狼と犬 大事な人との出会いと記憶

  夢を見た。久しぶりの夢だった。

  私は自分の家で胡坐を掻いてくつろいでいた。テーブルには酒やそのつまみがあり、それを手に取りながら楽しく話している。私の横に座る……あれ?

  おかしい。確かに横に座っている。ちゃんと目の前にいるのに何故かはっきりしない。夢の中だからなのか、その人物はぼやけている。その不透明な人物に対して私は何も疑問も感じていなかった。ただ近くにいて、楽しく話していられればいい。例え形が分からなくても。

  「俺を忘れちまったのか?」

  「っ!?」

  ハッとして私はベッドから飛び上がる。狭い部屋にカーテンの隙間から朝日が差し込んでは光の線を描いていた。未だに心臓の鼓動が速い。確かにあの声は……夢だったのか?

  はぁと溜息をつくとゆっくりと体を動かしてベッドから降りた。体がダルさを訴えてくるが休むことも出来ない。今日も今日とて仕事なのだ私は。

  寝室を出て廊下を歩くと洗面所へ向かい顔を洗う。この間抜け面のまま会社に行ったら笑われてしまうからな。適当にやることをやり、リビングへ向かうと冷蔵庫を開ける。大した物は入っていない。料理は得意ではなくいつも買い置きなのだ。当然今日も昨日の内に買ってきた冷えた弁当だ。

  さすがにこのままでは食べる気もしないのでレンジに入れて2分程暖める。特に何も考えずぼぉっとしながら待っているとチンという音に思考を動かされ手足が自然と動いた。あちちと言いながらテーブルに持っていくと椅子を引いて私は一言。

  「いただきます」

  シン

  静まり返る部屋。当然だ、私の他に誰も居ないのだから。そう、誰も……誰も居ないのだ。こんな歳だが良い巡り会わせがなく中々結婚どころか付き合うことすらない。歳か?まぁ中年のおっさんだと思ってくれ。

  一人虚しく食べる音だけが部屋に木霊した。テレビもあるがあまり私は見ないのだ。あいつが居た時はそこのソファに座ってよく見ていたっけな。

  (ガハハハハ!こんな漫才笑うかよーガハハハ!)

  「……笑ってるではないか」

  私の声も届かない。

  嫌な気分を払うように首を振ると片づけを済まし寝室へと戻る。クローゼットを開けて手を伸ばし、数着あるスーツを取り出すと着替える。ワイシャツにネクタイ、スーツとまるでどこにでもいるような服装になると気持ちを切り替えた。

  どこにでもいる……か。

  自虐的に笑うとベッドの横にある机へと向かい、そこにおいてある鞄を持つと踵を返した。時間を見れば6時半。まだ外は風が寒いかも知れないな。

  風邪を引かないようになどと思いながら玄関へ向かうと革靴を履いてガチャリとドアを開けた。

  「はぁ」

  目の前に広がるいつもと変わらない道を眺めると思わず項垂れてしまう。この見慣れた道を歩いて会社へ向かうのか。いつもと変わらないように。会社に行けばきっと上司がまた何かに対し怒っているだろうし終わったとして帰ってもやる事もない。

  私はただ働く為に生きているのだろうか?

  「うだうだ考えるのはよそう。気分を落ち込ませるだけだ」

  かつかつと足音を鳴らしながら一人ぼやくと会社へ足を速めたのだ。

  ウィン

  自動ドアが開く。会社に着いて私は光を照り返すタイルを歩きながらエレベーターへと向かった。ボタンを押すとタイミングが良かったのかすぐに開いた。

  「やぁおはよう」

  「あ、おはようございます」

  そこにいたのは犀の獣人だ。歳は私より上で、いわゆる先輩だな。入った当初はこの人に色々教わったのだ。中々慣れなかったが私に文句の一つも言わずに丁寧に教えてくれた。今でも私に親しくしてくれるし良い人だと思っているよ。

  「全く朝早くから仕事仕事、分かってはいるけど嫌になっちゃうねぇ」

  「まぁ仕方ないですね。やらなければなりませんし嫌だからと投げ出すわけにも行かないですし」

  「君は真面目だねぇワシなんか今すぐ投げ出したいよ」

  「ハハハ、先輩がいなくなったらこの会社は成り立ちませんよ」

  「褒めても何もでんよ」

  他愛もない事を話していると数字は4を差し、チンという音と共に扉が開く。そこにはすでに何人かいて仕事をしていた。私はこんなに早くなくて良かった……。

  軽く挨拶を交わしながら自分の席に座ると首を動かして骨を鳴らす。座ってしまった、いやそれしかないのだが。今日も仕事が始まるのか。

  パソコンの電源を押すとブウンと音を鳴らして画面がつく。仕方がない余計なことを考えず仕事に集中しよう。腕を上げると私は面倒くさそうにキーボードを打ち始めたのだ。

  キーンコーンカーンコーン

  「ん?12時か」

  音に反応して時計を見ると昼時となっていた。背もたれに寄りかかるとぐっと背筋を伸ばす。ぼきぼきと心地良い音が鳴った。全くこの作業はいつだって肩が凝る。椅子を軽く引くと引き出しを開ける。私は手作り弁当などという物は持っていないため買い弁だ。それをキーボードを退けて机の上に乗せると蓋を開ける。

  「お、先輩から揚げ弁当ですか!おいしそうッスねー」

  このやたら調子の良い声で話しかけてきたのは、鹿の獣人だ。いわゆる後輩だな。

  入社当時はやたらガチガチで自己紹介をしていたが慣れた途端にこれだ。ずっと自我を出したかったのだろう。しかしちょっと馴れ馴れしくうっとうしいな。

  「おいしそうッスね!一個イタダキー!」

  「あ!こ、こら!」

  大事な食料をとられてたまるか!と思ってるうちにはすでに彼の口の中。幸せそうに口を動かしている。おのれ草食動物の癖に……!

  「ったく。これは貸しだぞ」

  「え~一個だけじゃないスかー」

  「うるさい。分かったら向こうへ行ってろ。シッシッ」

  「そんな厄介払いしなくてもーぶーぶー」

  頬を膨らませると残念そうに離れていった。少し見ればころっと変わって他の奴に話しかけている。本当よく分からん奴だ。

  落ち着いたところで箸で食べ始める。せっかくの休憩時間ぐらいゆっくりさせてくれ。さて午後もがんばらなければ。

  今日は仕事はすんなり進んだ。珍しく怒鳴り上司も今日は静かでご機嫌だったようだ。まぁ理由は面倒なので聞かない。聞きたくない。

  集中すれば何とか時間を気にせず済み、ほら。

  キーンコーンカーンコーン

  「やった終わりだ」

  仕事の終わりを告げる音が鳴った。その音を聞くとやたらうれしそうな声で鹿が笑っている。いかん目を合わせるな。面倒だ。

  「先輩お疲れ様ッス!」

  ……面倒だといったのに。目を合わせてないのになぜ来るのだ。

  「じゃ、お先ー!」

  速いな!本当挨拶だけか!

  「やぁお疲れ様。今日は定時かい?」

  「はい先輩……先輩はまた残業ですか?」

  「あぁそうだよ。出来る男はつらいねぇなっちってな」

  はははと笑うが事実先輩は仕事はかなり出来る。だからこそ色々任されるのだろう。先輩も人が良いから断りきれないところもある。一言「無理をしないように」とだけ伝えた。こくんと頷いて素直に有難うといわれる。この優しさが仕事の疲れを少し癒してくれるのだ。

  さぁ私も帰ろう。

  荷物を纏めて鞄を持つと早々にこの会社から出て行く。ここにいると息が詰まりそうだ。少し離れたところでネクタイを緩め、スーツのボタンを開けた。後は帰るだけだしいいだろう?

  暗い夜の道は慣れているとはいえやはり好きではなかった。さっさと帰って風呂にでも……ん?

  ドカッバキッ

  「てめ……この」

  街頭に照らされて何かが動いている。遠くでよく見えないが、男が二人か?近づくにつれてだんだんとその様子が分かってきた。それと共にげんなりとする。どうやら喧嘩みたいだ。こんな帰り道でやめてくれ……。

  「このやろう!ぶっ殺してやる!」

  「やれるもんならやってみろ!」

  ……と、通れない。どうしたものか。回り道でもするか?しかしなぁう~む。

  「うらぁ!」

  うっ、今のは凄く痛そうだ。殴られた方が衝撃で壁にぶつかった。ドンという音まで聞こえてきそうだ。うぅ私じゃなくて良かった。

  殴られた相手は頬を押さえて悔しそうに怒っているが、そこで意気消沈したのか逃げるように去っていった。

  ちょっとまてこっちに逃げてきたぞ。

  「じゃまだ!」

  ドン!

  「うわっ!」

  なぜこうなる……。

  すぐに避けようとしたのだが、いや確実に避けたんだ。だが向かってきた男はおそらく相当虫の居所が悪かったのだろう、私に体当たりをしてきたんだ。八つ当たりなんて勘弁してくれ。

  「痛てて」

  あぁ、クリーニングに出したのにスーツが汚れてしまった。それに勢いよく尻餅をついて凄く痛い。本当ついていないな今日は。から揚げ一個取られたし。

  「おい大丈夫か?」

  「え?あ、あぁ」

  どうやら喧嘩をしていたもう一人が近寄ってきたらしい。声をかけられて手を差し伸べられる。一言すまないというと手を借りて立ち上がったのだ。ぱっぱっと埃を払うとその男が鞄を持ってきてくれる。喧嘩などで野蛮かと思っていたが中々良い奴じゃないか。

  「はいよ」

  「ありが……え?」

  街頭に虫が集まってじぃっと音を立てている。その下で私と男は照らされていた。そのとき初めてその姿を見た。犬の獣人だ。腕や顔を見るに茶色の毛をしている。だが私はそれどころではなかった。

  この姿。この男は……。

  「き、君……」

  「ん?どうしたんだよ。ホラ」

  「あ?あ、あぁありがとう」

  まるで似ていた。そっくりだったのだ。もしかして本人か?

  「(ば、馬鹿な……だって、だってあいつは……死んだじゃないか!!)」

  そうだ。私には一人親しい友人がいた。一緒の学校で明るい性格だったあいつとは直ぐに打ち解けた。帰りも一緒でふざけて夜遅くまで遊んで帰ったこともあった。歳を取るごとに会える日は少なくなっていったが、それでも定期的に会っては色々語り合った。私にとって、親友と言える大事な友だった。

  その友は……帰り道、車の事故で死んだ。死んでしまったんだ。悪いのはあいつじゃない。相手が飲酒運転で突っ込んできたんだ。それを避けきれず……。

  (うわぁあぁあ!!)

  ガシャーン!

  これは聞いた話だ。結婚していた友人の妻は私と仲が良かったのを知っていたから教えてくれたのだろう。なんとういか……虚脱感に支配されたよ。全てが黒に染まったようだった。

  何も見えない。闇が私を、心を覆ってしまったように、部屋でひたすら泣いていた。思い出すだけで枯れたと思っていた涙が流れてくる。

  そのまま私は何に対しても気持ちも入らずただただ時間だけが過ぎていったのだ。この歳になっても、本当に心から話せる友人はあいつだけだった。いや、もうあんな気持ちになりたくないから作らないのかもしれない。

  本当に辛かったんだよ。もう……嫌だから私は……。

  「大丈夫か?あんた。顔色悪いぞ」

  「へ?い、いや大丈夫だ、色々すまない」

  「いいっていいって。家はどこだ?肩貸してやるよ」

  「いやそこまでしてもらうのは――」

  「こういう時はじゃぁ遠慮なく。だろ?」

  「お、おい!」

  人の話を聞かず勝手に片手をつかんで首に回してきた。横を見れば犬はへへへ笑っている……まったく強引な奴だ。たしかあいつも、結構無理やりで強引なところがあったな。

  顔見ると嫌でも重なって見えてしまう為になるべく前を見たまま歩き出したんだ。

  「じゃぁこの辺で仕事してんだ」

  「あぁ、とは言っても普通の会社員。珍しくもないつまらない中年だ」

  「おいおいそんな事いうなって。何をやっててもあんたはあんただろ」

  恥ずかしげもなくそんな事を平気で言って来る。若干赤くなったが、その言葉には素直に嬉しかった。そういえばなぜ喧嘩をしていたのだろう。何か言われたのだろうか。しかし色々事情というものがあろう。むやみやたらと聞くわけには行かないか。

  互いにあまり詮索はせず当たり障りのない会話をした。怪我もしておらず気分が悪いわけでは無かったがこの犬の心遣いを無駄にしたくも無かったし、仕方ないから家まで肩を借りた。暗い中、門の前まで到着すると腕を下ろして有難うと言う。

  「ここか~……なんか普通だな」

  「普通が一番だ。あんまり大きいと居心地が悪いからな。このくらいがちょうど良いのだ」

  「へ~あんたって謙虚だな」

  謙虚か。どうだか分からんが遠慮しているつもりは無い。広すぎる部屋は本当に嫌なんだ。なんかこう、そわそわするというか、変に焦ってしまう。だだっ広い部屋に一人ぽつん。考えただけで胸騒ぎがしそうだった。

  「今日はありがとう」

  「いいんだって。もともと俺が喧嘩しててそのとばっちりがあんたに行ったわけだし。でもよ、なんていうか……旅は道連れっていうだろ?」

  腕を組んでん~と唸りながら考えているようだ。何か私に用があるのか?面倒はごめんだぞ。

  「ここであったのも何かの縁だろ?今度一緒に飯食べに行かねぇか?暇をもてあましててよ」

  「ん、まぁ特に困ることもないが、こんなおじさんと行っても楽しくないと思うのだが」

  「なぁに言ってんだよ。俺はあんたと行きたいんだぜ?」

  そうまで言われたら断れるわけも無いだろう。仕方ないなといいながら私はこくんと頷いた。明後日、土曜日は仕事も休みだからその日にと約束をした。わざわざ指きりまでしてな。いい大人が少し恥ずかしかったが、この犬の無垢な笑みを見て思わず微笑んでしまった。

  何だろう。嫌じゃない。あいつに似ているからか?

  「じゃ!そういうことでな!時間とらせて悪かったな~。また土曜日な!」

  「あぁまたな」

  暗い道を後ろを向きながら歩いていった。私に手を振っている。つられる様に手を上げて振っているうちに見えなくなっていった。そこで自分の手を見る。

  私は何をやっているんだろう。出会って一時間としない赤の他人に飯の約束、こんな風に手まで振って……。

  久しくやっていない行為だった。それこそ子供のとき以来か?

  「……」

  ぐっと手を握る。まだ小指には感覚が残っていた。

  ガチャン

  「ただいま」

  寂しさを紛らわすように呟いた言葉は当然返ることも無く家の中で消えていった。静まる廊下に言わなければ良かったと後悔すると靴を脱いで自分の部屋へと向かう。ドアノブをひねり中に入るとベッドの上に鞄を投げて服を着替えだす。この窮屈過ぎるスーツを脱ぐと一気に開放された気分になるのだ。自由になったみたいな感じだな。

  パンツ一丁で早々にベッドの上に上がる。風呂には入るぞ?今だけだからな。横になって天井を見るとほっと一息ついた。完全に力を抜いてリラックスできるこの瞬間がたまらない。一人は寂しいが、一人だからこそ誰に気を使う必要も無かったのだ。その部分では楽であり助かっている。

  だが、だがやはり一人は……。

  「なんだかなぁ」

  人生を考え語るほど賢くない。だがこの時をばかりはこのままずっと一人生きていくのかと悩んでしまうのだ。何の音もしない部屋だからこそ余計にそういうネガティブ思考になるのかもしれない。早いところ風呂へ行こう。

  私は引き出しから新しいパンツやパジャマを取り出すとそれらを持って洗面所へと向かったのだ。

  バタン

  「うぅ寒」

  帰ってきて風呂が沸いてる。なんてものは温かい家庭があってこそだ。浴槽の中は水すら入っていない。いまさら溜めるのも面倒だ。シャワーだけにしようか?

  本当は中に入ってゆっくり疲れを取りたいのだが。こんなときに誰かいてくれればなぁ。

  (暖めておいたぜ!さぁ中に入ろうぜ!)

  「……」

  ま、まぁあいつと入ったこともあるが騒いで疲れなんか取れなかったしな。一人がいいかもしれんなうん。うん。

  自分に言い聞かせるようにして雑念を取り除くとシャワーを浴びる。

  「冷ったい!」

  うぅ……なんてついてない日なんだ……。

  こんな日はさっさと寝てしまうに限る!と思って私はさっさと体を洗って風呂を出た。なんかもうただ単に汚れを落とすだけの作業化してるようで落ち込んだ。風呂は違うんだ。もっとこう色々思い出しながらゆっくり湯に使って……はぁ。

  晩飯、どうするかなぁ。あくびを一つに冷蔵庫を開ける。買った弁当だ。いつもと同じ。それを見て少し考えた後に私は冷蔵庫を閉じた。あまり食欲が無かった。気分が悪いわけではない。ただ食べたくなかったのだ。

  あぁもうだめだ。きっと疲れているんだ。そうに違いない。明日になれば元通りだ。さっさと寝よう。

  バタン

  部屋に着くと電気を消す。風呂上りの余韻もあったもんじゃない。全てを投げ出すようにしてベッドへと飛び込んだのだ。今日は良く眠れると良いが……疲れてうなされる事もしばしばあるからな。

  でも薬には頼りたくなかった。睡眠薬だかはいまいち信用できない。少しすれば眠れるもんさ。そうだ。さっさと寝てしまおう。瞼を閉じると深呼吸をして何も考えないようにしたのだった。

  夢だ。夢を見た。

  (お前は全くよお~ガハハハ!)

  またこの夢だ。あいつが俺に向かって笑っている。

  (おう!じゃぁまたな!)

  いつだって元気で笑っていた。それを見るのが楽しくて幸せだった。

  (落ち込むなって。次がんばろうぜ?)

  何度も私を励ましてくれた。いつだって支えだった。

  (馬鹿が!そうじゃねぇだろ!)

  喧嘩もした。でも仲が裂けたことなんて一度も無かった。

  私は……。

  (な。俺たちずっと一緒にいような。約束だぜ?ほら指きり)

  ……約束したではないか。なぜ私を置いて……約束を……。

  「ぐす、はぁ、ひぐ……」

  泣いていることさえ気づかず私は夢の中で何度もあいつを呼んでいたんだ。叫んでも、触れることも出来ず、もう振り向きすらしなかった。手の届かない遠いところへ。私を置いて行ってしまった。どうせなら私も連れて行ってくれればよかったのに……。

  「お前はまだ来るな」

  ガバッ!

  「はぁっはぁっぜぇ……はぁ……」

  思わずベッドから飛び起きる。焦る気持ちで思考が纏まらない。唾を飲み込んで息を整えると窓を見る。カーテンを閉め忘れたようで朝の光が私に注いでいた。

  朝……なのか?頭に手を当てて唸る。ぜんぜん寝た気にならなかった。疲れなんて全く取れていない。いったい何なんだ。なぜあんな夢を見るんだ。

  「くそぉ」

  ガチャン

  支度を済ませ家を出る。そしてそのまま歩き出す。ほぼ毎日、これもまた代わることの無いものだ。いつも通りに会社に行って、自分の机に向かってキーボードを打つ。社交辞令での挨拶や作り笑みにもう罪悪感を感じなくなった。

  先輩には申し訳ないが、話すことも少し減った気がする。

  (具合が悪いならいつでも言ってくれな?なにか悩みがあるならわしが力になるから)

  ありがとう。だけど違うのだ。これは、これは私自身の問題なのだ。先輩には頼れない。自分の力で何とかせねばならないのだ。

  特に何を思うわけでもなく淡々と一日が過ぎる。仕事もへまをやらかすこともなく、平和に終わったというべきか。今こうして暗い外を歩いていると一日に内容が何も詰まってないことに気づいた。気づきたくなかったが。

  今日も家に帰って……そこでふと明日のことを思い出す。昨日たまたま出会った友人似の犬獣人。彼との食事。今日は、いや今日もか。さして楽しいことなど無かったが、明日はせめて楽しみたい。

  せっかくだ。そういえばこんなイベントじみたこと久しく無かった。なら思いっきり羽を伸ばそう、溜まりに溜まった疲れを全て吐き出すぐらいの気持ちでな。

  「ようし」

  明日のためにめいいっぱい腹を空かせよう。

  ガチャン

  家に帰ると足早で自分の部屋へ。さっさとスーツを脱ぐと着替えて風呂へと向かった。中に入り、シャワーを浴びる。今日は念入りに汚れを落とそう。人前で汚い格好は出来ない。座りながら腕や足や体をごしごし擦る。痛みを感じない程度だぞ?肌が怪我するまでは擦らない。

  もちろん汚れや熱が溜まりやすい部分も……ご、ごほん。ここはまぁ良いだろう。

  さて、風呂も済ませた。飯も、今しがた食べ終わった。後は自由な時間だが。

  「結局何もすることが無いんだよなぁ」

  リビングで突っ立って周りを見渡しても特に何かをする気が起きない。テレビを見ようか?何を見たいとも思わない。本を読もうか?文章を見ると眠くなる。

  結局……ん?

  「そうか!」

  文章を見ると眠くなるなら読めばいいのだ!早速自分の部屋に向かうと机に置いてある小説を取り出す。これはまぁ、もっと若い頃に読んでいたものだ。しかしそれがいけなかった。

  たまたま手に取ったものを広げて真ん中辺りから読んでみる。内容なんかどうでもよかった。見さえすれば眠くなると……思ってたんだがなぁ。

  ……ごくり。

  そう、手に取ったのは官能小説だったのだ。

  わ、私が買ったんじゃないぞ!?あいつが!あいつが置いていったのだ!

  思わず夢中になりそうになってしまって私は本を閉じる。歳はとったといえど流石にまだ性欲はある。そういう物を見ればやはり意識してしまうものだ。やれやれと自虐気味に笑うとベッドに上がって横になる。

  「まぁ明日楽しめばいいか」

  軽く呟くと瞼を閉じたのだ。そう、明日は稀なイベントだ。誰かと食事だなんてもう無いと思っていた。なんだろうな……年甲斐もなくちょっとわくわくしているかもしれない。さっさと寝てしまおう。よし、明日は楽しむぞ。

  ジリリリリ!

  「ん……はぁ」

  けたたましい音に起こされる。最近は目覚ましの音を聞く前に起きることが多かったがどうやら昨日は結構眠れたようだ。夢も見た気がするがあまり覚えていない。あくびを一つするとベッドから降りる。そういえば今日は楽しい?かどうかはまだ分からないが食事だったな。

  あの犬の獣人と。やたら似ていた彼と。

  ピンポーン

  ふと玄関のチャイム音が耳に響いた。まだ朝早いが誰だろう、そう思って出ると……。

  ガチャン

  「お!きたぜ!っておわぁっ」

  「は、早過ぎではないか。まだ朝7時だぞ……」

  いつも休みの日はもっと遅くまで寝ているのだ。今日だってイベントがなければ目覚ましはつけなかったのに。

  嫌な顔を隠さず表していると犬は顔を赤くして目を逸らした。一体どうしたんだ?

  「あ、あのよ……ちんこ勃ってんだけど」

  「え?あ……」

  今私はパンツ姿なのだが起きたばかりだし当然生理現象が起きていた。まだトイレにも行ってない……というか少しは表現を隠せ。外でちんことか言うんじゃないまったく。

  このまま外で待たすのも悪いからとりあえず中へと入れさせる。何故か、いいのか!?やりーと喜んでいた。

  ガチャン

  「ちんこでっけーな」

  「そ、そんなところばかりじろじろ見るんじゃない」

  「俺のも見るか?」

  「見ない!」

  朝から何でこんな元気なんだ。私はまだ寝ぼけて頭がはっきりしないというのに。とりあえずリビングに案内してソファに座らせる。テレビのリモコンを渡し、好きにくつろいでくれとだけ伝えた。私はこのままだと何故か危ない気がしたからさっさとトイレへ。その後は私服に着替えてこよう。

  バタン

  「ん~…まぁ特にめかす必要も無いか」

  とは言ってもどんなものが洒落た服なのかは分からない。あんまり奇抜だと流石に目立ってしまうからなるべく地味なものを選んでいるつもりだ。着替えが終わると再びリビングへ。

  「すまん遅くなった。えっと、朝から出かけるか?」

  「え~?俺はもうちょっとあんたの家を堪能したい」

  「そ……そうか」

  ソファにねっころがりながら足を宙に浮かせてばたばた……と訳の分からんことをやっていたがあえて突っ込まないでおいた。

  しかしこの家を堪能と言われても、何も楽しめるような物は無いのだが。それでも興味があるのか、きょろきょろと見回しては立ち上がってあっちこっち行ったりきたりしている。私もソファに座ったのだが目で追っていると疲れてしまう。

  他人の家ってそんなに気になるものか?

  「意外と綺麗にしてるんだな~。キッチンとか油っぽい所ぜんぜんないじゃないか」

  「まぁ私自身あまり料理をしないからな」

  「冷蔵庫は何かほぼ無しって感じだ。こんなんで満足か?」

  「弁当ぐらいしか買わないからな。そこまで買い溜めるつもりは……て。そうやって見てて楽しいのか?」

  「楽しい」

  他の奴もこうなのか?

  他には?と聞かれた為に自室兼寝室があると伝えると凄い良い顔をして行こうぜ!と言ってきた。正直あまり入れたくなかったが押しに押されて折れてしまった。故に今は私の部屋だ。

  入るといきなりベッドにダイブ。その上でごろごろしたり少し跳ねた後に私の机に。なんだろう。彼には失礼という言葉がないのだろうか。この手のタイプには言っても無駄だろうから言わんのだが。あいつがそうだったしな。

  はっ!まて!確か机にはっ。

  「なんでぃ小説ばっかりかよ。まぁ興味あるのはこれぐらい」

  「ま、待つんだ!それは!」

  「こ~んなエロ小説読んでオナニーしてんのかぁあんたは。ふむふむ」

  「ば!わ、私はだなぁ!!」

  「使ったことは?」

  「このっ!な……ぅ、な、何回か」

  「してんじゃんオナニー」

  「うぅうるさい」

  ……なんか調子を狂わされるなぁ。完全にあの犬のペースだ。赤裸々に暴露すると犬は嬉しそうににっこり笑った。

  まただ。この笑顔を見ると何故か思い出す。そして私も微笑んでしまうのだ。嫌いじゃない。いやむしろ好きかもしれない。この笑顔を見ると心地良かった。

  「じゃぁこれ借りるからな」

  おい!

  「まだ10時かー」

  満足したのかとりあえず落ち着いたらしい。床でねっころがっている。昼飯にはちょっと早いか?さて暇をもてあましているがどうしたものか。

  「なぁ出かけないか?」

  「ん?食べに行くか?そういえば朝飯もまだだったしな」

  「散歩」

  散歩?それは飯とは違うのか?などと疑問に思っているとよっころらしょと立ち上がりすたすたと行ってしまう。

  玄関で待ってるぞ~。

  それだけ言うとバタンと扉を閉めた。

  まぁついて行けば分かるか。とりあえず財布と適当に何か着て支度をしよう。

  「お待たせ」

  「うっし」

  靴を履いてつま先トントンと軽くつつき、家を出る。外は良い天気で出かけるにはもってこいだ。眩しい光に思わず目を瞑る。こんな日に家に篭ってるのはもったいないかもな。

  さて、どこへ向かうか?

  「さぁ行こうぜ」

  「お、おい」

  私のことなんて全く考えずに一人で歩き出してしまった。困った奴だな、まぁこういうのは慣れてるからいいか。

  横に並んで当てもなく道を歩く。商店街に行くとあっちこっち見て回ろうと言ったのだ。ゲームセンターに服屋、靴流通センターなどで色々見たり花屋に行ったりもした。お前に花買ってやろうか?と言われたから丁重にお断りする。私に花など似合いはしないから。

  結局どれも買いはしなかったが、中々楽しめて有意義に感じたとおもう。この何というか、高揚感は久しぶりだ。素直に楽しいと思えた。次はどこへ行こうか?そんな事を考えながら歩いているとふと時間が気になった。

  腕時計を見れば1時。何と夢中になっていてすっかり昼を通り越していたのだ。これにはお互い笑ってしまった。いい大人が子供みたいにはしゃいで時間も忘れるなんて。

  あぁ、いいなぁこういうの。

  「流石に腹減ったな~どっかで食べるかぁ」

  「どこか希望はあるかい?」

  「ん~特に無いけど、あ!あそこどうよ」

  ビシッと指差した方向にはラーメン屋があったのだ。ふむ……悪くないな。私も特にこれが食べたいというのも無かったし。彼の言葉に頷くと早速近くまで行ったのだ。

  ガララ

  「へいらっしゃい!」

  頭に鉢巻をした虎の獣人が威勢の良い声を響かせた。なんという笑顔だ、なんか豪快な感じで腹は出ているが腕は中々に筋肉質だった。奥には犬の店員が接客している。それなりに繁盛しているようでカウンターは座れそうも無かった。仕方が無い。奥に行こう。

  二人とも畳の上に上がると足を伸ばしてくつろぐ。すると虎の獣人が早速注文を聞きに来たのだ。こだわりもないしまぁ普通に塩や醤油あたりでも……。

  「チャーシュー食ってけよ!オススメだぜ!」

  ずいっと近づくといきなりそんな事を言ってきたのだ。近い近い。少し顔が怖かったが、なにやら無言の圧を感じてじゃぁそれでと言ってしまった。二人ともそれを頼むとよし!と意気込んで戻っていったのだ。

  「チャーシュー二つなー!」

  「あ、了解ですー」

  うむ。中々の好印象だ。ちょっと勢いがあるが良い人ということは分かった。

  「悪いな。わざわざ俺に付き合ってもらっちまってよ」

  「ん?まぁ予定も入ってなかったし謝る必要はないぞ」

  すると頭を掻きながら、へへへ、ありがとよと言ったのだ。こう見えて結構私も楽しんでいる。だから気を使う必要は無いのだ。

  「いきなりで悪いけど、俺さ……家族がよ」

  いきなり話し出したためにそちらに耳を向ける。普段の他愛も無い話ならもっと気楽に聞けただろうが、私の目を見てこなかったから姿勢を直したのだ。話す話題としてはいささか重い話になるのだろうか?若干の曇りが顔に見えた。

  「こんな場所でこういう話するのどうかなぁって思ったんだが、あんたには一応聞いておいてほしくてさ」

  顔を上げると私の顔を見る。その顔は笑ってはいなかった。

  「俺、親父がいないんだわ。小さい頃に死んじまって」

  そんな始まりを聞いて私は顔を少し歪めた。そうだったのか。あんなに元気だったがもしかして空元気というやつだろうか?私の表情を読み取ったのか、彼は流す程度に聞いてくれと言ってきた。だから私も言ってやったのだ。

  「私に気を使っているならやめてほしい。あれこれ言いはしないぞ。私は聞くからな」

  すると驚いた顔をして次には有難うと顔を下げた。次いで静かに話し始めたのだ。

  「俺はその時はまだまだ小さくて、色々分かってない状態だった。その、死んじまったっていう話も母親に聞かされた話しだ。原因は車の事故だってよ。親父は普通にしてたらしいけど相手からぶつかってきたって」

  「何で分かったんだ?」

  「当時警官が調べて、車の運転手に事情聴取したらしい。そしたらそいつは酒を飲んで酔っ払ったまま運転してたんだとよ」

  「そうか」

  「俺、笑うなよ?親父の事好きだったんだ。結構厳しくて怒られたり殴られたりしたけど、優しくもあってよ。笑顔が似合ういい親父だった」

  笑顔が似合うか。そういえばあいつも車の事故。

  「その、母親は?」

  「今はちょっと体調を崩しちまって入院してる。だけど命の心配は無いそうだ。医者もすぐ良くなるってよ」

  それを聞いて安堵の色を浮かべた。額から汗が流れていたらしくそれを腕で拭う。犬は私の挙動を見て軽く笑っていた。

  「おいおい何であんたがそんなになってんだよ。俺のことだろ?」

  「いや、そうだな。だがあまり他人事と思えなかったのだ。すまないが、私にはちゃんと両親がいる。今も元気だ。だがせっかく出会えて仲良くなれた相手がそんな状態なんだ。普通ではいられまい」

  「あんた本当良い奴だな」

  嬉しそうに笑うと軽く涙を浮かべていた。泣かないでくれ。君に涙は似合わない。もっと笑っていてほしかった。あいつみたいに。笑顔が似合う、俺の大事な……素敵な友人。

  「家にいるとさ、一人なんだよ。寂しくてさ……話し相手もいなくて。ほら、こんな性格だろ?人にちょっかいだしたり、話したりするのが好きなのによ」

  「それは確かにそうだな。一人っきりは不安にもなるし、物悲しい気持ちにもなる。人の温かみは大事なものだ」

  「分かるじゃねぇか!そうなんだよっ、やっぱりよ~誰かが居てくれねぇとよ。一人なんて、俺には耐えられねぇ」

  話しながら俯く。きっと感情がこみ上げてきたのだろう。鼻をずるずると鳴らしながら泣いていた。小さく、親父、親父、呟いている。こういう時は何と声をかければ良いのだろう。傷心している相手に対して気遣いの言葉さえ思いつかない。そんな不甲斐ない自分に焦慮する。拳をグッと握った。

  「つ……辛い時は」

  「え?グス」

  その顔は思っている以上に崩れていた。鼻水まで垂らして……だが私も気持ちは変わってはいなかった。いや、その顔を見てさらに思ったのだ。

  「頼ってくれ。勝手なことを言っているとも思うしたった一日会っただけでと思うかもしれないが、それでも……それでもだ。こういう時に何を言ったらいいのか、き、気の利く言葉の一つさえ浮かんで来ないが、何か力になれるなら、私でいいなら協力する。どんなときでもいいから……うぉ!」

  あるがまま、感情で吐き出すように言っていたら途中で手を握られた。彼はぐっと力を込める。そしてテーブルに頭をぶつける勢いで下げた。

  「ありがてぇ!色々言いてぇが一言!そうさせてもらう!恩に着る!」

  あぁ良かった。これで良かったのだな。こんなにも喜んでくれているではないか。間違っていたなら謝ろうと思っていたが、その必要は無かったみたいだ。顔を上げて笑った彼の顔はさっきより酷かったが、今までで一番輝いていた。

  とりあえず気持ちを落ち着かせると今度は私のことを言う。と言っても話すべき人生を送ってはいない。とくにここが言いたいというのも無かったから私の友人の事を話したのだ。大事な親友がいると。学生時代から一緒でどんなときも笑い会えた大好きな友人。

  その友人が車の事故で相手にぶつけられて死んだということ。それを相手の母親に聞いたと。

  「え?なんか俺のところと似てるなぁ」

  「私もそう思って、そんな奇遇があるのだなと」

  「そっか、あんたも辛い思いしたんだな。じゃぁ俺たち仲間だな。大事な人を失っちまってさ」

  「あぁ。かなり落ち込みもしたし、未だに傷は埋まらないが」

  「だったらよ。俺が埋め切る事はできねぇが、少しでもよ、その、えっと……わ、分かるだろ!」

  「ははは。あぁそうさせてもらう。互いにな、ありがとう」

  「こちらこそな」

  互いに笑いあうと今一度握手を交わしたんだ。

  「さて、そろそろいいか?」

  「「え?」」

  横を見ると虎の獣人がわざとらしく咳払いをしていた。これはいつから横に居たのだろうか。まさか聞かれた!?

  そう思うととたんにこみ上げてくる恥じらい。顔が真っ赤になりそうだ。ラーメンを一つずつ置くとごゆっくり~と行ってしまった。

  「な、なんか恥ずかしいな」

  「へへへ、まぁこんなこともあるわな。食おうぜ!」

  「あぁ」

  割り箸もって早速食べ始める。チャーシューもなんか枚数が多い気がする。普通がどれ位なのかは知らないが。レンゲの上に乗せ口まで運んでずるずると吸い込むように食べていく。これは……。

  グルメレポーターのような感想など言えるはずも無いが、ただ一言思ったのは、凄く美味いということだった。ラーメンは割りといろんなところで食べたことがある。しかし今までこれほど美味い物があっただろうか。

  いや大げさじゃないんだ。本当だぞ?う、嘘ではないって!

  スープも凄く美味くてチャーシューだって……いやだから美味いしか言えないのだ!

  「こりゃ美味ぇや!すげぇ!」

  ほらみろ、彼だって言っている。そうなのだこれは凄く美味しいのだ。

  互いに喋る余裕もなく、無我夢中で食べ続けて気がついたらスープまで飲み干していた。最後に丼をごとっと置くと息を吐く。っは~美味かった。幸せだなぁ。

  「まさかこんなラーメン屋があるとはなぁ」

  「あぁ、場所も物陰に隠れててなんだか目立たない場所だが、ある所にはあるのだな」

  「人自体は入ってるし知る人ぞ知るって感じか、覚えとこうぜ」

  「あぁまた来よう」

  暫く余韻に浸かった後に立ち上がるとそろそろ行くことにした。勘定の為に人を呼ぶ。すると犬獣人の店員がやってきたのだ。その横で虎獣人もやってくる。

  「ワン公会計は俺がやっとくからあっちを担当してくれ」

  「あ、はいじゃぁ店長お願いしますね~」

  一連の流れを見ていると悪いなといって換わった。店も忙しそうだしな大変だ。

  ぱちぱちっとレジを打って虎は一言。

  「100円だ」

  「はい100……って、え!?」

  「シー!馬鹿声がでかい」

  いやだって壁には350円って……。

  どういうことなのだろう。サービス?よく分からないがそれはちょっと悪い気がする。いや相手にだぞ。

  気持ちだけ受け取ろうと思った矢先虎が言ってきたんだ。

  「悪い、怒ったなら後で言ってくれ。さっきの話聞こえちまった」

  あぁやっぱり。するとこれは……。

  「ちげぇからな。同情じゃねぇしそんなもんしたくねぇ。あんたら二人の男気が好きなんだよ」

  「えっと……どうするか?」

  「まぁ、あんまりここに居ても周りに悪いし、今回は店長さんのおまけということでいんじゃねぇか」

  「君が言うなら……」

  本当は罪悪感あったが、それでも彼も言っていたし100円を取り出して渡す。それをこれまた豪快な笑顔で受け取るとありがとよ!とお礼を言われた。言うのはこっちだろうに。あんな美味いラーメンを頂いたのだぞ。

  レシートを受けると有難うございますと頭を軽く下げる。ん?ちょいちょいと指を手前に曲げて……なんだ?

  「あんたらよ。俺から言えることはあんまねぇが、とにかくだ。とにかく頑張れよ。そんでもってここも御贔屓にしてくれたらありがてぇ。ま、そういうこった。しっかりな!」

  ぽんぽんと肩を叩かれた。驚いた、今までこんなことを言われた事がなかった。正直凄く嬉しい。この人が凄く心の広くて優しい人だというのを感じた。肌で感じるというのはこういうことか?

  二人して、是非!というと、おぉ!とこれまた気持ちの良い声で答えてくれた。

  もう一度頭を下げると振り返って引き戸を開ける。

  ガララ

  「ありがとなー!」

  手まで振って……なんか少し恥ずかしいが笑顔で手を振りかえしてしまった。

  「は~腹も満たされたし、良い人にめぐり合えたし言うことなしだな!」

  「あぁそうだな。まさかあんな人がいるとは。私にはなれそうもないが」

  まさに最高というのだろうか。こんなに満たされたのはいつぶりか。時計を見ると3時。まだまだ時間には余裕がある。

  この後はどうしようか。

  「ラーメン食べて汗だくだしよ、風呂いかねぇか?」

  「銭湯?ふむ君がいうなら」

  「おいおい俺がじゃなくてよ、どうよ?」

  「……そうだな。私もたまには広い風呂でリラックスしたい」

  「あわせてねぇか?」

  「あわせてないぞ」

  ということで銭湯へと行くことになった。最近はシャワーだけで家ではつまらない風呂ライフだったからな。早速ここから一番近い場所へと向かうことにしたのだ。どうやら彼がその場所を知っているらしい。こういう時に地理に詳しい人物が居ると助かる。

  歩くこと数十分だろうか。思ったよりも時間はかからなかった。あまり大きくないが分かりやすい見た目だ。がらりと引き戸を開ける。

  ガラリ

  「はいいらっしゃい」

  緩やかな口調で番頭さんらしき、羊の獣人が目の前に居た。私は早速小銭を差し出す。

  「男二人で」

  「はいはい、あちらにて全部そろっておりますので、ごゆっくりどうぞ~」

  う~んなんだか眠くなるような声だ。おっとりしているのか分からないがさっきの虎獣人とは間逆だろう。見ていてちょっと和む。

  ん?

  「番頭さんすげぇ毛だなぁもっこもこだ」

  「ははは、羊ですからねぇ触ってみますかな?」

  「お!」

  彼は興味津々とばかりに降りてきた番頭さんに近づく。

  そのまま……。

  ガバッ!

  「お、おい!

  「ひゃぁきもちー!ふっかふかだー!」

  「これはお熱い抱擁で……しかしちょっと照れくさいですねぇ」

  抱きつかれているのだがまんざらでもないのか、少々赤くなりながらそう言っていた。お、怒らないんだな。優しいのか。この場合は天然か?

  「あなたも触ってみます?いやね、たまにいるんですよ、この毛に触れていいかって人がね」

  慣れていたのか。なら驚かないのも納得。実を言うと少し興味はあった。言われたのもあるし断って気分を害すのも悪い気がしたからじゃぁと近づいた。

  少しだけ指で触ってみる。すると、ははは、そんな遠慮しなくてもいいですよと言ってくる。隣の彼もそうそう!とか言いながら……君はもっと遠慮したまえ!

  「む、こ、これは確かに」

  肌触りはシルクにも劣らないなんとも優しい感触だった。こんなふわふわもこもこで、暖かくて安心するような……すばらしい。触られることに何故か嬉しそうにする羊。

  おっと、忘れるところだった。私たちはここに風呂に入りにきたのだった。中々離れない彼を無理やり引き剥がすと一言有難うございましたとだけ言ってそのまま男と書かれた暖簾をくぐった。

  「気持ちよかったな~あの毛。でもなんか下の方毛の奥に硬い物があったけど」

  「皮膚じゃないか?怪我をさせないよう気をつけるのだぞ」

  「分かってるって」

  脱衣所で服を脱ぎ、それをロッカーにしまうといざ風呂場へ。引き戸を引いた瞬間モワッとした熱気が体を包んだ。それなりに人も居るようだし、若者や老いた者それぞれ良い顔をして風呂に浸かっていた。

  ふむ。やはりこういう場所は人の心を和やかにさせるものだな。私もさっそく体を洗うことにしよう。

  空いている場所に向かって座るとシャワーを浴びる。

  「っしょっと」

  隣に彼もきたようだ。ん?

  「あ~やっぱりちんこでかいな」

  「み、見るんじゃない」

  まったくなぜそうじろじろ見てくるのだ。

  なんだろうな。ノリがこう……中学生や高校生のそれみたいなのだ。よく言えば童心を忘れないだとかなんとかだろうが、いってしまえば子供っぽい。嫌いじゃないが、状況は理解しような。

  ざざっと軽く濡らして体をしっかり洗った後に流す。ここのボディソープは良い香りだった。使い心地も良いし今度店で探してみようか。

  そんな事を思いながらいざ浴槽へ。

  ジャプン

  「ふ~。良い気持ちだぁ」

  温度もちょうど良く、なにより足を伸ばせることが良かった。家だと完全には伸ばせないからなぁのびのび出来て凄く心地良い。このまま眠ってさえしまいそうだ。流石に上せてしまうからそれはしないが。

  ジャバジャバジャバ!

  「お~良い感じだ!」

  「あのなぁもっと落ち着いて入れんのか」

  「っへへ。すまねぇすまねぇ」

  波立てて騒がしく入るとようやく落ち着いて私の横に座った。男二人。特に話すことも無かったが、沈黙の間が苦しいとは思わなかった。何も言わなくても安心できる。リラックスできる。この風呂付だ。気分も本当に良かった。暫く入っていよう。

  「おと~さ~ん」

  「こっちだこっちだー」

  「いやぁわしら老いぼれにとっちゃ極楽ですな~」

  「ほんとうですじゃぁはっはっは」

  ……。

  「なんかよ」

  黙っていると不意に話しかけてきた。

  「いいなこういうのって。子供ははしゃいでるし老人たちも嬉しそうだし。正直少し前まで気分落ち込んだりしたときあったけど、やっぱり笑うって、いいな」

  「……あぁ、そうだな」

  同感だ。こんなに笑顔に包まれて、自然と私も笑みがこぼれて。素敵な場所だ。風呂はこうでなくては。心落ち着かせ人を豊かにさせる。それにいまは彼も居るし。

  また――

  「また来ような」

  「ああ」

  ガララ

  「いや~さっぱりした!きもちえがった~」

  風呂から上がり、脱衣所に戻ると体を拭いて着替える。私たちみたいな種族は毛を乾かすのに一苦労だが、まぁこれは仕方ない。少し時間をかけてから暖簾をくぐった。

  「有難うございました番頭さん。良い湯でした」

  「いえいえ、喜んでもらえればあたしも嬉しいもんでして」

  二人でお礼を言うと番頭さんも嬉しそうににっこり笑ってくれた。その笑顔を見た後に銭湯を後にしたのだ。

  時間を見ると6時。そろそろ遅くなってきた頃だ。

  「結構日が暮れてきたなぁ」

  「うむ。どうするか」

  「ちょっと歩かないか?」

  そう言われて私は静かに頷いた。

  人気の少ない道をかつかつと歩く。

  「実はさ、俺あんたの事情を聞いて思ったんだ」

  語りだす彼は最初の頃とは違って随分落ち着いていた。へらへらしたりせず、顔は笑っているが調子にのった笑みじゃない。ラーメン屋で話している時のような、真剣な笑みとでも言おうか。

  「あんたの友人が事故で亡くなって、俺の親父も同じ事故だった。かなり似通っているしこんなケースそうそうないと思う」

  立ち止まって私の顔を見た。

  「もしかしたら、あんたの友人は俺の父親なんじゃないかって」

  ……まさか、な。私だってもしかするとと思った。だが私はまさか子がいるとは思わなかったのだ。そういうことがあったから深入りもしなかったし聞くようなことも無かった。

  だがこんな、事故があった場所や原因が似ているなどということでそんな……。

  「違うかもしれない。でも、もしそうだったらいいなって」

  「え?」

  「親父言ってたんだ。俺には、仲の良い狼獣人の友達がいるって。この言葉だけは、あの時の何も分からなかった子供だったけど覚えてたみたいだ」

  「わ、私の友人は……」

  本当……なのか?

  「うん、それで?」

  「その後……一緒に進学したり……」

  まさか、私は……彼は……。

  「なぁ……それ、親父が通ってた学校だよ」

  「!?」

  「まさか、き、君はあいつの……」

  心臓が速くなる。気づいたらあいつの事を喋っていたのだ。色々とあったこと昔の思い出を彼に話していた。それもうんうんと頷いて彼は親父がと言っていたよ。汗が止まらない。こんなことが本当に。

  「やっぱり、そうなんだな。あんたが親父の、親友の人」

  「あ……ぁ」

  言葉が出なかった。こんなに、いや、もはや瓜二つで……まるで、まるであいつが目の前に居るみたいだ。

  「有難う親父の友人で居てくれて。俺も嬉しいよ」

  ガバッ!

  「え!?」

  「すまん!すまなかった!私はあいつになにも言えず気がつけば、居なくなっていて……さよならさえいえず……有難うも言えず……でも、君が居てくれて良かった。本当に……良かった……」

  「……有難う。親父に代わって……」

  私は押し殺すように泣いていた。しがみついて打ち震えながら。

  「落ち着いたか」

  「あぁ、恥ずかしいところを見せてしまったな」

  思ったより時間は掛かったが何とか気持ちは落ち着いた。しかし彼が本当に息子だったとは。奇妙な巡りあわせとでも言おうか。

  「でも会えて良かった。聞いてた話通りの、凄い良い人で安心したよ」

  「君は思ってるより中々暴れん坊に見えるがな。あいつの息子らしい」

  「なにおー!」

  笑いながら冗談だというと彼はぶーぶーと頬を膨らませていた。本当に子供っぽい。種族は違うがまるで自分の息子のように思えることもある。なんだろうな、愛しく感じたのだ。

  「おい!」

  ん?

  目の前にいた男は私たちの顔を見るといきなり怒鳴ってきたのだ。一体誰だろうか、見ても私には面識が無いが。だが隣に居る彼はどうやら知っているようで、顔を歪ませていた。どうやら怒っているようだ……?

  「あの時はよくもやってくれたなぁ」

  「お前あん時の。お前が勝手にぶつかってきたんだろうが!」

  どうやら初めて会った日、喧嘩していた相手らしい。牛の獣人で私よりも少し背が大きい、体も大きく迫力があった。気の弱い奴ならきっと竦みあがってしまうだろう。かくいう私も結構おっかないと思っているが。怖い人は苦手なのだ。

  「んだ?仲間が居たのか!糞犬がセコいことしやがって!」

  「この人は関係ねぇ!」

  弾かれるようにその場から飛び出て私の前に出てくる。

  後ろを向いて、危ないから離れててくれ。すぐ終わらすからとだけ言った。

  う、う~む。私はどうしたらよいのだ。

  「格好つけてんじゃねぇ!」

  ダメだ。完全に火がついてしまった。今まさに私の目の前で喧嘩が始まってしまったのだ。拳を握って二人とも殴り合っている。正直、見てるだけで痛々しい。

  と、止めに入ったほうが良いだろうか?しかし私なんかが止められるとは。

  「うらぁ!」

  ドゴッ!

  牛の拳が彼の腹部に命中する。その瞬間唾を吐くようにして後ろへ下がった。痛みに震えながら腹を押さえている。大丈夫か?そう思って近づこうとするのだが、彼の威圧にビクリと震えてしまって足が動かなかった。

  彼は本気だ。私なんかがしゃしゃり出るべきじゃない。成り行きを見守るしかないんだ。

  「あの時は夜で見えにくかったがちゃんと見えちまえばなんてことねぇな!」

  「くっ!」

  状況は牛が優勢だ。激しい攻撃に守りに入っている。どんどん体に傷が増えていき、口や鼻から血を出している。そんな傷つく彼を見ていてどんどん心が焦っていった。

  目の前で彼が……あいつが……!

  「おらぁ!」

  「ぐはっ!」

  強烈なパンチを頬に食らう。犬は私の前まで吹き飛んできたんだ。大丈夫かと駆け寄ろうとした時だった。

  「死ねぇぇぇ!!」

  その声を聞いて私は体を強張らせた。牛は手にナイフを持っていたのだ。それを振り上げ今まさに刺し殺そうとしている。

  このままでは彼が刺されてしまう。彼が…死んでしまう!

  ドクン

  また、また私から居なくなるというのか。私を一人にさせるというのか。

  ふざけるな。こんな人生……ふざけるな!

  「な!くそ!!邪魔だぁ!」

  グサッ!

  「ぐぁぁ!」

  瞬間左肩に強烈な痛みが生じる。無我夢中で咄嗟に前に出た私は牛の前に立ちはだかったのだ。当然勢いがついた牛は止まらずそのまま私に向かって振り下ろした。興奮していたのか命中したのは私の左肩。胸でなかったのは不幸中の幸いだろうか。

  しかしいままで刺されたことなんてあるわけもなく、痛みに悲鳴を上げたのだ。牛は驚いてその場から数歩下がる。ナイフを引き抜かれてそこから血が飛んだ。

  「て、てめぇ!庇いやがって!ナイフの前に出てくるなんで馬鹿じゃねぇのか!?」

  あぁそうだ。私は馬鹿だ。いままでだってそしてきっとこれからも。だが馬鹿は馬鹿なりに思うところがあるのだ。

  もう誰も――

  「あ?」

  「もう誰も逝かせないっ」

  「何言って……うぉ!」

  牛に近づくとナイフを持っている手を掴む。そのまま手前に引き寄せると抱きついて行動を封じた。

  「は、離れやがれぇ!」

  ふと声が聞こえた。私の真後ろ。

  「ありがとう助けてくれて。おかげで……」

  いつのまにか立ち上がっていた犬は牛の後ろに回りこんでいた。私に合図を送っている。牛もまだ気づいていない。こくんと頷く、片手で牛の胸を思い切り押して離れる。

  「よくも俺の……俺の大事な人を!!!」

  まるで獣そのもののように素早く動くと犬は片足を持ち上げる。そのまま下がる牛に対して蹴りをお見舞いしたのだ。

  「くらえぇぇぇ!!」

  ドゴッ!!!

  「ぐあぁぁっっっっ!!」

  背中を強打され、体が弓なりに曲がる。凄い衝撃だったが、背骨、折れていないだろうか?今の一撃を食らった牛は完全にのびてしまって動かない。あ~白目まで向いているようだ。

  終わったんだな。っと、こっちに走ってきた。

  「だ、大丈夫か?」

  「かなり痛みは感じるが、命に別状は無しというところだな。痛っ……」

  「早いところ帰ろう!そんで治療しないと」

  さっきとは打って変わってかなり焦っている。玉のような汗も見えた。心配させてしまったな。しかし、痛みはあるが思ったより大丈夫そうなのだ。心配は要らないからそんなに焦らないでくれと笑うとほっと胸をなでおろしていた。

  「だが早いに越したことは無い。家に帰るぞ!」

  分かっているって。心配性だな。

  気持ちを落ち着かせたところで私は自分の家の前まで来ていた。

  道中人に会うこともなく家まで近かったためそこまで大事には至っていない。門を押すと玄関の扉を開ける。

  ガチャ

  「ただいま」

  おっと。誰も居ないのに思わず言ってしまった。なるべく言わないようにと思っていたのに。

  「おかえり。だな……ととそんなことより」

  気を使ってくれたのか、彼が私にそう言ってくれた。おかえり。この言葉を言われただけでどこかむずがゆいような気持ちが胸に走った。誰かがおかえりと言ってくれる。なんて素敵なことなのだろう。そこで彼を見る。

  なんだろう、変な気分になりそうだ。

  「どうしたんだ?ほら行こうぜ」

  またいつものやや強引な彼に戻るとずいずいと行ってしまった。

  まったく。彼はこっちの方がいいな。後ろについていくと自分の部屋に入る。

  バタン

  時間を見れば8時。思ったより時間が経っていた。

  「っは~。ここはあんたの家だけどやっぱ安心できるなー」

  「自分の家ではないのにか」

  「あぁそうだよ」

  そう言いながら私は救急箱のありかを教える。流石に私も備えぐらいはある。こういう場合の為にな。しかし使うのは今日が初めてだ。

  すまないがと服を脱いで肩を向ける。

  「うわぁい、痛そうだ。すぐに治療するから!」

  そういって消毒液やら包帯やらを箱から散らかすように取り出した。おそらく彼もそして私も医療知識なの持っていない、ゆえに応急処置だ。明日あたりでも病院に行っておくか?

  なんだろう。怪我しているのは私なのだが不思議と焦っていなかったのだ。それどころか、彼がここにいてくれるのが嬉しかった。私よりも軽症で、近くに居て声を聞ける。ここに存在してくれる。それだけで私は涙が出そうになった。

  「いででで!」

  ……治療はもうちょっと丁寧にしてほしいがな。

  「っは~なんとかなったなぁ。やっと一息つけるわぁ」

  くつろぐ彼の横で私は着替える。服を脱ぎ、ズボンを脱いでパンツ一丁だ。何も思わず自然な流れでこの格好になってしまったが、そういえば彼が居るのだったな。いつも帰ってきたらこうだからやってしまった。

  「今日は楽しかったな」

  「あぁそうだな。あちこち回って、ラーメンを食べたな」

  「店長の虎、良い人だったな」

  「あぁまた行きたいな」

  「風呂にも入ったっけ」

  「番頭さんには飛びつくんじゃないぞ」

  「っへへ。分かったよ」

  「でもごめんな。俺のせいで喧嘩に巻き込んじまって」

  「いいさ。私はもう誰も居なくなってほしくなかったのだ。特に大事な親友にはな」

  「俺のことか?」

  「あっ!」

  自分で言っておいて妙に恥ずかしくなった。がまぁここまできたら親友といっても良いだろう。なによりあいつの息子だからな。

  「あんたの思ってることは俺も同じだ。だからよ、俺を助けたいという気持ちは嬉しいけど、もう自分を犠牲にしないでくれ。あんたが居なくなったら親父と一緒で俺……」

  「分かった。約束しよう。だからそんな泣きそうな顔するなって」

  「う、うん」

  まだまだ子供だな。

  今日は本当に充実した一日だった。楽しくて、いつもの生活とは180度違って見えた。輝いていたんだ。楽しくて飽きることが無い。毎日がこんな風ならよいのにとさえ思ってしまった。それほどに今日という日がすばらしいく感じたのだ。

  しかしそれだけやると流石に疲労が溜まる。体はもう疲れを訴えていた。眠さもかなりだ。

  「君はいつまでここにいるんだ?」

  「それなんだがよ。今日泊まっていいか?」

  私の顔を見てお願いお願いと両手を合わせている。いきなりだな全く。私の事も考えずにだ。こんな強引なところも父親譲りということか。

  「あぁかまわんさ、だが今日はもう寝るぞ。明日も休みだが、色々しすぎて疲れてしまった」

  「そうだな。俺も疲れちったしそうしよか」

  うむ。意見も一致したところで、ってちょっとまて。なにをしようとしているのかね。

  「ん?いや俺も脱ごうと思ってさ。そっちの方が動きやすいだろ?」

  あ、あのなぁ……まぁ私が何か言ったところで素直に聞いてくれるとも思わないし勝手にさせておこう。

  脱ぎ終わったところで電気を消すぞと聞き、頷いたのを見てパチンと消した。

  暗い中私は手探りでベッドへと……ん?

  何かやわらかい。

  「ちょ!そ、そこ俺の……」

  「え?」

  「……おれのちんこ」

  こ、これは失礼した。見えなかったのだ許せ。べつにそういうつもりはないぞ!

  赤くなりながら焦ってベッドに上がる。その後ろで彼も乗ってきた。ベッドに大人二人か、結構きついな。そもそも一人用に二人乗るのが間違って……。

  「さぁ寝よう」

  「なぜ抱きつく」

  そう、私の脇下に手を伸ばすと体を抱いてぴったりくっついてきたのだ。暑苦しい。近い。息が荒い……荒い?

  「あんた結構雄臭いな」

  俗に言う加齢臭……かどうかは分からないがそんなににおいを嗅がないでくれ。恥ずかしいから。

  「へへへ」

  「一体どうしたんだ」

  なにやらさっきから怪しいぞ。ついでに言うとだな、さっきから当たってるんだ。尻に。硬い物が。

  わざとなのか、いや絶対そうだろうがそれをこすり付けてくるのだ。

  一体何がしたいんだ君は。

  「そのままでいいから聞いてくれよ」

  「あ?あぁ眠いから短めにな」

  「分かった。実はよ、俺、あんたのこと好きになっちまったかも知れねぇ。以上だ」

  「本当に短いな」

  しかし色々聞きたいことはあるからもう少し。

  「それはどういう意味でだ」

  「もちろんその、つ、付き合うとかの恋愛感情……だ。お、俺のちんこで分かんだろ!好きでもない奴におっ勃つかよ」

  「そんな場所で分かりたくは無かったがな」

  いつからか、それはラーメン屋でのこと。話をして、互いに似通った点があった。そして自分の情けなさを罵倒せず協力するといってくれた。親近感やその他もろもろ、そして帰りの私の弱さ。それらを見てどんどん好かれていったらしい。

  私が抱いて泣き崩れたのが決定打だったらしいな。そして彼を守ったこと。

  「一目惚れとは違うけど、なんかあんたのこといいなって思ったんだ。それはまだ最初は弱かったけど、一緒に居るうちに膨れ上がってよ。気がついたら、あんたと一緒に居たいって思ってたんだ」

  私を抱く力が強くなる。首に彼の頭の感触がした。

  「お、俺と……その、あれだ……ぅ、つ、付き合ってほしい……です」

  「ちんこ硬くしてる奴に言われてもなぁ」

  「なっ!!?」

  たまには私がふざけるのもいいだろう?

  するとじゃぁ抜いて収めるから!と焦って言ってきた。本当に好きなのか、っていうかここでするのか。人ん家だぞここは。

  だが言われて少し考えた。私が彼に対する気持ち。

  初めは変なやつかと思った。あいつに似通ってて驚いたが他人の空似だろうと。しかし一緒に行動すればなんと楽しい奴か。強引だがそれでも自然と笑顔になれた。

  そして、彼があいつの子供だと知った。子供が生まれたなら言ってくれればよかったのにな。きっと浮かれててそれどころじゃなかったのだろうそういうことにしておこう。

  あいつの、友人の子……か。

  もし彼が違ったとしても、きっと思ったかもしれないな。

  「ならその作業、手伝ってやろうか?」

  「え?」

  *

  私は一度離れぐるりと転がると彼と向かい合わせになる。思ったよりも顔が近かった。そしてその顔は真っ赤で、あまり見ない顔だったのだ。焦っていて汗をかいていて、そんな彼が可愛らしい。そう思えたのだ。

  「その、無理に付き合わせる必要は……んん!」

  あいつは強引だったし彼も強引だ。付き合う私がほとほと疲れてしまう。だから、たまには私が強引になるのだ。強引になるのだっ。

  「んんっん!」

  今度は私が抱きついた後に口を近づける。そのまま接吻をすると無理やり舌で口をこじ開けたのだ。驚いていたが察すると甘んじて受け入れた。舌同士絡め、彼の歯茎にそっと添えると擦るように拭っていく。牙を舐めたり舌の裏側にまで這わせる。

  「ん!んんっん」

  ときどき苦しそうな声を上げるが関係ない。まるで蛇のように動かすと彼の口を蹂躙した。ぐちゅぐちゅと音が鳴り、合わさった口から涎がだらだら流れる。ベッドが汚れてしまうがまぁシーツは替えがあるしいいだろう。

  「ゲホゲホ、あ、あんた積極的過ぎ……」

  「誘ったのは君だろう?こすり付けて」

  「そ、そうだけど……んひや!」

  「こんなに勃たせて」

  布団の中に手を突っ込むとパンツ越しに彼のモノを握る。これは、中々に大きいな。びくびくと怒張してのが分かった。それをゆっくりと上下して扱く。彼は小さく、あ……ぅ……と呻いていた。私が顔を見ても目を合わせてこない。相当恥ずかしいのだろう瞑ってしまった。

  ぬぅ……可愛い。

  「さて、どうされたいんだ?」

  「え?あ、その、しゃ……しゃぶってほしい……かな」

  「そうか」

  「お、俺が中に潜るからよ!怪我してるしあんまり無茶できねぇから!」

  そう言って彼はパンツを脱ぎ捨てるとがさごそと布団の中に潜って行ってしまった。変わりに目の前に彼の一物が現れる。実物を見ると余計にでかく感じるな。中で彼の手の感触を感じた。腹や太もも、手探りで探しているようだ。

  少し経って私のパンツを見つけるとずり下ろしてくる。

  「うぉ、で、でかぁ……」

  まぁ、なんだ。こんな状況だ。例え相手が男だろうと興奮してしまうのだ。彼は私の勃起した一物を手で掴み、それを口へと持って行ったようだ。刹那に熱くねっとりとした唾液が私の一物を包む。

  「んっはぁ……」

  何と気持ちのいい……必死になって奉仕してくれているようだ。手で根元を押さえながら深くまでむしゃぶりついてくるのだ。そのまま舌を動かして一生懸命頭を前後させている。

  口内の凹凸やヒダが擦れて私に多大な快感を送るのだ。たまらない……。

  「こ、これは私もお礼をせねばな」

  そう言いながら目の前にある彼の一物をしゃぶる。いわゆるシックスナインというやつだ。私だって聞いたことくらいはある。互いが互いに雄の証である一物を口に含み、味わうように咥えている。正直初めて男のモノをしゃぶって、においや味にうっときたが、これは慣れていくしかないのだろう。

  まぁ美味いと思える日が来るとは思えないが。

  「んっんんん」

  無我夢中だった。熱に包まれて気持ち良さを感じながら、相手にも良くなってもらいたくて吸い付く。たまに口を離しては玉の方にマズルを持っていく。

  「んんんっ」

  ぶらんと転がった玉を一舐めするとその皮に吸い付いて味見をする。汗を掻いているからか、しょっぱい味がした。また、雄の味とでもいうのだろうか、独特の苦味みたいなものがある。しかし何故か嫌では無かった。むしろもっともっとと欲する気持ちの方が強い。

  手で一物を扱きながら片方の玉を口に咥える。中で吸い付きながら舌で転がすとびくんびくんと震えた。

  「んんぁ!ちょ……た、玉は、あぁ!んんんっ」

  何か騒いでいるが関係なし。私は腰を突き出すと彼の口を埋めて封じる。軽く腰を振りながら同時に玉を弄くった。裏筋を指で這わしたり、咥えながら皺を伸ばしたり。もう片方の玉をやんわりと揉みしだく。やわらかい睾丸は弄くっていて飽きない。

  ちゅぱちゅぱと飴玉のように舐めまわしていると彼が震えているのが分かった。先ほどから先走りの量がはんぱじゃない。もう少しで達しそうなのだろうか。

  ふむ……なら私も。

  「んんん!?」

  彼の頭を太ももで挟んで腰を振る。苦しそうにもがいているが関係ない。関係ないぞ。

  そして彼を果てさせるべく口に含み激しく顔を動かした。当然玉のマッサージ付きだ。

  グチュッグチュッグチュッ

  「ゴホッ、んんん!ん、ゲホッ」

  そろそろ限界か……出そうだ。

  腰の動きを大降りにし、彼を攻める。私は彼の亀頭部分に口先をすぼめると吸い付き、中で舐めまわす。竿の部分は指でしっかり掴んだ後に力強く扱いたのだ。

  ぐっもう限界だ。

  「んんんっ!!!」

  ビュル!ビュルルルル!ビュクビュク!ゴボッゴボッ

  「んっ!ごほっげほ……んん」

  我慢できなくなった彼は私の口の中に大量に射精を行った。それと同時に私も彼の口の中で果てる。粘つくどろどろした液体が口内を満たす。ずいぶんと量が多いな。もともとここまでしたら飲むつもりではいたが、これは厄介だ。

  苦いし言ってしまえば不味い。それに変に絡み付いて中々飲み込めない。それでも私は一物を深く咥えると搾り出すように吸い付いて喉へと流していったのだ。彼もがんばって飲んでくれているようだ。口の中の感触で分かった。

  互いに口を離すともぞもぞ動いて彼は出てくる。だから顔が近いって。

  「げほげほ、あんた激しすぎ。頭挟んで痛いっての」

  「すまんな。しかしこれはあんまり美味くないな」

  「まぁ男の精液なんてこんなもんだろ。慣れればいんじゃねぇの」

  「そういうものか?」

  困っているとへへへと彼は笑う。自然と目線が絡まり、何を言うでもなく互いに口をつけていた。今一度舌同士を絡め、中の唾液や精液を拭っては二人で飲み込んでいく。まさか男相手にここまでするとは思わず私も驚いていた。

  だが、だが気分は凄く良いのだ。相手が彼で良かったと。

  「っぷは。流石に疲れちまった」

  「私もだ。今日はもう寝よう」

  「そうだな。やることは全部明日だ。お休み」

  「あぁお休み」

  「なぁ……またしてくれるか?怪我治ったらよ。今度は……もっと本格的なの」

  「うむ。もっと深く繋がるか」

  「へへ」

  二人で抱き合ったままそっと目を瞑ったのだ……。

  「よぉまたあったな」

  夢だ。またこれだ。

  「あぁお前か」

  「お前とはつれないな~。どうよ、最近は」

  「あぁ。充実してる。そんな気がする」

  笑っている。私もあいつも。

  「そっか。それを聞いて安心した。お前いつも寂しそうな顔してるからな」

  「誰のせいだ誰の」

  「すまねぇって」

  そうだ。私はいつだってあいつに……。

  「でももう大丈夫だな」

  「え?」

  「お前はやっぱり笑ってるほうが格好いいぜ」

  「お、おい!」

  「大切にしてくれよ……」

  ど、どこへいくんだ!?

  「まて!ま――」

  「なぁ、これでいいんだろ」

  あいつは私に近づいて、そっとキスをした。

  「ん……」

  「……俺のこと、忘れるなよ?」

  「あぁ、本当に有難う。そして……待っててくれ」

  「しっかり長いこと生きてよ、そんなすぐ来ようとしたらぶっ飛ばすからな!」

  「っはは。あぁ、そうしてくれ」

  「じゃぁ……な」

  「あぁ」

  わたしはあいつと指きりをした。約束したんだ。

  彼を……そして自分の人生を大事にするって。

  *

  次の日になって私は目が覚めた。隣ではいびきをかいてるうるさい奴がいたが思わず顔が綻んだ。

  約束、したもんな。私がちゃんとそばに居るから安心してくれ。

  無理やり彼を起こしてシーツを取り替えたり、風呂に入って体を洗ったりと忙しかったがこれも楽しかった。私の行動に反応してくれている、一人じゃないんだと思えた。あの日あの時、彼に出会っていなかったら……きっと私は……。

  「おいどうしたんだ?」

  「ん?いや君の事を考えていた」

  「ばっ……は、恥ずかしいからよせって」

  「ははは」

  もう絶対になくしたりはしない。だから安心してくれ。きっと私は彼を幸せにする。そして私自身も。

  「なぁ、どっか出かけないか?」

  「デートってやつか?」

  「ぅ、ぉ……それは、ってかあんた性格変わってないか?」

  「気のせいだろう」

  ありがとう。本当に。心の中でそう呟くと私たちは家を出たんだ。

  「じゃぁいくか。場所は?」

  「どこへでも付いていこう。時間はあるのだ。な?」

  「っへへ、そうだな。じゃぁ行くか!」

  「あぁ!」

  

  私たちの未来がずっと幸せであるように、

  共に旅する人生に、大切な恋人に……幸……あれ。

  

  

  『大事な息子を……頼んだぜ』

  ガチャン

  完