獣化治験制度4: 引きこもりの果て

  そう遠くない未来。

  地球は人類であふれかえり、社会不安や環境問題など様々な問題の原因になっていた。異次元とも言える人口増に対処するため、世界各国は「異次元」の人口管理政策を実行した。異次元の人口管理政策の一つが「獣化治験制度」だった。獣化治験とは、人間を動物に変身させる技術や薬に関する治験である。人間を一時的、ないし永久的に動物に変身する技術や薬の研究を進めるため、そして、人類の人口を少しでも減らすため、各国政府は獣化治験制度を採用し、制度や治験対象者に莫大な資金が投与した。わが国では「獣化治験基本法」により、一時的に獣化する技術の治験を受けた者には50万円、永久に獣化する技術の治験を受けた場合には200万円と定められた。また、同法律は、永久に獣化、つまり人間の姿を永久に放棄する者の親族には、月20万円の「治験年金」が被験者が亡くなるまで受け取れると規定した。

  1985年...

  「父さん、”ジャパン・アズ・ナンバーワン”って何?」

  伸介(しんすけ)がテレビを観ながら父親に尋ねる。

  「ジャパン・アズ・ナンバーワンっていうのはな、これから日本が世界の模範になるって意味だ。10年ほど前にアメリカのハーバード大学の先生が提唱したんだ」

  父親の栄吉が答える

  「すごーい!日本はこれから世界のお手本になるんだ!」

  伸介は感心する。

  「ああ、”明日は今日より素晴らしい”。お父さんやお母さんがお前ぐらいの年齢にそう聞かされていた。伸介もきっとそうだ」

  栄吉はテレビ画面に目をやる。ニュースで、日本の竹下登大蔵大臣が米国・ニューヨークのプラザホテルで米国や西ドイツの財務長官たちと会合し、円を高く、ドルを安く誘導するよう合意したと伝えられた。

  バブル景気の狂乱はすぐそこに迫っていた。

  [newpage]

  202×年....

  「次のニュースです。インバウンド需要の増加により、日本を訪れる外国人観光客は過去最高を記録しました...」

  アナウンサーがニュース原稿を読み上げる。VTRには欧米やアジアからの観光客が自撮りをしたり、買い食いする様子が映し出される。

  「やはり、外国人には”入国税”もしくは別料金で対応すべきなんですよ!」

  ニュースコメンテーターがそう主張し、出演者や司会者たちも頷いている。

  「...ふん、40年前には俺たちもそうだったじゃないか」

  栄吉がコンビニ弁当を頬張りながらぼやく。たしかに、バブル景気の頃、円高と購買力の増加を背景に日本人観光客が欧米でブランド品を買いあさっており、一部から顰蹙を買っていた。今は、日本が爆買い「される」側になっただけに過ぎない。

  栄吉の生え際はすっかり後退しており、顔も皺だらけになっていた。

  一方、上の階では...

  「新卒の初任給が40万円を越しました...」

  伸介はYouTubeでたまたま流れたニュースを観ていた。すると、顔が引きつり、机をたたく。

  「何だよ...今の世代は....大した努力もしてないくせに...!」

  30年前、伸介は就職活動に勤しんでいた。

  「いい大学に入れば、いい仕事が貰える」

  両親にそう言われて一流と呼ばれる大学に入った。しかし、世間ではいわゆる「就職氷河期」の真っただ中だった。たとえ、一流と言われる大学を出ていても、倍率は高く、仕事にすらありつけなかった。

  「就職できない?お前の努力が足りないからだ!」

  そんな伸介を父親が責め立てる。栄吉は自身の就職経験を基に判断し、就職氷河期での就職難を過小評価していた。

  「伸ちゃん、近くのスーパーでもいいからとりあえず働いてみたら...」

  「○○大学をしたのにレジ打ちなんてみんなから笑われるよ!」

  母親がアルバイトを紹介したものの、伸介に断られた。栄吉も同じ反応をした。

  1カ月間だった引きこもりが、半年、1年と伸びていく。時間を重ねるとともに罪悪感が増し、社会生活に順応できなくなっていく。

  そして、「自分が引きこもりをしているのは社会のせい、親のせい」と正当化していく。

  ぼさぼさの髪と髭、不摂生な生活でついた脂肪。30年にわたる引きこもりの代償だった。

  ...「結局、親ガチャ、世代ガチャなんだよ!!!!!」

  伸介はビールの空き缶を窓に向かって投げる。甲高い衝撃音が薄暗い部屋にこだまする。床には空きペットボトルや空き缶、スナック菓子の袋やコンビニ弁当を入れたゴミ袋、何十年前から溜めている雑誌や新聞が散乱していた。「いつか片付けよう」と思ってはいるものの、その「いつか」が来ない。

  部屋から漏れる伸介の怒号を栄吉は黙って見つめるしかなかった。妻は伸介の引きこもりに嫌気が差し、とっくに離婚した。

  「俺が死んだら、どうなっちまうんだ...」

  栄吉は静かになった一軒家で、ひとり呟いた。

  十数年後...

  「今週はこれだけか」

  栄吉は預金通帳を見て嘆く。定年退職後もアルバイトをしていたものの、ついに体力の限界が来た。腰や膝が痛くて仕方ない。

  2階は既にゴミ屋敷になっていた。伸介が出したゴミが部屋の外から溢れ出て、廊下を占領していた。伸介は既に60歳になろうとしていたが、仕事に就こうとしなかった。むしろ、「今更就業するのは無理」と開き直っているようだった。

  アルバイトができない以上、頼みの綱は年金だけだった。しかし、物価が上がるなかでも年金は上がらず、退職金や貯金を切り崩しても家計は火の車だった。

  腰をさすりながら、栄吉は郵便受けを開ける。すると「獣化治験のお知らせ」というパンフレットが目に入る。

  「〇〇地区では動物に変身する治験を募集しています。一時的な治験には50万円、永久に獣化する場合には200万円の一時金と月50万円もの"治験年金"を給付します」

  「これしかない..」

  栄吉は意を決した。

  数日後..

  「〇〇市のものです!」

  屈強な男性たちが栄吉の家に入る。

  「なんじゃこりゃ..」

  すぐに階段で2階に上がるも、床中に溢れたゴミがバリケードと化し、歩くにも悪戦苦闘する。相方の男性は鼻を摘んでいる。

  なんとか伸介の部屋に到着し、ドアを開けようとするも、内側もゴミで埋まっているのか、なかなか動かない。2人がかりで開けると、ゴミ袋とゴミの山が崩れる。

  「な、なんだ!?」

  オンラインゲームに興じていた伸介がここで気づく

  「倉田伸介さんですね?」

  「な、なんだお前!人の家に勝手に入りあがって!!!」

  何十年も他人の侵入を許さなかった自分の部屋に、見知らぬ人間がいる事実に伸介は戸惑うと同時に、憤っていた。

  「人の家と言いますが、一応この家の所有者である栄吉さんの許可を得ています」

  伸介の身体は市役所の人間によって強制的に連れ出された。

  「放せよ...放せよ!!!!」

  伸介は叫ぶも男たちは表情を変えず、家から連れ出した。

  [newpage]

  「俺をどうする気だ!」

  車に乗せられた伸介はまだ興奮していた。

  「今あなたには二つの選択肢があります。一つはあなたを引きこもり更生施設に引き渡し、再就職させます。もう一つは獣化治験を受けてもらい、残りの一生を犬として生きてもらいます」

  「...ちょっと待て...なんで俺には二者択一しかないんだ?他にもあるだろ?親父の年金とか退職金とか!それに俺にだって年金を受ける権利はあるはずだろ!」

  伸介は慌てる。

  「貴方のお父様は、あなたの40年もの引きこもり生活で破産寸前です。そろそろ貯蓄も底をつくでしょう。それに、あなたの年金と言っても、支払ってきたのはお父様ですよ?」

  職員は運転しながら正論を言い放つ。

  「じゃ、その獣化治験っていうのはどうなんだよ?何もせずに過ごしているのならニートと変わらないじゃないか!」

  「いえ、獣化治験の場合、受ければ一時金として200万円、そして月に20万円の治験年金が貰えます。つまり、何をしなくてもお金が貰えるんですよ」

  職員が説明する。

  伸介は考えた。獣化治験を受ければ人間を辞めざるを得ない。かと言って、今更職業訓練を受けても手遅れだろう。60代で職務経験なしのニートを何処の誰が雇ってくれるのか。

  「何をしなくてもお金が貰える」ーー伸介にとって、40年に渡る引きこもり生活を正当化しうる理由に聞こえてきた。

  「分かりました。獣化治験を受けます」

  運転していた職員は頷き、近くの研究所に向かった。

  「それでは、倉田伸介さま。あなたは獣化治験基本法に基づき、獣化治験を受けるのに同意しますか?」

  治験を行う研究所の所長が尋ねる

  「はい、同意します」

  「獣化治験の中でも、永久に獣化する治験を望みますか?」

  伸介は頷く。

  「親御さんも同意していますか?」

  「はい..同意します」

  栄吉は答える。「これで40年以上も続いた悪夢は終わる」といった顔だった。

  「それでは、伸介さまは治験の同意書にサインを、栄吉さまは治験年金と確認書類にサインをお願いします。何か質問はありますか?」

  「..早く、息子を変身させてくれ...」

  しゃがれた声で栄吉はそう言った。

  「...何だ、親父...俺のことをATMだと思っているのか!!!!!」

  突如伸介が怒りだす。

  「それはこっちのセリフだ!お前を養うためにどれくらいの金がかかったと思うんだ!それに、周囲からどう言われて生きてきたか...」

  栄吉が涙を流す。

  「知ったこっちゃねーよ!そもそも産んだからには責任持てよ!」

  もはや見ていられなかった。この醜い争いを終わらせてくれと言わんばかりに、所長が部下に目配せする。暴れる伸介に部下が麻酔薬を注射する。伸介は糸が切れた操り人形のようにがくりと気を失った。

  [newpage]

  研究員が伸介の左腕に獣化薬を注射する。するとすぐさま変化が起きる。

  左腕のあらゆる毛穴が大きくなり、そこから白い毛が一斉に生える。瞬く間に焦げ茶色の毛は長く、太く発毛し、左腕を霧のように覆いつくした。左手では、伸介の芋虫のような手指が更にググっと短く、太くなる。指関節が消滅し、手のひらに吸い込まれていく。手のひらには、黒い肉球が形成され、手も分厚くなる。白いの毛は左腕から肩回りを伝って、体の表側に伝播する。右腕も、白い毛が草原のように埋め尽くし、右手も左手と同じ変化が起きる。そして、両腕は幽霊のようにカクリと曲がる。

  一方、やや茶色の毛は背中や臀部といった側面部を覆いつくす。同時に、背中がきしむ音がし、ゴムのようにしなやかに曲がる

  茶色の毛がお尻まで達すると、突起物、すなわち尻尾が形成され、ずるずると伸び始める。茶色の毛で覆われた尻尾は根元が深く、先端に行くほど細くなる。

  茶色の毛と白い毛は太ももから両足へと侵食する。体毛が侵食されるにつれ、太ももや両脚は身体を支えるために太くなる。

  両足に達すると、踵は広くなると同時に地面から浮き上がる。指はそれぞれ密着し、5本指から4本になる。指同士は太く短くなり、肉球が形成される。

  両腕と両足は太く、短くなり、体格も次第に小さくなった。170㎝あった身長も、半分近くにまで縮んでいた。

  そして、顔の変化が始まった。まず、鼻は黒く湿り、三角形から丸形に形を変える。形を変えた鼻は顎と共に前へ前へと突き出す。口元や顔の下半分は白い毛で覆われ、残り半分は側面部と同じ茶色の毛で覆われる。口元が崩れ、犬のマズル(口吻)に変化する。頬骨が緩み、死亡でたるんだ顔が更に丸くなる。

  耳はこめかみから頭頂部に移動し、ピザ生地のように平べったくなる。平べったくなった耳は茶色のの毛で覆われ、目のすぐ上の位置まで垂れる。

  両腕、いや前足と後ろ足はほぼ犬のサイズまで縮んだ。尻尾が少しずつ大きくなると同時に、身長が55㎝まで縮む。

  ようやく伸介が目を覚ます。瞳は黒一色に染まっていた。肉球が生えた自身の手のひらを見て思わず身震いする。

  そこにいたのは伸介ではなく、肥満体のラブラドールレトリバーだった。

  数か月後....

  栄吉はラブラドールレトリバーになった伸介に一つまみサイズの白米を渡した。近所には「引きこもりの更生施設に引き渡した」と説明した。200万円の一時金と月20万の治験年金により、火の車だった家計も落ち着いてきた。

  一方、伸介も最初は戸惑いや怒りがあったものの、次第に順応していった。

  「もう働けとか、家から出ろと言われる必要はない」

  そう思うと、安心感すら思える。

  しかし、一方で、伸介は次第に傲慢になってきた。

  ある日、栄吉が食事用にドッグフードを伸介に差し出した。すると、伸介は前足で皿をひっくり返し、ドッグフードをぶちまけた。

  「俺を犬扱いするな」

  そう思い、栄吉に威嚇した。栄吉はその後もドッグフードを食べさせようと思ったものの、同じような結果になり、あきらめた。ドッグフードは完全栄養食なのだが、栄吉は白米や肉といった人間でいた頃と変わらない食事をした。栄養バランスの偏りは明らかだった。

  この時、栄吉は伸介とは明確な主従関係にあると思い知った。しかし、怒る気力すらなかった。怒ろうとすると心臓が痛くなる。頭もいたくなる。何となく、自分は長くないと感じていた。

  また、散歩に出ようとすると伸介は露骨に嫌がった。

  「何あの犬?デブ犬じゃない」

  一度だけ散歩に出かけた際、通りがかりの女子高生に指を刺されて笑われた。それだけでない。別の犬に威嚇までされた。

  「俺は人間なのに」

  伸介には人間であるとの意識を捨てきれなかった。

  「なぁ、伸介。俺は出かけたいんだ」

  栄吉は懇願する。ただでさえ足腰が弱っている以上、日々の散歩は大事だ。しかし、伸介は首を振る。治験年金がある以上、勝手な真似はできない。最悪、噛みつかれたりする危険もある。

  かくして、伸介の傲慢さは身体の脂肪と比例するように膨張し、家に引きこもりがちになった。

  [newpage]

  そしてある日..

  伸介は自分の部屋から居間に降りた。人間の頃からの不摂生もあり、肉体は脂肪まみれになっていた。散歩に出かけていないから歩くのすら億劫だった。しばらくすれば、栄吉が白米をくれるはずだ。しかし、栄吉がいつになっても来ない。

  不思議に思って栄吉の寝室に行くと、ドアが動かない。ドアノブを手をかけようとするもなかなか動かない。

  ドアの向こう側で栄吉は倒れていた。

  「このところ、心臓が痛いな...」

  数日前から、心臓にずきずきとした痛みを頻繁に感じるようになっていた。その時だった。全身を雷に打たれたような痛みが襲った。

  「だ、誰か....」

  栄吉はか弱い声で助けを求めるも、伸介は来なかった。犬になり、聴力が上がっていたとはいえ、伸介はぐっすり熟睡していた。

  栄吉はドアの前に倒れていた。ドアが内側に開く構造だったため、いくら外側から押しても動かない。犬の身体であればなおさらだった。

  それから数週間後...

  伸介は冷蔵庫や戸棚にある食品やスナック菓子で何とか食いつないでいた。栄吉が死んだとは思っていない伸介は「俺の金でトンズラした」とまで考えるようになった。しかし、家の中から死臭というとも言うべき何とも言えない匂いが漂い始めた。

  「このドアを開けてはならない」

  犬の嗅覚と本能がそう語っていた。

  すると、何者かがインターホンを押す。何回か押した後、バリンとガラスが割れた音がし、伸介は驚く。

  「金目の物を集めたらさっさと撤収だ!」

  闇バイトと思わしき集団が乗り込んでくる。

  「ワンワンワン!!!」

  伸介は「ここは俺の家だ!」と吠えるも聞くはずがなかった。

  「なんだ、このデブな犬は?おい、外に追い出せ!勝手に侵入してきたかもしれない」

  強盗が言うなと言わんばかりのセリフだが、闇バイト強盗のリーダーが下っ端に指示する。部下たちは二人がかりで伸介を抱きかかえ、乱暴に家の外に投げつけた。それは、獣化治験の前に部屋に押し入り、伸介を追い出した時と似ていた。多少、脂肪がクッション代わりになったとはいえ、伸介は尻もちをついた。

  「さぁって、金目のものは....ってうわぁぁぁ!!!!!!!」

  強盗団の一人が栄吉の部屋のドアを力いっぱい開けると、そこにはミイラ化した栄吉の姿があった。

  「ウウゥン...」

  数日後、伸介は町内をさまよっていた。侵入した闇バイト強盗はすぐ逮捕されたものの、実証見分などで家は立ち入り禁止になった。入ろうとするも警察に「ほーら、ワンちゃんは入らない!」と制止される。栄吉は獣化治験を受けた後、保健所や役所に伸介を「治験者」としての登録するのを怠っていた。治験を行う研究所が登録を行うとばかり勘違いしていた。近所や野次馬は「あの太った犬なんなの?」、「まるで太った負け犬だ」とからかった。周辺住民も「伸介は引きこもりの更生施設に送った」と説明されたため、その犬を伸介だと思いはしなかった。

  周囲からの視線や嘲笑に耐えきれず、伸介は家から遠ざかった。

  「(腹減った...)」

  伸介は数日間飲まず食わずだった。人間だったころ、ましてや犬になった後も、決まった時間になれば親が食事を届けてくれた。しかし、今は違う。なにより、食料をどう「調達」すればいいのか分からない。赤ん坊がジャングルに投げ出されたのと同じだった。かといって、ゴミ置き場に置かれた残飯を食べるのも人間のプライドが許さなかった。

  「(俺の一生って何だったんだろう...)」

  伸介は眠るように気を失う。走馬灯で思い浮かべる光景などなかった。40年にわたる引きこもり生活は空虚そのものだった。伸介は誰にも気づかれず、天国へ旅立っていった。

  数日後、保健所から、道端に倒れた犬は伸介であると治験時に埋め込まれたチップにより判明した。

  [newpage]

  「彼は一体どこで道を間違えたのでしょうか...」

  事件の顛末を聞かされた研究所の職員が所長に尋ねる。所長は黙ったままだ。

  「彼は大学卒業後、アルバイトでもいいから就職すればこんなことにならなかったはずです。もしくは、治験ではなく、引きこもりの更生施設に行けばせめて、父親の異変に気づけたかもしれません」

  ようやく所長が口を開く

  「...人生は数多くの出来事と決断によって成り立っている。決して一つの出来事が人生を左右しているわけではない」

  所長は続ける

  「それに、人生はその人自身が切り開くものだ。たとえ、親ガチャや世代ガチャといったものがあったとしても、多くの人間が真っ当な人生を送っている。倉田伸介はそれに気づかず、いや、現実から目を背けていた。たとえ、治験を受けなかったとしても、同じ結末を辿っていただろう」

  所長は険しい表情をしながら答える。

  「さ、次の治験希望者の仕事をしよう」

  所長が部下の肩を叩く。ガラス越しには永久獣化を希望する姉の詩(うた)と、治験後に保護者となる妹の和枝(かずえ)が待っていた。

  完