獣を祖先とする獣人たちにとって、外出に欠かせないのが帽子である。夏であれば日差し対策として徴用されるのは勿論、もっともそれが必要とされるのは冬場である。「毛無し」、つまり大昔に「人間」と言われていた種族とは違い、寒さにめっぽう強い獣人たちだが、飛び出た耳が凍傷になるのを防ぐためにやはり帽子……というよりも耳を覆う頭部の装身具は欠かせない。
獣人たちにとって耳はただ単に音を聞くだけでなく、体温調節のための重要な機関である。そういうわけで、獣人たちの夏用帽子はもっぱら耳を出すための穴を開けた、麻や麦わら素材の帽子。冬場は耳を覆うことを意識したフェルト、綿素材の帽子が主流である。さらにツノがある個体などのために、機能性とデザインを両立させなければならない帽子職人は、この国では名誉ある職とも言われている。
「おや、お嬢様。角が少し大きくなりましたかな?」
「ほんと?」
「ええ、こちらが半年前の採寸なのですが……ほら。成長期ですものね」
「……ねえ、あなた、ウチのお抱えになる気は無いの? お父様もお母様も是非にって言ってるわ」
お得意様のお嬢様に言われて、「毛無し」の職人は困ったように微笑んだ。本人は簡素な帽子、それも[[rb:鳥打帽 > ハンチング]]をトレードマークとしてかぶる男であるために、獣人の中でも鳥族にはしかめ面をされる彼であるが、国内最高峰の帽子職人であることには間違いない。国王からも注文を受けたというが、それを誇る様子もなく、その上、2回目以降は受けずに他の職人に回しているというから欲が無いを通り越して、いっそ嫌味でもある。おまけに、あまり金が無い者に対しても格安で帽子を作ってやるというのだ。
「……私の故郷は、ここより西の獣人の治める国で、ええ、あの大帝国です。代々立派な角を持つ皇帝がお治めになる……ええ、あの国では葬儀の際に、死者に帽子をかぶせてやるのがお決まりなのです。私の母も帽子職人でしてね、あの国では私のような毛無しはあまり良い立場ではなく、母が相手にするのは金のない死者でした。良い素材も無く、豪奢な飾りもしてやれない中、母は己の作る帽子で最大限使者を弔っていました。私にとっては、その姿こそが理想なんです」
毛無しの職人はそこまで一息で語って、ポケットに突っ込んでいた[[rb:鳥打帽 > ハンチング]]を胸に、令嬢に深く礼をする。
「帽子を求めるなるべく多くの方に、望むものをお作りする。それが私の願いですので」
そう言うと、羊の令嬢は仕方がないとばかりに微笑んだ。