11話 イチ、ケモノ化する (1) よせあつめ外伝31

  「_____シーナ!!」

  バルティゴ都市国家連邦歴19年3月4日大樹の日。

  その場に倒れこみ顔を歪めるシーナを見てイチは顔色を変えた。

  鋭利な鉄の棒が太腿に刺さり、そのため動けずにいる。

  手裏剣とよばれる大日国から伝来した武具だ。

  「イチさん! わたしに構わずヴィルガンを!」

  そんなことは百も承知である。

  黒い森のある場所に建てられた小屋の中に目標はいる。

  魔法使いのシーナがまず先制の魔法を食らわせ、イチたちは電撃的に目標であるヴィルガンを確保する。

  そういう想定だったが、ヴィルガンの方が上手だった。

  「ミュルガルデ! シーナを! ヘルヒャンは援護を!」

  奇襲は敵に気づかれた時点で間違いなく失敗する。

  彼女の師であるリャン・ハックマンはそう言っていた。

  シーナが行動不能になったとて、敵ひとりに対しこちらは3人。

  敵が引いてくれることに期待したが、最悪とは最悪な状況を狙ってくる。

  「こいつ!」

  蛙人族の闇冒険者、ヴィルガンは引くどころかイチたちに攻撃を仕掛けて来た。

  彼は大日国の『忍者』と呼ばれる者たの元で修行したらしく、黒い装束に身を包み身軽さと魔法を駆使し小屋の外壁にとりつくと新たな手裏剣でイチを狙う。

  「イチさん! そっちは幻影です!」

  「避けて!」

  シーナとミュルガルデの指示は遅かった。

  即座に反応し屋根に張り付いたヴィルガンを撃つイチだったが、撃ち抜いた影はヴィルガンが得意とする『幻影分身の魔法』によって作られたイミテーションであった。

  「____しま!」

  イチが一階の窓の陰に潜んでいた本物のヴィルガンを見た時にはもう遅かった。

  上方向に視線を向けていたのでコンマ数秒、反応が遅れてしまう。

  それが致命的であった。

  「なに_____!?」

  ヴィルガンは舌を伸ばしてイチの右腕を掴む。

  蛙人族の彼にとって舌はもうひとつの腕である。

  舌に右腕をとられながらもイチは発砲した。

  しかし舌のせいで照準が乱れ彼女にしては珍しく狙いを外す。

  ヘルヒャンも銃を構えているが彼女は瞬間的な銃撃戦は不得意だ。

  必死に狙いをつけるもイチを助けられない。

  「___この野郎!」

  即座に左手で腰のナイフを抜き舌を切り払おうとするが、ヴィルガンは舌を口の名に戻す。

  右手が自由になるなりヴィルガンを撃とうと銃口をずらしたイチだったが、

  「!?」

  引き金を絞る瞬間に右腕に違和感が走る。

  致命傷を負わせるつもりで放った弾丸は正確さを欠いた。

  辛うじてヘルヒャンが撃った弾丸が結果としてヴィルガンの脛の肉を削った。

  これも脛を狙ったわけではなく、胴体を狙った銃口がたまたま脛の筋肉を貫いたという形だ。

  イチが1度目狙いを外したのは右手をとられていたので不思議はない。

  しかし完全に腕が自由な状態で狙いを外すのはイチという女にとって何もないところで転ぶようなものである。

  「我が術をかけた。お主もケモノと化し、生類の憐れ、知るがいい」

  不気味な呪いの言葉を残しヴィルガンは消える。

  イチは追撃を仕掛けようとするが、魔法を使われたのか影を追えない。

  周囲は黒い森に囲まれている。

  おぼろ月の夜。

  たといヴィルガンが脚を負傷していようと、考えなしに進むのは危険だろう。

  「イチ! 大丈夫か!? すまねえ、援護がいけなかった」

  コボルトの少女ヘルヒャンは犬の遺伝子が強い。

  服こそ着ているが姿は犬に近い。

  自責の念に駆られて耳が折れていた。

  「いや。敵の方が上手だった。厄介だな」

  イチはヘルヒャンを責めない。

  そもそもヘルヒャンに銃の腕前を期待していない。

  狙えばそれなりに当てられるが、狼狽癖があり土壇場になると悲しいくらいに狙いが乱れる。

  今回彼女を連れて来たのは森林地帯でコボルト族である彼女の鼻を借りたかったからだ。

  「ミュルガルデ。シーナは大丈夫か?」

  イチはミュルガルデに声をかけるとヴィルガンの襲撃を警戒しつつ腕の調子を確かめた。

  シーナが気がかりだが、最後にヴィルガンの残した言葉が気になる。

  舌を絡みつけられた時、魔法を使われたらしい。

  接触発動の魔法は厄介だ。

  「シーナさんは大丈夫です。毒の症状もなく、治癒魔法で出血も止めました。ただ、これ以上の行動は難しい______あ」

  シーナの治癒を済ませたミュルガルデはイチを見て言葉を失った。

  「イチさん。耳が……」

  イチの耳が純粋人族のものからコボルト族のような犬耳に変わっていたのである。