第6話 ビショタ、全裸土下座 丸吞みシーサペント大量発生事件10

  ビショタは恐怖し、膝が震えている。

  自分に向けられたリャンの笑顔は少年がかつて今まで見たことのない恐ろしい表情で、もし表情だけで人を殺せる者がいたとしたらリャンはそのひとりなのかもしれないとさえ思った。

  リャンと目を合わせるとまるで心臓を握られているような不安感を覚え、ビショタはほんの僅かに失禁した。

  リャンは地獄のようなその笑顔を浮かべたまま、静かだが何故か地の底まで響くような声でビショタに言う。

  「助けてやろうか………?」

  「え……しかし」

  ビショタは自分の願いが届けられようと言うのに怪訝な顔をした。

  その目には希望よりも恐れのほうが強く見えた。

  それほどまでにリャンの笑顔はグロテスクであった。

  「その代わり……おめー、脱げ」

  「え、突然何を言い出すんです」

  「いいから、脱げや」

  リャンの瞳を見たビショタは戦慄した。

  そこには深海よりも昏い翠色の暗黒が口を開いていた。

  「……ヒッ!」

  にわかに本能的な生命の危機を感じたビショタは海水パンツを脱ぎ捨て、再び土下座の体勢をとった。

  それは懇願の為と言うより、言うなれば天災から身を守る為に小動物が身体を丸める動作のそれに似ており、尻を丸だしにしながら身体中を震えさせていた。____無様であった。

  ふたりの様子を窺っていた衆人が一層どよめき始めた。

  「………いいじゃねーか。いいぞ。なかなかそそる」

  そのビショタの屈辱的な姿勢を見たリャンはやはり静かに暗く、それでいて不思議に響く声で嬉しそうに笑った。

  「……リャンさん、お願いです。みんなを助けてください」

  ビショタ・オーネショタはシープスの都市からやって来た若い冒険者で、冒険者ギルド某支部の職員であるモーリン・アッテナの親縁に当たる事からリャン・ハックマンの従者兼秘書に任命された。

  これは彼女の親族達たっての望みであった。かつて魔王大戦時に英雄と称された人物のひとりであるリャン・ハックマンに近づけば将来が約束されたも同然と思っての事だったのだろう。

  モーリンはかつて冒険者を軽視していた親族の浅ましい願いに白けた笑みを浮かべながらも承諾した。

  最初、モーリンはこの金髪の少女人形のような少年がすぐ根を上げて故郷に逃げ帰るか、不慮の事故で死ぬものだと思っていた。

  しかしビショタはモーリンの予想に反してずっと男としての気概を持っていた。

  ビショタは歴とした男の子である。

  このように衆人が見ている中、丸裸で尻を掲げ額を砂に擦りつける恥辱を受けたからには、それ相応の見返りがなければ彼は死を賭してリャンに挑みかかるだろう。(もしそれが奇跡が起きても勝てない勝負だとしても)

  しかし、

  「…………しょーがねーなぁ。おねーさんが、なんとかしてやんよ」

  リャンはしばらくビショタの痴態と身体をじっくりと眺めると、頷いた。

  「依頼を受諾した。作戦目標は冒険者を可能な限り救出する、で良いな?」

  「リャンさん……!」

  ビショタは自分の願いが聞き届けられた喜びで思わず声を顔を上げたが、ビショタはリャンの表情を見て再び絶望する事になる。

  ____滾っている……。この人は、僕にこんな事をさせて、滾って悦んでいる……。

  リャンは不気味に口を歪めて笑っていた。暗いエメラルドグリーンの目が三日月のように細まり、その瞳が昏く輝いていた。

  「その代わり今日の夜、私の部屋に来い。それを以て報酬とするぜ。いいな?」

  リャン・ハックマン。この世に10人しかいない髑髏のバッチをつける事を許された者の一人。既婚。一児の母。

  しかしながら彼女にとって至上の喜びは『若い少年や少女が泣いたり苦しんだりしながらリャンに助けを求める瞬間』である。その瞬間に彼女は言いようのない興奮を覚え、滾る。

  彼女は人格的に問題がありすぎる人物であった。

  ◆

  ビショタの願いに(半ば強制的に)破廉恥な報酬を約束させたリャンは何の武器も持たず水着のままで、海の波を裂くような速度で海辺を走ったかと思えばそのままきりもみに回転しながら海中に突っ込んでいった。

  姿は海中に消えたが、どういう非常識かリャンが泳いだ後ろに見た事のない波が続いているので、海の怪物のような恐るべき速度で沖に向かっているらしい事がビショタにはわかった。

  「リャンが動いたんですね。よく説得してくれました」

  即席の救援隊を編成するために15名の頭数を揃えて戻って来たモーリンはリャンが走って行った痕跡とビショタの姿を見て事情を全て察した。

  「けど、大丈夫でしょうか……。武器もなしに……」

  リャンはまさに生身のまま何の武器も持たずに走り出した。

  こは一般的に自殺行為と言うのではないか。

  「あの人は、負けないんですよ」

  モーリンは事も無げに答えた。

  事実、かつてリャン・ハックマンが自ら戦いに赴いて負けた事は一度たりとてなかった。

  ____それに………。

  モーリンとしてはリャンが救出の為に動いたという事実だけで十分である。

  実際問題としてリャンがどれほどの活躍をしようが、救出できる冒険者の数は知れている。

  しかし、それでもこの惨事を目の前にして仮にも支部長代理がビーチチェアーで寝そべって葉巻をふかしていては支部の倫理を問われかねない。

  モーリンの本命はこれから編成を分ける15人の有志達である。

  彼らの多くは一線を退いた元冒険者であるが、だからこそ実力に期待ができる。

  後は可能な限り武器を集め、多少強引な手を使っても船を手配する事が必要だが時間的余裕はなかった。

  なにより、船を用意するのが遅れればそれだけ犠牲者の数は増えていくだろう。

  「ひとまず、パンツを履いてはいかがです?」

  ビショタはモーリンの指摘を受けると自分が生まれたままの姿でへたり込んでいた事を思い出し、赤面しながら脱ぎ捨てた海水パンツを履きなおした。

  「今度、食事に連れていってあげます」

  モーリンは一瞬優しげな微笑みをビショタに向けたが、再び厳しい顔に戻り15名の即席救助隊に向けブリーフィングを開始した。

  ビショタは何故かリャンとモーリンの顔が頭から離れず、股間を抑えモジモジしたまま事態を眺めているしかなかった。