大爆発で幕を閉じた『嘆きの谷』での死闘を終え、俺たち三人は冒険者ギルドへと帰還した。
強敵との激戦をくぐり抜け、泥だらけ(なお一名は全裸から予備のローブへの着替え済み)になりながらも、俺たちの足取りは軽かった。
なぜなら、中ボス級の魔物【スライム・ガーゴイル】の討伐完了という、大きな実績と巨額の報酬が待っているからだ。
「ふふん。これで私も、一人前の魔法使いとして街に名が轟くわね。なにせ、あのスライム・ガーゴイルを単独の魔法でぶっ飛ばしたんだから!」
胸を反らすフィーナ。
……確かにぶっ飛ばしたのは間違いないが、それを『単独の魔法』と呼んでいいのかどうかは甚だ疑問だ。
あの大爆発のトリガーは、敵の触手による執拗な刺激と、彼女の極限の羞恥心がもたらした魔力暴走(というか、異常発情)なのだから。
「ええっ? フィーナさんったら、あれを自分の実力だって言い張るつもりですか? ただひたすら、魔物の触手に弄ばれてあられもない声を出して自爆しただけのくせに。年増のくせに本当にみっともないです」
「なっ……! 誰が年増ようるさいわね! 過程はどうあれ、結果として敵を完全に消滅させたのは私の魔力よ!」
「でも、あんな見苦しい姿、どう考えてもはしたないじゃないですか。……タイチさん、あの爆発の余波、大丈夫でしたか?」
天然の毒舌でエルフをチクチクと刺しつつ、セリアが心配そうに見上げてくる。
現在、ギルドの受付カウンター。俺の目の前には、事務を担当している壮年のギルド職員が、非常に困ったような、あるいは呆れたような顔で立っていた。
「……で、クジョウ・タイチくん。君たちは見事にスライム・ガーゴイルを討伐したと、そう主張するわけだね?」
「はい。間違いないです。跡形もなく消し飛ばしましたから」
「跡形もなく、ねぇ……」
ギルド職員は、デスクの上に置かれた『クエスト達成条件』の羊皮紙をトントンと指差した。
「ギルドの規定では、大型魔物の討伐には『討伐証明部位』の提出が必須だ。魔核(コア)、あるいは外骨格の一部などだね」
「はい。存じております。ですが、先ほども申し上げた通り、フィーナの大魔法(?)の直撃で、敵は文字通りチリひとつ残さず消滅してしまったんです。だから、持ち帰れるような部位は……」
「ない、と」
職員は深くため息をついた。
「君ねぇ……。いくらなんでも、証拠ゼロで『倒しました! 報酬ください!』と言われて、はいそうですかと金貨を払うギルドがどこにあるんだい。それじゃあ、嘘をつき放題じゃないか」
「し、しかし! 谷に行けばわかるはずです! 地形が変わるほどの大爆発の跡が残ってますから!」
「その爆発が魔物を倒したものなのか、単に君たちが無駄撃ちして地形を破壊しただけなのか、どうやって証明するんだね? 谷まで確認に行く調査員の費用は、君たちが負担してくれるのか?」
「うぐっ……」
論理的な反論。痛いところを突かれた。
前世のエンジニア時代もそうだった。「バグを直しました!」と口頭で報告しても、エビデンス(修正後のログやテスト結果)がなければ絶対に承認されなかった。
そして今、俺の手元には、スライム・ガーゴイルの死体(物理証拠)が存在しない。
だが、俺は不敵に笑い、職員のお兄さんに向かって身を乗り出した。
「ふっ……。心配無用です。俺を誰だと思ってるんですか。証拠なら、ここにありますよ」
「えっ、タイチ、あんた何か証拠になるようなもの拾ってたの?」
「静かにしてろフィーナ。……お兄さん、これを見てください」
俺は懐から、【フィクスド・メモリア】の魔法石板を取り出し、お兄さんにだけ見えるようにそっと起動(プレビュー)した。
そこに記録されているのは、スライム・ガーゴイルの生々しい姿。
……そして、触手に絡めとられ、衣服を溶かされて宙吊りにされ、俺のスケベな願望フィルターによって超高画質でレンダリングされてしまった『あられもない姿のフィーナ(R-18)』の映像ログだ。
「なっ……こ、これは……ッ!!」
ギルド職員の目が、限界まで見開かれた。
彼は石板に映るスライムの触手と、エルフの規格外のEカップ、そして涙目で快感に身をよじる艶めかしい太ももをガン見し……。
『ゴクリ……ッ』
ギルド内に響き渡るほどの、特大の生唾を飲み込んだ。
「ど、どうですか。ガーゴイルの生態記録として、完璧なエビデンスでしょう?」
「す、素晴らしい……。スライムの粘液の照り、触手の吸盤のディテール……そして何より、このエルフの絶妙な表情と……いや、これはギルドの資料として、私個人の部屋で……いや、厳重に保管して隅々まで検証しなければ……ゴクリ」
「クエスト達成のご承認、よろしくお願いいたします」
男同士の、最低なコミッションが成立しかけた、その時だった。
「……ちょっと」
背後から、絶対零度の声が聞こえた。
振り返ると、顔面を真っ赤……いや、怒りでドス黒く染め上げたフィーナが、杖を握りしめてワナワナと震えていた。
「な、なにを、他の男に見せてるのよぉぉぉぉぉっ!!!」
「うおっ! ちょっ、フィーナ、これは討伐の証拠品で——」
「あんな恥ずかしい姿、証拠に残してんじゃないわよこのド変態!! 【小さき風の刃(ウィンド・カッター)】!!」
ピシュンッ!!
フィーナの杖から放たれた無慈悲な風の刃が、俺の手から【フィクスド・メモリア】の石板を弾き飛ばし、ギルドの壁に叩きつけて粉々に粉砕した。
パリーンッ!
「ああっ!? 俺の、俺の貴重なログデータがぁぁぁっ!?」
「ああっ!? ギ、ギルドの貴重な検証資料がぁぁぁっ!?」
「誰が資料よ!! あんたたち二人とも、後で表に出なさい!! 灰になるまで丸焦げにしてやるわ!!」
烈火のごとく怒り狂うエルフを前に、俺と職員のお兄さんは肩を落とした。
ギルド職員はコホンと咳払いをして、真顔に戻る。
「……というわけで。討伐の証拠(エビデンス)が『ロスト』したため、今回のクエストは未達成、【失敗】扱いとする! 報酬はゼロだ。お疲れ様!」
「そ、そんなぁ……!」
今度こそ、俺たちは完全に道を絶たれた。俺たち三人はギルドを追い出されるようにして、路地裏へとパタパタと歩き出した。
「どうするんですか、タイチさん……。私たち、もう宿代どころか、今日の夕ご飯のパンを買うお金もありませんよ……」
シクシクと泣き真似をするセリア。
だが、俺は再び不敵に笑い、二人に向かってピースサインを作った。
「安心しろ、お前ら。俺は常に最悪のエラーに備えてバックアップを用意する完璧なエンジニアだ。万が一の全滅や所持金ロストに備えた『最終防衛ライン』を用意してあるに決まってるだろ」
俺は得意げに言葉を切り、自分のズボンのベルトに手をかけた。
「じゃーん! 見ろ! こんなこともあろうかと、俺の履いている『下着のパンツの裏側のタグの隙間』には、緊急時用の金貨が3枚、魔法の解れない糸でガッチリ縫い付けて……縫い……付、けて……?」
俺は言葉を失った。
ベルトを少し下げ、ズボンの中——自分のお尻の方へ手を突っ込んだのだが。
手に触れるはずの、布の感触がない。
ただ、ひんやりとした異世界の風が、俺の素肌を直接撫でているだけだ。
(……ん?)
もう一度、確認する。
右も、左も。前も、後ろも。
「……ない」
「タイチさん? なにをモゾモゾしてるんですか? 金貨は?」
「セリア……フィーナ……」
「なによ、もったいぶらないでさっさと出しなさいよ。お腹ペコペコなんだから」
俺は、滝のような冷や汗を流しながら、二人に宣告した。
「……金貨がない。いや、金貨どころか……俺の『パンツ』そのものが、影も形もなく消え失せている……!」
「「……は?」」
静寂。
路地裏に、冷たい風が吹き抜ける。
「パンツがない? どういうことよ、あんた、ノーパンで街を歩いてたっていうの!?」
「ち、違う! 朝は絶対に履いてた! 縫い付けた金貨のゴワツキもあったしな。パンツは確かにあったはずなんだ!」
「タイチさん……とうとう可哀想な人になっちゃったんですね……。疲労と空腹で、幻覚を……」
「おいやめろ違うって! 絶対におかしい! 俺の肌に一番近いハードウェアを、いつ脱がされたっていうんだ!?」
パニックになりながら、直近の出来事——記憶(システムログ)を遡る。
ギルドで受付と話した時? 違う。
谷から帰還する道中? セリアとフィーナのデバッグ(制御)で忙しかったが、パンツまで脱いだ記憶はない。
というか、そこまでいい思いはまだしていないからな。だとすると、いつだ?思い出せ、思い出せ俺。
……街の門を潜り、大通りを歩いていた時のことだ。
『きゃんっ!?』
『うおっ、ごめん! 大丈夫か?』
『い、いてて……。よそ見しててごめんにゃさい。……にゃっ? お兄さん、すごくいい匂いがするにゃ……くんくん……えへへ、冒険者? かっこいいにゃー。じゃねっ!』
俺たちにぶつかってきた、目深にフードを被った小柄な影。
猫耳のようなシルエットと、尻尾。そして、すばしっこい身のこなし。
(……あいつだ!!!)
俺は【バックエンド・アイ】で当時の接触時点のログを仮想空間に展開した。
ぶつかった瞬間から、離れるまでのわずかコンマ5秒。
その一瞬の間に、彼女の指先が異常な速度(まるでチートマクロのような超速コマンド入力)で俺のベルトをすり抜け、ズボンの中に侵入。金貨付きのパンツを物理演算のバグのような滑らかさで抜き取っていく映像が再生された。
しかも、よく見ると俺の体表から立ち上るマナの波長をうっとりした顔で吸い込みながらの犯行だ。
「……神業すぎるだろ、なんだあの泥棒猫……っ! ボクサーパンツだぞ!? どうやって脱がせたんだよ!」
「な、なに一人で納得してるのよタイチ!? 結局、お金はないの!?」
「いや、盗まれた! 街に入ってきた時、俺にぶつかってきた獣人のガキがいたろ? あいつがスリだ! 俺のマナの匂いに惹かれたのか、パンツごと金貨3枚を強奪していったんだ!」
「パンツごとスリ!? そんな器用なことできるわけ……」
疑いの目を向けていたフィーナだが、俺の切羽詰まった様子を見て、顔をしかめた。
「……本当みたいね。ちょっと、最悪じゃない。じゃあ、早く追いかけないと! 金貨3枚なんて、私たちの1ヶ月分の生活費よ!」
「そうです! タイチさんの……えっと、タイチさんのその、パ、パンツはどうでもいいですけど! お金は大事です!」
「俺のパンツも大事にしろよ! スースーして落ち着かないんだよ!」
こうして。
全財産(と下着)を失い、完全に後がない状態となった俺たちは、街の路地裏へと消えた『泥棒猫』を追跡することになった。
「待ちなさいよこの泥棒猫ぉぉぉっ!!」
街の貧民街(スラム)に近い複雑な路地裏。
フィーナが風魔法で加速しながら、必死の形相で叫ぶ。
その十数メートル先。
屋根から屋根へと身軽に飛び移りながら逃げる、猫耳と尻尾を持つ小柄な獣人の少女の後ろ姿があった。
茶色いふわふわのショートヘアが風に揺れ、小柄な体格の割に豊かな胸が上下に弾んでいる。
「にゃはははっ! どんくさいにゃ! お兄さんのパンツ、すっごくいい匂いがしていかしてるにゃー!」
少女は振り返りながら、あっかんべーと舌を出して挑発してくる。俺のパンツを片手に持ち、それをクンクンと嗅ぎながらうっとりしている。
「何がイカ臭いよこの変態猫! タイチのパンツ返しなさいよ!」
「……イカ臭いじゃなくて、いかしてるって言ってたんだよ」
獣人を見つめたままのフィーナの横顔が、みるみるうちにとんがった耳の先まで赤く染まっていく。
「『いかくさい』って、なんですかタイチさん?」
「どわああああ! い、いいから早くあの泥棒猫を追いかけなさいよ!」
パニックになりながら、フィーナがさらに加速する。
「にゃはっ!」
少女は屋根から路地へと飛び降り、逃走を続ける。
「タイチさん、あの子、あっちの廃墟の方に逃げ込みました!」
「よし、セリアは右側から回り込んで退路を塞げ! フィーナ、お前は魔法で足場を崩して牽制しろ!」
「わ、わかってるわよ! 命令しないで! 【小さき風の刃(ウィンド・カッター)】!」
フィーナが放った不可視の刃が、少女の走る先の瓦屋根を切り裂き、足場を崩す。
「にゃあっ!?」とバランスを崩す獣人の少女。
そこへ、回り込んだセリアが、いつもの呪いのビキニアーマーをカシャカシャと鳴らしながら立ちはだかった。
「そこまでです! タイチさんの、その……パ、パンツを返しなさい! そんな汚らわしいもの、さっさと手放しなさい!」
(ちゃんと洗濯してんだから、そんな汚い物扱いすんなよ……)
悲痛な俺の心の声をよそに、少女は目を丸くした。
「ひゃっ!? な、なんだいこの露出狂のお姉ちゃん! びっくりしたにゃ!」
「露出狂じゃありません! これはれっきとした実用的な冒険者の正式装備です!」
いつもフィーナから言われているように、初対面の相手からも的確に「露出狂」とツッコミを受け、顔を赤くして怒るセリア。
少女はセリアの横をすり抜けようとフェイントをかけるが、俺はすでに先回りして退路を塞いでいた。
「チェックメイトだ、チビっ子」
「にゃうっ!?」
前後を挟まれ、逃げ場を失った少女。
彼女は猫のように「シャーッ!」と威嚇のポーズをとったが、俺の姿を見るとパッと表情を輝かせた。
「あっ! いい匂いのお兄さん! 追いついてきたにゃ! ……くんくん、やっぱり近くで嗅ぐと最高に美味しそうな波長にゃ〜……たまらないにゃ……」
追い詰められているにもかかわらず、少女は怯えるどころか目をキラキラさせて俺の匂いを嗅いでいる。
だが、彼女が逃げ込んだこの場所。
裏路地のさらに奥深く、ボロボロの木材で組み上げられた門のようなものが見える。
そこは、迷路のような最貧民街(スラム)の入り口だった。
「……にゃははっ、今日はここまでにしておくけど、お兄さんのこと、気に入ったにゃ! この先は私の庭にゃ。私を捕まえたいなら、追ってくるといいにゃ。お兄さんなら特別に歓迎してあげるにゃ! にゃはっ!」
スラムに注意を奪われた一瞬の隙にすばやく門の上に駆けあがった少女は、上からこちらを見下ろし、俺にウインクをして見せた。
「ふざけんな! 俺の……あの金貨は俺たちの最後の命綱なんだぞ! そしてパンツも返せ! 地獄の果てまでも追いかけてやる!」
「だめですタイチさん! これ以上奥に進むのは危険すぎます!」
「そうよ! たかがパンツ一枚と小銭のために、なんで私たちがこんな泥まみれの貧民街に……!」
セリアとフィーナが両側から俺の腕を掴み、必死に止める。
「たかが……だと? お前ら……今日泊まる宿も夕飯代もないんだぞ!」
「あ……」
「うっ……」
俺の言葉に、二人は言葉に詰まり、気まずそうに目を泳がせた。
二人とも、魔物の討伐クエストに向かう時は頼りになるのに、金銭管理能力(と生活力)に関しては絶望的にポンコツなのだ。
「いいか? 財布を握っている俺がルールだ! あいつを捕まえなければ、俺たちは今夜からずっと野宿だ! お前らは風呂にも入れず、固い地面で寝るしかなくなるんだぞ!」
「そ、それは絶対に嫌ですぅっ!」
「わ、わかったわよ! 捕まえればいいんでしょ、捕まえれば!」
生活水準の低下という現実を突きつけられ、ようやく本気になった二人。
「にゃはっ! 待ってるにゃ、お兄さん!」
獣人の少女はスラムの奥へと嬉しそうに姿を消す。
「行くぞ!! パンツ奪還作戦(オペレーション)、開始だ!!」
全財産と下着を失い、完全に後がない俺たちは、俺の匂いにやたらと執着する愛らしい泥棒猫を追って、さらに深く複雑怪奇なスラムの奥へと足を踏み入れていくのだった。