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ひんやりとした、何とも不思議な感触がする透明な手を握手の要領で握り、反対の手で契約書の端にある円に触れる。
背筋が伸びるような空気の中、すっと小さく息を吸い込んだ青年が静かに言葉を発した。
事前に言われた通り、青年の言葉をなぞるようにして後に続く。
《契約者「夏の高き青」は》
「契約者「異界の魔女」は」
《精霊契約の[[rb:理 > ことわり]]に従い、今契約を》
「精霊契約の理に従い、今契約を」
《双方同意の下、破棄とする》
「双方同意の下、破棄とする」
思っていたより短い宣誓が終わった瞬間。
キンっと耳の奥で甲高い耳鳴りがしたものの、それ以外にこれといった変化は無い。
しん、と静まり返った室内に、窓を隔てた外からの音が何だか奇妙に響く。
『?・・何か変わった?・・あ』
訝しみ、首を傾げそうになったところで契約書に異変が起こり始める。
契約時に青年が記入した文字がじわじわと溶け崩れるようにして滲み出し・・
数回瞬きする間に、縁を囲む模様を残し全て消えてしまった。
「・・あれ?もしかして、これで終わり?」
「あぁ、胸の契約紋を確認してみよう」
「うん・・消えてるね」
握っていた水の手を放し、シャツの首元を引っ張って中を覗き込んだが、胸元の肌は普通の状態に戻っていた。
赤銅色の模様は跡形もない。
ほんの数週間とはいえ、入れ墨みたいに刻まれていた模様・・
ちょっと寂しいと思うのは変だろうか?
「私のも消えている・・精霊契約は問題なく破棄されたな」
青年も確認を済ませたようで、顔を上げるとシャツのボタンを留めるところだった。
ちらっと見えた鎖骨が綺麗で眩しく、何となく『ごちそうさまデス』と心の内で拝む。
「では新たな契約内容を書面にしよう」
「あ。了解でーす」
2人で決め事を話し合い、変更すべきだと判断した箇所を変えたり追加したりして以下の内容に纏めた。
〖一、「夏の高き青」は「異界の魔女」から異世界の知識を得る度に一律で金貨を10枚支払う。
一、異世界の知識により収益が発生した場合、収益の二割を「異界の魔女」は受け取る権利がある。
一、異世界の品物の購入権は「夏の高き青」とその委任を受けた者のみにある。
一、見知った異世界の知識を悪意を持って使用する事を禁止とする。
一、異世界の知識を端に発した責は「夏の高き青」が負い「夏の高き青」の全てを持って果たすものとする。〗
とまぁ、概ねこのような感じに。
お互い譲れない所があったりして少々不穏な空気が漂ったりもしたが、今後は必要に応じて話し合い、都度追加変更していく事となった。
よーしよしよし。これで私の所為で青年が怪我するような事は・・
「アヤ。やはりこの「知識の悪意」については精霊契約で縛った方が・・」
「まだ言うかっ!」
思わず手元にあったクリアファイルの縁を青年目掛けて振り下ろす。
が、スッと頭の位置をずらされ直撃を避けられた。
地味に痛い筈の攻撃は敢え無く空振り、青年の肩に当たって止まる。
ぬぬぅ!流石リアルに剣を振り回す人は動きが良いな!
「言ったでしょ!私が原因でアド君が怪我するのは嫌なのっ!精霊契約は認めませんっ!」
「そうは言うがな・・書類だけでは抑止力に問題が・・それに、私が誓うだけならアヤに起因する事は無い筈だ」
困ったような青年の言葉に『確かに』と心の何処かで納得してしまう。
だが、それでも、だ。
契約して、何かあれば青年は痛い思いをするのだろう・・
そんな可能性は、出来るだけ排除したい。
そう、切実に思う。
「ちょっとした怪我でも、減らせるなら減らしたいんだよ・・心配なの!友達だからね」
「・・そこまで思われているとは・・少々面映ゆいな・・」
何故か照れた感じで頬を掻く青年へ、ジトリ目を眇めて睨み付けながら「笑い事じゃないんですけど」というと、軽い調子で謝られた。
「そうだな、すまない。では、一つ提案だ。提供してもらってばかりで申し訳ないが、また菓子を対価に精霊を呼び出し、契約紋の反応について交渉してみるのはどうだろうか?」
「うん?・・あ、なるほど!それは良いね!」
そんなワケで、今の先だけどお菓子を用意して精霊さんを再度お呼び出し。
現れた精霊さんと交渉の結果、契約紋の反応は色が変化するだけになった。
精霊さんの説明によると、違反したら互いの契約紋が赤銅色から緑青色へ変わるそうな。
それと、お互い命の危険度に応じて黒くなっていく特典というか、オマケがデフォルトでついて来る。と。
なるなる。これがアド君が言ってた「私が刺された時直ぐ気が付けた」理由か。
確かに、これは便利だわ。
世界を隔てて遠く離れても、契約紋を見ればお互い無事かどうかの確認だけは出来る・・
ただ、何かあった時に鏡の近くに居なければ、手をこまねくだけで辛い思いをすることになるのだろうが・・
ま、どの道契約紋が無かったとしても、無事でいるのかどうかヤキモキするに決まっているので、生存把握が出来るだけマシだ。
精霊契約の内容は「見知った異世界の知識を悪意を持って使用する事の禁止」の所だけ。
青年が言っていた通り、一番気がかりだった所を精霊契約でカバーした形だ。
痛みが伴わないならまるっと精霊契約にしても良かったけど、精霊さん曰く。
契約内容が単純な程、効力?が強まる・・らしい。
なんか細かく青年に説明してるのを横で聞いたけど、難解なあまりほぼ右から左でした。
兎に角、一度の契約でいろいろ盛り込むより、お得?都合?が良いらしいので、青年の判断に従った形です。
・・ま、多分問題ない・・筈。
考え過ぎるのも良くないって言うしね。
状況が変わったり、何かあった時にはまた契約の更新といきましょう!
その後、前回と同じように契約書の写しを受け取り、別に書面で交わした契約内容を日本語で書き出して青年のサインを貰った。
私も青年が書いたあちらの言葉の書類に署名して、今回の契約更新は無事完了。
難しい話が終わって、何だかドッと疲れた。
普段使わない部分の脳みそを使ったからかねぇ?・・
「何か甘いの飲みたいな・・アド君もコーヒーか何か飲む?」
強張る肩を回し、立ち上がりながら尋ねると「アヤと同じ物で」とあちらも眉間を揉みながら答える。
「んじゃ、温かくて甘いの淹れましょうかね~・・カップもらえる?」
「あぁ。頼む」
差し出されたティーカップをソーサーごと受け取って、自分のカップも一緒に持ちキッチンスペースへ。
電気ケトルで水が沸騰するまでの間にカップを洗って、軽くキッチンペーパーで拭いて置く。
自動でケトルのスイッチが切れたら、カップにスティックタイプのミルクティーを開けてお湯を注いだ。
ん~。あんまい香り~。
疲れてる時に飲むと美味しいやつ~
粉が解けきるまでスプーンでかき混ぜ、少し牛乳を足して冷ます。
最後にもうひと混ぜしてからソーサーに乗せ、鏡台まで戻った。
「はいどうぞ。熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
カップを渡し、礼を言った青年に「どういたしまして~」と間延びした声で返し、自分のカップをコースターに置いて椅子に腰を下ろす。
カップを傾け温かい液体が口内に満ちると、ガツンとした甘味が疲労の蓄積した脳にじんわりと沁みた・・
幸せを感じながらコクリと嚥下すれば、熱が喉を通りまっすぐに体内に落ちて胸の下辺りがぽっと温かくなる。
「あ゛~おいしぃ~・・」
「うむ・・甘くて美味い・・これは?」
「「ロイヤルミルクティー」って飲み物。「レトルト」・・え~と。味付けされた粉?で、お湯を注ぐだけで飲めるようになってんの」
「それはまた・・凄く便利な代物だな」
何か言いかけ、しかしそれを飲み込み簡単な感想を伝える青年に深く「だよね~」と頷き返した。
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