Ad
未来は光に包まれていると信じていた。
あり得ないことなんてないんだと。
自分はきっと何だってやれるのだ、と。
「龍?そんなもの、ここらでは見ないねぇ。」
旅人は、龍を探していた。
だが、龍は見つからない。
龍を見たという人物にすら、まだ出会えていなかった。
「そうですか、ありがとうございました。」
頭を下げ、次の村へと向かう旅人の足取りは、決して軽くはなかった。
「こんばんは。」
次に彼がたどり着いた村は、とてもさびれていた。
長く続いた戦争の余波は、こんなところまで届いているのだな、と彼は思った。
荒れた畑に、傾いた家々。
王都もひどい荒れようだったが、人がいるだけに立ち直りも早かった。
だが、戦争に若い人を駆り出されてしまったその村は、畑を耕すにしろ家を建て直すにしろ、人手が足りなかった。
彼は、その村でも今までと同じことを尋ねた。
「すみません、龍を見たことはありませんか?」
彼は、もう期待してはいなかった。
「ああ、龍?そんなもん探したって腹の足しにもならんがね。どいたどいた、仕事の邪魔だよ。」
彼は、頭を下げて立ち去った。
彼はその夜、ある夢をみた。
夢の中で、白く長い髪を持つ少女が空を舞う龍を見ていた。
夢の中の空は、青く澄み渡っていた。
目を覚ました彼は、また旅を続けた。
そして彼は、偶然立ち寄った酒場に少女を見つけた。
少女の髪は、白かった。
彼は、その少女に尋ねた。
「龍を見たことはありませんか?」
少女は、ゆっくりとひとつまばたきをしてから答えた。
「いいえ、ないわ。」
彼は落胆した。
肩を落として立ち去ろうとした彼に、少女は声をかけた。
「あなたは龍を探しているの?」
彼は、哀しげに頷いた。
「はい、ですがもう諦めるべきなのかもしれません。」
少女は、その長い髪を揺らしながら言った。
「どうして?」
彼は答えた。
「見つからないからです。」
少女は首を傾げた。
「見つからないから、探すのではないの?」
彼は、少し迷ってから答えた。
「見つからないから探すのではなく、見つけたいから探すのです。」
少女は小さく頷いて、ゆっくりとその瞳を閉じた。
喋らなくなってしまった少女に彼は一人、話し続けた。
「僕は昔、龍を見たことがあるんです。」
それは、月の綺麗な夜のことだった。
親を失った一人の少年が、空を見上げていた。
空には一頭の龍が、その大きな体を踊らせていた。
「僕は、彼に希望をもらいました。彼のその自由な姿を見て、僕も自由に生きてみたいと思ったんです。」
少女はまだ、目を閉じたままだった。
「でも、もう龍はこの世界にはいないのかもしれない。これだけ探しているのに、龍を見たという人にさえ出会えていないんだ。」
白い髪の少女は、目を閉じたまま彼に尋ねた。
「龍に会いたいの?」
彼は答えた。
「はい。」
少女は目を開くと、どこか遠くを見るような仕草をした。
「私はね、目が見えないの。だから、龍を見たことはないわ。」
彼は、首を傾げた。
「でもね、あなたはきっと龍に会えるわ。あなたの瞳は綺麗だから。」
彼には、少女が何を言いたいのかよくわからなかった。
[newpage]
その夜、彼は不意に目を覚ました。
彼は宿を出て、空を見上げた。
空に、月はなかった。
ただ沈まぬ太陽があるだけだった。
空は赤かった。
血に濡れた、毒々しい赤色をしていた。
その時彼は、甲高い笛のような音を聞いた。
音は、山の方からした。
彼は、音に導かれるようにして山の方へと歩いていった。
そこにはあの少女がいた。
少女は静かに、歌を歌っていた。
彼はその声を聴きながら、ゆっくりと目を閉じた。
不意に、歌声が止まった。
彼は目を開いた。
そこに、赤い空はなかった。
沈まぬ太陽もなかった。
ただ青く澄んだ空が、どこまでも続いていた。
彼はまた、甲高い笛のような音を聞いた。
音のする方を見れば、そこには一頭の緑の龍がいた。
龍の背には、あの少女がいた。
彼と少女とは、しばらく無言のうちに見つめあった。
彼は少女に向かって一歩、足を踏み出した。
その時。
空が崩れた。
真っ赤な血の雨が降った。
彼は、そこで気を失った。
目を覚ますと、そこは宿のベッドの上だった。
彼は外に出て、空を見上げた。
空はやはり、赤かった。
彼はまた、例の酒場を訪れた。
そこに少女の姿はなかった。
彼はまた、空を見上げた。
赤い、赤い空を。
彼はまた、次の村へと歩き始めた。
彼の旅に終わりはなかった。
命が尽きるその瞬間まで、彼は歩き続けた。
いつかまた、この世界に青い空が戻ると信じて。
Ad