夕刻の光が差し込み、床の大理石に淡い金色の影を落としていた。
クラリスは玉座の前に立ち、一週間ぶりに王都へと戻ってきたリンドを見つめる。
その瞳には、わずかな期待と、言葉にできない不安が混ざっていた。
「……リンド。カイルは?」
リンドは膝をつき、深く頭を垂れた。その動作は完璧な忠誠の形だが、その胸の奥では、別の意志が静かに脈打っている。
「……申し訳ございません、殿下。カイルは……逃亡いたしました」
クラリスの表情がわずかに揺れた。
「逃亡……? あなたが同行していたのに?」
リンドは苦しげに顔を伏せる。
「はい……殿下のご命令通り、国境まで護送いたしましたが……その途中でカイルが魔術を暴走させ……その……私には止められませんでした。この数日、懸命にカイルの行方を探ったのですが、居場所は特定できず……申し訳ございません」
クラリスは小さく息を吸い、静かに問いかける。
「魔術の暴走……恐れていたことが起きたわね。リンド……あなた自身に変わったところはない?」
「変わったところ……ですか?」
その問いに、リンドの心臓がどくりと跳ねた。
だがすぐに顔を上げ、クラリスを真っ直ぐに見つめる。
その瞳は誠実そのものに見えたが、その奥底では黒い紋様が静かに揺らめいていた。
「特には……ございません」
「……そう」
ぽつりと呟いたクラリスは、そのまま押し黙る。その沈黙に耐えきれず、リンドは思わず口を開いた。
「カイルは……王家にとって危険な存在でした」
クラリスは目を閉じる。
「……ええ。追放は必要な判断だったの。そうしなければ、カイルはいずれこの国に災いをもたらすことになったでしょう」
その含みを持った言葉に、リンドの眉がわずかに動いた。
「災い、ですか?」
「えぇ……カイルの中にあったその『種』が芽吹いてしまった。ゆえに追放をしたのです。全てはこの国を守るため……」
「……」
その種とは一体何なのか。そうリンドは尋ねたかったが、これ以上踏み込めば自分の正体が露呈するかもしれない。そう判断し口を閉ざした。
「……リンド」
クラリスは再びリンドを見つめる。
「はい。殿下」
「あなたが無事でよかったわ。カイルのことは私が責任を持つ……今は、とにかく休みなさい」
その言葉にリンドは深く頭を下げる。
「はっ……殿下の御心のままに」
そのままクラリスの前を後にするリンド。その声は忠誠に満ちていたが胸の奥では、別の声が囁いていた。
クラリスに復讐を……お前の主人のために情報を探れ。
その声にこたえるように、
(ご主人様。あなたの忠実なる猟犬であるこの私がきっとご主人様の大望をかなえて見せます)
廊下を歩きながら、心の中でそうつぶやいた。
一方、クラリスは窓の外、遠くの景色を見つめながら、
「……カイル。あなたは今、どこにいるの?」
そう問いかけていた。