お嬢様部活動報告記録~お嬢様vsお馬さんに恋する許嫁~

  ──おーほっほっほっほ!

  そのステレオタイプすぎる高らかな笑い声は、学校どころか近隣、天気の良い日は数百メートル先まで聞こえる時もあるらしい。

  ──おーほっほっほっほっほっほっほ!

  『彼女』の喉の調子が良い時はこれが2度3度と続くもので、近所迷惑だと愚痴を洩らす者もあれば「ああ今日も花山院のお嬢様はお元気だなぁ」と微笑ましく見守る者もいる。

  これが部活動の練習によるものだと言うのを知る人間は、学外にはまずいない。

  しかしこの声の主は演劇部でも、声楽部でもないと言うのだから世の中分からないものである。

  『彼女』の名前は花山院華音(かざんいんかのん)。

  そう、あの花山院家の令嬢である。

  ラジオやテレビでやけに耳に残るコマーシャルソングを流すあの花山院グループだ。

  近隣どころか市全体にまで影響がある為に、悪しようにも出来ないのもあったし、半ば時報のようなものでもあった。

  しかしこの由緒正しい家柄に生まれた一人娘が何故こんな奇行に走っているのか?

  それは、ひとえに彼女の性格に由来するものだった。

  彼女は生まれた時から、いや生まれる前からずっと、周りから蝶よ花よと育てられるべくして育てられた。

  公明正大かつ聡明で容姿端麗、そして文武両道、まさに非の打ち所がない才色兼備とは彼女の事を指す為にある言葉と言っても過言ではない程だった。

  そんな彼女が何故、こんな奇行に走るようになったかと言うと……。

  ──おーほっほっほっほっほっほっほっほっほ!

  3度、おおよそ3分間にわたる高笑いが響く中、当の本人は至って真面目であった。

  それを見守るかのように佇んでいたひとりの少女がすくっと立ち上がり、拍手を送った。

  「部長!……いえお嬢様‼今日も素晴らしいお声でした‼」

  するとそれに応えるように『彼女』はくるりと振り返り、まるで舞台女優のようにスカートの端を摘んで一礼する。

  「ありがとう小鳥さん。今日も皆さんにお元気を届けられたかしら?」

  「はい、もちろんです!お嬢様!」

  そう言うと少女は手に持っていたカップを差し出した。

  ティーパックで淹れたものであるが勿論、紅茶である。

  彼女はそれを優雅に受け取ると口をつけた。

  その様子を見て満足げな表情を浮かべる少女もまた、紅茶を口に運ぶ。

  その様子はさながらどこかのお姫様に使えるメイドのようであり、主従の関係を思わせる。

  少女の名は水無瀬小鳥。

  花山院華音をこのような奇行に走らせている張本人であり、同時にその世話役を勝手にやっている。

  この『お嬢様部』を作ろうと華音に言い寄ったのも彼女である。

  水無瀬小鳥はこの私立天ノ原学園に高等部から編入してきた生徒である。

  本来であればこの学園の生徒になる者の大半は付属幼稚園からエスカレーター式に進学するのだが、彼女は引っ越してきたばかりでこの学園の事を、花山院華音のことをよく知らなかった。

  『とんでもないレベルのお嬢様が居る』という学外まで轟く噂を聞きつけ、藁にもすがる思いで入学試験を受けたのだ。

  おまけに成績優秀者は奨学金が出て学費も免除だと言うのだから、苦学生の小鳥に受けない手立てはなかった。

  結果は見事に合格、幸か不幸か彼女は勉学の才能にかけては目を皿にして見張るものがあった。

  そうして春、意気揚々と入学式に参列し遂に生徒代表で壇上に上がるその『お嬢様』に相まみえる、筈だった。

  その時、水無瀬小鳥は思った。

  『これじゃない』

  そこに居たのは、清楚で可憐ないかにも深窓の令嬢と言った美少女だった。

  髪は絹のような黒髪、肌は透き通るような白さ、目はぱっちりと大きく、唇はまるで桜の花のように淡いピンク色をしていた。

  有体に見れば、完璧以上のものに見えただろう。

  だが、違うのだ。

  これは自分の求めているものではない、と直感的に感じてしまった。

  水無瀬小鳥の理想とする『お嬢様像』は狂っていた。

  高慢ちきで自信過剰、我儘放題、傲慢不遜、唯我独尊、金髪縦ロール、高らかによく笑う。

  挙げればキリがないが、とにかく彼女の求める『お嬢様』にはそういった要素が必要だったのだ。

  しかし現実はどうだろうか?

  まるで百合が舞うかのような優雅な振る舞い、物腰柔らかな口調、花が綻ぶような優し気な笑い声。

  それはまさしく淑女そのものではないか!

  (こんなの私の望んでいた『お嬢様』じゃない!)

  この時、小鳥は初めて自分が思い描いていた『お嬢様』のイメージと現実の『お嬢様』ギャップを知ったのだった。

  そこからはもう必死だった。

  華音に詰め寄り、『お嬢様』とは何たるかを豪語した。

  初めは当然、拒絶されたがそれでも諦めずに何度も懇願し続けた結果、根負けしたのか条件付きで承諾を得る事が出来た。

  それが『お嬢様部』の設立である。

  ちなみに設立にあたり部員集めは難航を極めた。

  何せこの学校は花山院グループが経営している。

  その企業連の正真正銘のご令嬢の居る部活なのだから、入部希望者など掃いて捨てる程いる……はずだった。

  ところが、蓋を開けてみれば誰も彼もが『お嬢様部』という奇怪な名前を聞いただけで逃げていったのである。

  それもそうだろう、気狂いの集まりだと思われても仕方がないネーミングだ。

  学内の生徒の親もグループ関連企業に勤めるものが大半だ。

  妙な行動を起こして、自分どころか親の評価まで下げるような真似はしないだろう。

  そんな訳で人を集めるどころか勧誘する事すら難航したものの、部費が目当ての妖しげな人間や、そもそも学校に来ていないもの、よくわからないものなどを集めて『お嬢様部』は誕生した。

  この物語はそんな彼女たちの活動記録……ではあまりない。

  ☆☆☆

  そんな生活に1年以上晒され続けていた花山院華音の精神はすり減り、いちど転落してしまえば二度と這い上がれない奈落の底に落ちてしまうような極限の綱渡り生活、というわけでもなく割と快適であった。

  「ねぇ小鳥さん」

  華音は小鳥に向き直って言う。

  「なんでしょうか、お嬢様?」

  「わたくし、今とっても楽しいわ」

  そう言って紅茶を飲む姿はとても優雅であり、絵になる光景であるのだが如何せん言動もその外見もおかしい為か、どこかチグハグな印象を与えるものだった。

  濡れた鴉のような碧の髪は煌々とした金髪に染め上げられドリルのような巻き毛が幾つも連なり、瞳はカラーコンタクトでもしているのか深い海のような蒼色をしている。

  制服こそ着ているもののそのアレンジはおおよそ女子高生とは呼べないほどパンクなもので、頭の大きなリボンも制服に加えられたフリルも異様だった。

  華音の人生は厳格に厳格を重ねた堅苦しいもので溢れていた。

  朝起きてから夜寝る時まで決められた分刻みのスケジュール通りに動く事こそが至上の喜びであり、それ以外の事は考えることすら許されない程に管理されていた。

  だからこそ彼女はこうして自由を手に入れた瞬間、今まで抑圧していたものが一気に解き放たれたかのように弾けたのだ。

  この『お嬢様』への変貌は、彼女にとっての人生への反抗でもあり、解放宣言でもあったのだ。

  遠巻きにひそひそと囁かれることに変わりはなかったが、今自分の周りには変わってこそいるが信頼できる友人がいると彼女は胸を張って言えるのだ。

  「私もです。お嬢様……」

  うっとりとした目でそう答える水無瀬小鳥もまたその一人であり、彼女もまた華音を誇らしく思うのであった。

  そうして2人がいつものように談笑していると部室のドアがノックされた。

  2人が返事をする前に扉が開かれ一人の少女が入ってくる。

  肩にかかるくらいの栗色の髪を後ろで束ねており、妖しげな猫のように釣り上がった目の下には隈が出来ていて、全体的に陰鬱とした雰囲気を纏っていた。

  「ぅはぁ……おはようございまぁ〜す……」

  その少女はまるで覇気のない挨拶と共に頭を下げるとふらふらと覚束無い足取りで部屋の中に入ってきて椅子に座るなり机に突っ伏してしまった。

  「おはようございますですわっ!名張さんっ‼昨日も徹夜でしたのっ!?」

  「……うん……そうなの……もう眠くて死にそうだよぉ……」

  「ダメですわっ!睡眠不足はお肌の大敵なんですのよ!!」

  「……うぅ……分かってるけどぉ…………ふわぁあ…………」

  欠伸をしながら目尻に浮かぶ涙を拭うその姿はなんとも情けないものであるが、それがこの眠たげな少女、名張ぺとらだ。

  部費が出ると言うだけでお嬢様部に即入部した彼女であるが、部の活動には殆ど参加せずに怪しげなオカルトめいた研究に没頭している。

  そうして毎日、このように寝不足のまま登校してくるのだ。

  「部長……例の『アレ』もうじき完成しそうですよう~」

  「まぁ本当!?流石ですわね、名張さんっ!それでは放課後に作業に取り掛かりましょう!」

  「はいぃ~よろしくお願いしまスうぅ~」

  そう言うと再び彼女は夢の世界へと旅立っていった。

  「……『アレ』ってなんですか?お嬢様」

  小鳥が怪訝そうに尋ねると、珍しくばつが悪そうに華音が答えた。

  「……ちょ、ちょっとしたおまじないみたいなもの……です。……の」

  「はぁ……?」

  何とも歯切れの悪い返答に小鳥は首を傾げるしかなかった。

  「そっ!それよりもっ!そろそろお始業のお時間じゃないですのっ!?教室に行きますわよっ!あとっその前に名張さんを保健室に運んで差し上げないといけませんわねっ‼」

  時計を見ると確かに授業が始まる5分前になっていた。

  二人は急いで支度をすると、眠りこける彼女を抱きかかえると部室を後にしたのだった。

  ☆☆☆

  天ノ原学園馬術部は、中等部と高等部の合同で行われている部活動である。

  その為か、馬房は中等部校舎の裏に隣接されている。

  そこにある厩務員用のプレハブ小屋へ足を運んでいたのは、他でもない華音であった。

  中へ入ると既に何人かの部員が作業を始めていて、馬場では馬の手入れをする者、掃除をする者などそれぞれが各々の仕事を黙々とこなしていた。

  その中でも一際目立つ人物がいた。

  背が低く華奢な体つきをしており、艶のある肩まで伸ばした黒髪が特徴的だった。

  顔立ちは非常に整っていて一見すると少女のようにも見えるが、これでもれっきとした男子中学生なのだ。

  馬房の掃除をしているのは彼、藤平薫である。

  華音は彼の姿を見てほうっとため息をついた。

  汗を流しながら懸命に働くその姿にはある種の色気を感じずにはいられないものがあったからだ。

  幼稚園から馬術を始めて10年余り、ジュニア大会での優勝経験もあるにも関わらずここ数か月の彼は馬に乗ろうともせず雑用ばかりに勤しんでいた。

  それと言うのも彼が生来騎乗してきたサラブレッドの死が原因であった。

  白く美しい牝馬で、幼い頃からずっと一緒に育ってきた自慢の愛馬だったのだ。

  厩舎の隅で蹲っていた彼女の死に真っ先に気が付いたのは何を隠そう、朝一番に来る彼自身だった。

  彼の愛馬ロクサーヌは、大人しく人懐っこい性格で誰にでも愛想を振りまいていた。

  その日、彼女は厩舎の中で生前のまま眠るように亡くなっていて、薫はショックのあまり数日間塞ぎ込んでしまった程だ。

  華音もまた、彼らの事を良く知る人物の一人であった。

  華音と薫は幼馴染であり、許婚でもあるのだ。

  危険だからと華音の乗馬を許さなかった親に隠れて、ロクサーヌの背に薫と一緒に乗ったことも幾度もあった。

  煌く彼女の金色の髪と尾が靡く様は本当に美しくて、いつまでも眺めていたいと思ったものだ。

  華音がこの髪色に染める事に抵抗を感じなかったのも、きっと彼女の影響があったのかもしれない。

  それ故に、彼女が亡くなったと聞いた時は華音でさえも目の前が真っ暗になりしばらく何も手につかなくなってしまったのだった。

  それを考えれば、薫の悲しみようは察するにあまりあるものだっただろう。

  だからこうして時折遠くから彼を見守るばかりで話しかける事も出来ない。

  華音は大人しく引っ込み思案気味な以前の自分に逆戻りしてしまっていたのだった。

  (せめて私にもっと勇気があれば……)

  そんな思いが頭の中を駆け巡ったその時、不意に背後から声をかけられた。

  「ぶちょぉう……。おはよぅございますぅぅ……」

  振り返るとそこにはフラフラとした足取りの少女がいた。

  ボサボサの髪をかき上げながら眠たげに挨拶をするぺとらは放課後になってようやく保健室から解放されたようで、ふらふらとこちらに向かって歩いてくるところだった。

  「おはようございますですわ、名張さん」

  そう言って微笑むと、彼女は嬉しそうに目を細めて華音に抱きついた。

  「えへへぇ……部長いい匂いですなぁ……」

  そのまま胸に顔を埋めて深呼吸をし始めた彼女に呆れながらもされるがままになっていると、他の部員たちがざわついたのがわかった。

  「ちょっ……!ちょっと名張さんっ!皆さんが見てますわよっ!」

  慌てて引き剥がすと、周りを見渡すと全員がこちらを凝視していた。

  学園の超重要人物の変人と、問題児の変人がいるのだから無理もない。ここに小鳥が加われば皆が一目散に逃げ出すことだろう。

  研究と称して馬糞を盗んでいくぺとらはまだしも、華音は今の見てくれはこうであれ以前より馬術部の応援に来る機会も多かった為顔馴染みも多い。

  学園内でも、それこそ馬術部内でも未だに『昔のお淑やかな華音派』と『今のお嬢様華音派』で派閥争いも起きている程だ。

  そんな要注意人物二人にようやく気が付いたのか、どちらの派閥でもない薫が声をかけた。

  「あれ?華音さんに名張さん。二人ともどうかしたんですか?」

  その声で我に返った部員たちは一斉に持ち場へと戻って行った。

  「あ、あらぁ~ごきげんようですわっ!お掃除ご苦労様ですわっ!!」

  何とか取り繕おうとするものの、明らかに挙動不審な態度になってしまう。

  そんな様子を見かねてか、助け舟を出したのはやはりぺとらであった。

  「藤平くん、今日も研究で使う馬糞分けて欲しいんだけどお~……いいよねぇ?できれば牝馬のがいいんだけど……」

  そう言いながら薫の手に握られているブラシを取り上げると、代わりに自分の鞄からビニール袋を取り出してを押し付ける。

  薫は一瞬戸惑ったような表情を見せたがすぐにいつもの笑顔に戻り頷いた。

  「もちろんです。いつもありがとうね、名張さん」

  そうして薫は並んで馬場の方へと歩いて行ってしまったのだった。

  取り残された華音とぺとらは暫くの間ぽかんとしていたが、やがてどちらからともなく顔を見合わせた。

  「また何も話せませんでしたわ……。折角名張さんが気を遣ってくれたというのに情けないですわね……」

  「まぁまぁだいじょうぶですってぇ~。今日ので材料も揃いますしぃ……万事うまく行く事間違いなしですよぉ~」

  「そうですわよねっ!私も精一杯頑張りますわっ!」

  意気込んで見せる華音を微笑ましそうに見つめると、ぺとらは再びあくびをしながらふらふらと歩き始めた。

  「それじゃあ私は部室に戻って準備してますのでこれで失礼しますよぉぉ~。馬糞受け取っといてくださいねぇ~」

  そう言ってふらふらと去っていく後ろ姿を見送った後でぽつんと一人残された華音は、溜息をつく。

  自分の不甲斐無さに。

  意中の殿方を、しかも見知らぬ仲でもない相手にこうも上手く話せない事に辟易としていたのだった。

  (やっぱり私には無理なのかな……)

  そんな事を考えながらふと視線を少し上げると、自分よりも低い位置に見慣れた顔があった。

  薫が用を済ませて来てくれたのだろう、手には口をきつく縛ってあるビニール袋が下げられていた。

  「はいこれ、頼まれたやつ」

  差し出された袋を受け取り中身をしげしげ確認すると、そこには立派な馬の糞が入っていた。

  「あっありがとう……です、わ。薫くん」

  突然名前を呼ばれたことに驚いたのか一瞬びくりと肩を震わせたが、照れ臭そうに笑うと頭を掻いた。

  「そんなお礼を言われる程のことじゃないです……。すみませんぼく、馬にも乗れないで……。大会なんて夢のまた夢ですよ……」

  その言葉に華音は慌てて首を横に振った。

  「そ、そんな事ありませんわっ!馬術部には素晴らしいお馬さんが居ましてよっ!今からでも新しいパートナーをお見つけになって、これから練習すればきっとすぐできますわよっ!」

  その言葉を聞いた瞬間、薫の表情が曇ったのが分かった。

  そして絞り出すように言葉を発した。

  「……もういいんです。ぼくはもう……」

  それだけ言うと彼は踵を返してしまった。

  遠ざかっていく背中を見つめながら、何か声をかけなければと思うもののどうしても言葉が出てこない。

  結局その場に立ち尽くしていると、入れ替わるようにして今度は小鳥がやって来た。

  どうやら部室から走ってきたらしく、息を切らせながら膝に手をついている。

  「はぁーっ……はぁーー……。お嬢様、名張さんが『準備が出来たから呼んで来て』と言われて来たのですが……。いったいなんの……こと、でしょう?私だけ仲間はずれにされてませんか?お嬢様?ねえお嬢様?お嬢様?お嬢様?お嬢様ぁ~?」

  怒涛の如く繰り出される質問攻めに気圧されつつも、華音は重々しく答えた。

  「……小鳥さん、今日はもう帰ってよろしくてよ。言伝ありがとうございますわ」

  「えっ!?ちょっ……!!ちょっと待ってください!!なんでですかっ!?私まだ何にもしてないじゃないですかっ!!」

  抗議の声を無視しつつ踵を返すと後ろから羽交い絞めにされた。

  小柄な割に意外と力が強いのだ。

  華音がじたばたともがく間にも小鳥は尚も食い下がってくる。

  「せめて何があったのかだけでも教えてくださいよっ!納得できませんっ!だいたい名張さんは何をしてるんですか!?」

  「……小鳥さん。あなたにしか頼めない事なんですのよこれは。おうちに帰ってゆっくり休んでいて頂戴」

  「うぅ~!ずるいですよお嬢様っ!いっつもそうやって一人で抱え込むんですからぁっ!!」

  その後もしばらくの間駄々をこねる小鳥だったが、やがて諦めたのか項垂れるようにして離れてくれた。

  華音が振り向くと、丁度小鳥の背中が見えなくなろうとしているところだった。

  最後にもう一度だけ振り返り、小さく呟く。

  「……ごめんなさい、水無瀬さん……」

  その声は誰にも届くことなく風に乗って消えていった。

  ☆☆☆

  部室の前にたどり着くと、大荷物を抱えたぺとらが待っていた。

  「おっそいですぅ~」

  「す、すみませんですわ……」

  素直に頭を下げると、彼女は満足そうに微笑んで見せた。

  「部室が吹っ飛ぶとまずいんでえぇ~、場所を移しましょお~」

  と言いながら歩き出す彼女の後に続く形で華音も後ろについてゆく。

  華音がこの、非科学的でオカルトめいた物事に頼りを置かなければならなくなってしまったのには訳がある。

  名張ぺとらは、見た目の通り魔女のような風貌をしているが、学内でもまじないめいた事をしているというのは有名な話である。

  失せ物探しから恋愛相談まで、何でもござれの凄腕なのだそうだ。

  華音にとって何事も相談出来る相手といえば小鳥であるのだが、恋愛となっては話は別だ。良くも悪くも何をしでかすか分からない。

  他の部員たちもそうだ。

  となると実績のあるぺとらに相談するのが筋も通っていたのだが……殊今回の依頼は名張ペトラにとって気合の入りようが違ったらしい。

  いつもは適当に済ませてしまうような雑多な依頼も受けず、ただただ今日の為に研究に没頭していたのだ。

  実際問題としての藤平薫と花山院華音の関係は、悪くはない。むしろ良好な位だ。

  しかしそれ以上でもそれ以下でもないというのが現状であり、それ以上の関係になる為には今一歩足りないものがあるという事なのだろう。

  そしてロクサーヌの死は薫にとって相当ショックだったに違いない。

  失意の只中に居る意中の相手にアプローチを仕掛ける。

  あまり聞いていて耳障りの良いものではないのかもしれない。

  それこそ『わるいお嬢様』の典型例であろう。

  それでも花山院華音は、彼を救いたい一心だったのだ。

  その為ならば手段など選んでいられないのである。

  そんな決意を胸に秘めていると、目的地に着いたのかぺとらが足を止めた。

  そこはポンプ小屋だった。

  「ここはあんまり使われてないみたいでえ、人も来ないんですよぉ~。それにほら、ここだったら万が一爆発しても被害も少ないですしねぇ~?」

  そう言いながら、持っていた荷物を下ろす。

  リュックサックの中には何やら怪しげな色をした液体の入った容器や、実験器具、訳の分からない何かの乾物などが所狭しと入っていた。

  「さて、それじゃあ早速はじめましょうかぁ~?」

  そう言ってコートを翻した彼女が、なんだかいつもより大きく見える。

  文字のびっしり書かれたノートを見ながらぶつぶつと何かを呟きながら考え込んでいる姿はまさにマッドサイエンティストといった様相を呈していた。

  (大丈夫かなあ……)

  そんな不安を抱えながらも、今は彼女を信じるしかないだろうと思い直す事にしたのだった。

  (それにしてもすごい匂い……)

  そんな思いを胸に抱きながらぺとらの様子を見守っていると、不意に彼女が口を開いた。

  「大丈夫ですってぇぶちょお~。同じような薬を作るだけならリハで何回かやってますしぃ~。ほんとは誰かで実験したかったんですけどぉ、こーいうのは一発目で成功させるのが効果も大きいってセオリーですからぁ~」

  (いや、それって全然大丈夫じゃないんじゃ……)

  などと心の中でツッコミを入れながらも、ぺとらの様子をじっと見つめる。

  すると突然顔を上げ、華音に声をかけてきた。

  「よし、出来ましたぁ~。『恋愛成就のお呪いデラックスパトレーヌ・スペシャルエディションver.2.59』でぇす!」

  (何そのネーミングセンス……)

  そう思わずにはいられなかったが敢えて口には出さずに黙って見守ることにしたのだった。

  「これを部長が飲めばぁ、恋愛の困りごとは全て万事解決ぅ、必ず意中の彼と結ばれることでしょう~」

  胡散臭い謳い文句に思わず眉をひそめるが、当の本人は全く気にしていない様子で説明を続ける。

  「まずはその薬を一気飲みしてもらいますねぇ~。そうすると身体が熱くなってきて、なんかこう、い感じにうまく行くと思いますのでぇ、あとはご自由にお楽しみくださぁい」

  そう言って瓶に入った紫色の液体を手渡してくる。

  いやな予感を感じながらも渋々受け取ると、蓋を開けて一気に飲み干す。

  口の中に何とも言えないえぐみと苦みが広がり、華音は思わず顔を顰めてしまう。

  「……うぇぇ……苦い……」

  あまりのまずさにえずきながら涙目になっていると、すぐに変化が訪れた。

  心臓の音がやけに煩く感じられるようになり、身体中が熱くなるような感覚に襲われる。

  それと同時に頭の中がぼんやりとしてきて、何も考えられなくなる程ではないが思考が纏まらないような感じがして非常に落ち着かない気持ちになる。

  そんな事を考えているうちにいつの間にか全身が汗まみれになっていたようで、服が身体に張り付いてしまっているのがわかる。

  心なしか息も荒くなり始め、まるで湯気のように熱い吐息が漏れ出してくるのがわかった。

  (なにこれ……気持ち悪い……)

  「効果が出てきたみたいですねぇ~。ここまで大掛かりなのは初めてなんで私もドキドキの魔法が止まらない感じですよぉ~!」

  終いには体中から煙のような湯気が立ち上り、辺り一面に立ち込める熱気も相まってかなり暑い状態になってしまったようだ。

  このままでは茹で上がってしまいかねないと感じた華音は何とか身体を冷やそうと手で扇ごうとするものの上手く行かないばかりかどんどん体温が上昇してゆくのが分かる。

  からだじゅうが大きく膨らむかのような感覚と共に骨格が軋んでいるかのような痛みが走り始める。指が伸び、首が伸び、顔にマズルが形成され、体表に毛が生えていくかのようにちりちりとむず痒くなる。

  視界がぼやけてきたかと思うと目の前にノイズのようなものが走り始めた。

  痛みのせいか意識が朦朧としてきて今にも倒れてしまいそうだと思ったその時、急に身体の中で何かが爆発したかのように大きな衝撃が走ったかと思えば、次の瞬間には身体の熱が嘘のように引いていく。

  一体何が起こったのか分からず困惑していると、ペトラが驚いたように目を見開いて華音を見下ろしていた。

  若干ふらつきながらも立ち上がってみることにする。

  ぺとらの身長が華音よりも低かったのは明白だったが、いつもよりも小さく見えるし、視界も異常に広く感じられる。

  すると、目の下のペトラと目が合った。

  彼女の目は驚愕に見開かれたまま固まっており、口をぽかんと開けたままこちらを見つめているのが分かった。

  魔法で背丈が大きくなったとでも言うのだろうか?

  そんなことを考えているとペトラは慌てたようにこちらに駆け寄り、全身をくまなく触りながらあちこち観察し始めた。

  「これはこれは……いや、いやぁ~!これは驚きましたねぇ!あっはっはっは!」

  テンション高くまくしたてる彼女を余所に、華音は自分の身体の変化を確かめるように手を開いたり閉じたりしてみたりしていた。

  確かに視界は高くなってはいるが、それだけだとこの異様な視界の広さの説明にはならない。

  まるで世界全てをパノラマで覗いているかのようだ。これは自分の目線ではなく他人の視点に近い気がする。

  それに地面にしっかりと立ってはいるけど少し心許無いこの感覚、まるで足の指一本で立っているかのようでとても不安定だ。

  バレエの経験のある華音にとっても初めての体験であった。

  ふと横を見ると、ペトラがなにやらノートに何かを書き込んでいるのが見えた。

  (……あの)

  声をかけようとしてもうまく声が出ない。

  しかし絞り出した声に気が付いたのか彼女はハッとしたような表情でこちらを向いた。

  「……あぁ~!ごめんなさいごめんなさい、つい夢中になってしまって」

  そう言うと彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

  それを見て慌てて首を振ると、どうだろう。視界に白い何かが目に入った。

  「ああっ!ぶちょお、そんなに暴れないでくださいぃ。ここ狭いですからぁ……」

  そう言われて初めて華音は気が付いた。自分が今、四足で立っていることに。

  しかも床はかなり散らかっていた。あちらこちらに自分の着ていた制服や下着が散乱していて、ぺとらがそれを拾い折り畳んでいく。

  熱さのあまり無意識のうちに脱ぎ去っていたとでも言うのだろうか?

  それを理解した瞬間、顔が真っ赤になったような気がした。

  (あうぅ……)

  恥ずかしすぎて言葉にならない声がぶるると口から漏れる。そんな様子を見て察したのか、ぺとらは優しく微笑みながらこう言った。

  「大丈夫ですよぉ、誰にも言いませんからぁ~。まあでもこの身体じゃあ服は着れそうにないですねぇ……ああでも、これなら着けられそうかもぉ」

  そう言いながらぺとらは華音の付けていたトレードマークの青い大きなリボンを下げていた頭にぱちんと取り付ける。

  華音の違和感は最高潮に達しようとしていた。全裸だと言うのに寒さは感じないし、むしろ蒸し暑さすら感じるのだ。

  (名張さんっ!私がどうなっているのか教えてください!)

  やはり自らの身体がどうなってしまったのか確認しようとして首を振るも自分の金髪の巻き毛が見えるばかりで何もわからない。

  そんな様子の彼女に気が付いていないのか、それともあえて無視しているのかはわからないが、ペトラは話を続ける。

  「とりあえずお呪いの成功も兼ねて記念写真でも撮りますぅ?」

  そう言ってスマホを取り出してインカメに映った自分を見て、ようやく華音も自身の身に起こった事を把握したのだった。

  [uploadedimage:16414225]

  白く短い毛に覆われた体表は朝日を浴びた雪原のように輝いて、大きく青い瞳は長い睫毛によって縁取られている。そして何よりも特徴的なのはその顔である。それはマズルの長い犬の鼻先をさらに細長くしたような形をしており、先端にある白い鼻をひくつかせながらこちらを覗き込んでいた。

  四本の足は白樺の幹のように細く長い。髪は以前のように金色の巻き毛であったが、尻尾までドリルのように巻いている。

  そして極めつけとばかりに頭に生えた二つの耳はぴこぴこと忙しなく動き、時折ぴくりと震える様子まで見て取れる始末だった。

  ──馬。

  今の華音の姿は、どこからどう見ても馬のそれだった。

  ☆☆☆

  『恋愛成就のお呪いデラックスパトレーヌ・スペシャルエディションver.2.59』を服用し、馬と化した花山院華音の中にあったのは、ただただ混乱だけであった。

  (私、馬になっちゃった?どうして、どうしてこんな事に……)

  頭の中でぐるぐると思考が渦を巻き、パニックに陥る華音を他所に、ペトラは興奮した様子で写真を撮っている。

  「一見するとアラブ種かサラブレッドのようにも見えますけどぉ、乳房が異様に大きいですねぇ。馬と言うよりは乳牛みたいですけど乳首は一対でぇ、うーん、不思議な見た目ですぅ、まあでもやっぱり馬は馬ですよねぇ~」

  などとぶつぶつ言いながらシャッターを切る音が耳に入ってくる。

  (私はこれからどうすればいいんでしょう……)

  途方に暮れていると、ペトラが心配そうに顔を覗き込んできた。

  「ぶちょぉ、大丈夫ですかぁ?効果はしっかりでてるみたいですからぁ、きっと大丈夫ですよぉ~」

  とうの華音はと言うと、その言葉になにが安心できるものかと鼻息を荒げてぺとらに詰め寄った。

  普段の彼女からはとても想像できないような行動だったろう。

  しかしながらいくら詰め寄ってみても彼女には届かず、逆に鼻で笑われてしまった。

  「ぶちょお、落ち着いてくださいぃ~。ほらほらぁ、怖くないですからぁ」

  そう言って宥めすかされ、顔を撫でられると完全に動物園のふれあいコーナーかなにかと勘違いしているのではないかと思ってしまう。

  (うううぅぅ~~~!!)

  華音がもはや抵抗する気力もなくされるがままになっていると、満足したのか彼女が手を放してくれたので言葉の通り大人しくすることにした。

  「とにかくここに居てもどうにもなりませんしぃ……暗くなっちゃいましたから外にでましょっかぁ」

  ぺとらがポンプ小屋の扉を開けて外へ出るのでそれに続くことにする。

  外に出ると辺りはすっかり暗くなっていて、月の光が淡く降り注いでいた。

  「さむぅ……」

  思わずぺとらがそう呟いてしまうほどに気温は低いようだったが、華音には不思議と寒いという感覚は無い。

  華音はと言うとそもそも人間であった時と比べて五感が鋭くなっているような気がしていた。

  例えば匂いや音が普段より鋭敏に感じられるような気がする。

  ぺとらの薬っぽい体臭がやけに気になって仕方ないといった具合だ。

  また、触覚に至っては敏感になり過ぎているのか風が吹く度に毛並みがぞわぞわとしてくすぐったい感じがするほどだ。

  思わず身震いしてしまうが、それでもなお寒くはないのだった。

  (なんだか変な感じ……)

  とはいえ華音のこの見た目である。家に帰る事はとても出来ないし、ましてやこのまま外で過ごすなんてもってのほかだろう。

  そんなことを考えながら慣れない四足歩行で歩いていると、灯りのついた建物が目に入る。

  ふたりともそれが馬房だとすぐに分かったが、こんな時間に一体誰がいるのだろう?

  そう思って近づいてみると意外な人物の姿があった。

  「あれ、名張さん。どうしたんですか……?それに……その……」

  他でもない薫だった。遅くまで残っていたのだろう、彼女たち特に華音の方を見上げると驚いたような表情を浮かべてブラシを床に落としてしまう。

  いきなり見知らぬ馬が現れた事にではない、ましてやこの馬の正体に気が付いたのでもない。

  ただ、目の前で起きている事が信じられなかったのだ。

  なぜなら目の前に居る馬があまりにも見覚えのある姿だったからだ。

  「ロクサーヌ……?」

  その言葉を聞いた瞬間、華音はびくりと身体を震わせた。まさかその名前で呼ばれるとは思わなかったからだ。

  まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が走ると同時に心臓がばくんばくんと跳ね上がるのを感じた。

  動揺のあまりその場から動けずにいると、その様子を見たペトラが小さく笑った。

  「どうやら上手くいったようですねぇ~。いやぁ~よかったですよぉ~これで実験成功ですねぇ~」

  そう言いながら満足そうに頷いているのを見て、ようやく自分が何をしたのか理解することが出来た。

  いや理解してしまった。

  ようやく気が付いたのだ。

  彼が彼女を見る視線の意味を。

  自分がぺとらに恋愛相談してしまった理由を。

  よりにもよって彼女が亡くなってからそうした訳を。

  彼が今の華音を見る目は、かつて『彼女』に向けられていたそれと全く同じものだったのだから。

  そう思うといてもたってもいられず、その場に居られなくなった華音は走り出していた。

  後ろから呼び止める声が聞こえた気がしたが構わず走り続ける。

  月明かりに照らされた夜の中をただひたすらに駆けてゆく。

  風を切って走る感覚は心地よくもあったが、同時に物悲しさすらあった。

  分かっていたのだ。

  本当は最初から気付いていたのだ。

  彼の愛情が自分以上に彼女に向けられていたことも、自分に向けられる好意が決して恋愛感情ではないと言うのも全部理解していた。

  けれども諦めきれなかった。

  どうしても、彼と一緒になりたかった。

  だから必死になって彼に振り向いてもらおうとした。

  そんな自分の醜い欲望が叶ったのか、彼女が突如として亡くなってしまった事で彼は悲しみに明け暮れていた。

  まるで自分はお伽噺の悪役だ。

  そう思った途端に涙が溢れてくる。

  しかしそれは誰に見られる事もなくきらきらと風と共に霧散していく。

  ひとしきり泣いた後、ゆっくりと顔を上げる。

  もうすっかり暗くなってしまっていたようだ。

  いつの間にかパドックの中央にまで来ていたようで、土の感触が心地よい。

  ふと空を見上げてみると、そこには満点の星空が広がっていた。

  しかし華音の目には夜空ではなく、別のものが映っていた。

  自分を見上げる小さな瞳、いやその瞳の主である少年の姿だった。

  「……きみは?」

  少年は息を切らしながらおずおずと尋ねてきたものの、何と答えればいいのか分からない。

  そもそもこの身体では言葉を発する事すら出来ない。

  華音は不安からか思わず耳を伏せてしまう。その意味を薫が知らない訳もなく、俯いて黙り込んでしまう。

  (あぁ……どうしよう……これじゃ今までと何も変わらない……)

  そんな自分を恨めしく思っていると、不意に少年が口を開いた。

  「……ごめんね。きみがロクサーヌな訳がないのに、いきなり話しかけちゃってビックリさせちゃったよね」

  そう言って申し訳なさそうに謝る姿を見て胸が締め付けられるような思いになる。

  違う、謝るべきなのは私の方なのに……! そう言いたかったけれど言葉は出ない。

  「……きみにそっくりな子が居たんだ」

  そう言って笑う彼を前に、華音は何も言えなくなってしまう。

  「もうぼくの前からは居なくなってしまったけど、その子はね、とても優しい子だったんだ……」

  そう言うと彼は手の甲を華音の鼻先に近づけた。

  すんすんと小さく鼻を鳴らしてから恐る恐る舌を伸ばすと、少ししょっぱくてそれでいて甘い味がした。

  そのままぺろりと舐め上げると、擽ったそうに身をよじりながらも優しく顔を撫でてくれた。

  (あぁ……ごめんなさい……)

  心の中で謝りながらも、つい甘えるように喉を鳴らしてしまう。すると彼も嬉しそうに目を細めてくれた。

  「あはは……確かにきみはロクサーヌではなさそうだね。それにしてもどこから来たんだろう?変わったたてがみだけど……どっかで見た事あるような……」

  彼の頭の中に浮かんだのは最も身近な幼馴染である事に違いないのだろうが……それはあくまで人間の頃の話で、今の彼女はただの牡馬なのだ。

  (私が華音だって分からないの……?)

  そう言いたくて仕方がなかったが、それは叶わない願いだった。

  何故なら今の彼女には人の言葉を話す事が出来ないのだから。

  こうしてしばらくの間、二人は無言のまま見つめ合っていたのだがやがて薫の方が先に口を開く事になった。

  「そうだ、せっかくだし一緒に散歩しないかい?」

  唐突な提案だったが断る理由もない。耳をぴんと立てると彼の言葉に対して了承の意を示す事にした。

  それを見て安心したのか彼はほっとした表情を浮かべると手を差し出してきた。背中にそっと触れた手がこそばゆくて身を捩ると、その様子を見ていた彼はくすくすと笑ったのだった。

  ☆☆☆

  『その迷い馬、学校のなかで見つけたんでぇ……馬術部まで連れてったんですよぉっ。良かったらぁ、飼い主が見つかるまでそっちで面倒みてもらえませんかぁ?』

  そうペトラは言い放って早々に家へと帰って行った。

  残された二人は互いに顔を見合わせるとどうしたものかと考えを巡らせたものの、結論が出るよりも先に薫の手が伸びてきていた。

  「これだけ綺麗な毛並みをしているんだからきっと飼い主もすぐに見つかるよ、短い間だけどよろしくね」

  そう言って彼は慣れた手つきで華音を撫で回していく。

  (んっ……♡)

  その手つきはとても優しくて心地が良く、思わず声が漏れる。

  「名前は……えっと、そうだなあ……」

  などと呟きながらしばらく考え込んでいたようだが、やがて思いついたかのように顔を上げると華音の方を見て言った。

  「よし、決めた!君の名前はサリーにしよう!……本当の名前とは違うだろうけど、きみが嫌じゃなかったらどうかな?」

  その言葉に返事をする代わりに小さく鳴いてみせると、伝わったのか彼は嬉しそうな表情を浮かべた。

  ☆☆☆

  それからの数日のこと、名張ぺとらは自らの作った怪しげな薬によって『馬のサリー』になった華音と、甲斐甲斐しく世話をする藤平薫の姿を遠巻きに眺める日々を送っていた。

  華音の行方不明に関してはごく一部の人間以外にはかん口令が敷かれているのか学内の生徒も、薫でさえ知らないと言った様子だった。

  (表向きは海外旅行で休みと言ったところで言い訳はつくけどぉ……いつまで誤魔化せるかなぁ……)

  彼女の見立てでは少なくとも一週間以内には元に戻るだろうと思っていたのだが、既に五日近く経過しているにも関わらず未だに戻る気配は無い。

  (もしかして一生このままかもぉ……?それはそれで面白いですけどねぇ~)

  などと考えているぺとらであったが、今回の事件について割を食う羽目になった人物がいた。

  そう、小鳥である。彼女もこの一件以降姿を見せていないのであった。

  事実、華音の身近で一番事を起こしそうな人物である以上、忽然と姿を消した彼女の行方を知っているのは恐らく小鳥だろうという目星を付けられたのだろう。

  花山院家に軟禁されているのか全く連絡も付きそうにない。

  (まぁホントになにも知らないんだからどんなに尋問されても無駄だしぃ……でも流石にかわいそうだからこっちもなんとかしないとなぁ……)

  そんなことを考えているうちにパドックの中を優雅に走り回る『元』華音とその背に跨る薫の姿が目に入る。

  (しっかし元気な事でぇ……)

  数か月前に亡くなったロクサーヌをどこか想起させる迷い馬の出現は馬術部の皆々を混乱させたものの、薫のたっての願いから快く受け入れられる事となった。

  『馬のサリー』も少しお転婆なきらいがあるものの、基本的には大人しくて扱いやすい馬として生徒たちからも好評を得ていたのだった。

  特に薫に対しては甘えたり騎乗を急かす素振りを見せたりと非常に懐いている様子で、これは以前の華音には出来得ぬ芸当であろうと思われた。

  (藤平くんを励ますために明るく振舞ってる気もするけどぉ……ぶちょおの性格も段々馬っぽくなってきてる気がするなぁ……)

  そんな風に考えている間に練習時間が終わりを告げる鐘の音が鳴り響くのだった。

  ☆☆☆

  「お疲れ様、今日も楽しかったよ」

  薫がそう言いながら差し出された手に、サリーは顔を擦り付けて感謝の意を伝えると、くすぐったそうに笑いながら頭を撫でてくれる。

  それが心地よくてついつい喉を鳴らしてしまうのだ。

  そうしてひとしきり撫でられた後、華音は別れ際に必ずと言っていいほど行う事がある。それは額に軽く口づけをする事だ。

  馬の唇は柔らかく器用だ。ロクサーヌも頬を撫でるとよく額に唇を擦り寄せてきて甘えてきたものだった。

  初めは驚いていた様子の薫ではあったが、今となってはすっかり慣れてしまったらしく、むしろ向こうからしてくることもあるくらいだ。

  そんな時はいつも恥ずかしくて顔を振ってしまう華音であったが、心地よさを感じてしまうのも事実だろう。

  名残惜し気に去っていく彼の背中を見送ると、自分も寝床へと向かうことにした。

  清掃の行き届いた厩舎の中は暖かく、干し草の匂いに包まれているためか自然と眠気を誘う空間となっている。

  (眠い……今日はもう横になろうかしら……)

  そう思って瞼を閉じようとした瞬間、不意に背後から声をかけられたような気がしたので振り返ると、そこには怪訝そうな顔をして見下ろすぺとらの姿があった。

  「お馬さんライフは楽しいですかぁ?……お嬢様」

  この身体になってからと言うものの、華音の嗅覚は鋭敏になっていた。それこそ人間の感情の咄嗟な変化ですら感じ取れるほどに。

  それ故に今目の前の少女が放つ疑念を本能的に察知して身構えてしまう。

  だが当の本人はどこ吹く風といった調子で飄々とした態度を崩さない。

  それどころかじりじりと距離を詰めてくる始末である。

  「別にぶちょおがこのまま一生お馬さんのまま藤平くんと仲良く過ごしてもらっても構わないんですけどぉ……」

  そこまで言うと突然耳元に顔を寄せてきて囁くように言った。

  「……でもそれじゃあつまらないですよねぇ……?ぶちょおが願ったのは『恋の悩み』なんですからぁ」

  そう言ってにっこりと微笑む彼女の顔が不気味に映ったものだから思わず後ずさってしまう。

  しかし狭い厩舎の中ではすぐに壁に背中がついてしまい逃げ場を失ってしまう。

  「ふふ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよぉ。呪いのセオリーなんてものは『効果の履行』がなされなければ呪いが日に日に強くなるか、逆に弱くなるかのどちらかしかないんですけどぉ……前者っぽいですねぇ」

  まるで全てを見透かしたような物言いに背筋が凍るような思いだった。

  「ぶちょお……自分のフルネーム覚えてますぅ……?家族の名前は?好きな食べ物は?」

  矢継ぎ早に投げかけられる質問の数々に動揺を隠しきれなかった。

  いや、そもそも答えられるはずがなかったのである。なぜならそれらの記憶はぼんやりと靄がかかるように失われつつあったのだから。

  そんな表情を見透かしたかのようにぺとらが言う。

  「……その顔だと覚えてないんですねぇ?ぶちょお、小鳥センパイ覚えてますぅ?水無瀬小鳥。ぶちょおが失踪した事件の関係者だと思われて今どっかに軟禁されてますよぉ?」

  その言葉に衝撃を受けた華音は思わず言葉を失ってしまった。

  それと同時に今まで忘れていた様々な出来事が次々と脳裏に浮かんでくるではないか。

  「思い出しましたかぁ……?」

  その問いかけに黙って頷くしかなかった。

  確かに言われてみれば華音は小鳥と仲が良かった筈だ。

  それなのに何故忘れてしまっていたのだろうか。

  「まぁ簡単に言えば、ぶちょおは藤平くんに想いを伝えて恋を成就させないとぉ……このまま一生『お馬のサリーちゃん』になっちゃうって事ですねぇ。ぶちょおがそれでも構わないならいいですけどぉ、その場合小鳥センパイタダじゃあ済まないですよぉ……きっと」

  華音はショックを隠せなかった。

  自分が自分でなくなる恐怖に打ちひしがれながらも、同時に大切な友人を失うかもしれないという事実に直面したのだ。

  そう言うとぺとらは一転、少し悩むような素振りをして見せたかと思うと、やがて何か思いついたようで再び口を開いた。

  「とはいえぇ……わたしの作った魔法のおくすりのせいでもあるのでぇ……責任くらいは取りますよぅ……」

  そう言って彼女は華音のツンと立った耳に囁くように告げる。

  「ぶちょおがお馬さんになった日、藤平くんが遅くまで厩舎に残ってた理由、知りたいですかぁ……?あのあと馬術部の部員さんに聞いて分かったんですけどぉ……」

  その言葉を聞いた途端、胸が高鳴るのを感じた。鼓動が激しくなり息が苦しくなるほどの緊張に襲われる中、彼女は更に続ける。

  「最近、夜になると厩舎の中に真っ白い馬の幽霊がでるって噂になってたらしいんですよねぇ……死んだロクサーヌの霊だって。何人か見た事あるらしいんですけどぉ……肝心の藤平くんは何度も遅くまで残ってても見たことがないみたいでぇ……その矢先に『馬のサリー』が出てきちゃったからぁ……みんなぶちょおが馬の幽霊の正体だって思ってるみたいでしたよぉ……」

  そう告げられた瞬間、心臓が止まりそうになった。まさかそんな噂話があっただなんて知らなかったからだ。

  「ぶちょおは、一日中ここに居ても『白い馬の幽霊』見てないんですよねぇ……?」

  その言葉に思わずドキリとする。確かに自分はここ数日の間ずっとこの場所に居るからだ。そして今もまさにその場所にいる最中なのだ。

  それなのにそんな存在など見てもいないし感じもしていないのだ。

  (もしかして、私が見えていないだけで、見られてる……?)

  そんな考えが頭を過った瞬間に背筋に冷たいものが走るのが分かった。思わず身震いしてしまうほどだった。

  そんな様子を見ていたぺとらがにやりと笑みを浮かべると言葉を続ける。

  「ぶちょおも藤平くんもそういう『才能』は皆無みたいですねぇ……。わたしはすこぉ~しだけ感じる事が出来るんですけどぉ……確かに気配がある気がしますよぉ……。それこそ、噂話を聞いて信憑性が出てからだったのでぇ……ほんの微弱な気配ですけどぉ……多分まだ居ると思いますよぉ?」

  それを聞いた華音は思わず周囲を見回したが当然の事ながら何も見当たらない。だが彼女が言うのなら間違いは無いのだろう。

  そうなるとますます疑問が残る事になるのだが、それを見透かしたように彼女が答えた。

  「もし白い幽霊の正体がロクサーヌならぁ……お馬さんのぶちょおなら少しはお話しも出来るかと思いましてぇ……。サービスでおくすりを作ってきましたからぁ、飲んでくださいねぇ~」

  そう言って小さな小瓶に入った液体を差し出してきて口に突っ込んできたのだった。

  ☆☆☆

  『こういう場合ぃ、寝てる時とかに夢枕に出てくるって言いますしぃ……今夜にでも試してみたらどうですかぁ?』

  そんな言葉と共に飲まされた薬を飲み干してから数時間後、厩舎の中で眠っていた華音だったがふと目を覚ますとその異変に気づいたのだった。

  いや、目を覚ましたのではない。高熱を出した時に見る夢のように、現実と夢の区別が限りなく薄くなっている状態に近いとでもいえば良いのだろうか、不思議な感覚だった。

  (あつい……身体が熱いわ……)

  朦朧とした意識の中、熱に浮かされるようにして頭を上げると、厩舎の中にぼんやりと白い輪郭が浮かび上がるのが見えた。

  大きなシルエットだった。

  月明かりに照らされて輝くその姿は四本足の獣のようで、長いたてがみが風に靡くように揺れているのが分かる。

  まるでずっとそこに居て、自分を見守っていたかのような錯覚すら覚えるほどであった。

  (ああ、やっと気づいてくれたのね……華音ちゃん)

  頭の中に直接響いてくるような声は初めて聴く女性のものであったが、どこか懐かしい響きを感じさせる声だった。

  「ロクサーヌなの……?本当に……?」

  (ええそうよ、私よ。ずっとここに居て薫にも、あなたにも話しかけていたのだけど、声が届かなくて……)

  ずっとここに居て、何かを伝えようとしてくれていたのに、届かない。

  それがどれ程つらい事か。

  そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に恥ずかしさが込み上げてきた。

  「ごめんなさい、気付かなくて……」

  (いいのよ、こうして気付いてくれたんだから。それより今は自分の事を心配しないとダメよ?人間が私達みたいな見た目になってるなんて、きっとおかしなことが起きているに違いないんだもの)

  それもそうであるが、それよりもまず気になることがあった。

  なぜロクサーヌがここに幽霊のような状態で現れたのかということだ。

  「ねえ、どうしてロクサーヌはここに居るの?薫やわたくしに伝えたいことがあるの?」

  そんな問いかけに対して返ってきた答えは意外なものだった。

  (実は私もよく分かっていないのよ。……気付いたらこんな姿になっていて……。でも、ただあなた達の様子を見ていて、なんだかとても辛そうで放っておけなくって、お話ししてみたかったんだけど……)

  ロクサーヌは急性の心不全で亡くなったと聞いている。おそらく自分が死んでしまった事すら分からなかっただろう。

  そんな状態の彼女にしてみれば、ある日突然自分が幽霊にでもなったような気分なのかもしれないと思った。

  「わたくし……薫くんに少しでも振り向いて欲しくて、それで色々頑張っていたのだけれど、結局上手くいかなくて……恋のおまじないなんてしたら姿が馬になっちゃって……」

  気付けばそんなことを口走っていた。誰かに胸の内を聞いて欲しかったのかもしれない。

  (そうだったの……あの私達のうんちを良く貰って行ってた子の仕業ね……。薫のことに関しては、そうね……私にも責任があるもの……)

  華音はその思わぬ言葉に驚きを隠せなかった。ロクサーヌになんの責があると言うのだろうか。問いただそうとする前に彼女がぽつぽつと口を開いた。

  (薫が……そうね、人間の女の子よりも、『私たち』の方に興味を持っている事に気が付いたのはいつぐらいかしらね……。私も交配に出される事がなかった分、あの子と一緒にいる時間が多かったけれど、自分に子供が居たらこんな感じなのかなって思いながら接していたと思うの)

  これに関しては華音も思い当たる節はあった。ロクサーヌの薫を見る目は慈愛に満ちていて、まるで母親のようであったからだ。

  (でもね、私は馬だから、人間の愛情というものがどういうものなのかよく分からない部分もあったのよね。人間同士の間で交わされる愛の形というものを想像出来なかったと言うか……)

  彼女はそう言うと目を伏せるようにしながら続けた。

  (あの日もね、丁度私……『馬っ気(発情期)』が来ていたものだから、少し興奮気味だったんだと思うわ。薫もそれを分かっていたのか、私の身体を念入りに洗ってくれて、ブラシをかけてくれていたわね。その時だったわ、少し悪戯心が芽生えたのは……)

  そこまで言うと彼女はくすくすと笑った。

  (ふふ、こんな事言ったら怒られるかもしれないけれど、その時は薫がどんな反応するんだろうって思って、お尻でこう……薫を押して壁の方まで追いやった後に尻尾をくいっと上げてみたの。そしたらあの子は顔を真っ赤にしちゃって……ふふ、可愛い顔だったわ)

  それを聞いて顔が熱くなるのを感じた。まさかロクサーヌが薫にそんな事をするとは思っていなかったのだ。だがそれと同時に羨ましいという気持ちもあった。

  「それからどうしたの……?」

  ドキドキしながらもその先を促すように尋ねると、ロクサーヌは少し困ったような表情を浮かべて答える。

  (最初は驚いてたけど、その後は顔を真っ赤にしてもじもじするだけだと思ったら、彼も『私たち』と同じように発情しちゃったのかしらね。おちんちんを硬くさせて、私にこすりつけて来てたわ。さすがにちょっとビックリしたけど、この子なりに勇気を出してくれてるんだって思ったら嬉しくなってきちゃって、そのまましばらくされるがままになっていたわ)

  そう言ってロクサーヌは再びくすりと笑うと話を続けた。

  (擦り付けられるだけでも意外ときもちがいいものなのね、私も初めて知ったわ。それにあんなに熱心に求められたのは初めてだったから、なんだか嬉しかったのを覚えているわ)

  その言葉を聞き終えた時、胸の奥の方がきゅんとなるような感覚に襲われた。同時に下半身の奥深くにある女性器が熱を帯び始めるのが分かる。

  無意識のうちに内股を擦り合わせてしまっていたようで、足元からは湿った音が響いていた。

  (ふふ、華音ちゃんも感じているみたいね……。いいわよ、もっと素直になっても)

  それを見て取ったらしいロクサーヌはさらに言葉を続けた。

  (そうしたら私もおしっこがしたくなって来ちゃったから、後ろを向いて彼の顔をじっと見つめながら放尿したの。それと同時に彼も身体をふるわせて精を放ったのを匂いで感じたわ。初めてだったのね、何が起きたか分からないって風だった……)

  その光景を想像してしまい、思わず生唾を飲み込んでしまった。心臓が激しく鼓動を打ち鳴らしているのが分かる。

  (……終わってから、とんでもないことをしてしまったって後悔したわ。だって彼はまだ小さい男の子でヒトなんだもの。こんなことをしてしまっていいはずがないって……)

  だがそんな後悔の念とは裏腹に、彼女の股間からは真っ白い液体が流れ出していた。そしてそれは太腿を伝って地面に滴り落ちていく。

  (だけどそんな私の心を見透かしたように彼が言ってきたのよ。『ごめんよロクサーヌ。君のフケにも気が付かなくって……』って……。それから一度も彼とはそういう事にはならなかったけど……忘れようとしても……)

  気が付けば華音の瞳からも涙がこぼれていた。自分が思っている以上に彼に恋をしているという事なのだろう。

  そんな華音を見て彼女も涙ぐんでいるようだった。しかしその表情はとても穏やかであるように見えた。

  (華音ちゃんが薫のこと好きなのは小さい頃からずっと見てるんだもの、すぐに分かったわよ。でもあなたったら、全然アピールしないんだもの、じれったいったらなかったわ)

  そう言われてしまっては何も言い返せなくなってしまうではないか。そう思って俯いていると、不意に額に柔らかい感触が伝わってきた。

  顔を上げるとそこには優しい笑みを浮かべる彼女の顔があった。

  (頭の色を私みたいな金髪にした時はホントに驚いたけど、姿まで私みたいになっちゃうんだもの。びっくりよね……)

  そう言って笑う彼女につられてこちらも笑顔になってしまう。

  (ここまで来たんだから、いっそのこと最後までしちゃえばいいじゃない!どうせならその姿で全部やっちゃえばすっきりするわよ?)

  そう言ってウインクしてくるロクサーヌを見ていると、不思議とそう思えてくるのだから不思議だった。そもそも自分は一体何をしにここに来たのだろうか?そんな事すら分からなくなってくるほどだった。

  (今の華音ちゃん、いや『サリー』ちゃんは生きてた頃の私よりもずっと魅力的なお馬さんなんだから自信を持って骨抜きにしてやりなさいな!そしたら人間に戻っても大丈夫な気がするし……何より私が安心出来るしね……)

  そう言いながら彼女の身体が少しずつ霧散していくのが分かった。このままでは二度と会えなくなるかもしれないと思うと胸が締め付けられるような思いに駆られた。

  「待って、行かないでロクサーヌ……!わたくしもっと貴女に……」

  もうこの世にはいない相手に対して何を言っているのだろうかと思ったが、それでも言わずにはいられなかった。

  (大丈夫よ、私はずっと見守ってるから。頑張ってね……!)

  その言葉を最後に、彼女は完全に消えてしまったのだった。

  ☆☆☆

  翌朝、厩舎の中で目を覚ました華音は昨夜の出来事を思い出していた。

  不思議な体験ではあったが、おかげか心は晴れやかな気分だった。

  しかし、身体全体がどこか落ち着きがなく、そわそわしているような感じがするのだった。

  腰の後ろが痒いような、下半身に血液が集中するような不思議な感覚に苛まれていると、ふとあることに気が付いた。

  なんと自分の陰部が濡れていたのだ。まるで別な生き物のように開閉し物欲しげに涎を垂らしている様に華音はひどく困惑していた。

  脳裏に浮かぶ昨日のロクサーヌからの言葉を思い出すと余計に意識してしまうのだ。

  (まさかこれって……?)

  匂い立つ濃い色をした尿が足元に水たまりを作っているのを見て、それが何なのかを理解した瞬間、華音の背筋にぞくぞくとしたものが走り抜けていった気がした。

  馬の発情は他の馬にも伝染するものであり、昨晩のロクサーヌはそれを証明してみせたのである。

  それが偶発的なものであったのか彼女なりの華音に対する助け舟なのかは計り知れないが、華音はとにかく発情していた。

  (ああ、どうしよう……)

  こんな状態ではまともではいられない。ヒトは万年発情期だと言われるが馬のそれはヒト以上だ。

  一度火がついてしまえばもう止まることはできないだろうという確信めいた予感があった。

  「サリー、起きてるー?おはよー!」

  そこへタイミングよく薫が現れたものだからたまらない。

  休日の、朝から元気いっぱいの彼とは対照的にこちらは悶々とした気分のままなのだ。

  (だめ、今は来ないで……)

  心の中でそう思った時には既に手遅れであったようだ。

  駆け寄ってきた薫の手が首に触れた途端、ぼうっとして何も考えられなくなってしまったからだ。

  彼の手の感触を感じる度に背筋がぞくぞくとして、口から熱い吐息が漏れるのを止めることが出来ない。

  薫も馬の機微が分からない訳もなく、匂いからサリーの仕草から『それ』にはすぐ気が付いた様子で、一瞬驚いたような表情を見せた後、顔を赤らめて目を逸らしたかと思うと小さな声でこう言った。

  「……えっと……、ごめんね。落ち着かないよね?僕向こう行って掃除してるから……」

  華音はそう言って踵を返そうとする彼の袖口を反射的に咥えていた。

  自分でも何故そんなことをしたのか分からなかったが、今彼を行かせてはいけないと本能が告げているような気がしてならなかった。

  「ちょ、ちょっと!?どうしたの!?」

  突然の事に戸惑う薫だったが、そんな彼の様子などお構いなしといった風に頭をぐりぐりと押しつける華音。

  そうすると自然と彼の顔を見上げる形になり、視線が交わる格好になった。

  その体勢のままじっと見つめ合っているうちにどんどん顔が熱くなっていくのが分かる。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っていた。

  まるで全身が心臓になってしまったかのように脈打ち、その音に合わせて下腹部の奥の方が疼いているような感覚に襲われる。

  (ダメなのに……こんなのいけないことだって分かってるのに……)

  理性とは裏腹に身体は勝手に動いてしまうものだということをこの時初めて知ったような気がした。

  気が付くといつの間にかその場にしゃがみ込みごろんと仰向けに寝転んでしまっていた。

  [uploadedimage:16414248]

  それは犬の取る服従のポーズに近いものだった。

  恥ずかしい部分を見せつけるようにして足を開くその姿は傍から見ればとても滑稽に映ることだろうと思う。

  だが今の自分にとってはそんなことはどうでも良かった。ただ目の前の少年が欲しくてたまらなかったのだ。

  馬にしては異様に大きな乳房がぶるんと音を立てて揺れ動き、重力に従って垂れ下がっているにも関わらず全く型崩れしていない様子はまるでプティングのようだと思った。

  先端にある乳首はぴんと張り詰めていて今にも弾けてしまいそうである。それをまじまじと見られているという事実だけで頭がどうにかなってしまいそうだった。

  子宮がきゅんとなって中から何かが溢れ出しそうな感覚に身震いする。

  今すぐ触れて欲しいと思ったが、自分から言い出す事は出来ず、嘶きだけが響く。

  「い、いいの……?本当に……?」

  そんな問いかけにぶるると答えると、やがて意を決したように彼の手がそっと肢の間の乳房に伸びてきた。

  優しく揉まれた瞬間全身に電流が流れたかのような衝撃が走った。

  それだけで軽く達してしまいそうになるほどの快感だった。この身体のせいなのか、自分で触る時とは比べ物にならないくらいの気持ち良さ。これが意中の人間の手によるものだと思うと尚更興奮してしまうというものだ。

  (あ、これすごいかも……)

  薫も最初は恐る恐るといった感じであったが次第に慣れてきたようで、大胆に手を動かし始めた。

  その手つきは非常にいやらしく、それでいて優しかった。

  指先が触れるか触れないかの距離を保ちつつ乳輪の周りをなぞるようにくるくると円を描くようにして愛撫される。

  焦らされているのだと分かっていてももどかしいばかりで、早くして欲しいという気持ちばかりが強くなっていくばかりだ。

  「綺麗だ……すごく綺麗」

  人間の時にここまで真剣な顔で言われた事の無い言葉に少しカチンときてしまったのかもしれない。

  わざと身体をくねらせることでささやかな抵抗を試みることにしたのだが、逆にそれが仇となってしまったらしい。彼はますます興奮した様子で鼻息荒くこちらを見つめているではないか。

  (うう……なんだか悔しい……)

  だがそれも長くは続かなかった。次の瞬間には胸の先にむしゃぶりつかれてしまったのだから堪らない。

  生暖かい舌が敏感な部分を這い回る感触に思わず悲鳴を上げてしまう。

  そのまま舌先で転がすように弄ばれたり甘噛みされたりしているうちに頭の中が真っ白になっていった。

  薫のこの様を見ると、確かにロクサーヌが薫のことを子供のように思っていたのが良く分かるような気がするのだった。

  そんなことを考えている間も絶え間なく与えられる刺激によって思考回路が完全にショートしてしまったようで何も考えられなくなるほど感じてしまっていたのだ。

  そしてついにその時が訪れた。

  両方の乳首を同時に強く吸われた瞬間頭の中で火花が飛び散るような錯覚を覚え、それと同時に目の前がチカチカするような感覚が襲ってきたかと思えば次の瞬間には絶頂を迎えていた。

  身体が弓なりに反り返りびくびくと痙攣するたびに股間からは愛液が溢れ出し床を濡らしていく。

  「サリー、少しは落ち着いた……?」

  そう言われて我に返ったものの既に手遅れであることは明白だった。何しろ未だにあそこはひくついているし、何より腹の奥の方が切なくて仕方がないのだから。

  それに何より、彼のズボンがテントを張ってしまっているのを見てしまってはもう我慢できなかった。

  気が付けば夢中でそこに舌を這わせていた。すると頭上から困ったような声が聞こえてきたので上目遣いに見上げてみればそこには顔を真っ赤に染め上げた彼がいた。

  (可愛い……)

  そう思うと途端に愛おしさが込み上げてきてきて、もっともっと気持ち良くしてあげたいという衝動に駆られるのだ。

  くちびるで器用にチャックを咥えるとゆっくりと下ろしていく。ジジジという音がやけに大きく聞こえた気がした。

  パンツの中から現れたものを目にした瞬間、心臓が早鐘を打つのが分かった。

  うまれて初めて見る異性の性器に戸惑いがなかったといえば嘘になるが、それ以上に期待感の方が大きかったように思う。

  大きさと言うものはよく分からないが元気よく上を向いているのが可愛らしいと思ったし、何よりも独特の匂いが鼻をついたが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

  包皮とでも言えばいいのだろうか、先っぽの部分を覆っている皮がぷるぷるとしている。

  (そっか……男の子ってこうなるんだ)

  知識としては知っていたことだが実際に目の当たりにするのは初めてのことだった。

  華音の熱い鼻息がかかる度にぴくぴくと反応する様がなんとも可愛らしく思えるのだった。

  馬のながいながい舌でその先端を舐めようと顔を近づけた時、不意に制止されてしまった。

  「待ってサリー!そんなことしなくていいよ……!」

  そう言って慌てて止めようとする彼だったが、今のサリーにとってはそんなものは何の意味もないことだった。むしろ邪魔されたことで余計に意地になってしまっていたかもしれない。

  [uploadedimage:16414234]

  暴れるように舌先が先端を掠め、その度に彼の全身がぴくんと跳ねる。

  それが面白くて何度も繰り返しているとそのうち抵抗する気力も無くなってしまったのかされるがままになっていた。

  先走り汁はだらだらとホースのようになった先端から流れ落ちており、きらきらと輝いて見えるほどだった。

  それを掬い取るようにして舐め取っていくとなんとも言えない味が口の中に広がっていくのを感じた。

  (なんだろうこれ……?変な味だけど嫌いじゃないかも……)

  薫の方は限界だった。馬体に美しさと憧れを感じない人間はいないだろうというのが持論であったが、あくまで馬とヒトは良きパートナーであり、言葉は通じなくとも心の底で繋がり、分かり合えるものだと信じていたのだ。

  ロクサーヌに親愛以上の感情を抱いてしまった事も、幼い時、発情したロクサーヌに尻を押し付けられて精通してしまったのは事故であるし、そういった欲望は勝手に自分が抱いてしまっているものであって、互いがもたらすものではないのだと。

  勘違いや思い上がりでしかないのだと。

  しかし、今目の前で起こっている光景を見て考えを改めざるを得なかったのである。

  まるで恋人のように情熱的な表情で股間を舐めんとするサリーに馬ではない別の誰かを見ているかのような錯覚に陥っていたのだ。

  ペニスは今にも暴発してしまいそうで、彼女の鼻息が当たっただけでも射精しそうになっていた。

  藤平薫は生まれてこの方、自慰行為というものをおこなった事がなかった。

  馬に騎乗して陰部が擦れる度に気持ちよくなってしまうという理由もあったが、一番の理由はロクサーヌに迫られた一件のせいだろう。

  あの時自分は彼女に対して欲情していたのだと言う罪悪感から、どうしても自分で慰めるという事ができなかったのだ。

  必死に耐えようとすればするほどいきり立った肉棒は充血していき、痛みすら感じるほどであった。

  そんな彼にとって今の状況はあまりにも酷であったと言えるだろう。

  今まで経験したことのない快楽を前に為す術もなく喘ぐことしか出来なかったからだ。

  彼女の長い舌が、物欲しげにぱくつく唇が、長いマズルが、鋭くも熱い目が、全てが自分を責め立ててくるかのようで、もう限界寸前まで追い詰められていたのだ。

  だがここで果ててしまってはいけないという思いがあったからこそ耐えることが出来たのだろうと思う。

  「だめっ……!それ以上されたらぼくおかしくなっちゃうよぉ!」

  情けない声で懇願するように言う彼を前にしてもなお、彼女は止まらない。言葉を発せぬ彼女の表情は、彼の拒絶の言葉ではなく、『お願いだから咥えてほしい』というおねだりを求めている事は明白だった。

  薫の肉体も、もう我慢できないとばかりに自然と腰を動かすその姿を見ていると、愛しさがこみ上げてくるようだった。

  ぷるぷると顔を真っ赤に紅潮させ、瞳を潤ませながら見下してくるその表情はとても淫靡なものに見えた。

  そしてとうとう我慢できなくなったのか、彼は腰を突き出して叫んだ。

  「ごめんサリー!許してぇ!!」

  その瞬間、熱く滾った肉の塊が口腔内へと押し込まれた。

  突然の事に驚きつつも、歯を立てないように注意しながら舌を使って迎え入れてやると嬉しそうに震え出すのが分かる。

  同時に鼻腔いっぱいに拡がっていく濃厚な雄の匂いに脳がくらくらと麻痺していくような感覚に襲われた。

  (これが……薫くんの味……)

  生まれて初めて味わう感覚に戸惑いながらも、ゆっくりと咀嚼する様に堪能する。

  口内を満たす異物を吐き出そうと唾液が溢れ出し、じゅぽじゅぽと音を立てて抜き差しを繰り返すたびに口の端から垂れ落ちていく。

  柔らかくよく動く唇や、長く滑らかな舌が絡みついてくる感覚はまるで生き物のように器用に動き薫の性器を刺激する。

  薫はそのあまりの気持ち良さに腰が砕けそうになる程の快感に襲われていた。

  薫は絶頂を感じるまでもなく既に何度か軽くイっていたようで、小刻みに痙攣を繰り返す。

  その震えの度に射精を許さないと言わんばかりに吸い上げられ、締め付けられるような感覚が襲う度に達しそうになるのを堪えなければならなかった。

  だがそれでも尚責め立てられ続け、ついに耐えきれなくなってしまいそのまま吐精してしまうことになった。

  「あっ♡あぁっ♡出ちゃうッ!」

  勢いよく飛び出した精液はそのまま長いマズルを通り抜け、喉奥に叩きつけられるように注がれていき、胃の中へと流し込まれていくのが分かった。

  (凄い量……溺れちゃいそう……)

  ずっと貯めかねていたせいだろうか、粘度の高いそれはなかなか止まらず次から次へと溢れ出してきており、収まりきらなかった分が鼻からも逆流してきそうだ。

  ツンとした匂いが辺りに充満し、むせ返るほどだった。

  ようやく収まった頃には顎の下辺りまで白く染まっていたほどだ。

  「ご、ごめんねサリー……」

  申し訳なさそうに謝る彼だったが、その顔にはどこか満足げな表情が浮かんでいるように見えた。

  その証拠に彼の分身は未だ衰えることなくそそり立っている。

  まだ満足していないということだろう。

  ならば私も応えてあげなければ。

  私は口元に付着しているそれを舌で掬って舐めとりながら、ゆっくりと起き上がっていった。

  そして彼を見下ろしながら、今度はこちらの番だと言わんばかりに微笑みかけるのであった。

  尾を吊り上げ、ピンク色の割れ目を見せつけるようにしながら彼の顔前へと迫る。

  目の前にあるそれを見て彼はごくりと生唾を飲み込んだ。

  フェロモンを含んだ尿の匂いが鼻腔を満たし、脳髄までも蕩かしていくようだった。

  その匂いにうっとりしていると、突然股間に衝撃が走った。何が起きたのか理解する前に再び強烈な刺激に襲われ思わず声を上げてしまった。

  (んあっ♡)

  見るといつの間にか彼は立ち上がり、私の秘所に口づけをしていた。

  「あっ……んっ」

  敏感になった部分を熱い吐息がかかるだけで背筋がぞくりとしてしまう。

  そのままゆっくりと舌を差し入れられていく。

  ぬるりとした粘膜質のものが膣内に入ってくる感覚に頭がおかしくなりそうだ。

  入り口付近にもどかしい刺激を与えられ続けて我慢できなくなったサリーは無意識のうちに腰を浮かせてしまっていたようだ。

  するとそれに合わせるかのように彼も深く侵入し、顎が陰核に触れた瞬間電流が流れたかのような衝撃が走る。

  (ああぁっ!!そこぉっ……!!)

  待ち望んでいた快感に身体が歓喜に打ち震えるのが分かった。もっともっとして欲しいというように自ら押し付けてしまうほどに夢中になってしまっている自分に驚くと同時に恥ずかしくなる。

  そうして快感に身を震わせていると宥めるように尻を撫でられ、尾の付け根を擦られてしまい力が抜けてしまったところに不意打ちのように乳首まで摘まれてしまったものだからたまらない。

  四足獣と化した華音の肉体をこれでもかと堪能しようとする薫に対して、彼女は獣欲を抑えきれなくなってきている様子であった。

  既に十分すぎるほど濡れそぼっているそこはひくつき、早く挿れて欲しいと言っているように見える程に切なげに震えていた。

  もう我慢出来ない。

  後ろにぐんぐん後退り、寄りかかるようにして薫を自分と壁で板挟みにした。

  ──馬や牛、人類と長い付き合いのある生命にとって、人間は力が弱く、体重も軽いため簡単に押し潰せる存在だと彼女らは知っている。

  それに彼らの造る巣は直線的で逃げ場が無い。だからこのように押し付けて仕舞えば身動き一つ取れなくなるのだ。

  この誰に教わるでもなく動物からヒトに行われる『求愛』は、世界各地でも散見される。サリーもまたロクサーヌの伝聞ではなく本能に従っての事だった。

  (ふふ……捕まえた)

  そう心の中でほくそ笑んだ彼女は、薫の身体を壁に押しつけたまま自らの秘部を擦り付け始めた。

  硬く細長い張り詰めた肉棒が肉厚な外皮に隠れたクリトリスを擦り上げる度に甘い痺れが走る。

  壁面に押し付けられた薫は足が完全に浮いていて、華音の尻にしがみつく形でなんとか姿勢を保っている状態だ。そんな状態で激しく攻め立てられているのだから堪らないだろう。

  しかも相手は馬の怪力なのだ。その気になればいつでもへし折られてしまうという事実が彼に抵抗を諦めさせる要因となっていたに違いない。

  いや、彼もまた彼女を求めていた。

  そんなことをしているうちに段々と気分が高揚してきたのだろうか、気付けば彼女も腰を振っていた。互いの性器同士が擦れ合い、粘液質の音が厩舎を覆い、他の馬たちでさえ忙しなく嘶きながらも耳を立てて様子を伺っていたほどだった。

  そんな中でも2人は互いを見つめ合っていた。

  華音が長い首を捻らせて髪を靡かせ、熱い蒼い瞳で薫を見つめ、また彼もそれに応えるようにして彼女の瞳を見つめていた。

  まるで恋人同士のような熱い視線を交わす2人の間には不思議な空気が流れていた。

  このまま永遠にこうしていたいと思ってしまう程であった。

  華音は幸せであった。例えこの優しい視線が『花山院華音』ではなく『馬のサリー』に向けられているものだとしても、今の互いの想いは紛れもなく本物であるのだから。

  (ああ……好き……大好き……薫くん……)

  言葉にこそ出さないものの、その視線が、行動が、仕草一つ一つが愛情を伝えてくるようであった。

  (僕もだよ……愛してる……)

  薫もまた同じ気持ちだった。

  言葉は無くとも伝わってくるものがあるのだ。

  ゆっくりと、それでいて確実に高められていく感覚があった。

  受け入れ態勢万全といった様子の彼女の膣口はぱくぱくと開き、愛液を流し続けている。

  薫はそこにゆっくりと挿入していった。

  燃えるような体温を感じながら少しずつ優しく沈めていくように腰を進めていく。

  勿論人間サイズのペニスが馬の奥まで届くはずもないので半分程度入ったところで一度動きを止めた。

  それでも充分過ぎるほどの快楽を感じているようで、薫の顔は蕩け切っていた。

  そんな彼の表情を見て興奮してしまったのだろう、中がきゅっと締まり射精を促してきた。

  それこそ拳でも突き入れて奥の奥をぐりぐりと刺激されでもすればあっという間に果ててしまって終わりの馬の身体だったが、ヒトの交尾はそれを許さない。

  もどかしさと愛おしさの狭間で揺れるような感覚の中、彼はゆっくりと抽挿を開始した。

  最初は慣らすように小さく動かし、次第に大きくなっていくにつれてサリーの呼吸が荒くなっていくのを感じた。

  その度に締め付けが強くなってくるのを感じる。まるで離さないとばかりに吸い付いてくるような感覚さえある。

  中の空気が抜け、ブピッっと下品な音を立てながら泡立った蜜液が溢れ出してきた。

  それは太腿を伝って流れ落ち、足元の水溜りを大きくしていくのだった。

  サリーの潤んだ瞳がこちらをじっと見つめているのが分かる。きっと求めているんだろうと思った薫はさらにペースを上げていくことにした。

  ぱんっぱんっという肉を打つ音と淫靡な水音が入り混じり、辺りに響いている。そしてそれが余計に二匹を昂らせていくのだ。

  薫は足の付かない状態でサリーの尻に掴まりながら必死に腰を振り続けていた。

  もう限界が近いのかその顔は真っ赤に染まっており、歯を食いしばって耐えているようだった。

  そんな様子を見ていたサリーもまた限界を迎えようとしていた。胎内を満たす熱の塊が激しく脈打ち、今にも弾けそうな程膨張しているのが分かったからだ。

  サリーは首を伸ばして薫の顔を舐め回すことで精一杯だった。少しでも気を抜けば一瞬で達してしまいそうになる程気持ちが良いのである。

  薫もそれに応えるように尻を掴んでいた手を離しサリーの顔へと伸ばし、その頬を両の手で包んで唇を奪った。

  (あっ……)

  ファーストキスを奪われたことに驚きつつも嬉しさが込み上げてきてしまう。

  それと同時に幸福感に包まれていくような気がした。

  支えを失って引き抜けそうになるペニスを逃さないよう壁に尻を押し付けたその時だった。

  吸い付かんとばかりに降りてきた子宮口が亀頭を咥え込んだかと思うとそのまま一気に吸い上げられてしまったのだ。

  「うっ……!」

  突然の事に驚いたのも束の間、凄まじい快感に襲われた薫はそのまま精液を放ってしまった。

  ドクンドクンと脈打つたびに放たれる大量の白濁液が尿道を通り抜けていき、鈴口から勢いよく飛び出して行く感覚がある。

  それに伴って全身が痙攣するかのように震え、頭の中が真っ白になる程の快感に包まれ意識が飛びそうになった。

  しかしそれでもなお止まらない射精によって次から次へと溢れ出してくる子種がサリーの子宮内を満たしていった。

  長い吐精を終え、ようやく落ち着いた頃には全身汗まみれになっていた。呼吸も荒くなり肩で息をするような状態になってしまっていたほどだ。

  その一方で満足げな表情を浮かべたサリーはぶるぶると腰を揺すり、それに合わせて脚の間の乳房が大きく揺れ動き、先端からは白い液体が流れ出て床の上に染みを作っていた。

  サリーの頬を撫でる薫の手の感触にうっとりとしながら目を細め、その手に擦り寄るような動作を見せる彼女の表情は慈愛に満ちておりとても美しかった。

  「サリー、キミの恋人になってもいいかい?」

  その言葉を聞いた瞬間、彼女は目を輝かせて喜びを表現した後、嬉しそうに尾を振り前掻きをして彼の顔を舐めたのだった。

  ☆☆☆

  ───おーほっほっほっほっほ!

  1週間ぶりの高らかな笑い声を聞いて、近隣の人々や学園の生徒までもが飛び上がるほどだった。

  声の主はもちろん花山院華音だ。

  今日も今日とてご機嫌麗しゅうといったところだろうか?

  しかし朝日を浴びて輝くその髪は、西洋人形のような縦ロールではなく、ストレートヘアーがたなびく様に変わっていた。

  ──おーっほっほっほっほっほ!おーっほっほっほっほっほっほっほ!

  そう言って笑う彼女の顔には自信に満ちた笑みが浮かんでおり、その表情は以前にも増して明るく輝いていた。

  その姿をうっとりとした表情で見つめる者がいた。言うまでもなく水無瀬小鳥である。

  ──おーほっほっほっほっほ!おーっほっほっほっほっほっほっほ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!

  (あぁ……今日もお嬢様は素敵……)

  華音失踪事件の重要参考人として拘束されていたかと思われていた彼女であったが、事実は異なった。

  あの日、大人しくアパートに戻る事なく花山院家に直行し『華音が帰るまで一歩たりともここを動かない!』と宣言したまま籠城を続けていたのだった。その一点では、華音とぺとらの心配は徒労に終わったと言える。

  小鳥は幸せ者だろう。

  1週間後、華音が戻ったと聞いた途端何食わぬ顔で登校してきたと言うのだから。

  「──おーっほっほっほ!……?あっ……」

  上機嫌のまま高らかに笑っていた彼女が突然固まったかと思うと、部室の扉がガチャリと開いた。

  そこから入ってきたのはぺとらと、その後ろから続くようにして入ってくる薫の姿であった。

  それを見た彼女は思わず固まってしまい、その後顔を真っ赤にして俯いてしまう。

  「ぶちょお、おはようございますぅ~。部室の前にお客さん居たんでお連れしましたよぉ~」

  「……どうも」

  ぺこりと頭を下げる薫に対して、顔を真っ赤にしたままもじもじとする華音であった。

  「あれ、ぶちょお。髪型変えたんですかぁ~?あの馬鹿な貴族っぽいやつじゃないんですねぇ」

  「……っ!?こほん、これは気分転換ですわ!!」

  輝くような金髪は相変わらずであったが、トレードマークと化していた巻き毛で無くなったのは、毎日のセットにとんでもない時間がかかるからというシンプルな理由もあったが、それ以上に彼女自身の気持ちの変化が現れた結果でもあった。

  慌てて取り繕うかのように叫ぶ彼女に、ぺとらはにっこりと笑って答えた。

  「あ、そうそう。今日は部長にお渡ししたいものがありましてぇー」

  そう言いながら鞄から取り出した小瓶を差し出してふるふると振るぺとらに、すぐにそれが何かを察したのか奪い取るように手に取った。

  「そっ!そうでしたのねっぺとらさん!ありがとうございますですわあっ!」

  ぱぁっと明るい表情になったかと思えばいそいそと蓋を開けて匂いを嗅ぐ。すると途端に笑顔になり、うんうんと頷いていた。

  結局、華音の身体はあの後自然ともとの人間の姿に戻った。文字通り、魔法が解けるように薫の目の前で元の身体へと戻っていったのである。

  それは単純にぺとらの作った薬が不出来であって効果が切れたのか、恋が成就した結果なのかは誰にも分からないことだったが、少なくとも二人の関係に変化があったことは確かだった。

  その証拠に薫はあれから毎日のように華音のもとに通い詰めている。

  ロクサーヌを思わせる、自然なままの金髪をなびかせるようになったのもそれからだ。

  薫とは以前のように接することが出来るようになっていたし、彼もまたそれを望んでいるようであったが問題がないわけではない。

  人間同士の身体で触れ合うというのはやはりまだ抵抗があるらしく、未だに手を繋ぐことさえできていない状況だった。

  薫も『恋人のサリー』の身体でないとダメな様子なのか、それとも単に恥ずかしいだけなのか、あるいは両方なのかもしれないが、ともかくもどかしい状況が続いていた。

  華音もまた、牝馬と化して野を駆け回り本能のままに激しく求め合う獣欲に未練が無いと言えば嘘になる。

  今の髪型で変身したら、より一層彼の初恋を思い出させてしまうかもしれないと言う不安もあったが、それ以上に華音には自信があった。

  (自分の魅力と強さがあれば必ず振り向かせられるはず……ですわ!)

  「それでどうでしたかぁ~?こんかいも効きそうですかぁ~?」

  興味津々といった様子で聞いてくるぺとらに、満面の笑みで答える花山院華音なのであった。

  「ええ、それはもうバッチリ……でしてよ……?」

  そう言う彼女の手の中には、空になった小瓶があった。