7話 さよならぼくのともだち ハーフエルフを狩る者たち19

  _____「見て! わたしジェイムズよ!」

  _____「わたしだって、ジェイムズ!」

  記憶の中のプルシェニカとタオ・メイメイはこの時代、多くの少年少女が触れて憧れた冒険譚、『ジェイムズ冒険記』を読みながら自分が冒険者になった姿を夢想していた。

  文字は読めず、数ページある挿絵から物語を想像するしかなかったのだが、それでもふたりは邪悪なドラゴンと対峙し凶暴なオーガを剣で仕留める冒険者ジェイムズに自分たちを重ね、中庭の木の枝を剣に、洗濯板を盾に見立てて夢想した。

  幼いころ、ふたりは冒険の世界に憧れていた。

  今、メイメイの手の中にはあの時ふたりで読んだジェイムズ冒険記の破り取った表紙がある。

  裏には鉛筆を使ってふたりで書いた下手くそな絵が描かれている。

  それは冒険者になったメイメイとプルシェニカの絵であった。

  耳派の革命活動に参加し、冒険者を憎んでいたはずのプルシェニカが若き日のジェイムズが描かれた表紙を隠し持っていたのである。

  もしこんなものが耳派の仲間に見つかれば立場を危うくする恐れすらあるのに、である。

  そんなプルシェニカの心情を思うとメイメイは心が引き裂かれるような思いがした。

  しかし、全てはもう遅い。

  メイメイには何故か不思議な予感があった。

  プルシェニカはきっとこの孤児院に戻ってくる。

  そして、それがプルシェニカを生かす最後のチャンスになるだろう。

  ◆

  プルシェニカは世界の音と色を失ったまま夕暮れのインダスバウムを歩いていた。

  襲撃に失敗したプルシェニカは追手の冒険者から逃げなければならず、多少の幸運が助け、なんとかこのインダスバウムまで逃げ延びたがそれがせいぜいだった。

  プルシェニカの運命は閉ざされた。

  冒険者に捕縛されれば死よりも辛い不名誉と苦しみが待っているだろう。

  旧魔王領への逃避も、或いは態勢を立て直し街に潜伏するのも他の耳派の仲間がいてこそできた事だとプルシェニカは思い知った。

  プルシェニカはある意味今初めてひとりぼっちになった。

  行く当てなどどこにもない。

  メイメイのように路上生活者の経験もないので、浮浪者のふりをするわけにもいかない。

  プルシェニカはただ休みたかった。

  どこか、人の来ない場所で少しでもいいから目を閉じていたかった。

  ほとんど無意識がプルシェニカの足を突き動かした。

  プルシェニカとタオ・メイメイの始まりの場所、旧タコクナグル王立第3孤児院へとである。

  いつしか空には一等星が薄っすらと輝き始めていた。

  ◆

  「…………タオ、…………メイメイ」

  プルシェニカは聖堂の扉を開けた先にタオ・メイメイの姿を見つけた。

  いつも巻髪にしている金髪はほどけて無造作に広がっているが、赤く重そうなコートと魔道ショットガンで武装した冒険者として、妖精が羽を休める為として作れられた止まり木の十字架の下で、悲しそうな、それでいて不思議と決意を感じさせる深紅の瞳を昏く光らせて。

  青い冒険者装束と銀髪のプルシェニカ。

  赤い冒険者装束で金髪のタオ・メイメイ。

  まるでふたりは冒険者の姉妹のように見える。

  「待ってたのね……………………私を」

  メイメイはプルシェニカに答える代わりにショットガンの銃口を持ち上げた。

  「プルシェニカのバカ! なんで…………なんで耳派なんかに入って!」

  メイメイは泣きそうな顔で叫んだ。

  そのメイメイの罵声を聞いてプルシェニカは顔を怒らせる。

  「あなたこそ冒険者なんかになって…………!」

  プルシェニカは怒りに任せ銃を構えたメイメイに歩いて近づいた。「どうせ撃てやしない」という確信があったのだろう。

  しかし、プルシェニカはメイメイの間近まで迫ると銃を奪うでもなく手を振りかぶってメイメイの頬をはたいた。

  「痛いっ……!」

  「あなたに…………あなたに何がわかるって言うの!? わたしがどんな思いで今日まで生きてきたか、あなたになんかわかりっこないわ!」

  「なによ!」

  メイメイはルシェニカの銀髪をひっつかむとお返しとばかりにプルシェニカの右頬と左頬をぶった。負い革で吊られたショットガンはうっちゃり、遠心力で背中に回ってぶらりと揺れた。

  「痛っ!」

  「私だって、たくさんひどい目にあってる!」

  「そんなの知らない! バカメイメイ!」

  プルシェニカもメイメイの金髪を掴むと彼女の頬を今度は抓りあげた。

  「きゃあっ!」

  「わたしがどんなに辛かったか知らないでしょ!? こうなっても仕方ないのよ!!」

  メイメイはプルシェニカの手を振り払うと思い切り右頬を引っ張った。プルシェニカは思わず痛みに叫ぶ。

  「きゃあああ!!」

  「あんただって昔はジェイムズ好きだったのに! バカな事しちゃって!」

  プルシェニカはメイメイの腕を振り払い、思い切り右頬をビンタした。

  「この……!! バカシェニカ!!」

  しばらくメイメイとプルシェニカは手のひらでお互いの頬を叩きあった。それは誰が見ても子供の喧嘩でしかなかった。

  今ここにいるのは冒険者タオ・メイメイと革命家プルシェニカではない。

  かつてこの孤児院で何度このような喧嘩をしただろう。

  そしていつもだいたいメイメイが勝利しプルシェニカを泣かしてしまっていた、

  「なによ! わたしだって…………、私だって本当は…………」

  そして、その日の夜には何事も忘れたかのようにお互い同じベッドに入るのだ。

  そして眠くなるまで大人の目を盗み、毛布の中で彼女達だけの冒険に出るのだろう。

  「プルシェニカ………」

  彼女たちは物心ついた時からそうやって毎日を過ごしていた。

  お互いがお互い、その時から今まで無二の親友であった。

  「あなただけ冒険者になって、ずるい! なんでなの? なんでなのよ! ……………なんでわたしだけ」

  何度かメイメイにぶたれて、遂にプルシェニカは鼻をすすって泣き出してしまった。

  いくら他者から吹き込まれた理屈で思想を固めようと、きっとプルシェニカが本当に心の底から願っていた事は違うものだったのだろう。

  メイメイは、プルシェニカにもう戦う意思がない事を悟ると彼女を抱きしめる。

  「メイメイ…………」

  そしてメイメイは涙を流しながらプルシェニカの頬に自分の頭を擦り付けた。まるで縋りつくように。

  「プルシェニカ………わたしと一緒に、逃げましょう」

  「逃げる……?」

  「どこか遠くへ、冒険者も、耳派もいないどこかへ」

  「……そんなこと」

  できるわけがない、とプルシェニカは言いたかった。

  単に弱気になっているだけでもあるが、それ以上にプルシェニカは本気で敵を追い詰める冒険者という連中が自分たちが思っているより遥かに慎重で冷徹な人種であるという事を思い知らされていた。

  しかしメイメイに諦めることなどできるわけがない。

  「じゃあどうするの? このまま冒険者と戦う? それとも諦めて捕まるの? そんなの、どっちも私は嫌!」

  何も戦うのも捕縛されるのもタオ・メイメイではないのだが、それでも我が事のように憤るタオ・メイメイにプルシェニカは思わず笑いそうになってしまった。

  

  「メイメイ、ありがとう。けど、もういいの。………もう、いいのよ」

  プルシェニカは笑顔を浮かべたままメイメイの身体をゆっくり離すと、距離をとり懐から拳銃を取り出すと向けた。

  逃亡の最中に冒険者を殺して奪った銃だった。

  「プルシェニカ!」

  メイメイは思わずショットガンの銃口を上げた。

  しかしプルシェニカから敵意は感じられず、むしろその表情は穏やかであった。その顔を見るとメイメイは心がぐちゃぐちゃになりそうで、自然と視界が涙の雫でぼやけていた。

  「メイメイ、気が付いて? もうこの孤児院は、冒険者たちに囲まれているわ」

  プルシェニカの言葉にメイメイは息をのんだ。

  確かに窓の外に意識を向けると、何人かの冒険者が扇状に展開し射撃体勢を整えてこちらの様子を伺っているのは気のせいではなさそうだった。

  本来、純粋な戦闘者でないプルシェニカに何故そのような第六感が働いたのかは不明だが、死期を悟った者が時折見せる霊感のようなものが宿ったのかもしれない。

  「プルシェニカ! 投降して! そうすれば、私がギルドと話すから! お願い! プルシェニカ!」

  メイメイは叫ぶ。言葉は鼻汁と嗚咽に邪魔されまるで癇癪を起した幼児の駄々のようである。

  視界に映るプルシェニカの顔がぼやけて消えそうな気がしたのは、なにも涙で歪んだ視界のためだけではないだろう。

  「もう、いいのよ。もう、いいの……………………」

  プルシェニカはそういいながらメイメイに向けた銃口を逸らさなかった。

  きっと既に己の終焉を受け入れているのだ。

  「だめ!! プルシェニカ!! やめて!!」

  「ごめんなさい。タオ・メイメイ」

  そう言うとプルシェニカは静かに引き金を引いた。

  銃声の後、放たれた弾丸はメイメイから大きく外れて見当違いの方向へ突き抜けた。

  その次の瞬間には外で武装していた冒険者たちが一斉に射撃をはじめ、プルシェニカの身体は弾丸に斜め左右から撃ち抜かれ、弾丸は彼女の生命をずたずたに破壊してどこかへ消えた。

  「プルシェニカッ!!」

  銃声はプルシェニカが倒れても止まなかったがメイメイは駆け寄った。聞き覚えのある仲間の声が「撃つな! 撃つんじゃない!」と叫んだのが聞こえ、銃撃は止んだ。

  「プルシェニカ……………………なんで……………………」

  メイメイは倒れたプルシェニカの傍にひざまずき、その血に塗れた手を握ってやった。

  「メイメイ……わたし、ほんとうは」

  「喋らないで!! こんなに血が…………」

  プルシェニカはメイメイに何かを伝えようとしながら血を吐いた。

  例え誰の目から見てもプルシェニカが助からないことは明白だった。

  しかし、死にゆく友人の姿を目の前にしてそんな事が関係あるだろうか?

  「わたし……も、冒険者に…………なれたら」

  「プルシェニカ…………やだよ…………プルシェニカ」

  メイメイはだんだん冷たくなってゆくプルシェニカの身体に縋りついて泣いた。

  今のプルシェニカはかつての優しかったプルシェニカの顔を取り戻していた。

  ただ、そこに身体の温もりだけが悲しく消え去ってゆく。

  「大好きよ…………メイメイ…………」

  か細い手でメイメイの頬に触れ、それだけ絞るように口に出すと、プルシェニカの腕がまるで人形のように力を失い床に落ちた。

  白くなった顔の中で目はガラス玉のように動かなかったが、口元だけは穏やかだった。

  「プルシェニカ!! プルシェニカ!!」

  メイメイはもうすでに動かないプルシェニカの身体を抱いて絶叫した。

  そのタオ・メイメイの周囲を、いつのまに突入したかイチをはじめ銃で武装した冒険者たちが何も口に出せないまま囲んでいた。

  プルシェニカとタオ・メイメイの友情はこの孤児院で始まり、そしてこの孤児院で終わりを迎えたのだった。