ロワンとユキシロの悩み

  ●

  湯気と風が混ざって、濡れた被毛が微かにそよぐ。

  白山羊の半獣が温泉に体を浸けていく。

  温かな湯に包まれた彼――ユキシロは、束になった柔白毛に触れる風の心地よさに目を細める。森の中の魔湧泉、ロワンと見つけた十年前から変わらずここの魔力は澄んでいる。

  立ち上る白い湯気と木々の葉先を見つめていたユキシロはゆっくりと視線を下げて、湯の底に畳んだ前脚を見つめた。

  「はあ……」

  「なに沈んだ顔してんだよ、ユキシロ」

  顔を掌で擦って小さくため息をついたユキシロは、掛けられた声に視線を上げればそこには熊獣人の女性がいた。肩に紐をかけた鞄だけ残し装備も衣服も全て外した彼女は、恥ずかしがる様子もなく堂々と茶毛に覆われた裸を晒している。対するユキシロも少し視線を揺らしはしたが、そこまでの動揺はなかった。

  彼女――ロワンと夫婦になって随分と経つ。まともにその姿を見れなかった頃とは違い、今は落ち着いてその裸体を見つめることができる。いや、今落ち着いて見れるのは、ただその姿に慣れたといった理由ではなく、その上腕に着いた傷のせいかもしれない。

  接近してきた魔物。恐らく気が立っていたのだろう、威嚇もなしにユキシロへと飛びかかってきた魔物の攻撃を庇い受けたせいでついた傷だ。鍛えた腕と元来持っている丈夫さ。それを知っていたとしても、己を守ったせいでその腕に深々と突き刺さる牙の光沢に、ユキシロは強烈な衝撃を受けていた。

  気が散漫としていた。

  「ごめん」

  声を発してから、それを後悔した。

  これじゃあ、自分を慰めるための自己満足だ。ただの言い訳だ。

  「何だよそれ。助かった、だろ?」

  ザブンと湯に入ってきた彼女はユキシロの隣へと失笑しながら座ると、白山羊の胴体に腕を回す。そのまま、ぬいぐるみを抱きしめるようにして身体の前で抱きとめていた。幼く見える顔立ちと身体のユキシロは、ロワンにすっぽりと包まれてしまっていた。

  背中にロワンの豊満さを感じながら、その声の振動を聞いた。

  「アタシはユキシロの護衛で来てるんだから、コレくらいの傷があった方が仕事した感じがあっていいよ」

  それに、とロワンは傷のある腕を叩いて見せる。

  「傷薬用意してくれてたおかげでもう殆ど治ってるしさ」

  「でも、僕がもっと早く気付けてたら……」

  ユキシロとロワン。二人の冒険者が受けた依頼は、魔力を含んだ希少な鉱石の採取だ。鉱石を探知するのがユキシロの役目、採掘と護衛はロワンの役目。そういう名目ではあるものの、冒険者である以上周囲に警戒は向けておいて然るべきだ。少なくともユキシロはそう考えていた。

  だが、ロワンとしてみれば、その為にここにいるのだ。ユキシロを守る為にこの旅に同行している。

  ユキシロの為に気を使って平気がっているというより、心よりの言葉だった。

  「良いんだって、な?」

  「わ、う」

  随分と落ち込んでしまっているユキシロに、ロワンは抱きしめたまま首筋に鼻先を埋めながら腕でユキシロの毛並みに手を這わす。温泉の中で軽く揺れる毛並みは慣れた感触とも違って、まるで肌触りの良い霧を撫でているような心地になる。

  「ちょ、っと……ロワン……」

  「んー?」

  「くすぐった……ぃ、っていう、か……」

  少し筋肉のついた柔らかいお腹や脇腹を擦っていた手が、次第にユキシロの感覚を鮮明に研ぎ澄ますように触れ方の質

  が明確に変わる。甘えるような、甘やかすような。かかる息に熱が籠もる。

  「ん、ぅ」

  ロワンは首に唇を押し付ける。濡れた鼻先で擽るようにうなじの髪に潜り込んでは、時折舌で細い肌を撫でる。それだけならば親愛を示しているようにも見えるが、二人を見るものがいたとすれば、友愛のような類であるとは思わないだろう。

  もっと熱く本能の欲に満ちた行為。

  「……ユキシロ」

  今日はあの時のように誰かが覗き見ている様な気配も無い。人目を気にせず、ユキシロに甘える事ができる。

  ユキシロの名前を呼びながら、ロワンはその胸の先端を摘みあげる。元々敏感だった彼の乳首は、その反応が面白いとロワンに弄られて、今や立派な性感帯として成熟されてしまっていた。ロワンの腕から逃れるように身を捩るも、純粋な腕力でユキシロがロワンに敵うはずもない。

  快感が、じりじりと内側から染み出してくる。

  その強張りを指先で捏ねくる度に身体がびくびくと跳ねてしまう。ぴちゃぴちゃと水面が揺れる。その水面の中で揺れるのは紛れもなくユキシロの雄茎だった。

  「元気だな、ユキシロ……まだ、アレ飲んでないんだろ?」

  「は、ッ……あ……っ」

  半透明な湯の中、細剣のような己のそれを見つめながらユキシロはロワンの指に良いように弄ばれる。

  粒を押し潰すように押し込まれたかと思えば、その指先が弾くようにすぎていく。幼くも聞こえる声が硬直した身体から喉を通り抜ける度、密着したロワンの豊かな丘陵の奥からくつくつと笑う振動が伝わってくる。

  所在なくロワンの両足を掴んだ手に少し力が入ってしまう。

  悔しさや羞恥ではない。

  獣欲がせり上がる。

  乳首を触られているだけなのに、その漲りに指一本触れてさえいないのにも関わらず、ユキシロの身体が絶頂へと上り詰めようとしているのが、はっきりと感じられた。

  「ロワ、ン……、も、……だめ……っ」

  「なんだよ、もうイッちゃうのか?」

  蹄を持つ脚がブルブルと震える。伸びた背をロワンの身体が柔く受け止めてくれている。その優しさに反比例するように、ロワンの指は勝手知ったるようにユキシロの弱い所を、最適な力加減で攻め立ててくる。

  「いいよ、イってさ」

  「ん、あ……、ぁ、……っ、で、る……っイク、いッ……っぁああ、ッ!!」

  びゅ、くん! とくぐもった水音が響く。それは、勢いよく放たれた粘液が湯を押し分けた振動だ。

  視界が瞬く様な射精の快感に、数度身体を跳ねさせながら溜まっていた種を吐き出したユキシロは放心したように身体を脱力させた。

  胸に体重がかかる重みを受け止めながら、ロワンはそっと腕を伸ばす。

  白濁が温かな湯の中で固まりになって漂っている。大きな手で掬い上げたそれの濃さを確かめるようにして、指先で滑らせたロワンはユキシロの耳元で彼の名前を呼んでいた。

  「ね、ユキシロ」

  アタシも欲しい。

  そう告げるロワンが指先の半固形の白を舌に乗せた。そんな光景に、ユキシロは己の欲情が再び硬さを取り戻していくのを如実に感じていた。

  

  

  ●

  ユキシロは空になった二つの瓶を袋へと戻しながら、その効果に驚いていた。

  狼と半竜から受け取ったその薬は、いわば精力剤だ。性機能を高め、欲求を増進する。単純な効果だが、ユキシロはまるで微睡みの中に在るような感覚に襲われていた。少し浮ついた感覚。だが、脚が覚束ないわけではない。当然眠気もなく、寧ろ、一切の夜更かしもなく朝日の中で目覚めたような爽快さすらあった。

  だが、それを上回る、興奮。

  「ユキ、シロ……?」

  呼ぶ声に振り返る。

  そこにいるのはいつものロワンだ。

  「ロワン、ごめん……おまたせ」

  だというのに、その姿を見て心臓が高鳴るのを覚えた。

  この場所で、ロワンの裸を初めて見た時よりも強い衝動がユキシロの肺の下から全身へと膨らんでいく。ゴクリと喉を鳴らした。

  痛いほどに肉欲が張り詰めている。歩きづらい程に、いきり立った剣をそのままにユキシロはロワンの唇を奪っていた。

  「ん、ぅ……」

  驚いたように身体を硬直させたロワンは、しかしそのままユキシロを受け入れた。牙を舌先でノックすれば、鋭い門が開いて二人の舌が絡み合う。

  湯気の香り。ロワンの身体に染み付いた温泉の匂いに混ざる甘みのある薬の味が、妙に婬靡なものに感じられた。ユキシロの手がその間もロワンの身体を愛撫する。

  茶色の毛並みを指先が櫛のように梳けば、穏やかな刺激に目を閉じるロワンが湿った息を舌の上へと押し流してくる。

  舌を引っ込めれば、目が合った。潤んだ瞳。半ばに開いたままの口から覗く牙。

  くちり、くちり、と微かな音がする。

  キスをしながら、彼女は己の股へと指を持っていっては、これからユキシロを招き入れるその口を慰めていたのだ。ユキシロが見ている事に気付いているのだろう。いや、寧ろ彼女はユキシロに見せつけるように、毛に埋もれたその奥に挿し込んだ指をゆっくりと引き抜いていく。

  「もう良いよね?」

  そんなロワンに問いかければ、彼女は少し前の強気を忘れたようにしおらしく頷いた。

  「ロワン……お尻、こっちに向けて」

  「ん」

  その頬を愛おしむように撫でながら言えば、心地よさげにユキシロの掌に頬を寄せるロワンはもう一度頷く。そして、身体を反転させるようにして、揺れた岩場に四足を突くようにして背を向けていた。

  (……こんなに、淫らな……ロワン)

  ユキシロは、四つん這いになり恥部を隠しもしようとしないロワンの姿に、全身を火に炙られているような痺れすら感じ取っていた。

  焦りにも似た短絡が、脳を埋め尽くしていく。

  彼女をこのまま何も考えずに抱いていたい。

  短い尻尾。その下の引き締まりながらも、丸く膨らむ臀部。開いた脚の間に濡れた毛が逆向きの山を作っている。温泉に入っていたのだ。濡れているのは当たり前ではあるが、温泉の湯は糸を引くことはない。

  その纏まった毛先から、つう、と糸を引きながら滴り落ちる滴に、たまらずユキシロはその背に覆いかぶさっていた。

  「ぁ……っ」

  一瞬抑えようとした冷静さなど、すぐに放り出してしまった。

  「ロワン……っ、!」

  ただ欲望のままに、ロワンのそこを探し当てる。四足の腰を揺らして先端を求める場所へと宛てがった。

  広い背中を抱きしめるようにして、ユキシロはロワンに密着した。下向きに垂れる膨らみの先芯を己がされたように弄

  びながら、ユキシロは今にも精を吐き出してしまいそうな鋭直を濡れた秘孔へと挿し込んだ。

  ぬちゅ、と肉を割く感覚。火傷しそうな程に火照り、蜜に塗れた肉壁を押しのけるようにして、ユキシロの男根が沈み込んでいく。

  「は、ぁ……っ、ロワンの、ナカ……熱い……っ」

  「う、ん、アタシも、……ユキシロの感じてる。奥、奥に……」

  快楽。ロワンの言葉から伝わる、気持ち良いという感情。それがユキシロの勝手な妄想などでないと、包み込む熱が教えてくれる。きゅうと締め付けるそれは、しかしユキシロの動きを制限しないように柔らかく隙間を作るような力加減だった。

  動いてほしいと。

  中を擦り上げて、奥を突いて欲しいと。

  「ぁあ、っ……ン、く」

  堪えきれず、ユキシロは腰を前後に揺らしていた。苦しくないだろうか。そんな事を考えながらも、裏腹に身体は貪欲に快楽を求めていた。

  繋がった場所から、全身にロワンと体を重ねているのだという実感が広がっていく。濡れた毛が絡み合い、離れていく。硬い毛がユキシロの柔い毛と擦れる一つ一つ、その全てに快感が走っている様な気さえしていた。

  「すご、気持ち……いい……」

  ユキシロはロワンが感じるその場所を突くようにしながら、上り詰めてくる感覚にぞくぞくと全身を擽られる。

  「ロワン、……ッ、出す、よッ」

  「う、ん……! ナカ、で……」

  ロワンの体にしがみ付くように体を預け、深く、深く。その奥へと腰を沈めきったその直後。

  「ぅう、ッ……んん、ふ、……ッ」

  ユキシロの雄茎が僅かに膨らんで、雌を孕ませんとする濃密な白濁がロワンの中へと放出されていった。

  ●

  何か悩んでいるみたいなんだよなあ、特に、今日のユキシロは。

  吐き出された熱。子供――ソレルが大きくなってからは、こうしてユキシロの雄欲を受け止めるのも久しぶりだ。

  「ぁ、……」

  引き抜かれていくその細長い筒が通った跡がじんじんと微かな痛みを放っている。

  だが、不快な痛みじゃない。

  ロワンはビクビクとまだ脈を打つユキシロが抜け出していくのを待ってから仰向けに転がる。

  ユキシロの目が見ていた。

  「は、っ……は……」

  熱に浮かされた様な顔で、潤んだ瞳が貪欲にロワンを見つめている。こうして改めて見ると、以前より少し筋肉がついているようにも見える。それでも華奢だ。毛色もそうだが、人肌の色素の薄さもその印象を強めているのだろうか。

  それでも、その奥底にある確固とした芯のある瞳。その意思が

  「ユキシロ……、もっと……っ」

  ロワンは、ゆっくりと乳房に伸ばされた細い指が沈み込む感触に声を漏らしながら、寂しげに口を拡げた蜜孔を拡げて見せる。うっすらと奥からユキシロの吐き出した白濁が染み出してくる。

  「ロワ、……ン」

  雄の目。そのうちソレルの弟と見られるようになるのかもしれない、幼く見えるユキシロが大人の雄の目をしている。それに打ち抜かれ、ロワンはお腹の奥が火を吹くように熱くなる。

  「な、ユキシロ……。アタシ、もう一人……子供欲しいな」

  何度か話してきた事を、初めて告げるように言った。他人の機微に敏いユキシロのことだ、うまく伝わってくれているだろう。

  孕ませてほしい。とそう告げたロワンに、その子種を注ぎ込んだばかりの秘裂に、ユキシロの固くそそり立ったままの

  熱の漲りが触れる。

  「ん……ぅ」

  「フェンランさんに貰った薬、すごいな」

  とユキシロは唐突にそんな言葉を告げた。

  そうして、ロワンの中へと二度の射精を経てなお衰える気配のない雄欲が入ってくる。既に中に出された粘液で滑りが良くなっているのか。先程よりもすんなりとその熱鉄は入り込む。

  「全然足りない、もっと……もっと、ロワンに注ぎ込みたい」

  「……うん、アタシも、んぁ……っ」

  ぐ、とユキシロの腰が押し付けられる。奥の、更に奥をその先端が柔く突く。その小さな体にそんな力があったのかと思うほど力強い重み。

  いや、ロワンが彼に全てを委ねているからこそ、だろうか。

  膣の中で脈を打つのが分かる。今にも破裂してしまいそうなほどいきり立ったユキシロの竿を、ロワンの意識制御の外にある蜜に濡れた襞が愛撫している。

  彼の溶岩の様な白濁を身体の全てが望んでいる。

  「ロワンの中、僕のでいっぱいにするよ」

  「ああ、……アタシ、全部受け止めるから……さ」

  ユキシロの手の甲を握った。もう片方の手で彼の腹から胸を撫でる。色づく胸の先を指の腹で押さえつければ、震える腰から伝わる振動で、ロワンは背筋に電流を流されたような快感に声が溢れていた。

  「……孕ませてくれよ、ユキシロ」

  「うん」

  そう返事をしてユキシロはキスをした。腰を浮かせては、奥へと突き入れる。その度にロワンの良い所を擦るユキシロの動きに舌が上手く動かない。

  「……へへ」

  そんなロワンの舌を、ユキシロは掬い上げるように交わらせる。気持ちがいい。キスだけでも絶頂を感じてしまいそうな充足感の中でロワンは思わず、笑いを浮かべてしまっていた。

  「好きだ、ユキシロ」

  「僕も、好きだよ」

  言葉と唇を重ね合わせる。

  「ん、……ぁっ」

  互いに息を交換し合う様な濃密な口吻の中、跳ねるように勢いよく迸りが腟壁を叩く。まるで子供を産むのだということをロワンの子宮に教え込むような力強い射精。

  全身に活気と倦怠感が蟠る。

  離れたくない。その思いはユキシロも同じだったのだろう。

  種を吐き出したのにも関わらず収まる兆候もないユキシロの獣欲がナカを擦る。

  全部受け止める。そう決めたのだ。

  だから、一滴残らず、ユキシロの為に蕩けた蜜肉の中に注ぎ込んでもらわないと困る。

  満たされていく。

  何度も。

  数など3回以上から数えていない。

  ただ、重く感じるほどの雄液を注ぎ込まれたロワンは、自分がまた新しく誰かの母になるのだという天啓めいた確信と共に、優しく己の腹を撫でるユキシロと手を繋いでいた。

  「ロワン……、話したいことがあるんだ」

  汗を滴らせながら、崩れ落ちるようにして横になったユキシロが言う。

  触れ合った全ての場所がひりつく程に重なりあった後の、空っぽなような、たしかに満たされている様な、不思議な感

  覚の中。

  彼が沈んだ表情をしていた理由。それを話してくれるのだと。

  ロワンは彼の髪を撫でながら、静かに頷いていた。

  

  ●

  「上級の試験を受けてみないかってさ、ギルド長から推薦されたんだ」

  ユキシロはそう話を切り出した。

  汗を流した後、泉の傍で野営を組み立てながら、最近悩んでいた理由を語り始めたユキシロにロワンははたとその手を止めて、数回瞬きを繰り返した。それから、ゆっくりと確かめるように問いかける。

  「上級って……、3級冒険者?」

  「うん」

  「すげえじゃねえか、ユキシロ! 王様にだって会えるんだろ?」

  上級冒険者になれば王族や公爵筋の貴族の護衛任務なども依頼される。というよりも、高貴な立場の人間と接する事が出来る者でないと上級冒険者にはなれない、と言ったほうが良いかもしれない。

  その為に上級へと進む為には、面接すら必要なのだ。

  いわば、名実伴うエリートだ。

  そんな吉報に寝袋を放り出して駆け寄ってくるロワン。その腕にがっしりと捉えられながら、ユキシロは抱擁を苦々しく受け入れていた。

  「いや、まあ人手が無いからって理由が主だから……正直、役者不足だよ」

  「なんでだ?」

  「なんでって……」

  冒険者ギルドというのは、国認の傭兵斡旋所のようなものだ。訓練を積んだ兵士には劣るが、報酬を対価に一定の成果を保証する。兵士と違う最大の要点は、鍛錬と装備を与えられるものではなく、能力は個々人の素質や環境に依存されているといった点だろう。

  特級から10級という分類はあれど、その全てが『冒険者』という肩書が与えられる。極端に言えば、潤沢な装備と兵站に作戦を与えられた軍隊相手に一人で互角に戦争を行えるような冒険者もいれば、外で採取された素材を運ぶだけのよ

  うな雑用で小遣いを稼ぐ子供の冒険者もいる。

  そして、冒険者ギルドはその個々人を恣意的に選別し、作り出すことは出来ない。

  「アッケシにいる上級は、フェンランさんとギルドマスターの二人だけだから……他の同規模の街と比べると少ないんだよ」

  「いや、当然アタシもそれは知ってるけどさ」

  ユキシロの言葉に、ロワンは「何を今更な事を言っているのだろう」というような表情を返した。

  「え、人手不足の話じゃないの?」

  「ユキシロが役者不足だって話に、なんでって聞いたんだよ……って、ああ。そういう事か」

  とロワンは言葉の途中で何かに気付いたようにして、掌を打った。パン、と心地の良い音が響く。

  ユキシロは割りと普通にやってるから、自覚無いかもしれないんだけどさ。と前置きをしたロワンは、すんと呆れた視線を向けた。

  「魔力操作をパッと見で把握するの普通できないからな」

  唐突にそう言われたユキシロは、少し不満そうな表情を浮かべながらも何も言い返しはしなかった。ロワンがあんまり魔法に明るくないからだと思いながらも、その言葉を飲み込んだのだろうがロワンにははっきりとそれが読み取れていた。

  だが、言いたい事はそれだけではないので、深追いはしないでおいた。

  「あと使う感覚を教えるとか言って魔力操作に割り込んでくるの、気持ち悪いの域だからな?」

  「い、いや、割り込めはしないって。魔力を干渉させて流れを整えてるだけで」

  「アタシはそこらへんの難しいコトよく分かんないけどさ、……逆に他の教官そんな事してるか?」

  と問いかけられて、ユキシロはふと考えてみた。

  教えるのに効率がいいだろうとしている補助だが、教官としての教育をしてくれた先輩達はそんな事はしていないように思えた。だが、特段注意を受けることもなかったから普通の事だろうと考えていたのだが。

  「1級2級ならもっとメチャクチャな事も出来るんだろうけどさ、アタシは十分上級の資格はあると思う」

  「そうかな」

  「そうだよ、あのフェンランだって3級だぜ?」

  狼獣人をこけ下ろすロワンに、ユキシロは思わず苦笑を浮かべてしまった。

  フェンランさんも凄いんだからね、と返すも「だってフェンランだしな」と聞く耳を持たない。何故か彼を軽んじるロワンは謎ではあるが、それでもロワンが褒めちぎってくれたお陰で少し肯定的に思えるような気がした。

  「……ありがと、ロワン」

  詰めていた息を吐き出す。

  「今回の納品が終わった後、数日後くらいかな。伯爵様に謁見できるようギルドマスターが調整してくれてるみたいなんだ」

  「ああ」

  権力者への興味が薄いロワンの脳裏に、名前は浮かばずともその伯爵の姿はぼんやりと浮かび上がった。なにせユキシロと同じく山羊タウロスでありながら爵位を持つ貴族だ。なんとなく記憶に残っていたのだが、それが浮かんだ瞬間に『納品が終わった後』という言葉に意識がさらわれていった。

  「って、すぐじゃんか! なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」

  「ごめん、決まったのも、ついこの前だから。というか本当に受けるかもまだ決めてなかったし」

  直近の予定に、嬉しそうだった表情を一転させむっとするロワンに、ユキシロは眉尻を下げる。

  「もし、伯爵様に粗相をしたりして処罰だ、なんてなったらさ」

  そうなれば、子供のソレルをロワン一人に任せる事になってしまう。

  冒険者であるからにはいつ命を落としてもおかしくはないとはいえ、ギルド勤めでその可能性からは遠のいていたせいで敏感になってしまっているという自覚はあった。

  「いきなり処罰なんてしたら、それこそ処刑ものだろ? 考えすぎだって」

  と笑うロランの言葉ももっともだ。

  それでも真面目に考えてしまっていたのは、やはり、自分一人で悩んでいたせいだったのだろう。

  「うん、そうだね。粗相したって昇進がなくなるってだけだよね」

  そう思えば、気は楽になる。

  「ははは、それこそ心配してないって」

  「え?」

  それを否定されたことに、ユキシロは驚きの声を発していた。

  ロワンは貴族と接した事があるのだろうか。と考えたユキシロだったが、彼女がそう言った理由は全く違う理由だった。

  「フェンランだって合格貰ったんだろ?」

  多分、嫌いというわけじゃないんだろうけどな。

  とユキシロはその理由になんとなく申し訳ない様な思いを感じてしまった。そんなユキシロの感傷を知る由もなく。

  フェンランの妻、当時恋人でも何でも無かったガーネット。

  絶対ガーネットに良い所を見せようと緊張してガチガチだったに決まってんだから、とロワンがからからと笑う。

  「そんな事……」

  ないよ。

  と言おうとした瞬間に、ユキシロの脳裏にいつかの記憶が蘇る。

  ガーネットへのプロポーズを考えあぐね迷走した挙げ句に、『ケーキの中に指輪を仕込む』というどこの演劇で見たのかというような手法を取ろうとして指輪を紛失しかけたフェンランの姿だ。

  確かにガーネット絡みの時は、時折想像もつかない程にポンコツになることは否定出来ない。思考の中心にガーネットがいる中で面接を受けたのであればこっ酷い失敗を繰り広げていても不思議ではない。

  (ごめんなさい、フェンランさん)

  そう考えてしまったことを心の中で謝りながら、ユキシロは嬉しそうにするロワンの笑顔に救われていた。

  「帰ったら、ソレルと前祝いだな!」

  「もう、気が早いってば」

  3級昇格試験。

  それに挑むことをギルドマスターに伝えることを決めながら、ユキシロは心地の良い湯気の混ざる風を感じるのだった。