「ベルダ、なにをしている?」
ある昼下がり。ベルダが庭の方を見ながら作業しているのに気づいたビクターは後ろから声をかけた。
「産着を縫っているんです。」
「うぶぎ?」
初めて聞く言葉に首を傾げたビクターに微笑みながらベルダは言った。
「赤ちゃんが着る服のことです。こんなに小さいんですよ。」
「ふむ、それを縫うのなら他の者に任せよ。其方は動くのに大変であろう。」
そう言ってベルダのお腹に手を当てる。そこは大きく膨らみ、ベルダはなにをしようにも一苦労かかるようになっていた。
ベルダの妊娠がわかってから、ビクターはなんやかんやと世話をかってでるようになった。ベルダが何かをしようとすると、すぐにそばに行って安全かどうか確かめる。ほとんどは危険だと言ってやらせないのだが。
今日もビクターがいないうちにと手をつけた産着の刺繍はすぐさま見つかってしまった。またもや中断させようとするビクターにベルダは抗議した。
「これだけは縫わせてください。私たちの赤ちゃんが着るものだから自分で縫ってあげたいんです。」
番におねだりをされてダメと答えることは不可能に近い。ビクターは降参だ。
「…わかった。だが無理はするなよ?倒れたその時には何もやらせはせぬからな。」
「はい、ビクター。ありがとう。」
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「ベルダ、大事な話がある。」
「大事な話、ですか?」
2人が初夜を迎えた次の朝。ビクターの腕の中に包まれたまま、ベルダは話を聞いている。いつになく真剣な顔のビクターに小首を傾げる。
「あぁ。本来ならば、出会ってすぐにでもこの話をするべきだったとは思うのだが…、」
龍の寿命は長い。人間とは比べられないほどに。もちろんそれはベルダも同じ。このままではビクターがすぐに取り残されてしまう。
「だが、其方が望むのなら我と同じように歳を取れるようにすることができる。」
「それは…、」
「あぁ。100年ほど生きられるぞ。」
そんなことが容易にできるのかとベルダは驚く。しかし、ビクターの変わらないその美貌を見れば明らかだ。突然のことで悩むベルダにビクターは呟くように言った。
「…其方が望めば、人間の時の刻み方で寿命をまっとうできるぞ。」
つまり、人間として寿命を終えてもいいよ、ということだ。それが聞こえたか聞こえなかったか、ベルダは顔を上げなかった。その時ベルダがどんな表情をしていたのかはビクターにはわからなかったが、その日の夜にベルダは結論を出した。いわく、「人間として生きたい」と。
「私は確かに、こっちに来てから幸せでした。でも、その幸せをいつまでも感じていてはいけないと思うんです。人間界で生きてきた私も私だから…。人間界で家事を覚えました。文字も少し覚えました。それがあったから料理ができます。あなたの名前もつけられました。人間として生まれたことを忘れたくないのです。」
ビクターは次の日から塞ぎ込んだが、最終的には受け入れた。ベルダは龍として自分とともに生きてくれると思っていたが、人間としての誇りを忘れず、その瞳には強い意志が見られた。
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臨月が近づくと周りがそわそわし出した。ベルダが少しでも眉を寄せると一斉に立ち上がるほど。しかしその動きが良かったのだろう。大丈夫だと苦しい顔をし続けるベルダにビクターたちは大慌てで準備をする。褥に寝かせて医者を呼び、指示を仰ぐ。おかげで破水したこともわかり、医者も困ることなく、万全な体制の中で生まれた子は男の子だった。龍たちは人型で生まれてくるのだが、龍である証拠に体に鱗を除かせている。この男の子も龍の子であるとわかる鱗が体のあちこちに見える。次代の龍神の誕生に人々は喜んだ。
しかし、産後の肥立ちが悪く、体の弱かったベルダは赤子の顔を微かにその目に映してから目を開けなくなった。