クルド問題

  トルコのエルドアン大統領はカリフらしい?

  またはカリフ制再興運動の中心である。

  それゆえ中田考先生は、トルコを「ネオ・オスマン帝国」視してゐる。

  また、タリバン政権のアフガニスタン首長国を「ネオ・ムガール帝国」と目してゐる。

  これは、「文明論的」視座と、国家戦略、政策としての「地政学」を合せもつた視点なのかも知れない。

  トルコのエルドアン氏は、世界のムスリムにカリフ候補としてアピールしながらも、トルコ民族主義者やクルド勢力などの脅威も抱へてゐる。

  そこには、2013年のエジプトのクーデターの話が繋がつて来る。

  ムスリム同胞団が政権を握り、ムルシー大統領が就任した。

  しかし、エジプト軍部が一年でひつくり返してしまつた。

  かうなつてしまふと、選挙なんて本当に意味がない。

  投票した人々は、戦車、爆弾、戦闘機や自動小銃を持つた軍人相手に抗議できるだらうか?

  「シビリアン・コントロール」とは。

  日本のクーデターといへば、2.26、5.15、本能寺の変、大化の改新、そして明治維新とかだらうか。

  1975年の三島事件には、自衛隊内で呼応する者は現れなかつた。

  2021年には、ミャンマーでも軍部によるクーデターがあつた。

  現場で日課と思しきエアロビをしてゐる女性の動画が話題になつた。

  トルコはもう一つ、PKKの問題がある。

  彼らはクルアーンを焼くパフォーマンスを行ひ、世界19億人のムスリムに向かつて挑発してゐる。

  彼らは、一応「クルド」を名乗つてゐるやうである。

  クルド民族は、オスマン帝国時代には既に存在した、山岳遊牧民であるらしい。

  そして、欧米列強が勝手に引いた国境線によつて分断され、迷惑を蒙つてゐる。

  1922年に成立したトルコ共和国は、トルコを単一民族・単一言語の国家であると主張した。

  クルド語の使用を禁止したりもした。

  そんな「世俗主義」国家であるトルコを、欧米は「中東の優等生」などとほめそやし、「EU加盟」を餌に交渉して来たのである。

  EU加盟国の地図を見てみると、トルコを出発地として、ドイツ、フランスを通りイベリア半島までつづく「EUベルト」とでもいふべき空間が広がつてゐる。

  トルコはヨーロッパの玄関口であり、関所であり、また「出口」や「外側」ともされてゐるやうだ。

  さて、20世紀の「トルコ人は単一民族」なるイデオローグを嘘であるとの報告をしたのは、フィールドワークを行つたあの「F爺」であるらしい。

  「どのF爺?」といふ人に、説明しよう。

  ひろゆきが、フランスのサッカー選手が日本人に侮蔑的な発言をした問題で、やり合つた人物である。

  

  この時は、「ピュータン(putain、pytɛ̃)」といふ語の理解が問題となつた。

  一昨年八月の事である。

  フランスに長年住んでゐるから、「F爺」と名乗つてゐるらしい。

  PKKがクルドを名乗つて、クルアーンを燃やす。

  これは、イスラエル問題における、「ハマス」と似た構図だ。

  イスラエルは苛烈にパレスチナに「ジェノサイド」を行つてゐるので、問題の度合いは全く異なるが。

  PKKは北欧が「表現の自由」か何か知らないが、支援してゐるのが問題なのだ。

  流石、絵にスープをかけたり、牛乳を捨てたりするヴァンダルの国だ。

  トルコはPKKの犯罪者を匿う事を辞めて、引き渡すやうに求めてゐるらしい。

  北欧は、政治犯とか、悪魔の詩の作者くらゐに思つてゐるのか、それとも、反イスラーム思想なのか。

  一次情報を確かめてゐないので、かなりあやふやだ。

  この記事は、間違ひだらけかもしれない。

  予めご了承いただきたい。

  この手の問題は世界各国枚挙にいとまがなく、中国のウイグル族、チベット族や、ミャンマーのロヒンギャなど。

  日本だと、琉球やアイヌ人と関係があるだらうか。

  琉球の方は、政治的な独立や、歴史的な取り扱ひになるだろう。

  何より、何んなに違つて聞こえても、又、中国語の語彙を取り入れてゐやうとも、琉球語は「日琉語族」に括られる「姉妹言語」であるからだ。

  ここに伝統的な日本語としての上方語と、その直系の関西語(関西弁)、

  江戸語と、その直系の東京方言(東京弁、標準語)といふ視点を加へたら、全体像が見えて来るだらうか。

  否、私は言語学に疎いし、何なら「縄文語」なる宗教まで呼び覚ましさうである。

  あかん、「神代文字」

  一方、アイヌ語は違ふ。

  北海道では、1,3000人が「アイヌ人」とされてゐる。

  彼らの伝統的な生活文化は、もはや博物館や漫画『ゴールデンカムイ』でしか知る事は出来ない。

  さういふ意味では、米大陸の先住民や、大洋州の「アボリジニー」「マオリ」と似てゐるだらうか。

  アングロサクソンは、彼らとあまり混血しなかつた。だからほぼ「純血」で今も残つてゐるのかもしれない。

  ラテン系も一応、「メスティーソ(混血)」といふ歴史的な言語が残つてゐる。

  これは差別なのだが、純血の先住民族たちは今も、彼の地で民族衣装を身に付け、火の着いた棒を振り回してゐる事だと思ふ。

  根底には、アボリジニやインディアン/ネイティブアメリカンが、出アフリカ以来の「グレートジャーニー」で新大陸に渡つて来た「人種」であるといふ考へがあるかも知れない。

  彼らはかなり昔に旧大陸から渡つて来てをり、実はみな「モンゴロイド」に括られるのだ。

  オーストラリアの港を借り上げる中国の所業や、アメリカで増えてゐる中国・韓国系の住民は、「モンゴロイドの逆襲」とも呼べなくもない。或いは「第二次モンゴロイド」とか。

  まあ、シルクロードを元にした、一体一路を掲げる中国共産党とは相容れない考へ方かもしれないが。

  時代が違ひ過ぎるのだ。

  日本で「縄文人」と「弥生人」と言はれる、大陸系の渡来人の存在だつて、アボリジニやネイティブアメリカンに比べたらずつとずつと後なのだ。

  アイヌは早ければ平安時代から、日本人と接して来た。

  日本人は海外に行けば、「郷に入っては郷に従え」とばかりに、早くもそのアイデンティティを失ふ傾向がある。神仏の信仰に篤くないからだらうか。

  アイヌをアイヌたらしめる者は何か。「私は先祖代々アイヌだ」といふ歴史認識か、血筋か、信仰や宗教か、それとも言語か。

  それを決めるのは我々和人ではない。

  アイヌの人々との対話、彼らの自己認識をインタビューすることでしか、知る事は出来ないのだから。