[[rb:太陽 > グレゴリオ]]暦十月も三日目になつて、やうやく秋が来た様だ。
夜の内から寒く、又、昼の今も窓を開けると寒し。
引きこもつてゐると自然、話題が暑いとか寒いとかだけになる。
藤原敏之の歌「秋[[rb:來 > き]]ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かされぬる」は、立秋の頃らし。
例年8月8日前後の事である。
二か月近く前から秋に気付いてゐたとは、敏之やるな。
風といへば台風で、台風を表す語は「野分(のわき
)」である。
そして「野分」は[[rb:仲秋 > なかのあき]](9/8〜10/8頃)の季語らし。
今もギリギリ仲秋だ。
さういへば最近、中秋の名月もあつた様な。
シナでは中秋節といひ、月餅を家族で切り分けて食べるお祭りだといふ。
日本だと、団子とススキの「芋名月」で、いまいち流行らないか。
然し喉元過ぎれば暑さを忘れ、台風も過ぎ去れば忘れる。
「四季」の語源はシナらしい。
成程、太陰太陽暦(いはゆる陰暦)は一月から三月を機械的に春と呼び、四月から六月が夏、七月から九月が秋、十月から十二月が冬と呼ばれる。
暦の起源がシナにあるなら、四季も或いはシナ産れの概念なのかも知れない。
然し日本には、新春、春、春雨、梅雨、夏、台風、秋、秋雨、冬といふ複雑な気候をしてゐる。
八十八夜、二百十日、二百二十日なども、複雑な気候に対応するための、起算だらう。
褒める文脈ではシナと言ひたし。
ディスる時だけ中国で良い。
差別語であるとして狩られ勝ちな「シナ」の語であるが、地域名としては寧ろ正しい用語である。
1912年以前のアジア大陸の東部地域に就いて、「中国」の呼称を使ふ事こそ間違ひだ。まして、シナ文明が誕生する秦以前の殷とか周とか、或いはそれ以前の黄河文明や揚子江文明を「中国文明」などといふのでは、目も当てられない。
満洲族が支配階級となつた「大清国(ダイチン・グルン)」を中国と呼ぶのも語弊があらう。略すなら「清」である。
ヒンドゥスターンと言はなくてもインドで伝はる様に、漢土や唐土(もろこし)といはなくても分かるのが秦那や震旦、つまりシナなのである。
「支那」は何故か差別語といふ事になつた。「蒙古」を言ひ換へるのは分かるが、我が国では他国を呼ぶ時に敢へて悪い漢字を使ふ文化は無い。
北支、中支、南支の語が使へず、北部シナ、中部シナ、南部シナになる。
シナで米国を美国と呼ぶのも、同じ読みの漢字から最も良い意味の漢字を選んだかららし。