やさぐれていたゴリラ獣人が柔道部主将の熊獣人と出会い最愛を知る話

  あの人をいつ好きになったのか覚えていない。

  [[rb:向日葵 > ひまわり]]の様に明るい瞳で見られるのが嬉しかった。

  柔道に真剣に打ち込む姿を尊敬していた。

  道場中に響くデカい笑い声が聞こえれば、ついそっちに目を向けてしまう。

  2人で交わす他愛のない会話が楽しくてしょうがなかった。

  気づいた時にはもう俺にとって、かけがえのない存在になっていた。

  たとえ、あの人が世界最悪の敵になってしまったとしても……この気持ちはきっと変えられない。

  彼の名前は熊江武蔵。

  俺の大切な……先輩の話をしようと思う。

  ──

  ────

  ──────

  10月、窓際の席から校庭の木々に生い茂る黄色味を帯び始めた枝葉を眺めながら俺は待っていた。

  キーンコーンカーンコーン

  待ちかねた終礼のチャイムが鳴ると同時に俺は素早く下校準備を始める。筆箱、教科書、ノート……さっさと鞄に詰めて帰らねぇと、またアイツが来ちまう。たいして仲良くもないクラスメイト達が、やれ「どこのカフェに行く?」だ、「部活めんどくせー」だとくっちゃべっている。

  ……部活がめんどくさいことだけは同意だ。

  この公立浅間高校に入学して もう半年になる。ひと月前、おれはとある理由で柔道部に入れられた。最初はひたすら受け身を覚えさせられ、次は打ち込み、投げ込み、乱取り、走り込み……正直、楽しくない訳ではないが毎日毎日こればかりでうんざりしてきた所だ。

  おれは今日の練習をサボる……

  なんなら、このまま退部してやる!

  そのためにせかせかと帰り支度をしている訳だ。カバンを背負って教室を飛び出そうとした──

  「おーい、ベンケイ! 放課後だ、道場行くぞ!」

  来ちまった……! 忌々しい1個上の先輩、熊江武蔵が。黒帯を締めた[[rb:柔道衣 > じゅうどうぎ]]に着替えており、でかい声を廊下に響かせながら こちらに向かって歩いてくる。おれは声のする方を振り向かず脱兎のごとく廊下を駆け出した。

  「なっ……! おまえ、先輩が直々に迎えに来てやったんだぞ、逃げんじゃねえ!」

  熊江武蔵の怒鳴り声が廊下に木霊する。下校中の同級生をかき分けながら走る。すれ違う狸獣人の教師から「コラ、 廊下を走るな!」と怒鳴られるが構ってる暇はない。階段を駆け下りて下駄箱が並ぶ正面玄関に急ぐ。もう少し、もう少しで……上履きから靴に履き替えて玄関を飛び出した。あとは校門まで走り切れば──

  「おいらから逃げられると思ってんのか、後輩?」

  「マジかよ……」

  玄関を飛び出た先で武蔵が仁王立ちして待ち構えていた。どうやって──ふと武蔵の足下を見ると上履きのままであることに気づく。まさか、2階の教室の窓から飛び降りやがったのか……?

  「あんた、どんだけ体力馬鹿なんだ……」

  「手間を取らせやがって……今日はビシビシやらせてもらうからな!」

  何度目かの[[rb:脱走 > サボり]]作戦だったが一度も成功した試しはない。今日こそはと思ったがこうなっては諦めるほかない。武蔵に首根っこを掴まれた俺は引きずられるがまま道場に連れて行かれるのであった。

  [newpage]

  そもそも おれは野球が好きだったんだ。白球を打ち、追い、投げる……あの感覚がたまらなく好きだった。自分で言うのもアレだが、そこそこセンスもあったんだぜ。球界のリトルリーグでは少しばかり名の知れた存在だった。中学校でもキャプテンとして野球部を全国大会まで率いた俺は当たり前のように高校も私立強豪校に入学するつもりでいたんだ。

  「大人になったらプロ野球選手になるんだ!」

  小学生の頃、将来の夢を聞かれれば必ずそう答えていた。だが、その夢は叶わなかった。

  突如現れた異世界からの侵略者との間で起きた戦争は最初こそ遠くの国での出来事でしかなかったが、侵略者は高い戦力を持って獣人達の領土を奪い、世界に混乱をもたらしていた。

  今でこそ侵略者に対抗するために結成されたヒーロー部隊「ティア・ガーディアンズ」の活躍によって戦いは拮抗しているが開戦当初の戦力差は歴然だった。当時のニュースは「どこそこの国が侵略された」「何百人もの獣人が捕らえられた」「怪しげな全身黒ずくめの戦闘員に子供が攫われた」……等、恐怖と絶望感を煽る内容で誰もが悲観的になっていたことは覚えている。

  おれの親父は軍人だった。元々、訓練や出動で家を空けることが多く、顔を合わせることも年に数回だったが強くて優しい親父だった。たまに居合わせた時は野球の話をいつも楽しそうに聞いてくれた。おれが中学に上がる時、親父が所属する部隊にも侵略者と対峙する戦線に加わるよう命令が下された。

  「弁慶、母ちゃんと弟たちを頼んだぞ。なぁに、侵略者どもは父ちゃんが倒してきてやる。だから、おまえはがんばってプロ野球選手めざせよ!」

  泣きじゃくりながら見上げるおれの頭を優しく撫でながら語りかける親父の目は優しかった。それが親父から聞いた最期の言葉になった。最前線は遠い北の地だったこともあり、親父とは連絡ができないまま3年の月日が経った、ある日。

  親父が殉職した──その報せが家に舞い込んできた。

  俺は脇目もはばからず泣いた。母ちゃんも、弟たちも泣いていた。

  侵略者によって[[rb:齎 > もたら]]された社会の混乱、親父の殉職という悲劇、それに伴う金銭面の問題……母ちゃんも働きに出たことがなく、弟2人はまだ小学生に幼稚園児。まだまだ金がかかる息子が3人もいれば、親父の殉職で軍隊から支給された[[rb:賞恤金 > しょうじゅつきん]]だけで賄うことは難しかった。

  おれ自身、その頃には私立の野球強豪校の推薦をもらっていたが、入学金や学費を考えると推薦を辞退せざるを得なくなってしまった。親父の葬儀後に母と話した。「俺は中学を卒業したら働く、母ちゃんの力になりたい」と。母は「高校くらい出ときなさい。母ちゃんも仕事見つけたんだから」と言って公立高校への入学を勧めてくれた。翌年の春、俺は両親の母校でもある公立浅間高校に入学した。

  残念なことに野球部は弱小チームだった。人数も試合ができるギリギリだ。しかも、3年生には素行が悪いことで有名な生徒がいるようで控えめに言っても最悪としか言いようがない環境だった。それでも俺は野球を続けたかった。

  俺がこのチームを変えてやる……!

  そう決心して入部届を提出した。しかし、現実はそう甘くなかった。

  ──

  5月、入部して1ヶ月が経った。

  入学式で満開に咲いていた桜の花が散り、木々の新緑が生い茂っている。

  その青々しい葉のごとく、おれの心は活気付いていた。

  入部早々に勧誘活動を手伝い、20人近くの新入部員が野球部に集まった。

  中学時代に組んでいた練習メニューを顧問教師である監督に提案して練習効率を上げていった。

  野球部メンバーはどんどん実力を付けていった……いける、このまま環境を作っていけばこの野球部でも全国大会出場が狙える。練習を終えた夕方、そんなことを考えながらグラウンドのトンボがけを終えて部室に戻った。

  ガチッ

  ドアノブを回すが鍵が閉まっている。

  「あれ? なんで鍵が……? おーい、誰か入ってますか?」

  何度もノックをするが中から鍵を開けてくれる様子はない。

  仕方なくベンチの上に立ち、高窓から中を覗いた。

  「んちゅっ、くちゅっ、れろ……べろっ……くちゅっ」

  「はあ♡ はあ♡ ああぁぁぁ、いいぞぉぉ♡」

  おもわぬ光景に目を丸くする。

  おれの同級生の狐獣人・[[rb:狐川 > こがわ]]が跪き、犀獣人のチンポをしゃぶっているのだ。

  犀獣人は3年生の犀原豪太、[[rb:件 > くだん]]の素行の悪い先輩だ。確か今日は練習を休んでいたはずだ。いや、そもそも練習になんてまともに来た試しがない。そんな奴がどうして……?

  「んぐっ♡ うぐっ♡ いやだぁぁぁ! も"う"許じでぇぇ!」

  「ダメだ、これは先輩命令だ♡ おまえは俺様のフェラチオ奴隷にしてやっからよぉ♡」

  チュポッ、チュポっ、クチュッ、ジュジュルルッ

  凄惨かつ淫靡な光景に息をするのを忘れていた。

  犀原が狐川の小さな頭をグローブのような手で掴むと、ガシガシと無理やりに頭を抑えて腰を振り始める。狐川が苦しそうに涙を流す、止めなければ、助けなければ……そう思っているのに体が動かない。正確には目が離せなかった……

  「おらぁ!!♡♡」

  「ふぐっ!? おえっ……! うっぷ……!」

  犀原がグッと力を込めて喉奥まで自らのチンポを差し込めば、狐川は堪えきれずえづいてしまう。

  「おらおら!! 吐くんじゃねえぞぉぉぉ♡ 俺も出してやるからよぉぉぉ♡♡」

  「んぐー! ふぅぅ! ふごぉぉぉ!」

  「おっ♡ あっ♡ はぁぁ♡ ふぅぅぅ♡ 出すぞ、出しちまうぞぉぉぉ♡♡」

  惚けた声を漏らしながらヘコヘコと腰を振る犀原。どうやら限界が近いようだ。

  それと反比例するように狐川の抵抗が弱々しくなっていく。だ、だめだ……止めねえと……!

  おれはベンチから降りると、思いっきり部室のドアにタックルをかます。

  バキッ!

  チェーンが壊れてドアが開く。

  「イクぞ、イクぞ♡ イクゥゥゥゥゥゥ♡♡」

  犀原の太い体がビクリと震えるのは同時だった。

  ヘコヘコと情け無く振っていた犀原の腰の動きが止まり、狐川の口からズルリとチンポが抜かれる。

  上気する犀原を横切り狐川に駆け寄れば、熱気による汗と精が混じった淫らな匂いが強くなる。

  「狐川、大丈夫か!?」

  「うっぷ……おえっ……と、轟ぃぃ……ううぅぅ」

  俺の顔を見て泣き出してしまう狐川。

  えずく度に青臭い精液臭が口から漏れる。命令通りに精液を飲んでしまったのだろう。

  今のおれには狐川の背中をさすることしかできなかった。無力さを覚えながらも、元凶である犀原をきっと睨み付ける。

  「あんた、なんてことしやがるんだ……!」

  「あん? おまえは確か……轟だっけか? 1年坊主の癖に生意気に練習メニューを作ったんだってな。ふん、見ての通りだよ。俺の性処理に使ってやったのさ。安心しろよ、別に生で舐めさせたんじゃねえからな」

  犀原の土手っ腹の下で怒張したチンポをよく見ると何かフィルム状の物で巻かれていた。

  フィルムを[[rb:避妊具 > ゴム]]代わりに使ったっていうのか……先っぽの方には犀原が放出した白濁液が溜まっており、滑稽ながらもどこか淫猥な雰囲気を漂わせていた。思わず生唾を飲んでしまう。

  ……俺は内心の興味や昂りを抑え込みながら犀原に問いかけた。

  「あ、あんた……雄だろ? なんで同じ雄にこんなことを?」

  「性処理に使えれば雄でも雌でも関係ねえんだよ。俺様には[[rb:番 > つがい]]の雌もいるけど、雄のフェラチオはそれはそれで気持ちいいもんなんだぜ。うん? なんだ、おまえ? 興味あんのか?」

  許せない。こんな奴は即刻退部させるべきだ……

  おれは歯を食いしばり、ふてぶてしい表情を浮かべる犀原を睨みつける。

  拳を握る力が思わず強くなる。しかし、地区大会を目前に控えたこんな時に暴力沙汰など起こすわけにいかない。殴りかかりたい気持ちを必死で堪えながら狐川に肩を貸して立ち上がらせる。

  「行こう、狐川……犀原先輩、このことは監督には報告させてもらいますからね」

  「ふん、まあ無駄だとは思うけどな。ん……? おまえ…?」

  言われて気づく。俺のユニフォームの股間部分が控えめに盛り上がっていることを。

  しまった、油断していた……慌てて空いている手で股間を隠すと、何も言わずに部室を後にした。

  翌日、狐川は退部届を出した。

  監督に犀原のことを告発した方がいいと言ったが、「もう奴と二度と関わりたくない、他言無用にして欲しい」とお願いされてしまえば、どうすることもできなかった。

  狐川の退部をきっかけに1人また1人と1年生達が辞めていった。

  20人近くいた1年生は地区大会を目前に控えた6月には おれを含めて9人まで減っていた。

  ……後から聞いた話だが犀原が下級生を毒牙にかけていることは部内では有名な話だった。

  体格がでかく、力が強い犀獣人ゆえに、その蛮行を誰も止めることができず見て見ぬふりを決め込んでいたらしい。

  結果、あの日を迎えることになってしまった──

  ──

  ────

  地区予選大会1回戦。今にも雨が降り出しそうだったことを覚えている。

  おれたち浅間高校野球部は確かな自信を持って臨んでいた。

  短期間であるが やれることは全てやったと思うし、部員全員の実力はメキメキと向上していた。

  唯一の不安要素……それはあの一件以来1度も練習に顔を出していなかった犀原がベンチに座っていることだった。他の奴らもあからさまに警戒していたが、当の本人はどこ吹く風といった様子だった。

  8回表。事件はそこで起きた。

  試合はこちらが2点リード。勝てる……皆が確信していた。

  攻守交代で一度ベンチに戻った おれに犀原が近づいてくる。

  無視だ。無視しなければ……そう思っていたのに──

  「よう、調子がいいみたいなだぁ。轟ぃ、いや、ホモ野郎……」

  その言葉に反応せざるを得なかった。全身に鳥肌が立つ。

  おれは自身がゲイであることを自覚していた。

  幼い頃から雌獣人に興味を持つことができなかった。

  だけど、大柄な年上の雄獣人に対して胸の奥の切なさを感じることが時おりあった。もしかしたら、父の面影を追い求めていたのかもしれない。いつしかそれは羨望や憧れ以上の意味を持つようになっていた。

  自分が他の雄獣人と違うことに気づき、図書館でいろいろな本を読んだ。

  難しいことが書いてあって良くわからなかったが、雄が好きな雄のことを「ゲイ」や「ホモ」と呼ぶことを、そのとき初めて知った。

  それ自体は自分なりに受け入れることができた。

  だけど、他人にバレた時、何かが壊れてしまうのではないか。

  それが怖くて、おれはひた隠しにして今日まで生きてきたのだ。

  それがバレた……どうして…………

  あの時だ。部室での一幕を思い出す。犀原に強要されてフェラチオをさせられていた狐川……おぞましい光景だというのに、初めて生で見た雄同士の性的な絡みに俺の体は反応し、股間を勃起させていた。それを犀原に見られてしまったのだ。

  「黙ってるってことは図星かよ」

  煽るような口調の犀原を睨みつける。

  反応してはいけない。おれはまだ冷静さを保てていた。

  「ふん。まあ、いいけどよ……しかし、今年の1年は豊作だね……おまえ、最初に入学して勧誘も手伝って20人も入部させたんだってな」

  「……その1年も9人しか残ってないすけどね」

  素振りのため木製バッドを手にする。

  努めて冷静に返事をしようと心がけた。

  「ほんとすぐに辞めちまうんだもんな。たかが1回しゃぶらせただけなのによぉ」

  素振りを止める。

  「今なんて……言った?」

  「そのまんまの意味だよ。この前の狐獣人の1年生みたいに俺の性処理に使ってやったのさ。すぐ根を上げちまう。弱っちい奴らばっかりだったぜ」

  まさか、こいつのせいで1年生達が……?

  頭に血が上っていくのがわかる。こんなクソ野郎のせいで狐川は……他の奴らも野球部を辞めなきゃいけなかったっていうのか。拳に力が篭もる。

  「しかしよぉ……あいつら根性はなかったけどフェラだけはうまかったぜぇ。さすが、ホモ野郎が誘った奴らだよなぁ。なんだぁ? 自分のチンポしゃぶらせて入部テストでもしたのかぁ?」

  その言葉に頭の中で何かがプチンと切れた──

  気づいたら犀原に殴りかかっていた。

  一発、二発、そして三発……犀原の硬い皮膚を殴るたびに拳がジンジンと痛んだが、そんなことはどうでも良かった。

  同じベンチにいた野球部員が止めに入ろうとしたが、力自慢が特徴であるゴリラ獣人を止めることは難しかったのだろう。騒ぎを聞きつけた対戦校の野球部員が殴りつけるおれを犀原から引き剥がそうと仲裁に入った。怒りに我を忘れていたおれはその他校生を殴ってしまった。そこでやっと冷静になれたが、時すでに遅しだった。

  浅間高校野球部は初戦敗退となった。

  試合進行妨害、乱闘、他校生への暴力を原因とした反則負けだ。

  公式試合中に先輩部員を殴りつけ、他校生に怪我を負わせた おれの行為は重大な問題とされ監督からは退部を命じられた。

  おれの高校生活から1番大事なものであった野球が取り上げられ、彩りを失っていった。

  ──

  ────

  ──────

  地区予選の暴力事件から3ヶ月が経った。

  夏休みが終わり久しぶりの登校日だ。痺れるような残暑に全身の毛皮や肌が汗濡れになる。

  じめじめとした嫌な気候で気分が より鬱々としてくる

  あれ以来、おれは周囲からは忌避の目で見られるようになった。傍目からは他校との試合中に先輩と他校性をぶん殴った危ないヤツなのだから当然か。

  野球ができなくなったことが、ただただ辛かった。もう何もかもがどうでも良くなっていた。

  教室にも居づらくなり、学校も休みがちになった。日陰者としか言いようがない不良グループとつるむようになれば周りからはさらに遠ざけられていた。

  2学期が始まる今日とて、おれを心配してくる母の視線がうるさくて家を出ただけだ。出席だけ取ったらすぐにバックレようと思っていた。アイツに声をかけられるまでは──

  「なあ、あんた! そこのでけぇゴリラ獣人!」

  「あん?」

  後ろから声をかけられて振り返ると、そこには黒帯を締めた[[rb:柔道衣 > じゅうどうぎ]]の熊獣人が向日葵のように眩しい満面の笑みを浮かべていた。ずんぐりとした、いかにもな柔道体型であるが背丈は俺よりも小せぇ……ってことはヒグマ獣人じゃなくて、ツキノワグマ獣人か。

  「いい体してんなぁ! なあ今からでもいいから柔道部に入ってみないか?」

  「はぁ? もう9月だぞ。こんなタイミングで入れる訳ねえだろ?」

  「いや、それがよぉ……団体戦の人数が足りねえんだよ……頼む、来月の試合だけでいいんだ! 助っ人で試合に出てくれねえか」

  「なんでおれがそんなもんに出なきゃ行けねえんだ」

  この高校の部活はそんなんばっかりなのか?

  そんな弱い部に入るなんて真っ平ごめんだし、何より柔道なんてやったことも興味もない。

  「おまえ、ゴリラ獣人だしパワーあるだろ。しかも、そのガタイだろ? 絶対強ぇに決まってる! おいらが来月までにみっちり稽古つけてやるから。なあ頼むよ」

  話の進め方もグイグイなら、距離感もグイグイ近づいてくる。

  朝練終わりで汗だくの体をくっつけんばかりの勢いで俺に迫ってくる。

  雄フェロモンたっぷりの汗の匂いが鼻腔をくすぐれば、おもわず反応してしまいそうになる。

  「な、なに勝手に決めてんだ。絶対に断る!」

  「なあ、頼むって! 絶対に悪いようにしねぇから。[[rb:無料 > ただ]]がいやってんなら、あそこで缶ジュース1本奢ってやるぜ? おまえだけが頼みなんだよ!」

  熊獣人はなかなか俺を解放してくれなかった。

  必死で説得してくる熊獣人を冷めた目で見下ろしながらどうやって振り切ろうかを考える。

  ひらめいた。

  こいつは俺よりもガタイは小さい。いくら黒帯とはいえ、ゴリラ獣人のおれを投げることは難しいだろう。それなら──

  「それならよ、あんたが俺を投げられたら言う通りにしてやってもいいぞ」

  「ほんとか!?」

  「まぁ、おれより小柄なあんたにできるとは思わっ……ウホォォ!?」

  次の瞬間、背中に激しい衝撃が走った。

  一瞬で俺の右手を掴んだ熊獣人は、そのまま腰を屈めて背中に乗せた俺を勢いで地面に投げつけていた。

  自分よりも背丈が小さい熊獣人に一本背負いで投げられ、呆けた表情で青い空を眺めていると熊獣人が嬉しそうに俺の顔を覗き込んでくる。

  「よぉし! これで試合に出てくれるんだな? おっと、わりぃわりぃ! 頭は打たないよう投げたけど……大丈夫か?」

  その真夏の向日葵のような黄色の瞳に見つめられ、今まで感じたこともない……なんと名付けて良いかもわからない感情が胸の奥底で生まれたこと、あの時はまだ気づいていなかったんだ。

  「おいらは熊江武蔵ってんだ。あんたは?」

  「……轟 弁慶」

  それが俺と先輩の出会いだった。

  [newpage]

  「おらよっとーーー!!」

  「はあはあ……畜生、殺す気か」

  乱取り(組み合い)の終了を告げるベルがなる直前、おれは武蔵先輩に一本背負いで投げられた。

  部員全員が汗だくのままに畳の上に倒れ伏している。

  初心者なりに思うことだが、浅間高校柔道部のレベルは想像以上に高かった。

  それでは、なぜ新人戦を直前にして人数が足りない等という事態に陥っているのかというと、ひたすらに練習がキツいのだ。

  打ち込み300本、投げ込み100本、乱取り3分×20本、それに加えて寝技の練習、走り込みに筋トレ……

  平均的な柔道部練習の3倍の量らしいが、並の獣人であれば付いていけないであろう練習量だ。

  3年生が引退して、この熊江武蔵が主将になった途端メニューに練習がきつくなり、トドメの4泊5日の夏合宿で大半の1年生のみならず、武蔵と同じ同級生まで数人やめてしまったというのだから笑えない。

  とはいえ、練習内容自体は確実に部員をレベルアップさせているようで厳しい練習に耐えたメンバーは技のキレもフィジカルも桁外れに強くなっていた。

  「うほッ!!」

  と、首筋に冷たい感触が走る。

  おもわず飛び上がると武蔵先輩が缶ジュースを差し出しながらニヤニヤと笑っていた。

  「おつかれさん、ベンケイ。ほらよ、ジュース」

  悪戯に首筋に冷たいものを当ててきたのが気に入らずに黙って受け取る。

  「まあまあ、ベンケイくん。そう怒るなって。しかし、おまえ筋いいじゃねえか。この調子でいけば新人戦までには仕上がりそうだな」

  「ったく……なんでおれがこんなこと」

  プルタブを引けば、プシュッと音と共にガスが抜ける。

  レモン味の炭酸飲料が喉を潤せば、やっと悪態をつく元気が出てくるというものだ。

  「やってみたら楽しいもんだろ、柔道? しかし、あれだな……この練習に耐えれるってことは、おまえ……ただのゴリラ獣人じゃねえな。やっぱりおいらの……し、『しんぎがん』? は正しかった訳だ」

  それを言うなら「審美眼」だろ……喉まで出かかったツッコミを炭酸ジュースといっしょに飲み込む。おれの隣にくっつくように座る武蔵先輩は構わず続ける……汗の匂いが混じった体臭まで感じてしまうこの距離感は少し緊張する。

  「おまえ、ただの帰宅部じゃなかったんだな。他にスポーツとかやってたのか?」

  「……あんた、何にも知らないのか?」

  武蔵先輩の言葉に思わず探るような目線を向けてしまう。

  おれが野球部で起こしてしまった騒動は全校生徒に知れ渡っているものだと思っていた。

  キョトンとした表情を浮かべる武蔵先輩の様子からも、どうやら本当に知らないようだった。

  「んぁ、何かあったのか?」

  「いや、その……おれが」

  墓穴を掘ったと気づきおもわず口を閉ざす。

  まっすぐな瞳で見つめられれば本当のことを話してしまいそうになる。

  だけど、もし話して失望されてしまったら……?

  また血が上って、いつ暴れ出すかもわからない俺を柔道部に受け入れてくれるのだろうか。

  いろいろ考えるのが次に続く言葉が出てこないでいると先輩はスッと立ち上がった。

  「ああ、やっぱりいいや! 無理に話さなくていい」

  「で、でも先輩……?」

  「たまに思い悩んだ顔してるもんな、おまえ。わりぃ、無神経に聞いちまったな」

  頭を掻きながら俺に背を向ける。そうは言ってもここまで話してしまったのだから、バレるのは時間の問題じゃないか。もしかしたら、他の誰かに訊こうとしているのか……?

  「安心しろやい。おいらは他の奴に訊いたりしねぇ。ベンケイが話したい時に話してくれればいい」

  「……」

  どう返していいか答えあぐねて怪訝な表情を浮かべていると、武蔵先輩はこちらを振り向き、真剣な、しかし優しいまなざしを向けてくる。

  「おまえ自分じゃ気づいてないと思うけど、練習中いい顔してんだぜ。汗だくで辛そうだけど、一生懸命で楽しそうで……おまえのあの顔好きだからさ。そんな暗い顔すんな、おまえには似合わねえよ!」

  そう言ってニカッと笑う先輩があまりにも眩しく見えた。

  思わず顔が赤くなる。胸が高鳴り、じんわりと温かくなる。

  好き……なんて初めて言われた。

  おれがあんまりに呆けた顔をしたせいか、武蔵先輩がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら覗き込んで来る。

  「なぁに顔赤くしてんだよ! じゃあ、また明日な、ベンケイ。さあて、昇段試験が控えてる部員ども! これから形の稽古だ!」

  そう言って先輩はクタクタになって倒れてる他の部員に喝を入れ始めた。楽しそうな武蔵先輩とは対照的に、部員達は悲鳴にも似た声を上げている。

  [[rb:道衣 > どうぎ]]を整えて畳に上がる先輩の背中を眺めながら、おれは味わったことのない感情を抑え込むのに必死だった。

  もしかして、これが……違う、絶対に違う!!

  畳の上では形の稽古が始まっていた。

  おれは黙って道場を後にした。

  ──────

  ────

  ──

  その日、おれは夢を見た。

  武蔵先輩におれが覆いかぶさっている夢だった。

  よくある寝技の練習風景だ。互いに全裸であることを除けば……であるが。

  密着し合い間近で相手の顔を見るのは練習ではよくあることだ。

  普段は何も感じないのに裸であるが故に互いの体温を、匂いを、毛並みの感触を否が応でも感じてしまう。夢だということはわかっているのに……だ。

  [uploadedimage:18020167]

  (イラスト by しがらきさん)

  あろうことか、おれは[[rb:自身 > チンポ]]を硬く勃起させていた。

  茶色の毛皮に覆われた先輩の体から離れようとするのに力が入らない。

  おれの焦る様子を見ながら、先輩は悪ガキのような笑みを浮かべている。

  ふと、先輩のマズルが俺の口元に近づいてくる。

  ダメだ、夢だとしても、こんな、こんな──

  俺の理性が受け入れることを必死で拒み、じたばたと体を暴れさせようとする。

  しかし、おれの本能はその口づけを切に望んでいるのか、理性を上回り抵抗する力を解いていく。

  先輩のマズルが俺の口元に触れそうな距離まで届いていた。

  おれは受け入れるように目を閉じて──

  そこで目が覚めた。けたたましい目覚ましの音が耳元で鳴り響く。

  早く出なければ朝練に遅刻してしまう。安心する気持ちと残念がる気持ちの両方を覚えながら、体を起こしたおれは はたと気づく。寝巻きの股間部分がヌメヌメとした液で汚れてしまっていることに。

  結局、俺は朝練をサボってしまった。

  [newpage]

  最悪の寝覚めから始まった1日が終礼のチャイムで終わりを告げる。

  放課後、部活の時間だ。しかし、どうしても道場に足を運びたくなかった。

  昨日のようにサボりたいからではない。[[rb:あの人 > ・・・]]と顔を合わせるのが気まずかったからだ。

  周囲を見回しながらコソコソと正面玄関に向かい、下駄箱から靴を取り出す。

  肌寒さを感じさせる木枯らしが吹き荒ぶ校庭を横切り、校門から逃げ出そうとしていたところでおれは頭を抱える。[[rb:道衣 > どうぎ]]を着た武蔵先輩がまるで門番のように仁王立ちしていたからだ。

  「おいコラ、ベンケイ! おまえ またサボろうとしてんのか!?」

  「うっ……」

  武蔵先輩が丸い瞳を見開きギロリと睨みつけてくる。

  結果的に朝練をサボってしまったこともあって、だいぶ頭に来ているようだ。

  グイッとこちらに体を近づけると、顔を近づけ凄んでくる。

  「ちょっと褒めたら すぐこれだ! 朝練もサボりやがって……ったく、油断も隙もあったもんじゃねえ。いいか、部活っていうのは1日サボったら3日かかるんだ」

  「……」

  講釈を垂れるような説教が始まるが、今朝の夢の中で見た先輩の裸が脳裏を掠めて耳に入ってこない。

  俺はこの人に欲情してるっていうのかよ。違う、違う……そんなんじゃ。

  「柔能制剛、精力善用、自他共生……おいらが口を酸っぱくして言い聞かせて……って、おい! 聞いてるのか、ベン──」

  「あら、武蔵くんじゃない?」

  突然、俺の背後からかけられた黄色い声に先輩の説教が遮られる。

  振り向くとそこには下校途中の雌用制服を着たアルパカ獣人が立っていた。

  「み、ミチルさん……!」

  武蔵先輩が先ほどまでとは違う意味で顔を赤らめ、体をこわばらせている。

  ああ、この人が……思い当たる節があった。

  早乙女ミチル……武蔵先輩と同学年のアルパカ獣人でクラスのマドンナらしい。練習終わりに武蔵先輩がでかい声でこの人の話をしているのを何度も聞いている。

  やれ「今日は3回も話せた」、やれ「何回も目が合ってるから、きっとあの人もおいらのことが好きなんだ」だのと[[rb:宣 > のたま]]う先輩は本当にやかましく……楽しそうだったことを思い出す。

  もこもことした白い毛並みは艶やかで、雌獣人に興味のないおれの目から見てもキレイだと思った。

  「これから部活? 武蔵くん、いつもがんばってるもんね」

  「そ、そうなんです! お、お、おいら柔道部の主将だからっ……今度の地区新人戦で、優勝してぇんだ……もし優勝したら、その……」

  「ん、なぁに?」

  「お、おい、……おいらと……その…で、でー」

  けっ、あんだけ偉そうなこと言っておいて雌獣人の前ではこのザマかよ。

  顔を真っ赤にして、声まで震わせて……情けねえなぁ。威厳もへったくれもないじゃないか。

  でも、雄獣人って本来こういうもんなのかもしれねぇな……

  ミチルさんと夢中になって喋っている武蔵先輩の視界から俺は完全に消えているようだ。

  なんだかおもしろくない……胸の奥底で黒い感情がもたげる。今、鏡が目の前に現れたら、きっとひどい顔を写すんだろうな。今の先輩の姿を見続けたくなくて、何より今のおれの顔を先輩に見られたくなくて、2人を傍目に校門を出た。

  初めてサボりに成功したものの別に何をやりたい訳ではなかった。

  家路に着く訳でもなく、ふらふらと街中を歩いてみるが、これといって胸おどらない。

  路地裏にたどり着いた俺はカバンの中から道衣と白帯を取り出す。1ヶ月のハードな練習のせいか黄ばみ始めている。野球部を退部させられてから色褪せていた俺の高校生活だったが、柔道部に入ってからはちょっとはマシになった気がする。きっかけとなった武蔵先輩には感謝している。無理やり入部させた張本人といえど、右も左もわからない俺に懇切丁寧に柔道の[[rb:いろは > ・・・]]を教えてくれたのだ。照れ臭くて言葉にできないが尊敬もしている。

  ……先輩に抱いている感情は好意ではないのだ。

  そうだ、きっとそうに違いない。

  自分自身に言い聞かせる。今から戻れば準備体操が終わるまでには間に合う。

  戻ろう。戻って先輩に謝ろう。

  そうと決まれば急がなければ。道衣と白帯をカバンにしまおうとした、その時──

  「んごっ……!?」

  頭に重い衝撃が走った。

  何が起きたのかわからないまま、その場に倒れる。

  「へへっ、やっと見つけたぜぇ。轟ぃぃ」

  薄れゆく意識の中、かつて聞いたことがあるいやな声と視界を掠める金属バットから、こんなことをした犯人の察しはついたが、2度目の頭への衝撃でついに気を失った。

  「おら、起きろよ」

  頬を張られて目を覚ます。

  ぼんやりとした意識の中で体を動かそうとするが、それは叶わなかった。

  縄のようなもので手首を後ろ手で、胡座をかいた状態で足首を縛られていたからだ。

  しかも、着ていた制服を脱がされて全裸のまま。

  どうやら廃工場の様な場所に連れ込まれたようだ。高窓から差し込むオレンジ色の光からあれから1時間ほど経っていることが推察された。廃油のツンとした匂いが辺りを充満しているが、この場所に不釣り合いな甘い匂いも漂っている。

  「久しぶりだなぁ……轟ぃ」

  「犀……原……」

  俺をこんな目に合わせた犯人……あの事件以来、野球部どころか学校にすら来ていなかった犀原だった。

  4ヶ月ほどしか経っていないのに全身がぶくぶくと膨れ上がり、脂肪の塊のような不健康そうな様相に変わっていることから、よほど堕落した生活を送ってきたのだろう。

  しかし、下卑た声と顔はあの頃と変わらない。太い腕を振り上げると、もう一度俺の頬に張る。

  「うごっ……!」

  「『先輩』を付けろよ、このホモ野郎め」

  口の中が切れたのか血の味がじんわりと広がる。されるがままも気に入らない。俺は口内で血液と唾を混ざると、ぶっ! と犀原の顔に吐きかける。

  「誰があんたみたいなクソ野郎を敬うんだよ」

  「ククク、やはりおまえはそうじゃなくちゃな」

  おれの意趣返しもどこ吹く風と言った様子の犀原は血を拭うと、今度は3本の蹄の付いた足で股間ごと俺のチンポを踏み締めた。

  「グオォォォ!! や、やめろ……やめてくれぇぇ! いでえぇぇ!」

  雄の急所ともいえる部位を重い体重が乗った足で踏みしだかれれば口から泣き言が漏れてしまう。

  「やめ、やめろ! うぎぃぃ────!?」

  サディスティックな笑みを浮かべた犀原はグリグリと俺の玉袋へと足の位置を移していく。睾丸が潰れてしまうのではないかと見まごう圧に一瞬、気を失いかけた俺は全身汗まみれで必死に痛みに耐える他なかった。

  「ははっ、おまえ図体がでかい割には情けねぇ雑魚チンポだな。おら、おら……へへっ、どぉれ、おまえに本物の雄チンポってヤツを見せてやろうか」

  ひとしきり俺の股間を痛ぶった犀原は満足した様子で足を上げると、穿いていたズボンを一気に下ろす。

  ぼってりとした土手っ腹の下に鎮座する雄そのもののチンコが、むわっとした臭気を放ちながら姿を現す。野球部の部室で見た時はフィルムに巻かれていてよく見えなかったが、長さ、太さ共に俺の二周りも三周りも大きい。灰色の包皮は完全に剥けており、生々しく赤黒い亀頭が顔をもたげ、先っぽからは透明な液体を溢れさせていた。

  でけぇ……

  憎むべき相手のモノだというのに俺は目を離せなくなってしまった。

  勃起した他人のチンコを生で見たのは初めてだった。

  違う人種といえど、同じ雄なのに俺のモノとこんなに違うなんて……

  雄のシンボルとは斯くあるべき、そう言われているようだった。

  思わず生唾を飲んでしまう。

  「他の奴らはかわいそうだからフィルムを巻いてやったが、ホモ野郎のおまえは生でいいだろ?」

  「なん……だと……」

  「舐めろ」

  鼻先に突き出された犀原の勃起チンコからむわっとした臭気が漂っている。

  本来なら憎む相手の言うことなど聞くはずもない。ましてや雄のチンポを舐めるなど。

  しかし、おかしい。

  「どうした? おあずけを喰らったような顔しやがって」

  おかしいのだ。俺は目の前にあるチンコに魅入られたように目を離せなくなっていた。

  勃起チンコの形を目に焼き付けたい、匂いを嗅ぎたい、口の中で味わってみたい……

  どうしようもなく沸き起こる興味に俺の理性は押しつぶされそうになっていた。

  ふと、目が覚めた時に感じた甘い匂いが強くなっているのを感じる。まさか……

  「犀原、おまえ……おれに何をしやがった?」

  「この香りか? これは獣人の欲望を増幅させる催淫香だ……闇市で手に入れた貴重なもんでな。普段はアバズレ雌に使ってやるんだが、特別大サービスで今日はおまえに使ってやるよ、轟ぃ」

  拘束された俺の側で焚かれている香が着実に俺の理性を蝕み、目の前に晒された股間の蒸れた雄臭が俺の本能を刺激していく。

  「いやだ……こんなクソ野郎のチンコしゃぶりたくねぇのに……うっ、うぅぅ……」

  

  「我慢すんじゃねえよ……ほれ、おまえの大好きなチンコ様だぞ」

  理性による必死の抵抗は、しかし増大した本能には抗えなかった。

  口を閉ざしていた筋肉が弛緩し、涎を垂らしながら半開きにしてしまった瞬間──

  「ふごっっっ!?」

  棍棒のような太さのチンコが俺の口に突っ込まれた。

  鼻に抜ける雄の性臭は決してかぐわしいものではないはずなのに、催淫香と合わさり俺の欲望を満たしていく。

  ペロッ……レロッ……ンン、ペロッ……

  初めて舐めたチンコの味は、おれの中の「興味」の箍を外してしまった。

  口の中で舌を動かすとその亀頭を、雁首を探るように舐め始めた。

  まるでグロテスクとも言えるような肉の形を味を覚えるように。

  「おうおう、だいふ俺のモンを気に入ってくれたみたいだなぁ。はは、浅ましい奴だ。あんだけ俺に歯向かった癖によぉ……!」

  「ンゴッ!?」

  犀原は言い終わらない内に俺の頭部の獣毛を掴み、無理やりに自分の股間へと引き寄せた。当然、太く凶悪なチンコの先端が俺の喉に突き刺されば、えづき、こみ上げる吐き気に瞳には涙が貯まる。

  「吐くんじゃねぇぞ? ふはは、こいつ泣いてがる。でかい図体してても、これじゃ雌獣人と一緒だな。そら、動くぞ 」

  ぬちょっ、くちょっ、ねちょっ、くちゅっ、くちゅ、れろっ、ちゅるっ、ぺろっ、ねちょっ、くちゅっ

  仁王立ちしたままの犀原が一定のリズムで腰を振る。相手を慮ることがない独りよがりな自慰行為の延長線のような行為は、俺の口を、喉を、心を犯していく。

  次第に犀原の腰を振るリズムが早くなり始める。鈴口から溢れる先走りの量も多くなれば、射精の時が近いことを察して頭を離そうとしたが後頭部を抱え込まん勢いの3本蹄の手に抑え込まれれば、それも叶わず──

  「さあさあ、轟ぃぃ♡ 一滴も零さず飲んで、俺の雌になっちまぇよぉぉ! はぁ♡ はぁ♡ おらぁぁぁ!!」

  犀原の怒号と共に口内のチンコが脈動していく。そして──

  ビュルル! ドク♡ ドク♡ ドク♡

  大量の獣精が俺の口内に注がれた。

  しょっぱいような、甘いような味が口いっぱいに広がる。犀原は射精を終えた後も、まるで口に蓋をするように抜こうとしなかった。おれを見下ろす淫猥な目は飲み込むまで許さんと言わんばかりの目線を向けていた。

  射精から1分の後、俺の口からズルリと犀原のチンコが抜かれた。

  犀原のチンコは射精した直後だと言うのに、まだ硬さと大きさを保っていた。

  「うぇ、ううっっ……おぇぇ……!」

  おれは口に溜めていた精液をこれ見よがしに吐き出した。本能に負けてしまった今なお抗う気持ちを残していることを示したかったのだ。

  「てめぇ、まだ飲んでなかったのか?」

  「ゲボッ! ゴホッ! ……へっ、てめぇの不健康そうな体から出されたもん、少しでも取り込みたくないんでな」

  「へぇ……じゃあ、なんでおまえの雑魚チンポはそんなにビンビンに勃ってんだ」

  そう言われて初めて気づく。おれのチンポは天井を向くように怒張していたのだ。手足は拘束されたままのため隠すこともできない。犀原の凶悪なモノに比べれば雑魚と評されてもしょうがないものであるが、それでも確実に血の滾りを覚えていた。

  「これは……てめぇの催淫香のせいで……!」

  「そういうことにしといてやるよ。どれ、せっかく生で舐めてもらったからな。サービスしてやろうかぁ。おらぁ!」

  そう言いながら犀原は おれの体を蹴飛ばした。手足を縛られたままの俺はなす術なく仰向けに転がせられる他なかった。そして、あろうことか犀原は おれの直立した勃起したチンポを蹄の付いた足でグリグリといじくり回し始めた。

  「やめっ……そんな……いでっ!」

  勃起したチンポを踏みつけられたり、蹄で触られれば言いようのない感触に襲われ身悶えしてしまう。

  「いでっ……ウホォぉ……おっ、おおっ……あぅ♡」

  「ついに雌みてぇな声で泣きやがって、ほれイッちまえよ。俺の足に踏まれながら……イケよ!!」

  「おおぉぉ♡ おうぅぅ♡ はぁ、はぁ♡ あ、ああ……ダメだ……あっ、アァァァ♡」

  グニュ、グニュと股間まわりを重い足で踏まれている内に俺の頭は真っ白になっていく。体の奥から快感が込み上げて来る。そして──

  どびゅっ! びゅるるるるるるる!!

  激しい勢いで獣精をぶち撒けた。初めて他人から……ましてや憎むべき相手の足でイカされたというのに、おれの脳内は快感に満たされてしまっていた。

  「うおっ♡ あっ……♡ あぅ♡」

  「ぶち撒けたなぁ、轟ぃ。雄臭ぇ匂いがプンプンしてやがるぜ。んっ、香が切れちまったか。まあ、いいか」

  気づけば香の匂いは薄れていた。先ほどまで目の前のチンコのことでいっぱいになっていた頭がクリアになる。しかし犀原は意に介した様子はなく鼻先の角で器用に おれの足を拘束していた縄を解き、両手でおれの足を担ぎながら、その足の間に太い体を入れ込んできた。

  「どーれ、おまえが俺よりも格下だってことを体に刻んでやるか」

  まさか。

  犀原がおれの足をさらに開いて巨体をねじ込めば、誰にも見られたことのない肛門が無理やり開かされていく。

  「ケツをヤるのは初めてだからな。まあ、おまえはホモ野郎だからガバガバなんだろぉ?」

  やめてくれ。

  怒張したチンコを握り、おれの尻穴へと充てがう。赤黒い亀頭が肛門に触れれば先走りによるぬめりと生温かい熱が伝わってくる。

  「さあ、ぶちこませてもらうぜぇ……!」

  誰か……助けて……せんぱい!!

  恐怖のあまり声が出ない。先走り液をまとった亀頭が肛門を突き破ろうとした、その時──

  ガシャン!

  廃工場の窓ガラスが割れた音が響けば、犀原が驚いて腰の動きを止める。どうやら外から石が投げ込まれたらしい。

  「なんだ!? どこのどいつだ?」

  犀原が俺から離れて窓へと近づいていく。

  「せーの……おらよっと!」

  聞き慣れたかけ声と共に先ほど割れた窓ガラスから茶色い塊が転がり込んでくる。

  まさか、そんな……どうして?

  「お、おまえ何者だ!?」

  突然現れた闖入者に犀原が狼狽えている。塊に見えたそれは丸めていた体を伸ばし、ゆっくり立ち上がる。身に纏っていた白い柔道衣を整え、茶色い毛皮を払うと組手の構えを取った。

  「……そこのサボり魔の先輩だ」

  武蔵先輩は俺を一瞥した後に犀原に向き直った。普段とは全く異なる異様な迫力……武蔵先輩は犀原に明確な敵意を向けていた。

  「どうしてここがわかった?」

  「いつの間にか逃げやがったコイツを探してたら路地裏に道衣が捨てられててな。コイツは態度は悪いし、すぐサボろうとするが約束を破るような奴じゃねえ。おかしいと思って匂いを辿ったら、この工場に着いたって訳だ」

  「しかし、どういう経緯かは知らねえし、あんたが何者かもわからねえけど……俺の後輩にひどいことしやがって……覚悟はできてんだろうな!」

  武蔵先輩が身構える。凄まじい覇気だ。一瞬怯んだ犀原だったが床に転がっていた自前の金属バットを持って余裕を取り戻したのかニヤリと不敵な笑みを浮かべる。巨体を突進させながら右手を振り上げ、自分よりも小柄な武蔵先輩の頭部に向けて振りかぶった。

  刹那、先輩は身を屈めながらバットを握る犀原の手首を左手で受け止め、右手を西原の右脇下を掬うように差し入れながら体を180度回転させる。

  「うっ、うぉぉ!?」

  「おらよっとーー!!」

  武蔵先輩は、そのかけ声と共に犀原の巨体を背中に乗せると屈んでいた体を立ち上がらせ、その勢いのままに床に叩きつけた。鈍い音が工場内に響く。犀原は腰を打ちつけて、体をピクピクと震わせていた。先輩の得意技「一本背負い」が炸裂したのだ。畳の上で受けても衝撃は相当なものなのだから、こんな硬い床では尚更であろう。

  「いいか。今度おいらの後輩に手を出してみろ? そん時はただじゃおかねえからな……わかったか!」

  床に仰向けに倒れて呆けている犀原の胸ぐらを掴んだ武蔵先輩は奴の鼻先に顔を突き立てて凄む。犀原は目をパチパチさせながら何度も何度も頷いていた。まさか自分より小柄な熊獣人に負けたことが信じられない様子だった。

  先輩が怒ったような、心配したような顔をこちらに向けてくる。よかった……おれは安堵の余り、そこで意識を手放してしまった。

  ──

  ────

  「んおっ……」

  心地よい揺れと温もりを感じて目を覚ます。誰かに背負われている? 顔に当たるふわふわとした毛皮の感触と汗が混じった獣の匂いがどこか心地よかった。

  「お? 起きたか、ベンケイ? いやー、ひどいめにあったな」

  「先輩……?」

  どうやら俺を背負ってくれているのは武蔵先輩だったらしい。おれの方がでかい図体してるていうのに、よくそんな軽々とおんぶできるもんだ……。

  「へへっ、初めて先輩って呼んでくれたな、おまえ」

  「そう……でしたっけ?」

  まだ頭が回らない。おれの気の抜けた返事に武蔵先輩は深いため息をついた。

  「……言っとくけど、おいら怒ってるからな。今日の朝練と夜練サボった分、特別個人練習を入れてやるから覚悟しとけよな」

  「……先輩と一緒にいれるなら嬉しいです」

  心身の疲労で普段のつっけんどんな態度が取り繕えない。思ったことをそのまま口にしてしまう。

  「おっ、かわいいところあるじゃねえか! ……まあ、今は疲れてるだろ。寝とけ、寝とけ。家までおぶっていってやるから」

  優しい言葉に胸が詰まる。この人なら全てを話しても受け入れてくれくれるんじゃないだろうか…… 先輩の太い首に絡める腕の力を強くしながら おれは口を開いた。

  「迷惑かけてすいません……おれ、元々野球部に入ってたんです……先輩の知っての通り、うちの野球部弱くて……立て直そうと、おれなりにがんばってたんすけど、さっきの犀原って奴を試合中に殴りつけて……おまけに他校生にまで怪我させちゃって……」

  回らない頭でポツリポツリと言葉を紡いでいく。先輩は黙って頷きながら聞いてくれていた。

  「退部させられて、大好きだった野球できなくなって悔しくて……もう何もやる気が起きなかった時に先輩に出会って……柔道部に入れられたんです」

  「ちょっと強引だったけどな」

  「……ちょっとじゃねぇけどな。先輩に教わる内に、どんどん柔道が楽しくなってきて……でも、俺は馬鹿野郎なんだ。頭に血が上ったら、また暴れちまうかもしれねぇ。そしたら、柔道部のみんなにも迷惑をかけちまうんじゃないかって……それに、それに……!」

  俺がゲイだってことがみんなに知られたら──

  それを口にすることだけは躊躇し言葉が詰まったところで先輩が被せるように話し始めた。

  「ありがとな、話してくれて。やっちまったことはしゃーねぇけど……さっきの感じだとあのサイ野郎が悪かったんだろ? おまえだけが責任を感じる必要ねぇだろ」

  「で、でも……」

  「ひと月ちょっとの付き合いだけど、おまえが無闇やたらに暴力を振るうような奴じゃねえってのはわかる。いや、がそういう奴だったとしても……おいらドーンと受け止めてやるし、何が起きても守ってやる!」

  「……」

  「だから、おいら達に迷惑かけるかも……なんて心配するな。わかったな、ベンケイ?」

  途中、怒気を孕ませていたようにも聞こえた先輩の話であったが言い終えた先輩の横顔は笑っていた。

  野球部を辞めて以来 ──自分がゲイだと気づいてから、ずっとかもしれない──おれは自分の居場所などないと自棄になっていた。そんなおれを受け止めると言ってくれた、それが嬉しかった。

  「……うっ……うぅ……うぅぅぁぁああ!」

  おれはここにいていいんだ──

  こみ上げる嗚咽が抑えられず、武蔵先輩の後頭部の茶色い毛皮に顔を埋めた。涙と鼻水で先輩の毛皮を汚してしまうが、そんなことを考える余裕もなかった。

  「あーあー、大の雄がなに泣いてんだ。……まあ、たまにはそういう時もあるよな。気の済むまで泣いとけ」

  それから正味10分ほど泣き喚いた おれだったが、安心感と疲労のせいか急激な眠気に襲われた。

  眠い……まだ先輩に話したいことがあるのに……俺が1番伝えたいこと、今なら言葉にできる気がする──

  「せんぱい……おれ、あ……んたのことが、……………す……」

  「ん? なんか言ったか? おーい、ベンケイ…………寝ちまったか。へへ、手の焼ける、かわいい後輩だぜ。まったく」

  先輩の声はまるで子守唄のように、背中は最高級のベッドのように俺を、幸福な微睡みへと誘ってくれたのだった。

  [newpage]

  それから1週間後の柔道地区新人戦。

  熊江武蔵主将が率いる浅間高校柔道部は無名校とは思えない破竹の勢いを見せつけ悲願の優勝を果たした。なんでも おれは今大会のダークホースとして名を馳せたらしいと、先輩が嬉しそうに教えてくれた。

  新人戦まで助っ人で入部する……という武蔵先輩との約束であったが柔道の楽しさを知った、極めたいと先輩に告げて、そのまま在籍することにした。

  ……もちろん先輩の側にいたい、という下心もあったが泣いて喜んでくれる先輩を見たら、なんだかどうでも良くなった。

  そういえば新人戦後にミチル先輩をデートに誘うことには成功したようだが、結局告白はできなかったそうだ。

  そういうところは本当にヘタレだよな……まあ、それは人のこと言えねえか。

  年が明けて冬。おれは昇段試験に合格して黒帯になった。

  [uploadedimage:18020839]

  (イラスト by しがらきさん)

  その頃には野球部での暴力事件の話題は下火になっており、俺も同級生達と打ち解けられるようになった。詳しくは教えてもらえなかったが武蔵先輩を中心に柔道部員達が俺の間違った悪評を払拭するのに尽力してくれていたらしい。ほんと、おせっかいが過ぎるぜ……

  月日はあっという間に過ぎて──さらに1年後の春。桜の蕾が芽吹き始めた3月の日、先輩は浅間高校を卒業した。大学に進学すると聞いている。将来的には学校教師になって柔道部顧問に就きたいらしい。子供好きで面倒見がいい先輩らしい夢だと思った。

  おれは先輩から柔道部主将の役を引き継いだ。先輩の意志を後輩に引き継ぎたいと思い立候補したが、先輩も俺を推薦するつもりでいてくれたらしい。部員達からも満場一致で賛同してもらい、晴れて俺は柔道部主将となった。今は日々の練習と新入生勧誘の準備で忙しい日々だ。

  卒業式の日、おれは練習の休憩中こっそりと道場を抜け出して会場になっている体育館を覗いた。卒業生達に取り囲まれている人気者の武蔵先輩を見つければ、鼻の奥がツーンとなり瞳に熱いものが込み上げてくる。今日で先輩はこの学校からいなくなってしまうんだ……いかんいかん。笑顔で見送ろと決めたというのに湿っぽい感情に襲われてしまう。

  「弁慶くん?」

  道衣の裾で目元を拭っていると、ふと背後から声をかけられた。振り返った先にいたのはアルパカ獣人──早乙女ミチルだった。何度か話したことはあるが、そんなに親しい訳ではなかったはずだ。学年のマドンナである彼女が俺に話しかけてくるなんて、どういう風の吹き回しだ?

  「ミチルさん、ご卒業おめでとうございます」

  「うん、ありがとう。ねえ弁慶くん……あの……」

  しばしの沈黙。ミチルさんが言いづらそうにしているので、おれは言葉が出てくるまで待った。

  「これは女の勘なんだけど…………あなた、武蔵くんのこと好きなんでしょ?」

  「は、はい……?いや、それは……その……な、なに言ってるんですか、ミチルさん!? お、雄同士で、そんな……あの……その…………」

  唐突に核心を突かれ、体が火照り、顔が赤くなる。おどけた調子で否定しようとしたが、ミチルさんの真剣な眼差しに嘘をつくことは憚られた。おれは口をへの字にしたまま黙って首を縦に振った。

  「やっぱりね! そうだと思ったわ、あなたずっと武蔵くんのこと見てたものね」

  そうだったのか、自分では隠してたつもりだったんだが……いや、そんなことより。

  自分の推理が当たったことにご満悦な様子のミチルさんの反応に拍子抜けしてしまう。

  もっと嫌悪感の様なものを向けられることを覚悟していた。

  「……ミチルさんは、雄獣人が雄獣人を好きになるなんて、その……気持ち悪い……とか思わないんですか?」

  「うーん、確かにびっくりはしたけど……だって、好きになっちゃったんでしょ? しょうがないじゃない」

  あまりにもあっけらかんと言われた単純にして明快な言葉。

  なんだか長年悩んでいたことが馬鹿らしくなってくる。「しょうがない」か……

  へっ、おれは少し難しく考えすぎてたのかもしれないな。

  「でも、きっと大変だと思うわ。武蔵くん、『超』が付くほど『[[rb:鈍 > にぶ]]ちん』なんだから。積極的にアピールしなくちゃね。私、応援してるわ!」

  こっちの胸中などお構いなしに同姓同士で恋バナをするような感覚で話を続けるミチルさんに呆気に取られながらも、俺はふと思う。

  ミチルさん、もしかしてあなたも先輩のことが──

  だけど、口にするのをやめにした。そんな野暮なことを訊くのはミチルさんにも、武蔵先輩にも失礼に当たるだろう……などと考えていれば、話題の人物がどかどかとした足音を立てながらこちらに向かって走ってくる。

  「おい、ベンケイ! なにミチルさんと喋ってんだ!? ミチルさん、なんかコイツに変なことされていやせんか?」

  顔を真っ赤にした武蔵先輩が俺たちに詰め寄ってくる。間の抜けた物言いを聞けば、おもわずミチルさんと顔を見合わせ互いに吹き出してしまう。

  「なんでもないわよ。ちょっと楽しい[[rb:おはなし > ・・・・]]してただけよ。じゃあね、弁慶くん。がんばってね!」

  おれに目で合図をしたミチルさんがそそくさと立ち去り卒業生のグループに混ざっていく。寂しげにミチルさんを見送る武蔵先輩だったが、俺に向き直るとバツが悪そうな笑みを浮かべた。

  「へへ、最後に情けねえところ見られちまったな」

  「はは、先輩らしいじゃないですか」

  「ほっとけ!」

  意地悪く返すと、いつものように大袈裟な反応を返してくれる。この何気ない時間が愛おしかった。わざとらしく咳払いをした武蔵先輩が真面目な表情に切り替わる。

  「まあ、あれだな……これからもちょいちょい道場には顔見せに行くから、これからもよろしく頼むぜ、ベンケイ主将!」

  先輩はいつもの笑顔で俺に手を差し出されたので握り返す。マメだらけのごつごつした手から温もりが伝わってくる。

  あの日、声をかけてくれてありがとうございます──

  何度も練習サボってすいませんでした──

  主将として先輩の柔道、後輩達に引き継いでいきます──

  先輩のおかげで、おれは今日ここにいれるんです──

  笑っちまうかもしれねえけど、先輩のことが……好きなんだ──

  たくさんの思い出が、伝えたい思いが、言葉として溢れていく。何を口にしていいのかわからなくなる。

  でも、今日は今日しか言えないことを言わなくちゃな……

  ぼやけた視界の中まっすぐと先輩の向日葵のように明るい瞳を見つめながら、今1番に伝えたいことだけを口にした。

  「卒業おめでとうございます、先輩」

  それから数年後、侵略者と戦うヒーローになった武蔵先輩にスカウトされて同じ組織で働くことになるのだが、それはまた別の話──