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ああ、わかっとった。あんな可愛くて良い子じゃ、誰かと付き合うとらんはずもない。
だけども、夢くらいは見ていたかった。あの子に相応しい、いや、恥ずかしくない男になれるように…じゃが、やはりそれはただの淡い夢でしかなかった。
乱暴で粗忽者なワシなんぞより、誠実で真面目なあいつの方が…あの子にとって良いに決まっとる。
きっと、初恋じゃった。
あの日、一目惚れして話したのも二度三度。会うこともそうそう無かった。時たま街で見かけても、ワシのような男に声をかけられては迷惑じゃろうと身を引いた。
そうじゃ、ワシは表舞台になんぞ出てはいかん奴じゃ。だからただ、あの子とハルトの幸せを願おう。黙ってあの二人の前から消えよう。
…そして、もう一つ。
これはワシのエゴじゃ。単なる我儘で、ただの八つ当たり。負け犬の遠吠え。じゃが、これで本当の最後にする。
もう、番長なんぞ名乗らん。だから最後にひとつだけ…正直、何も関係がないアイツには悪いと思うとる。全てぶん投げて捨て切る前に、ただの一度だけでも。
ワシは、アイツに勝ちたかったんじゃ。
……………
小春日和の午後3時、今日は部活が休みなので、俺たちはいつもの部活メンバー3人で机を合わせて駄弁っていた。
もうすぐクリスマス、俺は昨日ナツキと話し合った通り買い物デートの予定。ロマンチックにはちょっと足りないだろうけど、そこは追々勉強するとして!
「まあ、高校生なら妥当な線だろうな。」
「お前も同い年なんだが?」
「ま、これでも結構稼いでいるからな。」
「ホントハイスペックすぎてこえーよ。」
キャプテンはというと、また女の子の方からフラれたらしい…が、すぐに彼女ができる。本人の意思で取っ替え引っ替えしてるわけでは無いから殊更タチが悪いというか、いつか刺されないかちょっと心配になる。
その隣、購買で買ったパンをモグモグ貪るタケルが口の中のアンパンを牛乳で流し込んでいた。
……ん?
「…タケルお前なんか悪いもんでも食ったか?」
「え?何が?」
「いや…大概俺やハルトに『爆発しろ!』とか絡むのに……」
「えっ?あ、クリスマスかお前ら!?そっか爆発しろ!」
「話聞いてなかっただけかお前。」
全く、心配して損した。そんな可哀想なタケルくんはというと、クリスマスもバイトらしい…しかしお前何かしらバイトしてるよな。エロサイトの課金もしなくなったのにまだ続けてんのか。
「あー、まーな。けど前と別んとこでやってるぜ?」
「そもそも前のバイト先もお前教えなかったろ。」
「そーだっけか?」
そういえば、結局こいつのバイト姿とか全く見たことが無い。夜勤のコンビニとか絶対無理そうだけど…こないだのラーメン屋の辺りなんだろうか。あまり行かないから今度暇な時にでもそれとなく探して冷やかして…いや、やめよう。俺もバイト始めてから気づいた。バイト先に友達来るとかなり恥ずいわ。
ごめんなタケル。もう聞かないぞ…
「…なんだよその生暖かい目。」
「いや、バイトってホント大変だなってさ……」
「あー、それな…キャプテンばっかずりーぞ!」
「流石にタケルには難しいと思うが。」
「カブ売るだけだろ?どこで作ってんのお前?」
「ほらな。」
なんてアホな話をしている中でふと、教室のドアの前に目をやるのと同時だった。
「…失礼します。ハルト先輩いますか。」
礼儀正しく挨拶して入ってきたのは深刻そうな顔をした黒柴舎弟B…もとい、ヒロの姿だった。
……………
体が痛い。血を流すような怪我をしているわけではないが、ズキズキとした鈍痛が背中に、腕に広がっているのがわかる。
見上げた先にはアイツの姿。見慣れた学ランと赤シャツの、ワシほど大きな熊獣人は、なんにも楽しくなさそうな顰めっ面で、睨みつけるようにワシのことを見下ろしている。
もう何度投げ飛ばされたじゃろうか。転がされたじゃろうか。いつもならへばって動けなくなるような疲労、そんなもん関係ないとばかりに起き上がって殴りかかった。
腕を掴まれる。視界が回って、背中に衝撃。舎弟の歓声とは逆にワシは息が止まる。それでも小石ひとつない平らな場所目掛けて正確に投げ転がされる。一方的だった。だが、ワシはまだ立ち上がる。
半ば意地と、八つ当たり。全部全部、何もかも出し切って、こいつにワシの事を覚えさせておきたかった。
ワシが居た事を、覚えていて欲しかった。
「…転がしてばっかりじゃあ…ワシは止まらんぞ……!」
「ッ……!」
アイツの眉間の皺が深くなる。不機嫌なのか苛立ちなのか、子供が見たら確実に泣き出しそうな程の顔。その口元がギリリと歯を食いしばっているように見えて、ワシはどこか嬉しかったのだと思う。
じゃが、同時に。
ワシにはその顔が…アイツが、泣いとる様にも見えた。
…そうじゃろうよ。こんなもん楽しくもなんともなかろう。ただ一方的に向かってくる相手をぶん投げとるだけじゃ。
思えば、アイツから手を出してきた事なんぞ一度もなかった。初めて喧嘩売った日も、調子に乗ったワシが殴りかかってぶん投げられたんじゃ。あん時は一発でノされてしもうた。
「まだまだァ!!」
投げられても、声を張り上げて自分を鼓舞する。すぐさま立ち上がって向かっていく。
そうじゃ。コイツはずっと、ワシの我儘に付き合ってくれとった。「最強」「番長」なんぞに固執しとったワシの子供じみた我儘に。
今まで悪かった。そんで、今日が最後じゃ。最後の我儘じゃ。
だからせめて、最後くらいは勝ってやるつもりで拳を握りしめた時。
不意に、ごく最近聞いたはずの誰かの声が響き渡った。
……………
ごめんなさい。
僕が弱虫だったから。秘密を明かせない卑怯者だったから。こうやって貴方を傷つけてしまっている。
せめて怪我をさせないように、受け流して投げる。何度それを繰り返しても、貴方は起き上がってきてしまう。
貴方が優しい人なのは知っています。
初めて会った時は怖い人だと思っていました。でも、いつか食べた焼きそばも美味しかったし、昨日食べたケーキも…貴方が作ったものだと聞いてちょっとびっくりしました。
だから、僕は貴方にこんな事をして欲しくなんかない。
でもこれは、僕のせいだ。
だからこれは、僕の償い。
貴方の気が済むまで、貴方が諦めてくれるまで。僕は貴方に付き合いましょう。
「…転がしてばっかりじゃあ…ワシは止まらんぞ……!」
「ッ……!」
泣きそうになった顔に力を入れて、相手を見据える。向かってくる腕を受け流して掴み、足をはらって体を浮かせる。そのまま地面に向けて背中から落としていく。これをもう何度繰り返しただろう。それでもまだ向かってくる。
こんなの、偽善だってわかってる。自分自身が傷つきたくないだけのエゴなのも分かってる。それでも、僕は貴方を傷つけたくはないから。
ぎゅ、と、強く拳を握ったその時。
大好きな…一番大切な彼の声を聞いた。
……………
「ナツキーーーーー!!!」
声のかぎり叫びながら、俺は白と黒の熊獣人が対峙しているグラウンドに走り込んでいた。視界の端で「先輩!?」とか叫んでいるマサが見えたがそこは一度スルーする。
突然の乱入者、つまりは俺の登場に固まってる隣の番長…タクマの脇をすり抜けて、同じく固まってる番長に向かって思いっきりダイブした。
一応ラグビーで鍛えたタックルだったのにそれをしっかり受け止める辺りは流石…だけど今はそれじゃない。
「ナツキっ!」
「は…ハルト…くん…?どうしてここに…?」
番長は、ナツキに戻っていた。
メガネはしていないが、番長の顰めっ面が解ければいつもの優しげな顔が困惑しているのが浮かんでいる。声だっていつもの可愛い声だ。番長の重低音ボイスじゃない。
いつもの、ナツキだった。それからすぐに「しまった…」って顔……流石に悪いとは思っている。でも俺は、大事な恋人と気の合う友達が互いに傷つけているのを看過できなかった。2人の間に割って入ったのはただの自己満足の偽善だろう。それでもだ。
「…ヒロから教えてもらった。番長を…ナツキを止めてやってくれって。」
振り向けばキャプテンに担がれながらその腕にぶら下がっているヒロと目をまん丸くしてるマサ。その遥か後方からどすどす走ってくるタケルが見えた。結局勢揃いになっちゃったな…
そんなことを考えていると、ぶっとい腕が俺の背中に回される。小刻みに震える豊満な体がぎゅっと密着して…頭の上から小さく啜り泣く声が聞こえた。
「ごめん…なさい……ごめんなさいハルトくん……僕が…僕が弱虫だったから……!」
震える声の謝罪と共に大粒の涙が頭の上に溢れてくる。
……きっと、ナツキにとって不本意な結果だったかも知れない。自分で明かすつもりのはずが、こんな形で俺が露呈させてしまった。
それでも、ナツキにこれ以上あんな顔はさせたくなかったんだ。
……………
…ワシは、何を見ているんじゃろうか。
隣の番に向かってハルトが抱きついた拍子、ヤツの顔が一気に変わっとった。
その顔も声も…何よりハルトに向けとるあの顔は間違いなく…間違いなく、あの子のそれじゃった。
ワシの中で何かが崩れていく。今までのアイツとの喧嘩…本当に、本当にただのワシのエゴでしか無かったのが否応無くわかってしまった。結局どこか自分で誤魔化していた、本心から認めたく無かった事を目の前に突きつけられていたんじゃから。
ワシは、惚れた子まで泣かせとったんじゃ。
何やら慰めとるのか声を掛けとるハルトと、抱きしめて泣いとる番…ナツキちゃんを見とると、何やら雨でも降ってきたようじゃった。滲んだ視界で前が見えない。
…そうじゃ。みんな、終わった。
叫びそうになる喉を気合いで抑えつけて、ワシは二人に背を向けた。ライバルにも、ダチにも…惚れた子にも、ワシのような奴が合わす顔なんぞ無い。
ワシはこのまま、二人の前から居なくなろう。二度と顔を合わせぬように。幸せを邪魔せぬように…
「あの…上村、くん……」
その声に、思わず足が止まる。未練がましい、じゃが、抗えない。
初めて名前を呼んでくれた。いつも仏頂面だったあいつが。可愛らしく笑っとったあの子が。
「ごめんなさい…僕、今までずっと貴方を…騙してました。」
どうして謝るんじゃ。君は悪くない。ワシが、ワシの我儘が、ずっと君を傷つけていたのに…
……ワシは何をやっとるんじゃ。惚れた子を傷つけたまんま逃げるのか?違うじゃろ!ワシは…
ぐっ、と拳を握り締め、意を決して隣の番に…否、ナツキちゃんに向き直った。ひとつ、大きく深呼吸をして。
「…ナツキちゃん。ワシは…君の事が好きじゃ…好きじゃった。」
「……!?は、はい…」
「けど、番長じゃった君にも…きっと、憧れとった。」
「…はい。」
ただ、相槌を打ってくれる。目の前にいるのはあの番長で…けど一目惚れしたあの子で。
ナツキちゃんを泣かせることしかできなかった、苦しめとったワシにはもう言える事はほとんど無かった。だからこそ。
「…ワシこそ、今まですまんかった。だから君は…君らしく居てくれい……」
…これで終わった。長年ずっと追いかけていたものも、初めての恋も。じゃが、どうしてか不思議なくらいに清々しいもんじゃった。
目の前のナツキちゃんは少し困ったように止まった後、しかし綻ぶように小さく笑って「はい。」と返事をしてくれた。
ああ、やっぱり…あんな顔より、笑顔の方が似合っとる。その笑顔をはじめに見せられたのがアイツなら、もうこの恋に悔いはない。
「…ハルトぉ!いいか!ナツキちゃんの事、幸せにするんじゃぞ!」
「……おう!言われねーでも分かってるよ!」
ワシはハルトに…おんなじ子を好きになった男にエールを送ってやった。
じゃから…もう少しだけ、みっともなく泣くのは後に回しておく。
……………
「改めまして…大森夏樹です。あの…今までご迷惑お掛けしてごめんなさい……」
目の前に並んだ人たち。僕の姿を知ってるハルトくんは兎も角として、この格好でみんなの前で「ナツキ」に戻るのは正直慣れなくて…一応メガネはかけたからちゃんと見えてます……
同じくメガネをしてるキャプテンさんが息をついて頭を横に振る。うん、そうだよね…生徒会の皆さんには特にご迷惑お掛けしてたし…
「……いや、うん。正直言って驚いてるぞ。今でも自分の中で繋げるのが危うい。」
「俺もびっくりしたー…あ、でも確かにナツキちゃん身体でっかかったしな。うんうん。」
「仮にも女子相手にデリカシーが無さすぎるぞタケル。」
「えっ?でも番長だから男で…あっ、え?もしかして?」
「察せアホ。」
…なんだか本当に気を遣わせちゃったみたいです。ごめんなさいキャプテンさん……
それから、ちらりと横目を向けてマサヒロくんを見る。相当ショックだったらしくて倒れ込んだまま、河原に寝かされてヒロくんに介抱されていた。こんな形で明かすことになっちゃったから…今度、きちんとお話しなくちゃいけない。今まで本当にごめんなさい。
ヒロ君はといえば「確信は無かったけど大体は分かってました。」とあっさり…もう少しだけ、マサヒロ君のこと頼みます。
「すまん…俺が勝手やったから……」
「いいえ、いつかは言わなきゃいけない事ですし…それに、僕じゃ言い出せなくて…」
ハルトくんが謝るけど、そんな事ない。結局僕が何も言えなかったから、むしろ本当に感謝してる。
「だから…ありがとうございます、ハルトくん。」
「番長」は、ここで終わり。僕はこれから「ナツキ」として、ハルトくんと一緒に歩いていく。
……………
あれから数日、チラチラと雪が舞う街の中で俺は少しだけ足を早めていた。店長とタクマが「後はやっとくから。」って送り出してくれたもんだから、待ち合わせより少し早めに行って驚かせてやろうと思ったんだ。
でも、そんな目論みはバッチリ潰されてしまっていた。
待ち合わせ30分前、キラキラと色とりどりのイルミネーションの前に立っている可愛らしい熊獣人。
雪をイメージした白のコートにお揃いのファーの帽子。ファーをあしらった可愛いブーツで薄く積もった雪を踏み締めながら、暖かそうなベージュのマフラーから白い息を零して待ち遠しげに時計を眺めている。
ほんの少しの間見惚れてから、小さく笑って彼女の方へと駆け出していく。全く、本当に敵わない。
「ナツキ!」
「えっ!?は、ハルトくん?待ち合わせにはまだ早いような……」
「それ、そっくりそのまま返すぞ。」
「あぅ。」
恥ずかしそうに顔を赤らめるナツキだが、俺だって人の事は言えない。結局待ち遠しくて…早く会いたくて、ダチの言葉に甘えたようなもんだしな。
それに今日も、俺に目一杯の可愛い姿を見せてくれるのがとても嬉しかった。早く来た分、一緒にいられる時間も増えるし。
「…ちょっと早いけど、行くか?」
「はい…!」
差し出した手を取ってくれるナツキ。手袋越しに感じる暖かさと柔らかさに少しだけドキドキしながら、二人並んで輝くイルミネーションの下を歩いていく。
その間にも、今日の出来事をお互い話していく。バイト先にキャプテンとタケルが来てタクマが上手いことケーキ買わせてった事、お姉さんが意気揚々と仕事仲間との忘年会に出ていったのがちょっと心配な事、お互いそんな他愛のない話をしながら、目的の場所に着いた。
イルミネーションで飾り付けられた一角に設置された鐘。恋人と一緒に鳴らせば…なんてロマンチックな謳い文句のこの時期ならではの飾りだった。
ラグビーで鍛えた俺と身体の大きなナツキの2人だとちょっと窮屈だけど、その分くっついてお互いを感じられる。2人で手を重ねて、紐を引く。
「メリークリスマス。ナツキ。」
「…はい、メリークリスマス、です。ハルトくん……」
雪空に高く響いた鐘の音の余韻を耳に残して、俺たち2人はお互いに笑い合う。
また来年も、それから先も、ずっと一緒にいられますように。
つづく
おまけ
「お、白坂。ちょうど良かった。ケーキいるか?」
「いる!!って上村?アンタなんか変わった?」
「まあ。変わったっちゃあ変わったかもなぁ……」
「ふぅん……」
「なんじゃ文句でもあるんか?」
「別に無いよ?いやー、丸くなった?」
「何がじゃ。」
「色々。吹っ切れた感じじゃん。」
「…まあの。」
「いいんじゃない?ま、折角だしカラオケでも行こ行こ!そこでケーキ食べよ!」
「全く…持ち込みできる所でじゃぞ!」
………
「はー…食った飲んだ飲んだー!やっぱ忘年会なんてこーゆー身内での集まりが一番楽しいんだよねー……さて、今頃ナツキはハルトとお楽しみか…まだピュアでもいいんだけど…っと?」
『……………』
「何かしら、こんな夜中にこんなトコで。おーいアンタ大丈夫ー?」
『………………』
「ったく、世話の焼ける…ほらほら、こんなトコで寝てたら風邪引くわよ。」
『………』
「あれ?アンタ……」
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