第六章 青き毒の招待状 ―夜の神殿の生贄たち― 1

  村を覆う夜の帳は、いつになく重く、不気味な静寂を湛えていた。

  村外れにある、かつての戦火で崩れ去ったまま放置されている神殿。その崩落した石柱の影で、三人の村娘たちが不安げに肩を寄せ合っている。

  彼女たちはアニスの幼馴染である三人の娘。

  親友のベラ、内気なルナ、そして村一番の快活な少女ミリーである。

  三人は崩れた祭壇の方に視線を向けている。

  そこには薄い純白の服を着たアニスが立っていた。

  「……本当なの? 本当にここで『聖女』様からの天啓があったの? アニス」

  幼馴染のベラが三人を代表し、震える声で祭壇の上に立つアニスに尋ねる。

  「えぇ……そうよ、ベラ。その天啓を村のみんなに伝えるため、ぜひともみんなに協力してほしいの」

  「私たちが伝えるの? アニスじゃなくて?」

  と、不安そうに尋ねたのはルナだった。

  「えぇそう。村のみんなに伝えるためには、大勢の信徒が必要なの。それは特別に選ばれた乙女にのみに許される。そんな天啓もあったわ」

  「特別……私たちが特別なの?」

  ミリーが目を輝かせてそう尋ねる。

  閉鎖的な村の中、『何者かに選ばれる』ことに憧れを抱いているのはアニスだけではない。

  自分がこんな小さな片田舎で、一生を終えるわけがない。

  自分には何か特別な役割があるはずだ、誰かが自分を見出してくれるはずだ。

  いつか王子様が……年頃の娘たちは常にそれを夢想している。

  アニスの目を通して見える三人の表情から、カイルはそう推測した。

  「えぇそう。あなたたちは『特別』なの」

  そう述べながら頷くアニスの姿は、遥かに神々しく、本当に選ばれた存在のように三人の目に映っていた。

  しかしその実、三人のことを見下し、自分よりも特別になることは決してないとアニスが思っていることも、全ての感覚を共有しているカイルにはわかっていた。

  それを象徴するように、アニスの胸元の白い肌の上、服の隙間から這い出すように、毒々しくも美しい黒紫色の紋章が明滅している。

  私は誰よりも『特別』

  アニスの思いが紋章をどんどん濁らせていく。

  「さぁ、みんなこっちへ来て……大丈夫、怖がらなくていいの。私が授かった、特別な福音を皆にも分けてあげたいだけなのよ」

  そう言ってアニスがほほ笑む。

  その瞳の奥で、カイルと視覚を共有するための赤紫色の光が、まるで猛禽類が獲物を品定めしているかのように輝いていた。

  「さあ、皆……円になって。私の手を取って」

  アニスに導かれるまま、祭壇へと上がってきた三人の娘たちは、アニスと手を繋ぎ円陣を組む。

  全員の手がつながったその瞬間、カイルの右目がアニスの視界を介し彼女たちの魂の深部へと潜り込んだ。

  [i:【端末:アニスによる広域深層解析(マルチ・アナライズ)開始】

  【検体A:ベラ】

  【紋章:橙/特性:虚栄心】

  【解析:アニスに対する劣等感あり。アニスが不幸になることを願いつつ、そのおこぼれを狙う卑屈な精神構造である。支配コスト:低】]

  「なるほど……いい検体だ……アニス」

  解析した内容をカイルがアニスの脳に言葉を直接送り込む。

  カイルからの情報を理解したアニスはベラに不敵な笑みを向けながら、

  「ふふ……ベラ、本当は私のことが大嫌いだったのね?」

  そう尋ねる。

  「え?」

  「あなたは私よりも早く結婚して、みんなを『売れ残りの哀れな女たち』として見下したかった。親友とか言っておきながら、裏ではそんなことを狙っていたなんて、なんて卑劣な女……ふふ、でも無駄。私はあなたが一生かかっても触れることすらできない『真の支配者』に、最初に選ばれた、特別な存在になったの。もう見下すことはできないわ」

  「な……っ! アニス、一体何を言って……っ!」

  アニスの言葉を聞いたベラが顔を青ざめさせる。咄嗟にその手を振りほどこうとしたが、

  「は、離れない!」

  アニスとつないだ手を、どうやっても放すことができなかった。

  まるで細胞同士が結合したように、がっちりとアニスの手に固定されている。

  うろたえるベラをよそに、アニスはカイルから送り込まれてくる情報を順番に開示していく。

  [i:【検体B:ルナ】

  【紋章:白/特性:抑圧された性衝動】

  【解析:清純の仮面の下で、強引に処女を奪われることへの異常な期待を抱く。恐怖を触媒に快楽神経が異常発火する体質である。支配コスト:極低】]

  「あらあらルナったら……あなた、こんな願望を抱いていたの? さっきからぶるぶる震えているけど……それは恐怖じゃなかったのね? これからどんなことをされるのか、それを想像して期待で震えていたのね……ふふ、あなた、実はとんでもない変態だったのね」

  「……ひっ!」

  壊れた神殿の石壁に反響して聞こえてきたアニスの言葉に、ルナも咄嗟に手を放そうとしたが、ベラ同様にアニスから手を離すことはできなかった。

  「え? なんで? 私も手が……っ!」

  ベラとルナと手をつないでいたミリーも、アニスの異常な様子に手を放そうとしたが、二人同様に手を離すことができない。

  その間にも、カイルの解析がどんどんアニスの中に流れ込んでくる。

  [i:【検体C:ミリー】

  【紋章:深紅/特性:活力および極度の空虚】

  【解析:彼女の明るさは内側にある、自分には何もない、という絶望的な空虚感から目を逸らすための防衛本能である。強い刺激を常に求めており、魔力に対する受容性は全検体の中で最大。同調(シンクロ)を行えば、一瞬で自我が焼き切れる素材。支配コスト:低】]

  「あらあら、ミリー。あなたのその元気な声、本当は自分の心の穴が怖くて、怖くて叫び続けていただけなのね? ……大丈夫。私のご主人様が、その空っぽなあなたの中に一生消えない最高の悦びを注いでくださるわ」

  アニスを介して、純粋な三人の村娘たちの理性を一枚ずつ、生皮を剥ぐように剥ぎ取っていくカイル。

  己の心の奥底に隠していた本心を暴かれ、全員がたじろいだのを見計らったアニスが、

  「……ご主人様、準備は整いました。この愚かな娘たちに、ご主人様の崇高なる魔力をお与えください」

  そう告げる。

  「よくやったアニス。あとで褒美をやろう」

  廃納屋でじっと目を閉じていたカイルが、自身の魔力を一気に解放した。

  「我が血に流れる穢れた因子よ。この者たちの魔術回路を接続しろ! [b:『同調(シンクロ)!』]」

  遠く離れた場所でカイルがそう叫んだ瞬間、神殿に漂っていた空気が一変した。