4話「本能」

  前回までのあらすじ

  闇バイトで知り合い、東京の赤坂で宝石店強盗を働いた菊田貴(きくた たかし)、米山(よねやま)みちる、呉茂夫(くれ しげお)。3人は警察の追跡から逃れるうちに、「卯道(うどう)遺伝子研究所」という施設にたどり着く。卯道遺伝子研究所では、所長の卯道辰夫(うどう たつお)と助手の林藤禎子(りんどう さだこ)が人間から動物に変身する技術を開発していた。卯道は3人に、強盗の時効が成立するまでの10年間、自身が開発した「オーダーメイド変身薬」で動物の姿で過ごすことを提案する。3人は卯道の提案を呑む。

  最初に変身したのは菊田だった。菊田はダルメシアンに変身し、研究所を出た。研究所を出た菊田は、警察犬の養成所に迷い込み、警察犬「ロバート」として調教される。警視庁の刑事、国松時貞(くにまつ ときさだ)とコンビを組んだロバートは、次々と事件を解決し、自らに闇バイトを指示した暴力団幹部「バトラー」を逮捕した。

  一方、熊に変身した呉は、山中の別荘に住み着き、別荘の持ち主を殺めてしまう。人間に危害を加え続けた呉に、ヒグマに変身した卯道は警告した。

  ...3人の中で最後に変身したのは、みちるだった。

  「先生、お願いします」みちるは自ら申し出た。卯道はみちるに変身薬を投与する。

  腕や脚が黄色と黒縞の毛で覆われる中、みちるはこれまでの人生を振り返っていた。

  子供の頃から貧しく、一日3食もままならなかった日々。なんとか大学に通えたものの、アルバイト漬けで学生生活も送れなかった。就職先もままならず、奨学金を返し続ける旅の日々。そんな中で見つけたのが「日給3万円」のバイトだった。怪しいどころか、犯罪だろうと分かっていた。しかし、奨学金や生活費のためならやるしかなかった。

  黄色の毛と黒縞の毛が生えた腕や脚は太く、筋肉質なものになる。足裏を見ると、肉球が形成され、足が厚くなる。指同士が太くなり密着し、爪は鋭いものに変わる。手のひらにも肉球が形成され、肉食獣のものに変わっていく。

  胸や腹部には白い毛、背中やその他には黄色い毛が生え始める。そして、白い毛と黄色い毛には、黒いストライプの毛で覆われる。みちるは虎に変身していた。細かったみちるの身体は、筋肉質なものに変化する。

  「ううっ!」両足、いや、後ろ足の踵が上がり、二足歩行が困難になる。

  そして顔の変身が始まった。耳は頭頂部に移動し、三角形から半円形になる。半円形になった耳は、外側は黒い毛で覆われ、内側は白い毛で覆われる。長い髪の毛は地面に落下するか、体内に収れんされる。頭頂部は首と同じく、黄色と黒縞の毛で覆いつくされる。

  「ううっ、うぐぅ、うぐぐぅ..」変化が進むにつれ、虎の鳴き声も混じっている。鼻筋は隆起し、茶色の毛で覆われる。鼻はピンク色に代わり、三角形からT字型になり、顎とともに前へ前へと突き出る。だらしなく開いた口の中では、鋭い牙が生える。鼻の下と口には白い毛と黒縞の毛が覆う。頬の辺りも膨らみ、まるでニンニクのようだ。頬の辺りには白い毛、それ以外には黄色い毛と黒縞の毛で覆われる。鼻の周りには、白い毛がピーンと生えた。

  「ぐるる、ぐるる」声帯も虎と同じものになった。みちるは二本足で立つ虎から、前かがみになり、4つんばいになる。尻には黄色い毛と黒縞の尻尾がするすると生える。体格はもともとみちるが小さかったせいか、むしろ大きくなったようだ

  「ぐるるる」みちるは一匹の雌虎に変身した。変身して間もなく、みちるは研究所を出た。

  「これで三人全員変身しましたね」禎子が呟く

  「ああ、後は10年間生き延びれるかじゃな」卯道が返す

  しばらく、みちるは山中をさまよっていた。とはいえ、虎である以上、捕食される心配はなく、むしろ獲物を見つけることに専念すればよかった。最初、ウサギや鹿を食べるのにためらいがあったが、生きるためであれば仕方ない。

  そんなある日、みちるは自分と同じような肉食獣の群れを見つけた。そんなはずは無いとみちるは思った。ここは日本だ。狼はとっくの昔に絶滅している。ましてや、日本で野生の虎や豹などいるはずがない。しかし、虎に変身して得た視覚や聴覚は、自分と同じ肉食獣の気配を感じる。みちるは肉食獣の群れに近づいた。肉食獣の正体は、自分と同じ虎だった。

  「何だ?」虎の群れのリーダーがみちるに気づく。

  「私はみちる、あなたたちと同じ虎よ」みちるは紹介する。

  「俺はセルゲイ。この群れのリーダーだ」群れのリーダーは自己紹介をする。セルゲイは2、3匹の虎を率いていた。

  その後、みちるはセルゲイ達に「人間や家畜を襲わない」、「キョンという鹿を襲っても問題はない」といった有益な情報を教えた。みちるは群れの中で信頼されていった。

  「あなたはどこから来たの?」群れに加わってしばらく経ち、みちるはセルゲイに長らく持っていた疑問を訊いた。

  「俺たちは元は動物園にいたんだ」セルゲイは答えを返す。聞くと、元々、セルゲイの親など他の虎たちは山中の動物園にいた。セルゲイの親は外国から連れ込まれた。そして、セルゲイは生まれた。セルゲイを含め、虎たちは動物園のスターだった。しかし、動物園の客足は減り、管理も杜撰になった。そして、台風で檻が破損した際に、動物園を脱出した。かくしてセルゲイたちは、野生に放たれた。セルゲイの親は既に亡くなったものの、生き残った虎たちと山中を移動しながら生き延びていた。

  「人間は勝手だ。勝手に連れ出したのに、自分が苦しくなったら管理もろくにしない」セルゲイは語る。

  「みちるももしかして動物園から逃げ出したの?」ほかの虎が尋ねる

  「う、うん、まぁ...」みちるははぐらかす。まさか人間でした、何て言えるわけがない。

  「その動物園は今どうなってるの?」みちるは尋ねる。

  「そういや、脱出したっきり戻ってないな。行ってみるか?」セルゲイの提案で一行は動物園の跡地に向かった。山を越え、森を何度も越えた。そして動物園の跡地に到着した。

  動物園の跡地はすっかり荒れ果てていた。セルゲイらがいた檻はボロボロになっていた。辺りには雑草が生い茂っている。併設された施設や建物は今にも倒壊しそうだ。

  「アハハハ!」そんな中、どこかから声が聞こえる。近づくと、ホテルには2人組の若い男性がいた。

  「これ、トックトックで配信すればバズるかなぁ」

  「そうだ、上半身裸でダンス動画撮ってみようよ」一人の男が上半身裸で踊り、もう一人がスマホで撮影している。おそらく廃墟巡りでもしに来たのだろう

  「何だアイツら...」ある虎は怒りを抑えているように見える。

  「来た記念にナイフで柱に名前を刻もうぜ」一人の男が提案する。ナイフでガリガリと削る。するとミシッミシッ、と柱が悲鳴を上げる。廃墟と化した建物の柱は、少しの振動にも弱かったのだ。柱と天井のコンクリートが少しずつ崩れ始める。

  「ヤバいってぇ..!」男たちは立ちすくむ。他の虎たちはホテルから抜け出す。そんな中、ある物体が二人に突進する。二人に突進したのはみちるだった。二人はホテルの入り口に飛ばされた。

  「痛ぁあああ...って虎だ!」

  「とりあえず逃げよう!」二人組は立ち去って行った

  「なぜ、あの二人を助けた?」セルゲイはみちるに訊いた

  「そうだ、あんなふざけたことをやっていたのに」ほかの虎も同調する。

  「敢えて言うなら、”本能”かしら」みちるは返す。

  「本能?」セルゲイは訊き返す。

  「そう、困っている人を助ける本能。なんだか助けたくなるのよ」みちるは答える。

  その後、廃墟となった動物園に虎が出現したとの投稿がSNS上で広がった。しかし、動画や写真が無かったため、人々はすぐ忘れた。

  次回に続く