最後の言葉

  ベルダが眠った屋敷は静かな毎日だった。家臣たちはただ働くだけ。主であるビクターは部屋に籠ったままだった。声をかけても反応がない。だが、心情は空を見ればわかった。雨が降り続けているのだ。悲しみの深さが手に取るようにわかる。

  ビクターはベルダの手を握りしめたままだった。彼女は寝息を立てているが、その音は耳を澄ませないと聞こえないほどだ。

  「龍神様」

  外から側近が声をかける。

  「少しは何かお召し上がりください。このままでは龍神様までお倒れになってしまいます。」

  なおもビクターは声を出さなかった。虚ろな目で番を見つめているだけだ。側近は静かにその場を離れるしかなかった。

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  「奥方様が目覚めないらしい」

  「ずっと眠っているとか」

  「このままでは龍神様も倒れてしまう」

  「お子さまはどうなるのだ」

  人々は囁き、心配し、不安になった。どうにかしようと立ち上がった一部の者がビクターに会いにいって何か提案をしようとしても、すべて門前払いされてしまった。もう術がない、どうしたものかと頭を抱えた時、雨雲の間から光が差した。

  「あれは…」

  「なにがあった?!」

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  屋敷では大騒ぎだった。ベルダが目覚めたのだ。医者を呼び、容体を診せ、指示されるがままに食べ物や薬を用意した。何より喜んだのはビクターだった。淀んだ瞳は晴れ、その目から大粒の涙をこぼし続けた。そんな夫にベルダは笑いかけた。

  しかし、現実は酷いものだった。

  「奥方様はもう長くはありません。元々の体の弱さが影響しているようです。今できることは、奥方様が望むことをしてあげるのみにございます。」

  医者はなす術がなかった。残りの人生、命が尽きるその時まで、彼女を楽しませてあげるべきだ。屋敷の人々は総出で取り組み出した。ベルダがここに来てから美味しいと言ったものを用意し、以前話をしていた小物や服を取り寄せ、常にそばに誰かがいるようにした。何があってもいいように…。

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  「ビクター…。」

  「我はここだぞ、ベルダ。」

  ベルダはうっすらと目を開けるがビクターを見つけられない。彼女は目覚めてから起き上がることはできなかった。人の支えがなければ動くことはできず、力を入れても動けるほどの強さはなかった。ビクターはそれでもいいとベルダのそばを離れなかった。ベルダが食事をするなら食べさせ、着替えをするときは手伝った。家臣たちの手はベルダ自身に触れることなく…。

  「ビクター…。」

  ベルダは手を握りしめながらなおも夫を探す。

  「あぁ、我だぞ。」

  「あの子、は…、」

  「我らの子供なら大丈夫だ。健やかに育っておる。」

  「ごめん、なさい…。私、もう…。」

  「そんなことをいうな。…今からでも遅くはない。龍になるか?」

  ビクターはダメ元で聞いてみたが、ベルダはゆっくりと、かすかに首を振った。

  「ビクター…、あの子を、お願い…、します…。」

  「ベルダ、なにをいう。其方が育てるのだぞ。」

  ビクターの目には涙が溜まっている。ベルダと目が合う。彼女には夫が見えてはいないが。

  「ビクター…、あい、して…。」

  龍神、ビクターの番であり、最愛の妻、ベルダは静かに息を引き取った。