監獄の中は、冷たい。 暗闇の中、小さな部屋の隅っこ。「僕」は今、檻の底に伏している。毛布なんてものはない。硬くて冷たい居心地も寝心地も最悪な場所。だから格子から覗く月明りを被り、冷気を纏って「僕」も暗闇になる為にここにうずくまる。「僕」のトクベツ真っ黒な毛皮は暗闇になる為に最適だ。
「僕」は囚人だ。朝が来たら起き、朝食を摂り、時間が来たら囚人仲間と刑務作業。作業時間が終わり、各々室内に戻れば次は監視が囚人に詰問を行う。それが終われば夜に備えて身支度をし、時間になったらその日は終わる。なんともありふれた囚人生活だ。 ただ、この監獄は特別なことに囚人一人ひとりにそれぞれ監視がついている。たまに何人も相手にしている監視も見かけるけど。
「僕」を監視する人はとても怖い。犯した覚えのない罪を「僕」に押し付け、反抗しようにも相手の圧に負け、何も答えられない「僕」に正義の鉄槌という名の拷問を下し、壊す。そんな毎日が続いている。他の囚人たちがどんな監視とその時間を過ごしているのかわからないけど、みんな罪ビトのくせにとても楽しそうだった。
狭い部屋に震え乾いた溜息が響く。 ところどころ擦り切れた皮膚がじんじんと痛む。傷を付けられるのは慣れているけれど、痛みの余韻を感じるのには未だに慣れない。 月明りは強くなり、ゆっくりと瞼が落ちていく。 昨日も今日も、散々な目にあった。そんな日々の疲弊には逆らえず、毛皮が月明りを飲み込んでいく姿をぼやけた瞳に映し、「僕」はまどろみの中に溶けていく。
眠りが浅くなっていく。さっきまで冷たい檻の中で眠っていたはずなのにあの部屋の冷たさを感じない。生暖かくてふさふさとした何かが黒い僕の毛を、顔を、体いっぱいをゆっくりと撫でていく感覚があった。
冷たくて鉄の腐れたようなイヤなにおいのする小さな箱とは違う、あったかくて青々としたにおいが、鼻の中をかすめていく。
嗅ぎなれないせいか、その青々としたにおいに僕の体はマヒしてしまいそうになる。だけどどうしてだろう、自然と悪い気はしない。このまま身を委ねてもうひと眠りでもしてしまおうかと思えるくらいだ。
そんな気持ちとは真反対に、僕の瞼は開かれていく。ゆっくりと体を起こし、普段はすることのないあくびを、それも大玉の林檎を丸かじりできそうなくらいおっきなあくびを僕は生み出す。
僕の周りには草花が生えている。まるで僕という存在がここにあることを示すように、そして守るかのように草花たちは生えていた。 しかしここ以外に草花は生えておらず、あるのは雪のように真っ白な何かがあるくらいだ。遠くにはその白い何かで形成された大小様々ななだらかな小山を作っていて、まるで砂漠みたいだった。
開けた空を見上げれば、真っ暗で、太陽や月もないのに、僕やそれ以外をはっきりと明るく映している。 ここがどこかなんてわからないけど、どこか安心するのはどうしてだろうか。
気づけばじんじんと痛んでいた傷も、塞がってはいないにしろ治まっていた。なんなら体中が束縛から解放されたように軽く感じた。
僕はその軽くなった体で立ち上がり、このどこかわからない世界の探索することにした。