目が覚めた時、枕が濡れていた。
その冷たい感触が、夢の中の優しさを消していく。
痛む胸は、昨日よりひび割れて、ずっとずっと深くまで裂けていた。
それでも。1度決めたら、俺はあまり迷わない。
だから、ゆっくりでも、確実に準備を進めていこう。
そう思って、ゼリーだけ食べ、ダンボールに荷物を詰め始めたのが7時。
基本的に眠れないから、起きたのは5時だった。
今は11時すぎ。
この4時間くらい、俺は思い出の中にいた。
ダンボールにしまうものを見る度、あなたの笑顔が浮かんで。
沢山のものをあなたは俺に与えてくれた。
それは、決して見えるものばかりじゃなかったね。
もらったものと共に、あなたとの思い出が鮮やかに蘇るから。
とても、苦しい。
このカップはおそろだったな。片方は今千秋さんのそばにある。
可愛らしいくまが描かれたそれは、雨が強い日に急に仕事が入った千秋さんに置いてかれて、雷に怯えてずっと寝て起きてを繰り返してた俺にお土産として千秋さんが買ってきてくれたものだった。
帰ってきた千秋さんに抱き着いていつまでもぐずぐずと鼻を鳴らしていた俺に、千秋さんは困った笑顔でカップを手渡した。
子供扱いしてごめんね?でも、こういうのも貴和は似合うと思うんだ。
そんなことを、言っていたっけ。
そして、1回だけ床に投げて叱られたものでもある…。
このリュックは、千秋さんが入学祝いに買ってくれたんだっけ。
高校でも教科書は多いから、なるべく入るものを、使い勝手が良くて、見た目が落ち着いたものをって。
俺は背が高いから、このデザインなら貴和の良さが際立つよなんて、あなたは笑って選んでくれた。
この服達は、ここに引っ越してきた日に服も新しくしようなんてバカ高いお店で沢山選んでくれたんだよね。
値段を見て固まる俺に、金額は気にしなくていいから、着たいものを持って来なさいなんて言って、自分の服は何も見ないで、俺の服ばっか選んでて…
このネックレス、クリスマスにお揃いにしてくれたやつだよな…最後に着けたのは、いつだっけ……
このペンも、この机も…ボードに貼ってあるのは、どれも幸せな思い出ばかりで…
あぁ、幸せだったなぁ…。
あなたに出会えて…あなたと生きれて…本当に、幸せだったよなぁ……。
「ぅ……ふ、ぅぅ………っぅ……」
とめどなく溢れる涙を止める術を、俺は何も知らなかった。
だって千秋さん。
いつも俺が泣いてる時は、あなたが隣にいてくれたから。
その暖かい腕の中で、抱き締めてくれたから。
その少しだけ冷えた指先で、そっと俺の涙を拭ってくれたから。
ねぇ…そうでしょ、?
何時だって、何処でだって、あなたは隣に居てくれたじゃないか……。
俺の、1番そばに……。
「ちぁ、きさ……な、で、、?」
どうして、忘れちゃったの…?
「ふ、ぅぅ……」
どうして、あなたが……
「ぅ、っく……」
あんな目に遭わなきゃならなかったのだろう
「ふ、ぅ……」
どうして俺達は、こうならなきゃいけなかったのだろう
「いやだ……やだよ…っ……やだ……」
抗えない運命に、俺はただ涙を流した。
泣きながら、ぼんやりしながら、そして疲れ切ったら眠って…それを繰り返して、数日かけて荷物をまとめ、フランスに送った。
空になった自分の部屋を見てもあまり胸は痛まなかった。
ただ、自分が千秋さんから離れるという実感だけがじわじわと俺に迫った。
その苦しさと痛みを、俺は忘れてはいけないのだろう。
千秋さん、裏切ることになってしまって、本当にごめんなさい。
あなたを信じ続けると約束したのに。
できなくてごめんなさい。
どうか、俺を忘れて幸せになってください。
頭で、何度あなたにさよならを告げても、心はそれを受け入れず、理解すらしようとしなかった。
そんな頑なな心に、繰り返し言い聞かせる。
もう、あの人とは終わりなんだと。
その行為が、思考が、ボロボロの心に傷跡を増やしていく。
「………ごめん………」
声にもならないほど小さな謝罪は、一体誰へのものか。
広い部屋の隅で膝を抱える俺を急かすように、空が明るくなっていった。
続く