11話 くすぐり私刑を受けるイチ(1) よせあつめ外伝5
山の麓にある今は使われていない猟師小屋。
イチは思いがけない危機に陥っていた。
右腕と左腕を二人の女冒険者に押さえつけられ、床に磔にされている。そしてイチを見下ろして笑うもうひとりの女冒険者。
その姿はまるで蜘蛛の巣に絡めとられた蝶のようだ。
「どうするつもりだ? わたしに危害を加えるなら、冒険者ギルドも黙っていないぞ」
イチは鋭い目で自分に害をなそうとしている長い金髪の瘦せぎすの女を睨んだが、女はイチの目に怯えが混じっている事を見て取り嗜虐的な笑みを浮かべてみせた。
「危害、だなんて人聞きが悪いわ。私はあなたと仲良くなりたいだけよ」
長い金髪の女、グリムは膝を立ててイチの頭側に腰を下ろすとイチのコートをはだけさせブラウスのボタンも外し、木綿の白いブラジャーが露出するまでイチの服を剥いだ。
「な、なにするつもりだ! お前、まさかそういう趣味がっ!?」
不意に人には普段見せぬ部分を晒されたイチは顔を赤らめて怒りを露わにする。
「安心しな、グリムにそっちの趣味はないよ」
左腕を押さえつけているグリムの仲間である青い髪の冒険者、クースは意地悪く言う。
「なかよくするだけ、だよね~」
右腕を押さえている黒髪の女冒険者、コチョラータは対照的に声に気の毒そうな音色も混じっている。
「そうそう。冒険者同士、仲良くなるためのスキンシップよ」
そしてイチの眼前でグリムのしなやかな腕がワキワキと不規則に動き、これから起きる事態を想像させた。
「ま、まさか、や、やめろ!」
「仲良くなったら、依頼目標のこと、教えてくれるわよね?」
「や、やめろーーーーーーーー!!」
イチの腋の下を酷く意地の悪い指先がなぞりはじめた____。
◆
連邦歴14年6月下旬。
イチは旧魔王領にいた。
旧魔王領の町イワンシコニア。
バルティゴ都市国家連邦と旧魔王領との国境沿いの町である。
本バルティゴ都市国家連邦外伝で旧魔王領が舞台となるのはこれが初となるので、魔族と言う存在について軽く歴史のおさらいといこうか。
そもそも魔族と呼ぶのは大陸西側の人間だけで、彼ら魔族は自らをヴェロチェ人と呼ぶ。
ヴェロチェニアン、彼らにとって「人」を指す意味の言葉である。
本小説では当時の歴史背景を鑑み読者の読み易さを優先しているので彼らを魔族と言う名称で書いているが、これは西側諸国が勝手に魔族と言い始めただけである。
(もし将来この小説がヴェロチェラントで発刊されるなら、ヴェロチェ人と表記が直されているはずだ)
歴史の授業はひとまず置いておくが、連邦歴15年の6月、イチはとある依頼の為にこの町に足を延ばしていた。
目標は強奪された金時計の奪回、そして賞金首である「ラージュリヴァ」の捕縛である。
依頼主はケブロイクの資産家でブッチマン。
理由は金の懐中時計を盗まれた為と依頼書にあった。
どうやらラージュリヴァは仲間と数人がかりでウィックマン邸に強盗を企てたが失敗。
他の仲間は捕えられ、ラージュリヴァだけがどさくさに紛れて金時計を持って逃げ伸びたとのことらしい。
仲間が吐いた情報によるとラージュリヴァはイワンシコニアの生まれで、一度イワンシコニアに潜伏し機を窺って更に東に逃げ伸びるつもりらしい。
賞金額も破格と言っていい金額で、これは多くの冒険者を集めいち早くの依頼達成を求めている事が伺えた。
この依頼を見たある理由から、旧魔王領での活動で他の冒険者より多少のアドバンテージを感じていたため自分もラージュリヴァと金時計の奪回に参加する事を決めたと言うのがこの物語の前日譚である。
ともかくイチは旧魔王領イワンシコニアにいた。
◆
____1年前より町が大きくなっている。
イチはイワンシコニアの町についてそう思わざるを得なかった。
イワンシコニアは元々はかつては町とも言えぬ農村であったが、バルティゴ連邦の国境沿いという地理のため戦後には関所が作られ国境沿いの要地として発展し、戦後の14年間で町と呼ぶにふさわしい規模となった
今では冒険者を中心として現地民の魔族以外の人種が目立つようになってきた。
イチが拠点にしている安宿がある通りに老人がいた。
10年前からそこにいるような老人である。
パイプを燻らせ安楽椅子に揺られて陽に当たりながら何か小瓶の酒を飲んでいる。
きっと10年間、同じようにして通りを見つめてきたのだろう。
「チェビドスラドズ。ノジョム、ムアバザソ、スロプボ?」
イチはその老人に魔族の言葉で声をかけた。
「ィビ、チェロブゴ、ヴェロチェキ、アムダ?」
老人はイチが魔族の言葉、ベロチェ語を話せるのに驚いた。
ここ10年、冒険者を見かけるのはもう珍しいことではなくなったが、若い少女が魔族の言葉を話すのは意外だったのだろう。
「ヤ、ゴム、ゴンメ、チロボグ」
イチが「少しだけ話せる」というような事を言うと老人は感心したようにパイプの煙を吐き出した。
これはイチがリャンの従者をしていた際、旧魔王領まで足を延ばしていたため独学で少し覚えたからだ。
流石にヴェルチェ語で会話を書いていくと読者が置き去りになってしまうので〈 〉この括弧を用いて訳してゆく。
〈最近この街はどうですか?〉
〈悪くない。戦争には負けたが、暮らしは良くなったよ〉
〈“家を建てる場所はすぐ決めるな”ですね?〉
魔族の間で通じる諺に老人は思わず笑った。
魔族と言っても西側の人間と外見は殆ど変わらない。
(強いて言えば魔族のほうが目や鼻が鋭くなる傾向はあるが)
結局魔族というのはヴェロチェ語圏で出生しベロチェ人としてのアイデンティティを持つ者のことをそう言っているに過ぎない。
〈冒険者だろ? 何か聞きたいことがあるなら言ってみなさい〉
老人は魔族語を話すこの若い冒険者の少女に心を僅かに許し、会話を楽しんでいるようだった。
無論、イチの聞きたいこととは「ラージュリヴァ」の情報である。
〈その男なら、こんな話しがある〉
老人が言うには確かにラージュリヴァらしき人物がこの町に逃げてきたという話を聞いているらしい。
さらに老人は思いがけない情報をイチに与えた。
村の南に入った山中に今は誰も使っていない猟師小屋があり、暫く身を隠すにはうってつけだろう。
と言うようなことを言った。
思いがけない情報である。
既に他の魔族からも情報を得ており、ラージュリヴァは確かにこの村に留まっておりどこかに潜伏しているという裏はとれている。
イチは思案する。
無論、ラージュリヴァが既にどこかに逃げてしまった可能性もあるが、魔王領の他の村に逃げ伸びるにもひとりで次の村に行くにはかなりの距離があり1日2日で辿り着けるものではない。
そうなると一度態勢を整える為に身を潜めるには猟師小屋などうってつけではないか。
老人は親切にその小屋の場所をイチの地図に印をつけてやった。
「バーシパスヤ」
イチは魔族の言葉で感謝を老人に伝え、謝礼としてバルティゴ連邦の高級煙草を渡すとその場を後にした。
とは言え直ぐにその山小屋を目指そうとは思わない。
イチはこの時から慎重派だ。無計画な行動は好まない。
一度宿に戻り行動計画を考えようか、と考えていた時である。
背後から冒険者の女3人に声をかけられた。
「あなた、魔族語が堪能なのね。山猫なのにすごいじゃない」
振り返ってイチが見ると、狼階級のバッチをつけた女がひとり、他ふたりの女は山猫階級。
みなそれぞれ銃で武装しており、ラージュリヴァの賞金を狙っていると考えるのは自然なことだろう。
彼女らはそれぞれグリム、クース、コチョラータと名乗った。
「わたしたちと組まない? 何をするにも頭数は多いほうがいいでしょう?」
グリムと名乗った長身で瘦せぎすの女が言う。彼女は3人の中でリーダー格なのだろう。階級も狼階級で、立ち振る舞いに自信が見える。
年齢は20代後半だろうか、南方の日差しが強い歳にでもいたのかそばかすが目立つ長い金髪の女だった。胸は薄い。
イチは3人の女を観察した。
「賞金は山分け。あの額なんだから、4人で割っても十分な儲けになるよ」
そう言うのは山猫階級のクース。
青い髪をふたつに丸くまとめている少女で、活発な印象を受ける。
すらりと見せつけるように伸びた四肢には筋肉の筋が見え、もしかすると格闘に自信があるのかもしれない。胸はそんなにない。
話を聞きながらイチは3人をそれぞれ観察した。
____全員、靴が薄いな。それにベビーカーペイト……か。
イチはクースとコチョラータの腰に挿してある銃が気になった。
ベビーカーペイトは正式にはカーペイト2連銃と言われるもので、金のない駆け出し冒険者が取りあえず買うような代物である。
つまり、2人は最近山猫階級に上がったばかりなのではないかと推測できる。
靴の平たさは、山中で行動する事を想定していない事が伺える。
狼階級のグリムでさえそうなのだから、洗練されたパーティとは思えない。
____おおかた、ラージュリヴァの居場所に検討がつかず、先行きに困って声をかけてきたんだろう。賞金の山分けだと? 痩せた考えだ。
イチの考える通り、グリムらはラージュリヴァの行方が掴めず何か情報を得たらしいイチを仲間に引き入れたかったのだろうが、単にそれだけでそこに悪意はないはずだ。
それを痩せた考えと切り捨てるのはいかがなものか。
しかしこの時のイチは増長していた。
妙に自信たっぷりであったし、なにより自分と同じ山猫階級の冒険者を下に見ている節があった。
そんな時期もあったのだろう。
「お前たちとか?」
イチは鼻で笑うような響きのある声で言った。
増長していると言わざるを得ない。
「そうだよ~。4人で行動したほうがいいでしょ~?」
コチョラータと名乗った短い黒髪を真っすぐ切り揃えた少女は無邪気に言う。のんびりとした喋り方で、小柄だが胸はそこそこあり、冒険者をやるよりも酒場の看板娘でもやったほうが成功しそうな印象の少女だった。
「相手がひとりとも限らないわ。悪い提案じゃないと思うけど?」
グリムの提案をイチは今度こそ鼻で笑った。
「せっかくだが、お断りだね」
「なんですって」
その態度にグリムは眉をひそめる。当然だろう。
しかしイチはベレー帽を被り直し3人を無視するようにすれ違った。
「ちょっと! なんなのその態度は?」
「こっちは好意で言ってやってるんだよ!?」
「一緒に行ったほうがいいよ!」
背中から考えを改めさせようと3人の声がする。
しかし増長して調子に乗っているイチにその声は届かない。
「好意? 悪いが賞金のおこぼれを狙っているようにしか見えないがな」
振り向き嘲るように笑って見せた。
「そう言う態度なら好きになさい。けど、次会ったら覚えておいたほうがいいわよ」
「その頃には君たちの顔は忘れているさ」
今度は振り向きもせず、神経を逆なでするように右手を振って後は一顧だにしなかった。
増長ここに極まれり!
3年後のイチであったら同じ冒険者として相手にしっかりと敬意を払い、行動を共にするかは別としてせめて角が立たぬよう断っただろう。
イチにもこんな時期があったのだ。
最高位の冒険者であるリャンの従者として鍛え上げられ、銃の扱いについても他者より抜きん出た才能を持ち、武者修行のひとり旅も上手く行っている。
しかも推定15歳。
自分自身を鳥瞰のメタな視点で見る事が難しい年齢であろう。
それを考えたら仕方ないと言えるのかもしれないが。
とにかく、このイチの増長が後に危機を招くことになるのである。
ともかくイチは行動計画を練ろうと一度宿に戻るのであった。