混沌探索編 第十六話 学士リリルカ

  007-016

  王都ディグランに外からの耳長が現れたという報告は、滅びの時を待つだけだった者達に大きな希望をもたらした。

  希望を込めて若い世代を送り出してから二百年以上、既に住み慣れた土地すら奪われて衰退という言葉から逃げられなかった者達は狂喜乱舞した。

  ディーティエ 「西部へ逃げた生き残りが漸く合流しただけではありませんか、もしくは魔族化した者かも?」

  ディセルト 「可能性は無くは無いですが肌が黒いという話も聞きました、それってリグゥなのでは・・・」

  ディーティエ 「東方脱出した同胞にリグゥはいませんでしたし、そもそもリグゥはここ数百年は産まれなかったと聞いてます、やはり確かめる必要が有りますね」

  ディーティル 「ならティルが会ってみますね、何でも人間の伴侶が居るそうです」

  ディーティエ 「東方大陸で生まれた新しい耳長の可能性が高いですね、途絶えてしまった東方の同胞の情報を得る為にも是非とも話を聞かないと」

  ディーティル 「なら、ここにお招きしましょう、数百年振りに会う同胞ですから、大いに歓迎しないと」

  現在、ディーラル王国の耳長はこの三人の女性しかいない、徒歩で南部砂漠地帯を越える事は不可能なので、必然的に飛行可能のクフィカールを扱えた者だけが落ち延びる事が出来たのだ。

  だが、彼女達のクフィカールは地の王との戦闘で飛行能力を喪失しており、稼働出来るのも一機しか残っていない。

  朝が来て直ぐに橋で検問を受けたダイン達はここでも賓客として扱われる事になる、直ぐに王都に迎えられて最上級の宿に案内されると、緊張した国の役人との面談が行われる。

  役人 「南の砂漠を越えてディーラルに来たのですか、空飛ぶ巨人でなければ天人様でも不可能という話でしたが・・・」

  ダイン 「やはり、クフィカールを駆る耳長の方がいるんですね、私も東方の耳長の方とは仲良くさせて貰ってます」

  予測に一歩近付いたダインの目は輝いている、飛行するクフィカールを使ったという事は処女である証拠でもあるのだ、そしてその事は遊魔資格を満たしているという事でもある。

  レ・ミュウ 「ミュウは訳ありの耳長ですけど、この国に居る同胞には興味有ります」

  役人 「それは天人様達も同じでしょう、自分達は滅ぶと仰ってますから、今日ここで天人様達に希望がもたらされた事を私も感謝しております」

  ダイン 「私は耳長じゃ有りませんけどね、ですが希望にはなれると思いますよ」

  その後、役人はダイン達から色々と状況を尋ねて文書に纏めて行く、王都ディグランに居る耳長達は城門内側の森に作られた屋敷で過ごしている様で、場所が場所だけに出る事も入れる事も多くの許可が必要な様だ。

  役人 「面談の内容は直ぐにお伝えして指示を仰ぎます、この国で天人様達の言葉は絶対ですから、楽にしてお待ち下さい」

  報告をまとめた役人は急ぎ部屋を出ると、入れ替わりに食事を持った給仕達が訪れる、どれもメファティの村で出た食事よりも高級感が漂い、この宿の品格の高さが容易に想像出来る。

  給仕 「自慢の品々をお持ちしました、今出来うる限りの物を用意致しましたが夕食はより贅を尽くしたいと思います」

  ダイン 「気を使わずとも結構ですよ、私達は旅をしていたので素食には慣れてますし、でも食べるなら美味しい物が良いですね」

  レ・ミュウ 「ミュウは主の作る料理で大満足ですけど、メティのも美味しいです」

  ダイン 「私達はこんな感じですから畏まらないで下さい、豪華にもてなされると返って味わえません」

  給仕 「お好みから外れても、天人様への敬意は捨てられません、国を救ってくれた恩に報いないと行けませんから」

  レ・ミュウ 「ミュウ全然関係無いですけど・・・でも耳長の同胞には会ってみたいですけど」

  給仕 「その望みは直ぐに叶えられると思います、三天人様達はこの国の生活に退屈していると聞きましたから」

  ダイン 「楽しみの無い日々は苦痛ですからね、私達は刺激を求めて旅をしていますから、もっとも南方は危険過ぎましたけど」

  給仕 「大変な御苦労をなさったのですね、明日には森からの迎えが来ると思います、お連れの皆様は解りませんが・・・何せ森に入れる人間は限られてますので」

  レ・ミュウ 「主が行かなければミュウも行きません、その事もちゃんと伝えましたけど・・・」

  給仕 「三天人様のお考えは私などでは代弁出来ませんから、ですが私個人の願いとしては賢人様の作る味を食べてみたいです」

  ダイン 「なるほど欲するなら与えよという事ですね、ですが私の作る料理など大した事有りませんよ」

  レ・ミュウ 「それ、主の悪い癖です、主は何時も自己評価が低すぎます」

  メファティ 「メティもそう思います、ダイン様は凄いお方なんですからもっと堂々として下さい」

  ダイン 「まぁ話は置いておいて食事にしましょう、せっかくの料理が冷めるのは勿体無いですからね」

  旗色の悪くなったダインは食事をダシに逃げようと画策する、ダインは褒められる事を素直に受け止められない性格なのだ。

  結果、食事を美味しくという遊魔の思考が働いて昼食が始まる、王都でも格式の高い宿の料理は確かに美味しく、この様な料理を出されてしまうと自分などが料理を振る舞ってもいいのか不安になってしまう。

  食事も終わり給仕達が退出した部屋では、ダインと向かい合う様にレ・ミュウとメファティが並び話し合いが始まっていた、王都に来たものの耳長達に会う以外の目的は無く、何をしようか思案していたのだ。

  ダイン 「そう言えば、メティが王都にお薦めの人材が居ると言ってましたよね」

  メファティ 「はい、メティの村に以前滞在していた人で、ディーラルの歴史を調べている人です、ダイン様はそういうの好きですよね?」

  ダイン 「確かにそうですね、私達も砂漠で色々な痕跡を見つけましたから、特に大岩がどうやって割られたのか気になりますね」

  レ・ミュウ 「アレは魔龍でも無理ですよ、大規模魔術だと思いますけど」

  ダイン 「まだ情報が足りてませんよね、メティのお陰で目処は付きましたがもどかしいですね」

  メファティ 「ならメティがルルリカに会って来ましょうか、ルルリカなら多分来てくれますよ」

  ダイン 「有りですね、ここに滞在する様に念押しされたのは私とミュウだけですから、メティが街に出る事までは咎められないでしょう」

  メファティ 「なら直ぐに行って来ます、リリルカの学舎はここから近い所に有りますので、居れば直ぐ連れて戻って来れるはずです」

  ダイン 「では、お願いしましょうか、私はそれまで見て来た物を絵にしてみましょう」

  レ・ミュウ 「それじゃミュウが退屈じゃ無いですか?」

  ダイン 「ミュウも何か描いて下さい、道具と紙は有りますから、北部人類圏の紙は質が良くて描きやすいですよ」

  そうして、メファティは部屋から出て行くと、ダインは坑道で見つけたマギマイナーを描いていく、ダインの思惑は絵を見せる事で自分の興味の有る話を遊魔じゃない人間に円滑に伝える為だ。

  道具を渡されたミュウは何を描くべきか少し思案した後、自身とは違う魔龍達を描き始める、基礎能力として七実の描画スキルを持つ遊魔にとって自らのイメージを紙に表現する事は容易く、迫力の有る魔龍がみるみる書き上げられて行く。

  ダイン 「この魔龍、絵でも力を感じますね、どういった存在なんですか?」

  レ・ミュウ 「コイツはミュウを散々追い回してくれた魔龍です、他と違って行動範囲が広いので、ここでも見た者がいるかと思いまして」

  ダイン 「東方耳長の話では魔龍はリッポト湖周辺に棲息していると聞きましたが、ミュウみたいな例外もいるんですね」

  レ・ミュウ 「魔獣を食べた事で魔龍にも変化が起きているんですよ、一番大きな変化は縄張りです、強い魔龍が湖周辺から弱い魔龍を追い出す様になったんです」

  ダイン 「それで東方耳長が危惧する状態が生じたわけですか、ですが変化に個体差はあるんですよね?」

  レ・ミュウ 「そうですね、ミュウは魔龍領域の縛りが無くなった感じですけど、身体が大きくなった娘もいましたね」

  ダイン 「固有の変化が起こったわけですか?」

  レ・ミュウ 「ミュウは直ぐに他の土地に移ったので、詳しい変化は解りません、ただ逃げた魔龍も沢山いたので逃げた者達の連帯を考えたんですよ、そこで調べてみるとミュウより弱そうな娘がレブナン島に居たわけです」

  ダイン 「確かにリノールとシノールはミュウほど強力では無かったですね、ですがあれが本当の実力だとは思わないで下さいね、遊魔は日々進歩しますから」

  ダインは何だかんだで遊魔に誇りを持っている、ミュウの弱いという言葉はダインの誇りを傷付けて負け惜しみを言わせているのだ。

  レ・ミュウ 「でも、二人が耳長だと聞いて驚きました、ミュウの時は肌の染まった者だけが魔龍に成れましたから、肌染まりは数倍は魔力高いですからね」

  ダイン 「やはり魔力量が耳長を魔龍にさせているんでしょうか?」

  レ・ミュウ 「ミュウにも解りません、でも主の推測通り湖の遺跡に秘密が有ると思います」

  ダイン 「どの道、リッポト湖には段階を踏まないと到達出来ないでしょうね、ミュウ以上の魔龍が居るならば今の遊魔の戦力では手に余ります」

  レ・ミュウ 「でも主なら何とでもなりますよね、そもそも魔龍は肌染め耳長の処女が元ですから、寝込み襲えば直ぐに仲間です」

  ダイン 「ミュウが私を理解してくれていて有り難いですね、条件さえ満たせていればダイン調略からは逃れる術はありませんよ」

  ダインはそう言い放ったが、心の内では上手く行き過ぎている事に不安も感じている、ダインは運命論者ではないが経験上不幸と幸福には波が有るとも思っている、つまり今上手く行きすぎている以上、下がる事を警戒しているのだ、そして、不運を呼び込むのはこの混沌大陸だと感じている。

  ミュウが三体目の魔龍の姿を描き終えた時、扉がノックされてメファティが帰還を告げた、ダインが扉を明けるとメファティの後ろには眼鏡を掛け髪を乱雑束ねた女性が立っている。

  メファティ 「リリルカを連れて来ました、今はこんな感じですけど地は良いんですよ」

  余りにも雑なリリルカの出立ちにメファティは弁明する、ダインに薦める以上は見た目が重要だと解っているのだ。

  リリルカ 「私の見た目に意味は無いでしょう、私も忙しいですからお洒落なんてする暇有りません、本でも読んだ方が上ですよ」

  ダイン 「ここの歴史書があるのですね、メティは伝承程度しか知りませんから助かりますよ」

  メファティ 「ここの人間はそんな物です、昔の事より生きる知識が重要ですから」

  リリルカ 「これだから人間は進歩しないんだよ、やれ天人様が認めないだの自らを縛り過ぎだ、人間はもっと進歩を知るべきです」

  レ・ミュウ 「ミュウは人を縛って無いけど、主のやる事は面白いからね」

  ひょっこりと顔を出したレ・ミュウにリリルカは驚きの声を上げる。

  リリルカ 「天人様がここに居るなんて聞いてませんよ、でもこの人、肌の色が変ですね、耳長は色白だって古代書にも書かれてました」

  ダイン 「古代書とは興味深い話ですね、どれぐらい前に書かれた物なのでしょうか?」

  リリルカ 「え、そこに興味あるんですか・・・でも良い着眼点ですね、古代書も複数有り正確な年代は解りません、ですが、この土地で書かれた物でない事は間違い無いと思います、私達の先祖は別の土地からここに移り住んだ様です」

  ダイン 「人類大陸の事でしょうか、でもあそこにもザキトス戦役以前の書物は残っていませんからね」

  リリルカ 「本当に西方大陸から来たんですね、これは運命の出会いです、西方大陸から来て古代書に興味が有るなんて・・・今日は夜通し語り合いましょう」

  メファティはリリルカの異質さを十分理解していたが、この食い付きは予想外でもあった、メファティの知るリリルカは正に孤高で何を考えているかわからない人物で、おおよそ人と共感するなど思ってもいなかった、だが、今のリリルカはまるで恋する乙女の様にダインに執着している様で、本当に夜通し語り合いそうな雰囲気だ。

  おまけ

  王都ディグラン ディーラル王国の王都、堀と二重の城壁に囲まれた都市で、何故か二重の城壁に囲まれたエリアに森が存在する。

  この二重城壁の内側の森は三天人と言われる耳長の住処で、ディーラルに伝わる予言を阻む為に三天人と人間を避ける目的の為と言われている。

  ディーラル最大の都市で人口は十万人以上、地表に有る都市では混沌大陸でもっとも人口が多い。

  内壁内の3/4は森であるが残りは王城となっており、内壁内には限られた人間しか入る事が出来ない、そしてその限られた人間でさえも森に入る事は禁じられており、一部の女官のみが三天人との接触を許されている。

  二重城壁の間の空間が人の為の街でディーラル文化の中心地だ、街は色々な区画に別れているが、より内壁に近い区画に王国の重要施設が存在している。

  ダインが案内された高級宿は内壁に近かった為に、リリルカが居る学府と近い位置にあった。