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真夜中、草木も眠る漆黒の闇の中、声が響く。
「ん……っ……ぐっ…あ…あああっ……!」
痛みと恐怖が混じりながらも、快楽に悶絶している艶かしい喘ぎ声。
草木を掻き分ける音と共に男が吐息を漏らす。
「やめっ……助けて……っ!」
男は、目に涙を浮かべ、強引に引き裂かれた衣服を纏っていた。
否、もうすでに纏うと言う程は残っておらず、浅黒く日に焼けた屈強な体と、うす汚れた褌が丸見えだった。
そんな体格のいい男が、顔を引きつらせ、褌の中身を怒張させながら、黒い影に襲われていた。
人の体を成している影は、後ろから男を羽交い絞めにし、抱き寄せた手で男の乳首を念入りに擦る。
刺激に硬くなった乳首を弄び、体毛の濃い男の太股やへその周りを撫でながら、荒く熱い吐息を男の耳に浴びせる。
「いっ…嫌だ…離せ…離せ……もう嫌だっ!」
何度も手を振り払おうとしても、影が掴んだ男の腕はびくともしない。
――もうどれ程前からかはわからないが、男は生暖かく柔らかい影の体に包まれ、弄ばれていた。
影は男の命や金品を奪おうというようではなかった。
ただ単に、偶然通りかかった男を襲い、衣服を破り捨て、驚く男に襲い掛かった。
初めは何が目的なのかを理解出来なかったが、すぐに知る事となる。
大きな人影は肩で荒く息を吐きながら、片手で力強く男の頭を鷲掴みにし、自らの股間に押し込んだ。
驚いた男の口に捻じ込まれる、影の巨大な男根。
暗がりでよくは見えなかったが、鼻を突く異臭と、舌先と口内の感触が、それを男根だと確定させた。
まるで周囲に群生する立派な青竹のように太く硬いそれを、喉の奥まで捻じ込まれる。
悲鳴にならない声を上げ、歯を立てるなどという抵抗も出来ずに、それが力強く動く。
男自身のそれよりも遥かに立派な、しっかりとえらの張った部位が口に擦りついていった。
びく、と影が体を震わせると、口に捻じ込まれた男根が硬くなり、男の体内目掛け、喉奥から犯していく。
口から鼻へ抜ける独特の異臭と、今までに味わったことの無い異様な味わい。
熱くどろりとした、喉が詰まりそうな程に硬い粘液が、容赦無く奥へ奥へと流し込まれていった。
嗚咽が止まらないが、口が塞がれ、物凄い勢いで流し込まれるので、吐き出す事が許されなかった。
ぼろぼろと涙を流しながら喉を鳴らし、男の腹は強制的に満たされていく。
頭上から荒く呼吸をする音が聞こえたが、見上げても暗闇の中、相手の顔は見えない。
まるで化物のような力と男根を持ったこの男は何者なのだ。
唾液と精液にまみれた男根を引き抜かれ、より強い異臭が鼻を突きぬける。
男はその場に四つんばいになり、湧き上がる吐き気に嘔吐しようとするも、何もでない。
得体の知れぬ男の精液を強引に飲まされ、出す事すら許されない。
顔を上げ、潤んだ目で影を睨むが、直後その怒りは恐怖へと変わった。
眼前に映されたのは、闇に隠れていない、未だ怒張する男根であった。
この影はまだ、物足りていない。
本能的にそれを察した男は、声にならない叫びを上げ、すぐさまその場を逃げ出した。
もたつく手足をばたつかせながら走り、よろけながら体を起こし、走る。
逃げなければ、これ以上何をされるかわかったものではない。
振り返らずに、全力で駆ける。
男の臭いに時折えづきながら、荒く息を吐き出し、走った。
そして、ふと、強い風が吹いた。
竹林を揺らし、男の頬を強く撫でた風。
「……えっ」
風を吹かせたもの、巨大な影はいきり立った男根を見せつけながら、男の前に立っていた。
すぐさま踵を返し逃げようとするも、影に腕を掴まれ、今に至る―――
「何が、何が目的なんだよ!」
目的など、男の中ではある程度予想はついていた。
だが、あまりにも不明瞭な点が多すぎる為、ついそう怒鳴らずにいられなかった。
あまりにも熱く硬い、巨大な男根が男の臀部に押し付けられる。
口に捻じ込まれたあれを今度は下に挿入されるのかと思うと、男は冷や汗が止まらなくなるはずだった。
代わりに流れた汗は、火照った体から溢れる汗だった。
無理矢理犯されているはずなのに、興奮している。
褌が張り、臀部の食い込みがさらに強くなっていく。
男はさらに混乱していった。
逃げたいはずなのに、この行為を求め、興奮しているのだ。
そんなはずはない、男同士で交わるなど有り得ない。
だが、あの男の憧れとも言える男根で力強く犯されたら、例え同性とて容易に果ててしまうだろう。
徐々に体が、頭が、影の男根を求めていくようになっていた。
もしかすると、このものの精液に、そういった作用があったのやもしれない。
締めこまれた褌をずらし、男の入り口に男根が押し当てられる。
「ひっ……!」
やはり、嫌だ。
現状に気付き、意識が鮮明になる。
今、得体の知れない男に犯されてしまう。
逃げなくてはいけない、逃げて、このような危険な男が居る事を伝えなければいけない。
徐々に力が込められ、巨大な男根が門を徐々に広げていく。
「嫌だっ!やめろっ!頼むぅっ!いやだあああああああっ!」
年甲斐も無く駄々をこねるように、男は体を悶えさせ、叫ぶ。
しかし、影の動きは止まらなかった。
ずん、と一際強く腰を突きあげると、男根が捻じ込まれ、男の体に痛みが走る。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
夜の竹林に、男の叫びが響き渡った。
それ以外は何も聞こえない、静かな夜だった。
ただ、力強く何度も犯されていき、痛みは快楽へと変わり、叫び声に艶が増していく。
「んああっ!あっ!あああっ!ひぐっ!ぐああっ!こんな!こんなぁぁっ!」
精も根も全て尽き果てた、真っ赤な血と白濁の粘液にまみれた男が、翌日発見された。
痛みと衝撃でか、男は何も覚えておらず、虚ろな目で呼吸をするだけのものに変わり果てていた。
[newpage]
それから、数週間後。
人気の全く無い竹林を歩く若者が一人。
名を、袁峰、と言った。
職務を全うする、評判の良い役人だった。
彼は真面目で優秀だが、その性格故、時折融通が利かなくなる事も度々あった。
それが今回も出てしまったようだった。
近隣の村では、この竹林には人を食らう化物が出る、と恐れられ、もう誰も近寄らないと言う。
しかし、袁峰の用がある街へは、この竹林の道を通るのが一番近く、早いのである。
真面目である彼は、一刻も遅れる事は仕事をするうえで無礼であるとし、この竹林を進む道を選んだのだ。
急がば回れ、と言うものだが、こうなった彼には何も聞こえない。
村人の制止を振り切り、こうして歩を進めているに至るのだ。
それにしても、何も無い竹林だった。
本来ならば動物か、あるいは虫の音でも聞こえるものだ。
しかし、時折吹く風が竹を揺らすざわめきのみで、後広がるのは月光に青白く照らされた道と、暗闇のみ。
化物が出るにはうってつけの、不気味な雰囲気だった。
妙な沈黙が、余計に疑心を生み出している。
胸の辺りが焼け付くような、体の内側が重く感じる気持ち悪さに襲われていた。
「まったく…いい年をして何に怯えているんだか」
引きつった顔で、袁峰は自身を嘲笑してみせた。
当然、返す言葉は一つも無い。
昔ならば、出来のいい友人が容赦無く説教をしてくれただろう。
かつて、共に役人として働いていた李笙という男が居た。
何をやらせても、さも昔から知っていたかの如くこなしてしまう、言わば天才であった。
それを自覚していたのか、どうにも彼は他者を見下す傾向があった。
仕事が出来て周囲を見下すような男が慕われるかと言われれば、答えは当然否、である。
徐々に彼を煙たがる輩が増え、孤立していくようになった。
だが、袁峰は不思議と彼の小言が嫌ではなかった。
口は悪くとも天才だ、的を得た指摘に縦に頷くことばかりだった。
気付けば共に行動するようになり、友として親交を深めるようになっていたのかもしれない。
だがある日、李笙は役人を辞めてしまった。
昔から追い続けていた夢が諦めきれず、これが最後の機会では、と一念発起したらしい。
自分の担当していた仕事をきっちり終わらせて居なくなるあたり、彼らしいと思った。
しかし、それからずっと連絡もとれず、噂すら聞かない。
ふと、人を食らう化物が現れる話を聞き、最悪の状況を考えてしまっていた。
袁峰自身の身ではなく、孤独であった友人の心配をするなど、本人に聞かれたら怒られてしまいそうだ。
声に出し微笑したが、暗闇に包まれた竹林には声すら無い。
だが、先程に比べれば気分は少し軽くなった。
少しでも早く目的地に着く為にこの道を選んだのだから、一歩でも多く前に進まなくては。
暗いとは思っていたが、冷静になってみれば、満月が明るく足元がおぼつかない程ではない。
何事も怯える心が悪い方向へ持っていくのだと自分自身を説得させながら、袁峰は竹林を進んでいった。
それから何刻か過ぎた時。
突然、がさり、と、今まで何も無かったはずの竹林から音がした。
風によるざわめきではなく、何かが動き、擦れた音だった。
思わず足を止め、袁峰はそちらを見やった。
そして、足がすくんだ。
暗闇に光る二つの明るい点が見えたのだ。
月光に照らされ、うっすらとだが大きな影が見える。
人というには余りにも大きく、おそらく目であろう光もどこか鋭い。
それは徐々に袁峰へ近づいてくると、突然動きを止めた。
「…………まさか………お前………袁峰…なのか?」
袁峰はすくんでいた足に力が入らなくなり、思わずその場にへたり込んだ。
黒く大きな影が、喋ったのだ。
それだけではない、その声に聞き覚えがあり、向こうはこちらに面識があるのだ。
化物に知り合いは居ないが、声の主ならば知っている。
「…李笙……?」
そんな事は無いだろうとは思ったが、思わず友の名を呼ぶ袁峰。
知っている李笙はそこまで大きくは無いどころか、むしろもっと細身の男だった。
さらに言えば、こんな所で何をしているのだろうか。
「……そうだ」
だが、影は自分を李笙である、と認めた。
一体何がどうなっているのかが、袁峰には理解出来なくなっていた。
頭の中で情報を整理するにしても、どこかでそれを否定している。
天才と言われた役人の彼が、何故竹林の中で目を爛々と輝かせているのか。
「驚いているようだな、袁峰」
「…い、いや…それは当然だろう…何故君がここに居るのか…」
「……だろう、な」
竹林の中の彼の声は、あまりにも冷静だった。
「俺は詩人となる夢を捨てられず、各地を旅しながら歌を残していこうと思った。
だが、あれは昨年程だろうか。旅先でふと何処からか声が聞こえたのだ」
李笙は竹林から姿を見せず、淡々と語り始めた。
「今となっては何を言っていたのかすら思い出せないが、まるで頭の中をかき乱されるような感覚だった。
気が狂いそうになり、頭を抱え叫びながら走り続けたのだ。
意識を失い、目が覚めた時にはこの竹林に居て、体はとても他人には見せられぬ姿へ化生していた」
説明を聞いても、にわかには信じ難い内容だった。
だが袁峰は、それを嫌がおうにも信じずにはいられない状況へと追い詰められる。
「俺は…人虎になっていたのだ」
竹林から顔を出し、月光に体が照らされる。
うっすらと映し出されたその上半身は、李笙の面影が一つも無かった。
丸太のように太い腕、筋肉の鎧を纏った体、全身を覆う黄色と黒の立派な体毛。
そして、どこから見ても虎であると言わざるを得ない顔。
説明として安直だが、それ以外にはどうも言い表せない。
「信じられないだろう?俺も初めはそうだった」
虎の顔が、李笙の声で自嘲しながら喋っている。
袁峰は目を見開き、さながら池の鯉のように口をぱくぱくさせるので精一杯だった。
「そして…この姿になってから…時折自分が自分では無い感覚に陥るのだ。
体が疼き、喉が乾く。さながら飢えた獣が如く…血肉を求めている自分がいるようなのだ。
それは日に日に体の内側で大きくなり、体を蝕んでいるようにすら思えてくる」
李笙は虎そのものの手で顔を押さえ、苦悩するように顔を横に振る。
頭を抱えながら、助けを求めるように叫んでいるようにも見えた。
「俺はそのうち…人虎ではなく……虎そのものになってしまうだろうな……」
「よ、よくわからないが…どうにか、出来ないのか…?」
「出来ぬな。おそらくこれは、我が傲慢さが生み出した心の権化。いわば神が俺に下した罰なのだ」
罰だと、と袁峰が呟くと、李笙は同意し、頷いた。
「他を見下し、あざける俺を、誰もが許さなかったのだろう」
「そんな事は無い!」
悔やむ李笙の言葉を遮る、袁峰の叫び。
それは上辺ではなく、彼の本心だった。
何故ならば、袁峰は彼が他を見下すような男ではない事を知っているからだ。
形はともかく、心を許してくれた友だった。
それとも、そう思っていただけだったのだろうか。
「…違う…李笙、君は……決して冷徹な人間ではない…!」
彼に呼びかけるだけでなく、自身に言い聞かせるように、袁峰は叫んだ。
風が吹きざわめく竹林の中に、その声が響いていく。
[newpage]
そして、また静寂が辺りを包み込んだ。
柔らかく、冷たく月光が二人を照らす。
人間である袁峰と、獣になってしまった李笙の姿を。
それは、友の姿を認めろと言わんばかりに。
「……元には…戻れぬのか……李笙!」
「残念ながらな。しかも、意識が遠のく時間が徐々に延びている。完全な虎と化すのも時間の問題だ」
原因が分からない以上、どうする事も出来ない。
顔から手を離し、李笙は溜息を漏らす。
「………すまないな、袁峰」
「何故謝るんだ!君は…」
「最後にお前に会えて良かった、と思ったが……逆に辛い思いをさせてしまう結果になってしまった。
いっそ会わなければ…このような姿を見せる事も、無駄に気を病ませる事も無かっただろう」
嘲笑を浮かべる、人虎となった李笙。
その姿が、滲んで見えなくなる。
袁峰の頬を伝う、一筋の雫。
もし、彼が虎となったのが彼の傲慢なのだとしたら、それは絶対に無い。
今の李笙の言葉に、他人を侮蔑するような気持ちは無かった。
かつての仲間を気遣う彼に、何故このような仕打ちを。
胸が締め付けられるような痛みに襲われ、袁峰は涙が止まらなかった。
「獣となった俺に対し、涙を流すか…」
「当たり前だ……友達じゃないか……」
「………友…」
袁峰の言葉に、しばし考えた後、李笙が小さく呟いた。
役人の地位を捨て、詩人になれず獣となった傲慢な男を、友と呼ぶか。
忌まわしき姿となった自分を見てもまだ、友と呼ぶなんて。
なんと愚かだ、と小さく嘲笑し呟いた声は、震えていた。
「…袁峰、もうすぐ夜が明ける。お前はもうこの竹林を出て行くのだ。
このままだと俺は獣になり、大切なお前を食らってしまう…それだけは避けたい」
背を向ける李笙。
その背中は大きく、斑模様の尻尾が揺れていた。
かつての面影は微塵も無く、ただ人虎が立っている、それだけだった。
袁峰は涙を拭い、駆け出した。
しかし、それはこの竹林から出て行くものではなかった。
竹林の中の李笙に後ろから抱き付き、体毛に顔を埋める袁峰。
「……もう、会えないのか…」
「そうだな…俺はもう死んだものだと思ってくれ。現に誰もがそう思っているはずだ」
「嫌だ…私は……」
抱き締める腕に力が入る。
背中越しの温もりに、心が揺らいでしまう。
だが、必死に我慢しているものを解放してしまうと、もう自分が自分ではいられなくなってしまう。
李笙は彼の手を解き、袁峰に向き直す。
「頼む袁峰…これ以上……俺を苦しませないでくれ…」
月光に照らされる李笙の一糸纏わぬ姿。
武人のように逞しく隆起した肉体と、それを覆う黄と黒の体毛。
しかし、それよりも自身を主張していたのは、彼の股間にそびえる猛々しい男根であった。
子供の腕程もある太さと、思わず見惚れてしまう位に立派にえらの張った先端。
体毛と対を成すように浅黒くなった竿に浮き上がった血管が、男らしさをさらに誇張していた。
「……あ、あまり見るな……」
何を、とは言わなかったが、李笙は照れているようだった。
袁峰は、脈を打ちそそり立つ彼の男根から、目を逸らせなくなっていた。
男同士ならば、その大きさは少しばかりは気にかかる。
しかし、眼前のそれからはもっと違う何かを感じていた。
何故興奮する対象が無いのに、こうも痛々しく膨れ上がっているのだろう。
それは先程から李笙が言っていた「獣」のようだ。
まるで涎を垂らし飢えているように見える。
「李笙……苦しくはないか?」
ごくり、と唾を飲み、袁峰はそこへと手を伸ばす。
すると虎の手が彼の手首を掴み、李笙は首を横に振った。
「…駄目だ……触れてはならない」
「しかし…苦しいのだろう?」
「一度体を許せば最後……お前が骸になるまで…心も体も…貪りつくしてしまう……それが嫌なのだ、俺は!」
掴んでいた手が、はらり、と解ける。
「俺は…虎に化生する前からずっと……お前を食らいたいと思っていた。
抱き締め、快楽を求めようとしていたのだ…!そんな自分が醜く、浅ましいと思った!
男が男に恋焦がれるなど…許されるはずも無い…!どうせお前の事だ、傷つく事を承知で受け入れるのだろう!」
「…そうだな、私は李笙を受け入れ、抱かれてもいい」
「それが許せなかったのだ!日に日に湧き上がる想いに耐えられず、俺は出て行ったのだ!
慢心などではない、身勝手な情欲が俺を獣にしたのだ!見ろ!この男根が何よりの証拠だ!
気が狂う程にこの男根が疼くのだ、快楽を求めろ、全てを吐き出せ、と!」
感情的になり、李笙が叫ぶ。
それが、彼の本心だったのだろう。
声が響き、視線を合わせない二人を竹林のざわめきが周囲を包む。
しばしの沈黙が訪れた後、袁峰は彼に声をかけた。
「ならば、私を食らえ」
「だから何故分からない!お前を抱きたいが…愛するお前には…生きていてほしいのだ…!」
「しかし、もし虎になってしまっては、他の者を食らうのだろう?役人としてそれは許し難い。
何より私は……君に愛される事が嬉しいのだ。やっと君の心の内を聞けて、というのもあるかな」
照れるように頬を赤らめ、袁峰は笑った。
その表情に心が揺らぐ、しかし、それではいけない、と李笙は自分に言い聞かせる。
すぐにでもありったけの想いを袁峰に伝えたいが、それでは今までの自分の行為が無駄に終わってしまう。
「……出来ない。お前は生きろ…頼む……もう……限界なんだ…」
「人を食らう虎として処分されるより、どうせ虎になるのであれば、願いを叶えた虎として生きてほしい!」
「黙れ!」
突然、李笙は苛立つように手を振り抜く。
ぶつかった竹が音を立て折れ、鋭い爪痕を残す。
「いいか、李笙を知っているのはお前だけだ袁峰…たとえ俺が処分されようと…世間は何も気にしない…
だがお前は役人としての務めがある、必要としてくれる者がいる、それを忘れるな!それが役人だろうが!」
「それじゃあ!君は最後まで一人ぼっちじゃないか!」
吼える人虎に物怖じもせず、袁峰は一歩前に出て、反論する。
「私は君の友だ!そして何より…愛してくれた事が嬉しい!私も、君を愛したい!その時間が少しでも欲しい!」
「だったら!最後に愛する男の願いくらい聞いてみせろ!」
力強く叫び、李笙は背を向けた。
袁峰はその背すら、まともに映ってはいなかった。
大粒の涙が頬を零れ、地面を濡らす。
何も言い返せず、その場に崩れ落ちそうになる。
だが、それではいけない。
最後に残った理性で本能を押さえる李笙の想いを無駄にするわけにはいかなかった。
「李笙っ!君は……決して最後まで一人ではなかった!最後まで…それを覚えていてくれ!」
震え、上ずった声で袁峰は黄色い背にそう呼びかけ、力の入らない体で必死にその場を後にする。
友との再会がこんなにも残酷なのであれば、会わなければよかった。
何故このような事になってしまったのか。
締め付けられる胸の痛みに、袁峰は声を出して泣いた。
その声が聞こえなくなるまで、李笙は竹林の中で聞き続け、肩を震わせた。
冷たく照らしていた月は沈んでいき、眩い太陽の光が顔を出す。
暗い森を抜けた袁峰を待っていたのは、明るくなってゆく空だけだった。
あとは、仕事くらいだ。
すっかり疲れ果てた体を休める時間は無い。
愛してくれた友の想いを無駄にするわけにはいかない。
何にもなれず、獣になってしまった友、李笙。
彼の想いと願いを無駄にするわけにはいかない。
愛してくれたからこそ、生きろ、と言った彼の願いを。
すぐに忘れられず、痛む胸を押さえ、竹林を背に歩き出す。
日が昇り、照らされる体と、竹林。
その時、虎の咆哮が聞こえた。
長く強く、どこか物悲しい鳴き声。
李笙の別れの言葉だったのだろうと思いながら、袁峰は振り返らずに前へと進んだ。
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