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ケータイを片手に俺は道を走っていた。
じいさんの息子から連絡が来た。
危篤なのだと。
そんな連絡が来たら、俺はもう行く事しか出来ない。
着いた先は、ICUと書かれた、特別な病室。
集中治療室。
そこにじいさんは運ばれていた。
「じいさん!おい!じいさん!!」
俺の声に周りに居た看護師や医師が目を丸くしていた。
だけど、そんなの関係ない。
俺はじいさんの手をぎゅっと、ぎゅっと。
強く強く握った。
とても、酷く冷たいその手は、前触ったときよりもずっと細くて。
「真…?」
じいさんのかすれた声。
あぁ、もう。
「じいさん!そうだよ!俺だよ!真だよ!」
「…すまんのう、真。」
じいさんは自分が苦しいのにも関わらず、それでも言葉をひねり出したのだ。
謝る意味。
それは。
「何謝ってんだよ!大丈夫だよ!俺は!!」
「…ワシは、長生きしすぎたと、思った。」
じいさんのか細い声を。
遺す言葉を。
一言も聞き逃すまいと俺は耳を立てる。
大きな、大きな耳で。
「だけど…真と出逢って…まだ…生きていたいと…思ったのに…」
「じいさん…!」
「すまんのう…真…一人…遺して…」
せめて、せめて。
この涙を、止めてやりたいと俺は思った。
じいさんの光を映さない瞳から溢れる大粒の涙を。
じいさんの手を俺の顔に持ってくる。
そして、口元を触らせた。
「大丈夫だよ、じいさん!ほら、分かるか!?俺、笑ってるだろ?!だから、大丈夫だよ!俺は、俺は大丈夫!」
じいさんの口元が緩んで。
涙が止まって。
手が落ちて。
ぴぃぃぃ、と甲高い音が。
部屋に響いた。
じいさんが死んだ時。じいさんの葬式の時。じいさんの火葬の瞬間。
涙が流れなかった。
じいさんの息子さんと話したときも。
とても感謝している事。
じいさんが、俺のことを話しているときに、とても生き生きとした表情を浮かべていた事。
俺のおかげで、ここまで生きられた事。
涙ながらに、話してくれたときも。
涙が流れなかったんだ。
俺にとって、じいさんは、その程度の存在だったのだろうか。
次の日から、俺はいつも通りの生活に戻った。
いつも通り飯を食って。
いつも通り学校に行って。
いつも通り息子さんに連絡して。
いつも通り
あれ。
俺。
いつも、何してたっけ。
じいさんと逢う前のいつも通りって。
俺。
何してたっけ。
気がついたら俺は、いつも通りに。
じいさんの家の前にいた。
誰も居ない。空っぽの家。
息子さんの話では、近々取り壊してしまうそうだ。
誰も住まない家だ。
それもそうだろう。
気がついたら俺は、病院の前に居た。
誰も居ない。
知り合いなんて、もうここには居ないのに。
あれ。
俺のいつも通りって。
なんだっけ。
じいさんの家の前を通る。
工事の人が、土足で家の中に上がりこみ。
中で何かを話し合っている。
俺のいた縁側で。
じいさんの居た部屋の中で。
おいおい、止めてくれよ。
土足で上がったら。
掃除が大変じゃないか。
じいさんの家の、解体が始まるようだ。
工事の車が入るには少々狭い道路の前で。
俺はそれを見守っていた。
隣に居る息子さんも、固い表情だ。
ガガガガ、と重機の音。
ガラガラと。
ガラガラと。
崩れていく。
崩れていく。
俺は気がついたら、お守りを両手に握っていた。
崩れていく。
崩れていく。
俺の居た縁側が。
じいさんの居た部屋が。
優しい手で、優しい声で。
俺の頭を撫でてくれた。
思い出が。
崩れて
「崩れねぇ!崩れねぇよ!」
忘れるわけが無い。
忘れてたまるか。
俺とじいさんは、確かにここに居た。
生きていた。
崩れていく家。
崩れない。
崩れない。
思い出が。
頭に全て。
フラッシュバックする。
視界がぼやけた。
鼻の奥で、血の臭いがする。
「じいさん!俺!わすれねぇ!この家も!じいさんも!全部!」
あぁ、俺かっこ悪い。
鼻水が、瞳から溢れる涙が。
俺の顔をひたすらに汚していく。
それでも。
それでも。
俺は。
ここに確かに居たじいさんを。
じいさんの事を。
叫んだ。
この聳え立つ木からしたら、俺の一生なんてほんの瞬間的な物でしかないのだろう。
それでも、俺は生きて死ぬのだ。
だから。
俺は。
生きていく。
じいさんの思い出を。
胸に。
きっと。
じいさんが。
見守ってくれると。
そう。
思って。
懐かしい光が。
俺の道を。
照らして。
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