【番外編:もしも夕陽様が攻めだったら】(夕陽×朱雀、夕陽×銀郎)
(※全年齢版。こちらは全年齢向けに改稿したものとなります。R指定完全版は別のとこに置いてあります)
(※※大事なことなので3回言います※※)
(※※夕陽様攻めです※※)
(※※夕陽様攻めです※※)
(※※夕陽様攻めです※※)
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【番外編:もしも夕陽様が攻めだったら①】
(夕陽×朱雀)
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(第十三:朱と銀の約束 後編より抜粋)
冷たい風が洞穴の入口を吹き抜け、濡れた肩を揺らしていった。
洞穴の外は、なおも土砂降りの雨だった。
風に煽られ、木々がざわめく音に紛れて――規則的な、コツ、コツという音が混じった。
下駄の音。
それに混じって、微かな鈴の音が、雨音にかき消されそうに揺れる。
朱雀が顔を上げた刹那、洞穴の入口にひとつの影が立っていた。
番傘をさし、雨に濡れることなく静かに立つ、その人影は――
淡い橙色の提灯の明かりが、傘の内側とその下の顔をぼんやりと照らしていた。
闇に浮かび上がるその輪郭は、まるで夢の中のように儚い。
「……夕陽、様……?」
思わず呟いた朱雀の声に、傘の下で静かに笑みが浮かんだ。
「見つけた」
穏やかにそう言って、夕陽は片手を差し出した。掌の上には、小さな銀鈴がひとつ、ちょこんと乗っていた。
――微かに揺れて、澄んだ音を立てる。
「どうして、ここが……?」
驚きに目を見張る朱雀に、夕陽は傘を傾けながら言った。
「これのおかげ。懐かしいだろう? 還りの双鈴《かえりのそうれい》――一つが、もう一つの場所を教えてくれる鈴だよ」
朱雀の目が見開かれる。
――それを、幼い頃に一度だけ見たことがあった。
朱雀は、手の中の御守りを見つめた。
中に仕舞われていたはずの、小さな鈴。
捨てられなかった、それだけが理由じゃない――朱雀は、無意識に守ろうとしていたのだ。
夕陽様と過ごした記憶と、それを「特別だった」と信じたい気持ち。あの頃の自分と、今の自分の間にある確かな絆を。
「……まだ、持っててくれたんだね」
夕陽の優しい言葉が、そっと胸に沁み込む。
「……だって……俺が、夕陽様に拾ってもらった……一番最初の、証だったから……」
朱雀は唇をきつく噛んだ。
ぐしゃりと御守りを握りしめ、込み上げる涙をこらえる。
夕陽が傍にしゃがみこむ気配がした。
「帰ろう……朱雀」
静かな声だった。
けれど朱雀は、膝を抱えたまま動けなかった。いや、動きたくなかった。
――戻ったって、どうせまた、あの人の隣には銀郎がいる。
そんな思いが、ちくりと胸を刺す。
夕陽は、何も言わずに傘を置いた。洞穴の入口、朱雀が濡れないようにするために。
そして、手にしていた提灯を傍の岩陰にそっと据えた。その灯りが朱雀の顔を、ほんのりと淡い橙に照らす。
夕陽は懐から手拭いを取り出し、朱雀の濡れた髪、頬にそっと当てた。
朱雀が怯えたように顔を伏せると、夕陽はそれを咎めることなく、ただ黙って拭い続けた。
そして、着ていた羽織を脱ぎ、ふるえる肩にそっとかける。
温もりが、朱雀の心まで溶かしていく。
「……やさしく、しないでよ」
朱雀の声はかすれて、震えていた。
「そんなことされたら……また……」
言葉にならない想いが喉をつかえ、涙が溢れた。
――好きになってしまう。
――期待してしまう。
――自分も、あの人の隣にいたいと願ってしまう。
夕陽は黙ったまま隣に腰かけると、朱雀の背をそっと撫でた。
まるで、何も言わなくていいのだと告げるように。
「……朱雀、聞いてほしい」
言葉を選ぶように、静かに口を開く。
「私は……お前にも、銀郎にも、ずっと甘えていた。自分より、もっとふさわしい相手がいるはずだって、どこかで思いながら……それでも、どうしても、手放すことができなかった」
朱雀の頬に触れた指がわずかに揺れる。
「気づかないふりをしていた。見て見ぬふりをして――ただ、傍にいてほしかった。捨てないでいてほしかった。それだけを、ずっと願っていたんだ。どんな形でもいいからと……それは、本当は、とても情けないことだけれど」
息をつき、言葉を紡ぎ直す。
「私は、選ぶことが怖かった。誰かを選べば、誰かを失う。その重さから逃げていた。正しいふりをして、答えを先延ばしにしていたんだ。……どちらも大切で、どちらも愛している。それは、今の私の偽らざる気持ちだ」
瞳の奥に、覚悟とも諦めともつかぬ影が揺れる。
「自分でも卑怯で、ずるい人間だと思う。軽蔑しても構わない……それでも、私は――朱雀、お前を愛している。お前の想いを、無かったことにはしたくない。……許されなくても、そう願ってしまうんだ」
朱雀は、夕陽の言葉を飲み込んだまま、しばらく沈黙した。
唇を噛み、目を伏せたまま、ぽつりと呟く。
「……ずるいよ、夕陽様。そんなの……ずるいに決まってる」
声は震えていた。けれど、怒りというより、自分の弱さを噛み殺すような、滲む悔しさと哀しみがにじんでいた。
「……いっそ、嫌いになれたらよかった」
ぽつりと落とした声は、微かに震えていた。
「嫌いになって、罵倒して、顔も見たくないくらいに怒ってさ……、そしたらきっと、今よりは辛くない」
朱雀は俯いたまま、膝をぎゅっと抱きしめる。
「でも、探しに来てくれたことが……嬉しくて……、優しくされて、バカみたいに喜んでる……。そんな自分が、心底……嫌になる」
夕陽は何も言わず、ただ黙って朱雀を見つめていた。
「……夕陽様が、どんなに卑怯でも、ずるくても、……嫌いになんてなれない。ガキの頃からずっと俺の憧れで、大好きで、たった一人の家族だったのに、いまさら諦めるなんて、できないよ……」
朱雀は膝を抱きしめたまま、堪えきれずに涙をこぼした。
「朱雀……」
夕陽がそっと手を伸ばしかけた、その瞬間だった。
朱雀が、堪えきれぬ衝動のまま、勢いよく夕陽に身を預ける。
「……俺っ、……夕陽様の、一番じゃなくてもいい。二番目でも、銀郎のとなりでも、なんでもいいから、傍にいたい……」
「……朱雀」
「……だから、俺のこと、捨てないで……」
夕陽は、小さな子を宥めるように、その肩をそっと抱きしめると、苦笑を漏らすように小さくため息を吐いた。
「……銀郎も、同じことを言ったよ。……『自分は二番目でいい』って」
その言葉に、朱雀が、はっと目を上げる。
夕陽は、ほんの少し目を細め、朱雀をそっと見つめ返していた。
「きっと、私のことを誰よりも想ってくれてるからだって……」
朱雀は何も言えなかった。ただ胸がぎゅうっと痛くなって、涙が零れそうになるのを必死にこらえる。
「捨てるなんて、できるはずがない。お前も、銀郎も、私の生きる意味、そのものだからね」
夕陽がそっと手を伸ばし、朱雀の頬に触れる。濡れた頬を親指で拭うその手は、優しくて、あたたかくて――朱雀はもう、こらえきれなかった。
朱雀が肩にしがみつくように寄り添うと、夕陽はその体をそっと抱き留めた。
ゆっくりと手を伸ばし、濡れた朱雀の頬をなぞる。
朱雀の熱に、震えに、怒りに、哀しみに――そして、隠しようのない想いに。
そのすべてを、慈しむように抱きしめる。
「……ごめん。こんな私を、好きでいてくれて……ありがとう」
呟く声は雨音に溶けるほど柔らかかった。
夕陽は、朱雀の目尻にそっと口づける。
涙の跡を辿るように、額へ。やさしく、穏やかに、まるで赦しを請うような口づけ。
朱雀が少し身じろぎすると、夕陽の唇は今度は唇へとそっと重なった。
深くはない。けれど、確かな想いが込められていた。
奪うでもなく、試すでもなく――ただ、触れたことを後悔させないと、告げるように。
「……お前が、欲しかったよ」
その一言で、朱雀の胸がふるふると震えた。
張り詰めていたものが一気に緩み、彼の目元から再び涙がこぼれる。
けれど今は、涙を隠す必要なんてなかった。
夕陽の腕の中でなら、すべてが受け止められる気がして――
しなやかな肩を抱き寄せたまま、夕陽は再び朱雀の唇にやさしく触れた。
温かな吐息が触れ合い、指先がその肌をなぞるたびに、朱雀の身体が小さく震える。
「……夕陽様……っ」
震える声が名を呼ぶたび、夕陽の奥に眠っていた何かが揺れた。
慈しみと、抑えきれないほどの想いが静かに溢れ出す。
朱雀の帯をほどく指先は丁寧で、決して急がず、心を込めていた。
滑るような手のひらが素肌をそっとなぞり、優しい吐息が外耳をくすぐる。
「こわがらなくていい……私は、お前を傷つけるために触れているわけじゃない」
低く、やわらかな声。朱雀の喉がきゅっと震え、小さくうなずく。
夕陽の指先が、朱雀の肌をそっとなぞった。
濡れた頬から顎先、細い首筋へ。朱雀はくすぐったさと、ほんのりとした温もりに身をすくめる。
「まだ、泣いているんだね……」
唇がそっと朱い耳のふちに触れた瞬間、朱雀は息を詰めて震えた。
優しく愛おしむように耳元をなぞられ、朱雀は声を堪えるように唇を噛んだ。
夕陽の手が、衣の合わせをそっと開く。ひんやりとした布が滑り落ち、柔らかな肌が温かな空気に包まれる。
指先が鎖骨をなぞり、静かに胸元へ降りていく。
「っ……あ……や……」
朱雀の唇から、かすかな声が漏れた。
優しく触れる指先に、驚きと心地よさが混ざって、朱雀の身体が小さく震えた。
夕陽はゆっくりと片方にそっと口づけをし、もう一方の手で優しく触れた。朱雀は少し首を振りながらも、その温もりから逃れられず、身体を少し揺らす。
「……ん、やだ……夕陽様、だめ、だって……」
「だめなんかじゃない。お前のすべてが、私を呼んでいる」
言葉の合間に漏れる吐息と柔らかな触れ合いが、朱雀の心をほぐしていく。
胸が高鳴り、潤んだ視線を夕陽に向ける。朱雀は、自分がこんなにも誰かに大切に思われていることが、信じられないようだった。
夕陽の手はさらに下へと移り、内腿をそっと撫でる。指先の優しい動きに、朱雀は少し脚を閉じようとする。
けれど、その動きを慈しむように、拒絶ではなく包み込むように――夕陽の声が囁いた。
「大丈夫……怖がらなくていい。痛くはしない。お前が望む限り、ずっと優しくするから」
「……ぅ……ゆ、夕陽様……」
涙混じりの声が、そっと名前を呼ぶ。
その瞬間、夕陽は朱雀の手を取り、丁寧に包み込むように握った。まだ慣れない不安を感じさせながらも、確かな信頼がそこにあった。
夕陽は自らの手を唇に寄せ、そっと触れた。ゆっくりと、慎重に温もりを確かめる仕草には、どこか静かな強さと優しさがあった。
「……少し、我慢して」
夕陽の囁きは、掠れるほどにやさしかった。
濡れた布で朱雀の手をそっと拭い、温もりをたたえた手が彼の背を撫でていく。
緊張でこわばった肩をほぐすように、時間をかけて静かに触れ、包み込むような温もりを与える。
朱雀の肩が微かに震え、喉の奥からかすれた声が漏れる。
「……っ、ん……夕陽様……」
夕陽はその声にそっと額を寄せ、口づけで応える。
不安と迷いを受け止めるように、ゆっくりと朱雀の手を握りしめた。
「大丈夫……怖がらないで。全部、私がそばにいる」
その言葉とともに、夕陽の指先は朱雀の肩や背に触れ、丁寧に緊張を解いていく。
浅く深く、呼吸のリズムを確かめながら、ふたりの間に静かな時間が流れる。
「っ……んっ……ぅ、ん……ッ」
朱雀の喉が詰まり、肩が震える。
けれど、夕陽の優しい手の動きは、その震えごと受け止めていた。
寄り添い、支え合うように――まるで互いの心をたしかめ合うように。
朱雀はもう、言葉すら紡げなかった。
けれど、熱と涙に潤んだ瞳がすべてを語っていた。
夕陽を見つめるその瞳に、確かな想いと信頼が宿っている。
「……怖くないか?」
低く優しいその問いには、どこか切実な響きがあった。
朱雀は涙に濡れた瞳で夕陽を見つめ、小さく頷く。
「……夕陽様の、全部が欲しい」
その言葉に、夕陽はわずかに目を細め、朱雀の頬へそっと触れる。
指先が静かに震えていたのは、彼の想いが強すぎる証。
「……じゃあ、行くよ」
ふたりの額がそっと触れ合い、鼓動が重なり合う。
手を取り合ったまま、互いの体温を確かめるように身を寄せ合った。
「っ……あ……ん……んんっ……!」
思わず零れた声に、朱雀は息を呑む。
夕陽のぬくもりが、じわじわと胸の奥まで届いてくるようだった。
「……朱雀……そんなに、強く、求められると……」
「……ッ、だってっ……!」
お互いの体温と気持ちが、ゆっくりと溶け合っていく。
肩越しに感じる鼓動に、ふたりは無言のまま心を通わせた。
窓の外の雨音が、次第に遠のいていく。
ただふたりの呼吸だけが、静かな夜に溶け込んでいった。
しばらくそのまま、ふたりは静かに繋がり合っていた。
体温と息づかいを通して、互いの存在を確かめるように。
朱雀の身体が少しずつ緊張を解いていくと、夕陽はそっと彼を抱き寄せ、背中を優しく撫でる。
ふたりの間に流れる空気は、ゆったりとしたぬくもりに満ちていた。
「……朱雀、大丈夫か?」
その問いかけに、朱雀は頷きながら、かすかな声で応える。
「……うん……夕陽様のぬくもり、ちゃんと伝わってる……」
まなざしが重なる。
その瞳の奥にある想いのすべてが、言葉よりも確かに伝わっていた。
額を寄せ合いながら、ふたりは何度も唇を重ねる。
それは激しさではなく、静かで、穏やかな感情の交差。
繰り返すたび、心の奥に積もっていた孤独や痛みが、少しずつ溶けていくようだった。
「朱雀……お前のすべてが、愛おしい。失いたくない」
「俺も……俺、ずっと……夕陽様だけが欲しかった……」
その言葉に応えるように、夕陽は朱雀を包み込み、そっと抱きしめる。
身体を寄せ合うたび、心が深くつながっていく。
互いの存在を確かめ合うように、ただ静かに時を重ねていく。
やがて、重なる鼓動がゆっくりと落ち着いていった。
朱雀は夕陽の胸に顔を埋め、微かに震える声で囁く。
「……ありがとう、夕陽様……俺、今すごく、幸せだ」
「私もだ。お前がいてくれて、よかった」
そう言って、夕陽は朱雀の髪にそっと口づける。
雨音が、静かにふたりを包み込む。
夜の帳が降りる中、ただ互いを抱きしめながら――
ふたりだけの、やさしい時間が静かに流れていった。
■■■
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【番外編:もしも夕陽様が攻めだったら②】
(夕陽×銀郎)
(書き下ろし)
銀郎は、夕陽の部屋で静かに正座していた。
背筋を伸ばし、膝の上にきちんと手を置いた姿からは、何かしら覚悟のようなものが感じられる。
「……銀郎?」
夕陽が不思議そうに声をかけると、銀郎はまるで決意を固めたように、静かに頭を下げる。
「……夕陽様。今宵は、貴方のおそばにいたくて参りました」
「……え?」
一瞬、時が止まったような空気が流れる。
夕陽は驚きに目を瞬かせたあと、肩を揺らして小さく笑った。
「……ゆ、夕陽様っ、それは……笑わないでください……!」
慌てた様子で声を上げる銀郎。
けれど夕陽は、彼の真剣な表情を見て、柔らかく微笑む。
「すまない。あまりにも真面目な顔だったから、何事かと……」
そっと銀郎の頭を撫でながら、夕陽は静かに言葉を続ける。
「お前が寂しかったのなら、そう言ってくれればいいのに」
その優しさに、銀郎はわずかに頬を染めて俯いた。
「……我慢できなかったのです。
夕陽様が、最近あまりこちらを見てくださらなかったから……」
ぽつりと落とされた言葉に、夕陽はふっと目を細める。
夕陽はじっと銀郎の瞳を見つめ、穏やかに囁いた。
「放っておいたつもりはなかったんだ。お前を大事に思っていた。……でも、伝わらなかったみたいだな」
そう言って、銀郎の銀の髪にそっと手を伸ばす。指先に絡んだその一房を、丁寧に撫でながら、ふわりと微笑んだ。
銀郎の瞳がわずかに揺れる。
夕陽の静かな仕草と、その真意に、胸の奥がじんわりと温まっていく。
「……少し、そばにいてもいいか?」
その言葉は、風のように優しく銀郎の心に届いた。
長いあいだ求めていた想いが、たったひと言に込められていた。
「……はい」
小さな頷き。迷いのない、まっすぐな返事だった。
伏せたまつげの下、銀郎の頬に淡い紅が差している。
それは恥じらいではなく、確かな幸福の色。
夕陽は再び銀郎の髪に手を添え、指先で静かになぞる。
さらさらとした銀の髪が指のあいだからこぼれ落ちていく感触。
そして、そっとその頭を引き寄せると、額を重ね合わせた。
互いの温度が静かに伝わり合い、どちらからともなく目を閉じる。
「……夕陽様、いま……とても穏やかな気持ちです」
「私もだよ、銀郎。こうしていられることが、何より嬉しい」
互いの指が自然と絡まり、呼吸が静かに重なっていく。
焦ることなく、ただそこにいることを大切に思いながら、ふたりはそのぬくもりを確かめ合っていた。
やわらかな吐息が耳元をかすめ、続いてその言葉に似た囁きが届く。
それは熱ではなく、心に寄り添う祈りのような優しさだった。
「……銀郎。お前が望むなら、どこまでも優しくする。けれど……時には、どうしようもなく、お前を強く抱きしめたくなるんだ」
低く穏やかな声が、胸の奥に静かに沁みていく。
銀郎は目を閉じて、夕陽の言葉とそのぬくもりを心に受け止め、そっと頷いた。
「……はい。夕陽様がそばにいてくれるだけで、私は……本当に幸せです」
「……可愛いことを言うな。困るだろう」
夕陽の手が、静かに銀郎の背に添えられる。
まるで、言葉では足りない想いを指先に託すように。
髪を梳くようなその手つきに、伝えられるのは、深く強い想い。
――大切に想っているよ。
何も言わずとも、伝わるものがある。
だからこそ、銀郎は胸の奥の気持ちを、そっと言葉にした。
「……私は、何度でも夕陽様に恋をしてしまいます」
ふいに触れた手が、銀郎の頬に優しく添えられた。
涙に濡れた睫毛を、そっと拭うように。
すぐそばで見守るように微笑んで、夕陽はただ静かに、変わらぬ眼差しで銀郎を見つめていた。
深くはない、けれど心の奥まで届くような、静かなぬくもり。
それはまるで、言葉にできない想いをそっと伝えるような優しさで、銀郎はただ身を委ねていた。
触れ合う手のひら、交わる視線。
それだけで、胸の奥にある寂しさがゆっくりと溶けていくようだった。
「……大丈夫か? 無理はしていないか」
夕陽の穏やかな声に、銀郎は目を伏せ、小さく首を振った。
押しつけでも、気遣いのふりでもない。
心から向けられたその言葉が、何より嬉しかった。
「……ええ、大丈夫です。
むしろ……こんなふうに気にかけてもらえることが、幸せで」
その言葉の続きを聞くように、夕陽はそっと額を重ねる。
静かなぬくもりが、銀郎の心をそっと包み込んだ。
「よかった。それなら、安心だ」
指先が絡まり、額が触れ合う。
響く鼓動が、互いに確かめ合うように重なっていく。
そっと肩を抱かれるたびに、過去の傷が癒されていく気がした。
誰かに優しく触れられることの重みと温かさを、銀郎は今、改めて知る。
名を呼ばれる声が、どこまでも優しくて、胸を締めつけた。
夜の静けさの中、交わされる想いは、熱ではなく祈りのようで――。
夕陽の手が、銀郎の髪にふれる。
静かに撫でるその仕草に、深い慈しみが宿っていた。
まるで、銀郎という存在を丸ごと抱きしめ、愛おしむように。
「……大丈夫。焦らなくていい。お前が望む速さで、進もう」
夕陽の声は、春風のようにやわらかく、あたたかい。
銀郎は小さく頷きながら、胸元に手を置いた。そこにある鼓動が、安心の証のように響いてくる。
「……夕陽様」
「ん?」
「こうしていると……貴方がどれほど私を大切に思ってくださっているのか、胸いっぱいに伝わってきます」
その言葉に、夕陽は微笑み、そっと額を合わせる。
何も言わなくても伝わるぬくもりに、銀郎の瞳がうるんだ。
「それなら、ちゃんと伝えられてるんだな。……よかった」
言葉よりも、触れる手よりも、今夜は心がいちばん近くにあるようだった。
銀郎の頬がふわりと紅く染まり、そっと目を伏せる。
いつの間にか指が絡み、肩が寄り添い、ぬくもりが静かに満ちていく。
名前を呼ぶ声が愛おしさで震えて、まるで春先の陽だまりのように、優しさがそっとふたりを包み込んでいった。
ふとこぼれた銀郎の涙を、夕陽がそっと指先でぬぐう。
「……ありがとう。お前が、私のそばにいてくれることが、何より幸せだ」
「……選ばされたんです、貴方に。
好きにならずにいられないように……心を、全部奪われてしまったんです」
くすっと笑って、でも涙をにじませながら言う銀郎の唇に、夕陽はそっと自分の額を重ねた。
「そうか」と優しく呟いて。
そしてその夜、ふたりは何度も名前を呼び合い、何度も微笑み合った。
抱きしめるたびに心がふわりと甘く満たされて、交わす言葉すべてが宝石のようにきらめいていた。
激しさはなくとも、そこにあったのは、何よりあたたかくて、深くて――
誰よりも甘やかで、確かな、ふたりだけの愛だった。
番外編:もしも夕陽様が攻めだったら 完