レイバック社。神奈川県横浜市に本社を置き、京都府の巨椋池と茨城県のつくばに研究所・工場を置く、いわゆる「防衛装備」の製造・研究を行う企業である。社名こそカタカナ語であるが、創業は鎌倉時代。建武中興で冷遇され困窮した武士に安価で甲冑を仕立てたのがルーツであり、「冷麦(れいばく)」という苗字を室町時代に賜った。そのため、現在でも装甲付き特殊強化服------いわゆる「パワードスーツ」のシェアは国内トップであり、海外からも評価が高い。そんなレイバック社の現在の社長は冷麦家第16代当主の冷麦名都緒(れいばく なつお)である。家の代替わりにより齢26での社長就任となったが、当然伝統を兼ね備えた大企業の社長がこのような若者に務まるはずもなく、現在は先代から引き継いだ役員が合議制で会社の運営をしている。つまり、名都緒(以下ナツオ)は少なくとも現時点ではいわゆる「おかざり社長」にすぎない。ただ、本人はそんな状況にまんざらでもない気分を抱いていた。その理由は彼のアフターファイブにある。
「お疲れさまでしたーー!!」
「はい、おつかれさまー」
17時を過ぎると、ナツオは足早に社長室を抜けそそくさと退勤する。ただ、目の前に秘書課があるので大抵は彼らから挨拶を受けてしまうのだ。ナツオは内心焦るが、こんな若造社長が嫌われないためにも、とりあえず挨拶だけは徹底しておこうと考えている。他の社員が来ないことを確認してエレベーターに乗り込むと、自身のIDカードをタッチし、最上階である[50]の上にある数字が何も書かれていないボタンを押した。
エレベーターを降り、正面の扉にもう一度IDカードをタッチすると目的地の小部屋にたどり着いた。ドアの真ん前には自社謹製の「甲冑」が飾られていた。黒と白のプレートアーマーが幾何学模様を描いたような脚部、祖業の武者装束をイメージした胴、そしてスーツ全体で衝撃を受け流すことで装着型としては極限まで大きくした左手のエネルギー砲に右手の照準器、そして青いバイザーがきらりと輝く精悍なフルフェイスヘルメット… これは社長として試作機をカスタマイズして専用のOSをインストールして仕立てた一点ものである。[newpage]
「さあ、今日の『仕事』だ、タイロン。」
タイロンはこの甲冑の名前である。横浜を荒らす敵をを一撃で蹴散らす… そんな存在になることを願って、かつて地元球団にいたホームランバッターの名前を頂戴した。そしてナツオはタイロンのパーツをマネキンから外し、装着してゆく。現在レイバック社では既に装備を自動で装着する技術が既に実用化レベルまで開発されているが、彼は鏡と向かい合いながら自らの手で「着付け」をするのが変身を実感できるのでそちらを好んでいた。そして最後にヘルメットをかぶると、人肌は消え、ロボットのようなパワードスーツが現れた。
“Booting now… Welcome to ‘Tyrone’ Reibaku Natsuo… ”
バイザーに表示された起動メッセージも消えないうちに、タイロンは吹き抜けの先にある屋上の入り口を一飛びに目指し、観音開きのドアを押し開けると、夜明かり煌めく星の港町---横浜テクノポートへと飛び降りていったーーー。
今回着地したのは海沿いの公園である。デートスポットであるが夜は人出が少ないので格好の着地場となる。タイロンは始めに辺りを見回した。
「いまのところは敵影なし…… か」
タイロンのバイザーには赤外線画像表示や望遠映像等の機能が搭載されており、夜でも昼のような視界を確保できる。だが、このバイザーはそれ以上の機能を有しているのだ。
「周囲を探索… 横浜みなとみらい地区、気温9度、風速1m… 」
これは現在いる街の気象データをリアルタイムで表示するもので、甲冑としての基本性能の向上や甲冑に着けた装備品の動作チェックに使用していた。そしてここに表示される情報はもう一つある。
「スピリットレベル、 7.5ポイント…… 」
そう。タイロンは怪異現象を検知する機能を有しているのである。レイバック社は老舗企業である。このため、科学文明が発達する前は、怨霊や妖怪を恐れた武士たちからの要請でいわゆる「物の怪」を察知する技術を独自に蓄積していたのだ。当然このような技術は現代戦には不要であり、「公式には」廃れたことになっているのだが… こうして脈々と21世紀となっても受け継がれていたのだ。
「にしては妙だな… 視界には何もないのにレベルが7.5だと…? 一旦他をあたってみるか」[newpage]
刹那、タイロンの左腕から甲高い警報音が鳴り響いた。タイロンは思わず振り返る。するとそこには、タイロンのバイザーを真っ赤に染めるほどの真紅の渦がぐるぐると回り始めていた。
「な…… 何だ?! よく見るとなんか人の顔みたいなのが浮かんでる…… いや、顔が渦になってるのか?! どちらにせよ、こいつが怪異だな!!」
タイロンは渦に対して左腕を構えた。
「スピリットレベル、30.1ポイント… 」
「…… かなり強いな。だがタイロンも専用OSに最適化されたアーマーなんだ…… どうってことないい」
ナツオはそうつぶやくと、エネルギー砲の引き金を引いた。この装着砲は引き金を引いてから弾を詰めるのだが、満タンになるまで時間が少しかかってしまうので、タイミングを取ることが難しい。ただ、幾度となくタイロンとして戦ってきたナツオは、そのタイミングは熟知しているつもりだった。
装着砲がカタカタとわずかにふるえだした。エネルギーが溜まってきた証拠である。装着砲を右手で支え、腕の照準器で渦の真ん中に狙いを定める。そして両脚で踏ん張る姿勢をとった次の瞬間、装着砲が轟音と共に火を吹き、巨大な弾が渦に向けて勢いよく飛び出した。
「よし! 行くぞッ!」
タイロンは渦に向かって走り始めた。タイロンが近づくたびに渦の中心がわずかにずれていく。渦の真ん中を狙っているので、このままでは渦に当たるだけで真ん中は外してしまう。ナツオは渦との距離感を慎重に見極めながらも徐々に加速していった。
「うおおおおおおおおおおッ!!」
タイロンは渾身の力で渦に向かって思い切りジャンプした。そして着地と同時に渦の真ん中をエネルギーを固めた青い銃剣で貫いた。
「キィヤアアアアアアア!!」
怪異は薄気味悪い断末魔をあげ消え去った。スピリットレベルは一気に下がる。ナツオはふうと一息ついた。公園から見える水平線から太陽が昇っていた。
「今日は徹夜仕事かあ、明日は休みだからしっかり寝よ...」
始発電車が走りだし、港町が活気を取り戻す前にタイロンは引き上げなければならない。謎のパワードスーツが夜な夜な横浜の街を駈けていること、そしてその正体が地元で一目置かれている企業の若社長であるとわかった日にはどんな風聞を受けるか分かったものではない。タイロンはビルの屋上伝いにジャンプし、レイバック本社ビルの屋上を目指した。タイロンのメンテナンスをしながらスマホを一瞥すると、不穏なメールの着信があった。[newpage]
「つくばの研究所が何者かの襲撃を受け壊滅、開発中のアーマー『ニト』が消失、研究者も大勢搬送されている模様。重役で緊急会議を開いたので、社長はその内容を記者会見で読み上げてください...」
途端に胃が重くなるのを感じた。ただの襲撃ならまだいい。だが怪異による襲撃で研究者が犠牲になっている可能性もあるのだ。
「自分しかいないんだ。なんとかしないと…」
ナツオはインナースーツの姿でタイロンのパーツを磨きながらふと呟いた。
「『ニト』はやられはしない。あいつは出会うべきヤツが現れるまで無事でいるはず… だから、装着者とも、自分が絶対この手で探してみせる」
これは甲冑製作企業レイバック社の社長、冷麦名都緒のとある一晩の「おはなし」である。
探す者「タイロン」と探される者「ニト」。彼らを結ぶ不思議な運命の糸は、どんな物語を紡ぎだしてゆくのだろうか、そして、来たるその出逢いはどう横浜テクノポートを揺るがしてゆくのか、、それは「アーマーの神様」のみぞ知る。まあ、いるとすればの話だが。