※泣き虫だった狐獣人の男の子が、虎おっちゃんと出会って強くなる話。

  1

  それは、狐坂文太が父親に幼い手を引かれ、串カツ屋に連れて行かれたときのこと。

  まだ小学校に上がったばかりの文太にとって、立ち食いの串カツ屋というものはとても珍しいものだった。

  「お勘定」

  「あいよ!」

  カウンターの上に並べられた串の数と、倒した徳利の数だけ数えると、ころころと太った犬の店主は値段を言い、客はそれを払って帰っていく。

  普段、買い物帰りに母親に連れられていく定食屋とはまったく違う。

  お客だって、女なんか一人もいない。

  男ばかりが一列に並んで、コップ酒をあおりながら串カツにパクついているそんな光景も、文太にとって新鮮なものだった。

  いかつい男たちが、黙々と、あるいは陽気に笑いあいながら同じ時を過ごしている。

  文太はそんな様子をこわごわ見上げていた。

  父親は何を思って、ここに文太を連れてきたのだろう。

  ほんの気紛れか。

  それとも、大人の男の世界というのを垣間見せようと思ったのか。

  なんにせよ、『かあちゃんには内緒だぞ』の言葉に、自分とは違う大人の世界を感じ、どきどきしたことは覚えている。

  6歳にしては小柄で、女の子に間違われることもある文太だったから、余計に男の世界というものに憧れもあったのだろう。

  カウンターまで背の届かない文太は、父親が差し出してくれる串を両手で掴んで、口に入れる。自分の毛色と同じ、狐色に揚がった衣に歯を立てると、肉を串から引っこ抜く。

  べっとりついた濃いソースで手を汚しながらも、その硬い肉をしっかりと噛む。

  「こいつはまだ、おめぇには早ぇからなぁ」

  父親は空になった徳利を文太に振って見せる。

  さほど酒に強くないその顔色は、一合空けただけで、ほんのりと赤くなっていた。

  いつも、厳格で厳しい姿しか見せることのない父親が笑っている。

  文太はそれを不思議に思いながら眺めていた。

  「早くおめぇが大きくなりゃあ、一緒に酒を酌み交わせるんだがなぁ」

  そう言うと、文太の頭をごしごしと撫でる。

  「い、痛いよ、父ちゃん」

  文太が顔をしかめても、父親は止めるそぶりも見せない。

  「旦那、息子さんはいくつです?」

  その様子に苦笑した店の大将が父親に声をかける。

  「ああ、6歳だ。今年、小学校に入学したんだ」

  「そうですか。一緒に呑めるようになるまでは、まだまだですね」

  「ああ、そうだなぁ」

  父親と店主が楽しそうに話しだしたのをしばらくは見つめていた文太だったが、すぐに退屈したのか、周りの客の様子を見回す。

  隣にいるのは、だいぶ酒を聞こし召しているのか、真っ赤な顔で煙草を吸っている作務衣の虎親父。

  背も高く体格もいいのだが、それよりもその顔と体にでっぷりとついた脂肪の方が気になる、そんな感じの恰幅のいい虎獣人だった。

  家族が誰も煙草を吸わないため、ぷかぷかと浮かぶ煙を珍しげに見つめる文太。

  灰皿から煙草を取り、口にくわえてふかす。その一連の動作は大人だけに許された仕草に思えて、格好良く思えた。

  やがて煙草を吸い終わると、灰皿に吸殻をぎゅうぎゅうと押し付け、目の前のビールを喉に流し込む。そして、串カツにかぶりつく。

  狐にしては大柄だが痩せ型である父親とはまるで違う、ガタイのいい大人。

  そんな姿をぼんやりと見つめていた文太だったが、ふいに『あっ』、と小さく声をあげる。

  虎親父が1本、食べ終わった串をこっそりと床に落としたのだ。

  見れば虎獣人の足元には数本の串が転がっている。

  虎親父はばれないように店主の目を盗んで串を落としていたのだろう。

  カウンター越しで、それが店主にばれることはない。

  串の数で勘定をするこの店で、串の数をごまかすというのはつまり……。

  ……父ちゃんに言ったほうがいいのかな。

  見上げる文太と、それに気づいたのか見下ろす虎親父との目が合った。

  困ったような文太の顔を見て、虎親父はにやりと笑ってみせる。

  そして、片目をつぶって小さく囁いた。

  「ぼん、内緒やで」

  「……うん」

  別に、頷く必要はなかったはずだ。

  それでも、そんな約束をしてしまったのは、子供の自分が男の世界の仲間入りをさせてもらったようで嬉しかったのだろう。

  恰幅のいい立派な大人に、ちゃんと約束できるだけの一人前の男だと認めてもらったようで。

  文太の返事を聞くと、虎親父は嬉しそうに笑って、また目の前の酒と串カツに集中しだす。

  その様子を文太はぼんやりと見つめていた。

  2

  『男なんだから、ちっとは体を鍛えるべきだ』

  文太が望みもしない相撲教室に入れられてしまったのは、父親のその一言からだった。

  まだ幼いとは言えども、その華奢な体を気にしての言葉だったのだろう。しかし、文太にとってその発言はありがた迷惑以外の何物でもなかった。

  ……僕は家で本でも読んでるほうがいいのに。

  とはいうものの、厳格な父親に歯向かう事なぞ出来るはずもなく、文太は小学校が終わると、毎日、相撲教室に通うことになる。

  近所の神社で奉納相撲をすることが名物になっているようなこの町では、腕白どもの多くが相撲教室に参加していた。

  小柄ななりをしていて非力な文太は、ただそれだけで仲間はずれにされることが多かった。

  教室での練習も厳しく、みなと同じようについていくことが出来ない。

  稽古をつけてくれる先輩に思いっきりぶつかるのも痛いし、土俵に叩きつけられればなお痛い。

  いつも目に涙を溜めてしくしく泣いている文太に、『泣き狐』『女狐』なんて不名誉なあだ名がつけられたのはしょうがないことだろう。

  ……嫌だなぁ。

  教室での稽古も嫌だったが、何より嫌なのはランニングと称して、皆で町内を走らされることだった。

  今日も、いつまで経っても慣れないまわし姿を晒しながら、他の生徒たちと商店街を駆け抜けていく。

  毎度のことだから、道行く通行人たちは何とも思わないのだろうが、走らされる身になれば、たまったものではない。

  他の子と違い、小さな自分の身体にコンプレックスを感じながら、文太は必死に皆についていく。

  「はぁ、はぁ」

  歯を食いしばって、息を切らしながら全力で走る。

  それでも体力のない文太では、皆の足の速さには追いつけないのだ。

  次第に距離を離され、やがて視界からも最後尾の生徒の姿がなくなってしまう。

  『もう、帰りたいよぉ……』

  精も根も尽き、足を止めてしまうと、いつものように目に涙を溜めながらその場にしゃがみこんでしまう文太。

  幼い文太にとって、もう限界だった。

  小さな店が軒を並べる商店街。

  その中でも、とりわけ小さな和菓子屋の前で膝を抱え込むと、文太はしくしくと泣き出してしまう。

  まわし一丁の狐獣人の子供が道端で泣いているのは、周りの人から見ると奇異な様子にうつっただろう。

  少なくとも、不憫な子供に手を差し伸べたくなるに違いない。

  しかし、そんな彼に浴びせられたのは、道行く人の温かい言葉ではなく……。

  「また来やがったんかいっ! この馬鹿猫がっ!」

  ばしゃっ!

  ……バケツ一杯の冷たい水だった。

  「……」

  突然の出来事に、涙も引っ込んでしまい、顔を上げる文太。

  その視線の向こうには、こちらも驚いたような顔で硬直する、見覚えのある作務衣の虎親父の姿があった。

  「すまんかったな」

  水を浴びせかけた虎獣人は、びしょ濡れになった文太を見ると、慌てて店の中に引き入れた。

  「最近、近所の猫が悪さをするようになってな。店の外でごそごそしてるから、そいつと勘違いしてもうたんや」

  恰幅のいい虎親父に、ごしごしとタオルで拭かれながら、文太はぼんやりと店の中を見回す。

  その小さな和菓子屋は、販売だけではなく店でも簡単な飲食できるようになっているのだろう。小さなテーブル席が2つ用意されている。

  といっても、その席に誰か客が座っているわけでもない。見るからに閑散とした、うらぶれた店だった。

  ショーケースにある和菓子の類も、すでに夕方だというのにあまり売れているような様子もない。

  「おっちゃん」

  「何や?」

  「……前に、串カツ屋さんで会ったよね」

  文太は、首を傾げながら虎獣人に尋ねる。

  「ん? ああ、あん時のぼんか!」

  虎親父は文太の言葉に、思い出したようににやりと笑う。

  「こないだは財布の中身がピンチでな。ほんま、助かったで。おおきにな」

  「うん」

  礼を言われると、前に会ったときの大人に認められたような誇らしげな気持ちがよみがえって来て、さっきまでが泣いていたのが嘘のように、明るい気持ちになった。

  「そうや、せっかくやさかい、おっちゃんとこの菓子でもごちそうするわ。身体も冷えたやろうから、熱い茶も用意したる」

  そこに座っときや、と声をかけると虎親父は店の奥に戻ってしまう。

  文太は素直に椅子に腰をかけると、虎親父の来るのを待つ。

  店の中からは、落ちていく真っ赤な夕日が見えた。

  ……きれい。

  それに見とれているうちに、親父は盆を持って戻ってくる。

  「ぼんの口におうたら、ええんやけどな」

  華やかな色合いの餡に彩られた餅菓子が3種類。

  花や動物の形を模したそれに、文太は一瞬、芸術品を前にしたかのように見とれてしまう。

  「……これ、食べていいの」

  「もちろんや」

  その中の一つを恐る恐る掴んで、口に放り込む。

  「……おいしい」

  舌に触れたとたんに広がるほっとするような上品な甘み。

  母親が作ってくれる手作りの菓子や、スーパーで買ってくるような菓子とは全然味が違う。

  それは文太のような子供の舌でもよく分かった。

  「そうか、よかった、よかった」

  その言葉に、虎獣人は破顔して、文太の頭を撫でる。

  「ぼん。自分、名前何て言うんや」

  「狐坂文太」

  「ふうん、文太か。ええ名前やな」

  そういう名前の格好のええ俳優がいてるんやで、と虎親父は言う。

  「おっちゃんは?」

  「わしか。わしは倉田武虎や」

  ええ名前やろ、と聞かれるので、聞かれるままにうん、と答える。

  「おっちゃん、もう1個食べていい?」

  「全部食ってええで。ぼんのために新しいの作って来たんやさかい」

  その言葉に、文太はあらたに菓子を掴み、口に押し込んだ。

  「……すごいおいしいよ」

  「ぼんが喜んでくれたら、作った甲斐があったってもんや」

  武虎は嬉しそうに笑った。

  「おっちゃん、また遊びに来てもいい?」

  「ええで。おっちゃんは大概暇やさかいな、ぼんがまた顔見せてくれたらうれしいわ」

  出されたお茶も飲み、すっかり身体が温もった文太は、元気よく店の外に飛び出す。

  「うん、また来るね!」

  この後、帰りが遅いと教室の先生にこっぴどく叱られたものの、文太の心は晴れやかなままだった。

  3

  水を浴びせられた一件以来、文太は気が向くと武虎の元を訪れるようになった。

  いつ行っても退屈そうにしている武虎は、文太の顔を見ると喜んで歓迎してくれる。

  「おっちゃん、なんでいつも暇そうにしてるの」

  今日も今日とて退屈そうな顔で、店のテーブルに座って新聞を読んでいる武虎に、文太は尋ねる。

  「おっちゃんのお菓子、こんなにおいしいのに」

  もっと、客が入ってもおかしくない。

  もっとも、その理由は聞かずとも小学生である文太にも容易に想像できた。

  なんというか、武虎はまるで商売っ気がないのだ。

  客と応対するときも無愛想でぶっきらぼうだし、何より商品を売ろうという意欲がまるでない。

  「そうか、ありがとよ」

  虎親父は文太の頭を撫でる。

  「ぼんが喜んでくれるのはうれしいけど、おっちゃん、あんましこの仕事好きやないんや」

  「どうして?」

  ……こんなにおいしく作れるのに、和菓子を作るのが嫌いなのかな。

  「そうやなぁ」

  武虎はぼんやりと宙を見て呟く。

  「おっちゃんなぁ、ほんまはもっと別のやりたいことがあったんや。こんな甘味処なんか継ぎたくなかった」

  そう、武虎にとって、この仕事は苦痛でしかなかった。

  自分が望んでいないことをしているため、不本意な思いで日々漫然と過ごしている。

  本当は、職人なんかにはなりたくなかった。武虎は大学に進んで、研究の道へ進みたかったのだ。

  「せやけど、親父が病気で死んでもうてな、しょうことなしにこの店を継がなあかんかったんや」

  しがらみや、母親の希望もあった。

  結局、我を押し通すことが出来ず、気がつけばあんなに嫌だった一介の職人として生きることしか出来ない。

  まるで、逃れられない牢獄に囚われているような日々。

  「……」

  その表情は、文太が今まで見たことのないほど憂鬱なものだった。

  世間というものをほとんど知らない文太が何も言えなくなってしまうほどに。

  「人間、失敗しても自分のやりたいことやっとかなあかんなぁ。結局不本意な思いでうじうじと考えとるだけなんやから……」

  そこまで、呟くと虎親父は首を振る。

  「子供相手にわしは何を言うとるんや……」

  自嘲気味の笑みを一瞬顔に浮かべると、武虎は明るい笑みに一変させた。

  「ぼん、どうや。相撲は楽しいか」

  今度は、文太が表情を曇らす番だった。

  「やっぱり辛いの。練習は大変だし、痛いし」

  「そうか」

  何より辛いのは、すぐに泣いてしまうことだった。我慢しているつもりなのに、いつの間にか涙が頬を濡らしているのだ。

  そのことで、すぐに皆に囃されてしまう。

  「でも、でもね。この間、1回だけだけど、先輩が褒めてくれたの。お前は泣き虫だけど、頑張れば見込みがあるぞって。それで、少しだけ相撲が好きになったの」

  目を輝かして言う文太の武虎は優しい笑みを返す。

  「そうかぁ。もっと好きになれたらええなぁ」

  「うん!」

  4

  「どうしたんや、おもしろなさそうな顔して」

  文太と知り合って数ヶ月。

  少しはしんどい稽古にも慣れたのか、最近は明るい顔を見せることも多くなったその子狐が、今日はまたひどく憂鬱な顔で武虎の店を訪れた。

  「うん……。今度、鳴門神社でお祭りがあるでしょ」

  「ああ」

  10日後の話だ。この近所ではかなり大きな神社で、毎年この時期になると祭りを行っている。確か、大人も子供も参加できる、奉納相撲もやっていたはずだ。

  「僕、それに参加しなきゃいけなくなったの」

  「なんや、ぼん、自分試合に出られるんかいな」

  武虎は驚いたように文太の顔を見る。

  なんにせよ、選ばれたと言うことはそれなりに認められているということなのだろうか。

  「よかったやないか」

  「よくないよ!」

  武虎の言葉に、泣きそうな顔で声を荒げる文太。

  「……」

  「誰も参加できる人がいないから、僕に決まっただけで……」

  どうも、武虎の考えとは違っていたようだ。

  誰も文太に期待はしていないのだろう。それは文太のしょぼくれた雰囲気でなんとなく分かった。

  「また負けたらみんなにひどいこと言われちゃうんだ……」

  「……」

  「試合なんか出たくないよ。どうせ僕なんか勝てっこないのに」

  拗ねたように言う文太に、武虎は言い聞かせる。

  「何を言うてんねん。やってみんと分からへんで」

  「分かるよっ!」

  顔を上げた文太の目には、涙が溜まっていた。

  「みんな言ってるもん。僕が出たって負けるだけなんだから、試合なんか時間の無駄だって」

  「……」

  その言葉に武虎はしばらく押し黙る。

  やがて、文太の目を覗き込むと、ゆっくりと口を開いた。

  「なあ、文太。自分、悔しいないんか。そんな奴らに言いたい放題に言われて」

  「だってしょうがないよ。僕、いくら稽古しても全然強くならないし……」

  「悔しくないかと聞いとるんやっ!」

  その剣幕に驚いた顔をする文太。

  しばらく武虎の顔を見つめていたかと思うと、つぅ、と涙をこぼしながら呟いた。

  「……悔しいよ」

  「ほな、見返したったらええやないか」

  「そんなこと……」

  「出来るに決まっとる!」

  力強く文太の言葉を遮る武虎。

  「文太なら絶対出来る。おっちゃんが保証したるっ!」

  「でも……」

  「相撲、好きになりそうなんやろ。先輩に褒められてうれしい言うとったやないか」

  「……うん」

  「よっしゃ、ちょっと待っときや」

  武虎は突然紙に何かをしたためだすと、それを封筒に入れ、文太に渡した。

  「今日帰ったらこれをお父ちゃんに渡すんや。それでお父ちゃんがええ言うたら、いつもの稽古が終わった後、うちにおいで。試合まで毎日特訓したるさかいに」

  「おっちゃん、相撲できるの?」

  「でけへんわ。それでも、ぼんの特訓ぐらいやったらなんぼでも付き合おうたる」

  父親に宛てた武虎の手紙の内容は、文太を毎日きちんと送り届けるから夜に稽古をつけてやってもよいかというものだった。

  すでに文太から和菓子屋に入り浸っている話を聞かされていた父親は、その内容を了承した。武虎との稽古に乗り気な文太に気をよくしたのもあるし、何より息子の不甲斐なさを少しでも鍛え直すきっかけになればとも思ったのだろう。

  武虎の稽古というのは、ひたすら棒のように突っ立った武虎自身に文太が突っ込んでいくというものだった。

  図書館で相撲の本を片っ端から読んだものの、素人の武虎ではどうすれば効率的に文太を強くしてやれるか分からなかった。

  大体、本番まであと10日しかないのだ。素人が下手な策を練ったところで、たいした効果はないだろう。

  それならば、出会い頭に思い切りぶつかって、相手をひっくり返してやるぐらいがちょうどいいと思ったのだ。

  「さあ、来い」

  店を閉め、目の前の道路で、武虎はどっしりと構えた。

  その形相は、文太は怯える。

  夜の闇の中、目を輝かせ、牙を剥くその虎獣人の様子は、昔話に出てくる鬼のように思われたのだ。

  まるで、文太を取って喰うために待ち構えているように。

  いつもの優しいおっちゃんと同一人物とは思えない。

  相撲教室の先輩よりも、いつもいじめてくる仲間よりも、怖い先生よりも、怒った父親よりも、その様は誰よりも怖かった。

  小便を漏らしそうなほど震える文太を、武虎は叱り飛ばす。

  「どうした。はよ、ぶつかってこんかい!」

  「う、うん」

  戸惑ったような表情をみせる文太。

  「はよせぇ!」

  「は、はいぃっ!」

  泣きそうになりながら突っ込んでいく文太。

  がしっ、とその身体を受け止めると、その場に転がす。

  「……。ふうん。よし、もう一回や」

  「はいっ!」

  すでに文太は半泣きだった。それでも、しゃくりあげながら武虎に飛び掛っていく。それを引き倒し、また怒鳴りつける。

  「おい、目ぇつぶって相撲が取れるか。ちゃんとおっちゃんの顔を見んかい!」

  「はい……」

  「……文太。ひょっとして、自分。今まで相撲取るとき、目ぇつぶってやってたんやないか?」

  「……うん」

  「何でや?」

  「だって、怖かったから」

  その答えに、武虎はため息をつく。

  「わかった。これからおっちゃんと稽古するときは目ぇつぶったらあかん。じっとおっちゃんの目を見て相撲を取るんや」

  「でも……」

  「でもも杓子もあるかい! おっちゃんが見ぃ言うたら、見なあかんのや!」

  「はい!」

  「ほら、ぶつかってこい! また目ぇつぶってるやないか」

  「ごめんなさい」

  「謝らんでええから、ちゃんと目ぇ開けるんや!」

  「はい!」

  「いつまで同じこと言わせるつもりや。おっちゃんの顔を怖がってどうするんや! 目ん玉かっぽじいてちゃんとこっちを見んかい!」

  「……はいっ」

  歯を食いしばって武虎を見つめる文太。

  「よし、ぶつかってこい!」

  「はいっ!」

  武虎との稽古は試合前日まで続けられた。

  ただ、怖い顔をした虎獣人に怯えながらぶつかっていくだけの稽古。

  こんなので本当に強くなれるのか、文太には理解できなかった。

  それでも、日を追うごとに武虎はその稽古に自信を深めていくようだった。

  「瓢箪から駒やったな。意外にこれがぼんにとっては一番ええ稽古になったかもしれん」

  多少はその鬼のような顔に慣れたものの、文太にはただ怖い思いをしただけにしか思えなかったのに。

  それでも、そんな稽古を最後まで続けたのは、『よう頑張ったな』と、稽古が終わった後に見せるおっちゃんの優しい笑顔が嬉しかったせいと、お土産に売れ残りのお菓子を包んで持たせてくれたせいだった。

  

  そして迎えた試合当日。

  いつもの作務衣に捻り鉢巻を締めて、武虎は応援に駆けつけた。

  「なんだぁ、棄権すりゃあよかったのに」

  「どうせ文太じゃあ、勝てっこないのによぉ」

  「負けたらまた泣くんだぜ」

  そんな周りの囁きを聞きながら、不安そうな顔で土俵に上がろうとする文太を武虎は大きな声で励ます。

  「文太ぁ! 頑張れよ! 稽古のようにやったら、絶対勝てるさかい!」

  「おっちゃん」

  すでに泣きそうな顔をしていた文太だったが、稽古のときに見せた武虎の鬼のような形相を思い出して、ぐっと歯を食いしばった。

  そのまま対戦相手を睨みつける。

  ……あれ。

  普段とは違う、その違和感に文太は気づく。

  ……今から試合が始まるのに。

  「何で?」

  ……怖くない。

  目の前にいるのは、文太より一回り大きい狸獣人だ。見慣れない顔なので、隣町に住んでいるのだろう。歳も文太より上に違いない。

  いつもだったら、ただの練習試合でも、しかもその相手が同い年でも怖くて怖くてたまらないのに、今は明らかに年上の、相手の顔を見ても何とも思わないのだ。

  毎日の稽古で、武虎の恐ろしい顔を見慣れてしまっていたせいか。

  「そんな、『泣き狐』、瞬殺しちまえよぉ!」

  「おう!」

  弱いという噂は隣町にまで広がっているのか。

  仲間からの声に自信満々に答える対戦相手。その会話も落ち着いて見ていることが出来た。

  腰を落とし、仕切り線に拳をついて相手の顔を凝視する。今まではそれすらままならなかったというのに、今日は落ち着いて相手の顔を観察できている。

  そんな自分に文太は驚くことしか出来ない。

  逆に文太を舐めてかかっているのか、にやにやと笑っている締まりのない顔を見ると、ひょっとして勝てるんじゃないかとすら思えてしまう。

  そんな狸をぐっ、と睨みつけると、相手は少し怯んだような顔を見せた。

  きっと目をつぶって怯えることしかできないと誰かから聞かされていたのだろう。

  「はっけよい、残った!」

  行司の声が耳に響く。

  文太は落ち着いている自分自身に驚きながらも、狸獣人を見やると、息を吸い、その自分よりも大きな身体めがけて突っ込んだ。

  いつも通りに、と武虎との稽古を思い出しながら。

  腰をすえて、相手の中心めがけて。

  その後のことなんか、考えもしない。

  武虎との稽古で教わったのはそれだけだ。それを愚直なまでに信じて。

  ただ、ひたすら突っ込む。

  だんっ!

  「うわっ!」

  「え?」

  それはあっけない幕切れだった。

  文太が思い切りぶつかると、対戦相手の狸獣人は、簡単にその場に尻餅をついてしまったのだ。

  「え?」

  文太はその手ごたえのなさにあっけに取られる。

  「よっしゃあああああああああああああっ!」

  ひときわ大きな歓声が土俵際から上がる。

  それは、満面の笑みで拳を振り上げた、武虎の声だった。

  「よぉやった! 文太、よぉやった!」

  「ちょ、ちょっと倉田さん。土俵に上がらないでください」

  「な、ええやないか。文太、よぉやったぞぉぉぉ! お、おい、ちょっと、何をするんや……」

  係員に羽交い絞めにされどこかに連れ去られていく武虎を見ながら、文太は徐々に実感がわいてきた。

  ……僕、勝ったんだ。

  ……初めて、相撲で勝ったんだ。

  その現実を理解すると共に、その双眸から、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

  文太は腕で涙をぬぐいながら、土俵を降りる。

  文太が試合で泣くことを、参加者のほとんどが予想していたはずだ。

  しかしそれは、大方の人間が予想していた、悔しさの涙ではなく、喜びの涙だった。

  驚くべきことに、その日文太は三回戦まで出場した。つまり、全部で2回も、試合に勝てたのだ。

  教室の仲間も、先生も両親も、そして本人さえもその結果に驚いたが、武虎だけは納得したように頷いただけだった。

  『文太はその小柄な体のわりに力が強いからな。ちゃんと相手を見てぶつかっていったら、そこらの雑魚に負けたりはせえへんよ』

  この試合をきっかけに、文太は仲間たちと打ち解けることが出来るようになる。

  仲間として、ちゃんと認めてもらえたのだ。

  やっと相撲が楽しくなった文太は、これまで以上に稽古に打ち込むことになった。

  放課後も、休みの日も、率先して稽古に参加する。練習が終わっても、自主的に居残りするぐらいに集中していた。

  成長期の少年なんて、稽古すればするほど結果がついてくるものだ。今までとは段違いに、文太はめきめきと強くなっていった。強くなれば、また相撲が楽しくなる。

  その繰り返しだ。

  1年2年と過ぎていくうちに、いつの間にか文太は、相撲教室の番付でも上位に食い込むことが出来るようになる。

  もう、毎日が相撲なしじゃ考えられない。

  しかし、そんな日々の中でも、文太は武虎の店に遊びにいくことだけは忘れなかった。

  5

  「おっちゃん」

  あの奉納相撲から4年は過ぎただろう。

  ある日、稽古も終わったのか。薄暗くなった道を、まるで夕闇にまぎれるようにこそこそと店に入り込んでくる文太。

  相変わらず退屈をもてあまし、煙草を吸いながら新聞を読んでいた武虎は、そんな文太の様子に呆れたような表情をみせた。

  「文太。自分、何をしてるんや。堂々と入ってこんかい」

  「うん……」

  目を伏せて、何だか恥ずかしそうな顔を見せる。

  「あの……」

  言葉を続けることが出来ず、口ごもる文太。

  ここ最近、ずっと活発になっていた子狐にしては、珍しいと武虎は思う。

  「ぼくね、おっちゃんに相談したいことがあって……」

  「相談?」

  「うん、聞いて欲しいことがあるんだ……」

  「そりゃ、かまへんけど……。まあ、そこ座り」

  吸殻を灰皿におき、新聞をたたむ武虎。

  その大きな目玉でじっと見つめると、とたんに何も言えず、黙り込んでしまう文太。

  まるで、初めて会ったばかりのシャイなあの頃に戻ってしまったようだ。

  「ぼん、何を恥ずかしがってんのや。ああ、分かった。自分、好きな子でも出来たんやろ。なんや、かわいい顔してるくせに、ませたガキやなぁ」

  武虎は笑うが、文太は否定するように首を振った。

  「違うんかい」

  「うん……」

  「じゃあ、なんやねん」

  「……」

  「あんまし、人様に言いたぁないことか?」

  「うん。……みんなに、内緒にしてくれる?」

  その真剣な表情に、武虎は少し顔を引き締めた。

  「ああ」

  「絶対に?」

  「絶対や」

  「お父ちゃんにもお母ちゃんにも?」

  「ああ、約束する」

  「本当に?」

  しつこいほど繰り返す文太に、武虎は少々うんざりしたような顔をする。

  「あのなぁ、文太。わしが一度でも自分との約束、破ったことあったか? 相撲かて、きちんと勝たせたったやないか」

  「うん」

  その言葉に文太は納得したようにこくりと頷くと、背中に背負ったランドセルをテーブルの上に置く。そして、ごそごそと中をあさりだした。

  「なんやぁ?」

  やがて、ランドセルの奥から取り出したのは、きつく締められたビニール袋に入ったブリーフだった。

  「パンツなんか取り出して、どないしたんや」

  武虎の言葉に、文太はべそをかきはじめた。

  「……僕ね、変な病気になっちゃったの。朝になったら、いつも白い汁がおちんちんから出てて、パンツを汚してるの」

  差し出したブリーフの中央は、黄ばんでカピカピになっていた。

  「おちんちんのことだから恥ずかしくてお母ちゃんにもお父ちゃんにも言えないし」

  「……」

  「僕、悪い病気なのかな。死んじゃうのかな」

  「……。くっくっく」

  「おっちゃん?」

  「がはははははははははははははっ!」

  不意に大きな声で笑い出す虎獣人に、文太は呆気に取られたような顔を見せる。やがて顔を歪めて、ぽろぽろと涙をこぼす。

  「ひどいよ、おっちゃん。僕がこんなに悩んでるのに」

  「悪い、悪い。おっちゃんあんまり驚いたもんでな。なんや、ぼんも立派な男になったんやな」

  「?」

  武虎のその反応に文太は涙を拭きながら首を傾げることしか出来ない。

  「なんや、相撲教室ではそんな話せぇへんのか」

  「うん」

  その言葉に、武虎は頭をがりがりと掻く。

  「最近の子供はませとるんか、うぶなんかわからんなぁ」

  「おっちゃん、僕、病気じゃないの?」

  「大丈夫や。そりゃ、男になった証拠やないか」

  「男?」

  僕は女じゃないよ、と言うと、がはがは、とまた笑い出す武虎。そんな虎獣人の様子にむくれると、すまんすまんと謝りだす。

  「よっしゃ、文太。電話貸したるさかい、お母ちゃんに電話して、今日はうちに泊まるって言ぃや。明日は休みやさかいちょうどええ。おっちゃんがお祝いしたるさかいに」

  「……うん、分かった」

  分からないなりに、文太は頷いた。

  奉納相撲以降のこの数年、武虎は狐坂家と親しくするようになっていた。親父さんが、文太の変わりように、ことのほか喜んでくれたのだ。

  急な話だが、これぐらいは快く応じてくれるだろう。

  武虎の思惑通りに、その夜、文太は店に泊まる事になった。

  店の奥にある、六畳一間の部屋に置かれたちゃぶ台。その上には、わざわざ近所の寿司屋に注文した寿司桶が、どんと置かれていた。

  普段の生活でこんなたくさんの寿司を見ることはなかった文太は、目を輝かす。

  「おっちゃん、これ食べていいの?」

  「ああ、好きなだけ喰ったらええ」

  小さな冷蔵庫からビールを取り出してくると、文太の正面にどっかりと腰を下ろす。

  「おっちゃん、いつもこんな贅沢してるの?」

  「馬鹿言え。どこにそんな金があんねん。今日は特別や」

  箸で取りにくそうにしている卵焼きを、文太の取り皿に取り分けてやりながら、武虎は言った。

  「今日はお祝いやさかいな。そうや、これ、一口呑ませたる」

  にやりと笑いながら、缶ビールを差し出す武虎。

  うわぁ、お父ちゃんが飲んでるやつだぁと喜んで口に運ぶものの、一口啜って文太は顔をしかめる。

  「おっちゃん、にがいよ」

  「がははははは。これが大人の味や。今は苦ぉてもな、大人になったらこれがうまく感じるようになるんや」

  

  「ねえ、おっちゃん。さっき言ってた、男になったって何なの?」

  たらふく寿司を腹に詰め込んだ後、ちゃぶ台を片してその場に布団を敷くと、2人は潜り込む。

  半ダースはビールを開けた武虎はともかく、父親に似て酒に弱いたちなのだろう、文太も顔を真っ赤にしていた。

  「ああ、そうやな」

  武虎は言う。

  「あのちんちんから出てる白いのはなぁ、大人の男になったら誰でも出てくるもんなんや」

  「ふうん」

  「あの白いのが女の人の中に入ったら子供が出来るんやで」

  「子供?」

  いまいち、理解出来ないらしい。

  「文太、まだ学校でそんな話習ってないんかいな」

  「うん、聞いたことないよ」

  「そうか。まあ、そんなわけでな、あの白いのが出たら文太の身体が一人前の男になったってことなんや」

  「僕、一人前になったの?」

  武虎の言葉に、嬉しそうに笑う文太。

  「まあ、そう言う事やな。せやから恥ずかしいことでもなんでもないんやで」

  「うん!」

  勢いよく頷く文太だったが、しばらくして首を傾げる。

  「ねえ、おっちゃん」

  「なんや?」

  「さっきの白いの、大人の男の人なら、みんな出るんだよね」

  「そうや」

  「でも、お父ちゃん、パンツ汚したの見たことないよ」

  「そりゃ、大人はパンツを汚さんように、うまいことやっとるんや」

  「どうすればいいの?」

  その言葉に、今まで自信たっぷりに説明していた武虎が困惑の表情を浮かべる。

  「そりゃ、どうしたらええかって……」

  「みんな汚さないようにやってるんでしょ」

  「ああ」

  「おっちゃんもでしょ」

  「そらそうやけど……」

  「じゃあ、僕にもそれ教えてよ」

  「まいったなぁ……」

  まさか、こんなところまで話が飛ぶと思わず、眉をひそめる武虎。

  「教えたらんことはないけど……。絶対、おっちゃんが教えたって言うたらあかんで。特にお父ちゃんとお母ちゃんには内緒や」

  「……何で?」

  うぶな子供と言うのはこれだから始末に困る。

  「何ででもや。それが守れんかったら教えてはやれへんねん」

  「分かったよ」

  「よっしゃ。男の約束やぞ」

  太い小指を差し出すと、文太は嬉しそうに指を絡める。

  「……、で、おっちゃん。どうしたらいいの?」

  「そうやな。ぼん、ちょっとパンツ脱いでみ?」

  「え? パンツ?」

  武虎の言葉に素っ頓狂な声をあげる文太。

  「やだ、恥ずかしいよ」

  「そうか。いやそれならええんやけどな。……じゃあ口で説明するから覚えて帰るんやで」

  「うん」

  「朝起きた時に白いのが出ないようにするには、先に出しておいてやったらええんや。ぼんも、おねしょしないように、夜の間におしっこ行くようにってお母ちゃんによく言われたやろ」

  「……うん」

  最近まで思い当たる節があるのか、顔を赤らめる文太。そんな幼い子狐の様子に微笑みながら、武虎は続ける。

  「それと同じや。寝るまでに出しといてやったら、朝起きてもパンツを汚すことはないと思うで」

  「じゃあ、どうやって出したらいいの?」

  「問題はそこや」

  顔をしかめる武虎。

  「ぼん。自分、最近ちんちんが硬くなるようなことないか? そうやなぁ、床とか机とかにこすりつけたりしたときに」

  「うん、あるよ。なんか、変な感じなの。しばらくほっておくとすぐに元に戻るけど」

  「そうやって硬くなるのも、大人になった証拠なんや」

  ここまで言うと、武虎はため息をつく。

  性教育がこんなにも教えにくいものなんて思いもよらなかった。

  これ以上教えていいものか、一瞬逡巡するものの、覚悟を決めて武虎は言葉を続けた。

  「そうやってちんちんが硬くなったときにこすってやればええんや。こんな風に手を筒みたいにしてな」

  右手で筒を作って、しこしこと動かしてみせる。

  「しばらくこすってたら白いのが出てくるさかい、それで大丈夫や」

  「痛かったりしない?」

  「痛いと言うよりも気持ちいいんやけどな」

  実際にやって見せたほうが手っ取り早いのだろうが、さすがにそういうわけにも行かない。

  「じゃあ、おっちゃん。硬くならないときはどうしたらいいの?」

  「そりゃ、エッチなことを考えたらええんやが……。自分エロ本とか読んだことあるんか?」

  「エロ本って何?」

  ここまで来るとさすがにお手上げだ。

  「まあ……そうやな、ちんちんやわらかいまんまでも、適当にこすってたらだんだんと硬くなって気持ちよくなってくるもんや。そしたら白いのが出てくるわ」

  「本当かな?」

  「あのなぁ、なんでわしがそんな嘘をつかなあかんねん。ちょうどええ。おっちゃん今から外の自販機で煙草買いに言ってくるさかい、その間1人でせんずり掻いとき」

  「せんずり?」

  「せやから、そのしこしここする奴や」

  「うん」

  ごそごそとパンツを脱ぐ文太を尻目に、武虎は店の外に出る。

  「……やれやれ。こんなことも教えなあかんとは、世の中の親御さんっちゅうのは大変なもんなんやなぁ」

  煙草を買ったついでに自販機でビールも買い、月明かりを肴に一杯呑んで店に戻る。

  もうぼちぼち終わっただろうと思っていたのだが、思惑に反して部屋の中では、またも泣きべそをかいている文太の姿があった。

  「なんや、ぼん。もう終わったんか?」

  「ううん」

  くしゃくしゃに顔を歪めて首を振る文太。

  「ずっとこすってるけど全然白いの出ないの。僕、まだ一人前の男じゃないのかなぁ」

  「まあ、別に出ぇへんかったらそれでもええんやで。今日無理に出さんでもええねんし」

  いい加減この話題を切り上げたい武虎だったが、文太は納得できない。

  「でも、ちゃんと出せなかったら、またパンツ濡らしちゃうし。あんな思いするの、僕もう嫌なの」

  「しょうがないなぁ。……ぼん、どんな風にこすってたんや。いっぺんおっちゃんの前でやってみ」

  「うん。こうやって、ごしごしって……」

  文太はその幼い逸物を荒々しく掴むと、無理矢理上下に引っ張ってみせた。

  「あかんあかん。そんなことしたら気持ちええどころか、痛いだけやで」

  「だって、おっちゃんこうやれって言ったよ」

  「そうやないんやけどなぁ……。もうええわ。ぼん、ちょっとこっちおいで」

  もう何度目のため息か。武虎は大きく息をつくと、六畳間の中央にどっかと胡坐を掻き、文太を招き寄せる。

  そして、その大きな腹に小さな文太の背中を抱え込むと、足の間に座らせた。

  「ええか。おっちゃんが実演して見せるけど、絶対、ぜぇったいやで。絶対お父ちゃんとお母ちゃんには内緒やで。こんなことばれたら、おっちゃん二度と、ぼんと会われへんようになるさかい」

  「……うん」

  武虎を見上げた文太は、まるで相撲の稽古のときのように厳しい顔に、つばを飲み込んで頷く。

  「よっしゃ。あのな、ちんちんを触るときはこういう風に触るんや」

  その未発達の肉棒に、武虎のごつい指先がゆっくりと触れた。

  「あっ」

  「どうや、気持ちええか」

  「なんか、人に触られると変な感触」

  「まあ、慣れへんかったらそんなもんなのかもしれんなぁ」

  そのまま先っぽまで被った皮を剥いていく。

  「ぼん、どうや痛くないか」

  「うん、大丈夫」

  「そうか。ここの皮はな、ずっと被ったままやと汚れが溜まるさかい、風呂に入ったらちょくちょく剥いて洗ってやるんやで」

  「はい」

  神妙な顔をして頷く文太。

  「でな、さっきみたいにごしごしこすったら痛いだけや。こういう風にやんわり握ってな、やさしくしごいてやるんや」

  武虎はその小さな逸物を大きな掌で包み込むと、ゆるゆると動かし始めた。

  「どうや、なんか感じるか?」

  「ううん」

  「そうか。まあ、気長にやってたら多分気持ちよくなってくるからな」

  武虎の言葉通りだった。2、3分もこすっているうちに、だんだんと文太の肉棒に芯が入りだしたのだ。

  「おっちゃん、大きくなったよ。僕のちんちん、大きくなった!」

  「ば、馬鹿。あんまり大きな声出したらあかん」

  慌てて口を押さえると、恨みがましそうな目で見上げる文太。

  「周りに聞こえたら、えらいことになるさかい。頼むから小さい声で喋ってや」

  「……うん」

  文太は渋々頷く。

  「ほら、こないして勃ってきたらな、あとは同じように優しくこすってやったらええんや」

  分かったか、と顔を見やると、真っ赤になって興奮している文太の姿が見える。

  「なんや、やっと気持ちよくなってきたんかい」

  先走りもあふれだしたのだろう。指先を動かすとぬちゃぬちゃと濡れた音がするようになっている。

  「うん。なんか、くすぐったいような、でもちんちんがむずむずするような気がするの」

  「よっしゃよっしゃ。それでええんや。それをこのまま続け取ったら、じきに白いのが出てくるさかいな」

  武虎は少ししごくスピードを上げる。

  それに伴い、文太の顔は徐々に蕩けていく。

  「おっちゃん、なんか、変。おちんちんの先からおしっこが出ちゃいそう」

  「そうや、それでええんや。我慢せんと思いっきり出したらええんやで。ほれ、イってみぃ」

  「あ、駄目、おっちゃん、なんか、来ちゃうよぉぉぉぉっ!」

  声を押し殺すことも出来ず、叫ぶ文太。

  と、同時だった。

  びしゃっ、びしゃっ。

  「おおっ」

  思わずうなる武虎。

  武虎の頭上を飛び越えて、その白濁液は天井に向かって放たれたのだ。

  濃い粘着質の液体は、まるでペンキのようにべったりと天井の一部を白く染めた。

  「あんなに飛ぶとは……。うらやましいもんやなぁ」

  天井にべったりとへばりついた精液を見て、呟く武虎。

  「はぁ、はぁ」

  一方で、文太は肩で息をしている。

  「どうや、気持ちよかったやろ」

  「うん……すごかった」

  「これを週に何回かやっとったら、パンツを汚すことはないで」

  「ありがとう、おっちゃん」

  ようやく息を整えることが出来た文太は、嬉しそうに満面の笑みで礼を言う。

  それを複雑な顔で見る武虎。

  「さっきも言ったけど、絶対お父ちゃんとお母ちゃんには内緒やからな」

  「うん!」

  結局、その夜の課外授業が文太の両親にばれることはなかったが、数日後にせんずりの掻き方を文太が得意げに相撲教室で生徒に教えて、先生に叱られることになるとは、さすがに武虎も予想していなかった。

  6

  中学生に入ると、成長期を迎えた文太の身体は、ぐんぐんと大きくなっていった。そして身体が大人に近づくのと同時に、性格もやんちゃになり少し生意気なことを言うようになる。言葉遣いも少し荒っぽくなり、自分のことも『僕』から、『俺』と呼ぶように変わっていった。

  そんな変化を、武虎はそばで嬉しそうに見ていた。

  身寄りのない武虎にとって、文太の存在は歳の離れた弟か、我が子のように思えていたのだ。

  もっとも、成長に伴い、戸惑わされることも多くなった。

  もう、子供ではない、半分大人なのだ。

  「な、なんや突然!」

  店を閉めたある晩のこと。

  暇をもてあました武虎が、てすさびに自慰をしていると、不意に『おっちゃん!』、と文太がシャッターを開けて店に飛び込んできたのだ。

  その頃には近所の相撲教室を卒業し、中学の相撲部でみっちり鍛えられるようになった文太。

  毎日遅くまで稽古をしているせいか、小学生の頃ほど頻繁に訪れることはなくなっていたため、油断していたのだ。

  慌ててズボンをずりあげる武虎。

  「突然って、いつも来てるじゃん。ん、おっちゃん、この部屋イカ臭いぞ。抜いてたんじゃないの」

  「なっ」

  その言葉に、武虎は普段見せないような、恥ずかしそうな顔を見せた。

  「ほ、ほっとけ」

  「大人も、オナニーするんだね」

  それを口にすると、武虎は怒ったように言う。

  「そ、そりゃわしかて男や。せんずりの1つや2つ掻くわいな」

  泡食ったように吃りながらも平静を装うとする武虎。分別のある大人ならば、それ以上の追求はしないのだろう。しかし、相手はやんちゃな中学生だ。ここぞとばかりににやにやしながら質問を重ねる。

  「おっちゃんみたいな大人だったら、オナニーなんかしないでも、セックスすればいいじゃん」

  「うるさい。皮かぶりなガキの癖に」

  「俺、昔と違うんだぜ。今はちゃんと剥けてるもん。もう、包茎なんかじゃない」

  「そ、そうか……。うらやま……いや。……だ、大体、相手がおらなんだら、セックスもでけへんやろうが」

  「でも風俗とかあるだろ」

  「どこにそんな金があんねん」

  「ふうん。ねえ、おっちゃん」

  「なんや?」

  「チンコ見せてよ」

  「な、な……」

  突然の文太の言葉に口をあんぐりと開ける武虎。

  「なんちゅうことを言うんや!」

  開いた口がふさがらないままの武虎に、文太は平然と言う。

  「俺、大人のチンコってどんなのか見てみたいんだ。ねえ、おっちゃんの見せてよ」

  「……」

  ごちん!

  「い、痛っ! おっちゃん、なんで殴るんだよ」

  頭にこぶを作った文太が、涙目で言う。

  「お、女にならともかく、なんで自分にそんなもん見せなあかんねん!」

  拳を握り締めたまま、鼻息を荒くした武虎は言う。

  「残念だなぁ。……じゃあさ、じゃあさ、おっちゃんの抜きネタは?」

  「ば、馬鹿! なんで自分にそんなこと言わなあかんねん!」

  「あー、照れてらぁ」

  「うっさいわい。ぼんこそ、どうせ朝から晩まで猿みたいにせんずり掻きまくっとんのやろ。自分はなんのズリネタで掻いてるんや。言うてみぃ」

  武虎の反撃に、文太は顔を赤く染める。

  それでも、胸を張って答えた。

  「そりゃ、好きな奴とエッチしてるとこ想像するんだよ」

  「なんや、自分好きな奴いてんのかいな。このマセガキが」

  「おっちゃんはいないの?」

  「そりゃ、まあ……。おっちゃんはええねんっ!」

  「照れちゃって。おっちゃん、歳のわりにうぶだよね」

  「お、大人をからかうんやないっ!」

  こういう生意気なガキでも、泣き虫なのは相変わらずだった。ちょっと悪さをしては親父さんにどやされて、泣きながら店に駆け込んでくる。それを慰めるのが、武虎の日常だった。

  だが、そんな穏やかな日々は、長く続かなかった。

  それは忘れもしない、ある暑い夏の日。

  武虎は、その知らせを1人、店で耳にする。

  狐の家族が事故にあったという一報を。

  「そ、それ、本当ですか!」

  店を訪れその話をしだした客に、武虎は掴みかからんばかりの勢いでにじり寄る。

  「え、ええ。この先に大きな道路あるでしょ。今そこで居眠り運転してた車が歩道に突っ込んだのよ。すごい音がしてたの気づかなかった? そこに狐獣人の家族が居合わせたみたいで。ほら、よくここに遊びに来る文太ちゃん、だったかしら。……あ、ちょっと、倉田さん? 店は……」

  気がつくと、武虎は店履きのサンダルのまま駆け出していた。

  もちろん素人が行ったところでなんの助けになるわけもない。

  それでも、武虎は行かないことには気がおさまらなかった。

  ……文太。

  心臓が張り裂けそうに思えるほど走り、事故現場までたどり着く。

  現場は酷い惨状だった。

  自動車が歩道に乗り上げ、電信柱にぶつかり半壊している。そして、辺りに飛び散った鮮血。

  ぎらぎらと夏の太陽に照らされ、その血は早くも乾きかけていた。

  その傍で、文太は真っ青な顔をしてしゃがみこんでいる。

  「文太……」

  怪我はないようだと、武虎が安堵したのは一瞬だった。

  救急車が赤いランプを回転させ、救命士が担架を担ぐ。

  そこに乗せられ救急車の中に運び込まれているのは、ひときわ大きな身体をした狐獣人。

  文太の父親だった。

  文太の母親は、泣きながら担架のそばで父親に必死に何かを話しかけている。

  それは、まるで、映画の一場面のよう。

  「……」

  武虎はその様子を反対側の歩道から眺めることしか出来なかった。

  もちろん、声をかけることも出来やしない。

  やがて、担架が救急車の中に運び込まれると、母親は文太の手を引き、同じく救急車に乗り込む。

  そして、サイレンを鳴らしながら、救急車は走り去っていった。

  「……」

  文太を慰めることはおろか、声をかけることも出来なかった自分に嫌悪感を抱きながら、武虎はとぼとぼと店に戻る。

  店に戻ったところで、何が手につくわけでもない。

  と言って、部外者が、父親が搬送された病院に行くわけにもいかないのだ。

  武虎にできるのは、ただ椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと外を眺めていることだけだった。

  あの血の量、もう……。

  いや、そんなこと……。

  悪い考えばかりが頭に浮かぶ。

  必死にそれを打ち消し、楽観的なことを思い浮かべようとするが、それもままならず、ただ時間だけが過ぎていった。

  「……ああ、もうこんな時間か」

  気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていた。

  「もう、閉めなあかんな」

  片づけをして、シャッターを降ろす。

  毎日やっている閉店作業が、今日はたまらなく億劫だ。

  椅子から立ち上がる気力もない。

  「文太、大丈夫やろか」

  真っ青な顔でしゃがみこんでいた文太の顔が脳裏をよぎる。

  生意気な口を利いても、あいつはまだ中学生なんだ。

  ようようのことで立ち上がると、武虎は暖簾を仕舞う為にのろのろと店先にでた。

  「文、太……?」

  「おっちゃん……」

  いつからそこにいたのだろう。

  店先には、うつむいたままの立ち尽くす文太の姿があった。

  「どう、したんや」

  「お父ちゃん、死んじゃった……」

  「……」

  ああ、やはり、という気持ちと、そんなことがあってたまるか! という気持ちが混在し、武虎は何も言えなかった。

  「俺とお母ちゃんをかばって車に……」

  「……」

  話しているうちに、目から涙がぽろぽろとこぼれていく。

  「……俺がいなかったら、お父ちゃんは死ななくてすんだのに」

  「何を言うてるんや……」

  「俺があの時みんなで買い物に行こうなんて言わなかったら……」

  言葉を吐き出すごとに、文太の声が大きくなっていく。自分の話す言葉の重みに耐えられなくなってくるように。

  「そんなことない」

  必死に諭そうとする武虎の言葉に、耳を貸すことも出来ない。

  ただ、自分を責める事しか出来ない。

  「俺のせいだ。俺のせいで、お父ちゃんが死んだんだ!」

  「もうええ」

  「俺のせいなのに、俺なんか守って……」

  「もうええから」

  「俺が死んだら、俺が代わりに死んだらよかったんだ!」

  「もうええんや!」

  武虎は、我慢できなかった。

  がつっ!

  武虎は拳を握り締めると、泣き続ける文太の頬を殴った。

  「おっちゃん……」

  突然の衝撃に、あっけに取られる文太を武虎は叱り付ける。

  「泣いたらお父ちゃんが帰ってくるんか! 自分を責めたらお父ちゃんが喜ぶんか! 違うやろが!」

  「……だって」

  「お父ちゃんは、文太とお母ちゃんを守ってくれたんやろ。ほな、次はぼんがその気持ちを受け継がなあかんのやないか。ぼんがお父ちゃんの分まで、お母ちゃんを守らなあかんのやないのんか!」

  「……うん」

  涙を拭きながらこっくりと頷く文太。

  そんな文太を武虎はきつく抱きしめた。

  「ぼんが泣いたらあかん。これから文太は、お母ちゃんをささえていかなあかん。きちんと男にならなあかんのや。きちんと強ぅならなあかんのや。泣いたらあかん。泣いたらあかん」

  「……」

  「辛いことがあったら、全部おっちゃんに言うたらええ。おっちゃんが抱きとめたるさかい。ぼんは強くなるんや。なあ、ぼんは強くなってくれ。頼むさかい……」

  文太をぎゅっと抱きしめた武虎は、まるで文太の涙を吸い取ったかのようにぼろぼろと頬を濡らした。

  そのさまを文太はじっと見つめていることしか出来なかった。

  その日から、文太は泣かなくなった。

  父親の葬儀でさえも、涙を見せなかった。

  どんなに辛いことがあったって、どんなに悔しいことがあったって、涙1つ零すことはなかった。

  頑なに、武虎との約束を守り続けた。

  

  7

  高校3年の春。

  「おっちゃん。俺、今年こそは全国大会に出られるかもしれないんだ」

  「そうかいな」

  武虎が見つめるその青年は、狐獣人とは思えないほどがっちりした体格に育っていた。

  もう子供ではない。立派な雄の身体だった。

  部活で、力押しで迫ってくるガタイのいい熊獣人や猪獣人と毎日激しいぶつかり稽古をしているのだから、それも当然と言えば当然なのかもしれないが。

  父親が亡くなってから、文太は悲しみを忘れるように、今まで以上に相撲に熱中するようになっていた。

  武虎はそれを少し複雑に感じながらも、応援していた。

  「いけるとええな」

  「おう!」

  武虎の言葉に、力強く頷く文太。

  「今ぶつかり稽古したら、わしの方がふっとばされそうやな」

  体格は未だ武虎の方がデカイが、さすがに日頃激しい稽古をこなしている青年の体力にはかなわないだろう。

  「そうかもな。おっちゃん、少し小さくなったみたいだし」

  「そうかあ」

  武虎は自分の体を見やる。恰幅がいいのは相変わらずだが、確かに以前に比べて少し痩せているのかもしれない。

  「まあ、健康のために少しは痩せた方がええやろうしな」

  「そうだな。おっちゃんは俺の親父みたいなもんだから、長生きしてもらわないとな」

  「親父か……」

  武虎はその言葉に罪悪感を感じる。もちろん、それを口に出すことはなかったが。

  「はあ、はあ」

  武虎はガタイのいい青年を床に押し付け、その唇をむさぼる。その甘い唾液を舐めとりながら、ふわふわとした毛皮のうちにある、しっかりした筋肉をまさぐった。

  『ああ……』

  甘い表情を見せる青年に、武虎は耳打ちする。

  『入れても、ええか』

  『……うん』

  「はあ、はあ」

  武虎はたまりかねたように両腕を回して、その青年の身体を抱きしめる。そして、いきり勃った逸物をそっとその菊門に添える。

  『ほな、入れるで』

  『うん……』

  ゆっくりと押し込んでいくと、青年はその身体を海老のように仰け反らせる。その股間からは、そそり勃つ逸物が、たらたらと涙を流していた。

  『おっちゃん、好きだ』

  『わしも好きやで、ぼん』

  そう言いながら、一心不乱に腰をぶつけていく。

  『ああ、おっちゃん、イキそうだ』

  『わしも、イクぞぉ、文太ぁぁぁぁっ!』

  どく、どく。

  吐き出される、白い粘液。

  「くそ、またやってもうた……」

  手についた白濁液を見ながら、武虎は自己嫌悪に陥った。

  「最低やな、わしは」

  そう、それはただの妄想だ。

  そうであったらいいという、武虎の妄想。

  以前、文太に抜きネタはと尋ねられて答えられなかった。

  それはそうだ。

  『文太、自分のことや』、などと言えるわけがない。

  いつの頃からだろう。純粋に、実の子供のように文太を見つめていた眼差しに、性的なものが混ざりだしたのは。

  今までは妄想の相手は女だったのに、それが何故か文太へと変わっていったのだ。

  無論、そんな自分に対して嫌悪感も抱いていた。

  男に劣情を催すということ。そしてそれがよりにもよって文太だと言うこと。

  あの、自慰を教えた日のことを、武虎はどれだけ反芻したことか。

  あの感触を思い出し、どれだけ畳を汚したことか。

  行為が終わった後に、自らの浅ましさに後悔はするのだ。

  『自分には、文太の親父なんて名乗る資格はないのだ』、と。

  この行為を文太に知られてみろ。

  軽蔑されるだけだ。

  蔑んだ眼差しで自分を見る文太を想像するだけで、武虎の心は暗く沈んでいく。

  だが、それでもその行為を止めることができなかった。

  表面的にその気持ちを抑えようと努力しても、ふつふつと沸き上がってくる醜い劣情を掻き消すことは出来なかったのだ。

  「倉田さん、いちご大福5つ」

  「あいよ」

  武虎の内心の葛藤をよそに、今までずっと赤字続きだったこの和菓子屋は、最近経営状態がよくなってきていた。

  無愛想で生意気な二代目だと思われていたのが、そんなに悪い人間でもないというのがだんだんと伝わってきたのだろう。

  そうなれば、元々腕のいい和菓子職人だ。今までのように貯金を食い潰すことなく、それどころか余剰の金を貯めることさえ出来た。

  いつか文太のために貯めた金を使ってやれたら。

  そんなささやかな願いさえ抱くことが出来るようになったのだ。

  今が武虎にとって、人生の絶頂期だった。

  「ちょっと、倉田さん大丈夫?顔色悪いけど」

  「え、ええ。ちょっと寝不足なもんで」

  武虎は、心配そうに尋ねてくる客に商品を手渡しながら少し笑ってみせる。

  そう言えば、最近身体の具合が悪い。

  眩暈はするし、身体もふらつくようなこともある。

  文太にも、痩せたようだと指摘されたし。

  何より、酒と煙草が昔ほどうまくない。

  少し仕事も忙しくなってきたせいなのだろうと、気にも留めなかったのだが。

  「ありがとうございました」

  客を送り出すと、崩れるように椅子に腰掛ける。

  息が荒い。

  「……今日は調子悪いわ。はや仕舞いした方がええなぁ」

  熱燗でもひっかけて、早々に寝てしまえばすっかり治るだろう。

  そう思いながらも、なかなか椅子から立ち上がることが出来ない。

  「よいしょ、と」

  足を震わせながら、立ち上がる。

  「こら、あかんな。生まれたての小鹿やないか」

  苦笑いをしながら何とか立って、暖簾を仕舞いに行こうと店先まで歩いていく。

  一歩一歩が遠い。

  頭がくらくらする。目の前がまるで電気が点灯しているようにちかちかと見にくい。

  「あっ」

  ふらっ、と身体から力が抜ける。

  目の前が暗くなる。

  どしんっ、と音が響くのと、それが自分の身体が床に転がったのだと理解するのにタイムラグがあった。

  「おっちゃんっ!」

  不意に聞きなれた文太の悲鳴が耳に届いたのと同時に、意識は暗転した。

  気がつくと、そこは病院のベッドの上だった。

  心配そうな顔でこちらを覗き込む文太の顔が見える。

  「おっちゃん、大丈夫?」

  「ん、ああ。……ひょっとして、ぼんが病院に連れてきてくれたんか」

  「うん。店に遊びに行ったら、おっちゃんが目の前で急に倒れちゃったから。俺、慌てて救急車呼んだんだ」

  「そうか。ありがとよ」

  「でも、よかった。すぐにおっちゃんが気づいてくれて。俺、安心したよ」

  その体格の割には幼い顔をくしゃくしゃにして笑う文太。

  その頭を、武虎はゆっくりと手を伸ばし、撫でてやる。

  点滴をしているせいか、先ほどまでとは違い、身体がきちんと動いた。

  「自分、相撲の練習行かなあかんのやないか」

  それほど時間は経っていないのだろう。まだ、外は少し薄暗い程度だ。

  「今日は休むよ。おっちゃんが心配だし」

  「何を言ってるんや。大会に出る言うてたやないか。しっかり稽古せんかい!」

  「でも……」

  「ええから。おっちゃんは大丈夫やさかい」

  「……うん」

  名残惜しそうな顔をしながらも、席を立つ文太。

  「じゃあ、おっちゃん。ちゃんと身体を治してよ」

  「ありがとな」

  文太が後ろを振り返りながら、病室を出る。

  と、入れ替わりに白衣を着た犬獣人が入ってくる。

  「倉田武虎さんですね。主治医の宮元です」

  「はあ、お世話になります」

  「少し、お話しておかなければならないことがあるんですが、どなたか身内の方は呼べますでしょうか」

  その言葉と表情に、不穏な空気を感じる。

  「……いや、身内は誰もいてぇしません。独りもんなもんで」

  「そうですか。……ご本人に直接こんな話をするのはどうかと思うのですが……」

  数日後。

  退院した武虎は、店も開けずにただひたすら医者に言われた言葉を反芻していた。

  食事を取る気力も湧いてこない。

  「おっちゃん」

  ぼんやりと部屋の畳に座っていると、店の外から控えめな声が聞こえてくる。

  文太の声だった。

  「おっちゃん、いるの」

  「ん、ああ」

  のろのろと身体を起こして、シャッターを開ける武虎。

  顔をのぞかせた文太は、心配そうな顔で武虎を覗き込む。

  「病院に行ったら、おっちゃん退院したって聞いたんだ。でも、いつまで経っても店を開けないから、どうしたのかなぁと思って……」

  「そうか、心配かけてごめんな」

  少しやつれた顔で、武虎は笑って見せた。

  「ううん。おっちゃんがまた倒れてたりしたら嫌だったから見に来ただけ。調子悪そうだし、俺、もう帰るよ」

  そう言うと、きびすを返そうとする文太。

  武虎はその腕を掴んだ。

  「なあ。……わし、文太に話があんねん」

  退院して、ずっと思案していたのは、この事だった。

  自分自身の身体のことではない。

  どうやって、その事実を文太に伝えるかということだった。

  何も言わずに済ませることも考えた。

  黙って、遠くに旅立ってしまうことも。

  本当は、それが一番よかったのかもしれない。

  そうすれば、文太にみっともない姿を見せることもないのだ。

  最後まで、格好のいいところを見せていたかった。

  自分がいなくなった後、あんな人がいたなぁと、思い出してくれれば、それでいい。

  そう、思い込もうとしていたのだ。

  それでも、文太の顔を見た途端に、口から言葉がこぼれてしまった。

  自分を慕ってくれるこんな子供に、弱音をぶちまけようとする自分を情けないと思いながら。

  「何?」

  「なあ、文太。……おっちゃんなぁ、実は……もうすぐ店を畳もうと思ってんねん」

  「えっ! 何だよ、急に!」

  「おっちゃんな、こないだ倒れたやろ。あれ、……悪い病気やったんや。今はまだええねんけど、わし、もうそれほどは長くないと思うんや」

  主治医という男に病名を聞かされたとき、武虎は今後自分がどういう風になっていくのか、そして長生きできないということを瞬時に理解できた。

  ある意味、下手な医者よりもその病気には詳しかったから。

  それは、亡くなった父親と同じ病。

  「そんな、おっちゃんが……」

  絶句する文太。

  「嘘だ!」

  「嘘やないんよ。……わからへんけど、多分生きてられるの、あと5年くらいかなぁ」

  まるで他人事のように淡々と話す武虎。

  心のどこかで覚悟は出来ていたのかもしれない。

  自分もひょっとしたら、親父と同じ病で死んでしまうのかも、と。

  どこかで、この病気は遺伝するということを聞いていたせいもあったのだろう。

  それでも、やっぱり怖い。

  自分が死ぬと思うと、やっぱり怖かった。

  ……いいではないか。親父と違って、身寄りもない身の上。俺が死んでも、誰も困りはしないのだ。

  そう、自らに言い聞かせながら、言葉を紡ぐ。

  「だんだんと身体も弱っていくさかい、もう独りでは店は続けていかれへんと思うんや」

  「……」

  「だから、店は閉めなあかん」

  「……」

  「やめるとなると、寂しいもんやなぁ。昔は嫌いやったこの仕事が、まさかこんなに愛着がわくようになるとは、思いもよらんかったわ」

  なんとかにっこりと微笑んでみせる武虎。

  「……おっちゃん、店やめたらどうするのさ」

  「死んだおかんの実家がまだ田舎にあるさかい、そこにでも行くわ。余生を過ごすにはちょうどええ」

  「……もう、会えなくなるの?」

  泣きそうな顔の文太。

  「まあ、そうやなぁ」

  「店、やめるなよっ!」

  突然、文太は叫ぶ。

  「俺、おっちゃんに会えなくなるの、嫌だよ!」

  「……そりゃ、わしかて寂しいわ」

  「それだったら、続けろよ!」

  「無茶言うたらあかん。わし独りでは店は続けられへん……」

  その言葉を遮るように、文太は叫ぶ。

  「じゃあ、俺が……俺が、高校辞めて手伝うから!」

  その言葉に、武虎は目を丸くする。

  「な、何を馬鹿なこと……」

  文太が悲しんでくれたらそれでよかった。

  その言葉を聞けるだけで、生きてきたよかったと思える。

  そう思って、恥を忍んで、こんな話をしたのに。

  ……そこまで、わしは望んでない!

  「ちっとも馬鹿じゃないだろ。俺が店を手伝って、おっちゃんの面倒を見る。学校なんて、今すぐ辞めたっていいんだ!」

  「何を言うてんねん! 大体、今は高校相撲の全国大会に出たい言うて、頑張っとるんやろうが。自分、あれだけ練習してやっと出られるかもいうて喜んどったやないか。自分の夢をそんなしょうもないことで諦めてどうすんねや!」

  叱るような口調に、文太は抗う。

  「しょうもないことじゃない! 俺には、おっちゃんが必要なんだ」

  「あのなぁ。前に言うたやろ。わしは昔やりたかったことを続けることが出来ずに、後悔したままこの菓子屋をやってるって。なんでお前にそんな思いをさせなあかんねん」

  そんな事をさせたら、武虎の二の舞ではないか。

  「そんなこと思うわけがない!」

  「今はそう思っとっても、将来必ず俺を恨むことになるはずや。わしかてそうやったんやから。わしはな、自分にそんな風に思ってほしくないんや。何より大事な相撲を奪ったりしたないんや」

  武虎は思う。

  ……好きな相手に恨みに思われるぐらいなら、店なんか潰してしもうたらええんや。

  「そんなこと、思うわけがないだろ!」

  しかし、文太は言い放つ。

  「せやけど、あんなにも一生懸命相撲やっとったやないか」

  「それはおっちゃんが喜んでくれるから!」

  「……」

  食いつくような勢いに武虎は黙り込む。

  「相撲も好きだけど、こんなに一生懸命続けられたのはおっちゃんがそばで応援してくれたから。おっちゃんが期待してくれたから頑張れたんだ。おっちゃんが喜ぶ顔を見られるなら、俺はなんでも出来たんだ」

  「……」

  「だって、俺……俺、おっちゃんが好きだから」

  文太はそう言うと、うなだれた。

  「好きって……」

  「そうだよ! 変態って思われるかもしれないけど、俺はおっちゃんが大好きなんだ! 昔から、おっちゃんが誰よりも好きなんだ! 相撲よりも、ずっとずっと大好きなんだ! 俺はおっちゃんのそばにいたいから、ずっと相撲を続けてたんだ!」

  「……」

  「だから……離れたくない。おっちゃんのそばにずっといたいんだ」

  あれ以来、涙を見せないと約束したはずの狐がぼろぼろと涙を流した。

  「……わしみたいなのでも、いいのんか」

  ……誰にも好かれることもなく、ただ一人で生きてきた自分のような人間でも。

  「みたいなのじゃないよ。おっちゃんじゃなきゃ駄目なんだ」

  「わしかて……」

  武虎は小さな声で呟く。

  「わしかて……ぼんの事が世界で一番好きなんや。自分がそばにいてくれたら他に何もいらんのや。わしだけのもんにしてしまいたい。ずっとそう思っとった。……それでも、わしのために文太の一生を台無しにはできへんから……」

  「おっちゃんのそばにいられたら、それだけで幸せだから。人生台無しなんかじゃないから。……お願いです、俺をおっちゃんのそばにおいてください」

  文太は武虎の体にすがり付いて泣く。

  その体格は狐獣人だと言うのに武虎と変わらない。

  ……すっかり大きくなってもうたんやな。

  あの頃の、がきんちょとは違う。

  雄臭い匂い漂う、立派な男の体。

  抱き締められ、肌の温もりを感じるだけで、こんな時だというのに、武虎は欲情しそうになる。

  文太を自分のものにしたい。

  しかし、それは文太のためにならない。

  理性と欲望の狭間で、武虎の心は揺れる。

  「おっちゃん」

  そんな武虎を見上げた文太は、涙を拭いながら言った。

  「なんや?」

  「硬いの、当たってる」

  「な!」

  シリアスな場面で想像もしなかった文太のその言葉に、武虎は思わず両手で股間を隠す。

  そう、確かに武虎の愚息はいきり勃っていた。

  ……何でこんなときに。

  あまりの節操のなさに、恥ずかしさで顔を伏せる武虎。

  しかし、文太は嬉しそうに顔をほころばせた。

  「俺でいいのかな。俺、おっちゃんのものになりたいんだ」

  ビー玉のようにくりくりした瞳で武虎を見つめる文太。

  ……駄目だ。ここは断らなあかん。

  だが、武虎の理性は獣欲に負けた。

  虎獣人は、その場でこくりとうなずいてしまったのだ。

  「おっちゃん、俺うれしいよ」

  文太は武虎の作務衣をするすると脱がしていく。

  しかし、下履きに手をかけたとき、武虎は思わずその手を掴んで止めた。

  「……やっぱり、俺じゃ駄目なのかな」

  不意に不安そうな声を出す文太。

  ……そうじゃない。そうじゃないのだが。

  武虎は気弱な子狐の言葉に小さく言葉を返した。

  「わ、笑わんといてな」

  そして、自ら下履きを脱ぐ。

  そこにあるのは、勃起してるとは思えないほどちいさな逸物だった。

  そう、これが武虎のコンプレックスだった。

  それはそうだ。こんないかついガタイをした男が指先ほどもないチンポをぶらさげてるなんて、恥ずかしさしか感じないではないか。

  以前、一度遊びに行った風俗で馬鹿にされて以来、武虎は誰とも交わりを持つことはなかった。

  もっぱら性処理は1人でせんずりを掻くことばかり。

  小さいと笑われる、と思うだけで、萎えてしまいそうになるのだ。

  それを人に見せたいとは思えない。

  ましてや、自分の子供のような年齢の文太にそれを見られるなんて。

  文太に馬鹿にされるんじゃないのか。

  そんな不安な気持ちにかられてしまう。

  それでも、自分じゃ駄目なのかと、泣きそうな顔でこちらを見ている文太を見て、武虎は覚悟を決めたのだ。

  「……ごめんな、わしのこんなにちいこいんや。こんな持ち物しかないせいで今までほとんどやったことないし。……こんなんじゃ、あかんやろ」

  震えながら呟いた武虎に、文太は行動で返答を示した。

  何も言わず、武虎の逸物を口にくわえたのだ。

  「うっ」

  初めて味わう感触、温かさ。

  「あ、あかん……」

  その言葉に、口を離す文太。そして、その小さい逸物をしげしげと見つめると、皮を剥き、そのピンク色の亀頭に舌を伸ばした。そのままくすぐるように舌先を動かす。ぎこちない動きだが、それは武虎にとって、脳天を貫くような刺激だった。

  「ああっ」

  「おっちゃん、大好きだ」

  その立派な身体を指先で味わうように、身体中に手を這わしていく。その感触が、武虎にはなんとも心地よい。

  人の温もりは、こんなにも気持ちよいものだったのかと思わせるものがそこにはあった。

  「……なあ。ぼん」

  「何?」

  「わしにも、舐めさせてくれへんか?」

  「え? ……いいの?」

  「わしも自分を気持ちよくしてやりたいんや」

  「でも、部活帰りだから、汗臭いよ」

  「かめへん」

  六畳間の小さな部屋で、武虎は優しく文太を畳に寝かせる。そして、そのズボンとトランクスを脱がした。

  若者らしい汗と男の匂い。

  匂いの中央には、武虎の倍以上はある逸物が、まさにそびえ勃っていた。

  武虎は躊躇せず、蒸れたそこに口を当て、舌を絡ませる。

  ぴちゃ、ぴちゃ。

  「あっ」

  喘ぐ文太の顔が、こんなにも愛おしい。

  その顔が見たいがため、武虎は舌を動かす。大きく口を開けて、逸物を口の中に収めると、くちゅくちゅと口全体を動かしながら玉も竿も亀頭もすべてを刺激する。

  「駄目だ、おっちゃん。俺イっちゃうよ」

  「ええねんで、イっても。口の中に思い切り出したらええ」

  くぐもった声で言う武虎。

  「でも、汚い……」

  「何が汚いねん。大好きな文太のもんやないか。ほら、出してみ」

  一度口を離すと、もう一度亀頭を中心にくわえ込む。そして、片手で竿をしごきながら、もう一方の指先では金玉をくすぐる、そして舌先で亀頭を刺激し続ける。

  若い文太の限界は、じき訪れた。

  「ああ、イクぅぅぅぅっ!」

  青臭く、濃い精液が、どぷどぷと武虎の口を満たす。

  それを飲み下す武虎。

  「ごめんね……」

  「何を謝ることがあるんや。……それより」

  そう言うと、武虎はそろそろと指先を文太のケツに伸ばした。

  「文太に入れても、ええか?」

  その言葉に、文太は恥ずかしそうにこっくりと頷く。

  「うん。俺、おっちゃんのものにして欲しい」

  「よっしゃ。おっちゃん、頑張るさかいな」

  唾液で塗らした指先をゆっくりと穴に潜り込ませる。痛みのためか眉をひそめる文太だったが、何も言わない。

  「ゆっくりほぐしたるから」

  慣れない手つきながら、ひたすら文太が痛くないようにと、気をつけながら指を使う。

  やがて、2本指が入るところまでほぐしたところで、武虎の限界が訪れた。

  「ごめん、文太。もう、これ以上辛抱できひん。自分の初めて、おっちゃんが貰うで」

  そう言うと、武虎は文太の身体に覆いかぶさる。そして、両足を持ち上げると、そのケツにいきり勃った逸物を押し当てる。

  「ほな、いくで」

  ぐい、と力を入れると、思いの外あっけなく、肉棒は呑みこまれてしまった。

  「大丈夫か。痛ぁないか」

  「全然」

  「……そうか」

  幾分へこみながらも、腰を押し引きする武虎。

  想像しているのとは違って、なかなかうまく腰が動かない。なかなかAVのようにうまくはいかないもんだと思いながら、ぎこちないままに腰を振る。

  「どうや、気持ちええか」

  「う、うん……」

  尺八のときとの反応の違いに、またもへこみながらも、一生懸命突き上げる。

  やがて……。

  「中に、出すぞぉ!」

  その短い逸物から、どくどくと大量にザーメンを吐き出した。

  「ふぅ、ふぅ」

  腰をゆっくりと引き抜くと、黄ばんだ粘っこい白濁液が、ケツから漏れ出してくる。

  「ねえ、おっちゃん。今度は俺にやらしてよ」

  「それはかめへんけど、そのデカイのを、わしのケツに突っ込むつもりか」

  「だって、おっちゃんだって、入れたじゃないか」

  「まあ、そりゃあな」

  しばらく思案したが、男は度胸だ。

  「……ええで」

  頷いた武虎は、仰向けになり両足を上げる。

  「じゃあ、入れるよ」

  力強く言ったその顔は、いっぱしの男の顔をしていた。

  開いた足の間に入った文太は、上げた両足を肩に担ぎ、そそり勃つ逸物をケツに押し付ける。その迫力に怯える武虎。

  「ちょ、ちょっと待て。いきなりそんなデカイの入るわけないやろ」

  しかし、文太は躊躇しない。自分が痛くなかったから、大丈夫だと思っているのだろう。

  「あ、あかん、ちゃんとほぐさんと……うがぁぁぁぁぁっ」

  めりめりと押し込まれる逸物。その威容に武虎は身を竦ませることしか出来ない。

  それでも、なんとかケツは逸物を呑み込んでいく。

  「うぐぐぐ」

  一番容量のある亀頭を無理矢理押し込むと、あとはずぶりと一気に根元まで差し込む。

  「がああっ!」

  「すげぇ、よく締まってむちゃむちゃ気持ちいいよ、おっちゃん。……おっちゃん、大丈夫」

  快感で顔を歪めながら武虎の顔を見下ろした文太は、その瞳に涙がにじんでいるのに気づく。

  「ああ、大丈夫や。ちょっと痛かっただけや」

  明らかな強がりを言う武虎。

  「文太が気持ちええんやったら、おっちゃんもうれしいわ」

  「じゃあ、もう動いてもいい?」

  「え? ……いや、それは……ああっ!」

  返事も聞かず腰を動かしだす文太。

  「おっちゃん、すごい、すごいよ! チンコ、とろけそう」

  「文、太。頼むから、わしの、話を、聞いて、くれ」

  息も切れ切れのまま訴える武虎。しかし、その快感に辛抱たまらない文太はひたすら快楽を追求するために腰を振り続ける。

  「あ、もう、駄目だ。おっちゃん、イクよぉ!」

  「ああ、頼む、から、早くイってくれぇ!」

  文太の腰がひときわ武虎に押し付けられたときだった。

  びしゃ、びしゃと熱いザーメンが、武虎のケツを満たしていく。内臓に、文太の熱が伝わっていくのが分かった。

  力尽きたようにがっくりと武虎の身体によりかかる文太。

  ……やっと終わった。

  痛みが止まり、ほっとしたように胸をなでおろす武虎。

  「文太、気持ちよかったか」

  「うん……すごくよかった」

  「そうか」

  武虎はその頭を撫でてやる。

  「ねえ、おっちゃん」

  「なんや?」

  「お願いがあるんだけど」

  「ああ」

  「もういっぺん、やってもいいかな」

  「へ?」

  気がつけば、ケツの中に入ったままの肉棒は、未だ萎えずいきり勃ったままだった。

  初めて体験した、極上の快感。そして、若さゆえの絶倫さ。

  「ちょ、それは……」

  「ごめん、もう、我慢できない」

  もういちど、ゆるゆると腰を動かしだす文太。

  それでも、さきほどのザーメンがローション代わりになっているのか、痛みは格段に減っている。

  そして、痛みが減ることで、その奥に隠れていた快感に、武虎は気づく。

  ……なんか、変や。

  むずむずするような感覚が、文太が腰を振る度に生まれてくるのだ。

  「おっちゃん、気持ちいいの?」

  「分からん」

  しかし、その表情の変化には気がついたのか。文太は色々なところを刺激するように動きを変え、その変化の具合を確かめる。

  やがて。

  「ああっ」

  武虎が一番快感の声をあげる場所を探り当てたのだ。

  「おっちゃん、ここだね。ここが気持ちいいんだね」

  「あかん。そこばっかりこすったら、あかん」

  ごりごりと前立腺に逸物を押し付ける。

  みっともない姿を見せたくないと、歯を食いしばる武虎だったが、それが文太の心をそそったのだろう。

  「大丈夫だよ。いっぱい可愛いところを見せてよ、おっちゃん」

  「そんな恥ずかしいこと……わし……ああっ」

  「おっちゃんのチンコもびんびんだよ、ほら」

  いつの間にか勃起していた逸物を掴まれ、先走りでこねくり回される。快感が倍加する。

  何乗にもなって武虎に襲い掛かる。

  「あかん、そんなことしたら、イってまう。ぼん、頼むからやめてくれ。おっちゃん、おかしぃなってまう」

  「いいよ。おかしくなってもいいよ。俺、もっとおっちゃんに気持ちよくなって欲しいんだ」

  「ああ、あかん。もう、イってまう。ぼん、おっちゃんもうイってまいそうや」

  「おっちゃん、俺もイキそうだ。ああ、もう、イ、イクぅぅぅぅ」

  「がぁぁぁっ、わしもぐぅぅぅぅぅっ!」

  まるでタイミングを合わせたかのように、1つは武虎の中で、もう1つは文太の顔めがけて、白濁液が発射された。

  「ああ……」

  お互いの身体が混じり合うような陶酔感に、2人はひたる。

  やがて、お互いに力尽きたように、ぐったりと身体を寄せ合った。

  「この、馬鹿野郎が」

  しばらくして、放心状態だった武虎は正気に戻ると、ぽかりと文太の頭を殴る。

  「わしは病人やで。もっといたわらんかい」

  「ごめんなさい」

  我に返った文太は、しゅんとうつむいてしまう。

  武虎は、そんな文太の身体を力いっぱい抱きしめた。

  「文太。わし、長生きでけへんかもしれへん。親父と同じようにすぐにでも死んでしまうかもしれへん。……それでも一緒にいてくれるか?」

  「うん、俺ずっとおっちゃんの傍にいるから。ずっとずっと、傍にいるから……」

  8

  「ごめんよ」

  インバネスを羽織った年老いた猪獣人が倉田堂と染め抜かれた店の暖簾をくぐる。

  数年前に改築したせいか、そこは以前よりも幾分広い店のつくりになっていた。

  「あっ、師匠じゃないですか。お久しぶりです」

  顔見知りなのだろう、20代後半の体格のよい狐獣人は、猪獣人の顔を見てにっこりと笑った。

  「ああ、久しぶり。こないだこの国に帰ってきたばかりでな。懐かしい故郷の味が食べたくなってよ。ここに買いに来たってわけだ」

  「ありがとうございます。光栄です」

  「で、いつもの栗羊羮、2本欲しいんだが」

  「2本ですか?」

  怪訝そうな顔をする狐。

  「珍しいですね。いつもは好物でも、1本あればしばらく楽しめるって言ってるのに」

  「まあな。ちいと、ここの羊羮を食わしてやりてえ奴がいんだよ」

  「へぇ、師匠がそんなこと言うなんて、珍しい」

  「ところで、武虎さんはどうした。今日は姿が見えないが……」

  その言葉に狐は表情を曇らせ、言葉を濁す。

  「実は……」

  「どうかしたのか」

  その雰囲気に、老猪は眉をひそめた。

  「おお、猪山さん、お久しぶり」

  ぎこ、ぎこ、と車椅子を軋ませながら、店の奥から現れたのは、少し老けた虎獣人だった。

  以前は立派な体格をしていたのだろうが、その身体は闘病生活のせいか、かなり痩せてしまっていた。

  それでも、表情は明るい。

  「父さん、ゆっくりしてろって言っただろ。……ほら、これなんですよ。もう店に出てこないでもいいって口が酸っぱくなるくらい言ってるんですが、最近は調子がよくなってきたせいか、すぐに店に顔を出して仕事を手伝おうとするんですよ」

  「何を言うてんねん。そういう生意気な台詞は、もうちょっと一人前になってから言うもんやで」

  「すぐ口答えするんですよ、この親父」

  そのやり取りに、笑顔を見せる猪獣人。

  「ふらふらしてるぐらいなら引退しちまえよ。店は息子に任せて遊んでりゃいいじゃねぇか。もう、お前の息子も立派なもんだぜ」

  「まだまだこいつ1人に任せられませんわ。師匠の方こそええ歳やねんから引退しはったらどうです。門下生に道場継げそうな人はいないんですか」

  「門下生というか……1人いるにはいるが……。センスはそこそこだが、くそ頑丈な奴がよ。まあ、死ぬほどしごいてやらなきゃならねぇんだけどな」

  「ひょっとしたら、この栗羊羮あげるのその人なんじゃないですか」

  狐獣人のその言葉に、目を丸くする猪獣人。

  「なんでそれを……」

  「だって、栗羊羮の話をするときと、その人の話をするときの表情が同じだったから……」

  その言葉に、顔をしかめる老猪。

  「お前さん、和菓子屋やってるより、探偵でもやったほうがいいんじゃねぇのか」

  「そうですね。親父が死んだら考えます」

  狐獣人は片目をつぶって言う。

  「もっとも、主治医の話じゃ、奇跡的に回復してるって話なんで、まだまだ先の話になるとは思いますけどね」

  そう言うと、『いらっしゃいませ』と、別の客の元へ走る狐獣人。

  「いい息子を持って、幸せだな」

  猪が車椅子の虎獣人の方を見ると、彼は頷く。

  「ええ。わしがあいつに出会えたことが、わしの人生で一番の幸運やったと思いますわ。血も繋がってないのに、身寄りのないわしを父親として慕ってくれて。願わくば、このままあいつと寄り添って生きて、いつか看取ってもらえたらと思うてます」

  「そうかい。そうなるといいな」

  その言葉に、何かを考えるように猪獣人は何度も頷いた。