かつて、「國」といへば「王朝」の事を指してゐた。
18世紀に、アメリカ合衆國、フランス共和國等と、「領域国民国家」が出来る迄は、厳密な領域ではなかつた。
領域国民国家は、法人即ち資本である。
日本と言はれれば、日本政府と首相が頭に浮かぶ。
そして国庫や、国全体では、845.97トンもの金を保有してゐる。
でも本当の主体は、126代続く天皇なんだよ。
さうでなかつたら、みんな金を信仰してる事になるんだよ。
國體・國柄とか象徴とか、本当は千七百〜二千餘年続く「天皇」なんだよ。
それが古典的な意味での、「国」そのものなんだよ。
それに「都市」に住む「民草」がゐるんだよ。
青人草は、大御寶(おほみたから)なんだよ。
因みにIMFは2451.84トン。
なんでそんなに要るん?
100グラムくれ。
8グラムでも良い。24Kじやなくて、21.6Kでも良いから。
さう思つた後、私は部屋の壱圓玉を八枚拾ひ集めた。そしてそれを握り締めて、その手を自分の胸に当てた。
一圓玉を作るのに、一円以上かかるらし。
アルミニウムは精製に多くの電氣を必要とする。故に「電気の貯金箱」と呼ばれる。
電気代が高騰したら、尚更一円玉の値段も上がるだらう。政府と造幣局は、これ以上貨幣を作りたくないのかも知れない。だからキャッシュレスとか抜かしてるんだらう。キャッシュレス決済は、電気がないと動かないのに。政府はここでも、個人に「自己責任」を押し付けて来る。勿論直ちに一円玉他、貨幣を廃止するわけでは無いが。
キャッシュレス決済を三割とする目標を立てたところで、国民の財布の紐が緩んで、一円玉の流通量自体は高齢者等でそんなに變はらないかも知らない。でも、経済が回るならそれで良し。
然し金持ちがもつと儲けて、貧者はますます貧しくなるだけの資本主義、即ちキャピタルゲーム。生まれに左右されるクソゲーだ。
鼻持ちならない金持ちは、現代の七つの大罪にもなつてゐる。
[chapter:かつて一円は、一両であつた]
一円はかつて「一両」であつた。
幕末のそれは、今の二万円の価値があつた。
故に0.01円(今の200円)を「錢」、0.001円(今の20円)を「厘」とした。
今はデノミによつて、1円は最低価値となつた。
「1円の価値も無い」とか、「1円を笑ふものは1円に泣く」とか。後者は貯金の標語らし。
これらは「1錢の価値も無い」、後者も元々「1錢を笑ふものは」だつた。それを錢が廃止されてしまつて、意味が通りやすくなる樣に「円」に置き換へられてしまつたのだつた。
錢は為替相場(ドル)とかでしか聞かず、厘に至つては最早どこに行つても聞く事は無いのである。
[chapter:金貨、銀貨、ときどき銅貨]
イスラム文明はディナール金貨(4g金、90%なら4.25gとか)あとはディルハム銀貨。
90%てふ純度は、世界で金本位制が導入された頃の標準。それより前は、古来から24分率が主流だつたらし。
金本位制か銀本位制か、の問題は日本で顕著であつた。
銀本位制だつた日本は、金を安売りして海外に大量流出してしまつたとか何とか。
また、シナでも銅錢の爲の銅が不足したとか。
兩、分、朱、匁、銅錢の文とか。([[jumpuri:参考 > https://manabow.com/zatsugaku/column15/]])
「千両役者」から「二足三文」、「一文錢」や「一貫文」等はよく聞きますね。
「一分金」は四分の一両であり、4朱だとか。
江戸時代の相場は、金1兩=銀60匁=錢4000文なんだつて。
米1石は錢1貫文? よく分かんないや。