守ろうとするが、点火部が濡れてしまい、使い物にならなくなった。

  装填時の効率の悪さ、闇雲に動く影に発砲する姿から、時の守護者達が兵としての教育を受けていないことを、団長は見抜いていた。

  そして、時の守護者達が万が一の事態を想定した対策を怠っているということも、団長は見抜いていた。

  現に炎タイプの守護者が、全員のマスケット銃の点火部に火を点けようとしていた。だが、豪雨は守護者の灯す炎も消してしまい、それは徒労に終わった。

  「それでは、味わっていただきますか」

  その隙を見逃すほど、団長は優しくなかった。

  ポツリと独り言をこぼすと、団長は右手を掲げて、静かに下ろした。直後、豪雨の中から雷が落ち、時の守護者達に命中した。直撃した時の守護者は強力な落雷により感電死しており、破壊された石畳の破片が周りの守護者達に襲いかかる。尖った石が身体やマスケット銃を傷つけ、彼らの悲鳴が広がる。

  その姿を見下ろした団長はほくそ笑むと、続けて複数の雷を呼び寄せた。

  落雷は次々と時の守護者達に命中し、彼らの命を刈り取っていく。1人、また1人と倒れていき、通りに死体が転がっていく。

  「やれやれ…この程度ですか」

  その光景を見下ろした団長は呆れた口調で呟くと、続けて落雷を呼び寄せた。

  だが、守護者達の一部は周囲の建物の中に逃げ込み、落雷と豪雨を避けつつ、教会を目指そうとしていた。彼らの思考を見抜いている団長は溜息をこぼすと、火の灯されたカンテラを掲げて、合図を送った。

  その間、建物の中や合間を駆け抜ける時の守護者達は、教会に避難した住民や異教徒に対して牙を剥こうとしていた。

  だが、それは唐突に終わりを告げた。

  守護者の1人が扉を開けた瞬間、その首は切り落とされた。扉の向こうに潜んでいた騎士団の刃が守護者に襲いかかり、その命を刈り取った。目の前で同志が討たれた事に驚き、別の守護者の脚が止まったが、直後に窓枠から槍が投げ込まれ、守護者の脇腹に突き刺さった。

  守護者は床に倒れ込み、苦悶の表情を浮かべたが、怒りに燃える騎士団の刃が首を切り落とした。

  「…っ、撤退だ‼︎」

  

  室内の光景を見た時の守護者の生き残りは同志に声をかけて、マスケット銃を構えようとした。だが、狭い室内ではマスケット銃の長い銃身を思うように扱えず、テーブルや棚にぶつかり、思わず取り落としてしまった。

  その瞬間、騎士団の剣が守護者の胴体を貫通した。

  時の守護者達は瞬く間に排除された。それは別の建物や通路の中でも同様であり、待ち受けていた騎士団により時の守護者達は次々と討たれていった。

  団長とブイゼルによりマスケット銃の無力化を図り、加えて広い屋外から狭い室内へと追いやった。狭い室内ではマスケット銃の取り回しが良くなく、加えて訓練を受けた騎士団の剣はマスケット銃を構えるより早い。

  未知の武器でありながら、マスケット銃の性能と運用の弱点を見抜いた団長の計略は成功し、住民達を襲っていた時の守護者達は続々と討たれていった。

  大きな破壊音が聞こえた。

  「…ん?」

  建物の2階から事態を眺めていた団長の視界に、土煙が映り込んだ。直後、建物の中から吹き飛ばされた騎士団の団員達の姿が見えた。

  「…あれは」

  建物の中から姿を現したのは、牡のドサイドンであった。他の時の守護者達に比べて、体格と腕力に優れているドサイドンは使い物にならないマスケット銃を振り回すと、力任せに団員達を吹き飛ばしていた。やがて、団員の装備していた戦斧を奪うと、騎士団が近寄れぬように振り回していた。

  「来るなぁぁぁ‼︎」

  野太い声と共にドサイドンは戦斧で威嚇し、騎士団を追い払おうとしていた。団員達はドサイドンの雰囲気に気圧され、思わずたじろいでいた。

  「…やれやれ」

  一般団員達の情けない姿を見た団長は溜息をこぼすと、彼らを援護すべく、通りへと飛び降りようとした。

  だが、団長は動く影を見て、動きを止めた。

  一般団員達の間を縫うように駆ける影は、一瞬の内にドサイドンに近づくと、手にした大剣で切りつけた。ドサイドンも影の存在に気がつくと、戦斧で大剣を受け止めた。

  「…おりゃあ‼︎」

  腕力任せにドサイドンは戦斧を振り、影を弾き飛ばそうとした。影、いや騎士団の副団長であるガロンは受け身を取りながらドサイドンと距離を取るが、再び接近すると切りつけた。ガロンの素早い剣技はドサイドンの戦斧を弾き飛ばし、彼の身体に細かな切り傷を付けていく。だが、ドサイドンの硬い身体には決定的な一撃を与えることができず、いたずらに刃こぼれするだけであった。

  「邪魔だぁぁぁ‼︎クソガキぃぃ‼︎」

  

  ドサイドンは大声で威嚇しながら戦斧を振り回し、ガロンの持つ大剣を破壊しようとした。だが、ガロンは戦斧の軌道を見切ると、それに合わせて大剣を走らせ、遠心力を利用しながら戦斧に大剣を叩きつけた。

  ガロンの放った一撃は予想以上に重たく、ドサイドンは思わずたじろいだ。その瞬間、ガロンは刃こぼれした大剣を投げ捨てると、代わりに団員の落とした戦鎚を拾い、戦鎚の先端に草の力を宿したまま、ドサイドンの腹に叩きつけた。

  「…はぁっ‼︎」

  そのまま戦鎚に力を込めて、ドサイドンの巨体を吹き飛ばした。草の力を宿した戦鎚の一撃はドサイドンの硬い皮膚を介して、内臓に衝撃を与えた。轟音と共にドサイドンは石畳を転がると、口から血を吐き出し、失神した。

  ガロンは息を吐くと戦鎚を下ろし、団員達を見渡した。

  「武装勢力の残党がまだいるぞ‼︎奴らの武器は屋外向けだ‼︎雨が降っている間に屋内で仕留めろ‼︎皆の剣は速い‼︎奴らの武器より優っているぞ‼︎」

  ガロンは団員達を鼓舞すると、彼女の声に応えるように団員達は声を張り上げた。そして、時の守護者の残党を狩るべく、走り出した。

  「…て、撤収しろ‼︎」

  ドサイドンの敗北、マスケット銃が使えない状況、そして勢いを取り戻した騎士団の威圧感、それらを目の当たりにした時の守護者達は任務を放棄して逃げ出そうとしたが、その背中を目掛けて騎士団が駆けていく。時の守護者達は街の外に繋がる通りを駆け抜けようとしたが、団長の放つ雷や騎士団の追撃により、次々と脱落していった。

  やがて、先頭を走っていた時の守護者の背中に槍が突き刺さり、最後の1人が倒れた。その背中から槍を引き抜くと、ガロンは騎士団の面々を見渡し、声を張り上げた。

  「残るは暴徒のみだ‼︎」

  彼女の鼓舞に騎士団の面々は応じると、住民を救うべく、暴徒のいるエリアに向かって走っていった。その背中を見届けたブイゼル、そして調査団の団員達は教会を守るべく、今いるエリアで待機する事にした。

  「…さてと、私は情報共有に動きますかね」

  そう呟くと、団長は未知の武器に対する対抗策を広めるべく、教会の電信室へと脚を運んだ。

  *

  どれだけの時間が経過したのだろうか。

  私が×××の助手になり、死体処理と力仕事、暴れるリオルの処理に従事する日々を送っていた。目の前のタスクを淡々と処理している内に、私の心はドンドン荒んでいくのを感じた。

  だが、×××が私を檻から出してくれたのは揺るぎない事実であり、×××を支える事こそが私の生きる意味であった。

  今日も反抗的なリオルの首を締め、意識を落としてから檻に戻す作業に従事していたが、隣に立つ×××の動きが止まっている事に私は気がついた。私は横目で×××を見ると、彼女の顔は凍りつき、部屋の入り口を見つめていた。彼女の視線に釣られて私もそちらを見ると、そこには白衣を着た女性研究員が立っていた。

  白衣を着た女性研究員の周りには×××の上司や同僚の姿があり、研究員に好意的な態度で接している。私の波導は彼らの感情を読み取り、それを理解した私は嫌悪感のあまり、視線を逸らしてしまった。

  ふと、私の隣に立つ×××は唇を強く噛み締めており、強い眼差しで研究員を見ていた。×××の纏う波導には愛情と憎悪の感情があり、相反する感情の波が×××から溢れ出ている。

  私の視線にも気づかない×××は小さく息を吐くと、絞り出すような声を漏らした。

  「なぜここに…⚪︎⚪︎⚪︎」

  愛と憎しみの入り混じった声であった。