「あ、神林先輩」
自分の名前というのは騒音の中でもよく聞こえる。たしか、『カクテルパーティ効果』だかそんなオシャレな名前がついている現象を身をもって体験した僕は、思わずカウンター越しの店員へと顔を向けると、そこには数ヶ月前にバイトをクビになった狼崎君の姿があった。
夏の暑さもまだまだしつこく残る、九月の初旬。読書の秋と言うには早いように感じるこの時期に、彼は本屋のロゴマークが入った緑色のエプロンを身につけていた。
「⋯⋯あれ、まだ夏休みだよね。帰省とか⋯⋯は?」
去年の僕は夏休みの間ずっと地元にいたものだから、ふいにそんな疑問が湧いてしまう。尋ねてみると、表情を崩すことなくレジの向かい側にいる狼は口を開いた。
「そこまで家族と仲良くないんで」
「あ、そうなんだ⋯⋯」
僕自身、家族仲は良い方なので忘れてしまいがちだが、家族との折り合いが悪いという人はこの世界に結構いる。配慮が足りなかったかもしれないなと心の中で一人反省。
「先輩こそ、どうして帰省せずに? 去年夏休みの間はずっと帰省とか言ってバイト休んでたじゃないですか」
「いやぁ、研究室配属されてから帰れなくて⋯⋯って、待て待て待て待て待て」
カウンターにすでに出してしまった本を僕は掴もうとするも、狼崎君は華麗に僕の手を躱し、本のバーコードを読み取る。ピッという軽快な音が数回、無機質に店舗に響いた。
「三点で2140円になります」
「⋯⋯あっ、はい。えーっと」
財布から千円札を三枚取り出しトレーに乗せ後、お釣りの140円を探しかけて、やっぱりやめる。ポイントカードを何も言わずに提示すると、本来であればあり得ることのないモフリとした感触。なんと、僕の手に狼崎君の手が触れているではないか。慌てて僕は手を引っ込める。
「なっなな何してんの!?」
「そんな驚かなくても。先輩って、ああいう本好きなんですか?」
「⋯⋯いやっ、これは姉に頼まれてっ! そう、姉っ! 姉が、腐ってて!」
「余計怪しいのでやめた方がいいですよ。あとうるさいです。⋯⋯別に、本屋の店員してればこんなの見慣れてますし、気にしなくていいですよ」
呆れたようにため息をつかれ、内心『揶揄った狼崎君のせいでは?』と文句を垂れながらお釣りを受け取る。そんな僕を軽蔑するような目を向けながら、彼は不慣れな手つきでブックカバーをつけて、商品を差し出した。
「また来てくださいね、先輩?」
どこの入れ知恵か、小さな声で囁く狼。僕は逸る鼓動をどうにか落ち着かせるために息を吸っては吐きを繰り返しながら、足早に書店を後にした。つい先日読んだ漫画のキャラクターと重なって、若干心臓に来る。
「⋯⋯なんで、こんなところにいるんだよ。それに、よりによって」
——獣人×人間もののかなり際どい漫画を、何も考えずに差し出してしまったのだろう。
興味本位で調べたBL。そこから獣人ものへと興味が移るのは一瞬だった。
そして、いつの間にか僕は獣人×人間のカップリングしか受け付けることのできない偏食オタクへと化してしまっていた。種族は狼獣人が一番好き。左右が入れ替わるのは地雷。ケモミミは獣人には含まない。そんなフィルターをすり抜けることのできる本は数少なく、おろかBL本すら取り扱いの少ない田舎の地元では書店で購入することはできなかったのだ。(無論地元では皆顔馴染みのためそのような本を買うのも憚られるのだが)
そのため僕は高校生までは基本的には電子書籍派だったのだが、東京に来てみればBL本の山。山。山。もともと本は紙で読みたい派だったのに加え、大量のBL本が並んでいる圧巻の景色を見たいがためにBL本を本屋で購入することが密かなマイブームとなっていたのだ。また本屋で購入すると漫画ペーパーやリーフレットなどさまざまな特典がつくのも嬉しい。
ただ⋯⋯厄介なのは特に男性、そして現実の獣人に下心を抱いているのかと言うとそう言うわけではなく、むしろ獣人の犯罪率だとかそういうデータを見ると彼らを怖いと思ってしまうことの方が多い。そんな中、かれこれ一年半ほど前にバイト先で出会ったのが先ほどの狼獣人。狼崎君だった。
「『⋯⋯バラされたくなかったら、分かるよな?』なんてふふっ。って無理無理無理。挿れるのは怖いし、そもそも狼崎君怖いし。現実的に考えたら、お金かなぁ」
家に帰って早速カバンから購入した三冊の本を取り出す。そして一冊目に選んだのはよりにもよってドS獣人モノの本だった。流石に読む気が起きずに本棚に入れかけて⋯⋯ページを開く。
「⋯⋯顔が良すぎるっ!」
まさに眼福。クッションに顔を埋めて近所迷惑にならないように密かな絶叫をあげる。この胸のトキメキがBL本の醍醐味だろう。
——スマートフォンがメロディを奏で出す。どうやら着信のようだ。
「いいところだったのに⋯⋯はい。もしもし?」
「あ、先輩。さっきはどうも」
電話越しに聞こえるのは、狼崎君の声。細かな息遣いまで聞こえてくるのは僕の幻聴だろうか。
「⋯⋯なんで僕の電話番号を!? 本屋のバイトは!?」
「いや、前のバイト先のグループから追加してたんで。あと今バイト終わって家です」
二つの質問に対して何一つ声色を変えることなく、全く動じることもなく返事が返ってくる。
「あっ、そうなんだ⋯⋯って何かあった?」
「その。⋯⋯神林さんってやっぱ腐男子ってやつですよね?」
やはり、『これがバラされたくなかったら金を持って来い』だとか言うつもりなのではないか。ほぼ確信を得た僕は、慌てて先手を打つ。
「いや、違うって。妹が、妹がそうだけど! 僕は頼まれて買っただけで!」
「いやさっきは姉って⋯⋯。まあいいや。⋯⋯その、先輩と話してみたいから、よかったら今度一緒に飲みたいと思ったって言うか」
途端に語尾が小さくなり、自信なさげな声になっていく声。いつも僕を完全に舐め腐ったような、そんな態度ばかりとる後輩の少し不安を孕んだ声を聞いて、意外な一面もあるものだと思う。
「あの。誘ってるんですけど」
「あっ、はい! うん、どうする?」
「⋯⋯話聞いてました?」
「⋯⋯うん」
「じゃあスケジュールいつ空いてますか。適当に言っていってください。今」
突然そんなことを言われても焦る。カレンダーアプリを開いてみると、そこには何一つ予定は書いていなかった。しかし、何もなくても平日は研究室で研究をするため決してずっと暇なわけではない。
「土日は基本、暇です」
「じゃ、日曜日だけど明日は? 夏休みでしょ」
「えっと、月曜日から研究室あって⋯⋯」
「夏休みなのに?」
「⋯⋯はい。そこそこブラックなもので」
受話器越しに大きなため息が聞こえる。どうして、彼の予定に先輩である僕が合わせなければいけないのだろうかと咎めようにも、どうせいつものように軽く言いくるめられるのだろうと思うとそんなことをする気も起きない。
「じゃ、来週でいいです。俺の家壁薄いんで、先輩の家でもいいですか」
「えぇ、いや。いいけど⋯⋯僕の家分かる?」
「知ってますよ。どっかの酔っ払いを前送ったことあるし。じゃ、そういうことで」
そんな嫌味たらしい言葉の後に、一方的に電話を切られる。自分勝手で横暴な狼崎君に対して呆れながらも、誘ってくれるのは満更でもなくて、しかもBLというなかなかリアルの人間関係では話にしづらい話題ということもあってなんなら嬉しくもあった。
「なんだ、めっちゃ意外だったけど⋯⋯」
まさか、狼崎君も腐男子仲間だったなんて。とりあえず亀頭球のエロさについて語り合おうかな、と一瞬思うもののその器官を実際に持っている彼にその話をするのはいかがなものかと考えて思い直す。まずはもう少しライトな話から攻めていこう。僕はそう胸に刻んで、再び本を開いた。
「いらっしゃい、適当に綺麗にしたつもりだけど」
「ども。意外と綺麗。この前クソ汚かったのに」
「意外とってなんだよ」
玄関で靴を脱いで早々、僕がかなり頑張って掃除した部屋に対して可愛げのない言葉を吐く元バイト先の後輩。鼻をヒクヒクさせながら部屋を見回され、部屋の匂いについて全く意識していなかったことに今更気づいて、恐る恐る尋ねてみる。
「⋯⋯もしかして、臭い?」
「いえ、先輩の匂いがします」
それだけ言うと彼は鼻息をフンと吐く。見た限り、嫌そうな顔はしておらず僕は胸を撫で下ろした。
「気持ちわる、何だよその感想」
「ところで先輩の読んでるBL本は?」
まずは世間話でも、と思っていた僕の予想を大きく裏切った彼の言葉。まだ若干他人に対してこの趣味を話すことに抵抗を感じながらも、僕はゆっくりとクローゼットを開けた。
この数年で集めた本たちが、狼崎君の前に現れる。
「これが、僕の集めてるBL本。好きなの読んでもいいよ」
「へぇ、こんなにたくさん。知りませんでした」
「まあバレないように振る舞ってるつもりだからね。そういえば、狼崎君はどういう本が好きなの?」
何気ない質問。そのはずが、彼は口をモゴモゴとさせるばかりで話そうとしない。そのせいでなんだか気まずくなった僕は、一つ咳払いをして自分の趣向について語ることにした。
「⋯⋯僕はね、獣人と人間のカップリングが好きなんだよね。体格差とか、種族差とかすごい好き。あでも、逆カプは地雷だしケモミミも読まないかな。それさえ守ってれば基本どういうのも好きだよ」
「へぇ。⋯⋯あ、これこの前の」
何かに気がついたように狼崎君は一冊の本を手に取る。それは、以前彼の働いているレジへ持ち寄った本だった。
「これね、めっちゃ良かったよ! 狼崎君も読んでみる? 無理やり攻めの狼獣人に犯される受けのシチュエーションがもう、ほんっとうに⋯⋯」
体格の差によって抵抗することもできずに犯される受けの人間。最初は拒絶していながらも、だんだんと心地よさに堕ちていく⋯⋯。そんな内容の本。
パラパラと本を巡って、狼崎君はゆっくりと口を開く。チラリと顔を見せる鋭い牙が、本の表紙の狼と重なった。
「先輩はこういう本が好きなんですか?」
「うん。まあ⋯⋯甘々も好きだけど」
ほんの一瞬だけ尻尾が揺れる。彼の地雷ではなかったらしい。大きな手で本を開き、彼はその本を読み始めた。
狼崎君が読み終えるのを見計らって、僕は口を開いた。
「⋯⋯話変わるけど、前のバイトの時」
僕が今日、彼を部屋に呼んだのにはBL本について語るほかにもう一つの目的があった。それは、彼が前の居酒屋バイトを辞めた原因でもある暴力沙汰行為についての話をするためだった。
その日はちょうど繁忙期で、注文したものがなかなか来ないというクレームに対応していた時だった。僕は激昂したお客様から氷水をぶっかけられ、頭を下げていた。頭さえ下げておけば、いずれ丸く収まるだろうという考えのもと。
「これでも被ってろよ、おっさん」
いつの間にか僕の隣にいた狼崎君の声と、カラカラと氷が地面に散らばる音。そして、僕が頭を上げた目の前にはびしょ濡れになったお客様。
「⋯⋯ちょ、何してんの!? 申し訳ございません、おしぼりを今っ!」
「もういい! こんなとこ二度とくるか!」
机をバタンと強く叩く音が、店内に静寂を作る。その直後、とんでもないことをやらかしてしまったと背筋が凍る感覚で僕は震えた。⋯⋯等の狼崎君はお客様の出て行った後の出入り口を睨むばかり。
「⋯⋯とりあえず、バイト終わったら店長に話しようか。僕も行くからさ」
それ以外、僕は彼に声をかけることができなかった。とりあえず今はどうにかして今日をやり過ごす。そればかりが頭の中を駆け巡っていた。
「別にバイトのことは気にしないでいいですよ。むしろすみません。ただイラついただけなんで。獣人は短気って、よく言うじゃないですか」
別の本を読みながら、興味がなさそうに口を開く。まるで他人事のように。その様子は、彼が初めてバイトにやってきた時の表情によく似ていた。
無愛想で、やっぱり獣人は怖いなぁなんて思いながらも一応先輩としての体を保つために話しかけてみた時。ずっと荷物の置き場が分からずにウロウロしていただけと言うのを聞いて、緊張が一気に解けて笑ってしまったのを思い出す。
仕事も覚えるのは早くなかったけれど、話はしっかりと聞いてくれて、一生懸命に働いていた。そんな、僕の獣人に対する負のイメージを大きく変えた狼崎君。
「あの時、僕のことを庇ってしてくれたこととかも店長に言えば、もしかしたらクビになんてならなかったのかも知れないなって。思って⋯⋯」
「なんですか? 俺がいなくなってお店が回らないとか? ⋯⋯それとも、もしかして先輩寂しがってんの? ま、戻る気はないですけど。今のバイト気に入ってるんで」
頬に狼の人差し指が突き刺さる。僕が言いたかったことはそれじゃなくて、もっと本質的な⋯⋯。言おうと決めていたはずなのに、なかなか言葉が出てこない。狼崎君は、そんな情けない僕を黙って見つめていた。こんな僕を、先輩として守ることができなかった僕を、彼は蔑んでいるのだろうか。
「⋯⋯いや、お礼言ってなかったと思って。僕が絡まれてたから助けてくれたのに、結局あの時に言えなかったし。後で店長に話に行ったら、クビにした言われたし。その、大学も違うからなかなか会えないし、そもそも今更言ったところで意味なんてないかもしれないけど」
口から漏れるのは先延ばしにしていたことの言い訳ばかり。これじゃあ伝わるものも伝わらないな、と後悔してもすでに口に出してしまったものを引っ込めることはできなくて僕は自分自身にうんざりする。
狼崎君も呆れ果てたように苦笑いを浮かべ、鋭い眼光で僕を射抜く。
「焦ると先輩って口数増えますね、おもしろ」
「いや、そんなのはどうでもよくて! ありがとうっ⋯⋯ほんとに、これだけ。言いたかった——」
突然大きな手に口を塞がれ、狼は意地悪に笑う。そして、大きな尻尾をゆらりと怪しげに揺らしながら口を開けるのだった。
「じゃ、これからは元バイト先の先輩、じゃなくて。友達ってことでいいですか」
なぜ友達なのか。いまいちピンとこなくて、僕はその理由を尋ねる。そんな僕をまた笑いながら揶揄うようにその答えを口にした。
「そりゃ面白いからですよ。てか、前から面白そうだったから話したかったんで。いじり甲斐があるというか」
「一応先輩なんだけど?」
「はいそうですね。俺がクビにされた後に店長に話をしに行った先輩ですもんね」
「⋯⋯それは、ごめんて」
僕の手に肉球が触れる。他人だったら少しびっくりするそれも、今では別になんてことない。ほんの少しだけ表情を柔らかくした狼を横目に僕は一冊、本棚から本を取り出した。
「すみません、このあるふぁ⋯⋯? と、おーむってなんですか?」
「え!? オメガバース知らないの!? えーっと、なんていうかその⋯⋯」
あまりオメガバースは読んだことがない人なのだろうか。それとも、まだこの沼に入りたてなのだろうか。それならもっと深く潜らせる楽しみがありそうだ。
「最近BL読むようになったの?」
「⋯⋯まあ、そうですね。あまり詳しくはないので」
「ふーん、じゃあいろいろ教えてあげようか。その代わり、一個お願いがあるんだけど⋯⋯」
「⋯⋯え、まさか後輩からお金むしり取る気ですか?」
「いや違う違う! 僕をどんな奴だと思ってるんだ。⋯⋯その、大変言いにくいんですけども」
僕は息を深く吸って、覚悟を決める。そして、後輩に対して全身全霊の土下座と共に僕はそのお願いをした。
「⋯⋯亀頭球、見せてください!」
「は、はぁ!?」
「いや、これは別に嫌ならいいんだけど! その、普通に本物見たことないし。かと言って知らない獣人の人にこんなこと頼めないしっ⋯⋯、狼崎君なら、別に大丈夫かなっていうか」
「いや、ドン引きなんですけど」
「やっぱダメかぁ〜」
玉砕覚悟だったが仕方がない。実物を拝むことは出来なさそうだが、別に見れたらラッキー程度のものだったし特に残念でもない。
「⋯⋯先輩って、もしかしてゲイ?」
「いや違うよ? いつもシコる時普通のAVだし」
「⋯⋯後輩のチンコみたがる先輩って、嫌なんですけど」
ヘタリと垂れ下がった尻尾。なんだか想像以上に引かれていそうで少し気まずい。
「ごめんって、まあ冗談みたいなもんだよ。中学生の頃に同級生とチンコ揉み合ったりするみたいなさ」
「大学生になってそのノリはどうかと思いますけど」
「うるさいなぁ! もう亀頭球のことは忘れた忘れた! これからオメガバース概論でーす!」
僕も今更になって急に恥ずかしくなって、気を紛らわせるために我がオメガバースバイブルとなっているお気に入りの一冊を広げる。時折質問に答えながら僕は狼崎君に一つ一つ知識を植え付けていくのだった。
「やっほ。これお願い」
「またですか。って、こんなハードなものばかり。相変わらずのご趣味ですね」
「いいじゃん別に、本読むのは悪いことじゃないんだし。むしろ経済回してるって言うか? 本屋さん的にも助かるでしょ」
それから、狼崎君の働く本屋はすぐに僕の行きつけとなった。不器用ながらも一生懸命にレジで僕の本にブックカバーをつけている様子を見ると、なんだか微笑ましくて思わず笑みがこぼれてしまう。
「⋯⋯何笑ってるんですか」
「いや、頑張ってるなーって。そういえば、前のバイトでも仕事教える時にも頑張って働いてくれてたの思い出してさ」
「まあ、誰かさんはそんな後輩を見捨てたわけですけど」
「それはごめんって! 今夜また座談会ね! ⋯⋯今度こそ亀頭球!」
「見せないっつーの」
包み終えた本を受け取り、僕は手を振る。狼崎君は頭を下げて、また次のお客の会計をするのだった。
友達として狼崎君と接するようになってから、僕の獣人という存在に対する考えはバイトで彼と働いた時よりもさらにプラスの方向へ変容した。
「なんだかんだ、いい子なんだよなぁ」
そもそも、やる気があると分かったから僕は居酒屋の仕事を教えたのだ。曲がったことが嫌いで、人とぶつかることが多そうなのが少し欠点かもしれないが。⋯⋯最後には僕を庇ってバイトを辞めたのも、おそらくそういうこと。
でも、僕は気まずかったから。⋯⋯自分が感じた罪悪感を消すために、僕は彼の本質を見なかったことにしていたのかもしれない。
「今度ご飯でも連れて行ってあげようかな。⋯⋯あでも、今金欠なんだよなぁ」
先ほど買ったBL本が、今になって懐に響く。とりあえず今月のバイト代が入るまではお預けにしておこうと、僕はスマートフォンのカレンダーを眺めながら思うのだった。
「だからーっ! きとーきゅーのなにがいいかってのわ! 孕まへるためにぜんぶせーし中出しするために膨らむのが! エロいの!」
ああ、口が回らなくなってきた。まだ語りたいことはたくさん残っているのに。お酒に弱いことをこれほど恨む日はない。
「なんで弱い癖にお酒飲むんですか。うるさいし」
「うるへー! てか、おまえはなんでのまらいんだよ! お子様かー?」
「臭い臭い臭い。酒臭いって。未成年だっつーの。⋯⋯ま、十月なったらいよいよですかね」
「ここでもうのんじゃえよ〜」
「こういうのはしっかり守りたい派なんで」
変なところ真面目だなぁと不貞腐れながら、僕は半分ほど残った缶チューハイを口にする。
「ふーん。じゃ、一番最初は僕と飲んでよ。約束だからな!」
「⋯⋯どうせ忘れてるくせに」
「ぼくはわすれなーい!」
流れのまま、僕は狼崎君へとダイブする。ほんのりと暖かくて、まだ半袖の腕に触れると心地の良い毛並みで、どこからか心臓の音が聞こえてくる。流石に酔いすぎだろうか。
夢のような、心地の良い感覚のまま僕は横たわって堪能するのは少し硬い膝枕。このまま眠ってもいいか尋ねようと狼崎君の顔を伺うと、いつもよりも少し元気のなさそうな顔をしていた。
「⋯⋯なんかあった?」
「強いて言うなら酒飲みの介護に疲れましたかね」
「生意気な奴、もうこのまま寝てやるから!」
先輩がわざわざ心配してあげたにも関わらず、そんな悪態をつく狼。僕は困らせるためにわざと、寝心地は少し悪い膝枕の上で目を瞑った。
九月も終わり、夜が長くなるのを感じながら僕は一日の最後を本を読んで過ごしていた。もちろん内容は決まったものを。そろそろおっぱじめそうだな、なんて思いながらグフグフと我ながら気持ちの悪い笑い声を発しつつ、尊さを押し殺すためにクッションを殴りながらページを進めていると、突如インターホンが部屋に響く。
「え、何こんな時間に。⋯⋯怖」
恐る恐るカメラでドアの向こうにいる人間を確認してみると、そこにはフラフラとした足取りの狼崎君の姿があった。やけに乱れた服装から、チンピラかヤクザか、そんな悪い人に金でも毟られたのではないかとそんな予感を感じて急いでドアを開けた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「⋯⋯はぁっ、なっ、先輩っ。なんで、こんなところに」
「こんなところって、狼崎君が来たんでしょ。それよりなんか、変だよ? 酒臭いし、とりあえず水でも飲んだ方がいいんじゃない?」
顔を赤くして息を荒げる狼に僕は手を差し伸べる。しかし、突如歯を剥き出しにして彼は僕の手を払い落とした。
「触んなっ⋯⋯。⋯⋯さっさとこの鍵、鍵閉めて、ください。⋯⋯俺は別に、大丈夫、なんで」
「いやいやそんな状態で帰せないよ! ほら、いいから!」
腕を引っ張るも、唸り声を上げて僕の腕を払おうとする狼。酔っ払いはどうして揃いも揃って「自分は酔っていない」だの「大丈夫」だの言うのだろうか。
幸いかなり酔っ払っているようで、フラフラとした足取りの狼崎君は僕に抵抗する力もなく部屋に転がり込んだ。
「やっと素直になった。今水汲むから。さては酒飲みすぎたな? はしゃぎすぎだぞ」
そういえば、確か彼は二十歳になったばかり。お酒が飲める年齢になって嬉しいのは分かるが、こんなになってしまうまで飲むのはいただけない。
座椅子に座らせて、僕は適当なコップに水道水を汲む。それを差し出して僕は適当にベッドに座って本の続きを片手に読みながら彼が水を飲むのを待った。
「⋯⋯さっき、バイト先の飲み会があったんです。それで。二次会に誘われたので着いて行って」
「⋯⋯あー、最初は僕と一緒に飲むの忘れてる! まあ別にいいや。はいはい、それで飲みすぎたの?」
「成り行きで獣人の女の先輩に絡まれて、適当に相槌打ってたんですが。⋯⋯多分、いや確実に。発情剤盛られて」
「へぇ、大胆な人」
「⋯⋯それで、急いで逃げて帰ってたんすけど。いつの間にか、先輩の家に来てて」
「えー、逃げちゃったんだ。そのままヤればよかったじゃん」
酒癖の悪いらしい僕が言えることではないかもしれないが、酔っ払い特有のトンデモストーリーが展開され始める。
発情剤なんて、BL本でしかみたことがない。媚薬なんてものもあるらしいが、実際に理性が飛んでしまうほどの効果はないと聞く。こんな話を真面目に聞くのも馬鹿馬鹿しくて、僕は本を読みながら彼の話を聞いていた。
漫画はクライマックス。夜道で狼に襲われた人間。長時間のお仕置きの後に、狼獣人がコブを人間の尻まで入れて種付けプレス。痛みと快楽に悶絶する受けの人間と、野生味を残した狼獣人が容赦なく腰を振る様子を固唾を飲みながら見守っていると、狼崎君は突然立ち上がって僕の本を取り上げた。
「ちゃんと話したのに、分かってないんですね。⋯⋯それとも、誘ってるんですか?」
「ちょっ、いいところだったのに」
本を取り返そうとしても、ひょいと躱されて僕は狼崎君の胸にぶつかる。言われてみれば、酒の匂いのほかに甘ったるい匂いがしていた。
本を片手に持って、鋭い狼の目でページを眺める狼崎君。ベッドの脇に本を伏せて、ゆっくりと彼は迫る。
「俺は、ちゃんと伝えましたからね?」
その言葉の後に、僕の口は狼崎君に塞がれる。驚いて顔を離すも、そのまま僕は乱暴にベッドの上へと押し倒された。
「え、狼崎君? 流石に冗談きついんだけど。僕、亀頭球見たいとは言ったけど、別に本当に男の人好きなわけじゃ⋯⋯」
きっとお酒に酔って悪ふざけをしているんだ。いつものように僕を揶揄って遊ぼうとしているだけなのだ。もう十分に驚いたから、今すぐ水を飲んでゆっくりと眠ってほしい。そんな期待は僕のパジャマと同時にビリリと破かれる。
両手で引きちぎられた布切れ。顕になった僕の肌。それをベロリと大きな舌が這って、両端の突起を甘噛みされる。
「なっ、狼崎くっ——」
電流が頭から足へと駆け抜けたような衝撃。足の指先までピンと硬直した僕は、一瞬訳が分からずに呆然とした。その直後、もう一度襲う刺激。それの発信源は胸元付近。鋭い犬歯ですり潰すように性感帯とされる場所を刺激される時に発生しているらしい。
「いたっ、それ痛いっ! やめろっ、て⋯⋯!」
荒く、熱い息が肌を掠めていくたびに全身が震える。抵抗する力も奪われて、痛みの中に徐々に得体の知れない感覚が渦巻き出していることに気がついた。
「ろっざきっ⋯⋯それ、変になるからっ! もうっやめろって、はぁっ」
三角の耳がぴくりと揺れ、とうとう刺激が止む。ようやく解放されるのかと思うものの、今度はズボンを下ろされて、パンツに触れてしまうのではないかと思うほどに鼻を近づけられる。
「おい、恥ずかしい⋯⋯んだけど、なんでそんなとこっ」
「⋯⋯はぁっ、ちゃんと興奮。してんじゃん」
事実なぜか僕は勃起していて、パンツはほんの少し先走りで濡れていた。
腐男子だけど、別に恋愛対象が男性というわけではない。一人でする時は男女のビデオ派だし、あくまでもBLは文学として楽しんでいるつもりだった自分でも驚く。それを言葉で指摘されて、僕は思わず顔を手で覆ってしまう。
「っ痛⋯⋯!」
パンツ越しから、僕の性器に対して放たれた容赦のない一回のデコピン。反射的に顔にあった手を股間へ持っていくものの、手を掴まれて阻止される。
「何勝手に隠してんの?」
もう一度デコピン。さらに重ねてデコピン。捉えた獲物を弄ぶように狼崎君は、僕を甚振り続けた。
「⋯⋯ごめっなさいっ。もっやめて⋯⋯ください」
そのうちなんだか罰を受けているような気がして、無意識のうちに僕は謝罪の言葉をこぼしていた。すると、狼崎君はようやく僕を虐める手を止めて自身の服を脱ぎ始める。スラリとしていながらも引き締まった筋肉が、僕では力で敵わないということを本能的に理解させて心臓が鼓動を強めだす。
「扱いてよ」
仁王立ちする彼の股には大きなものがぶら下がっており、それに僕は手に触れてみる。漫画のものよりも、少々気味は悪い。具合なんてよく分からないものの、本や動画の知識で刺激を加えてみる。時折ぴくぴくと蠢きながら、僕の手のひらを湿らせていく。
「⋯⋯くっ、はぁっ」
歯をギリギリと鳴らし、グルグルと唸り声を上げる。なんだか噛み付く直前の犬のようで恐る恐る顔を見てみると、見たこともないくらいに乱れた表情がそこにはあった。
僕の手に擦り付けるように腰を動かすのは、本能なのだろうか。僕の手を女性器に見立てて、それで丸く治るのであれば。
いや、それは少しもどかしい。
「はぁっ、気持ちいいっ、先輩っ⋯⋯口でも、やってみろよ。亀頭球、見たいんだろっ」
顔に押し付けられるペニス。戸惑うも、あまりにも切なそうな表情に同情心が湧いたのか、僕はそれほど大きな抵抗感を抱くこともなくそれを口に含む。顎が外れてしまうのではないかと感じてしまいながら咥えると、狼は息を吐きながら僕の頭を掴みゆっくりと腰を振り始める。
大量の唾液が反射反応で分泌される。地面へタラタラと垂れていくよだれ。なんとか吐き戻さないように目に涙を浮かべながら、僕は狼崎君の肉棒を頬張り続けた。
「⋯⋯先輩、童貞?」
こくこくと頷いてそれを肯定する。すると、狼崎君はほんの少しだけ嬉しそうに尻尾を揺らして自身のペニスを引き抜いた。銀色の糸が伸びて、空中で霧散する。
「けつ穴も、開発してない?」
「⋯⋯して、ない」
そう言うと舌打ちが飛ぶ。機嫌を損ねてしまったのではないかと身構えるものの、先ほどと同じように数回、尻尾が揺れたのを見てなぜか僕はホッとした。
「けつ、突き出せ」
もしかして、慣らしてもいないのに挿れる気じゃないのか。そう思った僕は行動に移すのを躊躇っていると、容易く腰から持ち上げられ、尻たぶを一度叩かれる。そして、僕はベッドに手をついて狼崎君に尻を向けた。
「⋯⋯挿れんのは、ダメっ。怖いから⋯⋯、お願い」
「ならっ⋯⋯あんま、喋んなっ」
肩を掴んで、腰を落とす狼崎君。そして、僕の太ももに熱い温度を感じる。それはゆっくりと足の間へ押し入ってきて、僕の内股を粘液で濡らした。
グチャグチャと擦れるたびに鳴る音、耳元に吹き付ける熱い息の音、時々耳に触れる舌と唾液の音。
「ろうっざきっ⋯⋯くんっ。擦れてっ」
「はぁっ、⋯⋯仕方ねぇから素股で、我慢してやるからっ」
大きなペニスが擦れるたびに、頸に息がかかるたびに、体を駆け巡る快楽。だんだん力が抜けてしまって足が緩むと、耳たぶを甘噛みされる。
「⋯⋯ああっ、イキそっ。もう、このまま出すぞっ!」
「ティッシュっ! そこに、あるから! まっ——」
首筋に牙が触れる。そして、ビクビクと大きく痙攣する内股の肉。それから放たれる液体は僕のベッドを、壁を、僕の腹を白く汚していった。
「⋯⋯あっ、こんなっ出しちゃっ」
「先輩っ⋯⋯、はぁっ⋯⋯」
これ以上部屋を汚したくなくて手で狼のペニスを押さえてみても、量が多いせいで結局手のひらからこぼれ落ちていく。部屋に青臭い雄の匂いが充満する頃、ようやく射精が止み、狼崎君はバタリと音を立てて倒れた。
翌日目を覚ますと、普段よりも綺麗に整えられた部屋がそこにはあった。昨日の行為が夢だったのかと思えてしまうものの、服は着ておらず身体には数箇所の噛み跡があって現実だったことを知らせていた。
「⋯⋯何だこれ」
机の上に置いてあったのは、明らかに昨日はなかったもの。読んでみると素朴ながらも読みやすい字で『すみませんでした』の一言。多分、狼崎君が書き置いたメモだろう。
疲れはまだ抜けていないようで、僕は再びベッドに横になる。薄れていく意識の中で、忘れないうちにメッセージアプリを開き、『一回、落ち着いたらでいいから話そう』と送信して僕は目を閉じた。
「⋯⋯いない」
あの日からきっとすぐに会えるだろうと思っていたものの、そう甘くはないようで僕は一度も彼と話すどころか会うことすらできないでいた。
メッセージアプリも既読すら付かなくて、音信不通となってしまった過去の会話履歴を今日もまた見返すのだった。
結局何も買う気が起きなくて、僕は本屋を後にする。やはり、僕は狼崎君に避けられているらしい。
初めは憤った。いきなりあんなことをするなんて信じられなくて、説教をするつもりだった。だけど、あまりにも音沙汰がなく気になって調べた獣人の発情薬について調べてみるとそれが実在のものであること。そして本能を刺激するために用法を間違えると危険なものであると言うことが分かった。
そもそもいつも真面目な彼が、あれだけ暴走していたのだから尋常ではない何かがあったのだと今更になって思う。
「⋯⋯ちゃんと話、聞いておけば」
なぜ僕はいつも後悔するのだろう。彼を信じきれていなかったのだろう。そんな自分に嫌気がさしながら、僕はトボトボと家に着く。本を読む気も起きなくて、またメッセージアプリを開いては閉じる。
「そういえば、獣人社会学部とかいうところ入ってたんだっけ。家、学校に近いとか言ってたな」
ほんの一ヶ月ほどの期間。それなのに、僕は一緒にバイトをしていた時よりもずっと狼崎君のことを知った気がする。口下手で、意地が悪い、でも本心ではどんな人よりも親切で可愛げのある後輩。
急いでスマートフォンのブラウザを起動して、僕は近くにある大学を調べる。獣人社会学部、獣人の学生がほとんどを占めるその学部は珍しく、現在日本ではわずか二校しか無い。その一つは大阪に、もう一つは東京。調べてみるとすぐに見つかるその大学は僕のバイト先に近い、反対に僕の家からは三駅ほどと離れた場所に存在した。
どうしてわざわざ家から離れたバイト先にしたのかと僕は先輩に理由を聞かれたことがある。その理由は至極簡単で、バイト中知り合いに極力会いたくないからだった。
彼の大学から離れた本屋で働く狼崎君も同じようなものなのだろうか。
「⋯⋯よし、明日待ち伏せしてやろう」
明日は金曜日。実験は土日を挟みたくないため早く帰ってもまだ許される日。とりあえず授業とやるべきことを終わらせたら、電車に飛び乗って。
まだ会えるかも分からないのに、なぜか僕の心は浮き足だって仕方がなかった。
「やっぱり、いない」
サークル活動へ向かうのだろう人、飲み会に行くのだろう人、まっすぐ家に帰るのだろう人⋯⋯。獣人人気の高い大学なだけあって、ちらほら獣人もいるのが新鮮だ。そのせいで、獣人である狼崎君なら簡単に見つかるだろうと言う甘い作戦は崩壊してしまったのだが。
肝心の狼崎君の姿は未だ見えない。大学の近くに住んでいるとは言っても、バッタリ街中で顔を合わせるよりは大学内で探した方が可能性が高い。そんな考えのもと訪れてみたのだが、そう上手くはいかないらしい。
「⋯⋯図書館で勉強、なんて。そんなわけないか」
失礼ながらそこまで勉強にはそこまで熱心なイメージがないため、一瞬浮かんだ姿はすぐに朧げになっていく。そんなら想像をしていると、見慣れた姿が建物の中に消えていくのをみた。どうやら学生会館へ向かったようで、僕は急いでその背中を追いかけた。
建物を入って、奥のトイレ。見失うことなく僕は狼崎君について行って、肩を叩いてみる。
「⋯⋯よっ。びっくりした?」
振り返ったのは、狼崎君ではない顔立ちの男だった。僕を見下ろすその顔は、彼のものとは全く異なっていて少し怖い。
「⋯⋯あ、すみません。人違いでした」
「え? 何だって? 用事あるんじゃねぇの? 人間が話しかけてくるとか珍しいじゃん」
グイグイと近寄ってくる名の知らぬ獣人。後退りするも、どんどん距離を詰めてくる。
「そんな怖がるなよ、別に取って食うわけじゃねぇんだからさ」
狼の手が僕の髪の毛に手が伸びて、鋭い眼光が突き刺さる。反射的に目を閉じた。
「⋯⋯何してんだよ」
「お、狼崎じゃん。知り合い?」
聞き慣れた声がして、僕は目を見張る。まるで救世主にすがるヒロインのように、僕は狼崎君に抱きついた。
「おいおい、こんなとこでイチャつくのやめろよ」
「はぁ!? 別にそんなんじゃ⋯⋯お前は離れろ!」
押しのけられ、転びかけるのを雰囲気そっくりさんにキャッチされる。
「⋯⋯せっかくへそ曲げたお前のために会いに来たっぽいのに、ひでぇやつ」
「⋯⋯るせぇよ。関係ないだろ」
「はいはい。あ、そうだ。なあ、今日俺と飲みに行かね? 人間と話してみたかったんだよね」
手を握られる。大きな手は暖かい。多分この人も悪い人じゃなさそうだ。⋯⋯だけど、僕は今日狼崎君と話をするためにここに来たのだ。
「⋯⋯ごめんなさい。今日は、彼と話をするために来たので。また後日お願いします」
「そっか、じゃあ連絡先交換しよ?」
「はい、これで⋯⋯」
アイコンは鍛え抜かれた背中だった。まるで出会い系だなという感想は胸の中に留めておいて、僕達はトイレから出た。
「⋯⋯なんで、交換してんだよ」
「いい人そうだったし、いいかなって」
ぶつくさと文句をいう狼崎君。とりあえず、ゆっくりと話をするために僕は彼を連れて適当なファミリーレストランへ行くことにした。
「この前のお詫びってことで、奢ってよ」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯嘘だよ、後輩に奢らせると思う?」
馬鹿真面目に返事をするのが面白くて笑うと、ギロリと睨まれる。とりあえず僕はハンバーグステーキを指差した。
「これにしよっかな」
「⋯⋯じゃ、俺も」
呼び鈴を鳴らして、ウェイトレスさんに注文内容を伝える。そして、小さな声で僕はこの前のことについて口を開いた。
「⋯⋯まずさ、この前のことなんだけど。発情薬について調べたんだ。そしたら、今問題になってるんだね。知らなかった」
口を真一文字に結んで、返事をしない。いくら待っても口が開くことはなくて、ついには料理が届いてしまう。
「⋯⋯とりあえず、食べようか」
ナイフとフォークを渡す。彼は恐る恐る僕の手からそれを受け取って、料理に手をつけ始めた。
「うん、美味しい。どう? 美味しいよね?」
何の変哲もない会話。料理の感想を共有しながら僕はハンバーグステーキを口にする。旨みたっぷりのデミグラスソースを絡めて、口に頬張るとそれだけで幸せになれてしまう。
ふと、狼崎君をみてみると手が震えているのに気がつく。ポタリとこぼれ落ちる涙。なぜ彼が泣いているのか、その理由がわからなくて僕は慌てて尋ねた。
「どうしたの!? ほら、ティッシュ! てか、なに。もしかして苦手だった?」
「⋯⋯何でもない、ですから」
鼻を啜って、大きく切り分けたハンバーグステーキを大きな口で食べる狼。やけに早く食べるものだから、僕も味わう暇なんてなくて異常に早く食べ終わってしまった。
「⋯⋯出ようか」
ドリンクバーも注文していないし、注文したとしても居座るのは少し気が引けて僕たちはファミリーレストランを後にした。そして、すっかり暗くなった東京の街を歩きながらもう一度彼に尋ねてみる。
「前のことなんだけど」
「どうして連絡先」
ピッタリ十音、重なる声。そのせいで沈黙が流れる。先に口を開いたのは向こうだった。
「⋯⋯どうして、あいつと連絡先交換してんだよ。先輩は、俺のなのに」
「何、やきもち妬いてんの? 狼崎君らしくないじゃん」
「ダメなんですか」
「ダメじゃないけど⋯⋯。あんま重いと彼女できた時に嫌われるよ?」
「⋯⋯獣人は全員、重いんですよ」
それはまた、僕の知らない話だ。やっぱり、本能的なものが関係しているのだろうか。⋯⋯思案するも答えは出ず、僕はゆっくりと息を吐く。今度は僕が口を開く番だ。
「この前のことだけどさ。今まで気にしてて避けてたんだと思うんだけど、もう別に怒ってはいないから。⋯⋯僕も、狼崎君の話をちゃんと聞かないで家にあげたのが悪かったし。だって、狼崎君は触るなとか、鍵閉めろとか言ってたのにさ。僕が無理に家に入れたんだし」
「⋯⋯嫌って、ないんですか。あんなことをされて」
「嫌ってたら今ここにいないでしょ。あの時は明らかに尋常じゃなかったし、パニックになって僕の家来たんでしょ? まああのまま帰してたら誰かレイプしてそうだし、むしろ良かったのかもしれな——」
「やっぱり、何も分かっていない」
一段と低く、威圧的な声が響く。そして、僕は肩を掴まれて口に舌を捩じ込まれる。貪るようにそれは長く、酸素不足で頭がくらくらしてしまうくらいに。
「⋯⋯っはぁ。俺は! 別に、誰でも良かったわけじゃない。⋯⋯先輩以外となんて、しない! だから、先輩のとこらに逃げてきたんだ! 先輩のことが、好きだからっ⋯⋯。でも、同時に傷つけてしまいたくなかった。⋯⋯先輩はあんな本ばかり読んでるから⋯⋯もしかしたら、受け入れてくれるんじゃないかって、どこかで思ってたけど。それでも、⋯⋯大切にしたかった」
堰き止めていたものが溢れるように言葉が溢れていく。だんだんと声は震え出して、僕よりもずっと大きな身体のくせに縮こまってしまっていた。
「加虐本能。獣人は、それが強くて。⋯⋯言い訳にしたくないけど、好きな人を傷つけてしまう。特に、発情した時とかは」
「⋯⋯へぇ。BLのあれもあながち間違いじゃないんだ」
一人で感心していると、狼崎君は恨めしそうな顔をするので僕は慌てて真面目な顔を取り繕って訂正する。
「いや、ふざけてるわけじゃないよ。⋯⋯それで?」
「それで? って⋯⋯。いや、拒絶しないんですか」
「何で拒絶すんの?」
「⋯⋯だって、ほぼ告白したようなもんなんですけど」
そういえば、それに近しいことを言っていたのを思い出す。改めてその告白を受け止めてみても、拒絶してやろうなどと思う気持ちは一切湧かなかった。
「驚いたけど、別に嫌じゃないし。⋯⋯それに、僕のことをそんなに気を遣ってくれてたの、普通に嬉しいし」
「正直に言ってください。本気にしてもいいのか、わからない」
ヒョコリ。ゆらりゆらり。少しだけ揺れる尻尾を必死で抑える狼。なんだこいつ、今日はやけにかわいいな。
「⋯⋯じゃあ、僕も好き。って言えばいいの?」
音が出そうなくらいに大きく揺れる尻尾。面白くて笑ってはいけないのだろうけど笑ってしまうと、狼崎君は僕を強く抱きしめた。そして、耳元で囁く。
「明日って、予定あるんですか」
「え、ないけど?」
「⋯⋯俺の家で、飲みません?」
僕のことを離そうとしないところから考えると拒否権は多分なくて、僕は彼に連れられるがまま街灯に照らされた道を歩く。内心、僕の心臓もドクドクと大きく鼓動を打ち始めていた。
「部屋、意外と綺麗」
「⋯⋯用意してないので、汚い方です」
そこそこ年数の経っていそうなアパートは二人で入るには少し部屋が狭く、僕は行き場を失って部屋の中を適当に歩いていた。
「これ、良ければ」
「ありがと」
ポテトチップスと炭酸飲料。軽く乾杯をしてから口をつける。馴染み深い味が心臓を落ち着かせた。
「そういえばここからあの本屋まで遠くない? この近くに良いバイト先ないの?」
「そんなことはないんですけど」
「まあ、僕も人のこと言えないけどさ。あれでしょ? 知り合いに会いたくない的な」
「いや⋯⋯その。あそこの近くだったら、先輩に会えるかもって思って」
「え、ストーカーじゃん。まあいいけど」
「⋯⋯すみません」
やけに重い空気を肌で感じながら、僕はテレビを眺める。内容はバラエティ。だけど、この空気の中では感想も湧かない。
「⋯⋯どうして、僕を好きになってくれたの?」
「え、言わないといけないんですか」
「うん」
まあ、無理に聞き出さなくても良いのだけど。気になるものは気になる。返事には期待せず僕は内容の入らないバラエティ番組に目を移す。
「⋯⋯バイト先で、優しくしてくれたので」
「優しく? 別に普通じゃなかった?」
「俺、愛想良くないから。⋯⋯てか獣人だし。それでも、俺によく話してくれたし。仕事教えてくれたし」
「あー⋯⋯。まあ、仕事教えるのは先輩だし。でも、一生懸命だったのは伝わってたからさ。ほら、メニューとか何回も一人で言いながら覚えようとしてたり」
「いや、聞かれてたんですか」
「多分僕以外は聞いてないと思うから大丈夫。なんか、控え室通りかかったらボソホソ聞こえてきたからさ」
ああ、懐かしい。最初はシフトの文句でも言っているのかと思って耳を傾けてみたら、聞こえてくるのはメニューの名前。健気さのあまり思わず吹き出しかけて、一気に話しやすくなった記憶がある。
思えば、あの頃から可愛いところはあったんだ。そんな懐かしい話をしながらしばらくのんびりとしていると、狼崎君は僕の手を取って、ゆっくりとベッドに僕の身体を引き寄せた。
「え、何。お酒飲むんじゃ、ないの」
思わず尋ねると、ピクリと耳が動く。これじゃあ情事が始まるんじゃないか、という感想はどうやら間違いではなかったらしい。
「先輩、まさか。⋯⋯いや、なんでもないです。何が、いいですか」
ベッドから立ち上がる狼崎君。僕はその手を取った。
「⋯⋯別に、シないなんて言ってないんだけど。ただ、お酒飲むって約束で来たから」
「お酒飲むと、また前みたいになるかもしれないんで。俺も、別に今日じゃなくてもいいですし。無理しなくても」
無理なことはない。この前だって驚きはありながらも、嫌悪感というものはなかったし僕は男性同士の行為について一般人よりは解像度の高い知識を持っていると自負している。しかし、豊富なBLの知識を持ってしても、ある一つの不安だけは払拭できないでいた。
「⋯⋯その、正直お酒飲んでない状態でシて。やっぱり後悔させたりとか、しないかなと」
あの夜が異常だったからこそ、彼は僕のことを好きだと勘違いしているのではないか。もしもそうだとしたら、少し。いや、結構凹む。
「先輩は、やっぱり俺がどれだけ好きか分かってない。どうして、こんなに鈍いんですか」
頬を軽く引っ張られる。僕の不安を馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばせてしまうくらいに、狼はムキになって僕の頬を摘んだ。
「⋯⋯どれだけ好きか、教えてあげますよ」
首裏に鼻息がかかる。スンスンとわざとらしく音を立てて、彼は匂いを嗅いでいる。少し恥ずかしい。
「お風呂入ってないよ?」
「匂い、好き」
体勢が反転する。ゆっくりと僕の後頭部に手を添えてキス。複数回、軽いものから徐々に深く、確かめるように。
「あれ、テクでも覚えてきた?」
「⋯⋯この前のやつの、上書き。今日は、優しくするんで」
ボタンが外されていく。息遣いが荒く、それのせいでなかなか苦戦しているようだが敢えて手を差し伸べないでいた。
そして顕になる身体。首筋にキスを落とし、彼はゆっくりと耳を舐める。
「⋯⋯んっ、くすぐったいんだけど」
「かわいっ⋯⋯、声も、好き」
とろんとした目。キリリとしたいつもの顔とのギャップが僕の心に響いて、思わず僕は顎下に触れてみる。すると、甘えるようにして狼崎君は手を舐め始める。
「美味しい?」
「おいしい。⋯⋯先輩の身体、全部食べたい」
「じゃ、優しくなら噛んでもいいよ」
指を差し出すと、歯が当たる。痛くはなくて、なんだかマッサージのようで心地がいい。
「ヨダレでベタベタ。今度はどこ食べたい?」
「⋯⋯肩」
ヨダレまみれの手を、自身の肩に触れる。『食べても良い場所』という証のように。狼崎君は、先ほどよりも少し強く肩を噛んだ。
「んっ⋯⋯。なんか、気持ちいいかも」
ゾクゾクと背筋が凍る。それがたまらなく快感なのだ。僕にはこちらの方面の才能があったのかもしれない。
ふと、狼崎君のズボンに目をやるととても苦しそうなズボン。脚に手を触れると、ピクリと震える。初心な反応に少々気まずさを感じる。
「服、脱がしてあげるね?」
まずは上着から。そして、ズボンへと。わざと布越しにペニスを一撫してから、ベルトとボタンをゆっくりと外して。
パンツ越しからでもわかる大きな物。以前よりもまじまじとみると、僕のものとは異なる形をしていて面白い。
「⋯⋯チンチン、触ってほしい?」
こくりと頷く狼。だけど、もう少し僕は意地悪をしたくなってまだ触らない。
「ちゃんと言ってよ」
「⋯⋯触って、ください」
熱を帯びたそれに触れて、いつも一人でしている時のように手を動かしてみる。狼崎君はこの前のように歯の隙間から息を漏らし、僕の頭を撫でる。
「これが⋯⋯獣人の」
手を動かしていくと大きくなっていくペニス。竿の根本に玉袋と見間違えてしまいそうな大きなコブが徐々に現れてくる。
「くっ⋯⋯そこ、あんま触んなって」
「あ、気持ちいいの?」
少し軽めに指でなぞってみると、頭上から低い声が聞こえてくる。なんだか面白い。
「そんな気持ちいいの?」
「もう、でそっ⋯⋯」
「はや、早漏じゃん」
またほんの少し意地悪を言ってみると、それが決め手となったのか熱い精液が顔に飛び散る。量の多いドロリとした液体は、僕の首を伝ってゆっくりと身体を濡らしていった。
「めっちゃ出たね。⋯⋯次、どうする?」
「⋯⋯先輩の、舐めたい」
先ほど僕がしたように、焦らしながらズボンを下ろす狼崎君。それがもどかしく思いながらも、必死になっているのをバレたくなくて僕は余裕なフリをした。
ようやくパンツを脱がせ終わったかと思いきや、僕の股で鼻をスンスン鳴らすばかりで一向に咥えようとしない。
「狼崎っ君?」
「どうして欲しい?」
「⋯⋯舐めて、ほしい」
「誰に、誰の、何を?」
僕はそこまで具体的に言わせていないのに、狼崎君はそれを求める。いざ言葉にするとなると恥ずかしくて、なかなか口を開けないでいた。
「その」
「なに?」
「⋯⋯狼崎君にっ、僕のチンチンを⋯⋯」
「何してほしいの?」
「なっ、舐めてっほしいです」
ようやく合格点をもらえたようで、僕のペニスは狼のマズルの中へ飲み込まれていく。その瞬間、温かな感触に包まれてこの上なく気持ちがいい。ジュポジュポと音が出て、舌でこねくりまわされて、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「ごめっ、もう出ちゃう!」
あっけなく、僕は吐精する。恥ずかしくて、僕は狼崎君の顔を見れなかった。
「早漏じゃん」
「⋯⋯うるさい!」
二人とも出し切って、終わりかなと思うものの狼崎君のものは未だに存在感を放っており、まだ満足しきっていない様子だった。
「⋯⋯まだ、大きいね」
「別に、しばらくしたら収まるんで気にしなくていいです。もう一緒に寝ます?」
射精後の気怠さ。このまま眠ってしまうのもそれはそれで心地良さそうではあるが、僕としてはもう少し先を知ってみたい気持ちもあった。
「⋯⋯ゴムとか、ある?」
「用意は、ありますけど」
「用意周到じゃん。なに、連れ込んだりしてんの?」
「ばっ、違うっ! ⋯⋯でも、もしかしたらって思って。⋯⋯酔った勢いで買っちゃって」
その言葉の通り、今まで使われた形跡のない箱。勢いで買うってなんだよと思いながら、僕は笑って続きをすることを許可した。唯一の懸念点としては、僕はまだ尻に何かを挿入したことがないということ。
「あの、今更かもだけど。挿れたことないんだけど」
尻尾が揺れる。僕の初めての相手になれたということを嬉しく思っているのは結構だが、僕にとっては大きな問題があるのだ。
「普通に、それ入るの?」
もちろんそう言った類の本を読んでいるから知識はある。中には『解し』もなしに挿入する本もあるが、目の前のモノを見るとそれはファンタジーであると確信させた。
「まずは指から、慣らします。⋯⋯後ろ向いてくれますか?」
「えぇ、恥ずかしいんだけど。てか、できるの?」
「⋯⋯イメトレは十分です」
やっぱりどこか不安そうな顔に、思わず笑ってしまう。下手したら僕よりも緊張しているんじゃないかってくらいガチガチに固まった尻尾。それを見るとなんだか冷静になって、リラックスできた。
「めっちゃ緊張してるじゃん。大丈夫だよ、別に死にはしないでしょ。痔になるくらい?」
「ムードのかけらもないですね」
そう言って笑う狼のマズルにキスをしてみる。驚きながらも、彼は舌を絡め始める。
「⋯⋯ほら、これでムードはできたでしょ」
まあ、そんなもの無くたっていいのだけど。意外と狼崎君はロマンチストらしくて、満足そうに指を口に含み唾液で湿らせていた。
驚いたこと一つ目。指は意外と肛門に入ると言うこと。坐薬を入れたときのような感覚がずっと続いて、なんだか変な感じがする。
驚いたこと二つ目。想像よりもそれほど気持ち良くはないこと。慣れない感覚のせいか、セックスに夢を見過ぎだったのか、漫画で受けが感じているほどの喘ぎ声は出なかった。
驚いたこと三つ目。狼崎君は、とんでもないヘタレだと言うこと。僕も人のことは言えないが、大丈夫だと何回も言っているのに一向に指を進めないのはいささか問題である気がする。
「⋯⋯狼崎君、大丈夫だよ?」
「いや。⋯⋯普通に、怖いんで。また傷つけるのは嫌だし」
いや、ヘタレなんじゃない。これは優しすぎるんだ。⋯⋯甘々なのは結構なことだが、流石にここまでだと少し醒めてしまいそうになる。
⋯⋯そういえば、狼崎君は少し愛が重いらしい。それが獣人特有なのか、彼が特殊なのかは分からないが。ほんの少しだけ、その心をくすぐればコツでも掴んでくれるだろうか。
「そうそう、今日僕が連絡先交換した人って友達? なんか、仲良さそうだったけど」
僕の声に反応して、三角の耳が二つピクリと動く。続けて僕は言葉を続けた。
「話してみたいって言われてたけど、いつ暇とか分かる? あと、あの人の趣味とかも知っておきた——」
ゴリッと、シコリを押し込まれたような感覚がして僕の言葉は途切れる。顔を見ると、ちょっとだけムスッとしてた。
「⋯⋯あっ、すみませっ。いや、そんなことを言う方が、悪い」
「ははっ、わざとだとわざと。ごめんね? でも、さっきくらい⋯⋯さっきよりちょっと優しいくらいで大丈夫だから」
ほんのりとした罪の意識を持ちながら、もしも本当に浮気なんてしたら酷い目に遭いそうだとありもしない未来を想像して震える。
一方、狼崎君はさっきので感覚を掴んだのかさっきよりも解すのが上手くなっていた。
「⋯⋯向き合って、したい」
「いいよ?」
首周りのもふもふを両手で掴みながら、僕は狼崎君と向き合う。うざいと口では言いながらも、尻尾は大きく揺れていて嬉しいことはバレバレだった。
「⋯⋯挿れますね?」
指よりも大きなそれは、最初は苦しくはあったがそれでも狼崎君が僕のことを気にしてくれるためすぐに慣れた。
⋯⋯そして、僕はすぐにこの体位にしたことを後悔することになった。
「⋯⋯まって、恥ずかしいかもしれない」
「えっ、いきなり。てか、今更」
「なんか⋯⋯実際に目線が、あると。やっぱり、後ろ向いてもいい?」
「⋯⋯悪いんですけど、もう抜けないです」
あっ、そうか。亀頭球。やけに挿入時よりもお腹が苦しいと思ったら。⋯⋯ということは、狼崎君が射精しきるまでは正常位。
「なんで顔、隠すんですか。見せてくださいよ」
「まっ、⋯⋯っほんとに恥ずかしいんだって! なんか、歳下に見られるの嫌かもっ、あっ、なんっ」
手を掴まれて、腰が動く。そうすると、中でゴリッと何かの器官を刺激されて妙な感覚に襲われる。自然と声が漏れて、聞こえてくるそれが決して愛嬌のあるものではないのがこの上なく嫌だった。
「まっ、声嫌だからっ、もうちょい。ゆっくりっ」
「出してくださいよ、口抑えないで。ほら、見せて?」
なんなんだよこいつ。さっきまで童貞丸出しだったくせに、今はやけに手慣れててムカつく。息を荒げながら、ほんの少し細めた目が色っぽくて、それと比べると自分がどんな酷い顔をしているのか想像してしまって嫌になる。
「もうっ、顔見んなって⋯⋯! おいっ」
「なんでですか、こんな。可愛い顔⋯⋯俺だけにしか、見せないでくださいよ?」
また僕を揶揄って。文句の一つも言いたいけど、だんだん余裕がなくなってきた狼崎君のピストンに僕の喉は音を発することができないでいた。
「先輩っ、出そうっ⋯⋯、イッても、いいですかっ」
僕は頷く。お腹の奥がジンジンとして、頭がおかしくなりそうだ。気持ちいい。最後に一度、激しく腰を打ちつけた狼崎君のペニスはビクビクと中で震え出す。
「⋯⋯かわいっ」
「また、馬鹿にし⋯⋯」
ようやく止まった狼崎君の動き。僕は恥ずかしさのあまり睨むものの、僕が彼の顔を見た瞬間に目を逸らされる。
亀頭球はまだ膨らんだまま。抜けるまで、僕は彼とこんな気まずくて、幸せな時間を過ごさなければいけないらしい。
「⋯⋯言っとくけど、お前の方が可愛いからな」
もふもふへ顔を埋める。ほんのりとお日様のような匂いがして落ち着く。熱いくらいの体温は、まだまだ冷めなさそうだ。
「なんだよこれっ! わざわざこんなの!」
取り付けられたおもちゃの手錠で、僕は自由に両手を動かすことができないでいた。そんな僕を、狼崎君は舌なめずりをしながら見下ろす。
軽く足蹴にされると、僕の内なる性癖が疼くのは気のせいだろうか。
「あいつと飲みに行ったんですよね?」
「いや、ちゃんと連絡したじゃん! てか良いって言ったくせに!」
「良いとは言ったけど、誠意は見せましょうね」
あれから狼崎君の友達である健吾君とも話をするようになった。最初は嫌そうな顔をしていたが、別に向こうも僕も話をするだけなので変な気は起こさないと思う。⋯⋯というか、狼崎君が怖くて僕も向こうも気が起きない。
そんなこんなで先ほど飲み会をして帰ってきた僕は今、狼崎君に折檻されていた。
「ほら、足広げろや。誰のものか思い出させてやる」
「まって、そのセリフ⋯⋯ドエロ」
まあ、折檻とは言っても本当に拷問されるというわけではなく、そう言ったシチュエーションプレイのようなものなのだけど。
後々になって話を聞くと、狼崎君は別にBL本が好きな訳ではなく、僕に話を合わせるために嘘をついていたということ分かった。そこで僕が好きな本を布教し始めてから、セリフがだんだんと僕好みになっていき今に至る。
「⋯⋯ほんと、変態ですね」
「そっちこそ、いつもよりイキイキしてるけど?」
「ま、俺も好きだし。で、どうしてアイツと飲みに行ったんだよ? 聞いてんの?」
サラリと白状する狼崎君。まあ、僕も嫌いではないしこのシチュエーションを楽しむことにしよう。軽く足蹴にされると、下腹部がキュッと疼く。
「⋯⋯ごめっ、ごめんなさっ」
首を甘噛みされながら、問題児の後輩に謝罪の言葉を続ける。とても可愛くて、かっこよくて、大好きな狼の問題児に、僕は心も身体も食べ尽くされてしまったらしい。