影の龍と契約

  街が戦争の被害にあった。

  目を開ければ炎に包まれた家と街が、

  鼻を効かせば鉄のような血の匂いが、

  耳を澄ませば銃声と悲鳴が入り混じった音が、

  僕はそんな状況下において死にかけていた。僕の体は瓦礫に埋もれていた。お母さんとお父さんは瓦礫から僕をかばって死んだしまった。僕らを助ける人などいなかった。みんな自分が逃げることで手一杯だった。そして死ぬことを確信した僕は目を閉じてこう言った。

  「こんな世界、亡くなればいいのに」

  それが僕が最後に発した言葉。

  瞬間、上から瓦礫が降って完全に生き絶えた-はずだった。

  そこだけ時が止まったように瓦礫が宙で浮いていたんだ。

  「人ノ子ヨ、キサマノ魂ハコンナトコロデ終ワルノカ、クダラナイ」

  誰?

  「我ト契約ヲ結ベ人ノ子。サスレバ生キノビラレル」

  契約?

  「オマエハ我ニ影ヲ渡ス。我ハオマエニ不老不死ノ力ヲ渡ス」

  不老不死?

  「質問ガ多イ。不老不死トハ永遠ノ命。今ノオマエニハ最適だ。モシ断レバオマエハ死ヌ。ソレダケダ」

  怒られた。けど、ここで死ぬのは嫌だ。せめてお母さん達のお墓を建ててあげたい。

  「オマエハ自分ガ死ノ瀬戸際ニ立ッテイテモ他人ノコトヲ思ウノカ。イイダロウ、特別ニオマエの両親ノ墓モ建テテヤロウ。サア、契約ヲ今ココニ。汝ハ我、我ハ汝。汝、不老不死ノ命ヲ。我、汝の影ヲ」

  何かに包み込まれた感覚がしたんだ。気持ちいいような、むず痒いような、なんとも言えない感覚だった。そして眠気が襲ってきてそのまま寝ちゃった。いや、今思えば眠らされたのかも。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  「傷ハ癒エタ。次ハ相応シイ身体ニシテヤロウ。不老不死ニソノ身体ハオ粗末ダ」

  そんな声が聞こえた気がした。そして身体に痛いような、かゆいような、なんとも言えない感覚に襲われた。身体から何かに覆われて、顔が前に伸びてきて、お尻の辺りに何かが生えてくるような、そんな感じ。そしてまた眠気が襲ってきたから僕はまた寝ちゃった。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  「身体ハ完成シタ。サア、目ヲ覚マセ小僧」

  何かに起こされた気がして目をあけた。身体が重い…。

  ふと辺りを見回すと元いた場所とは違った。ふかふかの大きなベットで眠っていたんだ。周りにはいくつか本が散らかっていたから手に取って見てみようと手を伸ばしてみた。

  そして気がついた。

  「え?これ誰の手?」

  だってその手は鱗に覆われていた。透き通るような綺麗な空色だ。

  「じゃなくて、なんでこんな手がー 」

  「ヤット目覚メタカ小僧」

  「誰?」

  「姿ガ見エヌカ、少シ面倒ダガ実体ヲ作ルカ」

  目の前に黒いモヤが出てきて、そこに現れたのは

  「ド、ドラゴン⁈」

  本で見たことがあるような竜だった。鋭い爪、頭の上に堂々と生えている二本の角、見下すような鋭い目、口から出てる刃物のような牙、そして大きな翼。まさしくそれだったけど、少しボヤけている。

  「我ハ影ノ存在。影ハ実体ヲ持タヌ」

  どうやらそういうことらしい。

  「サテオマエノ身体ニツイテダナ、オマエノ身体ハ不老不死ノ力ニ対シテオ粗末ダッタ。

  ダカラ我ガ変エテヤッタ」

  …頭の理解に話がついて行けなかった。

  変えてやったって、つまりどういうこと?

  「ソシテコレガ今ノオマエダ」

  目の前に水柱が立った。そこに移るのは二足歩行の小さいドラゴンだった。全身が空色の鱗に覆われていて、目はエメラルドのような緑、顔は前の方に伸びていて完全にドラゴンのそれだった。角も小ぶりながら二本生えていた。けど、ただ一点違っていた所がある。

  「これが今の僕?けど翼がないじゃん」

  そう、翼がないのだ。

  「オマエハ完全ナドラゴンデハナイ。元ガ人間ダカラナ。所詮半人半龍ト言ッタトコロカ」

  半人半龍?

  「オマエハ質問ガ多イ。ツマリキサマハ半分人デ、半分ドラゴンなのだ」

  また怒られた。でもなんとなくわかった。僕は人であって、ドラゴンでもあるんだって。なんか複雑だなぁ…

  「トコロデ、オマエ名ヲ何ト申ス」

  「え、名前?僕はー」

  あれ、何でだろう。僕にはちゃんとお父さん達につけて貰った名前があったはずなのに、思い出せないのだ。

  「ヤハリカ。オマエヲソノ姿ニ変エタトキ、ソノ代償トシテ記憶ヲ失ウノダ」

  「嘘でしょ⁉︎ でも、それなら名前を思い出せない説明がつく」

  「スマンナ。言イ忘レテイタ。デモ、完全ニ失ウ訳デハナイノダ」

  まったくだよ、もう。でも、僕は自分の名前を思い出せないままなんだ。

  「デハ我ガ新タナ名ヲ授ケヨウ。オマエノ名ハ『テオドア』ダ」

  「テオドアか。悪くないかも。」

  ネーミングセンスがあるんだなこいつ。

  「それで、君は何て名前なの?」

  「我ハシャドウ。今ハテオドアノ影ダ。」

  「よろしくねシャドウ」

  何だか彼と仲良くなった。そんな気がした。