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回復の見込みのない病気にかかった自分にはもう誰も近づこうとしない。否、もうこの病気が病気として扱われていた時代はとうに過ぎ去った。ならば、今この身を蝕むこれを何と呼ぼうか。一切の治療も許されず、しかしみんなと同じ普通を生きることも許されず、異端者として生かされ続けていた。誰かを愛したり、誰かを恨んだりといったことも無意味だと知った。諦観に苛まれてすり減った脳のキャパシティは既に満杯なのに、思い出せない過去に縋ってばかりいる所為で、必要とされていることすら記憶出来ない。全て自分の所為でした。
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一日に一回、病室の様に静かで無機質な自室に彼が面会に来るようになった。「やあ、元気?」だとか「調子はどう?」といった当たり障りのない会話を数行交わして、後は時間が来るまで何をするでもなくそこにいるだけ。彼が居心地の悪そうな顔をする原因は自分が上手く笑えていないからだと思って、笑顔の練習をした。けれど、どれだけ自然で綺麗な笑顔を作れるようになっても、彼の様子は変わらなかった。というのも、彼は仲間内での罰ゲームのようなものでここを訪れさせられているだけに過ぎなかったのだ。多少は後ろめたさもあったのかもしれないが、そんな風に感じたのもどうせ、彼のことを買い被りすぎていただけだったのだろう。彼を前にしても高揚しなくなったのは最早そうする必要もなくなってしまったからだろう。
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斯くあるべき生き方に沿えなかった。
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苛立ちが治まらない。
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ここには人が多すぎる。
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誰もいない。誰も入ってこれない。自ら望み、手に入れた孤独。とても冷たく、暗い。布団だけが体温で温まっている。もう何も感じる必要もない。それでも頭の中を渦巻くのは彼との会話の数々だった。
「まだそんなことやってたんだ」
どんなに誤魔化したって、その胸の内は分かり切っている。どんなに来ないで欲しくても、彼はここに来なければならない。それが制約なのだから。毎日叩かれる戸の音に自分が辟易していたのと同じように、毎日玄関を叩く彼もまた辟易していたのだろう。
「そういえば、あの子とはどうなった?」
そんな事を聞いて、今更何になると言うのか。彼が今、誰とも付き合っていなくたって、その枠を自分が取れる可能性なんてないと言うのに。彼の隣のあいつだったら、また違った結末になるのかもしれないけれど。せっかく一人になれたのに、どこまでも彼の姿が目に浮かぶ。どうしても苛立ちが治まらない。
reassure
今日もまた、戸を叩く音が聞こえる。けれど、扉は開かれない。ノブを回す音に連動して、何重にもかけられた鍵がジャラジャラと鳴った。そして訪れる静寂。彼は帰っていった。安堵とともに、明日もまたこの音が鳴るのだという不安が身に覆いかぶさった。どうしてこんなにも苦しみが続くのか。なぜ独りになってもこの痛みから解放されないのか。
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もうそんな事考える必要もない。
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何日も経って尚、彼の足が途絶える事はなかった。それどころか、段々と諦めが悪くなってきている。昨日なんかは30分も待ち続けていた。それほどまでに彼の罰ゲームの制約は大事なものなのか。彼が自分の心象を理解できないように、自分も彼の心象なんか分からない。それどころか、もうお互いに対して興味を抱くこともないだろう。それでよかったのだ。
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その日は彼一人ではなかった。前に彼と付き合えるだろうと言ったあの人と二人並んで玄関の前に立っていた。軽く戸を叩く音がする。それから「ほら、出てこないだろ」から始まる数行の会話を交わし、帰っていった。妬み、敗北感、そういったものが脳味噌を騒めかせる。途方もない怒り、憎しみ、そう言ったものが声にならない叫びになる。この感情に身を委ね、何もかもを壊してしまいたかった。
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あの日を境に彼は来なくなった。確約された静寂が快楽をもたらしたのも束の間、譫妄が首を絞めるような苦しみに纏わり付かれ、何も出来ないような日が続いた。だが、それでいい。それがいい。生に対する執着なんかはありもしないから、このまま死んでしまえればと思った。
何日経ったかも分からない。ガラス越しでない光を浴びた。密かに抗鬱剤の代わりにしていた飲料を買いに出た。24本ほどの箱を2個、自転車のかごに入れて戻ってくると、玄関が開いていた。空き巣、否、もっと酷い何かを感じて、吐き気に襲われた。数分もしないうちに彼が出てきた。肉付きや健康そうな艶やかな肌はそのままだったが、表情は暗く、かつての自分を彷彿とさせる何かを感じた。
「勝手に入ってごめん。今までの配布物、置いといたよ」
困ったように笑う彼の横を通り過ぎた。箱を置き、その中から500mlのペットボトルを2本取り出し、少しばかりの茶菓子とともにテーブルの上に並べた。それを彼が好んでいないことは知っていたが、それでも、この飲料の抗鬱剤としての作用は確かなものなので、飲ませることを是とした。最初は恐る恐るだったが、一口目を境に、意識の覚醒、高揚感が溢れ、次々と喉の奥へと流し込まれるそれに中毒症状を示した。
「僕さ、君が居なくなってからずっといじめられていたんだ」
それくらい知っている。
「君が来なくなったのは僕の所為だって言われてさ。…実際どうなの?」
彼に好意を寄せてしまった自分がいけないのであって、彼には何の落ち度もない。
「僕はさ、君に愛されて、浮かれてたんだ。人に愛されている感覚がどうしようもなく気持ちよくて、色々とマヒしてたんだと思う。ちょっとくらいぞんざいに扱っても、変わらず愛してくれているから大丈夫だって思いこんでいた。本当にごめん」
そんな風に思っていたのだと知っても、もう何も思わない。喜びも、怒りも、もう彼の言葉に対しては何も抱けなかった。
「それで、いじめられたくなくて毎日ここに通ってくれてたんだ。いじめられたくないから謝りに来たんだ。いじめられたくないから、鍵が開けっ放しになっている時を狙って、勝手に上がり込んできたんだね」
「違う」
「何が違うんだよ」
黙り込んでしまった彼の目から涙がこぼれてきた。
その日、私は死にました。
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