第十一章 女王の遊戯 ―無邪気な獣の末路― 2

  白銀の遊戯宮の奥、ナハト女王の寝室は子ども部屋のように可愛らしい装飾で満たされていた。

  ふわふわのクッションにカラフルなぬいぐるみ。星とハート柄のカーテン。派手な装飾の施されたベッド。女王の部屋だとはその思えない空間で、ナハトはベッドの上で膝を抱えて頬をぷくっと膨らませていた。

  「もーっ、あの人間のお兄ちゃん、ほんっとムカつくんだけど!」

  ベッド脇には、ナハトの幼馴染でもあり、ナハトの女王としての政策に助言を述べる三人の半獣人が座っていた。

  ふわふわの耳が特徴的なウサギの半獣人のモクに、他の三人に比べて非常に発育が良く、大きな胸が目立つ牡牛の半獣人のスイ。そして三人の中で最も気まぐれかつ毒舌の持ち主、猫の半獣人のツキである。

  三人は学生のように床に座ってお菓子をつまみながら、ベッドの上にいるナハトの愚痴を聞いていた。

  「ねえ聞いてよ、三人とも。あの人間のお兄ちゃん、マジでむかつくの」

  ナハトはベッドの上に置かれていたクッションを抱きしめ、足をばたばたさせながら呟く。

  「あのお兄ちゃんへ、ボクのことをぜんっぜん怖がらないの! 普通さ、女王であるボクの前に来たら、ビクビク震えるでしょ? エンエン泣くでしょ? ひぃっ、許してくださいって、許しを請うでしょ? みんなそうしてきたのにさ」

  その言葉を聞いたモクが、その耳をぴょこんと動かしながら笑った。

  「ナハト様の前で泣かないとか、その人間、マジで空気読めなすぎじゃない? 人間って、ほんとに鈍いんだね」

  その隣でスイはおっとりした声で続ける。

  「怖がらないって、逆に失礼だよねぇ。ナハト様の威厳ってものが分かってないのかもよぉ」

  ツキは尻尾を揺らしながら、にやりと笑った。

  「ていうかさ、人間なんてちょっと脅せばすぐ土下座するのに。そのカイルって男? マジで調子乗ってるよねぇ」

  「そうなの! そうなんだよ! 怖がる必要がない、とか言うんだよ? あるに決まってるじゃんね! ボクが怖がらせたいんだもん! 怖がるのが普通でしょ」

  ナハトの言葉に、他の三人が「わかる〜」と声をそろえて盛り上がる。

  「ていうかさぁ」

  モクがクッキーをかじりながら言う。

  「人間ってなんであんなに偉そうなの? 自分たちが一番だと思ってるよね、きっと」

  その言葉にスイがうんうんと頷く。

  「獣人より弱いくせにねぇ。あ、でも獣人も獣人で……ちょっとしたことで泣くんだよね」

  ツキが尻尾を揺らしながら笑う。

  「ほんと、どっちも扱いづらいよね。ナハト様が一番上なのに、なんでみんなそれが分かんないんだろ」

  三人の言葉を聞いたナハトは満足そうに胸を張った。

  「でしょ? ボクが常に一番じゃなきゃだめなんだよ。なのに、あの人間のお兄ちゃんは全然言うこと聞かないの! あぁ、もう! むかつくむかつく、むかつくぅ!」

  「ねえナハト様、その人間って……強いの?」

  スイが首をかしげながらナハトに尋ねる。

  「うん。ザルガよりずっと強そうで……あぁ! それを考えただけでも、なんか、ムカつく!」

  怒りをあらわにするナハトにスイがぽつりと言う。

  「強いならさぁ……早めに処理したほうがよくない?」

  「処理?」

  「そうそう。調子に乗ってる人間って、放っておくと面倒だよ。いつかナハト様に歯向かってくるよ? もしかしたら国民を煽って、反乱を起こすかも。だったらさぁ」

  スイの言葉の後、三人は顔を見合わせ同時にナハトへ視線を向けた。

  最初にモクが甘えるような声で言う。

  「その人間……遊び相手にするのもいいけどさ」

  続けてスイが言う。

  「遊んで飽きたら……どうするの?」

  ツキがにやりと笑う。

  「壊しちゃえばいいんじゃないかなぁ?」

  順番に語る三人のその言葉を聞いたナハトは、目をぱちぱちと瞬かせる。

  「……壊す?」

  「そうだよ。だってナハト様の言うこと聞かないんでしょ? それだけでも、もう生きてる資格がないよね」

  「そういう相手を壊す瞬間が、一番楽しいんじゃない?」

  「うんうん。ナハト様が怖がらせたいって思ってるのに、怖がらないなんて……それってナハト様への不敬だよ?」

  三人の言葉を聞いたナハトの瞳がゆっくりと細くなっていく。

  「……不敬、ねぇ」

  三人は同時に頷いた。

  「そう、不敬だよ」

  「ナハト様を軽んじてるよ」

  「だから、壊しちゃえばいいの。そんな人間なんか」

  ナハトはクッションをぎゅっと抱きしめながらぽつりと言った。

  「……そっか、ボクの言うこと聞かないのって……不敬なんだ。ふふ、それじゃあさ、あの人間のお兄ちゃんで遊んだら、すぐに壊しちゃおうかな」

  ナハトの言葉に三人は嬉しそうに笑った。

  「それがいいよ、ナハト様」

  「ナハト様ならできるよ」

  「うんうん。わたしたちも応援するからね、ナハト様」

  「うん。明日の夜、あの人間のお兄ちゃんで遊んだら、すぐ壊すことにするね! みんなありがとう!」

  ナハトがそう宣言した瞬間、幼馴染三人は顔を見合わせにやりと笑った。

  ここで終わらせない。彼女たちの『女王への進言』はここからが本番だった。

  嬉しそうに微笑むナハトの横に、モクがぴょこんと座り込む。ふわふわした耳を揺らしながら、甘えるようにナハトに声をかけた。

  「ねえナハト様ぁ。あの人間を壊すのはいいんだけどぉ」

  「うん?」

  「ついでにぃ、私の隣に住んでいる獣人の家族もお片付けしてくれないかなぁ?」

  ツキのお願いにナハトは首をかしげる。

  「お片付け? なんで?」

  「だってぇ、あの家族、わたしのことを最近なんか睨んでくるんだもん。半獣人のくせにって、絶対思ってるんだよ。あの顔。ねぇ、ムカつくでしょ?」

  そう話すモクは笑っているがその瞳は冷たい。

  「ナハト様が遊びのついでにやってくれたらさ、わたし、すっごく嬉しいなぁ」

  モクのお願いにナハトは無邪気に頷いた。

  「うん。いいよ。明日までにお片付けしておく。モクのお願いならなんでも聞くよ。いつもボクにすごく良いアイデアをくれるからね。そのお礼だよ」

  その様子を観察していたスイがゆったりとした動きでモクとは反対側に座る。

  「ナハト様ぁ。それじゃあわたしからも、ちょっとお願いしてもいいですかぁ?」

  「なぁに? モク」

  「城下にあるミルク屋さん知ってるよね? あそこさ、わたしの一族が経営する牧場に文句言ってきたの」

  「文句?」

  「そう。半獣人の牛乳は高すぎる、獣人たちが飲むことができないって。ねえ、ひどくない? 良い商品を作るんだもん。それに見合う高いお金を払ってもらうのが普通だよね」

  「あぁ、うん。それはひどいね。よし、じゃあモクの邪魔をするミルク屋さんはみんな処刑しちゃおう……ツキは? 何かボクにお願いないの?」

  ナハトのその言葉を聞いたツキは、待っていましたとばかりに、ベッドの端に腰掛け尻尾を揺らしながら言った。

  「そうだねぇ。わたしはぁ……あ、そうだ! あのさ城下にいたあの半獣人の男……覚えてる?」

  「んー……誰だっけ?」

  「ほら、わたしがデートに誘ったら、獣人の彼女がいるって言って逃げたやつ」

  「あぁ、いたねぇ。そんなやつ」

  「わたしさぁ、あの男とちょっと遊びたいんだよね。だからさ、ナハト様」

  ツキはナハトの耳元で囁く。

  「あの男をちょっと捕まえてくれない? 適当な罪をでっちあげてさぁ。あ、もちろん、その獣人の彼女には、消えてもらう感じでさ」

  「うん。いいよ。ツキのお願いも叶えてあげる。その男を捕まえてこさせるね」

  そう述べたナハトに、三人はまるで姫を囲む侍女のように甘い声を重ねた。

  「ありがとう! ナハト様はいつも私たちの味方だよね」

  「ナハト様がいれば、怖いものなんてないよ」

  「ナハト様が壊してくれるから、全部うまくいくんだよ」

  三人の言葉に、ナハトは満足そうに胸を張った。

  「もちろんだよ! ボクはみんなの女王なんだから!」

  その言葉を聞いた三人は顔を見合わせにやりと笑う。

  操りやすい。便利。使い勝手がいい。

  そんな本音を隠しながら。

  「よーし!」

  ナハトはベッドの上で立ち上がり両手を広げた。

  「明日の夜、あの人間のお兄ちゃんを狩って、そのあとでみんなのお願いもぜーんぶ叶えてあげる!」

  三人は歓声を上げた。

  「さすがナハト様!」

  「頼りになるぅ!」

  「大好きだよ、ナハト様!」

  「任せて! ボク、みんなのためならなんだってするからね! だからこれからもボクとボクのこの国のために素敵な政策を考えてね!」

  その言葉に三人はさらに深く笑った。

  幼い女王は、今日もまた臣下たちの甘い声に操られていく。