Ad
ただただ神妙に、荒れ狂う嵐が過ぎ去るのを待つ。
ここで大事なのは気配を消しつつも、しっかりと話を聞いている体を保つ事だ。
『自分とは無関係』などと素知らぬ態度でも見せようものなら、確実に飛び火する。
「いい~?まず、いち人種として「基本」を疎かにする者は、町人だろうと冒険者だろうと、良識ある者からは好かれないわ~」
「あの、おらは鬼じ―・・何でもねぇだ・・」
そしてこのように、怒れる女性の前で余計な事を言うと、火に精霊が飛び込み躍るが如くより苛烈に燃え盛るのだ。
種族違いを指摘しようとした鬼人は、三つ編みにキロリと合わされた視線だけで言葉を噤む。
「さっき聞いたあなたたちの誘い方じゃ逆効果だわ~。もしくは変な人に絡まれるわよ~?意中の相手に好意を持ってもらうには、普通の事を普通にする~。結局、これが一番だと思うわ~」
「「普通」・・た、例えば?」
「大勢の者が「あたり前」と思う事、何でもよ~」
何かを受け取ったら、同じように返す。
自分に余裕がある時は周りを助ける。
己より弱い者を虐げない。
借りたら返す・・・等々。
他者と過ごす社会生活の中で、円滑な関係を構築するのに必要な事柄を三つ編みは語った。
「まぁ、立場で変わる事もあるでしょうけど~。「当たり前」から外れたら、同じように外れた者しか寄ってこないわ~。そうなると幸せなお付き合いなんて夢のまた夢よ~」
「それなら、女の人に好いてもらうには・・」
「また「外れ」を引きたくないなら「当たり前」を大事にすることね~。女性は男性の見た目だけに惹かれる訳じゃないのよ~?常日頃の行動を見て[[rb:為人 > ひととなり]]を確かめてるんだから~」
「な、成程・・」
三つ編みの話に熱心に耳を傾け、頷く黒髪と鬼人。
2人に同調して、私も心の内で首肯する。
「もし意中の相手が出来たら~、無理に自分を良く見せようとするより相手の好ましい点なんかを少しずつ言葉にして伝えるのが良いと思うわ~。基本的に褒められて嫌な人は居ないでしょうし~」
「少しずつ、だべか?」
「そう~。少しずつよ~?出会って直ぐだと軽いヤツだと見られてしまうし、警戒されるだけよ~。あと、褒めるのも見た目だけじゃなくて~、内面や行動も褒めるの~」
場の全員が「成程」と頷いたのを見て、三つ編みは頬に手を当て苦笑と共に続けた。
「色々と偉そうに言ったけど~・・自分を律して常に「良い人」で居るのは疲れるし~、とても難しい事よね~。わたしも実際ちゃんとしているとは、とてもじゃないけど言えないし~・・」
どうやら語っている内に、怒りはやや下火になってきたらしい。
一度言葉を区切り「本当はね~」と、どこか申し訳なさそうに言う。
「他者との交流に正しいやり方なんて無くて~・・その時々で「良かれ」と思う行動をしてくしかないのよね~・・」
ふぅ、と息を吐く三つ編みに心の内で『確かに』と、大きく頷く。
他者を完全に理解することなど出来ない。
自分を完璧に理解出来る者もまた存在しない・・どころか、人は己の事すら十全に知り得る事は無いだろう。
そう考えてしまうと、人というのは何処までも孤独だと感じる。
もしかしたら他者との交流によって孤独が癒されるから、皆、大なり小なり悩み苦労しながら他者と交わり生きていくのかもしれない・・
「つい熱くなって話しすぎちゃったわ~・・これだから「口煩い女だ」とかって嫌厭されるのよね~・・」
「いや、今のおらたちにとって必要な話だったべ!のぅリック?」
「うん、だな。色々と考えるべき事が見えてきた・・そんな感じがするぜ!」
「あら~。それなら良かったわ~。2人とも長いこと座らせてしまってごめんなさいね~?立てるかしら~?」
「おらは地べたに座るの慣れとるでな、平気だべ」
「・・ちょっと痺れてるけど、大丈夫だ」
そう答えて立ち上がった2人は汚れた服を叩く。
しかし鬼人はともかく、濡れた黒髪は中々汚れが落ちない。
余計かと思ったが、ずぶ濡れにした負い目もあって[[rb:魔法鞄 > マジックバック]]から洗浄の魔道具を取り出した。
「全員汚れているからこれを使おう。洗浄の魔道具だ」
「あら~?良いの~?」
「あぁ、自分のついでだ」
「魔道具だべか?」
「それ、かなり高い・・お、すげっ。きれいになった!」
断られる前にと、魔道具に魔力を通してささっと皆の洗浄を済ませ魔法鞄に仕舞う。
続けて、証拠として積み上げた獲物も収納した。
そんなこちらの動きを目で追っていた黒髪が、改まった口調で話し掛けてくる。
「アド、だったよな。「もう詫びは不要」って話だったが・・もう少し出来る事はねぇかと思ってよ。何か手ぇ貸せる事があったら、いつでも声を掛けてくれ」
「既に謝罪は受け入れたから・・いや、そうだな。その時は伝えよう」
真剣な眼差しに引く気が無いのだと感じ取って、言葉途中で黒髪の意思を受け入れた。
すると、ほっと僅かに肩を下げ、「あぁ。待ってるぜ!」と元気よく答えた黒髪。
ニッ!と笑った後、続けて三つ編みにも話しかける。
「あの、お姉さん・・も。俺、やれる事は何でもするんで・・呼んでくれたらいつでも駆け付ける、です」
「ん~・・それじゃあ~、さっき言った事を出来るところからで良いから、実際にやってみてね~?そのあなたの様子を見てから~手を借りるかどうか決めたいと思うの~」
「どうかしら~」と小首を傾げた三つ編みに、黒髪は目を輝かせて答えた。
「―っ!はいっ!俺、頑張りますっ!」
「良い返事ね~。もうあんな謝り方しないのよ~?周りからの評価は~、その行動次第で上がりもすれば下がりもするの~。お互い「良い人」で色んな人に好かれるように~、努力して行きましょうね~?」
「はいっ!俺、お姉さんに好かれるように努力しますっ!」
突然の宣言に、黒髪以外の全員が頭の中で疑問符を思い浮かべたのだろう。
一瞬の間の後に、三つ編みが最初に動き出した。
「あぁ、そうね~。まずは近場の人からの評価を上げて行くのが~・・」
「お姉さん、すげぇ強いんですねっ!俺、強い人、好きです!」
「あ、あ~・・。ありがとう~?」
「へへっ!また明日も好きなところを伝えたいんで、話しかけてもいーですかっ?!」
「へ?え・・。あ、はい~。いいわよ~?」
戸惑いつつ了承の返事をした三つ編みに、ぱーっ!と眩しいほどの笑顔を向けた黒髪は心底嬉しそうに「はいっ!!」と答える。
「リック、お[[rb:前 > めぇ]]・・やるのぅ!これはおらもうだうだしてはおれんべ!!」
仲間の行動に感化されたらしき鬼人が、「やったるどーっ!」と両腕を頭上に掲げた。
その時。
ピリリとした不快な魔力が感知に触れ、ほぼ同時に半精霊の「B」も反応して警戒態勢に入る。
その動きを視界の端に捕らえながら、すぐに魔力感知の範囲を広げ状況把握に努めた。
「これは・・」
5、20、45・・
続々と増えていく気配に焦りが生まれる。
「「B」っ!離れている2人に援護を回せるか?!」
振り向き見上げれば、頷いた「B」がこちらに手を差し出していた。
その意味を正しく承諾と理解して、魔法鞄から適当に掴み出した魔石を握らせる。
「アドさん~?」
「どうしたべ?」
「何かあったのか?」
3人から問われている間に、「B」は受け取った魔石を空中に放り、釣られて姿を見せた小さな半精霊たちにその魔石を対価として与え、褐色肌と[[rb:戦棍 > メイス]]使いの元へと向かわせた。
「緊急事態だ!かなりの数の魔物がこちらに向かって来ている!」
突然の状況にも関わらず、3人は直ぐに思考を切り替えたようだ。
引き締まった表情を見て『流石は3等級の冒険者』と頼もしさを覚える。
「離れている2人には援護を送った!私たちも直ぐに移動するべきだ!」
理にかなっていると判断しての発言だったが、三つ編みに「それは駄目」と即却下された。
「2人が戻った時にわたしたちが居なければ探しに動く可能性があるわ~。それに、「見捨てられた」なんて思われるような事はしたくないわね~」
「そうだぜ!俺たちは仲間を置いて行ったりしねぇ!」
「だべな。2人が合流したらそのまま動けるように支度だけして待つべ!」
全員から反対されてしまった以上、自分だけで動く事は・・
出来なくはないが、したくない。
「解った。2人の位置は把握出来ている。近くなれば知らせよう」
「ありがとう~。よろしくね~」
三つ編みの感謝に軽く手を上げて答え、魔力感知に集中した。
魔物に囲まれつつある2人の気配は、まだ僅かに遠い。
Ad