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「なんとか月が出る前に帰宅できたけど、このままだとまずいな……」
カーテンを閉め切った自室を見回して少年はそう呟いた。カーテンの隙間からは、うっすらと月の光が差し込んできている。あれだけの光量だと、完全に変身するまでいかないが、身体にはわずかながら変化が出てきてしまっている。
さらに、廊下の窓にはカーテンがないのだ。この部屋から出ようもんなら、たちまち月光を浴びてしまうことだろう。
鏡を見ると、耳の先端が尖りはじめていた。そのまま見ていると、茶色い毛が生えてくる。もう狼化は始まっているのだ。
手を見ると、爪は尖り、手の甲には茶色い毛が生え始めていた。
「困ったな……」
耳同様に変化の始まった手を見ていると、ふと腰のあたりに違和感を覚えた。
ズボンをずらし、振り返って見てみると、尾骶骨の辺りから短い尻尾が生えてきていた。
「うわ、尻尾まで生えてきやがった。最悪……」
少年は舌打ちする。これも、「狼男になる魔法だって。試してみようよ!」と訳の分からない実験に付き合わせてきた幼馴染のせいだ。明日、学校で会ったらなんとしてでも元に戻してもらおう。
そう決意を固めたところで、突然ドアが開いた。
慌ててズボンをずり上げて尻尾を隠す。
「ねえ、お兄ちゃん。今夜は見事な満月だよ。見ないともったいないって」
部屋に入ってきたのは妹だった。
「お、俺はいいって」
もしカーテンでも開けられようもんなら、たちまち狼に変身してしまう。それに、耳や尻尾や手の変化に気づかれる恐れだってある。
少年は妹を追い返そうとするが、妹はそれよりも先に窓に近寄ると、サーッとカーテンを開いた。
「あっ」
少年の目に飛び込んできたのは夜空に明るく光る満月。その光を浴びて、変わりかけだった彼の耳はさらに形を変え、茶色い毛に覆われていく。ズボンの中では尻尾がググっと伸びる。少年はとっさに尻尾を手で押さえた。
「ほら見て、きれいな満月! って、どうしてお尻を手で押さえているの?」
「な、なんでもないって。そんなことより早くカーテンを閉めろ!」
「満月を見たくないなんて、狼男じゃあるまいし……って、その耳!」
青ざめた妹が少年の耳を指さす。彼の耳はすっかり狼の耳へと変化を遂げていた。
「い、いや、これはだな……」
言い訳を考えるうちにも、彼の身体はどんどん人間から狼へと変わっていく。ズボンの中で成長した尻尾は、ついにズボンを突き破って勢いよく飛び出した。バランスを崩した少年が前につんのめる。床についた手はすっかり狼の前肢になっていた。
「うあっ」
「し、尻尾! やっぱりお兄ちゃんって狼男なんじゃ……」
「た、頼む。早く部屋から出てくれ。に、逃げ……うっ」
もはや誤魔化しようがない。それよりも早く妹を逃がさなければ。そう考えた少年が、妹に逃げるよう言いかけたところで、マズルがぐぐっと、前に伸び始めた。そうして獣らしくなった顔は次第に茶色い毛で覆われていく。
「お、お兄ちゃん?」
目の前で月の光を浴びた兄が一匹の狼へと変わりゆく様を怯えながらも見ていた妹だったが、さっきまでとは兄の様子がどうやら違うことに気が付いた。外見の話ではない。内面の話だ。
妹の声掛けに返ってきたのは、人間の言葉ではなく獣の咆哮だった。そして、次の瞬間、狼は彼女へと飛び掛かる。
「キャッ」
慌てて兄の部屋を飛び出し、扉を閉める。さすがの狼も扉は突き破れないようで、中から物音は聞こえるものの、部屋から出てくる気配はない。
「どうしよう。お兄ちゃんが狼になっちゃった……」
妹がへなへなと廊下に座り込む。彼女は、さっき狼に引っかかれた腕の傷口から、兄だった狼の体毛と同じ茶色い毛が生えてきていることにまだ気づいていない。
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