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※自棄になって行きずりの猪親父に身を任せた虎兄ちゃんが、その優しさに少しずつ惹かれてしまうようになる話。

  1

  あれは本当の恋だったように思う。

  例えそれがゆきずりの相手だったとしても。

  俺、寅田和義は、『おやっさん』が好きだった。

  陳腐な言い方をすれば、それは一目惚れだったのだろう。

  熊獣人にふさわしい、巌のようにでかい体に、ちょっと見とれてしまうぐらい、男臭くて威厳のある顔立ち。頑固そうに口をへの字に曲げているが、目は少しだけ優しそうだった。

  俺が初めておやっさんを見かけたとき、彼は、腰に一枚タオルを巻いたまま、休憩室のソファーでビールを飲みながら、煙草をプカプカとふかしていた。そして、前を通る男たちを物色していた。

  そう、そこは発展場だった。

  男が男を求める場所。

  ゲイである俺にとって、ノンケではない本理想が、そこで煙草を吸っているのだ。

  ……きっと歳は50を超えているんじゃないだろうか。

  体を覆う真っ黒な体毛も、少しパサついていて艶がない。でも、それがいかつい顔立ちにすごく似合っているように感じた。

  年を経て、酸いも甘いも噛み分けた、男としての貫禄。

  年上好きの俺としては、自分の倍は歳が離れているようなこの熊獣人から目が離せなかった。

  俺は気づかれないようにしばらく遠くからおやっさんの姿を眺めていた。

  やがて、缶を握りつぶし、煙草を灰皿に押し付けて、おやっさんは立ち上がる。

  男を求めて、暗闇に行くのだろう。

  俺は、操られるようにふらふらとその後を追った。

  いわゆるミックスルームという、足元に布団が敷かれた暗闇の中で、おやっさんは仁王立ちになる。

  部屋にいる男たちを見回しているのだろう。

  と、同時に腰に巻いてるタオルをはらりと取り去った。

  ……すげえ、でけえ。

  遠めに見てもわかるほど、太くて、長い。

  野太い逸物が、だらり、と垂れ下がっている。

  俺は矢も楯もたまらなくなり、『おやっさん、相手してください!』と、跪いてそのチンポにしゃぶりつく。

  そんなはっちゃけた事をしたのは、生まれて初めてだった。

  俺だって、そんなことされたらドン引きするだろう。

  少なくとも、相手に声をかけて、だんどりを経てから行為を行う。

  でも、その時ばかりはそれができなかった。

  誰かに取られるかと思ったら、我慢できなかったのだ。

  おやっさんはいきなりしゃぶりついた俺に一瞬目を丸くしたが、すぐににやりと口をゆがめて笑う。

  ……この人の目に、俺はどう映っているんだろう。

  20代後半の虎獣人。顔立ちはそんなに悪くないと思う。少なくても、不細工と言われるほどではない、と思う。こういう発展場に来たら、大概はだれかに相手してもらえる。体もそこそこ鍛えているし、種族柄、ガタイもしっかりしている。

  それでも、相手にもタイプがある。

  恐る恐る見上げる俺の頭に、おやっさんは手を乗せた。

  「いいぜ……おめぇみたいなの、嫌いじゃないからな」

  2

  それは激しいセックスだった。

  体格に似つかわしい、というか今まで見たことのないほど太くて長いおやっさんの逸物に俺は舌を伸ばす。そして、子犬がミルクを舐めるように、ぴちゃぴちゃと舌を這わした。

  赤黒い亀頭の先からとろとろとこぼれるガマン汁を舐め、血管の浮き出たぶっとい竿全体に舌を這わす。

  濃い男の匂いと、舌を刺激する塩辛さに、俺は恍惚となる。

  「ほれ、いつまでも舐めてねえで、さっさと咥えんかい」

  不意に頭を掴まれ、ふと長いチンポを顔に押し付けられる。唾液と先走りが、顔中にべっとりとつけられる。

  ……おやっさんの匂いだ。

  それが自分に沁み込んでくるのをうれしく思ってしまう。

  まるでこのおやっさんのものになったように。

  「……おやっさん、すげえぶっとい」

  「そうだろう、自慢の逸物だ。壊されねぇように、しっかりおめえの口で濡らしとけよ。こいつをぶちこんでやるからな」

  「は、はい!」

  そう言うなり、俺は喉を広げ、必死に逸物を飲み込もうとする。今まで咥えたことがないほど奥に肉棒が突き刺さり、俺はえずきそうになる。目から涙があふれる。

  「どうだ、うめえか」

  「う、うめえっス」

  こんなに苦しいのに、なぜか幸せを感じてしまう。チンポを咥えただけで、女にされてしまう。

  こんなことは今までなかった。

  「ぼんやりしてねえで、のど使え、のどをよ!」

  言葉とともに、俺のチンポに柔らかな感触を感じる。

  ……うぅ!

  おやっさんが、いきり勃った俺のチンポをぐにゃりと踏みつけたのだ。

  それだけで、俺はイキそうになる。

  俺はそれを足でむんずと踏みつけると、にやりと笑った。

  「なんでぇ。おめぇ、勃起してるじゃねえか。ほら、そんなに欲しいなら奥までくれてやるよ」

  げぇげぇとえずいている俺にお構いなしに、おやっさんを後頭部を両手で抑え、固定された俺の口に向かって、その太い腰を振り始めた。

  ぐちゅ、ぐちゅ。

  俺の口から、淫猥な音が溢れ出す。

  「おお、いいじゃねえか。慣れてるなあ。特上の口マンコだ」

  喉を壊そうとするかのような激しい動き。

  俺のことなどお構いなしの、完全に道具扱いのようだった。

  それでも、好きな相手にそれをやられるだけで、俺は感じてしまう。

  ただ、おやっさんに喜ばれたいと、俺はそれだけを思う。

  「まぁ、こんなもんでいいか」

  やがて、じゅぶり、と音を立てながら、俺の口をからそれは離れていく。

  涙が出るほど自分を苦しめたそれを、俺は名残惜しく見つめていた。

  俺の唾液と先走りで、しとどに濡れた棍棒のような逸物。

  呆けた表情の俺に、おやっさんは鋭く言葉を飛ばした。

  「ほれ、ケツ向けてみろ、ケツをよ!」

  俺はその言葉に従う。

  その場で四つん這いになり、おやっさんにケツを向ける。

  「いい穴じゃねえか。柔らかそうでよ」

  「っ!」

  生暖かく濡れたものが、俺のケツに突き刺さってくる。

  ……おやっさんの指だ。

  おやっさんの老練な動きで俺のケツをゆっくりゆっくりと掻き回した。

  ……気持ちいい。

  肉襞をかき分けて、中を探っていくその手つきは、同時に俺の快感を刺激していく。

  「なんでぇ、えらくこなれてるじゃねか。これならいきなりぶち込んでやっても壊れなさそうだな」

  「あ、お、おやっさん、すげえ。あ、当たる……」

  「馬鹿野郎、このぐらいで泣いてたら、俺のもん咥えこんだ途端に失神しちまうぞ」

  「あ、ああ……」

  やがて俺の一番感じるところを探り当てたのか、今までよりも優しく、もったいぶったような強さで、前立腺を撫でさする。

  真綿で首を絞めるようにゆっくりと、もどかしいほどにゆっくりと。

  そして、鋭く言い放つ。

  「ふうん。……おめぇはここだろうが」

  びくん!

  強力な刺激が、前立腺から体中に稲妻のように広がっていく。

  「ひぃっ!」

  とぷり、と俺の肉棒から白い玉が漏れ出す。

  「ああ? 何漏らしてるんだよ。そんな簡単に漏らすんじゃねぇよ!」

  「す、すんませんっ! でも、おやっさんのテクがすごすぎ……」

  「言い訳すんじゃねえっ! 耐えろっつたら耐えるんだよ!」

  「は、はい!」

  必死に従う俺の背中に、強い視線を感じる。

  見回せば、相手にあぶれた男たちが、息を飲みながらこちらを見ている。

  普段なら、気が散る原因になるであろうそれも、今の俺には刺激剤でしかない。

  「ケツは柔らけぇし、感じやすいし、言うことねえなあ」

  おやっさんに、嬉しそうに言うと、指をずるりと引っこ抜く。

  ……ああ。

  ぽっかりと開いた菊穴が、次の刺激を求めてわななく。

  ……欲しい。

  ……おやっさんが欲しい。

  「よしよし、今日は腰が抜けるまでかわいがってやるからよぉ」

  俺の心の声が届いたのか、おやっさんはそう言うと、ぶっとい亀頭の先を俺のケツに押し当てる。肉とは思えないほどに硬いそれは、俺のケツ穴を押し広げる寸前で止められた。

  ……すげぇ。

  俺は、ごくりとつばを飲み込む。

  きっとこれから、この肉棒で、俺は狂わされるのだ。

  欲しい、欲しいとケツ穴が待ち構えている。

  触れている、ただそれだけで、女にされてしまいそうだ。

  「押しつけただけで、勝手に開いてきてるぞ。淫乱猫野郎が」

  さげすむようにそう言うと、おやっさんはゆっくりと俺の中に押し入ってくる。

  ぐいぐいと俺の中を拡張しながら。

  「あ、あぁ! は、入って……くる……」

  ……犯されている。

  自分から望んで入れてもらっているのに、なぜかそんな風に感じてしまう。

  俺が咥えるのに苦労するほどの大きな亀頭がずる、ずるとケツの中に押し込まれていく。

  「あぁぁっ……、ひぃぃぃっ!」

  目の前が真っ白になり、俺の体はのけぞる。

  とぷ、とぷ。

  亀頭を入れられただけなのに、押し出されるようにザーメンを吐き出してしまう。

  「なんだ、もう漏らしやがったのか」

  体中が弛緩して、四つん這いの姿勢でいるのが苦痛だった。

  今すぐ、その場に倒れ込んでしまいたい。

  それほどの快感。

  それでも、俺は歯を食いしばって、その姿勢を維持する。

  「そんなに感じるなら一気に入れてやるよ。……気絶するんじゃねぞ」

  ……やばい。

  殺される。

  「や、待って……ああああああああ!」

  大勢のギャラリーが覗いているのも忘れて、俺は絶叫をあげた。

  ズル、ズル。

  長大な逸物が音を立ててケツに飲み込まれていく。

  「あっ……かっ……」

  ……息ができない。

  口を開けているのに、呼吸ができない。

  「そうそう、口を開けるんだ。ケツも一緒に開いてくるからよ」

  あまりの圧迫感で、口を開けたまま閉じることもできないそこへ、おやっさんは指を潜り込ませる。

  「ほうら、入ったじゃねえか」

  じゃり、と毛がこすれる音がする。

  俺とおやっさんの肉棒の根元がつながったのだ。

  ……一つに、なれた。

  ……おやっさんと。

  「おお、硬すぎず、柔らかすぎず、名器じゃねえか」

  おやっさんは嬉しそうに言う。

  体を貫く圧迫感と、肉襞のすべてを刺激する快感と、おやっさんに征服された幸福感とで、俺の体は満たされていた。

  「どうだ、ぶっといもん突っ込まれた感想はよ」

  「……」

  「なんだ、黙ってちゃわかんねえぞ」

  「……すげぇ。串刺しに……されちまった……みたいだ」

  「そうだな、串刺しだ。このままたっぷり料理してやるからな。俺を楽しませてくれよ」

  そう言うと、おやっさんは竿半ばまで、逸物を引き抜く。

  ……抜けてしまう。

  「ぐ、あああっ!」

  引き抜かれるだけで、肉襞がこそげ取られるようだ。その感触が、気持ちよさに変換され、俺を襲う。

  「うるせえよ。大声で叫んでんじゃねえよ。気持ちいいんだろうが」

  ずん!

  抜かれると思った逸物が、音を立てて押し込まれ、前立腺を直撃する。

  「ひぃぃぃっ!」

  言葉を発する余裕すらない。ただ、無意識に音が口から洩れるだけだ。

  「どうなんだよ、おら。気持ちいいんだろうが」

  そんな俺を見て、おやっさんは答えを要求するかのように、勢いよく腰を動かしだした。

  「き、気持ちいい……気持ちいいです!」

  あふれる涙とよだれをぬぐうこともできず、俺はおやっさんの要求通り絶叫した。

  「よしよし、人間素直にならなきゃいけねえぞ、ほれ、ほれ、どうだ」

  きっとおやっさんは、後ろで淫猥な笑みを浮かべているのだろう。俺の腰をがっ、と掴むと、力強くチンポを出し入れし始めた。

  がつっ、がつっ、がつっ、がつっ。

  そのたびに、俺の感じるところを打ち続ける。

  まるで破壊しようとするかのように。

  「ああ……はあはあ……うう……」

  「なんだ、いい声出しやがって」

  「うう……があぁ……イ、イクぅ!」

  どぴゅ、どぴゅ。

  今までと違う。漏れるような感触でなく、弾けるように、俺のチンポは暴発した。

  「あんな激しくトコロテンかよ、おい」

  周りで見守る、男たちの声が聞こえる。

  「すげえ、チンポも触らずイカされちまったよ」

  「俺もあんな風に……」

  おやっさんは、そんな男たちに声をかける。

  「俺がこいつに飽きたら、次は相手してやるよ。それともこいつが壊れたら、かな」

  その言葉で、俺は快楽の底から浮かび上がる。

  ……おやっさんは俺のもんだ。

  壊れるわけにはいかない。

  おやっさんを搾り取るまで。

  俺はうつろな表情のまま後ろを向き、おやっさんと目を合わせる。

  「おい、まだいけそうか。こんなんで終わりじゃねえだろうな」

  「は、はい、おやっさん……。俺、おやっさんのチンポ……欲しいです」

  俺は、必死に答える。

  「そうかそうか。かわいいやつだな。じゃあ、まだまだ掘らしてもらおうか。大体、俺はまだ突っ込んだだけで出してもいないんだからな」

  俺はその言葉に安堵する。

  ……誰にも、おやっさんを渡さない。

  「おい、もっと締め付けろ」

  不意に刺激が俺を正面から襲う。手を伸ばしたおやっさんが俺の乳首をぎゅっと捻ったのだ。

  「ひぃっ!」

  強い痛みとそこにかすかに感じる快感に、俺のケツが締まる。

  「そうそう、やりゃあできるじゃねぇか」

  おやっさんは満足したように激しく腰を前後に揺する。。

  「あ、ひ、ぃぃぃぃっ」

  「どうした、気持ちいいか?」

  「あ、当たるぅっ!」

  俺のチンポからはじゅくじゅくと白濁液が漏れていく。

  もう、留めることすらできない。

  「おい、顔見せろや」

  再び、四つん這いのまま顔を後ろに向け俺の唇に、おやっさんは舌をずるりと潜り込ませる。

  「ん、んん……」

  ねっとりと濃厚な甘いキス。

  幸せが体を満たす。

  上と下で繋がり、その大きな体で包まれる。

  ……ああ。

  流し込まれる唾液を飲み込み、俺は陶然とする。

  「ほれ、上を向け。正常位でがっつり掘ってやるよ。いかつい虎野郎がにゃんにゃん泣くところをみんなに見せてやりな」

  やがて口を離したおやっさんが、そういう。

  「は、はい」

  俺は倒れるように仰向けになる。

  「おい、あれだけビンビンだったチンポが皮かぶりになってるぞ。こんないかつい顔して、すっかり女だな。……いいところにローションがあるじゃねえか」

  見ると、ザーメン出ぐちゅぐちゅに濡れた肉棒は、小さく縮こまり皮に覆われていた。

  おやっさんはそのチンポに手を伸ばすと、べったりとついた白濁液を指先でぬぐい取り、自分の逸物にこすりつけた。

  「さあ、ギャラリーを楽しませてやってくれよ」

  その言葉と同時に、ずん、と俺の体に衝撃が走る。

  根元まで一気に肉棒を押し込まれたのだ。

  「がああああっ!」

  「おいおい、気持ちいいのはケツだけじゃないんだぜ」

  おやっさんは体を前に倒し、俺の乳首にそっと舌先を這わせた。

  「ひぃぃっ」

  舌をなめくじのように這わせ、蛭のように吸い付かせる。

  かと思うと、反対の乳首には、指先で優しい愛撫を繰り返す。

  「あ、あ、あ、あ……」

  ケツからの強い刺激と、乳首への優しい愛撫で、俺は身もだえする。そのともに心地よい感触の違いに、頭が処理できていないのだ。

  「くああぁっ!」

  おやっさんは、不意に乳首を強く刺激する。指先で思い切りつぶし、歯で強く刺激を与える。

  その衝撃で一気に肉襞がざわめき、締まるのがわかる。

  「いいぞ、そのまま締めとけよ。俺も一発イクからな」

  おやっさんは体を起こし、両手で乳首を強くつまんだまま、腰の動きを速めていく。

  俺の体が、はじけ飛びそうなほど大きく揺れる。

  「おお、いいぞぉ。気持ちいいぞぉ。そのまま俺のを咥え込んでろよ……、ぐぅ、イクぞぉ!」

  どぴゅ、どぴゅ!

  膨れ上がった太竿から、大量の白濁液が勢いよく吐き出されるのが、俺にはわかった。

  ……おやっさんの子種だ。

  「おお、いいぞぉ」

  何度もしゃくりあげながら、吐き出されたザーメンが俺の肉襞の隅々まで広がっていく。

  満足いくまでザーメンを吐き出すと、おやっさんは逸物をゆっくりと引き抜いた。

  ぽっかり開いた菊穴から、収まりきらなかった子種がとろとろとあふれ出てくるのがわかる。

  「すげえ、熱い……。おやっさん、すごかった……」

  うわごとのように呟くことしかできない俺の頬を、おやっさんは軽く叩く。

  「おい、何ぼんやりしてんだ」

  「え?」

  「まだ一発出しただけじゃねえか」

  「……」

  「まだまだ楽しませてもらうからな」

  「は、はい……」

  その日は、日が暮れるまでたっぷりおやっさんと交わりあった。

  3

  「おう、カズよぉ。最近、ご機嫌じゃないか」

  残業だというのに、鼻歌交じりで手元のパソコンに文字を入力している俺を見て、呆れたように笑うのは、眼鏡をかけたハスキーの犬獣人。

  職場の同僚の乾悟朗だった。

  シベリアンハスキーにしては細身のこいつは、大学からの連れで、入社してからも同じ部署で働いていることもあって、何でも話せる数少ない友達の一人だ。

  奴はノンケだが、俺がゲイだってことも知っていて、毛嫌いすることもない。

  まあ、他人のことに必要以上に興味を持たない性格だってのもあるのだろうが。

  おかげで、内容を気にせず色々な相談をすることが出来ている。

  「わかるか?」

  付き合いが長いだけあって、俺の変化を敏感に感じているのだろう。

  「わからいでか。ここんとこずっと、上司に嫌味言われてもニコニコしてるしよぉ」

  「そんなつもりはないんだけどな」

  「で、どうしたんだ?」

  「なぁ、聞いてくれるか?」

  週半ば、夜九時の事務所で。

  部屋の中には俺と乾しかいないことに気づいた俺は、仕事の手を止め、椅子を回転させて乾の顔を見る。

  「実は熊獣人のいかついおやっさんと、発展場であってさ……」

  俺は顔がにやけてくるのを止められないまま、出会った日のことを話す。もちろん、ノンケのこいつに、濃厚なエロ話はしないのだが。

  「それが本理想のおやっさんでさ、一回だけじゃなくて何度も会ってくれてるんだよ。俺もう、幸せで、幸せで」

  そう、俺は幸せだった。

  あの日、『おやっさん、ぜひまた連絡ください』とアドレスを渡すと、まんざらでもなさそうにおやっさんは登録してくれた。

  そして、月に数回ではあるが、呼び出してもらえたのだ。

  そのすべてが発展場でのセックスのためだったが、それでもよかった。

  大好きなおやっさんに身を任せる。それだけで、俺は幸せだった。

  その週末も会う約束ができていたため、今日急に残業をねじ込まれても、気にせず仕事ができたのだった。

  「それ、お前いいように使われてるだけじゃねえの?」

  しかし乾は、幸せそうな俺の言葉を聞いて眉を顰める。

  「会って、セックスだけして、はいさようなら、なんてさ、ただのセフレじゃねえか」

  「そうだけどよ……」

  「そりゃセックスは気持ちいいから、それだけでいいってのもないことはないんだろうけど」

  乾は珍しく渋い物言いをする。

  「そういうのって、きちんと割り切れる相手同士やることだろ。お前は違うじゃん」

  「……まあ、な」

  俺がおやっさんに恋心を抱いているのは確かだ。

  「こんなこと言いたくないけど、向こうきっと恋愛感情はないように思うぞ。お前とは違ってな。……入れ込むのはやめとけよ。夢中になって痛い目見るのはお前だぞ」

  「わかってる」

  「大体、お前そのおやっさんのこと何にも知らないんじゃないのか。付き合ってるやつがいるかとか、妻帯者かどうかすらも」

  わかってる。

  何度も会っているのに、俺はおやっさんの本名すら教えてもらっていない。

  それでも、俺は幸せだから。

  ……おやっさんの心が、俺に向いていないとわかっていても。

  「まあ、相談ぐらいは乗ってやるから、いつでも話してくれよ。その報われなさそうな恋物語の続きをよ」

  「ありがとう」

  茶化すようなセリフに対し、まじめに例の言葉を返した俺を見て、乾はやれやれといった様子で肩をすくめた。

  4

  

  おやっさんについて、一つだけ知ってることがある。

  付き合っている奴はいないが、おやっさんにも気になる相手がいるということを。

  直接、そうだとは口にしないが、おやっさんの心にはいつも一人の部下の姿があった。

  『誠』。

  会ったこともない男の名前を、俺は覚えてしまった。

  年齢は16歳。おやっさんの肩ほどもない小柄なやせっぽっちの柴犬獣人。

  世間知らずで、仕事ができない、でもまじめで一所懸命な奴。

  セックスとセックスの合間に、おやっさんはぽつりぽつりと話をする。

  こんな話、ほかの誰にもできないんだろう。

  『誠がなぁ……』と、愚痴をこぼすように言うとき、おやっさんのいかつい顔が、少しだけ緩むのが、俺は悔しかった。

  かわいい部下を見るような、出来の悪い息子を見るような、そして、大好きな相手を見るような顔。

  うれしくて、苦しくて、せつないような顔。

  その週末も、俺はやり疲れるまで交わりを重ねた後、おやっさんの話を聞いていた。

  「……まあ、そうは言っても、まだまだそんな感じで使えない奴なんだがな」

  「おやっさん、相当好きなんスね」

  「何を?」

  「わんこのことですよ」

  俺はいつも彼を『わんこ』と呼んだ。

  男の名前を口にするのが辛かったから。

  「そりゃ嫌いなら部下にはしねえよ」

  「そうじゃなくて。色恋の話ですよ。わんこの話するとき、おやっさん、恋する乙女みたいな顔してますよ」

  その言葉に、おやっさんは目を丸くする。

  「な、ば、馬鹿なことを。言うんじゃねぇ! なんで俺がノンケのガキに恋しなきゃいけないんだよ」

  「だって、いかついおやっさんが、すげえ優しい顔してる」

  ……そうだ、そいつの話でしか見せない、優しい顔。

  「む、息子みてぇなもんだからだろ、そりゃ」

  「それだけじゃないですよ。そのうち襲ってやろうと思ってるんじゃないですか? ああいうの、おやっさんのタイプなんじゃないんですか?」

  「……まぁ、嫌いではないが……」

  「おやっさんにそれだけ想ってもらえるなんて、なんか、妬けちゃうなあ」

  俺は、思わず口に出してしまう。

  「……。後ろ向け」

  「へ?」

  「しょうもないこといってないで、おめえは俺の下であんあん泣くことだけ考えてりゃいいんだよ!」

  「あ、ちょ、ちょっと、おやっさん!」

  ピロートークを無理やり終了させたおやっさんは、俺の体を押さえつけ、逸物をケツにぶち込んだ。

  わかっている。

  俺が『わんこ』の代わりになれないことは。

  おやっさんは『わんこ』の話はするが、俺のことは何一つ聞こうとはしないから。

  おやっさんが知っているのは『カズ』という、俺の呼び名だけ。

  ただの……セフレだ。

  

  5

  「おやっさん、えらく急な呼び出しですね」

  会い始めて半年も経った頃だろうか。

  ある時期から、おやっさんの呼び出しが急に増えた。

  突然俺を呼び出したかと思うと、がつがつとまるで思春期のガキのように、俺の体をむさぼる。

  体中にあふれんばかりに溜まった欲求を俺にぶつけるように。

  それが、何の代償なのかもわかっていた。

  それでも、おやっさんに使われることに幸せを感じる自分自身が、切なかった。

  「ひ、ひぃ!」

  雑にローションを塗りたくった逸物を、おやっさんはいきなり俺のケツに押しつけた。そして、ずぶずぶと潜り込ませる。

  「お、おやっさん……」

  性急なその行為は、俺に痛みと興奮を与える。

  そんな俺の声に我関せず、おやっさんはいつもより激しい動きで俺の体を翻弄する。

  「は、激しい、すげえっ」

  「……」

  壊しても構わないオナホールのように、おやっさんは何度も何度も俺の体に肉杭を叩きつける。

  「おやっさん、もう駄目だ。おれ、イッちまう!」

  俺は必死に叫ぶが、その動きは止まらない。

  「うぅ……」

  どろどろとチンポからザーメンが漏れ出すが、おやっさんはそれにすら気づかないのだろう。

  「おやっさん! ……ケツが、ケツが壊れちまう!」

  俺の悲鳴とともに、おやっさんの限界が訪れる。

  「イ、イクぞぉっ!」

  どく、どく。

  ものすごい勢いで射出されたザーメンは、俺の粘膜を侵食していく。

  「くそ、くそぉ!」

  それでも、おやっさんの動きは止まらなかった。俺を押さえつけ、必死に腰を振る。まるで、俺ではなくて見えない誰かに憤りをぶつけるように。

  「今日は悪かったな」

  昼間から呼び出されたというのに、気が付くと夜になっていた。

  その間、おやっさんは休みもせずにずっと俺を掘り続けていた。

  「いいんですよ。言ったでしょ。俺、おやっさんに呼んでもらえて嬉しいって」

  「そうか、ありがとうな」

  おやっさんは、ぽん、と俺の頭に手を置いた。

  「いいんです。俺、おやっさんとエロいことするの好きだから」

  おやっさんが好きだから、とは言えなかった。

  でも、気づいてくれたらいい、と思いながら言った。

  「そうか。俺もだぞ」

  「ありがとうございます」

  6

  ……このままでも、いいじゃないか。

  ずっと、思っていた。

  そう、思い込もうとしていた。

  おやっさんの一番になれなくても。

  ただ、そばにいられるだけでも。

  使ってもらえればそれでいい。

  こんなにも好きになる人に出会えることは、もうないのかもしれないのだから。

  それでも、おやっさんに抱かれるたび、俺の心は少しずつ曇ってきた。

  『おやっさんの一番になりたい』。

  『俺だけのおやっさんじゃなきゃ、嫌だ』。

  そして、その気持ちを抑えることができなくなっていた。

  それを口に出せば、すべてが終わるとわかっていたのに。

  

  7

  「おやっさん、もう……会うのはやめましょう」

  それは幾度目の逢瀬だったのか。

  この日も、俺は呼び出され、濃密な交尾を繰り返し、濃い子種を何度も何度も注ぎ込まれた。

  体は満たされていた。

  でも……心は満たされることがなかった。

  空虚なまま、このまま誰も待つことのない部屋へ一人で帰る。

  それを思うと、思わず言葉が口からこぼれてしまったのだ。

  それだけは言うまいと、ずっと我慢していたのに。

  でも、言って……しまった。

  家路につくため、ロッカーで服を着ていたおやっさんは、一瞬眉をひそめてこちらを見た。

  「なんでだ? ひょっとして、他にいいやつでも出来たのか?」

  「そんなことないですよ。俺、おやっさんとやるのが一番気持ちいいし、好きだし」

  そんなわけがない。

  あるわけがない。

  「じゃあ、なんで」

  「どんなに気持ちよくても、後から心がつらくなるから」

  「……」

  「おやっさんがあのわんころを好きなように……俺だっておやっさんのこと、好きなんです」

  言って、しまった。

  「……」

  おやっさんは、じっと俺の顔を見てた。

  今なら、まだ間に合う。

  冗談ですよ、と笑えば、もう一度今までと同じ関係を取り戻すことができる。

  でも、できなかった。

  一度口を開いてしまえば、留めきれなかった想いが、ぼろぼろと口からこぼれてしまう。

  「セックスだけじゃない。俺、おやっさんのことずっと好きでした。だから、わんこに向かう関心の一割でも俺に向いてくれたら。そう、ずっとそう思ってた。……でも、そんなうまくいくわけないですよね。おやっさんの心の中はいつもわんこのことでいっぱいだった」

  「俺だって、……俺だって、おめぇのこと嫌いじゃないぜ」

  おやっさんは、少しだけ辛そうに、言葉を絞り出した。

  「そう言ってもらえると嬉しいです。でも……じゃあ、わんこ諦めて、俺とつきあってくれと言われたらいけます? 俺ならタフだから、何回でもおやっさんの相手できますよ。どんなハードなプレイだって。俺なら親父さんを全部受け止められる。おやっさんを満足させるためだったら、俺なんだってできます」

  「……」

  おやっさんは、何も言わなかった。

  わかっていた。

  わかっていたのだ。

  でも、祈るような気持ちで言葉を発したんだ。

  でも、おやっさんは何も言わなかった。

  「そうでしょ」

  俺は笑顔を見せることしかできなかった。

  もう、二度とこうやって会うことができないとわかったから。

  せめて、最後は笑顔でいたかったから。

  「だって、俺じゃ親父さんの体は満足させられても、心は満足させられないから」

  「……すまん」

  「いいんです。それでも良かったんだ。男同士だ。心の中で何考えてたって、俺の好みのおやっさんが、いつもあんあん俺を泣かしてくれる。それで満足だったんだ。でも、……でも、ほんとに好きになっちまったから」

  俺は笑顔のまま、歯を食いしばる。

  涙がこぼれないように。

  「……」

  「体だけじゃなくて心でもつながりたくなったんだ」

  「……」

  「そんな顔……しないでください。それができないのはわかってるから。だけど、……もうこのまま体だけの付き合いは俺には辛いんだ。ごめんなさい」

  「……そうか」

  ……おやっさん、ごめんなさい。

  おやっさんの顔を見ればわかる。

  最後なのに、苦しめてしまったことが。

  「大丈夫ですよ。きっとわんこも親父さんのこと好きだから。ちゃんと付き合えますよ。俺の勘は昔からよく当たるんですよ。……振られるときは特に、ね」

  「……」

  「でも……もし外れたら、俺の方振り向いてくれますか。……今度こそ、俺の方振り向いてくださいね」

  涙をこらえたまま、俺はきびすを返した。

  泣いてるところを見せたくない。

  見せたくなかったから。

  ……何で俺はいつもこんななんだろうな

  ビルの中にある発展場から雑踏へとぼとぼと出てきた俺は、にじみ出た涙を人にばれないように拭うと、小さくため息をついた。

  ……ガタイがでかいくせに押しが弱いんだよな。

  大事なとこでいつも引いてしまう。

  あのおやっさんだって、まだ悩んでた。俺がうまいこといえば、わんころから俺に鞍替えさせることだってできたかもしれない。

  ……でも、できねえよな。

  好きになった人だから。

  ……あの人に幸せになってほしい。

  俺と一緒になっても、きっとおやっさんは本当に幸せではないだろうから。

  だから、自分が身を引くことしかできなかった。

  再びため息をついて歩き出そうとしたその時、俺の頭は壁のような堅いものにぶつかる。

  いたっ!

  「あっ」

  「よう兄ちゃん、なにぶつかってきてんだ?……ん、お前、いいとこから出てきたじゃねえか」

  声をかけてきたのは決して小柄ではない俺が、見上げるような巨躯の男だった。

  おやっさんと同じか、いやそれよりもでかいんじゃないのか。

  ごわごわの茶色い毛で全身を覆われた猪獣人。

  昼間から酒臭い男は虎をみてニヤリと笑う。

  その視線は、俺が出てきたビルの二階を見ていた。

  そう、発展場のある場所を。

  それを知っているというのは、この男もゲイなのだろう。

  「おい、ちょっと付き合えや」

  男は嬉しそうに、俺の肩に手を置いた。

  8

  「おい、カズ。どうしたんだ? ひどい顔してるぞ」

  週明け、仕事に集中できずにぼんやりとパソコンの画面を見つめていると、背後から肩を叩かれる。

  見ると、乾の姿があった。

  「そんなこと、ないさ」

  少し笑って見せたのだが、その様子が余計に憐れみを誘ったのか、ハスキーは顔をしかめて俺睨む。

  「……なんだよ」

  「……」

  無言のまま俺の腕を掴むと、無理やり椅子から立たせられる。

  普段見せないようなその強引さに俺が眉を顰めると、乾は後ろのデスクに向かって声をかける。

  「課長、ちょっとこいつと昼休憩行ってきます」

  「……ああ。ゆっくりしてきて、いいからな」

  普段聞けないような声色の課長の声を後ろに聞きながら、俺は乾に引きずられて会社を後にした。

  「乾、どうしたんだよ」

  結局、行きつけの喫茶店に落ち着いた俺たち。

  ランチを注文すると、俺は乾に抗議の声をあげる。

  「無理やり連れだして、よ」

  書類の途中だったんだぞ、というと『よく言うよ、ろくに手も動いてなかったくせによ』と、呟く。

  「どうしたんだは、こっちのセリフだ。……お前は気づいてなかったみたいだけど、みんな呆れてたぞ。今日の寅田はフリーズしてるみたいだったって」

  「……」

  「カズ。お前さあ、今、ひどい顔してんだぞ。わかってるのか?」

  「……そう、か?」

  俺はそう言いながら自分の顔を触る。

  「総務の棚橋さんなんか、お前の顔見た瞬間、目を丸くしてたぞ。課長だって、この忙しい時期に昼休憩取るのに文句も言わなかっただろうが」

  「……まあ」

  「……言い方悪いけど、レイプされたみたいな顔してんだぞ。……何があったんだ」

  「……」

  その言葉に、俺は自分の表情が曇るのがわかる。

  「ひょっとして、あれか? おやっさんのことか」

  「……うん」

  思い出すと、こいつの前だというのに涙が出てきそうで、小さく頷くことしかできない。

  俺のその仕草に、やっぱりな、と乾は大きくため息をつく。

  「だから夢中になるなって忠告したんじゃないか。セフレでいられる間はともかく、話聞いてりゃ、恋愛感情を持ったって絶対うまくいかないってわかってんのによ」

  「……」

  俺は何も言えなかった。

  「しかしよぉ、体格もいいし、見栄えも悪くないし、女受けも、それこそよくわかんないが男受けもいいだろうによ、なんでまたそんなのに引っかかるんだろうなあ」

  「わかんねぇよ」

  俺は小さく吐き捨てる。

  「まあ、恋は盲目だなんて言うからな。まあしょうがないんだろうけどさ」

  乾は運ばれてきたお冷を、ずず、と啜ると俺に向き直る。

  「で、ふられたのかよ」

  「ふられたというか……俺の方から、もう会えないって言った。……これ以上セフレのままでいるの、辛かったから」

  ちっ、と舌打ちをして、頭をガシガシ掻きむしるハスキー。

  「ああもう……! 26のいい男が、思春期の中学生じゃあるまいし! ……お前みたいなのが、そういう恋愛向かないの、傍で見てりゃ初めからわかってるのによぉ。パっと見、いかついくせに、人から略奪できるような性格でもないんだから、どうしたってそういう不毛な結果になるの目に見えてるんだよ。自分から行くんじゃなくて、相手に来てもらうぐらいじゃないと、駄目なんだよ」

  「……」

  ……そんなこと言われたってどうしようもないだろうが。

  俺は恨みがましい目で、乾を見る。

  その言葉が、俺を傷つけるためでなく、心配してだということはわかっているから、何も言い返せない。

  「それで、夢見る夢子ちゃんみたいに、ふられて家に帰って朝まで泣きぬれたってことか」

  呆れたような口調の乾。その言葉に、口ごもる俺。

  「……いや」

  「まだ、なんかあったのかよ」

  「あの……」

  「ああ?」

  いらだった顔で催促してくる乾に、俺は小さく言葉を返す。

  「……おやっさんと別れて歩いてたところに、見知らぬおっさんに腕掴まれて……」

  「掴まれて?」

  「ラブホに連れ込まれて……犯された」

  「はあ?」

  9

  あの後、猪のおっさんは、有無を言わさず腕をつかむと、通りにあるラブホテルの一室に俺を連れ込んだ。

  なぜついていったんだろうか。

  俺よりもでかい体はともかく、顔立ちは俺の好みとは言えなかった。よく言えば粗野な感じ、悪く言えば下卑た雰囲気の男。

  油で汚れた作業着を着て、ヤニ臭さと酒臭さを漂わせている。

  同年代ぐらいだろうに、服を脱いでいても威厳が漂うような、おやっさんみたいなタイプとは、ある意味対極にあるようなおっさんだった。

  「……こんなところに連れ込んで、どうしよってんだよ、おっさん」

  「おっさんとはご挨拶だな」

  俺の言葉に猪親父は怒るでもなく笑った。

  「どうしようも何も、男二人でラブホにしけこんでるんだ。やるこたぁ決まってるだろう。おめぇも気持ちよくなりてぇからついてきたんだろうが」

  「それは……」

  そうじゃない。

  俺は何もかもが面倒になっただけだ。

  このおっさんの手を振り払うことさえも。

  ……もう、どうなってもいい。

  そこには、自暴自棄の気持ちしかなかった。

  「心配すんな。ちゃんと気持ちよくしてやるからよ」

  俺の沈黙を恥じらいとでも思ったのか、おっさんは下卑た表情でにやりと笑って見せる。

  そして、俺の頭を掴むと、唐突に俺の口に舌を潜り込ませた。

  「うぅっ」

  ヤニと酒の匂いにまみれた舌が、俺の口の中を掻き回す。

  おっさんの臭いが、俺の口の粘膜を犯した。

  「ん、んんっ」

  俺の口を味わうように、ねっとりと舌を動かす。

  「ぷはっ」

  抗うように口を離した俺に、猪は言う。

  「なんだ、嫌そうな顔しやがって」

  顔をこわばらせる俺を見ながら、おっさんはズボンを下ろす。

  「気持ちよくしてやるから、まずはわしの逸物をしゃぶってくれや」

  「……」

  ずるん、と飛び出したそれは、勃っていないというのに、巨大なものだった。長さはそれほどないが、異様な太さ。その状態で、勃起したおやっさんぐらいの太さがあるのだ。短さのせいで半分皮をかぶったそれは、中も外も使い込まれてどす黒い色をしていた。

  「しゃぶってくれよ」

  無理矢理に跪かされ、顔に押し付けられる。

  濃い男の匂いを漂わせたそれは、俺に咥えられるのを待つように、先端を期待で濡らしていた。

  「ほれ、しゃぶれ!」

  怒気交じりのその声に、俺は口を開け、その肉棒を咥えこむ。

  「おお、いいぞぉ。舌使え、舌をよぉ」

  ロボットのように、俺は何も考えないまま、猪獣人の言葉に従う。

  「ごほっ、ごほっ」

  口の中で急激に成長した逸物を咥えこむことができず、俺は咳き込みながら口を離す。

  「おお、悪い悪い。気持ちよかったもんだからよ、ついぶっとくなったのをのどに押し込んじまった」

  テラテラと俺の唾液で濡れた、巨大な棍棒を股間からそそり勃たせたまま、悪びれもせずおっさんは俺に言う。

  やはり長さはおやっさんほどないが、太さは異常だった。

  「そろそろ、かわいがってやろうじゃねえか。……服を脱いでみろよ」

  その言葉に抵抗することすらなく、俺は従う。

  「なんだ、ケツからザーメンの臭いさせやがって。相当遊んできたのに、また男を咥えようなんて、よっぽどのヤリマンだな」

  その言葉に、俺は顔を赤くする。

  最後に、おやっさんに出してもらったものを俺は洗わなかった。

  未練がましいけど、最後だとわかっていたから。

  「潤滑液が詰まってりゃ、ほぐす必要もなさそうだな」

  おっさんはそう言うと、俺の体をどん、とソファーに押し倒す。そして、押しつけたまま、その太い指で、俺の体をまさぐり始める。

  グローブのようにぶっとい指なのに、その動きは思いの外繊細なものだった。

  「あっ」

  俺の口から声が漏れる。

  「なんだ、男に犯される生娘みたいな顔しやがって。心配しねえでも、すぐに気持ちよさであへ顔するぐらいに感じさせてやるからよ」

  そう言うと、俺の両足を持ち上げ、その逸物を俺のケツに押し付ける。

  こんなにも太い肉棒を俺は見たことない。

  はちきれんばかりのそれは、小柄の女性の腕ほどもあるだろう。

  いきり勃ったそれは、生殖器というより凶悪な凶器にしか見えなかった。

  「……そんなの、入るわけ……」

  それこそ、生娘みたいな言葉を思わず吐いてしまう。

  

  「大丈夫だよ、もう別の奴にやられてほぐれてるんだろうが」

  そう言うなり、ぐぐっ、と押し込んでいく。

  「……がぁっ!」

  口から、押し出された内臓が飛び出そうだ。

  太い。

  体を内側から破壊されてしまいそうなほど、太い。

  おやっさんの極太に何度も押し広げられたはずなのに、苦しみを感じてしまう。

  「……っ」

  無理やりこじ開けられるように、俺の肉襞が開いていく。

  おやっさんの子種が、俺のケツが切れないようにと助けてくれている。

  「おうおう、よく締まるケツマンコじゃねえか。……おめぇのいいとこ、ここだな」

  「ひぃ!」

  不意に、その劇的に太い肉棒が、容赦なく俺の前立腺をこすりあげる。

  おやっさんとの情事で枯れるほどイカされたというのに、あれほど苦しかったというのに、軽く腰を突き上げられるだけで、俺は達してしまう。

  「おうおう、もうイったのかよ。生意気なこと言う割によ、かわいいもんじゃねか」

  そう言うと、おっさんは両手を俺の背中に回すと、体をガシッと掴み、持ち上げる。

  「え?」

  駅弁だ。

  決して小柄でないこの体をやすやすと抱き上げたのだ。

  「あぁぁぁっ」

  重力に押さえつけられて、今まで入らなかったところまで、その野太い逸物が俺のケツをこじ開け、押し込まれていく。

  大きく口を開けてわななくその姿を嬉しそうにみると、猪はまるで子供をあやすように俺の体を揺すりながら平然と部屋の中を歩き始める。

  「なん、で」

  「こっちは工場仕事と相撲で鍛えてるんだ。おめぇぐらいなら抱えるのわけねよ」

  「あぁっ、あぁ!」

  一歩歩くたびに、強い衝撃が俺の一番感じるところを的確に打ち抜いていく。

  枯れ果てた金玉からは、もう何も出ない。

  それでも、快感だけは繰り返し俺を襲い、萎えてしまったチンポは揺らされるだけで、空撃ちを繰り返す。

  「おうおう、歩くごとにイっちまなんて、かわいい体してるじゃねぇか。オス泣かせのメスの鏡だなあ」

  「そんなこと……」

  俺は泣きそうになりながら、首を振る。

  きっと、おやっさんに掘られていた名残が、種火が体に残っているからこんなにも感じるだけだ。

  こんな行きずりのおっさんに掘られて感じさせられてしまうほど、はしたない体じゃないはずだ。

  「否定したって全身で感じてるじゃねえか。子種は出ねぇが、この縮み上がったチンポだって、何度もイってんのは、わかんるんだぞ。動くたびに、おめぇのケツがきゅっきゅきゅっきゅと締め付けやがる。気持ちいいんだろうがよ」

  「……」

  気持ちよかった。

  悔しいけど、頭が狂いそうだった。

  「このままずっとかわいがり続けてもいいんだけどよ、わしもそろそろ我慢の限界だ」

  部屋を歩き回っていた猪親父はそう言うと、抱え上げた俺をベッドに押し倒した。

  「そろそろ、こっちもイカせてもらうぞ。……中出しでな」

  そう言うと、俺の体に覆いかぶさるように押さえつけ、猛烈な勢いで腰を振り始める。

  「種付けプレスってやつだ。……奥までしっかりとわしの種注ぎ込んでやるからよ」

  「そ、それは……」

  その言葉に、俺の意識は快楽の底から引き上げられる。

  「だ、だめだ」

  中にはおやっさんが最後に出してくれた子種が入っているのに。

  ……いやだ。

  これが最後なのに。

  俺の想いが汚されてしまう。

  そんな気持ちが俺を襲う。

  「いやだ、いやだ!」

  俺はその場から逃げ出すように本気で体をよじる。

  しかし、俺に覆いかぶさる巨躯は、まるで山のように動くことさえなかった。

  「なんでぇ、こんなところまで嫌がるふりして、わしを興奮させてくれんのかよ。たまらん兄ちゃんだな」

  俺の行為を勘違いしたおっさんは、嬉しそうに笑みを浮かべると、腰の動きを速める。

  「心配しねぇでも、たっぷり出してやるからよ。ここんとこ仕事で抜いてねえから、黄ばんだザーメンを孕むぐれぇおめぇの中に出してやる。……おぉ、いいぞぉ。そろそろイクからなあ」

  「や、やめて……、やめてください」

  俺は思わず、敬語になる。

  ……頼む、頼むから。

  しかし、猪の動きは止まることなく。

  「よっし、イクぞぉぉっ!」

  俺の中で、膨れ上がった亀頭の先から、焼けるように熱い粘液が、どぷ、どぷと吐き出されていく。

  「ああっ!」

  おやっさんが最後に出してくれた子種が、行きずりのおっさんのザーメンに上書きされてしまったというのに……。

  「ぐぅぅっ!」

  俺はその感触で、イカされてしまっていた。

  「おうおう、肉襞が締め付ける、締め付ける。わしに出されて一緒にイッちまったか」

  「……」

  「よしよし、襞の一つ一つにまで俺の種をこすりつけてやるからよ。わしの色に変えてやるからな」

  やがて、嬉しそうに俺のケツの感触をたっぷりと楽しんだ後、猪親父は体を放してにやりと笑った。

  「……にいちゃん。気持ちよかっただろうが。わしもおめぇを気に入った。なかなか具合のいいケツマンコだったぜ。おい、連絡先教えろよ。またそのケツ使ってやるからよ」

  「……」

  「それで、名前と連絡先教えたっていうのかよ」

  ハスキーは呆れたように言う。

  「お前、頭おかしくなってるんじゃないのか。行きずりのおっさんにレイプまがいに犯されて、さらに連絡先交換するなんて。何考えてるんだよ」

  「……」

  俺にだって、自分のことながらわからない。

  ただただ、その時はどうでもよかったのだ。

  うつむくだけの俺を見て、乾はため息をつく。

  「まあ、終わったことはしょうがねけどさ。……お前、連絡来てもホイホイついていくんじゃねぞ」

  「……わ、わかってるさ」

  俺はそれだけ言うと、コーヒーを啜った。

  『来週の金曜の夜。またかわいがってやるからよ』。

  浩平とだけ名乗った猪獣人から、すでに来ていたメールの内容は、乾には話せないままだった。

  10

  「かず、よく来てくれたな。今日はおめぇからねだるぐらいに、ねちっこく可愛がってやるからよ」

  前回と同じホテルの部屋に出向くと、おっさんはすでに準備万端とばかりに、裸に腰タオルを巻いたまま、煙草を吸っていた。

  「おめぇもさっさとシャワー浴びてこい。それとも、そのままやってやろうか? この間みたいによ」

  「……シャワー浴びてくる」

  俺は、吐き捨てるようにおっさんに言うと、浴室に向かった。

  ……なぜ来たんだろう。

  俺はシャワーを浴びながら自問自答する。

  来る必要なんかなかった。

  あんなメールも無視すればよかった。

  それでも、来てしまった。

  あのおっさんが好きなわけじゃない。

  でも、必要とされていると思うと、つい足が向いたのだ。

  たとえ体を使われるだけでも、いいと思った。

  ……一人でいるのは、辛かったから。

  誰でも良かったのだ。

  誰かの肌の温もりがほしかった。

  体だけでも必要とされたかった。

  

  「今日は狂わせてやるからよぉ」

  粗野な顔立ちにゲスい笑みを浮かべた猪獣人がベッドの脇から俺を見下ろす。

  「……」

  「やっぱりおめぇみたいな体には縄が似合うなあ」

  そう、シャワーを浴びた俺の体を、おっさんは慣れた手つきで手早く縛り上げてしまたのだ。

  「これで抵抗されずに、おめぇの体を堪能できるってわけだ」

  「……」

  「ほれ、おめぇの体も興奮してるじゃねえか。チンポだって芯が入り始めてる」

  「う、うるせぇ」

  「でも、まずはこっちだ。そのうちこの初々しい色の乳首を俺好みの色に変えてやらねとなぁ」

  そう言うと、おっさんは俺の乳首に舌を這わす。

  柔らかく温かい感触がなめくじのようにゆっくりと俺の官能を刺激する。

  「ひっ!」

  「感度もよさそうじゃねえか」

  反対の乳首は、唾をつけた指先で、コリコリと摘まんでくる。

  その太短い指が驚くほど器用に、あくまで痛くないように、柔らかい刺激を加えてくるのだ。

  たまに撫でさするような動きに変えると、思わず体を反らして、もっともっとと刺激を追い求めてしま椅子になる。

  その舌先もそうだ。嘗め回すだけかともうと、舌先でちょんちょんとつついてみたり、ぐりぐりとえぐるように動かしたり。

  そして、不意に広がる鋭い痛み。

  「っ!」

  おっさんが俺の乳首を強く噛んだのだ。

  俺が顔をしかめる暇も与えず、舌先で俺の乳首を転がす。

  執拗に、何度も何度も。

  痛みでしびれた感触が、温かく柔らかい舌先で徐々にほぐされていく。

  今まで感じたことのないような快感がじんわりと乳首に広がっていく。

  「ぅぅ」

  今度は軽く、触れるか触れないかぐらいの強さで、歯を動かす。

  そしてまた、べっとりと舌を這わせる。

  その繰り返しだ。

  力の加減を変えながら、おっさんは飽きることなくずっと俺の乳首を攻め続ける。

  そして少しずつ少しずつその刺激量を弱めて、それでも快感をくみ取れるようになると、カリっ、と強い痛みを与える。

  「うっ!」

  俺はその強さの中から、快感を感じ取れるようになっていた。

  痛みの中から芽生えるかすかな気持ちよさ。

  そしてまた、よく我慢したといわんばかりに優しく舌で舐め回す。

  「あぁ」

  ……こんな責められ方、されたことない。

  乳首しか触られてないというのに、俺の肉棒はビンビンにいきり勃っている。

  「こうやって刺激してやるとな、敏感になるんだよ」

  おっさんは嬉しそうに言う。

  「ほれ、赤く充血してちっとばかり大きくなりやがった。……今度は反対の方もしてやらねえとな」

  そう言うと、隣の乳首に同じように舌を這わせる。

  前回、俺を性急に無理やり犯したのとは違う。

  舌先で飴をゆっくり転がすように、時間をかけじっくりと俺を味わおうとしている。

  その行為に、俺は自分が女になってしまったような感覚を覚えた。

  「今日はおめぇを女に変えてやるからよ」

  俺の両乳首が腫れぼったくなっているのを見て、おっさんは満足そうに一息ついた。

  小一時間は責められて、赤く腫れ上がり、敏感になった俺の乳首。

  ぴん、と指で弾かれると、今までとは違う鋭い快感が体の芯を貫いていく。

  俺の股間は先走りでぐっしょりと濡れている。

  その中央で、びくびくと涙を流す逸物に、おっさんは手を触れる。

  ぬめる亀頭を指先でくりくりと刺激する。

  「ああっ!」

  乳首とは違う、直接的な気持ちよさに、俺は思わず声をあげる。

  「かわいいなあ」

  俺を抱え込み、その太い舌を俺の耳に潜り込ませながら、くちゅくちゅと亀頭を揉み上げる。

  「んんっ!」

  「ああ、ローションがあった方がもっと楽しめるかぁ。このまま、チンポが腫れ上がるまで亀頭攻めしてやるつもりだからよぉ」

  そう言うと、ベッドサイドに置いてある容器を手に取り、たらりと亀頭に垂らしていく。

  赤く充血した肉棒に、そのひんやりとした感覚が気持ちいい。

  しかし、その感触を味わう間もなく、再び俺の体は抱きかかえられ、さっきよりも強い刺激を亀頭に感じる。

  「これで、ちょっとやそっと乱暴に扱っても、切れるこたぁねえだろう。……二人で楽しもうぜ、快楽地獄をよ」

  機械的に指先を動かしながら、舌先で俺のうなじを舐めあげ、耳を甘噛みすると、くちゃくちゃと舌で撫でさする。

  「あっ、あっ、あっ」

  身もだえすることすらできない縛られた俺ができるのは、嬌声を張り上げることだけだった。

  きゅっきゅっ、とまるで亀頭を磨き上げるように、指を動かすおっさん。

  「あ、もうイ……」

  「イカせると思うのか?」

  俺の体が震えだしたのを見て、おっさんは俺が射精態勢に入ったのに気付いたのか、滑らかに動かしていた手首をストップする。

  「あ……」

  ホッとしたのと同時に、虚無感のような感覚が俺を襲う。

  「なんで……」

  「もっと楽しませてくれよ。おめぇの体をよぉ」

  そう言うと、チンポを握ったまま俺の体から手を放し、おっさんは、もう一方の指を俺のケツに這わす。

  「この締りのいいケツも悪くねえんだけどな。わしの太さにゃちょっときつすぎる。もうちっと柔らかくなるようにほぐしてやらねえとな」

  片手で器用にローションを掌にまぶし、それを指先に絡めて、おっさんはゆっくりと俺のケツに潜り込ませる。

  「うぅっ」

  俺がケツに気を取られている間に、また亀頭をこねくり回す指の動きが再開されていた。

  「おめぇのいいとこ、ここだろ」

  淫靡な笑みを浮かべ、俺の前立腺を優しく撫でまわす。

  もどかしいその感覚は、亀頭攻めと重なって一瞬で俺を絶頂付近までいざなう。

  「あ、もう……」

  「イカせねえって言ってるだろ」

  その言葉とともに、停止される快感。

  俺はその先を求めて、体をよじらせる。

  ……もっと、もっと。

  ローションにまみれた下からガマン汁が溢れ出し、シーツを濡らしてるのがわかる。

  イキたい、ただイキたいと俺の逸物が涙を流しているのだ。

  「まだまだ、この前立腺がぷっくり膨れ上がるまで我慢しろよ。優しくかわいがってやるからよ」

  前に回した指の動きを止めたまま、ケツに入れた指を小さく震わせる。前立腺に直接触れないその動きは、肉襞に満たされたローションを通して、ごくわずかに感じ取れる。

  気持ちいいけど、イクことができない刺激として。

  「んんっ!」

  「おめぇはほんと、かわいいよなぁ」

  体を起こして、猪親父は俺と唇を重ねる。

  俺はそのヤニ臭い口に舌を差し入れ、必死におっさんの舌を吸う。

  せめて、そこから快感を得られるようにと。

  「おぉ、おぉ。情熱的じゃねえか。普段からそんなかわいげのあるとこ見せてくれよ」

  再び、両手の指先がうごめきだす。

  しかしそれは、俺をイカすためじゃなく、味わうため。

  よりソフトなその感触は、絶対に俺を絶頂には導いてくれない。

  もう、頭がおかしくりそうだった。

  「イカせて……。……イカせてください!」

  俺は懇願する。

  「お願いだから……、イカせてください!」

  「あのなあ……」

  猪親父は言う。

  「俺はおめぇのために言ってるんだぞ。今イっちまうと、あとで後悔すると思うぜ。今より何倍も狂っちまうことになるんだぞ」

  かまわない。

  今この状態から解放されれば。

  この後どうなったって。

  「お願い……、お願いします!」

  俺は涙とよだれで顔をべとべとにしながら懇願する。

  「しゃあねえなあ」

  そう呟くと、おっさんはにやりと笑う。

  「おめぇが言ったんだからな。覚悟しとけよ」

  そう言うと、亀頭を掴む掌に力が入る。

  そして、指先が直接前立腺に触れる。

  「ほれ、上澄み抜いとくか。……とりあえず一発イっとけ」

  「ぐぅぅっ!」

  強く、でも小さい動きが、俺の体に稲妻が走ったような衝撃を与える。

  俺は全身をこわばらせながら、大量のザーメンを吐き出す。

  どぴゅ、どぴゅっ!

  「おぅおぅ、たくさん吐き出しやがって」

  掌が真っ白に染め抜かれるほど出された白濁液を見て、おっさんは嬉しそうに笑う。

  「言ったよな。今イっちまうと、あとで後悔するってよ」

  そう言うと、その白にまみれた掌を再び亀頭に覆いかぶせた。

  「おしおきだ。……潮吹かせてやるよ」

  次の瞬間、猛烈なくすぐったさと快感が俺の逸物を襲う。

  「ひぃぃっ!」

  先ほどまでとはくらべものにならないほどの強さで、猪親父は俺の亀頭をぐりぐりとこねくり回しだしたのだ。

  イったばかりで敏感な亀頭を。

  「がああああっ!」

  俺はその感覚に身をよじらせて暴れるが、縛られた上に反対の手で押さえつけられ、何一つ抵抗なんかすることができない。

  「だから言ったろうが。快楽地獄だとよ」

  ……あ。

  ……あ。

  頭の中が真っ白になる。

  目が見開かれ、体が硬直するのがわかる。

  強烈なくすぐったさ。

  そこから湧き上がってくる何か。

  「イ、イグぅぅぅぅぅぅっ!」

  ぷしゃぁっ、と目の前が弾けたような気がした。

  「おう、出た出た」

  子供のようにはしゃぐ猪獣人。

  びしゃっ、びしゃっ。

  俺の逸物から高く高く吐き出された潮が、蛍光灯に照らされてキラキラと光る。

  瘧にかかったようにびくびくと体を震わせることしかできない。

  今まで感じたことのない感覚。

  それは恐ろしいほどの快感。

  それは快感というよりももっと暴力的な何かだった。

  そのまま意識を失いそうになっている俺を、猪獣人は嬉しそうに抱きしめる。

  「よしよし、次はメスイキの時間だ。ケツだけでじっくり感じさせてやるからよ」

  

  11

  

  「なあ、かず。お前つきあってるやついるのか」

  指だけでイカされ、また亀頭攻めでイカされ。あの太い逸物をケツになじむまで突っ込まれイカされ。

  一体何度気絶したのか。

  濃厚なセックスの後、疲労で身動きできない俺を見下ろしながら、おっさんは煙草を吹かす。

  「……」

  俺はその言葉に、体の火照りが覚めていくのを感じた。

  「……なんか、まずいこと聞いたか?」

  「いや、付き合ってはいないけど、好きな人は、いた」

  「どんな奴だ?」

  おっさん相手だ。気を遣うこともないだろう。

  俺はため息をつきながら言った。

  「熊獣人のおやっさん。むちゃくちゃ格好よくて、むっちゃ理想の人だったよ。発展場で出会って、何度もセックスして。……でもそれだけだった。向こうはセフレとしか思ってなかったんだ。……おっさんと同じだよ」

  俺の言葉に、おっさんはふん、と鼻を鳴らす。

  「全然、俺のことを見てくれなかった。俺はおやっさんとちゃんと付き合って、セックスだけじゃなくて一緒に出掛けたりしたかったんだ。でも無理だった。元々おやっさんには想い人がいたからさ。……結局俺が辛くなってもう会わないって伝えたんだ。おっさんと出会ったのはその後すぐさ。そのままあんたにやられちまったんだよ」

  「そりゃまずいタイミングだったな」

  「おっさんにしてみりゃいいタイミングだったんじゃねえの。そんなでもなきゃ、ついていったりしねえからさ」

  俺はおっさんの顔も見ずに言う。

  「そうか。……まだそのおやっさんのことふっきれてないんだな」

  「当たり前だよ。ふっきれるはずがない。あんなに好きだったのに」

  「俺とは全然違うのか」

  そう聞いてくる俺はその言葉に猪獣人に俺は笑って答える。

  「そりゃそうだ。歳と体格は似てるけど、顔立ちが全然違う。おやっさんは威厳があってかっこよかったし」

  「言ってくれるじゃねえか」

  おっさんはムキになったように言う。

  「俺だって、そんなに悪くないぞ。このモヒカンみたいなとことか、ちょい悪親父風でかっこいいて評判なんだぜ」

  自分の頭のてっぺんの、毛がもしゃもしゃしたところを指して言う。

  「ちょい悪どころか極悪親父じゃねえか。会ってすぐさまレイプなんてよ」

  相手によっちゃ警察行きだぜ、と俺は言う。

  「誰にでも、そうやって声かけてるのかよ」

  「そうじゃねよ。おめぇだけだ」

  「……」

  ……そんなことわかりゃしない。

  極悪親父は、煙草を灰皿に押し付けて消すと、俺の顔をのぞき込む。

  「でもよぉ、わしの顔はともかく、セックスは悪くねえだろ」

  「まあ……」

  悔しいけど、その交わりはおやっさんより気持ちよかったのだ。

  おやっさんとは違い、猪は俺のことを見て、俺の体を感じさせるために動いた。

  執拗に、執拗に。

  その太短い指で俺の体をまさぐることで俺の感度を高め、そのぶっといチンポで、俺の肉襞を自分好みの柔らかさに変えてしまう。

  「じゃあ、もういっぺん泣かせてやるよ。おやっさんを忘れるぐらいによ」

  「ふん、やってみろよ」

  挑発的なその言葉に、猪獣人は俺の上に覆いかぶさってくる。

  ……忘れさせてほしい

  俺は少しでも、おやっさんのことを忘れるために、その快楽に溺れることしかできない。

  でも、それでも俺は、おやっさんを忘れることができなかった。

  12

  これで五度目だ。

  何度も会っているうちに、体を開発されていくのがわかった。

  おっさん好みの体になりつつあるんだろう。

  自分の体が変わっていくのがわかる。

  ……それでもいい。

  いや、どうでもよかった。

  毎週のように声をかけられ、俺は惰性でおっさんとの情事を行う。

  その日も、いつものように猪のおっさんに呼び出された俺は、いつものラブホに向かうために、街角を歩いていた。

  待ち合わせまではまだ時間がある。

  俺は、通りにあるデパートに足を踏み入れ、紳士服コーナーをのぞくことにする。

  「そういや、スーツ、買っとかねえとなあ」

  そろそろ古くなったスーツを新調しなければいけないことを思い出したのだ。

  エスカレーターで5階まで上がり、行きつけのスーツ売り場に行こうとして……。

  俺は足を止めた。

  正確に言えば、足を進めることができなかった。

  『部長、こんな高いの駄目ですよ……』

  『馬鹿、ガキが金の心配なんてすんじゃねよ。おめぇと違ってそれなりに金稼いでるんだ。こういうのはおとなしく俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ』

  『でも……』

  『うるせぇなあ。生まれて初めてのスーツなんだろうが。こういうのはな、いいものを買うってのが相場が決まってるんだよ。金を出すのは俺なんだ。グダグダ言って、俺に恥かかすんじゃねぇ』

  『はい……ありがとうございます』

  『よしよし、それでいいんだ』

  そこには、まるで親子のような、熊獣人と犬獣人の姿があった。

  うれしそうな熊獣人は、まだ子供のようなあどけない顔を見せる犬獣人の頭に、ぽんぽんと掌を乗せた。

  

  俺は静かにその場を立ち去ることしか出来なかった。

  逃げ去るように。

  ……俺もあれぐらい子供だったら。

  ……あのぐらいの歳におやっさんに出会っていたなら。

  ……虎じゃなく、犬獣人だったら。

  ……なんで、俺じゃなくて……

  「おお、遅かったじゃねえか」

  いつものラブホの一室に入ると、すでに準備ができたおっさんが、ベッドに座り俺の顔を見上げた。

  その脇にはローションやディルド、縄が置かれていた。

  「今日も気持ちよくしてやるからよ。……ほれ、裸になって、そこ行きな」

  あごでしめされた俺は、服を脱ぐとノロノロとベッドの上に上がった。

  仰向けに横たわる俺を見て、猪はいつものように下卑た笑みを浮かべると、俺の体に手を伸ばす。

  「いい具合に開発されてきたじゃねえか。乳首も大きくなったんじゃねえか。わし好みだぞ」

  耳元でささやかれるだみ声も、頭の中に入ってはこない。

  ……俺がこんな風にしてる間に、おやっさんはあのわんこと……

  俺の脳裏にあのとき見た幸せそうな二人の姿が蘇る。

  ……やっぱりダメだったんだな。

  わかってはいた。

  わかっていたから、ほとんど諦めてた。

  ……でも、ひょっとしたら連絡があるかもと、ずっと待ってたんだ。

  「おい、かず。大丈夫か?」

  聞いたことがないような猪獣人の声音。

  俺が顔をあげると、いつもの下卑た表情じゃない、心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいる。

  「え、何が……」

  そして、俺は頬を伝う暖かい感触に気づいた。

  ……俺、……泣いてるのか。

  気づいてしまうと止まらなかった。

  涙は後から後からあふれ出る。

  「俺……街でおやっさんとわんこを見かけて……二人とも幸せそうで……、俺じゃ駄目だったんだ。……やっぱり、俺じゃ駄目だったんだ……」

  ……本当に好きだったんだ。

  ……本当に好きだったんだ。

  もう、ガキのように泣きじゃくる事しかできなかった。

  そんな俺を、おっさんは困ったように抱き寄せる。

  俺は、泣きじゃくることしか、できなかった。

  「……」

  気が付けば、カーテン越しに柔らかい光が射し込んでいることに、俺は気が付いた。

  ……朝だ。

  目を開けると、飛び込んでくるのはおっさんの茶色い体毛。

  「……あ」

  その大きな体で、抱きしめられている。

  夕べ、泣きじゃくっていたそのままに。

  泣き疲れて、俺はおっさんの腕の中で眠ってしまったのだろう。

  そのごわごわした体から、優しいぬくもりが伝わってくることに俺は気付く。

  それは、俺のすさんだ気持ちを癒してくれるような気がした。

  「あの……こうへ……。おっさん」

  俺はすこし猪獣人の体を揺する。

  「んが……おぉ、起きたのか」

  寝ぼけ眼をこすり、おっさんは俺に話しかける。

  「はい……。あの……昨日はごめんなさい」

  とんだ醜態をさらしてしまった。

  「ん、ああ。いいじゃねえか。人間、泣きたいことなんていくらでもあるさ」

  「うん」

  「……それにしても」

  おっさんは、俺の顔を見てにやりと笑う。

  「歳相応に可愛い返事ができるようになったじゃねえか。初めはあんなに、はすっぱな感じだったのによぉ」

  「……」

  その言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じる。

  なぜか、今までと違い素直な返事ができるようになったのだ。

  一番恥ずかしい部分を知られてしまったせいだろうか。

  「さあ、飯でも食うか。ホテルに頼めば、モーニングサービス持ってきてくれるだろう」

  「はい」

  「あのさあ……。おめぇ、今日は暇なのか?」

  「……はい、仕事休みですから」

  「じゃあ、よぉ。ちょっと俺に付き合わねえか?」

  なんだ、セックスのやり直しか?

  俺が首をかしげると、おっさんは言いにくそうに口を開く。

  「ほらよ、おめぇ……前におやっさんと一緒に出掛けたかったとか言ってたじゃねえか」

  「……」

  そう、あのおやっさんとはエッチだけだった。

  一緒に出掛けたりしたことはなかった。

  「あの……。わしでよけりゃ、一緒に出掛けてやろうか。おめぇのおやっさん代わりによ。ちょっとでも気晴らしになるかもしれんからさ」

  きまり悪そうな顔をしながらそんな提案をしてくる猪獣人。

  「今日はおめぇのおやっさんになってやるよ。熊じゃなくて猪で申し訳ないけどよ」

  「ありがとうございます……。うれしいです」

  本当だ、その気持ちがすごくうれしかった。

  「じゃあ、映画でも見に行ってみるか。今、面白いのやってんのかな」

  まぶしい朝日を浴びながら、二人してラブホを出ると、おっさんは映画見に行く前に、とオフィス街に向かって歩き出す。

  あまりここに似つかわしくない姿を追いかけていると、おっさんは中でもひときわ大きなビルの前で立ち止まる。

  「かず、ちょっとここで待っててくれ。さすがにこの格好じゃ、デートってわけにはいかねえだろ」

  おっさんは、にやりと笑ってそう言うと、その大きなビルの中に入っていった。

  見上げると、そこには会社名だろうか、大きな文字で『INOYAMA MATERIAL』と書かれている。

  ……行きつけの服屋でも入ってるのかな。

  オフィスビルのように見えるそこに、汚い作業着姿のおっさんが入っていくのは、なんとなく不釣り合いだった。

  ……。

  「おお、すまんすまん」

  「……いえ」

  五分も経たずに現れたおっさん。

  なぜか、スーツに身を包んでいる。

  「ついでだから、職場でスーツに着替えてきた。汚ねぇ作業服じゃ締まらねえからな」

  ……ここが職場なのか。

  というか、おっさん、作業服着るような仕事じゃなかったのか?

  あの油の汚れ様は、実際働いてるようにしか見えなかったけど。

  それよりなにより。

  ……なんというか。

  ヤクザじゃん、これじゃ。

  ……いかついガタイに真っ黒なスーツって、堅気に見えないんですけど。

  粗野でいかつい顔立ちに、見上げるほどのたっぱに、大きな肩幅。腹のせり出した貫禄ある体幹。丸太のように太い手足。

  そこにいかにも高級そうな、ちょっと似合わないお洒落なスーツを身に着けている。

  サングラスでもかけたら、子供が泣き出すこと請け合いだ。

  しかも、スーツをあまり着慣れていないようで、正直似合っていない。

  俺が唖然としてその姿を見つめていると、おっさんは、困惑したように笑う。

  「え、この格好ダメか。……すまん、わし、あんまりデートとかしたことないからよ」

  その困ったような顔が、その服装とミスマッチで、俺は思わずクスクスと笑ってしまう。

  「わ、笑うなよ。……困ったなあ」

  「いや、大丈夫ですよ。なんか、かわいいと思ったから」

  その言葉に、憮然とした表情を見せる。

  「おっさん相手にかわいいとか言うんじゃねよ」

  「そんなことより、早く行きましょう。もう、映画始まっちゃいますよ」

  「そんなことって、おい……」

  「結構面白かったですよね」

  「ああ、海外のドンパチはやっぱり派手でいいもんだなあ」

  映画を見終わると、俺たちは喫茶店で飯を食う。

  見た目通りに食欲旺盛なおっさんは、四人掛けのテーブル一杯になるほど、料理を注文して片っ端から手を付けている。

  ナポリタン、カツカレー、オムライス、ミックスサンドに卵サンド。

  俺はその勢いに圧倒されて、申し訳程度にサンドイッチをつまむぐらいだった。

  「かず、おめぇも遠慮せずに食えよ。ここのはうまいんだからよ」

  合間にミックスジュースを飲みながら、鉄板の上に置かれた大盛ナポリタンをがつがつ食う姿は、本当にスーツが似合っていない。

  「……はい。たまには映画もいいもんですね」

  「そうだな。っていうか、おめぇは休日いつも何やってんだ」

  「用事がなければ、ジムに行くぐらいかなぁ。あとは、おやっさんと会ってたぐらいかな」

  独り言のように、俺は呟く。

  「趣味はセックスってわけだ」

  「いや、そんな露骨に言われても……」

  おっさんの言葉に、俺は顔をしかめる。

  「発展場以外で、会うことなかったから」

  「……そうか。そのおやっさんのどこがよかったんだ」

  猪獣人は食事の手を止めて、俺に聞いてくる。

  「どこでしょうね。……いかつくて格好良くて、初めて見たとき、どうしてもこの人に抱かれたいって思って。……一目惚れっていうんだろうなあ。だから、相手してもらえるってわかったときは、すごくうれしかった」

  俺は、つらつらとおやっさんとの思い出を語っていく。

  初めて会った時の話。

  連絡先を交換できて、呼び出されて、天にも昇る気持ちだったこと。

  はじめはセフレでもいいと思っていたこと。

  おやっさんに好きな相手がいると気付いてしまったこと。

  そして、それが耐えられなくて、自分から別れを切り出したこと。

  「そうかそうか」

  穏やかに聞いてくれるおっさん。

  乾とは違い、ノンケ相手と気を遣うこともないため、自分の気持ちを正直に話すことができた。

  「エッチもすごかったけど、何よりあの顔が好きだったんです。威厳があって、いつもしかめっ面で。でも部下だっていう、好きな奴の話をするとき、その顔が少しだけ優しくなるんです。それが……」

  ……あ。

  「ん、どうした?」

  続きを促そうとしたおっさんに、俺は思わず謝る。

  「……ごめんなさい」

  たとえセフレと思われているにしたって、そこで別の男の話を嬉しそうにするのは、ルール違反だ。

  いくら話を聞いてくれるとしても。

  ……だってそれは、俺がおやっさんにやられて、辛かったことなのに。

  俺の表情を見て、それがわかったのか、首をかしげていたおっさんは、笑い飛ばしてくれた。

  「馬鹿、そんなこと気にするんじゃねぇ。大体わしから聞き出したんだからよ。……何の話でもいいんだ。わしはお前の話が聞けるだけで嬉しいんだ」

  その言葉に俺は顔が赤くなる。

  「そ、そういえば、あんな会社に勤めてるのに、作業服なんて着てるんですね」

  俺はごまかしついでに、疑問に思っていたことを聞いてみる。

  「ああ。一応、あそこの所属なんだが、現場が好きだからよぉ。ほとんど会社には寄り付かねえんだよ。だからスーツなんざ、ほとんど着ねぇ。年に何回か、会議の時に着るぐらいかなあ。上には、ちょいちょい会社に顔を出せとは言われてるんだけどな」

  だから、会社のロッカーに吊るしたまんまで埃かぶってるのさ、とおっさんは笑う。

  「へえ」

  どうりで着慣れないわけだ。

  まあ、あのがっしりとした肉体は、オフィスワークで維持するのはなかなか難しいだろう。

  「そういえば」

  ガタイの良さで思い出す。

  「前に相撲やってるって言ってたよね」

  初めて会ったとき、俺を抱きかかえながらそんなことを言っていた。

  「ああ。と言っても素人相撲だけどな」

  笑いながら言う。

  「うちの町内は昔から相撲が盛んでな、子供の頃からずっとさせられてたんだよ。まあ、こんな体だからよ、いまだに相撲大会に参加させられることがあるんだ」

  「へえ。俺、あの。……“浩平さん”の相撲とってるとこ、今度見てみたいな」

  「……」

  相撲を見たいと言ったことか、それとも初めて名前を呼ばれたことに驚いたのか、目を丸くする猪。

  「……ああ、いいとも。見せてやるよ、わしの格好いいとこをよぉ」

  浩平さんは嬉しそうに笑った。

  その後、二人でぶらぶらと街を歩いた。

  浩平さんは俺が服を選ぶのを興味深そうに見て(わしは服に興味ないから、休みの日でも大概作業服なんだよ、と言っていた)、これなんか似合うんじゃないと、何着か服を買ってくれた。

  もちろん断ったのだが、ガキが心配するなと取り合ってくれなかった。

  浩平さんは服よりもやっぱり食い気だったようで、クレープやアイスクリーム、たこ焼きなど気になる店があると、店に顔をのぞかせて買い食いしていた。

  いかついヤクザ(みたいなもんだ)が、女の子の後ろにおとなしく並んでクレープを買っているのはなかなかシュールだったが、浩平さんは気にもならないようだった。

  「ほら、おめぇも食うか?」

  必ず、自分が食べる前に勧めてくれるので、一口ご相伴にあずかる。

  「どうだ、うまいか?」

  そんなに食ってたら、夕飯食えなくなりますよと言いながらも、ぱくつく俺の姿を見て、浩平さんは嬉しそうに笑っていた。

  そのまま夕方になり、当たり前のように二人で居酒屋で一杯飲んで(本当に今日はよく食った)、俺たちは店を出る。

  ご機嫌でふらふらと歩いている浩平さんの後ろを、俺はついて歩く。

  「今日は楽しかったなあ。わしは大満足だ」

  「俺も楽しかったです。ありがとうございます。……でもそんなこと言って、俺のことお持ち帰りしようって思ってるんでしょう。酔っぱらってるから無理やりやっちまおうって」

  冗談めかして言う俺の言葉に、浩平さんは足を止めて振り返り、まじめな顔をして首を横に振った。

  「そんなことしねえよ。今日はこれで解散だ」

  「……」

  「だって……今日は、おめえの大好きなおやっさんの代わりだからな。最後に俺がしゃしゃり出て、あとでがっかりさせちまったら辛いじゃねえか」

  その言葉は、ひどく俺の胸を打った。

  「でも、次会うときはいつものスケベな猪親父になるからよ。わしは極悪親父だからな、おめぇが嫌だって言っても、縛ってぶっとい逸物をぶち込んじまうぞ」

  無理やり下卑た表情を作って、笑って見せる。

  「じゃあな」

  と、後ろを向き、歩き去ろうとする浩平さん。

  俺はなぜか、そのスーツの袖をぎゅっとつかむ。

  「ん、どうした?」

  振り返った浩平さんは俺の顔を見る。

  「あの……」

  「?」

  「今夜は一緒にいてもらっちゃ……駄目ですか?」

  結局、『しょうがねなあ』と、浩平さんは呟くと、俺の手を引っ張って、近くのホテルにチェックインする。

  そのまま、お互いにシャワーを浴びると俺たちはベッドで横になる。

  「今日はちゃんと寝るんだぞ」

  いつもならすぐにでも襲い掛かろうとするのに、浩平さんは今日は俺を抱き締めたままてを出そうとはしない。

  その気持ちが、ものすごく嬉しかった。

  「……あの、浩平さん」

  「なんだ?」

  恥ずかしさをこらえて俺は言った。

  「あの……入れて欲しい」

  「……いいのか?」

  昨日の俺の様子を気にしてくれているのだろう。

  「俺、浩平さんに入れて欲しい」

  「しょうがねえな」

  そう言うと、猪は俺に口づける。

  今までとは違う、優しいキス。

  ……道具のように使われるだけでないセックスが、こんなに気持ちいいなんて。

  俺は知らなかった。

  お互いが独りよがりでないセックスがこんなに温かくて気持ちいいなんて知らなかった。

  でも。

  「かず、まだおやっさんのことふっきれそうにないか」

  「……ごめんなさい」

  「なんで謝る必要がある。人間なんて、そんなもんだよ。俺はそんなおめぇと一緒にいるのが楽しいんだよ」

  浩平さんは豪快な笑顔を見せて、俺の頭を撫でてくれた。

  13

  「もう付き合っちまえばいいんじゃねえの? その浩平っていうおっさんと」

  いつものように乾にせっつかれて経過報告をしていると、眼鏡ハスキーは、首を振りながら呆れたように言った。

  レイプまがいなことをされて、まさかあの後もちょいちょい会っていたとは思わなかったようで(俺だって、こっぱずかしくて言えなかった)、メールのやり取りをしているのを見つかったときは、ものすごい形相でお小言を頂戴してしまった。

  それから、『目を放すと何をするかわからん』とでも言わんばかりに、定期的に話を聞いてもらう事になっているのだ。

  信用されてないか、子供みたいに思われているのか。

  ……同級生なんだがな。

  「少なくとも熊のおやっさんよりかは、ずっとお前にあってると思うぜ。カズに対して誠実だと思うしな」

  「ああ」

  わかっているが、まだ未練があるのだ。

  おやっさんに。

  「まあ、人間そんな簡単には割りきれるわけじゃないのはわかってけどよ。あんまり煮え切らないと、捨てられちまうぞ」

  乾のその言葉に、俺は最近セックスの誘いが少ないことを思い出す。

  あの夜以降、浩平さんが声をかけてくる頻度が減ったのだ。

  年末に近づいてきて、人肌恋しい時期なのに、正直寂しいと思っていた。

  「捨てられる、か」

  あれだけ俺の体を好きに使って、浩平さんは俺に付き合おう、とは決して言わない。

  それが不安だった。

  おやっさんのように、ただのセフレだと思われているのじゃないだろうか。

  それが身勝手な考え方だというのもわかっていた。

  自分はまだおやっさんのこと、踏ん切りがついているわけではないのに。

  自分がどうしたいのか、わからないのだ。

  決定権が、自分にないような気がした。

  だから、今はまだセフレでもいいのかもしれない。

  でも今回はいつもとは違うような気もしてた。

  おやっさんの時とは。

  だから、自分から電話をかけることができたのだろう。

  おやっさん相手で、そんなことはできなかっただろうから。

  「お前からかけてくるなんて、嬉しいもんだな」

  ドキドキしながら電話した俺の声を聞いて、嬉しそうな声を出す浩平さん。

  「最近、連絡ないから……飽きられたかなと思って」

  俺の言葉を、おっさんは笑い飛ばす。

  「馬鹿、せっかくわし好みに開発されてきたっていうのに、飽きるわけねえだろうが。わしも会いたいけどよ、しばらく忙しくてな。……ちょっと飯食いにいくぐらいならいいが、エロいことするには時間が足りねえ。お前もセックスなしじゃいやだろ。わしもどうせなら朝までたっぷりかわいがってやりたいからよ」

  「別に……別に飯だけでもいいけど」

  「そうかそうか」

  電話口で優しい声を出す猪。

  「じゃあ一緒に飯いくか」

  「うん」

  俺は子供のように素直に答えた。

  「いつだったらいいんだ」

  「いつでも。……今日でもいいけど」

  その答えに、浩平さんはふふっと笑う。

  「よっしゃよっしゃ。じゃあ夜に一緒にうまいもん食いにいこう。食いたいもん考えとけよ」

  「食いたいもん考えとけって言ったろうが」

  仕事を無理やり定時で終わらせると、寒空の下、コート一枚羽織っただけで待ち合わせ場所に駆け付けた俺に、作業服の上からジャンパーを着た浩平さんは呆れたように言う。

  「言やぁ、なんでもうめぇもん食わしてやるのによ」

  結局、食べたいものなんて特に思いつかなかったのだ。

  「いや、そうなんだけど……」

  ……浩平さんとならどこでもいい。

  その言葉を、俺は飲み込む。

  「しょうがねなあ。俺の行きつけの中華屋にでも行くか。あそこ汚ぇけど、けっこううまいんだよ」

  浩平さんはそう言いながら、俺の格好をじろりと見ると、持っていたカバンから大きな包みを取り出した。

  「寒そうな格好してるからよ。ほれ、やるよ」

  包みを投げてくる浩平さん。

  「開けてみろ」

  「はい」

  紙の包みを開くと中にはブランド物の紺色のマフラーが入っていた。

  「もうすぐクリスマス近いからな。プレゼントってやつだ」

  「え?……あ、ありがとうございます」

  素直に嬉しかった。

  「こんなのもらったの子供の頃以来だ。……ごめんなさい。俺、何も用意してない……」

  「いらねえよ。おめえがわざわざ会いたいって電話かけてくれたのが、わしにとって何よりのクリスマスプレゼントだよ」

  浩平さんが連れてきてくれたのは、いわゆる町中華という奴だった。昔からやってそうな、こじんまりとして古くて油まみれの、でもうまい料理を食わせてくれそうな中華屋さん。

  店の中に入ると、厨房から発せられる熱気と、大勢の客の熱気とで、上着がいらないほど暑いぐらいだった。

  「親父、いつもの奴。二人前で頼まぁ」

  たまたま開いていた四人席にどっかと腰掛けると、浩平さんは上着を脱ぎながら声をかける。

  「了解。そやけど、そこの虎の兄ちゃん、そないに食えるんかいな?」

  長いコック帽をかぶった豚の店主が、大きな中華鍋をガチャガチャ言わせながら声を張り上げる。

  「大丈夫。残ったらわしが食うよ」

  「また、ぶくぶくに肥えんで」

  「親父に言われたくねえよ」

  掛け合いのようなやり取りは猪親父がここの常連だということを思わせる。

  「浩平さん、何頼んだんですか?」

  「ああ、ここの店でだしてくるうまいもん一通りかな。エビチリ、酢豚、春巻き、餃子、レバニラ、麻婆豆腐。けっこう、ボリュームあるけど、食えるか?」

  「はい、昼めし食ってないから、大丈夫かな」

  定時に終わらせるために、昼休憩なしで仕事を終わらせたのだ。

  「そうか。……それと飲み物は、ビールでいいか?」

  「はい」

  「あとでかずが飲めるなら、紹興酒も追加しようや。ここのは甕だからうめぇんだ。……親父、ビールも2つな!」

  「そこでから勝手に注いでくれ」

  「へいへい」

  忙しい時はいつもそうなのだろう。浩平さんは当たり前のように立ち上がると、レジの近くにある業務用サーバーに向かい、冷蔵庫に収納してあったキンキンに冷えたジョッキを取り出してビールを注ぎだす。

  「あ、浩平さん俺やります」

  慌てて立ち上がろうとする俺を、制する浩平さん。

  「いい、いい。こういうのはわかってる人間がやった方が手っ取り早いからな」

  「そうそう」

  浩平さんがテーブル戻ってくると同時に、店の大将も大皿を三枚持って現れる。

  「とりあえず、春巻きと、エビチリと酢豚な」

  どう見ても、二人前以上あるそれらの皿をドカッと置くと、いそいそと厨房に戻っていく。

  「すごいボリュームですね」

  春巻きなんか、ぶっといのが10本以上ある。

  「さあ、食え食え。春巻きは、酢醤油と辛子でいいか」

  「え、あ、はい」

  小皿に酢醤油を注いでくれる猪獣人。

  結構まめな人みたいだ。

  「あ、うまい」

  揚げたての春巻きは、見た目通りにうまかった。

  パリっとしていて、噛むと中から具材がたっぷり出てきて。

  「わしはな、この春雨とたけのこがたっぷり入ったここのが好きでよぉ」

  ビールをあおりながら、浩平さんは嬉しそうに一口で春巻きを頬張る。

  「エビチリも酢豚もうまいから食ってみろ」

  「はい」

  俺は促されて、取り皿にエビチリと酢豚を取り分けていく。

  「ん、パイナップルは嫌いか?」

  他の具材はたっぷり乗せていたのに、酢豚に入ったパイナップルだけ申し訳程度に一つ、皿に取ったのを見て、浩平さんは笑う。

  「あ、ばれちゃいましたか?」

  俺も笑う。

  「ごめんなさい。料理に果物って、ちょっと苦手で。ポテトサラダにみかんとかそうめんにさくらんぼとかも」

  「あれかあ。あれは俺もちょっとなあ。まあ、出されたら食うけどよ」

  そう言うと、浩平さんは箸を伸ばし、俺の皿のパインをつまみ取る。そして大皿のパイナップルをひょいひょいと箸を動かし、すべて自分の皿にのせてしまう。

  「ほれ、これで大丈夫だ。食ってみ、うまいから」

  皿をパインでいっぱいにして、浩平さんはにかっと笑う。

  「……浩平さんてさ」

  「ん?」

  「なんか懐広いよね」

  「ただ、食い意地はってるだけだ」

  猪獣人は愉快そうに言う。

  「そうじゃなくて……、まあいいや」

  浩平さんの言うとおり、酢豚もエビチリもうまかった。

  それから、残りの料理がテーブルに運ばれ、ビールから紹興酒に切り替えた後、俺たちは腹がはちきれそうになるほど中華料理を堪能する。

  「浩平さん、俺もう食えないや」

  「そうかそうか。なあ、うまかったろ、ここ」

  「はい」

  頼んだ料理以外にも、店の親父さんが、季節のものだからこれも食えと、上海蟹まで持ってきてくれたのだ。

  あの小さい蟹を、浩平さんはあの太い指先で器用に剥いて、中身を食っていた。

  その小刻みに動く指の動きに、俺を責めている浩平さんの姿が重なり、俺は顔が赤くなったのを、俺は紹興酒を飲んでごまかす。

  意味ありげに、にやりと口をゆがめていたから、ちょい悪親父には気づかれていたかもしれないけれども。

  「かず。そういや、来月の3日、おめえ暇か?」

  満足したのか、いつもよりもせり出した腹を叩きながら、浩平さんが俺に聞いてくる。

  「はい、大丈夫だと思うけど」

  来月と言えばもう1月だ。さすがに3日はまだ会社も休みだろう。

  「いやさ」

  猪親父は照れたように言う。

  「その日に町内で神前相撲すんだよ。で、わしが出るからさ、……良かったら見に来てくれねえかと思って。……いや、用事があるならいいんだけどよ」

  「行きます! 行きたい!」

  俺は即答する。

  「そうか」

  ほっとしたような表情を見せる浩平さん。

  「じゃあ、見に来てくれよ。おめえの前でかっこいいとこ見せてやるからよ!」

  「はい、期待してます!」

  「それと、相撲でわしが勝ったら、……おめえに言いたいことがあるんだ」

  「言いたいことですか?」

  「ああ、だからよ。絶対負けられねえんだ」

  その内容は、聞かなくてもわかるような気がした。

  だから俺は言う。

  「はい、楽しみにしてます」

  「ああ、待っといてくれよ」

  14

  1月3日。

  ……寒くないのかな。

  「よく来てくれたな」

  はらはらと雪が降り出している中、まわし姿で出迎えてくれる浩平さんを見て俺は思う。

  神社の境内には大きな土俵が作られ、そこでは子供たちが相撲を取っていた。

  近所のお祭りのような感じなのだろう。屋台もたくさん出ていて、見物客もわいわい歓声をあげている。

  「寒くないんですか?」

  「寒かねえよ」

  まわしだけで、上着すら羽織っていないというのに、浩平さんは平然としている。

  どっしりとした腰に巻かれたまわしは、使い込んでいるのか茶色く汚れていた。

  「なんだ、こいつが気になるのか」

  何か勘違いをした猪獣人はそっと耳に口を寄せてくる。

  「なんだったらこの格好で一度責めてやろうか」

  「な!」

  思わず顔を赤らむ俺を浩平さんは満足そうに見る。

  「す、相撲、何時からやるんですか?」

  俺はごまかすように聞く。

  「ああ、14時からだから、もうすぐだ。ちびっこ相撲大会が終わったら、俺たちがトリだ」

  「すごいですね」

  「すごかねえよ。昔は神さんに奉納の意味も込めてやっていたからもっとにぎやかだったらしいが、最近はすたれちまってよ。近所でも大人で出場できるのが俺と、もう一人ぐらいなんだよ。だから、毎年オオトリさ。いい加減、若い奴らに譲りたいんだがなあ」

  「それにしちゃ、やる気満々に見えますよ」

  最後に裸を見た時より、少し体が大きくなっている気がした。

  「そりゃそうだ。今年はおめぇが見に来てくれてるんだからな。無様な姿は見せられねえよ」

  猪獣人はにんまりと笑う。

  「だから、おめぇとセックスする時間削って、必死に稽古してたんだよ」

  ……それで、なかなか会えなかったのか。

  「おおい、浩平!」

  背後から、そんな浩平さんにかけられる呼び声。

  「おお、悠さんか」

  「……」

  それは。

  確かに俺の聞き覚えのある声だった。

  「あれが、その、今日の対戦相手だよ」

  浩平さんのその言葉よりも早く、俺は振り向いた。

  そこにいたのは、巌のようにでかい体に、ちょっと見とれてしまうぐらい、男臭くて威厳のある顔立ち。頑固そうに口をへの字に曲げているが、目は少しだけ優しそうな熊獣人。

  おやっさんだった。

  「……」

  「……カズか。何でこんなところに……」

  向かい合ったまま絶句する二人。

  「どうした?」

  「おやっさん……」

  その様子に一瞬いぶかしげな顔をしていた浩平さんだったが、俺の発した言葉で顔色を変える。

  「おい、かず。大丈夫か?」

  俺の気持ちを察してくれたのだ。

  と、後ろから声変わりもしてないような高い声が響いてくる。

  「部長!」

  それはあの日、部長と買い物をしていたわんこだった。

  わんこはぱたぱたと尻尾を振りながら近づいてくる。やがて、部長の隣まで来ると、足を止めた。

  「部長、この方たちは?」

  その言葉に、硬直が解けたように口を動かすおやっさん。

  「ああ、こいつが今日の俺の相手の浩平だ。俺の幼なじみだ。で、こいつが……」

  「……寅田和義です。以前おやっさんには世話になったことがあって」

  俺はなんとか言葉を返す。何も知らないわんこはにこやかに笑いながら挨拶する。

  「初めまして。僕は柴田……」

  「誠くんだろ?」

  俺は微笑んだ。

  「部長さんから聞いてるよ。君のことをすごく大事にしてるって」

  「そうなんですか。ありがとうございます!」

  嬉しそうに顔を赤らめる柴犬。

  その様子を不安そうに見つめる二人。

  「浩平、お前……カズと知り合いなのか」

  おやっさんが浩平さんに耳打ちする。

  「ああ。……しかし参ったな。悠さんが、かずのおやっさんかよ。こりゃハードル高ぇなあ」

  「なんのことだ?」

  「こっちの話だ。……今日は負けねえぞ」

  「そりゃこっちのセリフだ。じゃあ、またあとで……」

  カズもな、と小さく呟くと、おやっさんはわんこを連れて立ち去っていった。

  「おい、かず。大丈夫か?」

  二人の姿が人ごみに隠れて見えなくなると、浩平さんはすぐにこちらを向いて尋ねてくる。

  その顔は、本当に心配している顔だった。

  「大丈夫ですよ。……さすがにちょっとびっくりしたけど」

  「そりゃそうだろうなあ。悠さんはわしの幼馴染でな、あの人は相撲もそうだが、学生時代に柔道の国体で優勝したこともある猛者なんだ。……おめぇが見に来てくれるから、死に物狂いで勝ちに行くつもりだったのによぉ、悠さんがおめぇのおやっさんかあ。やりにくいったらありゃしねぇ」

  とほほ、と呟く猪獣人。

  「何言ってるんですか。勝ったら言いたいことあるんでしょ。俺はそれを聞きに来たんですよ。勝ってください!」

  「……応援してくれるのか?」

  「当り前じゃないですか!」

  「そうか……よし!」

  そのグローブのような両手で、自分の顔をバチンっと叩くと、浩平さんは気合を入れる。

  「じゃあ、頑張ってくらぁ!」

  「はい!」

  場内アナウンスで、自分が呼ばれたことに気づいた浩平さんは、肩を怒らせて土俵に向かう。

  俺はそれを目で追いかける。

  その視線の向こう側には、わんこの声援に笑顔で答えるおやっさんの顔が見えた。

  「……なんでだろう」

  幸せそうなその二人を見ても、俺は前ほど何も感じなかった。

  年甲斐もなく、泣いてしまうほど辛かったはずなのに。

  わんこの代わりに、そこに自分がいられたらって、何度も思ったはずなのに。

  俺は、自分の中で、おやっさんの存在が小さくなっていることに気づく。

  その時わかる。

  今、自分にとって一番大事な相手が誰なのかを。

  俺は視線を土俵上に向ける。

  そこには、俺が初めて目にする、威厳ある厳めしい顔の猪獣人の姿があった。

  いつもとは違う、ちょっと見とれてしまうほどに男らしく重厚な表情。

  それは初めて見る、浩平さんの“雄”の顔だった。

  15

  

  まわし姿の二人は、塩をまき、土俵に手を付ける。

  行事は二人のその姿を認めた後、軍配を構える。

  向かい合う二人の体からは、熱気で白い蒸気が上がる。

  はらはらと落ちる雪は、その二人の体に触れて溶けていく。

  お互いが、ぐっ、と睨みあう。

  

  その一瞬、しん、と周りの空気が凍る。

  土俵に立つ二人の男以外の時間が、止まった。

  

  次の瞬間、二人の獣が、どん、とぶつかり合う。

  「っ!」

  まるで世界が揺れたよう。その衝撃に俺は声もでない。

  車と車が正面衝突したようなすごい迫力。

  これが初めて見る生の相撲……。

  お互いに腕を伸ばし、互いのまわしを掴む。

  そして、両者の回しを握る手のひらに、ぐぐっと力が込められる。

  お互いの力が拮抗しているのだろう。

  渾身の力でぶつかり合う二人はまるで吸いつけられた磁石のように離れようとはしない。

  ただ小さく、お互いが押し戻しを繰り返している。

  「部長、頑張って!」

  先に大きく動いたのは、おやっさんだった。

  火事場の馬鹿力とでも言うのか。

  「おおおおおっ!」

  獣の雄叫びをあげ、その太い足で土俵を踏みしめ、前に出る。

  ただでさえ丸太のような腕が膨れ上がり、血管が浮き上がるのがわかる。

  「くっ!」

  その勢いに浩平さんは一歩、また一歩と後ずさる。

  ぎりぎり土俵際。

  追いつめられる浩平さん。

  「浩平さん、頑張って!」

  気づいたら身を乗り出して声をかける俺の姿があった。

  腕を振り上げ、声を振り絞る。

  「浩平さん!」

  「うおおおお!」

  俺の声に応えたのか、浩平さんの目に闘志が宿る。

  肩から体をぶつけるようにおやっさんにぶつかっていく。

  弾丸のような勢いにさしものおやっさんも抗うことができず、一歩後ろに下がる。

  「行け、浩平さん!」

  俺の言葉に力を得て、もう一歩足を踏み出す。

  力強い、一歩とともにつき出される右腕。

  「あっ」

  だが、それは悪手だった。

  一瞬の間に体勢を整えたおやっさんは、かろうじて渾身の右腕をかわすと、再び浩平さんの回しをつかみ、その体をはたきこむ。

  どん!

  重たい音が土俵に鳴り響く。

  勝ったのは……おやっさんだった。

  16

  祭りの後は、いつだって侘しい。

  それが試合に負けたとあっては余計にだ。

  トリの神前相撲が終わって、観客たちは帰り支度を始めた。屋台も片付けに入り、あと数時間もすると、この神社は静かになるのだろう。

  俺と浩平さんは、神社の石段に座ってそんな様子をぼんやりと眺めていた。

  おやっさんとわんこは意気揚々と二人で帰っていった。

  きっと二人で、祝杯を挙げるのだろう。

  別れ際、おやっさんは小さな声で俺にささやいた。

  「おめえに謝らなきゃいけないと思ってたんだ。……すまなかった」

  俺は笑って首を振った。

  きっと、それだけで伝わると思ったから。

  「なあ」

  隣に座っている浩平さんが、唐突に口を開く。

  「……ごめんな。せっかく来てもらったのによ」

  「……」

  「勝って格好いいとこ見せたかったのによ。しかもおめぇのおやっさんに負けちまうなんて」

  今まで見せたことのないほど情けない顔をする猪獣人。

  でも、そんな顔も、俺にとっては新鮮だった。

  「あの……」

  「ん?」

  俺は、思い切って口を開く。

  「あの、言おうと思ってたことって……何だったんですか」

  「……」

  浩平さんがじっ、と俺の目を見据える。

  「俺じゃダメか、と言おうと思ってたんだ。セフレじゃなくてよ」

  「……」

  「お前のおやっさん、悠さんの話を聞いてから、わしはずっと思ってたんだ。お前が弱ってるとこにつけこんで、ひどいことしてるだけなんじゃないかってよ……」

  「……」

  「だから、ちゃんと伝えたかったんだよ。おめぇに惚れてもらえるよう、大舞台で格好よく勝ってから告白しようって。付き合ってくれってな。……情けない結果になっちまったけどよ」

  「浩平さん」

  俺は問いかけた。

  「……あの時、初めて会った時、何で、俺に声かけたんですか」

  ずっと疑問に思っていた。

  初めて会った時。

  強引に俺の腕を掴んで、レイプまがいに犯した時。

  浩平さんが、普段あんなことをするような人じゃないと、俺はもうわかっていたから。

  「……一目惚れだったんだよ。だから、あんなとこで声かけて……。酔った勢いでよ。ひどいことしてるとは思ったよ。でもよぉ、あのとき声かけなきゃ、わしは一生後悔するような気がしたんだ」

  「あんなに強引に」

  「……ああでもしねえと、どうやって声かけていいかわからなかったからよぉ」

  照れたように言う、浩平さん。

  ……一目惚れ。

  俺がおやっさんに感じたような気持ちを浩平さんも俺に感じてくれたんだ。

  それを思うと、なぜかくすぐったいような、涙がこぼれそうな気持ちになる。

  浩平さんがぽつりと言う。

  「負けちまったけどよぉ。……やっぱり、わしじゃダメか? わしじゃおめぇのおやっさんの代わりにゃ、なれねえか?」

  「代わりにはなれないです」

  「……」

  「俺は、代わりなんかいらない。浩平さんが、好きなんです。本当に好きなんです」

  「そうか……ありがとよ」

  猪親父は、立ち上がって一歩近づくと、俺の頭をその大きな掌で、くしゃくしゃと掻き回した。

  俺は両手を広げて、その大きな体に抱きついた。

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