──────ボクのお父さんは天国に行った。
お父さんはボクと同じ柴犬だった。
ちょっと怖いところもあったけど、いつもボクとお母さんと妹の[[rb:光 > ひかり]]を大事にしてくれた。
お父さんはお父さんだから、家族を守るものなんだって言ってた。
それとボクは長男だから、ボクもお母さんと[[rb:光 > ひかり]]をしっかり守ってやるんだぞって言ってた。
ボクは優しくてカッコいいお父さん大好きだった。
でも、お父さんはいなくなってしまった。
苦しくて、冷たくて、重たくて、暗くて、でも学校は毎日あって。身体もうまく動かせない場所で、押し流されてるみたいに過ごしてた。
でもボクは長男だから、ボクがしっかりしなきゃいけない。
お父さんの分もボクがお母さんと[[rb:光 > ひかり]]を守るんだ。
そんな風に思ってた小学1年生のボクに、ある日突然1つ上の兄ちゃんが出来た。
近所に住む紺色の猫の兄ちゃんだった。
[chapter:リバーベッドでつかまえて]
「どうしよう・・・」
小学2年生の2月21日──────。
オレは1人頭を抱えていた。
“[[rb:玄來 > げんき]]! 明日はオレんちで誕生日会だぞ! [[rb:光 > ひかり]]連れて早く来いよ!”
“えっ!”
学校からの帰り道、紺色猫の兄ちゃんはオレの名前を呼んでそう言った。
兄ちゃんの名前は黒井 [[rb:琉貴 > るき]]。オレたち兄妹はクロ[[rb:兄 > にぃ]]と呼んで慕っていた。
そんなクロ[[rb:兄 > にぃ]]から突然明日が誕生日ということを知らされ、しかも誕生日会に招待されてしまった。
誕生日を確認してなかったオレも悪いのだが、前日にそれを告げられて困り果てていた。
「プレゼント・・・どうしよう・・・」
妹の[[rb:光 > ひかり]]は教えてすぐに尻尾を振りながら色紙に絵を描き始めていた。
[[rb:光 > ひかり]]は母さんと同じロングコートチワワで、毛色は柴犬のオレと似ているが、オレと違って明るく元気で行動力があった。
どちらかというと引っ込み思案だったオレは、[[rb:光 > ひかり]]みたいにすぐ行動出来なくて、学校から帰ってずっとクロ[[rb:兄 > にぃ]]への誕生日プレゼントを悩んでいた。
「そんなとこで立ったまま暗い顔して、どうしたの[[rb:玄來 > げんき]]」
そんなオレに声掛けてくれたのは母さんだった。
母さんは看護士で、家に帰ってくるのが遅い日も多かった。
そんな日はいつも[[rb:光 > ひかり]]と一緒にクロ[[rb:兄 > にぃ]]の家にお邪魔して遊んだり、夕飯を一緒にたべさせてもらっていた。泊まらせてもらう日もあった。
「な、なんでもないよ。大丈夫」
オレは母さんにそう言って返した。
母さんへの“大丈夫”は口癖みたいになってた。
「明日クロお兄ちゃんのお誕生日会あるでしょ、冷蔵庫にプレゼントのお菓子入れてあるから持って行ってあげなさいね」
「う、うん、分かった」
誕生日会の日は母さんが夜勤で帰ってこない日だった。
オレは台所に戻って行く母さんを見送って、再び頭を抱えた。
「プレゼント・・・」
お菓子はあるけど、あれはオレからのプレゼントにはならない。[[rb:光 > ひかり]]はちゃんと自分からのプレゼントを用意している。オレから何も無しなんて有り得ない。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]の好きな・・・クロ[[rb:兄 > にぃ]]が喜ぶもの・・・」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]はオレと[[rb:光 > ひかり]]をよく外に連れ出して遊んでくれていた。
生き物が好きで川や田んぼでよく魚や虫を採っていた。夏の夜はクワガタやカブトムシなんかを捕まえに行って、見つけた時は目をキラキラさせていた。
「でも・・・ボク・・・虫触れない・・・」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]と違って、オレは虫が触れなかった。
それに今は2月だ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]が喜ぶ虫なんているか分からない。
この冬場に冷たい川や用水路に生き物を探しに行くのも止められるだろう。
バースデーカードも恐らく[[rb:光 > ひかり]]と被ってしまう。
オレは困り果てて窓のへりに手をかけて外を見つめた。
外では雪がチラついていて、どうしようもないのだという気持ちが強くなっていった。
──────その時だった。
ふと窓の横を見ると、家の壁に・・・なんて言うか・・・きんたま袋みたいなものがひっついていた。
“見ろよ[[rb:玄來 > げんき]]! カマキリの卵だ!”
オレはすぐにクロ[[rb:兄 > にぃ]]が教えてくれたカマキリ卵のだと気付いた。
“採りたいけどあそこはダメだな”
あれを採って持っていけば、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が喜んでくれるかもしれない。
オレは窓を開けた。窓のへりに乗って身を乗り出した。
“カマキリって冬は卵なんだぞ”
カマキリは触れないけど、このきんたま袋ならきっと触れる。
オレはゆっくりとカマキリの卵に手を伸ばし始めた。
“スゲー硬くてカッチカチなんだぜ。でも最初はブクブクの泡みたいなんだ”
「だ、大丈夫、今は、カッチカチ・・・」
“あの中にいーっぱいカマキリの赤ちゃんが入ってて”
「・・・大丈夫、卵だから大丈夫、カッチカチだから大丈夫・・・」
“暖かくなるとちっちゃいカマキリの赤ちゃんが一斉にぶわーーーって出てくるんだぜ!”
「ーーーーーっ!!」
・・・結局オレは卵に触ることすら出来なかった。
◆◆◇◇◆◆
「[[rb:玄來 > げんき]]! [[rb:光 > ひかり]]! こっちこっち! 早く!」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]の家のチャイムを鳴らすと勢い良くドアが開いて、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が出迎えてくれた。
そのまま食卓に招かれて、お祝いの料理や誕生日ケーキをご馳走になった。
[[rb:光 > ひかり]]はオレが母さんに頼まれたお菓子を渡す時にクロ[[rb:兄 > にぃ]]にバースデーカードを渡していた。
◆◆◇◇◆◆
「そろそろ帰らなきゃ」
オレのその一言にクロ[[rb:兄 > にぃ]]は耳も尻尾も、眉までたれ下げて残念そうな顔をした。
「あの、クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・これ!」
しょんぼりするクロ[[rb:兄 > にぃ]]に、オレは勇気を出して1000円札くらいの紙をクロ[[rb:兄 > にぃ]]に差し出した。
「これ・・・その・・・ゲ・・・ゲンキチケット!」
「ゲンキチケット?」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は不思議そうな顔をしてオレに聞き返した。
「プレゼント・・・思いつかなくて・・・あ、じゃなくて・・・これ使ったら、ボクがお願い1個聞いてあげる。だから、その・・・お誕生日おめで────」
そこまで言って、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はそのチケットをオレに突き返した。そして、目をキラキラさせながらオレの両肩を掴んで言った。
「使う!! 今使う!!」
「えっ、えっ!」
◆◆◇◇◆◆
「ほ、本当に、こんなのでいいの?」
「いい! これがいい!」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]のお願いは“今日泊まっていけ”だった。
もちろん[[rb:光 > ひかり]]も一緒で、2人して着替えを取りに帰った後、一緒にお風呂に入って、オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]の部屋、[[rb:光 > ひかり]]はクロ[[rb:兄 > にぃ]]の姉のルナ[[rb:姉 > ねぇ]]の部屋で寝ることになった。
「くしっ!」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]と一緒のベッドに入ってすぐに、オレはくしゃみをしてしまった。
2月はまだ寒くて一緒に入ったベッドもまだ冷たかった。
「わっ」
オレのくしゃみを聞いてすぐに、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はこっちを向いてオレをギュッと抱きしめてくれた。
「大丈夫だぞ[[rb:玄來 > げんき]]。オレと一緒に寝たらすぐ[[rb:暖 > あった]]かくなるからな」
そう言ってクロ[[rb:兄 > にぃ]]は笑った。
オレの家では家族で1つ部屋に布団を敷いて、並んで寝るのが常だった。
父さんがいた頃はよく親の布団に潜ったりしていた。
父さんがいなくなってからは、それをすることもなくなって、布団の中は色んなことを・・・“素直になれる”場所だった。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]の息遣いと、胸の音が聞こえていた。
寒さで呼吸が浅くなっていたオレはそれに促されるみたいに呼吸した。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]の温もりがじんわりと伝わってきて、空気が軽くなっていくみたいに、身体もほぐれていった。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・あったかい」
「オレも」
オレはフヘッと笑って、そのまま眠りについた。
陽が昇って外が明るくなるまで、オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]の胸で眠っていた。
まあ、朝になってベッドから蹴り落とされたんだけど。クロ[[rb:兄 > にぃ]]の寝相で。
あの時感じたクロ[[rb:兄 > にぃ]]の温もりが、今もずっとオレを温めてくれている。
───────そんな気がする。
[chapter:リバーベッドでつかまえて]
クロ[[rb:兄 > にぃ]]誕生日おめでとう!
ということで書いた『柴後輩とクロ兄ちゃん』のスピンオフ作品でした。
メインシリーズ読者の方はちょっと意味が分かり辛い部分もピンと来た方いらっしゃったかと思います。
今後もよろしくお願いいたします。
本編のリンクを概要欄に貼っておきますので、気になったお話を読み返したり、初見の方もよろしければ。
いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。
蒼空ゆうぎ