番外小噺其の一 その娘、無自覚につき

  アルカーナ王国の首都より北、最北と言われている辺境の地ノールフォール森林からはちょうど中間地になる場所にポルトと言う街がある。

  辺境の地、ノールフォール森林からポルトまでにあまり大きな街がない為、この街には首都に向かう者、ポルトから東西に伸びた街道を通り海側や山側に向かう者の中継地点になっており、商人や旅人、またそれらに対して商売を行う者で賑わっている比較的大きな街だ。

  治安は悪くないが、街が大きくなれば人の出入りも多くなり、あまり健全とは言えない風体の者が多少増えるのも致し方ない。

  よって、ポルトの街の裏路地には少しばかり怪しげな店も点在する。

  そんな店の中でも一部の人間には有名なもぐりの店がある。

  表向きはよろづ屋……とは言っても店の前にも中にもガラクタだらけでマトモな商品があるようにはみえないが、それでも近隣住民の中には日用品を買っていったりする者もいる。

  しかしその実は、一級魔法使いである店主が作った魔法道具や魔法技を求めてやってくる魔術専門のよろづ屋なのである。

  そう言ったいわくつきの店である為、様々な事情を抱えた客がやってくる。今日もフードを目深に被った男が馬車とともに店の前にやって来た。男は少々乱暴にドアのベルを鳴らし、珍しく店のカウンターに座っていたドムは入ってきた男の顔を見て少々げんなりした顔をした。

  「よっ!」

  「……よっ! ……じゃないでしょうが。

  ……何の用だ、赤毛のボーズ」

  男は被っていたフードを取るとその見事な赤毛を[[rb:晒 > さら]]した。

  「なんだよ冷てえな。俺とおっさんの仲だろ?」

  そんなに親密な仲ではないと思うが、確かに馴染みの客と呼べるほどには商売させてもらっている。[[rb:些 > いささ]]か客としての[[rb:範疇 > はんちゅう]]も超えそうになっている気がしているのは気の[[rb:所為 > せい]]ではないだろう。

  「そんな顔すんなよ。今日はこないだの礼をしに来たんだからよ」

  宮中一級酒だぞ、宮中一級酒! と得意げに言われてドムはやれやれと嘆息するとカウンターに雑多に積まれていたガラクタをどけて赤毛の青年の場所を作ってやった。

  「……今日はあのお嬢さんはいないのか?」

  前回この赤毛の青年――ガヴィとの関係が深まるきっかけとなったある事件で、彼が連れていた少女のことを訊ねる。

  ガヴィはカウンターに片肘をつきながら何の気無しに答えた。

  「ん? いるよ。流石に酒樽担いでくるわけにはいかなかったからよ、馬車に積んできた。外で待たせてる」

  「ばっ……!」

  ドムは[[rb:唖然 > あぜん]]とした。

  治安の良いポルトの街とは言え、この裏路地はとてもじゃないが少女一人でウロウロさせるような所ではない。尚且つ宮中一級酒なんてお宝同然の積み荷の乗った馬車に少女一人で待たせておくなど正気の沙汰ではない。

  「阿呆か! お前は!! こんなとこで女の子一人にするんじゃないよ!」

  カウンターから出て慌てて店先に向かう。その間もガヴィはカウンターに頬杖をついたままのんびりと答えた。

  「大丈夫だって。だってあいつ今狼の姿だもん」

  ガシャンガシャンとひどい音のドアベルを鳴らしながら扉を開けると、そこには馬車の荷台の酒樽の上に黒い毛並みの狼がちょこんと[[rb:鎮座 > ちんざ]]していた。

  *****  *****

  「ドムさんお部屋貸してくれて有難うございました!」

  店の奥の私室で人の姿に戻って服を整えてきた[[rb:紅 > くれない]]の民の少女イルがひょっこりと顔を出した。

  以前会った時は緊迫した状況だったので落ち着いて話もできなかったが、こうやってよくよく見ると突出して美人だとか整っている訳では無いが、暁色の大きな瞳がくるくると動いて愛嬌がある。

  [[rb:凄惨 > せいさん]]な目にあったと聞いたがそんな事は全く感じさせないくらい底抜けに明るい印象だ。

  「お嬢さんも元気そうでなにより。

  ……今日はどうしてあの格好できたの」

  部屋にあるものは殆どどこか壊れているものばかりなのに、ドムが出してくれたお茶のカップはお店のガラクタのように欠けておらず、何ならイルのカップは小花柄で、ドムが最大級に気を使ってくれているのに気づいてイルはクスリと笑った。

  「それがね、最初はちゃんと人の姿で来たんだよ? でも最初の町に着いたらガヴィが……」

  今回は任務もなく、ドムに酒を届けるだけの旅だったので道中急ぐ必要もない。

  城を出て初めて着いた町で昼食を取ろうと店に入ったのだが……

  「ガヴィの頭は目立つでしょ? しかも腰に剣差してるし。馬車には酒樽。

  私とはどう見ても兄妹には見えないし、夫婦の訳ないし……で、[[rb:人攫 > ひとさら]]いだと思われちゃったんだよね」

  寄った町は小さな町だったので別に何か言われたわけではない。ただ食事をしている最中もジロジロと好機の視線にさらされ続けた。

  宿を取ろうと寄った次の町で町の自警団に職務質問され、前の町でやけに周りに見られていた意味をようやく知ったのだ。

  「こんな人畜無害な人間捕まえて人攫いとは失礼な話だよなあ?どっから見てもただの好青年だろが」

  ……どう見たってチンピラにしか見えない、と言うのは言い過ぎだが、剣を握れば巷では赤い闘神とも評されるガヴィはただの好青年には見えやしない。

  ドムの店は国の無許可営業の言ってしまえば違法な店なので、ガヴィは行き先もはっきり身分を明かす事もできず、何とかその場を適当に凌いでイルはアカツキの姿になって残りの道中を進むことになった。

  「え。じゃあお前ら宿はどうしたわけ」

  狼連れで宿泊させてくれる所があるとは思えない。かと言って狼の姿とは言えイルを一人野宿させるわけにも行かないだろう。

  「そうなの、だから宿には泊まれなくて二人で野宿したんだよ」

  今回は馬車があったので寝床には特に困らなかった。

  人の姿に戻って宿に泊まればより面倒な事になったに違いない。

  前の時とは違い誰かに追われているわけでもなく、ガヴィも一緒の野宿は草花の香りも感じられて悪くはなかった。ガヴィは布団の上で眠りたかったかもしれないが。

  半分呆れ顔のドムに今晩はどうするんだと聞かれてガヴィは行きと同じく帰りもどこかで野宿しながら帰ると答えた。

  ドムははあ〜っと長い息を吐く。

  「お前さあ、女の子連れて歩く時はもうちょい考えてから出かけなさいよ。無用心すぎんでしょ」

  近くまで送ってやるから野宿はやめろと言うとガヴィは明らかに眉を下げた。

  「えぇ〜…。せっかく重い樽ここまで運んで来たんだぜ。おっさん、一緒に呑もうや」

  赤毛の青年はいたずらっぽく笑った。

  「……お前さ、礼しにきたんじゃなかったっけ」

  最初からドムに贈るはずの一級酒を自分も呑む算段だったらしい。

  「人聞きの悪いこと言うなよ。ちゃんと礼しにきたんだよ」

  侯爵っつってもしょっちゅうそんないい酒飲めるわけじゃないんだぜ、二樽も融通するの大変だったんだぞと何故か偉そうに言う。

  そもそも対価に酒を提示したのはガヴィなのだから、そんな事を言える立場ではないし、対価の酒を支払う方が要求するなどおかしな話なのだが、悔しい事にドムはこのめちゃくちゃな赤毛の青年が割りと好きだと言う自覚があった。

  やんちゃな歳の離れた弟をもった気分になる。

  「ったく、……しょうがねえなあ……。そこのソファ空けてやるから、お嬢さんは今晩ここに泊まってけ。坊主は今から宿とってこい」

  流石に娘のまま泊めるとそれはそれで不味いし場所もないので寝る時は黒狼の姿になるという条件でイルは今晩の寝床を確保した。

  ガヴィは一気に破顔して、イルの宿代代わりに酒のつまみをご馳走するわと近くの森に獣を狩りに行った。

  「……え、何あいつ。狩りもできんの?」

  「ガヴィって何でもできるよね」

  遠征任務や王命で[[rb:諜報 > ちょうほう]]活動のような事をする時もガヴィは基本的に食料調達等も現地で自分で行うらしい。

  手の込んだものは作れないが調理も出来れば[[rb:繕 > つくろ]]い物も出来ると言っていた。

  そもそも親が狩猟等を生業としていたらしく、狩るのも[[rb:捌 > さば]]くのもお手の物だ。

  「ガヴィってさあ、何やらせてもできちゃうからたまに悔しくなっちゃう」

  ドムのリビングのソファですっかりくつろぎながらイルが唇を尖らせて言う。

  ドムから見たガヴィは、やんちゃで小憎たらしいちょっと少年地味た青年……という印象であったが、職業は侯爵様だと言うし、確かに彼は世の中を渡っていく為の口のうまさや処世術に長けている。ドムの店に初めて来たのはもう何年も前だが、すでに今のような雰囲気であった。

  ドムの前での少年っぽさは世を渡っていくためのドム用に作られた顔か。

  年の功は二十歳を少しばかり過ぎた頃だと言うから、あれはあれで苦労してきたのかねとイルとは少し違う感想を持った。

  「……器用になんでもこなす必要性があったんだろうねぇ」

  軽く呟いたつもりであったが、その声音からドムの言いたいことを正確に捉えて、唇を尖らせていたイルは一瞬きょとんとすると今度は眉を寄せた。

  「……ドムさんってすごーく大人だよね……。

  あー! ヤダヤダ! 自分が子どもでヤだ!」

  イルを責めたつもりは一切ないのだが、幼い見た目に反して人の言葉や意味を割としっかり聞いているこの少女は自己嫌悪でソファに突っ伏してしまった。

  「……ほんと、私って何にもできなくて考えが子どもで、嫌になっちゃう」

  自分の膝に顔を埋めて項垂れるイルにドムは苦笑を隠せない。

  「お嬢さんは人を見る目があるじゃない。それって凄い特技よ?」

  ドムの言葉にイルは[[rb:訝 > いぶか]]しげに顔を上げる。

  「どんな能力があったって、それを使う時にどう使うか、誰の為に使うかって事が大事なのよ。

  それを間違えちまうとどんなに素晴らしい力もたちまち負の力になっちまう」

  ドムの知る昔の知り合いがまさにそうだった。

  力の使い道を過って、国の最高峰の地位に着く可能性を自分で不意にした。

  「お嬢さんはさ、一人で故郷を出た時からちゃんと正しく自分を導いてくれる人を選んで今日まで来てるじゃない。

  ……それってね、才能よ?」

  イルは些か納得がいかない顔で答える。

  「……たまたま運が良かっただけだよ」

  「いやいや、運だけで侯爵サマやら王子サマやらには会えないでしょうよ」

  カラカラと笑うドムに段々それもそうかな?という気になってくる。

  「じゃあさ、ドムさんに会えたのも大正解だね! ドムさん、めちゃくちゃ良い人だもの!」

  いいことに気づいた! と言わんばかりの顔で屈託なく笑うイルに、ドムは思わず黙り込んだ。

  (いやぁ……このお嬢さん、無自覚に[[rb:人誑 > ひとたら]]しだね)

  紅の民の姫と言えど、所詮は辺境の少数民族の娘であり、普通に生きていれば中央の貴族や王族になど会う機会はなかっただろう。

  色々な偶然が重なったとはいえ、運命を引き寄せて解決出来たのはこの少女自身の魅力があったからに違いない。

  特にこれと言って凄い特徴があるわけではないのだが、生命力の塊のように煌めいて人を惹きつける。

  これを才能と言わずしてなんなのか。

  「……お嬢さんはずっとそのまんまでいなさいね」

  きっとこの少女の魅力に魅了される者が今後次々と出てくるだろう。

  ドムはふと、今ここにいない赤毛の剣士がなぜか真っ先に脳裏に浮かんだ。

  そんなドムの台詞に、イルは不満そうに「えぇ……?」とこぼして眉を下げたのだった。

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  ❖あとがき❖

  本作は本編に入り切らなかった余談、番外編の[[rb:小噺 > こばなし]]です。箸休め的に書いてるので、本編とはちょっと文章の雰囲気が違ったり、あんまり推敲とかはしておりませんのでゆるーく読んで下さると幸いです(笑)

  番外編は割りと私の趣味と感性のみで書いているので、対象年齢や娘に配慮しておりません(笑)

  個人的に、ドムがとても好きです。

  きっとガヴィもドムが好きです(笑)そのうち酒盛りとかする仲に追々なるんだろうなあと思います。

  世捨て人的な最強魔法使いってなんか好き(笑)

  アルカーナの世界では魔法使いは長髪が多い設定なのですが、ドムはイメージ天然パーマ強めの長髪、無精髭キャラです。

  長髪イケメンよりも、達観したオジサンが好きな東雲です。

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  ☆ここまで読んでくださって有り難うございます!感想等お聞かせ願えると大変喜びます!☆