ハロウィンとお酒

  毎年、ハロウィンには秋料理やハロウィンの装飾を施したディナーを作って食べるのが、俺と千秋さんのルーティンだった。

  渋谷とかの人が多い所には行かず、2人だけでこのハロウィンというイベントを楽しむ。

  美味しいご飯を食べて、映画でも観れれば、俺はそれで十分だった。

  それは今年も例外ではなく、夏の名残を感じる暖かい午後、俺はスマホでハロウィンの料理を調べていた。

  少し見ていたがいい案が見つからず、一旦TikTokを見る時間にする。

  ぼんやりと動画を見ていた時、ある文字が俺の目に飛び込んできた。

  『彼氏に悪戯!

  お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ♪』

  悪戯、か…

  そういえば、俺、ハロウィンの時あんまりそういうことしたことなかったな。

  悪戯…

  興味が湧いて、そのまま悪戯について調べてみると、まぁ出てくる出てくる。

  ハロウィンをみんな思い思いの形で楽しんでいるらしかった。

  (でも…度が過ぎたら即お尻、だよな

  いき過ぎなくて、お仕置きにならないような悪戯…)

  その時、去年友だちが言っていたドッキリを思い出した。

  『ちょっと酔ったフリしたら、いい雰囲気になってそのまま…な』

  嬉しそうだった。

  (…やってみるか)

  そうと決まれば準備だ。

  夕飯の買い物ついでにお酒を買うことにする。

  俺は周りの同級生より高身長だし、顔も大人びているため、お酒が買えるのだ。

  ちなみに今日の夕飯は、かぼちゃパイとさつまいもの煮物といもご飯、そしてきのこのスープ。

  かぼちゃとパイ生地、少なくなっていた砂糖、さつまいもを多めに、きのこはしめじとえのき、それとコンソメを買って、お酒コーナーへ向かう。

  友達が飲んだのは2%のやつらしいが、俺はもう少し強いやつにしよう。

  5%の氷結のマスカットを選び、セルフレジで会計をすませると、家路につく。

  以前買い物帰りに誘拐されてから、過保護な千秋さんの強い希望によって、夕飯の買い物などは車を出してもらうことになった。

  『貴和がもう一度でも私の前からいなくなるなんて考えられない。

  お願い。

  護衛を付けるのがダメなんだったらせめて車で行って。』

  そうでなければ外出はさせられない、なんて、真剣すぎて青くも見える顔色でそう言われたのは、3年前の今日だった。

  「自宅までお願いします」

  「かしこまりました、お送りいたします。」

  スーパーの駐車場に待たせていたクラウンに乗り込むと、千秋さんが信頼する運転手、南さんはそう言って千秋さんの愛車をゆっくりと発進させた。

  「すみません毎回運転してもらってしまって

  ありがとうございます」

  家に着き、そう言った俺に、南さんは目を細めて微笑んだ。

  「とんでもございません。

  神代様の大切な方をお守りできるのは光栄なことですから。」

  この3年間で数回運転手が替わり、南さんは3ヶ月前から運転手として務めている。

  少し無口だけど話しかければ柔らかな物腰で、丁寧に応えてくれる人だと、この数ヶ月で知った。

  千秋さんのことを神代様、と呼ぶあたり、恐らく千秋さんの会社の人なのだろう。

  高層マンションの上階に住んでいて高級車もいくつか持っている千秋さん。

  そんな人の下で働くのは多少の、いや、かなりの重圧もあるはずだ。

  給料はいいだろうが、内容はこんなお守りのようなもの。

  それなのに、何故こんなにも穏やかに働けるのだろう。

  「お荷物をお部屋までお運びさせていただきますね。」

  そう言うと南さんは、かぼちゃやさつまいもの入った重い袋を持ち上げた。

  「いや、俺、自分で持ちますよ」

  その手が震えたのを見て、慌てて手を差し出すと、南さんは少し嬉しそうに笑ったあと綺麗にお辞儀をした。

  「ありがとうございます。

  お気持ちだけ頂戴いたします。」

  そのまま少し歩いて振り返り、俺を待つのを見て、律儀な人だなと思いながら、エレベーターへと足を運んだ。

  「お足元お気を付けください」

  エレベーターに乗る時もそんな風に俺を気にしてくれた南さんは、扉が閉まると静かにその場に佇んだ。

  「…南さんって、」

  「はい」

  口を開いた俺に、南さんは穏やかに応える。

  「なんでこの仕事始めたんですか?」

  「私に敬語は不要ですよ

  このお仕事を始めた理由ですか…」

  穏やかにそう言って、南さんはどこか遠い目をした。

  「私の家はひどく貧乏でして…

  朝から夜まで働き詰めの母と、常にお腹を空かせた私たち。

  私は長男だったので…この家庭や母を助けなければと、最初は医者になろうと思い、借金をして大学に通いました。

  それでも地頭が悪かったのか勉強についていけず、余計に家庭を追い込んでしまったんです。

  途方に暮れていた時、たまたまこちらの会社が社員を探しているのが分かり、藁にもすがる思いで応募しました。

  正直、落とされると思っていたのですが…」

  面接で、志望動機を聞かれた時、南さんは恥を忍んで正直に家庭状況を説明したそうだ。

  その結果、まさかの採用。

  借金も全額返済できるほどの給料をもらうことができ、その恩を返すために長く働いてきたそうだった。

  「あの時の驚きと、借金が全て返済できた時の言葉に表せない感動は、今も忘れません。

  そして、社長へのご恩も。」

  そう言って微笑んだ南さんの目尻には、薄らと涙が浮かんでいた。

  「私はこれで控えますが、何かあればいつでもお呼びください。

  飛んでまいります故」

  部屋の前まで送ってくれた南さんはそう言うと、丁寧にお辞儀をした。

  「ありがとう」

  扉を閉めると、自動でかかるオートロックの音が響く。

  キッチンのカウンターに買い物袋を置き、手を洗う。

  YouTubeで音楽を流しつつ、料理を始めることにした。

  「……完成

  長かった…」

  約2時間半の調理の末、かぼちゃパイとさつまいもの煮物、いもご飯、きのこのスープが完成する。

  どれも食べる時にもう一度温められるものばかりだから、少し早めに出来ても大丈夫だった。

  千秋さんが帰宅するまであと1時間。

  完成した料理をラップなどに包み、ソファーに落ち着いた俺は、GoogleやTikTokで、お酒が早く回る方法を調べ始めた。

  空腹時に飲むといいらしい。

  複数のお酒を飲んでも酔いやすいらしい。

  確か、千秋さんが好きなお酒が家にあったな…。

  それも探してみよう。

  2本ほど買った氷結をリビングテーブルに置き、キッチンの上や下の棚を探す。

  すると、下の棚の1番左側に、ワインボトルを見つけた。

  赤と白両方見つけ、1つのコルクを抜いて匂いを嗅いでみると、ワイン特有の奥深い香りが鼻に届く。

  白ワインはマスカットの氷結と合わせることにして、俺はコップに赤ワインと白ワインを注いだ。

  そっと口をつけると、口の中に広がった苦味がお酒飲んでいる事実を主張する。

  そのままぐびぐびと飲み干すと、カッと顔が熱くなった。

  ものすごい速さでお酒が回っていく感じがする。

  かなりの空腹に加え、氷結とワイン。

  それでも、なんだかふわふわとしてきたのが楽しくて、俺は手を止めずに数回コップに注いで飲んでを繰り返した。

  恐らく4、5回目に突入した時、オートロックが解除された音が聞こえ、迎えに行こうとソファーから立ち上がった。

  瞬間、ぐにゃりと目の前が歪み、そのまま視界がブレる。

  「?」

  何が起きたのか分からずにいると、恐らく千秋さんが俺の目の前に来て、俺を助け起こした。

  「…かず、…てるの」

  何かを真剣に話してるけど、上手く聞こえない。

  「…がは?……でおさけ……」

  段々まぶたが重くなるのを感じて、俺はそれに抗うことなく目を閉じた。

  最後に千秋さんの、怒った声が聞こえた気がした。

  「……ん、ぅ……」

  目が覚めて最初に感じたのは、頭が割れそうなほどの頭痛。

  「……っつ…」

  部屋の中は暗く、隣を見ても、誰もいない。

  今は夜だろうか。

  千秋さんは、残業かなにかで、まだ帰っていないのかな。

  痛む頭を押さえつつ、フラフラとキッチンへ歩いていくと、カウンターに座る千秋さんの後ろ姿が見えた。

  「………ちぁ、き…さん…?」

  俺の声に千秋さんは勢いよく顔を上げ、じっと俺を見つめた。

  「……?」

  その意図が理解できず、ぼんやりと千秋さんを見つめ返すと、千秋さんは、ゆっくりと口を開いた。

  「リビングのテーブル、見ておいで」

  「…?」

  なんでそんなことを言うのか、何でそんなに声が硬いのか、理解できず、でもとりあえずぼんやりしつつリビングテーブルへ向かうと、見えたのはお酒の缶とワインボトル。

  何でここにお酒があるんだろう。

  千秋さんは缶は飲まない。

  かと言って俺はまだ未成年だし………だし、?

  あれ、俺、夕方何してたっけ

  ゆっくりと記憶をたどっていく。

  夕飯の買い物行って、南さんと話して、夕飯作って…その後は?

  ワイン、美味しかった……苦くて…

  缶も、、マスカットで…甘くて…だからつい、たくさん飲んだんだ……

  自分が飲酒したのを思い出して、俺は静かに青ざめた。

  千秋さんは、これを知っている。

  どうしよう。

  今すぐ隠せば、何も無かったことにならないか?

  ならないか。なるわけない。

  だけど、どうしても目の前の事実を認めたくなくて、自分の頬をつねってみる。

  これが夢だったらいいのに。

  それでもつねった頬がただ痛むだけで、現実は変わらず目の前にあった。

  「……貴和、」

  後ろから千秋さんの声がして、飛び上がって振り向くと、静かな表情の千秋さんがいた。

  「…頭は?」

  「へ…」

  間違いなくこっぴどく叱られるだろうと身構えていたから、その質問に思わず気が抜けてしまう。

  「頭痛は?喉やお腹は痛い?」

  少しだけ心配そうに眉を下げた千秋さんに、俺はもしかしたらと希望を抱く。

  「ぇっと…頭、いたくて

  ぉ、おなか、も…」

  「……そう

  とりあえず薬飲んで

  そこ座って」

  ソファーに座り、千秋さんから頭痛薬を受け取って水で流し込むと、俺がコップを置いたのを見て、千秋さんは口を開いた。

  「今、話せる?」

  「う、…ぅん…」

  おずおずと頷くと、千秋さんは真剣な表情で俺の手を握った。

  「……何をしてたのか、正直に説明して。」

  「……ぉ、怒る、?」

  「もう怒ってる。

  だから、これ以上怒らせないで」

  千秋さんの本気の声に、思わず視線が泳ぐ。

  「ぇっ……と……その……

  ちょっとくらい、、飲んでもいいかなぁ…なんて…」

  そう言って少し笑った俺に、千秋さんは鋭い視線を向けた。

  「……本気で言ってる?貴和」

  「ぁ、ぇと……」

  「帰ってきた時、倒れた貴和を見て私がどれだけ驚いたか、嘔吐した貴和を見ながら、どれだけ心配して、病院に連れていくか迷ったか、分からない?」

  え、俺、吐いたの?

  そんなの知らなかった…

  「ぇっ…と……ご、ごめんなさい、、?」

  謝っておいた方がいいだろう。

  そう思い、謝罪を口にすると、千秋さんの視線は更に鋭くなった。

  「……何も分かってない。

  どれだけ危険なことをしたのかも、どれだけ心配したかも。

  そもそも貴和は未成年。

  法を破ってまでこんなくだらないこと…」

  千秋さんはそう言いながら、握っていた俺の手を掴むと、そのまま膝に引き倒そうとした。

  「っ、ま、まって…」

  「待たない」

  「ぁ、っ……謝った、!」

  どうにか膝に引き倒されるのを阻止したくて、なんとか捻り出した俺の答えに、千秋さんは平手をお尻辺りに落とすことで応えた。

  「っ…、」

  「さっき言ったはず

  何も分かってない

  口先だけの謝罪は嫌いだよ」

  ハッキリと言われた嫌いという言葉にショックを受けているうちに、膝の上に引き倒され、あっという間に下着ごとズボンを下ろされてお尻を出される。

  「暴れない、大人しく受ける」

  「っやぁ、ぃやだ、!」

  バチン!パン!

  お尻の左右に降ってきた鋭い痛みに、思わず身を捩る。

  「っ、たぃ、いたい!」

  「痛くしてる」

  「やだ、!いやだっ」

  「嫌じゃない」

  バチン!バシン!

  何度も何度も叩かれるうち、段々お尻は熱を持ち、腫れてくる。

  痛くて堪らない。

  ただちょっとお酒を飲んで、千秋さんとイチャイチャしたかっただけなのに。

  ほんの少し酔ってみたいだけだったのに。

  ただの興味本位だ。

  19と20歳の違いなんてそうないはずなのに、どうしてこんなに痛くされなきゃいけないんだろう。

  「っっいたいぃっ!」

  反抗の意味を込めて足を蹴りあげると、足の付け根に強い平手が落とされた。

  「っっぅ、ふ、ぇ…」

  「足、動かさない」

  「ぃやだ、っ」

  ジタバタと暴れた拍子に床に足が当たり、ドンと音が出る。

  「下にも人は住んでる

  足はじっとしておきなさい」

  注意されたのが気に入らなくて、わざと床にぶつける。

  「……」

  少しの沈黙の後、今までで1番強い平手がお尻のあちこちに飛んできた。

  「ぁ、っぁあ、!

  いた、いたいぃ、いたぁいぃ…、!」

  あまりの痛さにぶわりと涙が溢れる。

  「うえぇ、っく、ふぇぇぇ…」

  「わざとするから

  道具にされたい?」

  「いやぁっ」

  「だったら大人しくしてなさい」

  「っく、やだぁっ」

  「道具も嫌、大人しくもできない。

  困ったね」

  「たいぃ、いたいぃっ

  やだぁっも、おわりぃっ」

  「終わりを決めるのは貴和じゃない、私だよ」

  「ぃやだぁぁっ!

  おわりぃっ

  ちあきさ、のばかぁっ」

  痛いし、いつも以上に千秋さんは怖いしで、わんわん泣きながらそう言った時…

  「…いい加減にしろ!」

  珍しく、千秋さんが怒鳴った。

  びっくりして、一瞬泣くのも忘れる。

  「いつまで甘えてるつもりだ!」

  瞬きしかできず、ただ静かに涙が散る。

  ひく、としゃくり上げると、脳が思い出したように感覚が戻ってきた。

  「ふ、ぅぇ…」

  「嫌々ばかりで反省の色もない。

  反抗するし口も悪い

  そんな態度を許した覚えは無い。

  膝から降りなさい。」

  最初は、お仕置きが終わったのかと思った。

  けど、千秋さんは俺を膝から下ろさせると、四つん這いの姿勢を取らせた。

  だんだん理解していって、さらに涙がわいた。

  この姿勢は俺がコーナータイムと同じくらい嫌いな姿勢だった。

  自分で維持しなきゃいけないし、逃げることもできない。

  「っふ、ぃゃぁ…」

  フルフルと首を振ってもどうしようも無く、俺は四つん這いのまましゃくり上げて泣いていた。

  「反省する気がない子を膝に乗せるつもりは無い。」

  「ごめ、なさぃぃ…」

  四つん這いが嫌すぎて、しゃくり上げながら謝るけど、千秋さんは許してくれない。

  「今日はもう膝に乗せない。

  その体勢で耐えなさい。」

  「やだぁ…」

  「嫌々ばかりなのを注意された後だろう。

  ごめんなさい以外禁止するか?」

  その言葉に泣きながら首を振る。

  「残りは道具にする。

  自分が何をしたのか、お仕置き中の態度はどうが正しいのか、よく考えなさい。」

  「ふ、うぇぇ…」

  これ以上嫌だと言ったら本気で禁止にされそうで、泣くことしか出来ない。

  千秋さんは立ち上がると玄関から靴べらを取ってきた。

  「ふぇぇぇ…」

  嫌だという意味を込めて首を振るが、容赦なくお尻に合わせられ、思わずぺたんとお尻をつける。

  「……貴和」

  「…だ、ぃゃだぁ…泣

  いたいのやだぁ…ごめんなさいぃ」

  「……痛いのが嫌だからのごめんなさいは聞かない

  誰が悪い?考えなくても分かるだろう」

  普段滅多に怒鳴らない千秋さんが怒鳴ったのは、多分それだけ本気で怒っているからだ。

  それだけの事をしてしまったんだろうけど、痛みに支配された頭じゃ細かい所まで考えられない。

  とにかく痛い思いをしたくない。

  だから必死に逃げるようにお尻を隠した。

  「…もぉしなぃ…ぜったいしなぃ…だからおしまぃ、っ」

  言いながら涙が頬を伝う。

  「……そうか」

  千秋さんはそう言うと、靴べらをソファーに置いた。

  伝わった、?

  終わりにしてくれる、?

  「痛いのが嫌だから、反省もできない子を、これ以上叱っても意味は無いから。

  そんなにおしまいにしたいならおしまいにするよ

  その代わりもう叱らない

  それでいいんだね?」

  いい訳じゃなかった。

  だけどやっぱり、こんなに怒ってる状態で叱られたくなかった。

  「っひく…ぅ……ぃ、ぃ…」

  こくんと頷いてそう言うと、千秋さんは少し俺を見つめた後、視線を逸らしてリビングを出ていった。

  「ふ、ぅぅぅ…ぃ、たぃぃ…」

  自室に戻って、真っ赤に腫れ上がったお尻を撫でさする。

  どんなに撫でても痛みは消えてくれなくて、熱も持ったままで、とても痛い。

  「ふぇぇ……ぃたぃよぉ…」

  抱っこして欲しい。

  頑張ったねって言われたい。

  頭も撫でられたい。

  お尻も冷やして欲しい。

  千秋さんと、一緒に料理が食べたい…。

  千秋さんに、美味しいって食べて欲しい…。

  「…っ……ぅぇぇ…」

  全部、そうできなくさせたのは俺なのに。

  大丈夫だろうって過信して馬鹿なことして、心配かけて、わがまま言って甘えて、反抗して…

  そんなやつ、叱りたくなくなるはずだ。

  「………め、なさぃ…ごめんなさぃ……」

  涙が後からあとから溢れて止まらない。

  どうしよう。

  もう、叱ってもらえないかもしれない。

  もちろんお尻が痛くなるのも、叱られるのも苦手だし嫌いだ。

  だけど、それも愛情って分かってる。

  だからそれがなくなるのは、とても怖かった。

  「ぅ、ぅ……ひく……ゃだぁ…泣」

  お尻が痛くなってもいいから、俺をまだ見てて欲しい…

  きちんと叱って欲しい

  ちゃんと反省して、早く抱きしめてもらいたい

  そっと部屋を出て、キッチンを覗くと、そこにいると思っていた千秋さんがいなかった。

  リビングにも、寝室にも、どこにもいない。

  「っ、ちあき、さん…っ」

  出ていったんだろうか。

  俺に愛想をつかして?

  「ひく…やだぁ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ」

  玄関でわんわん泣きじゃくっていたら、少ししてドアが開いた。

  「…貴和、」

  驚いた顔の千秋さんに、たまらず抱きつく。

  「ごめんなさいぃ…ちゃんと反省するから、捨てないでぇっ」

  「ぇ、なに?

  ちょっと待って貴和、捨てないよ?」

  「ごめんなさいぃ泣」

  「……一旦少し落ち着いて」

  トントンと背中を一定のリズムで叩かれ、少しずつ上がっていた息が整ってくる。

  「なんで捨てられるって思ったの?」

  千秋さんの言葉に、俺はくしゃりと顔を歪めた。

  「だ、て…ごめんなさ、しようとおも、たら…ひく…いなか、た…ふぇぇ…泣」

  「ぁ、そうか…

  それは何も言わずに出ていっちゃってごめんね

  びっくりしたね、ごめん」

  千秋さんはそう言って頭を撫でる。

  「ふぇぇ…ごめんなさい…

  おさけ、のんだのも、ほーりつ、やぶったのも、いやいやしてゆかけったのも、ごめんなさぃ…

  しんぱいかけてごめんなさぃ…

  いたいからってごめんなさいして、ごめんなさ、っ泣」

  しゃくり上げながら必死に謝る俺に、千秋さんはきちんと最後まで言葉を聞いてくれた。

  「おさけ、ちょっとだけのみたくて…

  ちょっとなら、いいだろう、て

  ちあきさ、といちゃ、いちゃしたかった

  おしおき、も…やだけどやじゃなくて…

  しか、てくれるのあい、じょうだし…

  わか、てるけど、こわくて、いたくて…泣

  ごめ、なさいしたのにおひざなのやで、だからゆかどんって…しんぱ、かけたのもわかってて…だから…だから、ごめ、なさぃ…っごめんなさいぃぃ泣」

  「……うん

  わかったよ

  きちんと反省したのはわかった

  伝わったよ

  ちゃんと考えられて偉かったね、貴和」

  「うえぇぇぇっ」

  「苦笑よしよし…

  こわかったね

  怒鳴ってごめんね」

  「お、れのほ、こそごめんなさい、っ

  おれが、まちがって…っ」

  「苦笑……もうわかったから

  もういいよ」

  「よくなっ

  でも、いったんだっこしてぇぇ泣」

  「クスクス…

  かわいい子だ、まったく…

  こんなに泣かれちゃ叱れないよ」

  千秋さんはそう言うと、俺を抱っこしてキッチンの方へ連れて行った。

  離れようとすると俺が泣くから、荷物を置いて一度も離さず抱っこしていてくれた。

  「本当にちゃんと分かったね?

  お酒のリスクもあるんだよ。

  空腹時に飲んだら低血糖になったりもする。

  それに、他のお酒と飲んでも酔いやすくなる。」

  それは、知ってた…。

  というか、調べた…。

  とは言えず…小さく頷いた。

  千秋さんは俺を椅子の上に下ろすと、その前にしゃがみ、そっと俺の手を握った。

  「貴和が倒れた時、どれだけ心配したと思う?

  貴和が吐いてて、このまま意識が戻らなくなったりしたらどうしようって、どれだけ怖くなったと思う?

  もっと、リスクを予想しなさい。

  心配してくれる人のことを思い出しなさい。

  ほんの小さなことが命に関わることもある。

  ちょっとだけ、じゃ、済まないことだってあるんだよ。

  分かる?」

  千秋さんの言葉に、涙が頬を伝う。

  お仕置きの最中に思ってた言葉を思い出す。

  心配は掛けたけど、やりたいことをやっただけ。

  法律なんて、ほんの少しの差。

  何でこんなに怒られなきゃいけないの。

  納得いかなくて、反抗して、暴言吐いて…

  そんなんでいい訳がないのに。

  反省なんてどこにもなかったはずだ。

  俺は、お酒を飲む時、千秋さんの顔が浮かばなかった。

  千秋さんの気持ちなんて考えてなかった。

  その結果、千秋さんに、最悪の事態を考えさせてしまった。

  自分の軽率さで、大切な人を傷付けてしまったんだ。

  「ごめんなさい…」

  大切な人なのに。

  大切なはずなのに。

  相手のことを考えられなかった。

  「貴和はいい子だから。

  何が悪いか、よく考えたら分かるんだよね。

  ただちょっと、衝動で動いちゃうだけ。

  いい子なのも、きちんと人の気持ちが分かる子なのも、ちゃんと分かってるよ。

  貴和はいい子。」

  「そ、なことな…」

  首を振り、少しだけ悲しそうなその顔に触れる。

  「……貴和が無事で良かった。

  何事もなく目が覚めてくれて良かった。」

  そう言って優しく笑うから、涙が止まらなくなってしまった。

  「ごめんなさい……ごめんなさぃ…っ」

  「大丈夫、伝わってる。

  分かってるから

  ちゃんと反省したの、もう分かってるから

  もういいよ、貴和」

  そう言って抱き締められた。

  その温もりを、俺はやっぱり失いたくない。

  暫くして落ち着くと、千秋さんは夕飯を温めて食べたいと言った。

  でも、俺はまだ、気持ちが切り替えられなくて…

  「もう怒ってないよ。

  きちんと反省できたのも分かってるし、心からのごめんなさいもたくさん聞けたし。」

  「…ちがぅ…」

  まだ、言えてないことがあるんだ。

  少し迷ったけど、ちゃんと切り替えるためにも必要だと覚悟を決めて、リビングのソファーに置いてあった靴べらを取りに行った。

  「……っ」

  靴べらを手に戻ってきた俺を見て、千秋さんは少し驚いた顔をしたけど、静かに見守っていた。

  「……」

  これを渡したら、もうこれ以上痛くなりたいはずもないお尻がまた痛くなる。

  叱って欲しいことを伝えたら、また四つん這いになれって言われるかもしれない。

  ……それでも、言うべきだ。

  「……ぉ、」

  「お?」

  「……ぉ、しおき…して、くださぃ」

  震える声で、震える手で差し出した靴べらに、千秋さんは俺の顔を見つめた。

  「……どうして?」

  「……さ、さっき、はなしてた……低血糖のこと…」

  「…うん」

  「……し、ってた…」

  「……知ってた?」

  「調べて…いくつかの、おさけ、のも…」

  「……」

  「…ちあきさん…帰ってくるまで、時間なかったから…はやく酔えたほうがいいだろうって…」

  「……」

  千秋さんの表情が変わるのが怖くて、俯いて話す。

  「……そうなんだね。」

  「こく」

  「…わかってて、やったんだね?」

  確認するように聞かれて、きつく手を握り締める。

  「……ごめ、んな…「今私は質問してるんだよ。」

  少し鋭くそう言われて、ハッと顔を上げる。

  見上げた先の顔が少し厳しくて、泣きそうになった。

  「わか、、ってた…」

  「リスクを知ってて、それでも、いいやと思って飲んだんだね?」

  「っ……」

  ハッキリ言葉にされると、胸が重くなる。

  罪悪感が、胸の中に溜まっていくようだ。

  「…自分の口で言葉にしなさい。」

  「っ……低血糖に、、なってもいいやって…

  どうせ、ならないだろうしって…」

  言いながら視界が滲んでいく。

  「……本当に、お仕置きするの?

  次から気をつけるってきちんと約束できるなら、今日はいいよ?」

  「っ……」

  きっと、そっちの方が怖くないだろう。

  でも、それじゃあこの胸の重さも、罪悪感も、残ったままだ。

  「…お、ねがぃ、します…」

  千秋さんは俺の覚悟を感じたのか、靴べらを受け取ると、俺の腕を掴んで引き寄せた。

  「きちんと立ってなさい。

  お尻は庇わないこと。

  分かった?」

  「は、ぃ…」

  ズボンと下着をおろして、まだ赤いであろうお尻に靴べらが触れる。

  ビシ!

  「…リスクを分かってるのにやるなんて、」

  ビシ!

  「とても悪い子だ」

  ビシ!

  「次からは」

  ビシ!

  「痛みを思い出して」

  ビシ!

  「踏みとどめるように」

  ビシ!

  「きちんと痛くしようね」

  ビシ!

  「っ〜、ごめんなさぃ…っ」

  思わず足踏みするほど痛くて、どうしてもお尻が逃げてしまう。

  痛い、いたい。

  ビシ!

  「分からなくてやるのと」

  ビシ!

  「分かっててやるのでは」

  ビシ!

  「罪の重さが違う」

  ビシ!

  「二度と」

  ビシ!

  「そんなこと」

  ビシ!

  「するんじゃ」

  ビシ!

  「ない」

  ビシ!

  「っ〜ごめんなさいぃっ

  ごめんなさ…ぅぇぇ泣」

  あまりの痛さに泣き出すと、千秋さんは少しだけ背中をさすってくれた。

  ビシ!

  「次やったら」

  ビシ!

  「100叩きじゃ済まさない。」

  ビシ!

  「分かった?」

  ビシ!

  「わかった、!

  わかった、っ」

  「はい、おしまい」

  そう言ってカウンターに靴べらを置いた千秋さんは、両手を広げた。

  俺はせっせとお尻をさすってたけど、千秋さんの優しい顔を見て、迷わずその胸に飛び込む。

  「ぅぇぇ……いたかったぁ…」

  「貴和が悪いことするから

  リスクを分かっててやったなんて余計叱るよ。」

  「ふぇぇ……」

  「…でも、ちゃんと反省できたね

  いい子いい子」

  そう言って千秋さんは頭を撫でてくれた。

  「ぐずっ…ひく…」

  まるでコアラのようにずっと千秋さんにくっついていると、千秋さんは俺を抱っこしつつ料理を温めたり、食事の用意を始めた。

  「一緒に食べたくて待ってたんだよ〜

  こんな美味しそうなの沢山作ってくれて、もー貴和天才✨」

  楽しそうに料理を温めてくれる姿を見て、とても嬉しかった。

  「せーの、いただきます。」

  「いただきます…」

  千秋さんはさつまいもの煮物を食べて顔を綻ばせ、いもご飯を食べて目を輝かせ、きのこのスープを飲んで声を漏らし、かぼちゃパイは可愛いから崩せないと悩んでいた。

  可愛かった。

  ご飯を食べ終わったあとは、二人でお風呂に入り、一緒に映画を観た。

  ハロウィンに全然関係ない新作映画だった。

  でも、一緒に過ごせて嬉しかったし、楽しかった。

  来年のハロウィンこそは、お尻を赤くされることなく過ごしたいと思う。

  そして、来年は千秋さんとお酒が飲みたい。

  END