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Rooftop bass(ショウマ夢)

  注)なんでも許せる方向け

  時系列「すねショウマ」前後数日

  [newpage]

  部活が終わった。あの日と同じ、煩い程の夕焼けが目を刺す。無気力に街を歩く。帰りたいような、帰りたくないような、よくわからない無気力さが肩にのしかかっている。また明日、を待つのも億劫だ。

  「…消えたい」

  つい口にしてしまった。是非は知らないが、言霊というものがあるらしいから、明日には本当に消えてしまっているかもしれない。…そんなことある訳がない。

  「おーっす!今帰りか?」

  後ろから声をかけられた。聞かれていたかもしれないとドキドキしながら振り返ったがそこには誰もいなかった。

  「…おい」

  若干下の方でその声の主が不機嫌そうに見上げていた。彼…黒柴ショウマは150cm程の小柄な少年で、僕と比べると一般的な小学生が持ち歩く物差し一本程度の差があるので、振り返り際に見えないのも当然ではあるが、申し訳なく感じてしまい、背を丸めた。膝も軽く折ると、ショウマの目線より少し高い程度になった。

  「ごめんごめん、冗談だって」

  ショウマはジト目で見つめてくる。が、どうしても可愛らしさが勝ってしまい、顔が緩んでしまう。そして、それがきっかけでまた怒られる。僕にとって、ありふれた、だが唯一の幸せだった。

  「で、なにしてたんだ?」

  気を取り直してと言わんばかりに一息ついて、ショウマが言った。黒い体毛が反射する光が段々と弱まっていく。

  「あー…部活疲れたからなんか食い物買ってこうかなって思ってただけ」

  「財布持ってないのにか?」

  「あ」

  適当に口実でも取り繕おうとしたのが間違いだった。が、ショウマが指摘してくれなかったら、本当に何処かに寄って会計の時に赤っ恥をかいていたかもしれない。

  「ま、別に言いにくいことなら無理に言わなくてもいいんだぜ?」

  ショウマは手を頭の後ろに組んで笑った。それから、

  「なあ、俺も帰り道こっちだからさ、別れるとこまで一緒に行こうぜ!」

  と言った。嬉しかった。が、それと同時に自分なんかで本当に良いのだろうかと後ろめたい気持ちがわいてきた。「一緒に」とショウマは言った。きっと甲斐君がいないからだ。僕は誰でも務まる甲斐君の代わりなのかもしれない。悔しい。自分が必要とされていないことが。またとない幸運を卑屈に捉えることしか出来ないことが。

  暗く濁った青が空に滲んで塗り替えた。ショウマは僕の答えを聞く間もなく、僕の隣を歩き始めた。何を話せばいいだろう。何もすることもないまま商店街に入って、もう外れの方まで来てしまった。無言で歩くだけじゃショウマも退屈してしまうだろう。なんとかして話題を作らねばと思い、辺りを見回した。

  「…あんなとこに楽器屋なんてあったんだな」

  やっとのことで発した一言にショウマが足を止めた。

  「本当だな」

  ショウマの顔が街灯に、楽器屋の明かりに照らされ、瞳がより一層輝いていた。

  「ショウマはどの楽器が好きなんだ?」

  「俺は…う~ん…」

  きっとたくさんあるのだろう。ショウマは頭を抱えて悩み始めた。あれもいい、でもあの楽器の音も捨てがたい、などとつぶやきながら十分程考えていた。それからハッとしたように顔を上げた。

  「ギターかな」

  僕にとっての「消えたい」と同じようにふとこぼれた一言だった。自分とは違ってこんなにもきれいな言葉が出てくるんだなと思った。

  「そっか、じゃあ『オレ』もギターやってみようかな」

  ショウマの好きなものが人一倍上手くできれば、まだこうやってそばに居られるかもしれない。たったそれだけの希望的観測だった。だが、ショウマは僕のことを見ると、何やら鑑定らしき仕草をし始めた。

  「でも、おまえってギターって感じしないよな」

  ショウマが発したその一言に心臓をつかまれた。だいぶ悪い意味で。吐き気が催してきた。ショウマの好みに合わせて、何かしようとしている自分の方が気持ち悪いことなんてわかってるのに。なんでたった一言にこうも感情が揺さぶられてしまうのか。

  「おい、顔色悪ぃぞ?大丈夫か?」

  ショウマが僕の顔を覗き込んだ。鼻口部…マズルの上部、その先端の口の形がくっきり見える。

  「なあ、ギターって感じしないって言ったけどさ、違くて、ベースの方が合うんじゃないかってこと言いたくてさ…」

  ショウマは「あーもう!」と叫び、手を噛み始めた。耳が垂れ、申し訳なさそうな顔つきをしている。僕はこんなにもいい子を困らせてしまっていたのだと気づいた。

  「なんかさ、なにがあっても支えてくれそうな安心感?って言うのがあるな~って。本当にそれだけでほかに悪い意味とかねーからさ、落ち込むなよ」

  丁度ショウマの高さに合わせていた肩に手が乗っかった。直視できない程にあざとく潤んだ表情が愛らしかった。これをつかえば大抵の人は落とせるとは思うが、それで万が一彼女でもできたら生きていけなくなるだろうから、敢えて言わないでおく。

  「ショウマ…」

  「ごめn「何本気で落ち込んでんだよばーか!『オレ』がお前からの評価に一喜一憂するとでも思ってんのか?」」

  他の、一般的なショウマの友達がするようにからかった。相当苦しいが、こうでもしないと雰囲気が重くなってしまうから、そうした。

  「は?まじでふざけんなよ~!シェパみてぇに落ち込むからビビっちまったじゃねぇかよ!」

  さっきまでの態度から一変、ショウマは普段からかってくる友達にするのと同じように笑いながらどつき始めた。が、きっとショウマは傷ついただろう。心配していた相手に、されたくないことをやられてしまったのだから当然だ。そして、それをするしか方法が思いつかなかった自分にも深い傷がついた。

  「甲斐君みたいに、か…」

  大好きで大切にしたかったはずのショウマを傷つけてしまったこと、ショウマの中にはいつだって甲斐君がいること、他にもたくさんの感情が渦巻いて、何も考えられなかった。

  「じゃあ、『オレ』こっちだからさ、『また明日』な!」

  いたたまれなくなって逃げた。また明日、会ったところでどうなる?こんなに深く出来上がってしまった溝が埋まるとでも思っているのか?

  僕は、ベースを買っておとなしく帰ることにした。

  [newpage]

  次の日、ショウマはいつもよりよそよそしかった。まあ自業自得ではあるのだが、それでも堪えてしまう。あのパン先の授業も僕に頼る事なくやりきってしまった。話せる気がしない。2時間目、3時間目…とショウマの後ろ姿に声を掛けるのを躊躇う間にも無情に時は過ぎて行き、あっという間に昼休みになった。ショウマはいない。音楽室にでも籠ろうとしたが、吹奏楽やら弦楽やらの部活の人が多く、そこへ赴く気にはならなかった。屋上なら誰もいないだろうと思い、ベースを背負ってふらふらと階段を登った。

  「あーわかんね、なーんもわかんね」

  扉を開けようと手をかけた矢先、その扉の向こうからショウマの声がした。甲斐君もいる。普段から二人していなくなることがあったのだが、ここにいたのか…

  「俺は何ひとつわからず死んでゆくのさ~」

  なんて可愛らしいのだろう。が、その感情でこの状況が打破できる訳ではない。退路はない。適当に説明すればわかるだろう。

  観念してその隔たりを開くと、雲一つない霽れた空の青の青さが網膜を焼く。思わず目を閉じた。

  「あぁ、君か。こんな所に何の用だい?」

  甲斐君が声をかけた。光に慣れてきて閉じた目を開けると、普段見ることもないような綺麗な景観が広がっていた。目の前の柵にもたれる甲斐君と汚れることを気にしないで寝転がるショウマの他に、人はいないようだった。そのショウマはと言うと、いわゆるヘソ天の姿勢で硬直していた。

  「あ、え~っとね…。ベース買ったから練習したくて…」

  僕は何の嘘も吐いていない。

  「なら音楽室に「行ったけど?」それならn「ほかの部活が結構使ってるんだよね」そ、そうか…」

  ベースとパソコンをケースから出して、

  「いいかな?」

  と言った。有無は言わせなかった。ショウマは顔だけこちらに向けて僕のベースを物色し始めた。

  「これ、あの後買ったのか?」

  目が合わせられなかった。気持ち悪がれるに違いない。涙が出てきそうだった。が、すんでの所で抑える。代わりに呼吸が落ち着かなくなってきた。耳の奥でその音が反芻する。

  「似合ってんじゃん。なんか弾いてみろよ」

  ショウマの口から出た言葉は僕の恐れとは裏腹に好感触だった。安堵するのと同時に、なんだか拍子抜けた感じがして、その場に座り込んだ。

  「いいけど…。下手でも笑うなよ?」

  僕は軽くチューニングをして、それから幾つかの曲のソロパートを演奏した。その度に歓声があがった。弦の抑えが甘く何度か音を外してしまったが、気持ちのいい演奏が出来ている。ショウマが僕の演奏に合わせて歌い始めた。変声期途中のショウマのあたたかく元気な歌声が耳の先を撫でる。この声に合わせて歌えたらどれほど楽しかっただろうか。

  「うめーじゃん!!」

  一通り弾き終えると、ショウマが跳ねながら叫んだ。

  「確かに、とてもいい音だった。そういえば、そっちのパソコンは何に使うんだい?」

  「これ?…実際に使って見せようか?」

  僕はパソコンに入れておいたシーケンサーの再生ボタンをクリックした。あらかじめプログラムしていた音が寸分の狂いもなく奏でられる。それに即興でベースアレンジを加えるとかなり様になった。

  「今度は一緒に歌わないか?」

  ショウマに尋ねると、嬉しそうに目を輝かせて頷いた。ショウマの歌う主旋律が潰れないように、寄り添うようにハモリを入れていく。が、歌えば歌うほど、フレーズのひとつひとつが息を詰まらせた。手放した理想の未来、取り戻せない願い、どれだけ思っても、そこには二度と辿り着けない。ショウマの隣で笑える自分はとっくの昔に自分で否定したのだから。きっと、ショウマも、たった一瞬交わった点に居座っただけの僕のことなどすぐに忘れてしまうだろう。だとしても、今だけは___

  「シェパ~!!俺の歌、どうだった!?」

  最後の音がフェードアウトして緊張が解けると、ショウマは興奮気味に甲斐君に話しかけた。

  「ああ、とても良かったよ」

  そう答える甲斐君の目は分かり易く赤くなっていた。ショウマは相当ニブいから気付いていなかったが。僕は彼らの会話を横目に片づけをした。甲斐君の方がよっぽど可能性があるのに、なんで泣いているんだろう。そう思うと居た堪れなくて、気付かれないようにそっと彼らの世界から消えた。

  背中に当てられた僕を呼ぶ声を聞こえないふりをした。

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