病院を辞めた男の再就職、写真集の売り上げ

  どうして、こんな話がくるんだと男は不思議に思ってしまった。

  辞めようと思ったのは今の病院内の派閥や権力争いにいて嫌気がさしたからだ。

  どんな病院でも大きさに関係なく、権力や立場、

  争いは有るとわかっていても無理だと思えば、それまでだ。

  医者としての実力はあるんだ、その気になればと周りから言われたこともあるが、自分は患者の治療をするだけで精一杯だ。

  そして仕事と病院、患者のことを優先してしまった結果、今の現状だが後悔はなかった。

  だから、この際、辞めてしまおうと思ったのだ、今は医者という職業でも昔のような働きかたは求められていない。

  早期退職など珍しくはないし、介護職の人間が患者に対して犯罪行為を犯す事件も多発しているのだ、それに自分は若手ではない、この際、きっぱりと辞めてしまうのもいいかもしれないと思ったのだ。

  最低限の生活はできるほどの蓄えはある、贅沢を

  しなければ、少しの間、休息するのもいいだろう。何かあればそのときに考えればいい、独り身だ、なんとかなると思った。

  そう考えると随分と気が楽になった、やはり、無理をしていたのかもしれない。

  そんなときだ、一通の手紙が届いた。

  しかもエアメールだ、昨今ではスマホのメールがメインになっているので驚いたのも無理はなかった。

  

  待ち合わせの場所は喫茶店だったが、現れた相手を見て驚いた、長身、スレンダーな体型、ウェーブのかかった長い金髪の女性は黒いサングラスをかけている、店内に入った瞬間、視線と注目を集めたのも不思議はなかった。

  「遅れてしまい、申し訳ありません」

  「いや、自分も先ほど来たばかりで」

  「私は使いの者です、秘書とでも思って下さってかまいません、ボスからは、今回の件を一任されています」

  出ましょう、そう言って案内されたのは車の中だ。

  正直、車について詳しくはなかった男だが、乗り込むと同時に飲み物はと聞かれて珈琲と口にした。

  まさか水というわけにはいかないだろう。

  自分の隣の席に座った女性は口を開いた。

  以前、○○病院にお勤めでしたねと。

  「是非とも引き受けて欲しいとボスは願っています」

  ご覧くださいと言われて手渡されたファイルを見て男は驚いた、それはカルテだ。

  しかも自分が勤めていた病院のものだ。

  「この患者は」

  名前と怪我の状態を見てはっとした、思いだしたというよりは忘れられないのだ、緊急搬送で運ばれた若い女性だ。

  最初は腹部を刺されただけだと思っていたが、それだけではなかった。

  昏睡状態、意識が危ない状態だった。

  

  「現在、この女性は普通の生活を送っています、健常者として、です」

  その言葉にほっとした、だが、最後の言葉が気になる、含みのある言い方だからだ。

  医者は驚いていますと女は言葉を続けた。

  「リハビリの結果、歩行もできるようになり元気に暮らしています、ですが、こちらを」

  手渡されたのは、もう一つのカルテだ。

  「この女性は亡くなっているようだが」

  疑問を感じて女性を見た。

  紙は新しい、だが、日付や内容が黒く塗りつぶされている、分かるのは名前ぐらいだ。

  正直、これでは詳しいことが、いや、どんな病気で亡くなったのか、それさえも分からない。

  「病気で亡くなりました、その進行、痛みを押さえるために、ある薬を使いました」

  「薬、これは」

  「進行を遅らせ、その間に治療薬が完成すれば」

  いや、薬が完成したとしても無理ではないかと男は思ってしまった。

  言葉が続かない、女は貴方にお願いしたいのは主治医として側にいてほしいという言葉だった。

  自分は医者、いや、病院を辞める予定だ、すると、その言葉に、女はこちらからの提案ですがと話を持ちかけた。

  村沢さん、おはようございますと声をかけられた瞬間、男は誰だと言いたげな顔で若い女性を見た。

  自己紹介をされたが、知らない名前だ。

  つい最近、アイドルとしてと紹介されて、ああと頷くと素通りするように村沢は建物の中に入った。

  「あ、あの、私」

  「すまない、約束があってね、急いでるんだ」

  頭を下げて女性は去ってい、一人になると村沢はため息をもらした。

  ここ数日、自分に声をかけてくる人間が増えた。

  それも全然、知らない人間からだ。

  何故と不思議に思っていたが、写真集のせいだと知ったのは最近だ。

  自分が撮った里奈の写真集の売り上げが伸びているのだ。

  金を出す、うちのアイドル、役者を使ってくれないかと声をかけられたが、自分はまた何かをやるかなんて決めていないのだ。

  

  「ようっ、来たか、武坊っ」

  控室のドアの前に立つとノックをする前に入れと声が聞こえてきた。

  中に入ると老体に近い男はモニターをガン見して、自分の方を見ようともしない。

  「用件はなんです、師匠」

  「おうっ、今度なスマホで撮ってみようと思ってるんだ、ドラマを」

  呼び出し理由を聞く前に、自分のほうが驚かされてしまった。

  「この間、撮ったショートドラマが結構面白くてな、で、また、やってみようと思ったんだが、誰を使おうかと思ってな」

  「役者を使えばいいんじゃないですか、監督なら引く手あまたでしょう、声をかければ誰だって出たいって」

  「あのなあっ、それじゃあ」

  つまんねぇだろと言われて、がっくりと村沢は肩を落とした、それは自分になんとかして欲しい、探せということなのだろうか。

  いきなりスタジオに呼び出すとは、内心驚いたものだ。

  「監督、俺とあなたは他人ですよね、師弟関係も、あのとき」

  「気にしてんのか」

  「いや、二度と顔、見せるなって言ったのは」

  根に持ってるのか、昔のことだろ、その言葉に村沢は無言になった。

  (こんな性格だったか、この人は)

  「できたら若い子がいいな」

  師の言葉にハイハイと、まるで若造のように村沢は頷いた。