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【けもケット14サンプル】――だから、好き。

  目次

  Scene1 視点:犬村 良晴

  Scene2 視点:猫外 水影

  Scene3 視点:熊崎 滋

  Scene4 視点:鹿内 光風

  Scene5 視点:*****

  Scene6 視点:*****

  Scene7 視点:*****

  Scene8 視点:*****

  [newpage]

  [chapter:Scene1]

  「お疲れ様でーす。」

  今日の講義が全て終わり部室の扉を開く。夏は過ぎ去り暑さは多少残るものの夏モードになっていた身体には涼しく感じられる。まぁ部室にはクーラーあるからたとえ暑くても平気なんだけど。

  「あぁ、犬村(いぬむら)。お疲れ。」

  漫研の部室の中でお菓子を食べていた熊崎(くまざき)部長が出迎えてくれる。…この人、部室に来るといつもお菓子食べてるよな。チョコとかクッキーとか甘いやつ。そのせいかお腹もちょっと出てるし。まぁ本人は「熊獣人はこういうもんなの。」って言ってるけど、たぶん違うと思う。まぁ面倒見も良くて良い人だからそれもチャームポイントか。

  なんて、軽口考えられるくらいにはこのサークルにも慣れてきたってことなんだろうな。入って半年、人数が多い訳でもないしサークルの人たちのことは大体分かってくる。半年、半年かぁ…時の流れとは早いものだなぁ。

  「あ、犬村―!お疲れー!」

  「お疲れ。」

  「あっお疲れ様です!」

  あ、熊崎先輩の大きな身体で見えなかったけど、奥に猫外(ねこと)先輩と鹿内(かうち)先輩もいたんだ。猫外先輩は今日も元気そうだなー。いつも明るく声をかけてくれるからこっちまで元気になるんだよなぁ。こういうムードメーカーな先輩がいてくれて良かった。別に他の先輩が雰囲気悪いとかじゃないけど、一人いると部がすごく明るくなるというか。いつもみんなの中心というか。

  「ねーねー犬村!こっちきてー!」

  俺が適当にリュックを下すと猫外先輩が手招きしてくる。猫外先輩に近づき、手に持ったタブレットを覗くと、そこには俺がこの前キャラデザした子が描かれていて思わず感嘆の声が出る。

  「わっ!こ、これって…。」

  「へへへー、いやー犬村のキャラが可愛かったからさー落書きー。」

  「えっ、わ、すご。え、めっちゃ可愛いです…!」

  そんな単純な言葉しか出てこないくらい可愛い。なんだこれ。え、にやけが止まらないんだけど。ていうか猫外先輩に描いてもらえるなんて…。

  「どうどうー?」

  「もう、めちゃくちゃ可愛いです!ありがとうございます!」

  「やった~!」

  猫外先輩は今もなおタブレットに俺のキャラを描き続けている。ほんとに猫外先輩はすごい。絵は上手くてかわいいし、色使いとか構図とかセンスあるし、そんな人が目の前でさらさらと描いていく光景を見られるなんてすごいサークルだよねここ。もう猫外先輩がこうやって絵を描いているところを見られるというだけでこの部室に来る価値があると思う。

  絵がめちゃくちゃ上手くて、性格も明るい…ちょっと完璧すぎではないですかね先輩。こんなすごい人がたったの一個上だなんてにわかに信じがたいけどね。

  「おい、集中してると思ったらまた課題ほっぽり出して…。」

  「やー課題もちゃんとやるってー。息抜き息抜き。」

  「まったく…ほどほどにな。」

  突然猫外先輩の隣に座っていた鹿内先輩が割って入る。どうやら二人とも授業の課題をしていたみたいで、猫外先輩がさぼって絵を描いていた、といったところだろうか。猫外先輩の同級生の鹿内先輩は溜息をついて自分の作業へと戻っていった。鹿内先輩は…こういっちゃ悪いけど正直あまり目立つ人ではないと思う。真面目な人ではあるし、人当たりも良くはあるんだけど、皆の中心にいるような感じではない。どちらかと言うとお固い人ってイメージが強い。絵も固い感じっていうか遊びが無い気がするし。でも猫外先輩とよく一緒にいる気がする。正反対なタイプに見えるけどそんなに仲が良いんだろうか。

  「あ、俺バイトあるのでお先失礼します。お疲れ様です。」

  「お疲れさん。」

  「おっつー。」

  鹿内先輩は時計を確認すると猫外先輩に「明日までのも残ってるだろ、ちゃんとやれよ。また金曜な。」と一言声をかけて部室を出ていく。

  「お疲れ。」

  「おう。…猫外、また鹿内に怒られてんのか。」

  そして入れ替わりに入ってきたのは狼野(かみの)先輩、猫外先輩と鹿内先輩の同級生だ。前に絵を見せてもらったときはカッコいい絵を描くなぁという印象はあるけど、なんだかとっつきにくい、というか気難しそうなイメージがある。単純に話す機会が今まであまり無かっただけかもしれないけど…。

  「んーまぁねー。」

  猫外先輩は変わらずのんびりお絵描きを続けているけど、いつもあんな感じなんだろうか。俺のキャラを描いてくれている時に怒られたというのは少々申し訳なくも思うけど、狼野先輩の口ぶりだと俺の絵どうこうじゃないんだろうけど…。

  「先輩も大変ですね。鹿内先輩っていつもあんな感じなんですか?」

  「まぁまぁそう言ってやるなって。鹿内がしっかりしてるからこそ猫外もどうにかやってんだから。」

  「別にそんなことないしー!」

  まぁそうだよな。猫外先輩だって大学生だし、頭だっていいし。先輩の描く漫画は伏線とかが綺麗に張られていて読み応えがある。理系科目も得意らしいからそういった理論的なことを考える頭があるんだろう。狼野先輩はああ言うけど流石に大げさだろう。

  「ま、小うるさく感じるかもしれないけど、たまには感謝しとけよ。」

  「へいへい。」

  余計なお世話なんじゃないだろうかと思わなくもないけど…。ムードメーカーな人って意外と周りをよく見てるって言うし、猫外先輩も結構しっかりしていると思うし。全体的にスペック高いし。鹿内先輩もそんなに心配しなくてもいいのに。それとも鹿内先輩がそういう、世話焼きとか心配性とかの性分なんだろうか。俺にはそういう性分の人の気持ちはよく分からないけど、そう考えると鹿内先輩も気苦労が絶えないのかも。とはいえ絡まれる猫外先輩も大変だよなぁ。これも人気者ゆえということなんだろうか。

  「でさー、犬村んとこの子ってなんかモチーフとかある?」

  「あっはい、その子は――。」

  人間関係の渦について思考を巡らせている間にも猫外先輩はどんどん描き進めていたようで既にまた一枚素晴らしい絵が出来上がりつつある。丸みを帯びた線で描かれるキャラは可愛さを感じる一方で、線を全てきっちりつながない感じとか、色使いとかはおしゃれさも感じる。一目見れば猫外先輩の絵だと分かるくらいに特徴的なその絵柄はネットでも人気なようでよくコミッションを受けているらしい。依頼までもらってるなんてそれもうプロじゃんね。いったい今までどれだけ描いてきたんだろうか。どれだけ勉強してきたんだろうか。

  「犬村はセンスいいねー。このキャラめっちゃ好きだわー。」

  この部に入部したときの思い出が重なる。あのときからずっと好きなんだろうなぁ。絵描きとしても漫画家として、人としても猫外先輩はやっぱり俺の一番の憧れだ。俺もいつかなれるだろうか。

  [newpage]

  [chapter:Scene2]

  ピロン。

  「あっ、ねこたろさん!お疲れ様です!」

  「あーねこたろー!お疲れー!」

  「こんばんはー。」

  「お疲れ様でーす!」

  夜、下宿先に帰ってチャットアプリの通話窓に入ればすぐによく見かけるメンバーが挨拶してくれる。SNSだけじゃなくてこういう通話ができるアプリのおかげでネットの間柄でも気軽に活発に交流できるのは良い。

  「お疲れー。」

  誰かが配信している作業画面をみつつ、俺も作業するために描画アプリを立ち上げる。

  「たろちゃん今日はなにしてるのー?」

  「んー今日は学校の課題。あとコミッション。」

  明日が〆切ともなるとさすがにやらなければいけない。どちらも。課題の方は明日の授業まで。コミッションは日付が変わるまで。うん、これコミッションの締め切りは今日と言った方が正確かもしれない。まずはコミッションからだな。で、その次に課題。うわーこれ寝るの何時になるかなー…。大変だけどまぁすっぽかしたらまた光風(みかぜ)がうるさいしなー。まぁなんとかなるっしょ。要は時間までに描きあげりゃいいのよ。

  「えーめっちゃ偉いじゃん!」

  「えら。」

  「わー俺も依頼やんなきゃー。」

  褒めてもらうのはシンプルに好き。だって俺、こんなに頑張っているんだもん。たくさん褒めて欲しいよな。褒められると嬉しくなってやる気でるし。

  「でしょー。」

  ふふん、と息をつきながらペンをとって当たりから描き始める。うん、まぁ、進捗ゼロからのスタートなんだけど…。でも依頼文はちゃんと読んでこんな感じかなーって構図とかはある程度練ってあるし!どうにかなるなる!…英語の依頼文をきちんと読めているかは若干不安だけど。

  ヘッドホンから響く作業用の音楽と時々賑やかになる通話の音声をバックグラウンドにしながらペンを走らせれば思いのほか捗りすぐにでも線画まで終わりそうである。

  「たろは配信しないのー?」

  「みたーい。」

  そういえば今日はまだ作業画面の配信をしていなかった。見てもらって感想やアドバイスを求めたり、進捗監視してもらったりと目的は様々だけど確かに通話窓では俺もよく配信する方だろう。

  「えーしょうがないにゃー。」

  〆切前だし進捗見てもらうって意味でも悪くないか、と少しふざけつつアプリの作業画面を見せる。

  「あ、かわいいー。」

  「めっちゃ良いね。」

  「いいでしょー!」

  感触も良い感じだしこの調子でいけばどうにか今日中には終わるだろう。最近コミッションとかその他の個人的な依頼とかが増えてきた気がする。その分スケジュールも大変なんだけどねー。まぁそれだけ認められているってことで。依頼料も欲しいし。

  「そうだ、ねこたろさん。」

  「んー?」

  「今度の金曜にココさんとグレンさんとバー行くんですけど一緒にどうです?」

  「えー!おしゃれーいきたーい!」

  バーとか行ったことないしなんかおしゃれそうだからめちゃ行ってみたい!まだ二十歳なったばかりだしお酒はよくわかんないけどすごく興味あるし。ふらぱんさんお酒好きって言ってたから色々と教えてもらおー!

  「じゃあ決まりですね!楽しみにしてます!:

  「やたー!:

  よーし、じゃあ課題とコミッションをさっさと終わらせないとななー!

  *****

  「水影(みかげ)。」

  「あ、光風。おっつー。」

  「課題ちゃんと終わってよかったな。あとコミッションも。」

  「まぁねー。いやもう眠いのなんの。」

  まじでねむい。あの後どうにかコミッションと課題を片付けられたのはいいけど気付いたら外が明るくなってんだもんなー。通話してると時間の感覚無くなるから恐ろしいわ。

  「そりゃそうだろうな。次はそんなギリギリにやんなよ。」

  「ちゃんと終わらせたんだからいいだろー。ほめろー。」

  光風は「はいはい」とため息をつくばかりで俺を窘めるよな目は変わらずだ。別に光風にあれこれ言われなくたってちゃんとできるっつーの。子供じゃないんだから。俺ってそんなにちゃらんぽらんに見えるかなぁ?

  「そうだ、明後日なんだけど…。」

  「あ、金曜は友達と予定あるわ。」

  ふらぱんさんたちとバー!既に楽しみすぎる。カクテルとかちょっと勉強しておこうかな~。カクテルとか詳しいのなんかかっこいいし。

  「……そうか。楽しんでこいよ。」

  「ん?ういー。」

  「あ、でも部誌の締め切りもあんまうかうかして忘れないよにな。」

  「……はっ。」

  やべ、完全に忘れてた。あー最近依頼多いしなー…予定見直さないと。

  「はぁ…忘れてたんだな。」

  「……はい。」

  くぅ~たまたま抜けてただけなのにまた光風に怒られてしまう…。

  「まぁ、まだ時間はあるけど、あまり部長に迷惑かけないようにな。その後には冬コミもあるんだから。」

  「んへー。」

  部誌、部誌かぁーどうしよっかな。イラストだけでも良いとはいうけど一応漫研だしなー。かといってネタねぇなぁ。

  「じゃあ俺はもう帰るけど、あんま夜更かしばっかすんなよ。」

  「へーい。」

  母親かよ。はぁまったく、いつだったか犬村も言ってたけど世話焼きというかなんというか。良い奴っちゃ良い奴なんだけどちょっと小うるさいよなぁ。

  とりあえず部室いって今までの部誌にだした自分の原稿でも見てくるか。なんか思いつくかもしれんし。

  鍵借りるのめんどいから誰かいるといいなーなんて思いながら部室のドアノブをまわすとそのまま扉が動き、既に中に人がいることが分かった。

  「お疲れ様でーす。」

  「あ、猫外先輩。お疲れ様です!」

  「おーうっちゃん。部室開けといてくれてありがとー。」

  鍵借りるめんどーが無くてラッキー。やはり持つべきはできた後輩だなー、なんて。ちょっとした幸運に鼻歌を歌いながら棚を漁る。

  「あれ、部誌探してるんですか?」

  「そーそー。参考にしたくてねー。」

  お、バックナンバー結構あるなー。こいつら読んでなんか思いつくといいけど。ちょっと量は多いけど、とりあえず最近のものだけでいいな。

  「そういえば鹿内先輩溜息ふえましたねー。」

  「そうなん?老けだね。」

  年取ると溜息が増えるっていうしねー、言うよね?言わない?光風はなんか気苦労が絶えなそうだもんな。なんか分かるわ。

  「もう、先輩も同い年じゃないですか。あんまり鹿内先輩を悩ませないでくださいね~。」

  「なんで俺なんだよ。」

  まるで俺が悩みの種みたいじゃん、失礼しちゃうぜ全く。まー確かにさっき会ったときもちょっと元気無かったかも?んー今度話聞いてやるかー。あいつが落ち込んでるとか珍しくておもろそうだし。

  「だっていつも鹿内先輩を振り回してるじゃないですか。」

  「んなわけ。」

  ないない。むしろ俺があれこれ言われてる側だし。

  「ふぅん。ま、たまには労わってあげてくださいよー。」

  「考えとくわー。」

  うーちゃんは「たのみますよー。」と言って再びパソコンへと顔を向ける。うーちゃんは今回の部誌が初めてになるからなーどんなの出すんだろう。普段絵とか見てる感じではめちゃくちゃかわいいし、なんかこう癖にささるものがあるから楽しみなんだよなー。

  とりあえずはうーちゃんにまで怒られないように俺も自分のことに戻りますか。

  *****

  「お疲れー。」

  「たろお疲れー。」

  夜はいつもの通話窓に入っていつものメンバーで作業、これが最近のルーティーンといったところだろうか。中には昼夜が逆転してしまっている人もいるから、そういう人につい付き合っていると自分まで昼夜が入れ替わってしまいそうになるのが難点ではあるのだけれど。それでもお互いに認め合えるクリエイター同士で作業通話できるってのは居心地が良い。さて、作業に集ちゅ――。

  「ああああああ!」

  ――できないかも。何かと思って画面配信を開けば、今日はゲームをやっているらしい。ペンギンがペンキをステージ中に塗りたくって、その面積を競う最近流行りのゲームだ。画面の様子を見るにさっきの絶叫はさしずめ敵に倒されたんだろう。

  「うるさっ。」

  とりあえずは文句を言っておこう。マジでうるさくてちょっと耳キーンってしたし。そうだった、たまにやかましくなるんだったわ。

  「ねこたろもやろうぜペンキ!」

  「えー。」

  「えーじゃねぇよ。」

  まぁそこも好きだけど。すぐにペンを置いてゲーム機を付ける。実のところ、今日はペンを握っていても全然絵が描けていないのだ。筆が乗らない日ってやつか、何日目だよって感じだけど。それもあって少しは気分転換になるかな、と思った。それに、俺もやかましいうちの一人だったわ。

  「うわっきた!」

  「あ?喧嘩か?」

  今日は夜更けまでゲーム三昧かなー。

  [newpage]

  [chapter:Scene3]

  どんなに小さいグループだとしてもその取りまとめをするのは大変だと、そう改めて実感する。別に初めての経験というわけではないし、特に参っている訳でもないのだが、溜息くらいはつきたいものだ。まぁこれは部長を引き継いだ時から分かっていたことだし、なんなら俺なんてまだまだ楽なほうだろう。まとめる必要のある人数もそこまで多くないし、同じ大学の中を見てももっと大きい組織をまとめている奴もたくさんいるだろう。

  実際普段は楽なんだ。漫研の部長としての忙しさは局所的だろう。要は漫研自体が忙しくなる時期、部誌の発刊前だ。漫画やイラストでなくとも何かを世に出す経験をしたことがある者ならば皆苦しんだ覚えがあるだろう。そう、〆切というやつだ。何かを発表しようとしたとき全ての人間に等しく設けられる関門、それが〆切だ。人はそれにもがき苦しむ一方で〆切があるからこそ世の中にきちんとしたものが出ていくとも言える。

  つまるところは良くも悪くも大事な概念ということだな。しんどいのは確かだが。まぁそのしんどさも前もって計画的にやれよ、という正論が良く効いてしまうのだが残念ながらクリエイターという人種には〆切に苦しまずにいられるような計画的な人間はいない。ま、〆切をどうにかしてこそのクリエイターというやつだな。

  部長という役職はそこに輪をかけて忙しくなる。当然自分も作品を描くのだがら自身の〆切がある。しかしそれにとどまらず、他の部員の〆切、つまりは進捗も気にしてあげなければならない。必要なら何らかのケアもしなくてはならないだろう。この全員の原稿を〆切までにきっちり集めるというのが本当に難しい。ちゃんと出してくる奴は出してくれるのだが、間に合う穴井という奴もどうしても出てくる。そこをいかに乗り切るかが部長の手腕と言ってもいいだろう。そうしてどうにか集めた原稿たちを部誌としてまとめるための編集作業が入り、そうしてようやっと終わりなのだ。

  「はぁ…。」

  そう、大変なのだ。まさに今。こうして謎の思考を張り巡らせてしまう程には現実逃避していたが、いや現実逃避というにはあまり現実から離れていなかったが、今回もどうにかしないといけないだろう。猫外の原稿。こういった〆切の類は多少遅れる者がいても良いように第一の〆切は早めに設定しておく。ほとんどはここまでに出してくれたし一部も数日遅れ程度で出してくれた。しかしながら猫外の奴が第二〆切をも過ぎようとしていた。まぁ遅刻常習犯だから第一〆切には間に合わんだろうことは予想していたが、ここまで遅れるのもなかなか無いため心配な部分もある。仲が良い鹿内に聞いてみれば「生きてはいる。」とのことだったが…そろそろ話しを聞いてやらないといけないだろう。

  *****

  「猫外。」

  「……はい。」

  目の前に座る猫獣人は猫背で俯いて耳を垂らしていて、ひどく小さく見えた。そこまでおびえなくても怒鳴りつけたりするつもりはないのだが、反省をしていると捉えればまぁ良いか。

  「単刀直入に聞くが、原稿の方はどうだ?明日が本当にこれ以上は待てない〆切の日になるんだが。」

  「……うーん…。」

  いつもの元気はどこへやら、やけに歯切れの悪い様子でまともな返事とは言えない唸り声ばかりが返ってくる。これでは埒があかないというやつだろう。攻めたい訳ではないがちゃんと意思確認をしなくてはな。

  「漫研ではあるが原稿はイラストでもいいし、どうしても難しそうなら無理しなくていい。別にそれで怒ったりしないから正直に教えてくれ。」

  「…たぶん無理だと思います。」

  「分かった。言いにくかったと思うがありがとう。」

  残念な結果ではあったが、取りまとめとしてははっきり言ってもらった方がありがたい。それに基本参加とはいえ、無理してまで出してもらうもんでも無いと俺は思ってるし。

  「…ごめんなさい。」

  「いいんだ。スランプとかは誰にでもあることだしな。あまり気に病むことじゃない。」

  猫外はしばらく口元をもごもごしていたが、結局は言葉が見つからなかったのか何も言わずに席を立った。そのまま出ていこうとするので呼び止めて少し待ってもらう。あまり説教は垂れたくないのだが部長としては言っておかなければならないだろう。

  「猫外、俺たちクリエイターにとって大事なことってなんだと思う?」

  「……技術とセンス?」

  「もちろんそれも大事だ。だけど俺は誠実さだと思う。」

  あくまで俺の持論だし、扉の方を向いていて顔の見えない猫外にどれだけこの話が伝わるかは分からない。だけど少しでも何か残れば良いと思う。

  「作品に対して誠実であること、とも捉えられるが何もそれだけじゃない。俺たちがいくら自分の作品と向き合っていても、結局はその向こうにそれを見てくれる誰かがいるんだ。」

  ぶっちゃけクリエイターに限った話じゃない。社会で暮らす上では人間皆そうだ。ただ、俺たちは何かを作りだす生き物だから、どうしてもそこばっかり見てしまうんだろうな。

  「アマチュアだろうがプロだろうが、それを世の中に出すということは他人が絡む。結局は人対人なんだよ。互いの信頼が大事なんだ。となれば俺たちは人に対しても誠意を持って接さないといけない。相手は見てくれる人でもあるし、作品作りにかかわってくれる人でもある。」

  我ながら説教臭いと思う。でもこの想いの一片でも届いて欲しい。

  「つまりだな、〆切は守るのが一番だが、無理だったとしてもせめてちゃんと連絡するようにしてほしい。それが誠実さじゃないか?これは俺にじゃなくて、他の誰にでも、だ。お前自身のためにも、周りの人のためにも、な。」

  誰か偉い先生の言った言葉じゃない、有名なインフルエンサーが語っている訳でも無い。ただの熊崎という一人の男の持論。それでも俺はこう信じている。俺たちは信頼がなければまともにはやっていけない。プロとしてならば信頼されない人のところには仕事が来なくなるだけだが、アマチュアだったら自分の周りにいてくれる人の信頼を裏切って悲しいことになってしまう。可愛い後輩だからこそ猫外には悲しい思いをしてほしくない。

  「俺の話はそれだけだ。すまないな、付き合わせて。」

  「……。」

  猫外は何かを言ったような気もするし、何も言わなかったような気もする。なんいせよ聞こえていないからその胸中がどうだったのかは分からない。出ていくあいつの足音が小さくなったのを聞いて大きく息を吐く。

  慣れないことをすると疲れるな。…嫌われてしまっただろうか。いや、それでも構わない。誰かが伝えてやらなくちゃいけないことだったと思う。だったら部長である俺が甘んじてその役を引き受けよう。そこに不満はない。とはいえ――

  「些か、損な役回りだよなぁ。」

  [newpage]

  [chapter:Scene4]

  「冬コミ?」

  「そう、一緒に合同誌を出さないか?」

  「いいね、面白そうじゃん。」

  「だろ。テーマも合わせてさ…。」

  ふっと一つ息を吐き椅子の背にもたれる。原稿というものは中々に大変なものだが、その感覚も慣れた。イベントに本を出すのは初めてではないし、漫研でも何度か部誌を出している。だから作業自体は手慣れたものだと思う。それに今回の原稿に関しては既に俺は描き終えている。本来であればやりきった達成感と作業を終わらせた解放感で満たされるはずではあるのだが、今回ばかりはおあずけのようだ。

  「原稿の調子はどうだ?」

  〆切である昨日に水影へ送ったチャットはまだ既読が付かない。日付を超えて夜中も待っていたが連絡は来ず、結局次の夜が来てしまいそうだった。まぁ、二週間前に話した時点で〆切の日を把握していなかったのだからある意味予想通りと言えばそうなのだが。

  もちろん困るのは困るのだが、依頼もいつもギリギリで完成させ、部誌に至っては毎回遅刻する常習犯であることを分かった上での〆切設定なのでそこを過ぎること自体は予想の範囲内であった。連絡が一切なく、既読すら付かないというのは不安でもあるのだが、難にせよ大変なのはここからだな。

  「猫外からはまだ何も連絡無いのか。」

  「あぁ。」

  「全く、あいつはいつもこうだな…。」

  俺の下宿先に作業会をしに来ていた狼野はもしかしたら俺より怒ってくれているかもしれない。むしろ俺は狼野にちょっとした愚痴とか吐けるから考えが整理されてメンタル的には楽なのかもな。

  「流石にひどくないか?いつも〆切を守らない上に連絡までしてこないなんて。他のコミッションとかもいつも〆切間際に描いてるんだろ?」

  「確かにそうだけど、まぁ最近元気ないっぽいし疲れてるのかもな。」

  実際ここのところ幾分か元気が無いように見えた。部誌も結局原稿落としてあいつなりに落ち込んでいた様子だったし、調子悪いのかもしれない。

  「疲れた…ってあいついつも遊んでばっかじゃねぇか。」

  「知り合いも多いから誘いも多いんだろ。スランプみたいなものじゃないか。」

  人付き合いが多ければそれだけ悩むことも増えるしな。何より漫画描くのって結構しんどいからな。同人ともなればプランナーも作画も編集も校正も広報も全て自分でやらなければならないし、特に面白いネタを考えるのって難しい。思うように描けないことだって多々あるし、水影もあいつなりに悩んだりしているんだろう。

  「鹿内とあいつの合同誌だし、お前がそういうならいいけどさ。でもこんだけひどいの、切った方がいんじゃねぇの?」

  「もう少し、待ってみるよ。」

  何度も原稿を落としていてはあいつも悔しいだろうしな。もし水影に描く意思があるのであればもう少し待ってみるのもいいだろう。

  「そうか。ま、なんかあったら言えよ。」

  「ありがとう。助かるよ。」

  大変な時に味方してくれる人がいる、話を聞いてくれる人がいるというのはありがたいことだ。今回のことだって正直気分が良いものではないが、こうして喋れている分まだしんどくはない。

  「で、今日のところはどうするんだ?」

  「とりあえずは出来ること進めるよ。自分の原稿は終わったけど、全体の編集とかあるしさ。」

  「そうか。何か手伝うことあれば言えよ。」

  「ありがとう。」

  気を取り直して作業に戻ろうとしたところで自分のスマホが光っていることに気付く。手に取ってみれば水影からのチャットの返信だった。

  「ごめん。再来週の金曜に出す。」

  「分かった。待ってるよ。」

  水影からの再度の〆切の提示に安堵の息をつく。俺の様子を見て何か察したのか狼野もどこか安心した様子で問いかけてくる。

  「何か連絡きたのか?」

  「あぁ、水影から。再来週には出すって。」

  「入稿は間に合うのか?」

  「印刷料は結構上がるけど、まぁなんとか。」

  「もしあまりきついようだったら…。」

  「いや、バイトの貯金もあるし大丈夫。気持ちだけもらっておくよ。ありがとう。」

  俺の言葉を聞いて狼野もやっと表情を和らげる。普段から表情が固い狼野だが、今日は一段としかめっ面だったから、少しは安心させられたのだろう。まぁ心配させてしまっているのは俺なんだけど。

  時間的には余裕あるけど、残りの作業も終わらせて水影の原稿が来たらすぐに入稿できるようにしておかなきゃな。

  *****

  「合同誌、どんなのにしようか。」

  「んーそうだなぁ。同じ世界観で別のキャラの日常を描くとか?」

  「あぁ、合同誌らしくていいな。」

  「だろ~?」

  楽しかった、水影と何かするのは。水影の発想はいつも魅力的だったし、あの絵が好きだった。真面目に創作の話をするのも、何でもないようなくだらない話をするのも好きだった。だからこの合同誌も良いものにしたいと思った。今までのどの作品よりも気合が入っていた。そして、水影も少なからず楽しんでいてくれていた、多少の遅刻はあろうがなんだかんだ良いものを出してくれると思っていた。俺とあいつは昔なじみの腐れ縁というか、内心親友だと思っていた。けれど、それは俺の想い違いだったのかもしれない。俺が勝手に行き過ぎた想いをもっていただけだったんだろう。

  「あと一週間くらいだけどいけそうか?」

  「明日、終わりそうか?」

  「今日〆切だけど大丈夫そうか?」

  返信の無いスマホを眺めては溜息をつく。これを何回繰り返しただろうか。俺の方でできる作業ももうなく、水影の原稿を待つだけという状況が余計につらい。

  直接水影の家に行って確かめれば良いのだろうけれど、ここ最近のすこしギクシャクしてしまった状態で会うのも少しためらわれた。まるで自分が取り立てにきたヤクザのようにでも思えてしまいそうだった。俺だって催促なんてしたくない。原稿自体はそりゃ多少しんどいものだが、それ以外のところではもっと穏やかにやっていきたい。そんなに贅沢な願いだろうか。

  その時ずっと黙っていたスマホがブブブと振動する。ハッとして画面を見ると狼野からの電話だった。あまり人と喋りたい気分ではないが狼野のことだしこのタイミングで電話してきたということは何か重要なことだろうと応答のボタンをタップする。

  「もしもし。」

  「狼野だ。今大丈夫か?」

  「あぁ、うん。」

  「忙しいのに悪いな。原稿の方なんだが、大丈夫そうか?」

  やっぱりこのタイミングならその話題だよな。よく心配してくれているのはありがたいけど…。

  「あ…水影とは、連絡が付かなくて。」

  「くそっあいつ…。鹿内、言いにくいんだけどな、猫外のやつ、今SNSのフォロワーと旅行に行ってるらしいんだよ。」

  「えっ?」

  いや、まさか。流石に水影でも、そんなこと…。

  「SNSで繋がりのある奴らの投稿でな、猫外が旅行に同行しているっぽいことが分かったんだよ。実際、家を訪ねてみたが不在のようだった。」

  「そう、か…。」

  頬に熱いものが流れていく。息がつまり、視界がぼやけ、耳が遠くなる。自分が自分でないような、生きている実感が湧かない。頭の中で思考がまとまらず、ただ胸の鼓動が止まりそうな程に空虚だった・

  「…い、おい。鹿内、大丈夫か?」

  狼野の呼びかけで、完全に閉じていた外界との通信をどうにかつなぎとめると、途端に胸の奥底から様々な熱が溢れ出て今の自分を理解する。

  俺、泣いてるんだ。

  悲しい?悲しいんだ、俺。そうか。俺は水影のことを親友だと思っていたし、水影と過ごすことが何よりも楽しかったし、水影の作品が好きだったし、水影の悩みにも寄り添ってきたつもりだった。でも、独り相撲だったんだな。水影にとってはどうでも良かったんだろう。あぁ、バカだな、俺は。

  「狼野、俺、もうダメかもしれない。」

  今までずっと支えになっていたものがぽっきりと折れてしまったように思える。何を頑張ってきたのか、何で頑張ってきたのか、分からない。

  「鹿内…。もう…もういいんだ。頑張ったよ、お前は。」

  そう、間違っていたならもうやめてしまえばいい。何等かの事情で欠席するサークルだって珍しくないのだ。無理する必要はない。結局俺の自己満でしかないんだから。

  「鹿内の原稿だけで本にしたっていいし、冬コミ自体取りやめたっていい。…これ以上は頑張らなくてもいいんだ。」

  「うん…。」

  その甘言に従ってしまいたくなる。いや、別に甘えていいはずだ。分かっている。これ以上傷つかないためにはそれが一番良いって。でも…でも…、なんでだろう。あきらめたくないって気持ちが確かにあった。胸の奥底の、本当に今にも潰えてしまいそうな埋もれかかったか弱い気持ち。自分でも理由はよく分からない。でもそこにあるってことだけは分かるのだ。一瞬でも油断すれば押しつぶされてしまいそうなこの心をかろうじて支えている何か。支柱を失い崩れそうな心をたっ一本で留めている何か。ふんばるからこそ余計に苦しいのに、まだ膝を折りたくはないと呟いている何か。

  「…でも、最後に、もう一度。もう一度水影と話してみる。」

  それは、再起しようと言うにはあまりにもか細く、震えた声だったと思う。みじめで、情けない嗚咽。でも、今自分を立たせている何かを、自分を苦しめている疎ましい何かを、どうしても無視できなかった。

  「お前っ!これ以上は…っ!いや……分かった。一人で大丈夫か?そっち行くか?」

  「いや、大丈夫。ありがとう。」

  正直、今起きているのもやっとだけれど、また甘えてしまいそうだから…。

  「分かった。何かあったらすぐ言えよ。」

  狼野との電話を終え、天を仰いで深呼吸する。まだ双眼からは気持ちが溢れていて、立つ足はこんなにも弱弱しい。でもきっと、この足は長くはもたないから。ふるえる指先で水影に電話をかける。

  「……もしもし。」

  出てくれないかもしれない、という不安とは裏腹に繋がった電話から水影の声が聞こえてくる。かすかにジングルベルの曲が聞こえてくるからどうやら外にいるらしい。

  「今どこにいんだよ…チャットも返さないで、〆切だぞ…。」

  「…ごめん。」

  「何で、こんなときに旅行なんて行ってるんだよ。」

  「俺だって予定とか約束があるし…。」

  「俺との約束だってあるじゃねぇかよ!」

  「……。」

  「早く…早く帰ってきてくれよぉ……。」

  「……明日、明日に帰るから、明後日には出す。」

  「……もう、後は無いんだからな。」

  「分かった。」

  その言葉を聞いて電話を切る。

  「うっ……くぅ……っ。」

  止まれ、止まれと思ってもせき止める弁はもうなく、濁流は想いをぐちゃぐちゃに混ぜ込みながら零れ落ちる。やっぱり、独り善がりだったんだな。それでも、これだけは…。

  俺は足を引きずりながらベッドに身を投げた。

  (つづく)

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