はじまりのヒーロー 〜 追憶のアクアマスター 〜

  「んっ……寝落ちておったか」

  ティア・ガーディアンズ基地内部。

  部隊長室のデスクで、わし鮫島海造は微睡みから目を覚ました。

  書類に目を通していたはずだったが座ったまま寝落ちていたようだ。時計を見れば、すでに0時を回っている。

  「いかんのう、衰えとるわい」

  深くため息をつく。

  昔はこんなではなかった。

  最強のヒーロー・アクアマスターとしてタイラント帝国を滅ぼす使命に燃え日夜戦いに身を投じていたあの頃と比べれば、体力はだいぶ落ちた。その原因であろう加齢に伴う筋肉の衰え、脂肪の蓄積は見た目からも明らかだ。

  特に腹まわり等は制服のボタンがはち切れんばかりに膨れており、みっともない限りだ。

  [uploadedimage:17795947]

  武蔵はからかい半分で、この腹をベタベタと触ってきて喧しくて かなわんかったのう……

  部下である武蔵のことを思い出すとズキリと胸が痛む。検査入院していた彼が病室から姿を消して、すでに2週間が経っていた。

  捜索隊を結成して至るところを探したものの、ある地点から足取りが はたと追えなくなっていた。

  「あの馬鹿者め。仲間を心配させるとは不届きな奴じゃ。帰ってきたら目一杯叱ってやんといかんわい」

  読み上げたレポートを乱暴に机の上に放り投げ独りごちる。年甲斐もなくむしゃくしゃしていることは自覚していた。ここ最近どうにも胸騒ぎが収まらないのだ。

  敵の奸計にハマって武蔵は怪人に変えられてしまった。

  一度は元に戻ったように見えたが、怪人化時に注入された薬品は脳になんらかの影響を残したようで、今回の一件の引金になってしまったことは想像に難くなかった。

  思い返せば、ここ最近の武蔵はどこか憔悴しており挙動も不審であった。

  「すまん、武蔵……わしがもっと早く気づいておれば……」

  憎むべきは卑劣なタイラント帝国である。

  奴らは獣人達を怪人や戦闘員へと改造して自軍の戦力とする方法を確立しており、わしらはすでに多くの[[rb:怪人や戦闘員 > かつての同胞]]と戦わされてきたのだ。

  土佐司令官と共にティア・ガーディアンズを結成して8年近くになる。守れた存在も増えた一方、取りこぼし救い切れなかった存在も多くある。

  せめて、わしの手に届く範囲は必ず守ると誓っていたというのに、1番身近な仲間を守れなかった体たらくだ。

  情けないのう。これではまた親父に叱られてしまうわい……

  わしはもう一度目を閉じた。自罰の意味を込めて追憶するためだ。

  わしが初めて[[rb:ヒーロー > アクアマスター]]となり、大切な存在を自らの手であやめてしまった……あの日に意識を飛ばした。

  [newpage]

  幼い頃、事故で両親を失くした わしは母方の叔父の家に引き取られた。叔父は奇しくも任侠一家「鮫島組」の組長を襲名していた。

  任侠……と言うても危ういしのぎを削っている訳ではなく、水棲類獣人が多く住む「浜辺の集落」の自警や祭事の取り仕切りを主な生業としていた。

  わしは幼い頃から若い衆に囲まれ、「[[rb:坊 > ぼん]]」と呼ばれて可愛がられておった。こんな口調になったのも環境のせいじゃ。

  成長と共に屈曲な体躯となった わしが組の仕事を手伝うようになったのは自然なことじゃった。

  時に血なまぐさい仕事が舞い込んでる来ることもあったが厭わなかった。

  わしは親父に大恩がある身。何かしらで報いたかったんじゃ。

  「[[rb:坊 > ぼん]]、おかえりなさいませ!」

  ひと仕事を済ませ、集落付近の見廻りを終えて鮫島組の大屋敷に帰った わしを若い衆が出迎えてくれる。

  「34のおっさんに[[rb:坊 > ぼん]]など、やめてくれんかの」

  「へへ、まだ親父から盃をもらってねぇ おまえさんを『若頭』と呼ぶ訳にはいかねぇでな、海造」

  タコ獣人・蛸八の兄貴が からかうような笑みを浮かべる。幼少期より組の中で育った者同士、種族は違えど血よりも固い絆で結ばれた存在だ。

  蛸八を含めた若い衆の右肩には鮫島組の証たるサメの顔を模した入墨が彫られていた。成人を迎えた時に彫り、親父との親子盃を交わすことで正式に鮫島組の組員として認められる。

  18の頃から鮫島組の仕事を手伝っていた わしじゃったが、成人を迎えた わしは親父から正式な鮫島組の組員になることを認められなかった。

  入墨を彫ってもらうことも、親子盃を交わすことも許されなかったのじゃ。あの時わしは大層ショックを受けた。

  わしは周囲から鮫島組の跡目として期待されていた。しかし、親父はその話になると硬く口を閉ざして周囲の言葉に耳を傾けようとしなかった。

  わしからも何度かその話を持ちかけているが、親父はニコニコと笑って誤魔化すばかりじゃった。

  「それより……外の様子はどうだった?」

  親父のことに頭を巡らせていたが、蛸八の兄貴に問われてハッと気を取り戻す。

  「ああ、気味の悪い黒ずくめの奴らがうろついておったわい。あれがタイラント帝国の戦闘員とかいう奴か」

  2年前、突如としてこの惑星に現れた侵略者タイラント帝国。奴らは近隣諸国を圧倒的武力で征服し、着々と領土を広げていた。

  獣人をさらって何某かの実験をしているという恐ろしい噂もある。

  鮫島組の若い衆もまた、この集落を守るために警戒態勢を強めていた。

  「まあ、俺達がいればこの集落は安全だろうよ。そういえば、海造。親父さんが探してたぞ。何やら遣いを頼みたいとかで」

  「ふむ? もう子供でもあるまいに、ガキの遣いなど勘弁して欲しいのう」

  「まあ、そう言うなって。いつもの縁側にいると思うから尋ねてやってくれや」

  蛸八の兄貴に促された わしは帰ったその足で親父の所へ向かった。

  ―――――――――――――――

  「おう、[[rb:坊 > ぼん]]! 探しとったぞ」

  縁側に向かうと、親父は海から上がってきたばかりなのか褌一丁の姿で体を乾かしているところだった。

  70間近にしてはガタイが良く、でっぷりの脂肪は乗っているものの腕や足には筋肉がしっかり付いていて、とても老齢の身とは思えない。

  紺色の鮫肌が日の光を反射して、その右肩に鮫島組の親分たる証の入墨が雄々しく刻まれていた。

  大好きな酒を飲んでいるのか、顔はすっかり赤らんでいる。

  「親父、年寄りは無理せんでくれと何度も言っているじゃろ。それに酒も飲みすぎるなと言うとるじゃろ」

  「ガハハ! あの泣き虫小僧だった[[rb:坊 > ぼん]]がよぅ言うようになったわぃ。俺が引き取った あの頃はこーんなに小さかったのにのぅ」

  豪快に笑った親父だったが、その青い瞳はどこか寂しげにも見えた。

  わしは幼い頃より親父に育てられてきた。

  親父の紺色の背中を見るたびに、自分もいつかこんな雄々しい姿になりたいと思ったものじゃったが、残念ながら父方の血が濃かったのか成長するに連れて わしの鮫肌は水色に染まっていった。

  わしと親父が本当の父子ではないことを嫌でも痛感してしまい泣きじゃくったのを今でも覚えとる。

  そんな時、親父はわしが眠るまで頭を撫でてくれていたもんじゃった。

  思い出に浸りかけていた わしは首を横に振り本題に入る。

  「 それよりも、わしに頼みたい遣いがあると聞いたんじゃが?」

  「ああ……そうだな」

  うなずいた親父は縁側から部屋の中へと入ると、畳の上にドカッとあぐらをかいた。

  座るように促されたわしは正座で親父に相対する。

  「なぁ、[[rb:坊 > ぼん]]よ。おめぇさん、まだこの組を継ぐ気はあるかぃ?」

  唐突な質問に虚を突かれた。

  子宝に恵まれないまま姐さんに先立たれた親父は後妻も娶らず独り身を貫いてきた。

  妹も事故で失い、血縁関係にあるのは甥である わしだけになってしもうた。

  そんなわしに組を継がせる素振りを全く見せてこなかった親父からの問いかけは寝耳に水であり答えあぐねてしまった。

  そんな わしを尻目に、バツが悪そうな表情を浮かべる親父は訥々と語り始める。

  「[[rb:坊 > ぼん]]の母ちゃん……つまり、俺の妹はうちの家業が嫌いでのぅ。結婚して家を出てから顔も見せなくなっちまってた」

  「そんな中であいつが事故で死んじまって、残されたおめぇを引き取った……俺には子供がいなかったからなぁ、そりゃあ可愛かったさ。こいつに俺の後を継がせてぇって思ったさ……けどな」

  縁側の外へと視線を向けながら語り続けていた親父の目が わしの顔を捉える。

  「[[rb:妹 > あいつ]]の息子に家業を引き継ぐってのに引け目があってのぅ………」

  「へへ、それこそあいつに化けて出てこられるんじゃないか……おめぇがデカくなるにつれて、わしの中での罪悪感もデカくなっちまった。しかしのぅ、わしも もう70近い。いい加減この話にも向き合わなきゃならねぇ……」

  「親父……そんなことを」

  まさか養父と実母にそのような確執があったことを露ほども知らなかった。

  すでに記憶からも薄れかけている母の顔を思い出す。清く、正しく、優しい人だった。この家業もキレイゴトばかりではなく、時には己の手を汚すような事に首を突っ込まざる負えないこともある。母はその一面を許さなかったのだろう。しかし──

  弱々しく顔を落とす親父を目の前にして、わしは自分の正直な気持ちを話そうと握りこぶしをつくった。

  「お袋の気持ちはわかるが、わしは親父に育ててもらったおかげで今日まで生きて来れたんじゃ。その恩を返したいとずっと思っとった」

  「わしにとってはこの鮫島組が、浜辺の集落が家族同然の存在じゃ。親父の後を継いで家族を守ることができるんじゃったら本望じゃろうて」

  「親父、駆け出し者のわしにどうか後を継がせてくれんじゃろうか……お願い申しやす!」

  親父の面前、畳にマズルの先が着く勢いで頭を下げた。

  しばし頭を下げる。親父はなんと言うじゃろうか。

  …………

  ………………

  返事がない? わしが不安を覚えて頭を上げると──

  「なんで泣いとるんじゃ、親父!?」

  「うおぉ……ぐずっ……[[rb:坊 > ぼん]]、いや、海造……よう言うてくれたなぁ。俺は、俺は……嬉じくで……うぉぉぉおおお!」

  まさかと思い傍らのどぶろくを持つと、やはり空じゃ!

  親父が泣き上戸だったのを忘れとった……

  その夜は親父が泣き止むまで ずっと付き添うことになった。全く世話が焼けるわい。

  じゃが、その夜の わしは今までの人生で1番幸せじゃったのかもしれないのう。

  [newpage]

  「それじゃあの、ちょっくら行ってくるわい」

  玄関まで見送りに来てくれた若い衆の先頭に立つ蛸八の兄貴に軽く手を振る。その手に巾着袋を携えていた。

  わしが若頭に就任するにあたって鮫島組の入墨を右肩に彫ることになった。

  親父から言いつけられたのは、集落から離れた街で墨を買って来いという、まさしく「おつかい」であった。

  なんでも入れ墨を彫る時は特別な墨でないと駄目らしい。

  ガキの遣いに等しかったが、わしにとっては誇らしい御役目じゃった。

  「若、いってらっしゃいませ!」

  「その……急に『若』と呼ばれるのも恥ずかしいのう」

  「何を言ってるんですかい! わしら一同この日を心待ちにしていたんですけぇのう」

  墨を買って帰り、今日の夜には親父と盃を交わして親子の契りを結ぶのだ。

  『いままでは養父養子であったが、盃を交わせば真の父子じゃ。明日が楽しみで仕方ないわぃ』

  昨晩、泣き腫らした目で嬉しそうに語る親父を見れたことが何より嬉しかった。

  わしは意気揚々と街を目指して歩き始めた。

  ――――――――――――

  遣いはすぐに終わった。

  墨を入れた巾着袋と親子盃のために親父に捧げる上等な酒を持ちながら鼻歌まじりに帰路につく。

  しかし、街を歩いていると視線を感じるわい……

  都市部には水棲類……いわゆる、魚類をベースとした獣人が極端に少ない。

  水場近くに住むわしらに対して奇異な目を向ける有毛類の獣人達は少なくないと聞いていたが、まさかここまでとは……

  「怖い」「磯臭そう」「毛がないなんて気持ち悪い」等と口さがない悪口が聞こえてくる。まあ、わしの人相が悪いのも多分に影響しとるんじゃろうが……

  仕方なしに無視して道を歩いていたが……あの土佐犬獣人はわしのことを見過ぎではないか?

  しかも、どうにも近づいてきているような……ん、何か 言っているのか?

  「……匂うのぅ」

  「なっ……? おまえさん、わしが誰かわかっての物言いか!?」

  ジロジロ舐め回すようにこちらを見ながら近づいてきた土佐犬獣人のポツリと漏らした一言にカッとなり思わず胸ぐらを掴んでしまった。

  鮫島組の若頭となる自分に対する差別的な物言いは組への侮辱にも等しい。

  この世界では舐められたらおしまいなのだと、親父からも散々言い聞かせられてきた。

  「…………ッツ!」

  グッと顔を近づけ、間近で相手を睨みつけた わしは何か違和感を覚えた。

  年の頃は親父さんよりも一回りほど若いくらいだろうか。

  しかし、与える印象は全く別と言っても過言ではなかった。土佐犬らしい強面の迫力はもちろんであるが、その瞳は血走っており、何か狂気じみた物を感じさせる。おそらく寝ていないのだろう、目の下には濃い隈がはっきりと浮かんでいた。

  痩せた体躯だというのに何故か親父さん以上の気迫を放つ土佐犬獣人は、わしに胸ぐらを掴まれながらもなお、スンスンと音を鳴らしながら匂いを嗅ぐのをやめようとしない。

  「血の気が多いのぅ。親分からカタギの者には手を出すなと教えられんかったのか?」

  「だ、黙らんか……!」

  「ふん。そんことより、やはりこの匂いは『ガイア』の……おぬし、何か力を使えたりせぬか?」

  「な、何を言っておるんじゃ……?」

  わしの圧など関係なく、訳のわからない質問をしてくる土佐犬獣人にいよいよ恐怖を感じ、思わず手を離してしまう。

  「すまぬ、話を急きすぎたな。儂は土佐。学者をやっていた者じゃ」

  乱れた服装を整えながらスーツのポケットから名刺を取り出す。

  名刺には「土佐 犬治郎」という高名な大学の教授であることが確かに記載されていた。

  「儂には少し特殊な能力があってのぅ。『ある力』を持つ者を匂いで探知することができるのじゃ」

  「ある力……?」

  「儂はそれを『ガイア』と呼んでいる。この惑星ティアースの自然を司る力じゃ」

  「お主からは『ガイア』を持つ者の匂いがするのじゃ。何か思い当たる節はないか?」

  あまりに突拍子のない話に悪徳な勧誘かとも思ったが、雄の真剣な物言いに気圧され、つい話を聞いてしまった。

  しかし、当然ながら思い当たらない。

  「たとえば、わしがその…『ガイア』っちゅう力を持っていたとして、どうするつもりじゃ?」

  「共にタイラント帝国と戦う仲間……『ヒーロー』になってもらいたい」

  「ひ、ひーろー?」

  聞き慣れない言葉に目を点にする わしを見て犬治郎は説明を続ける。

  「儂が命名した。タイラント帝国の侵略を食い止める戦士。奴らの魔の手から獣人達を、この[[rb:惑星 > ほし]]を守るために協力してくれんか?」

  「しかし、そう言われてものう……わしにも これから組を……家族を背負っていく大事な役目があるんじゃ。その、ひーろーになれと言われてものう」

  家業を手伝う中で人を見る目は養われたと自負している。嘘をつく者は特有の挙動不審な態度が出てくるものじゃ。

  悪い冗談としか思えない犬治郎の話だが、

  真剣な眼差しで語りかけてくる その様子は

  嘘をついているようには見えない。

  しかし、わしにはわしの事情がある。この惑星の人等を守るより、身近な家族を守る方が大切だ。

  「おぬし、家族がいるのか?」

  彼の鬼気迫る表情が少しだけ揺らいだように見えた。

  「そうじゃ。わしはこれから親父と盃を交わして本当の親子になるんじゃ。そうなれば、わしは鮫島組の若頭として集落の家族を守らなければいかんのじゃ。すまんの……」

  「いや、自分の手の届く範囲の大切な存在を守る方が大事じゃよ。足を止めさせてしまってすまなかったのぅ」

  わしに背を向けた犬治郎はどこかへ歩き出そうとする。その背中に漂う哀愁に思うところがあり、思わず声をかけてしまった。

  「その、ひーろーっちゅうのは何人いるんじゃ」

  「1人もおりゃせんよ。おぬし程の才覚がありそうな[[rb:匂い > 者]]にあったことはないでのぅ」

  「それなのにおまえさんは侵略者と戦おうというのか? いったい何のために?」

  あまりにも無謀な戦いに挑もうとする犬治郎の本心が知れず問い掛ければ、首だけをこちらに振り向かせ空虚な瞳をこちらに向けて、ただ一言──

  「復讐じゃよ」

  そう言い放ち、どこかへと消えていった。

  体がぶるりと震える。

  悪寒……わしは言いしれない胸騒ぎを覚えて家路を急いだのじゃった。

  [newpage]

  浜辺の集落に着いたのは日が暮れたばかりの頃だった。

  親子盃の儀式までには、まだ時間がある。

  犬治郎と別れた後に言い知れない胸騒ぎに襲われ帰る足を速めていた。

  集落の皆の顔を見て安心したかった。

  しかし、この胸騒ぎは的中することになる。

  集落が静まり返っている。

  どの民家も灯りが点いていない。

  人っ子1人見つかりゃせん。

  「みんな、どこじゃ! どこにいるんじゃ!?」

  息を切らしながら集落を駆け回っていると、遠くで何か音が聞こえる。

  肉と肉がぶつかり合い、粘液が絡まり合う、淫靡な音。なぜこんな音が……

  音を辿って集落の広場にたどり着くと、そこに広がる光景に思わず叫び声を上げそうになった。

  「ああ♡ ああ♡ 気持ちいぃぃぃ! 気持ちいぃぃよぉぉぉ♡」

  「どうだ操り人形ヨォ。オレの怪人チンポは気持ちいいダロォ」

  広場の中央に火が焚かれ、その横で翼を広げたコウモリ獣人が背面位で雄のイルカ獣人の尻穴を貫いているのだ。

  そして、その光景を数十人の全身黒ずくめの者達が見守っているのだ。

  暗闇に目が慣れてくるとコウモリ獣人に見えた者は、しかし、異なる特徴を持った存在であることに気づく。

  暗闇で赤く光る目、両腕と一体化した翼を大きく広げ、禿げ上がった頭を揺らしながら快楽に涎を垂らす様は気味の悪い……まさにバケモノそのものであった。

  と、イルカ獣人の首筋に歯を立てて血を吸い始めたバケモノは、そのまま腰を激しく振り始めていく。

  「イクゾ、下等な魚人め!オレの怪人精液を受け止めろォォォ」

  「きゅいぃぃ♡ きゅうぅん♡ あああ、怪人精液出されちゃうぅぅうう♡ あぁぁぁ♡ あぁぁぁ♡」

  ビュルルルル!

  聞こえるはずのない鈴口から獣精が吐き出される音が広場に響く。

  荒い呼吸の中で、腰を激しく動かしていたバケモノの動きが止まる。

  「あへへ、あへ……はぁはぁ♡ んぎゅるるるるる!」

  チンポを抜かれて床に倒れ付したイルカ獣人のポッカリ開かれた尻穴から黒い液体が溢れている凄惨な光景に思わず息を飲んでしまう。と、その黒い液体がイルカ獣人の体にまとわりついていく。

  ニュルニュルと這い出てくる液体は尻穴を中心として、どんどん範囲を広げていく。

  「んキュ! キュルルル! ぎゅるるるる♡」

  黒い液体はイルカ獣人の体全身にまとわりつき、その体に密着していく。尻が、尾ひれが、胸が、首が、マズルの先まで黒に染まっていく。

  それはまるで、あのタイラント帝国の戦闘員そのものの姿じゃった。。

  黒ずくめになったイルカ獣人は ゆっくり立ち上がると意思をなくしたように人形のように、ふらふらと他の黒ずくめ達の集団へ入り込み直立姿勢を取る。

  「ハァハァ♡ なかなかエロい姿になったでナイカァ。キキキ、キサマらはオレサマ、スレイブバット様の奴隷戦闘員ダ。イイナ?」

  「「「イ"ィ"ィ"ィ"ィ"! スレイブバット様、なんなりと御命令を!」」」

  最敬礼している黒ずくめの戦闘員達を注視してハッと気づく。

  黒ずくめに強調された体のラインに浮かぶ特徴的な尾ひれや頭の形……全員が浜辺の集落の雄獣人達ではないか?

  先ほどのイルカ獣人の様に化け物に犯され、この姿に変えられてしまったというのか……

  「むごいことをしよる……」

  息を潜めながら、怒りに牙を食いしばる力が強くなる。守るべき集落の人々を傷つけたバケモノを許せないが、本能的に今の自分が対峙してはいけない相手だということはわかっていた。

  「さて、キサマらに最初の命令を与えル……アノ茂みに隠れているデカブツを連れ出してコイ!」

  「「「キ”ュ”ル”ル”ル”ル”ル”ル”!」」」

  バケモノが わしがいる方を指差すと戦闘員達がこちらに向かって駆け出して来る。

  「気付かれておったのか! おまえさん達、やめてくれ。わしじゃ鮫島組の海造じゃ。わからんのか!?」

  「「「キ”ュル”ル”ル”♡」」」

  戦闘員がわしの体にまとわりついて来る。振り払おうにも守るべき集落の民を傷つけてはいけないと加減すれば思うようにいかず、手足に絡みつかれ体の自由が奪われていく。

  そのままうつ伏せに地面に組み伏せられた わしの眼前にツカツカとバケモノが近づいていくる。

  「おまえさん、何者じゃ……こやつらに何をしおった!?」

  「オレ様はタイラント帝国の獣怪人2号スレイブバット様だ! キキキ、オレ様に噛まれた獣人はオレ様の操り人形になるノダ」

  「ぐおっ!」

  脳を揺らす衝撃が走り、視界に火花が散る。スレイブバットがわしの頭のヒレを足蹴にしたのだ。

  「そして、イビルフロッグ様に与えられた能力……オレ様の黒精を取り込んだ獣人は従順な奴隷戦闘員になるノダ! キサマら、オレ様の従順な奴隷になれて嬉しカロウ」

  「「「キュルルルル♡」」」

  戦闘員達が歓喜の奇声を上げる。信じがたいことじゃが、この怪人と名乗るバケモノが言っていることは本当のことのようじゃ。

  戦闘員達に両手足を固定された わしの前に元はカジキ獣人だった戦闘員が近づいてくる。黒ずくめに覆われていない剣のように長く伸びた上顎で わしの着流しと褌を切り裂き全裸に剥いていく。

  コンプレックスである包茎チンポまで晒されていけば、羞恥心に顔が赤らんでしまう。

  「キキキ、なかなか逞しい体をしているナ。キサマもオレ様の従順な戦闘員にしてヤロウ」

  「や、やめろ……!」

  翼の先で乳首をいじくられれば不快感に体が震える。下卑た笑みを浮かべたスレイブバットが わしの首筋に牙を突き立てる。

  いかん、このままでは──

  「グエェェェ!!」

  と、スレイブバットがその場で藻掻き苦しむ。ビクビクと痙攣して地面をのたうち回る。感電しておるのか?

  支配能力が弱まったのか、戦闘員達の拘束の力が解けていく。その隙を突いた わしは幾人かの戦闘員を振り払い包囲から逃れるように飛びのいた。

  「間一髪じゃな」

  「おまえさん……どうしてここに?」

  そこには土佐犬治郎がテーザー銃を構えて立っていた。

  「わしは鼻が利くんでな。嫌な予感がしたんで、おまえの後を付けさせてもらったんじゃ。それにしても……おぬし、体の割にナニは小さいのぅ」

  「やかましいわい!」

  老獪な犬獣人がニヤリと笑う。

  今さらながら自分が真っ裸に剥かれていることに気づけばと赤面してしまう。そんなやりとりをしていると、スレイブバットが のろのろと体を起こし、こちらを睨みつけてくる。

  「許さんゾ……戦闘員共、ヤツらを叩き潰せ」

  「キ” ュ“ル"ル"ル"ル"!」

  支配能力が復活したのか再び命令を受けた戦闘員達がわしらに迫って来る。この数に迫られれば万事休すじゃ……

  「左腕を借りるぞ?」

  身構えていた わしの左腕を掴んだ犬治郎は、わしの左手首に何かをハメる。

  得体の知れない金属でできた銀色のブレスレット。カチリと腕にハメられるとぼんやりと紺色に輝く。その美しさにわしは思わず見惚れてしまっていた。

  「これは……」

  「おぬしのガイアの力を引き出す装備『ガイアチェンジャー』じゃ。プロトタイプじゃが、おぬしなら使いこなせるはずじゃ」

  「キ” ュ“ル"ル"ル"ル"♡♡♡」

  その間にも戦闘員達は距離を詰めて来ており、わしらに飛びかかって来ていた。

  犬治郎が戦闘員達の下敷きになっていく。

  わしも同じように飛びかかってきた何体もの戦闘員に組み伏せられていく。このままでは再び拘束されてしまう……

  くんずほぐれつに肉と肉か絡み合い、視界が戦闘員の黒ずくめで覆われて行く中──

  「さあ、叫べ! 『ガイアチェンジ』と」

  確かに犬治郎の声が届いた。

  「南無三……ガイアチェンジ!」

  空気が薄くなっていき、息が苦しくなる中、わしはがむしゃらに叫んだ。

  ブレスレットは紺色のまばゆい光を放ち、わしの体を包んでいく。

  温かい心地の良さと腹の底から力が湧いて来る。これがガイアの力じゃと言うのか?

  体にまとわれた光が紺と白のスーツとして定着していく。黒い手袋とブーツが装着され、背中のマントをたなびかせれば変身が完了する。

  [uploadedimage:17795965]

  次にどうすれば良いのか理解できていなかったが、体は自然と動いておった。

  胸の前で掌手を組み、力を込めて叫びを上げる。

  「はあぁぁぁ!!」

  「キュルルルーーーー!?」

  体内から八方へ凄まじい勢いの水が放たれ、その水圧で戦闘員達を吹き飛ばしていく。

  自らの体内の水分を凝縮させ、体外に勢い良く発したということは感覚的に理解できた。

  「成功したか……これはすごいのぅ」

  「おぬしが持つ力は『水のガイア』のようじゃ。さしずめ『海流の戦士・アクアマスター』と言ったところか」

  戦闘員の下敷きになっていた犬治郎は感嘆の声を漏らしている。姿勢を低くしていたため水圧の影響を受けなかったのか、服を水に濡らしただけで済んでいるようだ。

  「これがガイア……」

  「キサマ、姿が変わったくらいで調子に乗るナヨォ!キキキキーーー!」

  戦闘員を一瞬で倒され怒りに燃えるスレイブバットが羽を広げて宙を舞う。

  滞空していれば、わしの攻撃が届かないと思っているようじゃ。

  「舐めてくれるなよ、怪人め……わしの仲間を傷つけた報いを受けてもらうぞ!」

  力の使い方は理解した。

  わしのガイアは水を操る力。

  先程のように体内の水を放出するのは限界があろう。

  しかし、周りには水場がない。それならば──

  「物は試しじゃ、やってみようかの!」

  深く息を吸い、神経を手元に集中すると、次第に大気中の水分が集まっていき水の球が構築されていく。

  野球ボール状に集めた水の玉を掴み、空中を自由自在に飛ぶスレイブバットめがけ──

  「くらいおれ![[rb:水球 > みずだま]]!」

  渾身の力を込め、投げた。

  水の玉は空中でスレイブバットの胸を貫いた。

  「キギキキキギギギギギギギーーーーー!」

  断末魔の叫びを上げ空中で爆散するスレイブバット。

  それと同時に戦闘員と化していた獣人達を覆っていた黒ずくめが薄れていき、元の獣人の姿へと戻っていく。

  倒れ伏している獣人に駆け寄ると首筋に手を当てる。脈はある。

  なんとか助けられたようじゃ……

  わしは浜辺の集落の民……家族を守ることができたんじゃ。

  親子盃の前に若頭としての役目を果たせた達成感と安堵に胸をなでおろす わしとは対象的に、犬治郎は忙しなく辺りの匂いを嗅ぎ続けている。

  「どうしたんじゃ、もう怪人は倒したではないか……?」

  「いや、彼奴の匂いが残っておる。何か良からんことをする気かもしれん」

  「彼奴とは……」

  「タイラント帝国の科学者イビルフロッグ。彼奴は儂ら獣人のことを実験材料としか思っておらん。ここに彼奴が来ているということは……何か悪い企みをしているのかもしれん」

  イビルフロッグ……先ほどスレイブバットも名前を出していた。

  鼻を鳴らしながらイビルフロッグの居所を探す犬治郎のただならぬ様子からも、其奴がいかに危険な存在は察せられた。

  そこでふと気づく。

  戦闘員化が解けた民達の顔ぶれに鮫島組の組員達はほとんどいなかった。

  皆は屋敷におるのか……?

  なんじゃ、この嫌な予感は。

  と、犬治郎が突然激しく咳き込み出す。見るとマズルの先から鼻血を垂らしているではないか……

  「ゲホッゴホッ!? なんじゃこの臭いは?」

  「どうした血が出ておるぞ!?」

  「この先の……大きな屋敷で……強烈な匂いがする……何か悪い予感がするわぃ。おぬし、先に向かってくれぬか?」

  大きな屋敷じゃと……?

  鮫島組の面々が脳裏を過ぎる。

  間違いない。イビルフロッグっちゅう奴がいる場所は……

  わしは犬治郎が言葉を終える前に走り始めていた。

  [newpage]

  鮫島組の屋敷にはすぐに着いた。

  ヒーロースーツはガイアの力だけではなく、身体能力も強化しているようで全力疾走で駆けてきたというのに息一つ上がっていない。わしはその機能に感心する暇もなく玄関の戸に手をかけた。

  早くこの胸の不安を払拭したい……その一心で戸を開いた。

  そうすれば、いつものように若い衆が出迎えてくれ、親父が奥からひょっこりと顔を出して来てくれる──そう信じていたんじゃ。

  「なんじゃ……コレは?」

  そこには地獄としか形容できない惨状が広がっていた。

  戸を開いたわしの鼻をついたのは鉄臭い血の匂いと腐臭であった。見慣れた玄関は赤い血で塗れており、刃傷沙汰があったことは容易に想像できた。

  唖然としながら奥に進む。

  廊下には体の一部を歪に変形させた若い衆が体中を傷だらけにしながら倒れ伏し、居間では血に塗れ四肢を欠損した組員達が折り重なったまま倒れている。

  全員が見知った顔ばかりであった。

  「うぷっ……おえぇっ……!うっく……」

  こみ上げて来る胃液を吐き戻しそうになるのを必死でこらえる。血なまぐさい場面に出くわしたことは何度もあるが、これから背負い守るべき[[rb:存在 > かぞく]]を失ってしまった絶望に耐えることはができなかった。

  膝を床に着き、必死で吐き気を抑え込んでいると後ろの方で荒い呼吸音が聞こえる。

  「海造か……帰ったのか?」

  「蛸八の兄貴!? 」

  タコ獣人の特徴である6本の腕の内4本を失い息も絶え絶えながら蛸八は生きていたのだ。わしは倒れ伏した蛸八を抱き抱える。

  「すまねぇ。隣の集落の烏賊田組のカチコミかと思ったんだがな……そんなやわなもんじゃなかったぜ……」

  「喋るな! 喋らないでくれ、兄貴!」

  蛸八が喋るためにヒューヒューと音が鳴っている。肺まで傷ついているのやもしれん。

  わしは手近な布を切り裂いて簡易的な止血処理を始める。

  「海造、俺のことはどうでもいい……親父さんのところに急いでくれ……気味の悪い野郎が親父さんにおかしな薬を打ったせいで……親父さんがバケモノに……こんな、こんな……」

  その言葉に耳を疑った。

  まさか、この惨状を引き起こしたのは誰よりも組員を可愛がってきた親父だというのか……

  蛸八の止血を終え、彼に背を向けると重い足取りで親父の居室へと向かうのじゃった。

  ──────

  親父の居室の襖を開いた先にいたのはバケモノだった。

  額から禍々しい捻じくれた角を生やし、背中から腕、尾にかけて棘のように鋭いひれが生えている。

  白目部分がなく、穴ボコのように黒い瞳。

  「ウ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"……」

  苦しげに呻きながら畳の上をのたうち回る全く知らない異形。しかし、そのシルエット、体色、わしにとって最も大切な存在を想起させていた。

  そして、右肩に雄々しく刻まれた鮫島組の入墨を見て確信に変わってしまった。

  「親父なのか?」

  直感的にソレが親父の変わり果てた姿だと気づいてしまった。

  呼びかけに反応して首をこちらに向けてるくるが、その禍々しい形相からはかつての親父の面影は全く見られない。

  はっきりとした敵意をこちらに向けていることからも、わしのことを覚えていないのかも知れない。

  「ほれ、親父……墨を買うて来たぞ。これでわしに入墨を彫ってくれんじゃろ? 本当の父子になる……そう言うてくれたじゃろ、親父!?」

  「ウルルルルルルル……ッ!」

  親父であって欲しくない。

  しかし、目の前のバケモンが親父であることを脳は理解してしまっている。

  わしは巾着袋から墨を取り出して親父に見せるが、ただ威嚇をしてくるばかりで思い出す素振りは見られなかった。

  「ゲロゲ〜ロ〜! 怪人になったコイツに声が届く訳ないゲコ」

  凄惨な殺戮現場と化し、静まり返っていた屋敷の中に場違いな笑い声が響く。

  後ろを振り向くと、そこには見たこともない獣人に似た存在が立っていた。

  紫色のイボまみれの体表、ギョロっとした赤い瞳、身に纏う白衣を突き破らんばかりに出張った腹はどこか滑稽な印象を与えるが、放たれる邪気は此奴が外敵であることを物語っていた。

  「おまえさん、まさかタイラント帝国の……」

  「そうゲコ! ワシは天才科学者イビルフロッグ様ゲコ」

  イビルフロッグは物珍しそうに、わしの見ると長い舌を出して舌なめずりをしてくる。それはまるで獲物を見つけた猛禽類のソレだった。

  「奇妙な格好をした鮫獣人ゲコねぇ。さっきの老いぼれ鮫獣人よりは良い実験材料になってくれそうゲコ……! さぁ、キサマもワシの実験材料になれゲッ……ゲココォォ!?」

  その言葉にわしの理性は吹き飛んだ。

  瞬時にイビルフロッグの懐に入り込むと白衣の襟を掴み持ち上げる。

  襟を掴んだ右腕一本で重い肥満体を持ち上げながら首を締め上げていた。

  「グゲゲェ……苦しいゲコ! 暴力反対ゲコォ!」

  「黙れ! 親父に何をしおったか!?」

  殺意を十全に孕んだ視線をイビルフロッグの顔面に向ける。呼吸ができずに苦しそうに呻くイビルフロッグは顔を真っ赤にしながら、しかし得意げに自らの行いを話し始めた。

  「ゲロロォ……ワシが開発した新しい怪人化薬の手頃な実験体を探していたゲコォ。ちょうど手頃な規模の[[rb:集落 > コロニー]]を見つけて、弱っちい獣人共をスレイブバットに襲わせている間に1番強そうな個体に怪人化薬を打ったゲコォ……」

  「だけど、今回の怪人化薬は失敗だったゲコ! 濃度を濃くしすぎて獣人の体が急激な細胞変化についてこれなかったゲコ。怪人化も安定しなけりゃ、暴走してワシの命令も利かずに、貴重な[[rb:実験体 > 獣人]]どもを殺して……グエェッ!?」

  早口でおぞましいことを語り続けるイビルフロッグを黙らせるため、喉をさらに強く締め上げる。

  こいつだけは許せない……よくも親父を、皆を……!

  わしは命を奪わん勢いで右腕に力を集中していた。それ故に接近してきた[[rb:親父 > バケモン]]に気付けんかった──

  「ヴゥゥゥゥゥゥァァァァアアアア!!」

  「グァァッ!」

  右肩に鋭い痛みが走り、思わずイビルフロッグの襟首を締め上げていた手を離してしまう。

  水色の鮫肌がヒーロースーツごと切り裂かれ赤く流血している。おそらくスーツを纏っていなければ右腕は切り落とされていたに違いない。

  「ハァハァ……ゲホッ! ゴホッ! よくやったゲコ、失敗作。ワシは退却するから、オマエは生命エネルギーが尽きるまでテキトーに暴れるがいいゲコォ」

  「逃さんぞっ……! ゴッ……!?」

  そう言ったイビルフロッグはヘコヘコと情けない背中を晒しながら逃げ去ろうとする。

  追撃をかけようと畳を蹴ったわしの体は、しかし、気づけば反対側の壁に吹き飛ばされていた。

  [[rb:親父 > バケモン]]が横から体当たりをしてきたらしい。わしを壁に追いやったバケモノは、その棘だらけの体と壁の間でわしを挟み込もうと再び突進を仕掛けてくる。

  回避のために立ち上がろうとするが力が入らない。右肩に刻まれた傷は、肉体よりも精神面での深手となっていたようじゃった。

  こんな事態になっていなければ、今ごろは親父直々に鮫島組の入墨を右肩に彫ってもらえるはずじゃった。

  しかし、実際に親父から刻まれたのは深い傷……こんな不条理があろうか。

  「なにが親子盃じゃ! わしが、わしが屋敷に残っておれば親父のことを守れた……くそったれが!!」

  やるせなさと怒りのままに、後生大事に巾着袋にしまっていた墨と酒を床に叩きつけた。

  ガシャン! という鋭い音と共に2本の瓶が割れる。墨と酒の匂いがツンと鼻を刺す。

  すぐそこまで親父が迫ってきている。

  もうダメじゃ。死を覚悟し目を瞑る……

  しかし、突進の衝撃や棘に串刺しにされる痛みはいつまで経っても訪れなかった。

  恐る恐る目を開く――

  「[[rb:坊 > ぼん]]かぁ……」

  「親父……親父なのか?」

  眼前にはバケモノの顔。

  しかし、見た目は異形のままなれど瞳に白い部分が戻っており、どこか温かさを感じさせる眼差しをこちらに向けている。

  その様はまさしく鮫島組 組長その人じゃった。

  「懐かしい墨と酒の匂いがしたから何かと思ったら……おめぇ、遣いで買ってきた品を落としやがってよぅ。ほんに出来の悪い息子じゃわぃ」

  「あ、ああ……そうじゃな、わしは駄目息子じゃ」

  畳に染み込んだ酒と墨の匂いを嗅ぎ、おおらかに笑う親父の顔を見れば、釣られて笑ってしまう。

  息子と呼んでくれたのだ。どれほどこの時を待っていたことか。

  墨をもう一度買って、今度こそ親子盃を交わしてもらおう。きっと大丈夫じゃ、親父が生きていてくれれば、これからも……

  「ぐがぁぁぁぁあああああ!」

  「親父!?」

  親父が再びうめき声を上げる。

  見れば親父の体表のあちらこちらで瘤ができては消えを繰り返している。イビルフロッグの怪人化薬の効果がまだ残っておるのか?

  ささいなきっかけで奇跡的に正気を取り戻したが再びバケモノに戻ってしまうというのか……

  「はぁはぁ……へへっ、こりゃいけねえな……グガッ……! なぁ、[[rb:坊 > ぼん]]よ。駄目息子のオメェさんに最後の遣いを頼んでいいカノ?」

  すでに体は限界を迎えているはずだ。

  いつまた怪人として暴れ出してもおかしくはない。しかし、親父はその精神力で必死に怪人化を食い止めているのだ。

  最後の遣い……その言葉の不穏な響きに思わず身を硬くしてしまう。

  「わしゃ、正気を失ってたとはいえ、ジブンの……子分どもを……手に……かけちまった……ヴゥゥ……ケジメつけなきゃならんのジャ……」

  

  「……覚えてたのか?」

  「当たりめぇダロ……アイツらをコノ手にかけた感触……忘れるワケがねぇ……すまねぇことしちまったナ……グァァァ!」

  一際大きい叫び声を上げた親父の瞳から光が消えていく。

  「ハァハァ……だがよ、こんな体になっちまったからか……1人じゃケジメつけられねぇ……ボン、おめぇさんに介錯をお願いできねぇカ?」

  「いやじゃ、そんなの……いやじゃ」

  全身から血の気が引く。

  耳を傾けているはずなのに、何も聞こえない。いや、脳が理解をすることを拒んでいる。

  わしがこの手で親父を──

  できない、そんなことはできるはずはない。幼少の時分よりわしを育ててくれた親父をこの手で葬るなどできようがない。

  しかし……自らの罪に苛まれ、今まさに新たな罪を重ねぬよう必死で悪意の侵食に抵抗し続ける親父のことを早く解放しなければいけないのではないか。

  「早くやらねぇか、この馬鹿息子が! わしはおめぇをそんなあまちゃんに育てた覚えはねぇぞ!ヤレ、海造!!」

  逡巡する わしを親父が最後の力を振り絞って一喝する。その声で決意が固まった。

  「親父、親父……うあぁぁぁああ!」

  叱咤に促されるまま立ち上がった わしはガイアの力を解放し、拳に水を宿していく。

  大気中の水だけでなく、親子盃のために買った酒、そして、わしの涙を宿した拳はまっすぐに放たれていき──

  「ありがとな……[[rb:坊 > ぼん]]」

  親父の胸を貫いた──

  [newpage]

  「これ、海造……? 起きんか」

  目を開くと土佐司令官がわしのことを覗き込んでいた。

  ぼんやりとした頭で時計を見れば、すでに朝8時を刻んでいる。

  どうやら記憶に意識を飛ばしているうちに、再び寝落ちてしまっていたようじゃ。

  「またそんなところで寝おって……おぬしもいい歳なのじゃから無理はするなと口酸っぱく言っておるじゃろ」

  土佐司令官の説教を受けるのは何度目だろうか。しかし、この人も あの頃に比べれば幾分か丸くなった。

  時間の経過が彼の復讐心を風化させたのだろうか? いや、そんなことはないだろう。そうでなければ、ティア・ガーディアンズの司令官など務めている訳がない。

  きっと若い世代との交流が彼の心の傷を癒やしたのだろう。

  ──わしはどうじゃろうか?

  あの後、生き残った蛸八の兄貴に鮫島組を引き継いでもらうことになった。

  親父の血族であるわしこそが組長にふさわしいという声もあったが、親父から入墨を彫ってもらえなかったわしには ちと荷が重いと断らせてもらい、浜辺の集落を託した。

  浜辺の集落を離れ、土佐司令官と合流したわしはティア・ガーディアンズを結成し仲間を募った。

  ある者は、タイラント帝国への復讐のため──

  ある者は、この惑星を守るため───

  またある者は戦いの場に身を投じるため──

  そんな理由で若きヒーロー達は集った。

  では、わしは何のために戦っている?

  そんなことはわかりきっておる。

  あの悲劇を繰り返さないため──

  己の手の届く範囲だけでも必ず仲間を守る。

  それこそがわしが戦う意義じゃ。

  そうでなければ、あの世の親父に叱られてしまう。

  武蔵……おまえさんのことは必ず助ける。

  そのためなら、わしゃ何でもする。

  だから、おかしな気を起こさんでくれよ。

  「土佐の親父さん、心配かけてすまんのう。ちょっくらシャワーを浴びてくるわ」

  「うむ…………のぅ、海造よ」

  「なんじゃい?」

  「武蔵のことはおぬしだけのせいではない。気負うでないぞ」

  「……やっぱり鼻が利く犬獣人は厄介じゃのう」

  わしは苦笑いを浮かべ、背中越しにそう答えてシャワー室へと向かった。

  (つづく)