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風切羽

  3月。

  野花の香りを纏った風が網戸の隙間から入り込んで心地よく身体を包む、そんな春の日。

  背を丸めて寒さに耐える冬が終わり、陽気に当てられた人々が新生活や上半期開始に向けて活発に動き始める季節だというのに俺は何をするでもなく、窓際でシャツを捲り腹を出しながら仰向けでぼうっと寝転んでいた。

  絶賛日向ぼっこ中。

  胸の部分まで露出したとても人様には見せられないようなはしたないポーズではあるが、普段陽の当たる頭や腕なんかと比べて服に隠れるうえ、体毛の薄い腹の部分はブラッシングなんかも雑になりがちなので時折こうしてメンテしてやる必要がある。

  尻尾の裏や尻の穴を日光浴させるマニアもいるそうだが、さすがに俺はそこまでする気にならないのでこうして内臓をあっためるくらいがちょうどいい。

  洗濯物も布団も外干しできるし家事をやるにはもってこいな快晴なんだけどドスドス部屋を歩き回ることで夜勤明けの勦介を起こしてしまうのも忍びないし、何より靴下ハンガーの洗濯ばさみは全てヤツの長い風切羽で埋まってしまっていた。

  ヘアスタイルのために結構伸ばしてるからまぁまぁサイズがデカい。

  先程帰ってきて長い間シャワーを浴びてきたかと思えば窓際で濡れた羽根を1本1本ピンチで留めていく姿に魔除けのおまじないか、はたまた黒魔術の類かと思ったが本人曰く『内職』だそうだ。

  最近パチスロで負けこんでるから軍資金調達に躍起なのだろう。

  何を作るかは知らないが、獣人が身体の一部を加工して売買するのはけっこう、というか、かなり法律が曖昧で例えばアヒルやガチョウの獣人たちが自らの羽根を用いて枕や布団やシャトルコックを作るのは合法だがシカやゾウの方々が角や牙を削ったり折ったりして売るのはご法度だ。

  それは経済活動の自由と権利を奪っているとも取れるし、身体に種族で優劣をつけているとも取れるので非難の意見もあるがシカの角なんかは漢方、ゾウの牙は工芸品として売れるのでそれ目的の暴行を未然にを防ぐためだったり、自分の身体を使ったハンドメイド品は課税対象にならないから脱税に用いられやすいとかまぁ理由はとやかくあるが多分単価の問題だろう。

  事実、角や牙と違い羽根や羽毛は頻繁に抜けるし考えることは皆同じなので羽毛布団や枕なんか供給過多もいいところで、100円ショップにダブルのサイズが3枚セットで売りに出されているくらいには単価が安い。

  (もちろん俺と勦介の布団も激安羽毛だ。)

  献血の返礼品の内容が年々しょぼくなるみたいなもんで、社会において“カラダ”を“カネ”に、簡単に変えてしまうというのはとかく忌避されるのだ。

  なのにヒツジやウマ、それこそ長毛のイヌが体毛や髪をカツラやエクステに加工して売買するのは違法じゃないし高い値段を付けたオリジナルブランドすらある。

  俳優や女優が映画上映後、伸ばしていた髪をバッサリ切って舞台そのままのカツラに加工しオークションに売るがそれはいいのか、売り上げを寄付するのならどんな名目でも許されるのかとか、

  シカの角も成長につれて自然に抜け落ちたものならオッケーというブラック寄りのグレー理論とか、

  臓器提供の一環ならセーフとか、

  格安アパレルのために売春街で産まれた子供を娼婦から買い上げて1箇所に閉じ込め、羽や毛を文字通り『毟りとって』いた事例とか、

  これらを規制する前にまず使用済みの下着なんかを売買するのをもっと厳しく取り締まりなさいよなどなど…

  まぁテレビやネットでたくさん議論はされているものの、なぁなぁで回っているのが現状であり社会に生きる獣人たちも口にはしないだけでうっすらと現状維持を望んでいる。

  だからカーテンレールに引っ掛けられ、春風に吹かれて赤ちゃん用のベッドメリーみたいにゆらゆらと揺れるこの風切羽たちもまぁ、大丈夫だろう。

  春の陽気のせいか、はたまたどうでもいいことをぼんやりと考えていたからか、少し眠たくなってきたので目をつぶると日光が瞼の裏まで温めてくれて心地いい感覚だ。

  …警官を辞めて無一文になった直後は平日の昼間っから寝転がることに罪悪感を覚えたりすることもあったけど、勦介と暮らすようになってからはその感覚も皆無に等しくなってきた。

  いやにゆっくり流れていた雲や、机の上でだけ議論する有識者ぶったお偉いさん方は売る程長い体毛もなければ脱税もしない俺の事になど興味はない。

  生きてたって眠ってたって世間は大きく変わりゃしないんだから寝たい時には寝ればいい。

  家事だって後回し。

  布団なんて洗わず買い換える時代だしな。

  ぐぅ。

  ##########

  懐かしい記憶。

  勦介の羽根は濡れてぐしょぐしょだった。

  凍てつくような雨とヘドロとゲロが被さって、重く萎んだそれをアイツはひたすらブチブチと引き抜いて、むしって、ちぎっていた。

  …ちぎってちぎって、ちぎってちぎってちぎって、最後には己の全部を消して無くしてしまいたいかのような勢いで小さくうずくまりながら羽根を抜く勦介に俺は傘を差し出したのだが意にも介さない 。

  俺は傘を捨てて手を取り起こしてやると、冷えきって、汚れきった身体をゆっくり抱き寄せてただひたすら、一緒に濡れてやった。

  勦介は胸に顔をうずめながら俺の背や頭を探って、掴んで確かめていた。

  抜けてしまわないのを、無くなってしまわないのを確かめていた。

  冬。

  ただ、胸を伝い落ちる涙だけが熱かったのを覚えている。

  ##########

  むずがゆい感覚がして目を起こすと、目の前には勦介の足があった。

  背中側がかなりあったかいのでどうやら寝返りを打っていたらしい。

  勦介も布団から起き出してきたばかりなのか、脛の辺りの羽毛が静電気でふわふわと逆立っていたのでそれが俺の鼻をくすぐったようだ。

  「あ、わり。起こした?」

  「んにゃ、少しうとうとしてただけだよ。」

  …ふわふわしてらぁ。

  なんとなく脛の白い羽毛を何本かぶちりと抜いてやると、痛てぇよと言いながら身じろぎしたのでなんか面白くて笑ってしまった。

  「…?…シャンプー変えた?」

  「ああ、今日は特別に子供用のやつで全身洗ってるからおもちゃっぽい香りするかも。」

  洗濯ハンガーから羽根を取り外し、太陽に透かしながら吟味する勦介。

  「内職になんか関係あんのか、それ。」

  「んー、羽根ペン作るんだけどさぁ、いつも使ってる大人向けのシャンプーで洗うと刺激強いから経年劣化激しくなるんだよ。だから低刺激のものがいいってわけ。」

  「…なるほどなぁ、お前羽根伸ばしてるからでっかいの作れんのか。」

  「そゆこと。贈答品として出品すっから多少値段釣りあげても売れるし、新生活前だから需要あるし、ま、ワリのいいバイトって感じよ。」

  「カッターで切れ込み入れてリボン巻いて箱詰めただけでぼろ儲けってか…羨ましいねぇ。」

  「ちなみに女の子向けのシャンプーで洗った後のペンが匂い的に1番売れるぜ。」

  「それはあんまり聞きたくなかった。」

  こいつ女児向けアニメのパッケージのシャンプー買ったのかよ。

  …金の為とはいえ少し引くわぁ。

  先程ウトウトして寝返りを打った時に腹を出しっぱなしにしていたせいでせっかく温めた内臓の温度がパーになっていたため、再び腹の日向ぼっこを再開した。

  まだ日も高いし、家事はもう一度腹を温めてからでいいだろう。

  すぐ隣では勦介が羽根先に切れ込みを入れている。

  「もうすぐ4月かぁ、2年くらいか?小車と一緒に住んで。」

  「そんな経ったっけ?早ぇもんだなおい。」

  「なー。」

  「…新生活か、そろそろ正社員の誘いとか来ねぇかなぁ。」

  「脱フリーターしに一緒にハロワでも行くかぁ?」

  「んー…まだいいかなぁ…日向ぼっこ気持ちいいし…家事もしなきゃだし…勦介は?」

  「…俺も羽根ペン作るので忙しいしなぁ…新台入替もあるし…」

  「いそがしいよなー。」

  「なー。」

  まだ日は長いし、春先だからって焦る必要も無い。

  飢えてるわけでも誰に迷惑かけてるわけでもなし。

  「今日の晩飯なににする?」

  「そうだなぁ…。」

  

  寝っ転がって日に当たる暮らしも、そう悪くない。

  勦介とぼやきあってる内にまた眠くなってきたので、俺は再びとろとろとした微睡みの中へと落ちていくのだった。

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