転生者達

  霧の大陸、ノエタウンにあるレシラム教の教会。

  オズワルドと合流できたカフカは、その場でオズワルドの傷の手当てを施した。その後、駆けつけた騎士団と共にグレーテの死体を回収し、教会へと戻った。

  教会の大聖堂にはグレーテとカウフマン、時の守護者達の死体が安置され、身元の確認が行われていた。

  その光景を見ていたオズワルドは、泣き腫れた目でグレーテの死体を見つめていた。彼の傍にはカフカの姿があり、親の仇であるカウフマンとグレーテの死体を見ていた。

  「…終わったな」

  カフカがぽつりと呟き、「あとはニコルを見つけるだけだな」と続けて話す。オズワルドは彼の言葉に頷き、眼下にあるグレーテの死体に手を伸ばす。

  見開いたグレーテの目を閉じたオズワルドは、小さな声で話した。

  「…さようなら」

  かつての主人にして、敵となったグレーテと別れを済ませたオズワルドは、泣き腫れた目を手で擦った。オズワルドは背中と手の甲の傷を白い包帯で保護しており、赤黒い血が滲み出ている。

  痛々しいオズワルドの姿を見たカフカは、案ずるような目でオズワルドを見る。だが、オズワルドは大きく息を吐き出し、視線をグレーテとカウフマンの死体から逸らした。

  「…ニコルを見つけましょう」

  力強いオズワルドの言葉を聞き、カフカは頷いた。人質となった騎士団員のアブソルからの情報によると、ニコルはヴィレムにより誘拐されたとのことである。カウフマンとグレーテが死亡した以上、残る幹部はヴィレムのみであり、その消息を突き止める必要がある。

  オズワルドとカフカが覚悟を決めた頃、大聖堂の中に遊撃隊副隊長にして、攻城作戦の指揮官である牡のコジョンド、モローが入ってきた。オズワルド達が教会に戻る前に、モロー達は保護した人質をノエタウンで待機している騎士団の本隊へと護送し、身柄の保護を教会と騎士団に依頼した。その後、教会へと戻ってきたモローはオズワルド達の下へ脚を運び、彼らの隣に立つ。

  「人質は全員、医療機関へ搬送されました」

  モローはオズワルド達に報告し、「あなた達のおかけです」と続けて話した。彼の感謝の言葉を聞き、オズワルドとカフカは姿勢を正し、モローと向き直った。

  「いえ、あなた達が危険を恐れずに行動してくれたからこそ、俺達も安心して潜入できましたので…」

  謙遜するカフカの言葉を聞き、モローは首を左右に振った。彼は鋭い眼光で捕虜となった時の守護者達を睨みつけ、静かな声で話した。

  「…非戦闘員を守るのは騎士の道理です。もっとも…連中には通じない道理でしたが」

  モローの声は静かなものであるが、怒りの感情が含まれているのは明らかである。時の守護者達はモローの雰囲気に恐怖し、誰もが身を小さくさせている。

  その光景を見たオズワルドは、モローに尋ねた。

  「ところで…ヴィレムの行先は判明したのですか?」

  オズワルドに尋ねられたモローは頷き、視線を彼に向けた。

  「えぇ…人質と捕虜の情報を統合した結果、ヴィレムは自身の配下と物資、1名の人質を帆船へと移し、既に出航したようです」

  モローの報告を聞き、オズワルドとカフカの目が見開く。1名の人質、アブソルからの情報、それらの事柄からヴィレムが連れ去った人物の名前が自ずと判明した。

  「…ニコルだ」

  カフカが呟いた。

  オズワルドもカフカの意見に首肯し、彼らの視線は海のある方角へと向く。

  モローはヴィレムの乗った帆船が既に出航したと話した。GPSが存在しないため、航海の際には羅針盤と方位磁針、海図を使い、船乗り達は現在地や進路の情報を得ている。

  故に、船乗りから陸地や港の位置を把握する事は可能である。

  しかし、逆に陸地から航海に出た船の所在を確かめる方法は存在せず、大陸間を飛行するカイリュー便や海に住むポケモンの目に頼るしかない。

  帆船が既に出航した以上、オズワルド達が船の所在を確かめる方法は存在しない。

  その事を理解しているオズワルドとカフカは歯軋りし、何もできない事に対する衝動を覚える。対するモローは冷静な表情のまま、「落ち着いてください」と彼らに声をかける。

  「いくら物資や食料を積んだところで…いつか港に停泊します。そこを抑えれば、ヴィレムと人質の確保はできる筈です」

  モローの考えを聞き、カフカは苦い表情で俯く。オズワルドもまた、ニコルの身を案じており、積極的な行動が取れない現状に対する焦燥感を覚える。

  「確かに…いつかは港に停泊する…だが、それまで人質が無事である保証はあるのか?」

  カフカに尋ねられたモローは閉口した。かと言って、海のスペシャリストでもないモローに、帆船の位置を特定する方法を考えろというのは酷である。

  モローも困った表情をしており、それを見たカフカは「すまない」と謝罪した。

  モローはカフカの謝罪を受け入れ、笑顔を見せた。

  「気にしてませんよ。ただ…各地の港には我々から連絡しておきますので…後は待つしかありません」

  オズワルド達はモローのアドバイスを真摯に受け入れ、首肯した。現状、いくら慌てたとしても、帆船の位置がわかるはずがない。オズワルドは落ち着くために、呼吸を整えた。

  大聖堂内にフランツが入ってきた。

  オズワルドとカフカが教会に戻った際、カウフマンから回収した鍵を託されたフランツが、教会上層にある彼の部屋へ行き、金庫の中身を確認していた。その事を思い出したオズワルドは、何か手掛かりがないかと期待し、フランツの報告を待った。

  だが、フランツの口から出た事実は残酷なものであった。

  「…金庫だが、中身は空っぽだったぞ」

  フランツの報告を受け、オズワルドとカフカ、モローは驚きの表情をみせた。中でも、一番驚いているのはフランツ自身であり、カウフマンが時の歯車を管理していた事を知っている身としては、金庫の中身は時の歯車であると確信していた。しかし、金庫の中は空である事をフランツ自身が確認しており、彼は戸惑いを隠せないまま、オズワルド達に報告した。

  オズワルドもまた、カウフマンが時の歯車を管理する立場である事を知っていたため、金庫が空である事を知り、驚きを隠せずにいた。

  「そんな…じゃあ、時の歯車はどこに…?」

  小さな声でオズワルドは呟き、カフカとフランツも頷いた。

  「…時の歯車だけでは時渡りはできない…セレビィ族の力が必要だから…」

  カフカが小声で呟く。それにフランツは頷き、考え込む。

  「あぁ…セレビィ以外の者が単身で時渡りをするには、ディアルガの秘宝が必要だ。時の歯車は飽くまでも効力を強くするための触媒に過ぎない…軍団規模の時渡りにはディアルガの秘宝と時の歯車が必要だ」

  かつて、未来の世界から過去の世界へと時渡りした経験のあるフランツは、当時の光景を思い出しながら呟いた。カフカも考え込み、彼らは苦い表情を浮かべる。

  ふと、モローが呟いた。

  「…ヴィレムが密かに金庫を開けて、時の歯車を回収したのか?」

  モローの推測を聞いたオズワルドの目が見開かれる。仮説に至ったオズワルドは「あっ」と声を漏らした。

  カフカ達の視線が突き刺さるが、オズワルドは気にせずに口を開く。

  「…グレーテとカウフマンが死に、ディアルガの秘宝と時の歯車がヴィレムの手に渡った…ヤツは部下と共に未来の世界へ逃げる気なのでは…」

  オズワルドの推測を聞いたカフカ達の目が見開かれた。仮にオズワルドの推測が正しいのならば、ヴィレム達が港に停泊する事はない。時渡りの使える箇所まで航行すれば、後は未来の世界へと逃亡できる。

  その事を理解したカフカは歯軋りし、フランツは目を細める。

  「…あの野郎、ニコルを連れて行く気か」

  「…許せない、奴にも責任を取らせる必要があるな」

  怒りに燃えるカフカとフランツは呟き、視線をモローに向けた。突然、彼らに凝視されたモローは驚き、身体を硬くさせた。

  「電信機を貸してくれ‼︎トレジャータウンにセレビィのエミルがいるから…アイツなら時渡りできる場所を把握できるはずだ‼︎」

  カフカの要請を受け、モローは口を開く。

  「…先回りする、という事ですね。任せてください」

  モローは頷き、電信機へと駆けて行った。その背中を見届けたオズワルドはニコルの無事を祈り、大聖堂の中にあるレシラム像に向かって祈りを捧げた。

  レシラム像は彼らを静かに見下ろしていた。

  *

  ノエタウンの沖合を航海している帆船『ヴォセク』

  船室の一つに監禁された牝のゾロアーク、ニコルは牡のゴウカザル、ヴィレムに尻の穴を犯されながら、彼の囁きを耳にして、驚きの表情を浮かべた。

  眼前で尻の穴を掘られるニコルの姿を見下ろし、ヴィレムは狂気の笑みを浮かべたまま、ニコルの声に耳を傾ける。

  「うそ…」

  唖然とした表情で呟くニコルを見下ろし、ヴィレムは狂気に満ちた笑みで彼女の頬を撫で、ニコルの尻の穴から性器を引き抜く。

  大きく開いた尻の穴からヴィレムの精液が滴り落ちる。

  その姿を見たヴィレムは笑みを浮かべ、口を開いた。

  「嘘じゃない、グレーテは崖から落ちて死んだよ。教会も陥落したから…カウフマンも死んだだろうな」

  ヴィレムは嬉々とした表情で語り、大声で笑う。カタカタと壊れた機械人形のように笑うヴィレムは、やがて息を吐き出し、近くにある椅子に腰かける。椅子に座ったヴィレムは床に座り込むニコルを見下ろし、口を開いた。

  「グレーテもカウフマンも…まさか俺が裏切るとは予想していなかったようだな」

  嬉しそうに話し、ヴィレムはテーブルの上に置かれたカバンに手を伸ばす。ヴィレムはカバンを開け、中に収められた物を取り出した。

  青白い色と刻まれた模様が特徴の歯車、時の歯車であった。ヴィレムはそれらをテーブルの上に並べ、続けて美しく輝く宝石を取り出した。

  それはディアルガ教徒が崇める物であり、時の神ディアルガの御神体として扱われる物、ディアルガの秘宝であった。ニコルは白いポケモンから時の歯車とディアルガの秘宝を回収すれば、カフカ達が消滅する未来を回避できると教わった。そのため、ニコルの眼の色が変わり、テーブル上のそれらを凝視した。

  ニコルの視線に気づいたヴィレムは満面の笑みを浮かべる。

  「元人間のお前なら知っているだろう…時の歯車とディアルガの秘宝を俺たちから回収できれば、カフカ達を救えると…」

  ヴィレムの言葉を聞き、ニコルの大きな瞳が更に見開かれる。

  「…なぜ、知っている?」

  震える声でニコルは尋ねた。ニコルの声と驚愕する表情を見たヴィレムは薄笑いを浮かべ、口を開いた。

  「簡単な話だ、俺達も白いヤツとギラちゃんから教わったからな」

  ヴィレムの口から飛び出した名前を聞き、ニコルの表情が凍る。その名前はニコルやグレーテ、オズワルドなど転生した者しか知らない筈である。だが、眼前のヴィレムは平然とした口調で彼らの名前を呼び、ヴィレムは指先で時の歯車をなぞった。

  ヴィレムは薄ら笑いを浮かべ、口を開く。

  「…まさか、お前とグレーテだけが転生者だと思ったのか?」

  ヴィレムの言葉を聞き、ニコルは冷や汗を流す。額を伝う汗が床に落ち、ニコルの視界は白黒に明滅する。驚きのあまり、ニコルは歯をカチカチと鳴らし、椅子に座るヴィレムを見上げている。

  扉が開いた。

  ニコルが視線を向けた先には航海士を務める時の守護者、牝のウェーニバルのティトレリが入ってくる。高身長のティトレリは床に這いつくばるニコルを見下ろし、目を細めた。

  直後、ティトレリはニコルの横顔を蹴り飛ばす。

  頬に走る痛みと衝撃がニコルの頭を揺らし、視界が回転する。ニコルはそのまま地面を転がり、背中を壁にぶつける。

  無様に転がるニコルに目を向け、ヴィレムはケラケラと笑い声を上げる。初対面であるが、ティトレリの目には明確な殺意が宿っており、ニコルを睨みつけている。

  時の守護者達は過去の世界の住民や異教徒に対する暴力行為や恨みを抱いている。だが、あくまでも集団が対象であり、個々人に対する感情はあまり持ち合わせてはいない。

  だが、眼前に立つティトレリはニコル個人に対する明確な殺意を抱いており、それを肌で感じたニコルは、思わず後退り、背中を壁に押し当てる。

  怯えるニコルを見たヴィレムは、ケラケラと笑い続け、やがて静かになった。ヴィレムを横目で見たティトレリは、憎悪の籠った目でニコルを見下ろし、静かな声で話し出した。

  「…久しぶりですね、⚪︎⚪︎⚪︎博士…」

  ティトレリの口から飛び出したのは、ニコルが人間だった時の名前、それを聞いたニコルは驚きの顔を浮かべ、ティトレリを見上げる。ティトレリは目を細め、ニコルを見下ろした。

  「私達の事を覚えていますか?」

  ティトレリの言葉を聞き、ニコルはティトレリとヴィレムを見た。だが、ヴィレムは手を左右に振り、「俺じゃない」とジェスチャーで示した。彼の意図を見抜けないニコルは、恐怖に怯える目でティトレリを見上げる。

  ティトレリはゴミを見るような冷たい目でニコルを見下ろし、ゆっくりと口を開く。

  「…私達は⚪︎⚪︎⚪︎博士と×××博士が制作した欠陥品を投与された被験者達ですよ」

  ティトレリの言葉を聞き、ニコルの呼吸が止まる。ヒュッ、と小さな音をあげ、ニコルは息ができなくなる。

  「覚えていますか?あなたと×××博士の下らない愛憎劇に巻き込まれた…私達被験者の命を…」

  ニコルの脳裏に、人間だった頃に行った新薬の臨床試験の記憶が蘇る。実験段階で効果と安全を確認できた新薬は、⚪︎⚪︎⚪︎に嫉妬する×××の手により、数値を改竄され、後の臨床試験では改竄された新薬が投与された。その結果、50人以上の被験者はほぼ全員が死亡した。

  眼前に立つティトレリは冷たい目でニコルを見下ろし、口を開いた。

  「…×××博士は逃げ出し、事故死した…あなたは他の研究員達と共に捕まり、死刑になったそうですね」

  「白いヤツとギラちゃんに全て聞きました」とティトレリは続けて話し、ヴィレムがその後に続く。

  「俺とティトレリの魂は…お前とグレーテの愛憎劇に巻き込まれて死んだ被験者達の怨みの感情が元になっている…具体的な個人ではなく、被験者という集団が魂の核となっている」

  個を重んじるゼクロム教、集団を重んじるレシラム教の思想と似たような発言をするヴィレムは、嫌らしい笑顔を消し去り、冷たい目でニコルを見下ろした。

  「…俺の中にある被験者達の魂が、叫んでいるよ…お前とグレーテを苦しめろ、復讐しろと…」

  ヴィレムは冷たい目でニコルを睨み、彼の視線に耐えきれなかったニコルは目を逸らす。ニコルの目に微かに膨らんだ己の下腹部が映り込む。

  ティトレリが話を続ける。

  「被験者の怨みは集合し、一つの共通する個の魂として、私達が転生しました…もっとも、私達が転生した段階ではグレーテしか存在しておらず…あなたがまだ転生していなかった…」

  「そこで、俺達はグレーテとカウフマンを煽り…暴動を起こさせ、連中の憎悪をグレーテ達に向けさせる事にした…最後に見捨てる事も予定済みだったが」

  ティトレリに続き、ヴィレムが静かに話す。彼らの言葉を聞き、ニコルは全身を震わせながら失禁した。

  室内に広がる尿臭からニコルの失禁に気づき、ヴィレムとティトレリは嘲笑を浮かべる。

  「本当は俺たちの手でお前らを殺す算段だったが…グレーテの傍には配下の連中が居たからな…まぁ、騎士団の連中がグレーテの配下を皆殺しにして、グレーテ自身も死んだから…良しとするか」

  ヴィレムは話しながらタバコを咥え、火を灯す。

  「ガルム鉱山でお前が牝である事に気がついたが…グレーテがヒスイのゾロアークに転生したから、同じゾロアークに転生したと仮定して…医療に長けた牝のゾロアークを探していたが…予感的中だったよ」

  ヴィレムはタバコの煙を吐き出しながら話した。ティトレリもまた、タバコを取り出し、火を灯した。

  「まさか草の大陸の暴動の現場に、医療活動に従事する牝のゾロアークがいたとは…」

  ティトレリが呟いた。

  彼らの話を聞き、ニコルは自身の落ち度に気がついた。トレジャータウン近郊で暴動が発生した際、ニコルは重症者を診療所で受け入れた。その際、慌てていたニコルは牡のガブリアスのゼーンに変幻せず、素の姿である牝のゾロアークのまま、医療活動に従事していた。その光景をヴィレムに目撃され、彼は眼前のゾロアークがグレーゴルであると確信した。

  自身の落ち度に気がついたニコルは、眼前のヴィレムとティトレリに恐怖していた。

  ティトレリはタバコの煙を吐き出し、口を開いた。

  「すべての原因であるグレーテは殺す、これは決定事項でした…グレーテの改竄を見落としたあなたは…殺さないであげましょう」

  ティトレリは微笑んだが、続けて目を細めながらニコルの下腹部に視線を向け、口を開く。

  「…殺さない代わりに、私達の魂を受け継ぐ胎として、使ってあげますよ」

  ティトレリが話した直後、彼女は自身の胸に手を当てた。彼は目を細め、ニコルの下腹部を見つめた。

  「あなたの胎に宿る胎児は…我々の共通の魂を受け継いだ命…あなたの子は私の子と同じ父親から魂を受け継いだ命…」

  ティトレリは自身の下腹部を撫でながらヴィレムと目を合わせる。ヴィレムは優しく微笑み、ティトレリの下腹部に目を向ける。

  ティトレリは視線をニコルに向け、口を開いた。

  「…あなたの確認ミスで失われた命を、魂を…生かしてあげましょう」

  ティトレリの静かな声を聞き、ニコルは呆然とした表情で俯く。その姿を見たヴィレムとティトレリは満足そうに頷き、彼らは微かな笑い声を漏らした。

  「…時渡りが可能な箇所は限られている…新たな時間軸へ、我らと共に旅立ちましょう」

  「お前の胎の子と共に、な…」

  ティトレリとヴィレムの言葉が船室内に響く。

  彼らの言葉を聞き、ニコルはようやく気がついた。

  (あぁ…)

  眼前でティトレリとヴィレムが笑っている。

  (これが私の罰なのか…)

  自らのミスで殺してしまった大勢の被験者達の魂の集合体の再生、それが自身に与えられた罰だと理解したニコルは、彼らに釣られて笑っていた。気が狂ったかのように笑い出したニコルを見て、ヴィレムとティトレリは怪訝そうな顔を浮かべるが、すぐに笑顔を浮かべる。

  「魂の再生に奉じたとしても、真の放免となるのか…楽しみですね」

  ティトレリは笑いながら話す。

  「お前の罪はお前が償う事…俺たちは一切関知しない…ただ、罰を受ける機会を与えてやる」

  審判へ導く監視者が笑う。

  ニコルは自身に課せられた罪を理解し、罰を受けるしかなかった。

  室内に、ニコルの笑い声が響いた。

  *

  水の大陸、ワイワイタウン。

  昼下がりの街は青空に包まれており、おだやかな風が吹いている。

  オズボーン殺害による暴動が起きた街は治安を取り戻しており、ある程度の復旧作業が進んでいる。郊外には集団墓地が設立され、暴動の犠牲者たちが火葬され、遺骨が眠っている。

  街の一角にある調査団の拠点である城には、今日も数多くの住民が集まり、復興の拠点として機能している。

  調査団の一員であるブイゼルは食料や物資、医療品、燃料を運び、街の人々に配っている。それらは彼らの腹と生活を満たし、心にゆとりを生ませる。ゆとりが生まれれば、笑う余裕に繋がり、場の雰囲気が改善してくる。

  本日、何回目になるのか不明だが、ブイゼルは木箱を入り口まで運び、それを集積所に置いた。疲労が蓄積したブイゼルは大きく息を吐き出し、伸びをする。しかし、彼は非常に穏やかな表情を浮かべており、復興しつつある街の状況を見渡し、満足そうに頷いた。

  街のあちこちにレシラム教騎士団の姿があり、なかには負傷し包帯を巻いている騎士もいる。だが、彼らは己の任務を全うすべく、治安維持に取り組み、時には街の住民のために力仕事を引き受けている。

  人々の騒めきが聞こえる。

  ブイゼルが視線を向けた先には騎士団の団長である牡のガオガエン、ルドルフの姿がある。右眼が潰れた彼は眼帯をつけており、身体のあちこちに生傷が残っている。それでもルドルフは力強い足取りで歩き、複数の木箱を担ぎ上げ、自ら物資を運搬している。

  負傷した最高指揮官が、積極的に現場仕事に励んでいる。

  その光景を見た若い騎士や住民達も触発され、自ずと復興活動に参加している。若い牡は力仕事に従事し、牝達は小物の修理や細かな作業に従事する。子供達も細かな破片や小さな荷物を運び、時には足の不自由な高齢者の下へ物資を運んでいる。

  少しずつ前進しつつある街の様子を見渡し、ブイゼルの顔は笑顔になっている。

  後方から物音が聞こえた。

  ブイゼルが振り向いた先には拠点内部に続く通路があり、通路の奥から牝のクチート、参謀のウルスラが姿を現した。ウルスラは急ぎ足で移動しており、近くにある空き部屋やすれ違う団員達に声をかけている。

  やがて、集積所に立つブイゼルの下まで歩いてきたウルスラだが、彼女は怒りの雰囲気を纏ったまま、ブイゼルに詰め寄ってきた。

  「団長を見たか?」

  静かな声であるが、ウルスラの纏う圧がブイゼルにのしかかる。彼は脂汗を浮かべ、「知らないよ…」と弱々しい口調で応える。

  数秒後、ウルスラは青空を仰ぎながら怒りの声をあげる。

  「あのアンポンタン‼︎私の研究資料やら書庫を勝手に漁って…‼︎片付ける身にもなれ!!」

  ウルスラの怒鳴り声は集積所に響き、近くにいた団員や騎士達は驚きの顔を浮かべる。調査団のウルスラといえば、冷静沈着で鋭い分析力を持つ事で有名だが、今のウルスラは興奮のあまり、地の性格を表に出している。

  騎士達の視線に気がついたブイゼルは、思わず口を開いた。

  「お、抑えて…みんなが見ているぞ…」

  ブイゼルに指摘されたウルスラは我に返り、「すまない」と言い、恥ずかしそうに咳をした。その様子を見ていた騎士達であるが、それぞれの作業に戻り、先ほどと同じ空気が広がる。

  それを確認したブイゼルはウルスラに尋ねる。

  「それで…団長がどうしたんだ?」

  ブイゼルの質問で冷静になったウルスラは息を整える。ウルスラは声を抑え、ブイゼルにのみ聞こえるように話す。

  「実は…ヨマワル銀行から団長宛の言伝を預かったんだが、しばらくした後に私が所有している研究資料を漁り、何処かに消えたんだよ」

  「ヨマワル銀行?」

  ブイゼルは不思議そうな声をあげる。ウルスラは頷き、首を傾げる。

  「あぁ…研究資料もヨマワル銀行とは無関係な物だから…あのアンポンタンの思考が読めなくてな…」

  ウルスラの話を聞き、ブイゼルは眉根を寄せる。

  「それで…団長が漁った研究資料とやらは…何に関するものなんだ?」

  ブイゼルに尋ねられたウルスラは、疑問の顔を浮かべたまま、口を開く。

  「ディアルガ教と時渡りに関する資料だ。それらを漁った後、何処かに消えたんだよ」

  ヨマワル銀行と明らかに無関係な資料と消えた団長、それらを耳にしたブイゼルは不思議そうに首を傾げ、ウルスラと共に考え込んだ。

  だが、集積所に物資を求める住民が訪れた事で、彼らの思考は中断された。その後も続々と住民が集まり、彼らの対応に追われたウルスラとブイゼルは、夕方まで多忙な時間を過ごした。

  空が赤く染まった頃になり、落ち着いたウルスラと疲れ果てたブイゼルの脳裏から団長の奇行に関する事は消え去り、「いつものように戻ってくるだろう」と忘却の彼方へと追いやった。

  *

  大海原の上、水平線まで見渡せる高さを飛行するカイリューの高速便は、瞬く間に目的地に到着し、ゆっくりと降下していく。カイリュー達が吊り下げたゴンドラは優しく地面に置かれ、扉が開く。

  「ご要望通り、最速の到着ですね…超高速手当てが付きますが…」

  リーダーのカイリューがゴンドラから降りてきた客に声をかける。支払いの良い太っ腹な客に再び当たり、カイリュー達の表情は緩んでいる。

  客、調査団の団長を務める牡のデンリュウは地面に降り、カイリュー達の声に応える。

  「えぇ、ではお手当込みで…色もつけておきますね」

  団長は笑顔で金貨の詰まった袋を差し出し、カイリュー達は嬉しそうな表情でそれを受け取る。彼らはゴンドラを抱えて離陸し、団長に手を振りながら飛び去った。

  カイリュー達を見送った団長は息を吐き出し、辺りを見渡す。

  ウルスラから受けたヨマワル銀行の口座に関する連絡、埋葬されたリラとライラの死体、ウルスラの研究資料、レシラム教とプクリンのギルドからの情報、それらを統合し分析した結果、団長は単独で行動に移し、カイリューの高速便を使い、遠路遥々移動してきた。

  カイリュー達が飛び去り、1人きりになった団長はゆっくりと歩き出す。

  穏やかな風が吹く。

  団長は脚を動かし、見渡しの良い場所に立つ。肩から下げたカバンに手を伸ばし、団長は中から双眼鏡を取り出す。

  それを使い、水平線の空に浮かぶ影に目を向ける。

  「…やれやれ、本当にアンポンタンですね」

  団長の独り言は風に呑まれ、沖合へと消えていった。