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せんぱいこうはい

  野球部部室。大体の学校は汚かったり狭かったり臭かったりとあまりいい環境、とは言えないだろう。

  しかし。ここは違った。とても清潔な雰囲気。花瓶に花が飾ってあったり。おおよそ汗臭さとは関係ない。

  決して活動していないわけではない。むしろ、地域でもそこそこ有名な強さだ。ではなぜここまで綺麗かというと。

  「…ふぅっ!」

  大量のアンダーシャツを部室の裏で干し終えた狐は毛からすら溢れる汗を拭った。

  その表情はとても満ち足りていて誇らしげである。

  マネージャーの彼一人の力によって部室は常に清潔に保たれているのだ。

  趣味、炊事・掃除・洗濯。運動も勉強もあまり得意ではないが、趣味に関して右に出るものはいない。

  快晴の元だ。きっとすぐに乾く事だろう。その間に部員達のお昼ご飯を作り始める。

  と。

  「ふぃぃぃ…つ、疲れた…」

  その声に耳を立て、狐は振り向く。そこにいるのはへとへとになってふらふらと歩く隼。

  「サクラ先輩。お疲れ様です…って、まだ皆練習してません?」

  確かに部室から少々離れたグラウンドからは気合の入った声とボールとバットがぶつかる音が聞こえてくる。

  休憩にはまだ少々早いだろうに。サクラははぁぁぁ、とため息をつき地べたに直接座り込んだ。

  「このクッソ暑い中練習したら熱中症になるわ。ってか翼が蒸れるんだよ…」

  ばさっ、と普段はほとんど使われない翼を広げサクラは不満そうに呟く。狐は苦笑いしか出来ない。

  「キャプテンに怒られちゃいますよ?」

  「そしたらそん時は倒れかけてた、って言えばいいさ。ところでリツ、今日の昼飯なんだ?」

  「秘密です。楽しみにしてください。」

  サクラの質問に狐―リツはにっこりと微笑んだ。

  ぶぅ、と嘴を突き出しサクラはごろん、と寝転ぶ。

  「ちょっとサクラ先輩、汚れちゃいますよ?」

  「いいよ別に。これぐらい汚した方が部活してた風に見えるだろ?」

  「洗うの僕なんですけど。…あ。」

  何かに気がついたリツは声をあげる。サクラはくわぁ、と欠伸をする。

  「あっついけどいい天気だなー…」

  目を瞑りうつらうつらとするサクラの顔が、突如として影に覆われた。リツはきゅ、と尻尾を縮こまらせ背を向ける。

  「よぉ、サクラ。元気そうだな。」

  その声にサクラは目をはっ、と開く。その目に映るのは…にっこりと笑顔―目の奥は笑っておらず青筋を浮かべて―の狼ー久音。

  ぎぎぎ、と引きつった笑顔を浮かべるサクラの耳を久音はがっしりと掴み思い切り引っ張った。

  「いででででで!!!」

  「サボってた罰としてグラウンド10周、追加な。リツ、洗濯ありがとうな。」

  にっこりと―こっちは目の奥も笑ってて優しい―笑顔を浮かべて久音は言葉を発し、そしてサクラをずりずりとグラウンドの方へと連れて行った。

  リツは苦笑いを浮かべる。そして腕を組んだ。

  お昼、秘密と言ったが実はまだ何も思いついていないのだ。一応調理室を使う許可は得ている。そこら辺は結構自由な校風なのだ。

  肉は必須。冷蔵庫の中身を思い出しうぅぅ、と唸る。ぱっと思いつくのは炒め物だが…

  「あれ、腕疲れるんだよなぁ…」

  大人数の料理を一気にするというのは下手な運動よりしんどいものだ。

  とはいえ他に思いつく料理もなく…と。そこでリツは足元に落ちているものに気がついた。

  「帽子?」

  それは紛れもなく野球帽。使い込まれてぼろっちくなっている。恐らくサクラのものだろう。

  引っ張られてる時、野球帽をつけてなかったし。

  「サクラ先輩の…帽子…」

  リツは小さく呟き辺りを見渡す。グラウンドからははつらつとした声が聞こえてくるが、周りには誰も居ない。

  …なにかいやーな光を宿しながらリツは…使い込まれた野球帽の中にマズルを突っ込んだ。

  一息吸う毎に汗と据えたような臭いと、雄の臭いが脳みそを揺らす。くんかくんかと夢中で吸い込み…顔を上げるとはぁぁぁ、と恍惚の表情を浮かべるリツ。涎すら零しそうな勢いだ。

  「サクラせんぱぁい…♪」

  そう呟きリツは股間を膨らませた。

  憧れの先輩、というかラブまでいっちゃってるリツ。サクラの物を触ったり嗅いだりするだけで興奮してしまうほどなのだ。

  一度火がつけばそれは止まらない。切なそうに、だが恍惚の表情でリツはサクラの帽子にマズルを突っ込みまたくんかくんかとサクラの臭いをたっぷりと楽しむ。

  気がつけば右手が股間に伸びてさわさわと膨らみを撫でていた。

  びくん、と肉棒が跳ねる。部室の裏は自分しかおらず、この時間なら誰も来ない…はずだ。

  見られたらどうしよう。そんな感情が更にリツの興奮を昂ぶらせる。

  もうここまで来ると止まらない。リツはズボンのチャックを下ろしボロン、と肉棒を露出させた。

  空気に触れビクビクと脈動する自分の肉棒を掴み素早く扱き始めた。

  すでにその行為を予見していたかのように肉棒は素直に反応し先走りをトロトロと溢れさせる。

  サクラの臭いが肺いっぱいに満たされて、どうしようもないほど幸福な気持ちになる。

  「あっ。んふぅっ…」

  漏れ出る声はどうしようもなく。切なさと快感が入り混じる。

  にちょにちょと肉棒を扱く音に水の音が混じり始め潤滑が良くなり、更に腕の動きが早まってきた。

  平均的な大きさの肉棒に血液が集まりその姿を膨らませる。

  帽子にずっと顔を突っ込んでいるせいか酸素が薄くなり頭がくらくらしてきてもなお肉棒を扱き続けるリツ。やがてトロトロと溢れ出た先走りが泡を立て始めポタポタと地面に落ち始めた。

  腰を震わせリツははあっ、と荒く息をつく。限界が近づきビクンビクンと大きく肉棒が跳ねた。

  根元が熱くなり、睾丸がきゅっ、と上がる感覚。

  「せんぱいっ…!サクラせんぱいっ…すきっ…!やっ、んんんんぅぅぅぅ!!」

  虚ろに呟きリツはぎゅう、と帽子を自分のマズルに思い切り押し当てた。一際大きく痙攣すると…

  びゅるっ、どぶぶびゅるるるるびゅるっ、びゅるっ!

  勢い良く噴き出した精液が空中に解き放たれ地面にぼたぼたと落ちていった。

  全身に走る快楽にはぁはぁと洗い呼吸をしながらリツは帽子をマズルから離す。顔は赤らみだらしなく舌をはみ出させ。

  余韻に浸りながら精液と先走りに塗れた自分の手をじっと見つめ、ペロペロと舐める。

  青臭い臭い。ビクンビクンと肉棒が震える。

  サクラとこんな事をしてみたい。肉棒を肛門に捻じ込まれ掻き回されたい。

  サクラはどんな表情で絶頂に達するのだろう。想像するだけで肉棒は硬さを取り戻していく。

  「もっと…もっとぉ…」

  やはり切なそうに呟き濡れたままの肉棒をもう一度リツは扱き始めた。

  

  [newpage]

  

  気が付けばお日様はてっぺんに。

  部屋の中からそれを眺めながらリツは机の上に大量のおにぎりを並べていた。。

  と、ドアががらがらと開く。

  「今日の昼飯はおにぎりか。中身はなんだろな?」

  グラウンドを走りまくり汗をダラダラ流しながらもサクラは楽しそうにリツに尋ねた。

  リツは顔を赤くしそれを悟られないようサクラに背を向ける。

  「しゃ、シャケとおかかです。」

  先程まで自慰にふけっていたせいで大したものが作れなかったのだ。その回数実に三回。

  時間の制限が無かったら後数回はしていた事だろう。

  まぁまさかそんな事してるとはつゆ知らず。

  オカズにされていたサクラは上機嫌におにぎりを1つ手に取った。

  「俺、リツの作るおにぎり好きなんだよなぁ。嫁さんにしたいぐらいだぜ。」

  冗談なのは分かっているのだが、思わずリツはピン、と尻尾を逆立てる。

  ムグムグとおにぎりを咀嚼するサクラ。

  そして部員たちがぞろぞろと部屋の中に入ってきた。

  皆汗塗れ泥まみれ。はっきり言って臭い。まぁもう慣れてしまったが。

  部員たちが美味しそうにおにぎりを頬張る様を見てリツは微笑む。

  「…あー、恋人欲しい。」

  2つめのおにぎりを飲み込んだ後にサクラは椅子に寄りかかり投げやりに呟いた。

  そうか、サクラは恋人募集中なのか。

  リツからしたらどうにも信じがたい。あんなにかっこいいのに、モテないとは。

  「サクラ先輩、それずっと言ってません?もう諦めたらどうですか?」

  と、後輩のココロが苦笑いで返す。

  「やだー!卒業までには作って青春を謳歌するんだ!」

  力強く発言しそして項垂れる。

  「頑張ってね、とか言われてぇ…」

  非常に切実である。

  リツは部員達用の麦茶を作りながらそれを耳にしていた。

  自分じゃ駄目かなぁ、と思いつつ。

  

  お昼も終わった。部員達は皆再び練習へ。

  そしてリツは一人部室の整頓をしていた。部活動の方は人が足りてるという事で手伝いとかはしていないのだ。

  誰もいない部室はやはり静か。

  とはいえ。掃除もし尽くし綺麗な部屋ではそこまでやる事もない。

  長椅子に腰掛けるとふぅ、とため息を一つ。大量の掃除と洗濯と、そして料理を作るのは意外と体力を使うもので。

  まぁ、この疲れはそれだけじゃないのだが。

  先程の快感を思い出しリツの股間がまた膨らんでいる。どうしてこうもまぁ、こっちは元気なのか。

  もやもやと頭の中に霞がかかる。眠さと、疲れと、そして。

  リツは自分でも気がつかないほど自然とサクラのロッカーの前に立っていた。

  震える手で扉に手をかける。きっと、きっと鍵がかかっている。そうだ。そうに違いない。

  はぁはぁと荒く息を吐きリツは扉を引いた。扉はリツの予想と反してあっさりと開く。

  特に大事なものなどを入れてもいないのだろうか。

  罪悪感と、そして背徳感にゾクゾクと背筋に稲妻が走りぬけたようだ。ロッカーの中には鞄と替えのユニフォームやアンダーシャツが乱雑に入っている。

  いけない。これ以上いけない。駄目だ。脳が命令を下すが…一度ついた火は消えない。

  震える手でアンダーシャツとユニフォームを持ち上げる。洗濯してあり綺麗なものだが…そこからはサクラの染み付いた体臭がする。

  妄想が広がる。サクラと一緒になれたら。サクラが自分を責めてきたら。自分を襲ってくれないか。

  頭の中がピンク色に染まっていく。サクラの半裸を思い出す。久音程ではないものの、充分立派な鍛えられた肉体。

  あの胸はどんな感触なのだろう。触れたい。自分とはきっと比べ物になら無いような手触りなのだろう。

  翼は?嘴は?疑問は、妄想は尽きない。

  ユニフォームとアンダーシャツに顔を埋める。恍惚のため息。

  溢れ出る涎をじゅるり、と啜りリツはひたすらにその香りを楽しむ。ここで自慰をしなかったのは本当に奇跡だと自分でも思った。

  無我夢中でサクラの臭いを肺の中に溜めていく。それだけでぞくぞくぞくぞくと背筋に快楽が走って。

  「はぁぁぁぁぁ…♪」

  気絶する直前でリツは顔を上げる。その顔は緩みきりだらしないものだ。

  しばらく余韻を楽しんでいたが…やがてリツははっ、とした表情を浮かべ急いでサクラのユニフォームなどをロッカーに戻した。

  誰も戻ってこなくてよかった。ため息をつきリツはまた長椅子に腰掛けた。

  いわゆる賢者モードという奴である。自己嫌悪を大きくなっていくこの気持ちにリツは大きなため息を吐いた。

  自分なんかがサクラと釣り合うわけもなく。下手に告白して否定されたら。今までの関係を保つ事ができなかったら。とても耐えられるものとは思えない。

  どうしようもない気持ちを抱え、リツはよろよろと立ち上がった。

  今日はよく晴れている。きっと洗濯物も乾いているだろう。

  

  [newpage]

  

  「はぁぁぁぁぁ…」

  平日の午後というものはしんどいものではあるが、それとはあまり関係なく大きなため息を吐いてサクラは机に突っ伏した。

  「どうしたサクラ。」

  話しかけてきたのは黒豹のシュウ。久音の恋人であり生徒会長でもある。

  「シュウみたいなリア充には分からん悩みを抱えてんだよ俺は…」

  ぶっきらぼうに返しサクラはぷい、とそっぽを向く。

  それにシュウは苦笑いするしかない。

  「また恋人欲しいって?」

  ズバリである。昼時のシュウと九音の姿を見てとてもとっても羨ましくなってしまったのだ。

  困ったものである。まぁ友人達の前でそうイチャつくのもいかがなものか、という話ではあるのだが。

  「その通りだよチクショー!一人は寂しーんだよ!」

  くわっ、と目を見開きそしてサクラはがっくりと肩を落とす。

  なんていうか見ていて飽きない。シュウはくすりと笑い試しに聞いてみる。

  「部活の中でいないのか?好きな奴。」

  「んー…考えた事ねぇな。練習中はそれどころじゃねぇし。」

  「もしかしたら近くに居るかもしれないぞ?運命の人ってのがさ。」

  「そんなもんかねぇ。」

  「さぁ。…ほら、次移動教室だぞ。急げ急げ。」

  「あいあい。…くわぁぁ…」

  気だるげに頷きサクラはゆっくりと立ち上がる。

  部活の中で、ねぇ。

  まさかそんな奴、おらんだろう。

  可能性を自ら一笑に付して

  

  夢だってわかった。

  目の前に全裸で立ち尽くすサクラがいて、自分がベッドに腰掛けている。それを見ているのも自分だ。

  何かを呟きサクラは自分を押し倒し乱暴に唇を奪う。

  サクラの勃起した肉棒が見えた。

  期待に体を震わせる自分。そしてサクラはぬぷぬぷと肉棒を自分の肛門に挿入していく。それに自分は体を震わせ甘い声を上げる。

  ずぷずぷと肉棒は埋まっていき全てを飲み込む。ズパンズパンと腰を振ると肉のぶつかる音がして。

  甲高い嬌声をあげ蕩けた表情を浮かべ肉棒を勃起させる自分。

  にちゃにちゃと水の音と卑猥な臭い。やがてサクラは翼を広げて自分たちを覆い隠す。

  見えない。けれど水の音と嬌声と唸るような声が聞こえた。

  その声はどんどん大きくなり、そして。

  突然全ての音が消えた。

  

  「…っ!?」

  そしてリツはベッドから跳ね起きる。またこの夢を見てしまった。

  もう何度目になるだろうか。案の定下半身は濡れているし。はぁぁぁ、と深く深くため息をつきリツは気だるそうに立ち上がった。

  思えば思うだけ。目を背けようとすれば背けようとするだけ。気持ちが日に日に大きくなるのが分かる。

  気持ちを伝えられれば、それが一番いいのかもしれない。けれど。

  いつも通り支度をする。…途中まで支度して気がついた。そうだ、今日は休みだった。

  休みは嬉しいが、寂しくもある。サクラに会うチャンスが少ないからだ。かといって目的も無く外に出るのも…

  「そうだ。」

  そこでリツは一つの事を思い出した。部活で使っている洗剤がもう切れかけていた事を。

  せっかく出掛ける準備もしたのだ、早速出掛ける事にしよう。もしかしたらサクラにも会えるかも知れないし。

  そんな淡い期待を抱いてリツは外に飛び出した。

  暑い陽差し。手で頭の上を覆いながらリツはてってこてってこ少し急ぎ足で道を歩く。

  いつも買出しに行く薬局とは違うところ。近くに住んでいる人達の集う大きなデパートだ。

  少し走ったら息切れがして汗がだらっだら流れてくる。なんとか呼吸を整えリツは中に入っていった。

  休みという事もありやはり人が多い。その中から見覚えのある姿を探してみる。

  大きな翼。少し鋭い嘴に、優しい目。…駄目だ、思い出しただけでドキドキしてしまう。

  クーラーが利いているのにとても暑くなってきた。手で首元を扇ぎリツはわざと遠回りをしながら洗剤が売っている場所まで赴く事にした。

  視線のどこかにサクラがいないか探して。

  「ストーカーかな?」

  自虐的な言葉を吐いてリツは苦笑いする。しかしそれでも探すのを止めない。

  と。

  椅子に座り項垂れる隼の姿が見えた。あの姿は、紛れも無く。

  サクラだ。なにやら非常に落ち込んでいるように見えるが、きっと見事にナンパに失敗大玉砕、といったところだろう。

  翼もなんだかしんなりというか、しなびているというか。声を掛ければきっと返してくれるだろう。

  ごく、と唾を飲み込み、リツはすぅと息を吸い込んだ。

  「サクラ先輩~!」

  その声にサクラは顔をゆっくりと上げる。その視線の先にいるのは汗でしっとりと濡れているリツだ。

  おう、とサクラは手を挙げそしてため息をついた。

  「どうしたんですか?こんな所で…」

  「まぁ…青春を謳歌しようとして見事失敗しただけだ。うん。」

  「…お一人で?」

  「あぁ。ココロも誘ったんだが流石に断られた。」

  リツの予想したとおり、やっぱり玉砕していたのである。

  サクラの隣にそっと座り、手を伸ばすが…その手を引いて、リツは空を仰ぐ。

  どくんどくんと心臓の音がする。言わなきゃ。言おう。

  「サクラ先輩、これから買い出しするんですけど、その、もし良かったら、手伝ってもらってもいいですか?」

  言った。言えた。サクラは腕を組みうむ、と頷いた。

  「いいぞ。何買うんだ?」

  「洗濯用の洗剤です。そろそろきれちゃいそうなんで…」

  「そっか。いっつもわりぃな。あんなにきったねぇユニフォーム洗ってくれて。」

  屈託の無い笑顔に目が眩みそうだ。よっと立ち上がるサクラに続いてリツも立ち上がった。

  まぁ、そのユニフォームでごにょごにょしているのは言える訳無いのだが。

  てくてくと薬局のあるフロアへ二人は向う。

  「い、いや、その…洗濯とか家事、好きなので…」

  「珍しいよなぁ。俺そういうのめっちゃ苦手だし面倒だし。おかげで母さんには怒られっぱなしだよ。」

  「やってみると楽しいですよ?最初は出来なくてちょっとイライラしちゃいますけど。」

  「そっかぁ。俺もやってみるかねぇ。パートナーとか出来た時に料理できた方がいいもんな。」

  「…そ、そうです…ね。」

  パートナー。サクラの。自分はなれないですか?と。

  項垂れるリツの頭の中でぐるぐる言葉が巡って。

  「見えた。そういや俺、ここの薬局来るの始めてだわ。」

  サクラの言葉にリツは頭をあげた。結構距離があるかと思っていたのだが、早足になってしまったのだろうか。

  サクラの横顔をそっと伺う。楽しそうな表情。

  今の自分はどうなんだろう。変な顔じゃないかな。赤いこと、ばれちゃうかな。

  ドキドキする。一緒に二人っきりで歩くのは。サクラの手にそっと手を伸ばすけど。すぐに引っ込める。

  「ぼ、僕は結構来ますよ。広くて、色々置いてあって楽しいです。」

  「へぇ。」

  頷きサクラは前を歩いていった。その背中を追いかける。

  薬局の中は消臭剤のサンプル、化粧品。そして薬の臭い。色々混ざった独特のにおいが広がっている。

  嫌いじゃない臭い。リツはすんすんと鼻を鳴らしふるふると尻尾を軽く振り、入り口においてあった籠を手に取った。

  サクラはというと…一直線に見えたお菓子売り場に向っていた。

  「お、新作!コンビニだとたっけーんだよな、これ。」

  「ちょっと安くなってますよね。」

  「だよなー!」

  目立つようにディスプレイされているポテトチップスの袋を手に取りサクラは微笑みながらリツの方を振り返った。

  自分より一つ上なのに、年下に見えそうなほど無邪気で幼くて、可愛らしい。

  「よっしゃ。買おっと。」

  言うとサクラはポテトチップスの袋を手に取った。

  「次は洗剤だな。」

  「はい。」

  籠にぽいぽいと放り込み、次は洗剤コーナーへ。

  いつも使っているものは丁度よく安売りしていた。リツは数個洗剤を手に取りどちゃりと籠に入れる。

  その量の多さにサクラは目を丸くしていた。

  「そ、そんなにいるのか?」

  「そうですねぇ。一応予備としても買ってあるんですけど、これだけで1ヶ月分ぐらいですかね。」

  「…なんていうか、ほんと苦労かけてんな。」

  「いいんですって。僕が出来る事はこれぐらいなんで。」

  「マネージャーの鑑だ…眩しくて見れねぇ」

  おどけながら目を背けるサクラにリツは笑った。

  

  [newpage]

  

  買い物も終わり。

  一緒にいられる時間も、おしまいかな。

  「じゃ、じゃあサクラ先輩、買い物付き合ってもらってありがとうございました。」

  袋を手にぺこり、と頭をさげるリツ。おう、と手を上げるサクラだったが…

  む、と唸り腕を組んだ。その様子にリツは首を傾げる。

  「どうかしましたか?サクラ先輩。」

  「あ、いや…そのさ、お前が嫌じゃなけりゃ、これから遊ばねぇか?俺、この後別に予定あるわけじゃねぇし。ココロ誘ったら断られたし。」

  苦笑いと一緒に誘うサクラ。リツは即座にコクコクと頷いた。

  それも凄まじい勢いで。

  「もちろん大丈夫です!僕も暇ですから!」

  「お、おう。じゃ、行こうぜ。」

  その勢いに気圧されるサクラだったがすぐに苦笑いを微笑みに変えて。

  二人はデパートの散策を始めた。

  賑やかな人通りの中で、二人は色々な店に入った。普段は入らないような、小洒落た洋服店。

  リツが似合わない帽子を被って、サクラもサングラスを付けてみる。

  お互いを見合って、しばし無言になるとぶふっ、と二人とも噴き出した。

  そして値段を見て。びっくりして。

  お昼ごはんは安い定食屋。当然サクラはご飯大盛り。肉野菜炒めにうどんセット。

  やっぱり良く食べるなぁ、と目を丸くするリツにサクラはむしろお前は食わなさ過ぎだ、と言ってみたり。

  食べたら今度はゲーセン。UFOキャッチャーで見つけた大きなぬいぐるみ。

  なんでか分からないけど、二人はめっちゃ欲しいと燃え上がり。

  数度の挑戦を経て。なんとかゲットする。これ、どうすんだ?部室にでも飾ろうか。

  そんな話をして。楽しい、ゆったりとした時間が、あっという間に流れ去っていく。

  「あー、明日からまた学校かぁ。」

  歩きながら時計をふと見たサクラがくわぁ、と欠伸混じりに呟く。

  夢から覚めたような感覚だ。リツはそうですね、と小さく返し俯く。

  一緒に居られた時間が本当に夢のようだった。楽しくて、嬉しくて。ずっとこうであればいいのにと思った。

  もう、終わってしまうのか。明日からはいつも通りに、遠くからサクラを見て、想って。

  

  本当にそれでいいのか。

  

  「リツ?」

  歩みを止めてしまったリツにサクラは心配そうな表情で声をかけた。

  「おい、大丈夫か?」

  その声でリツは自分を取り戻す。そうだ。このままで言い訳が無い。

  喉から声を捻り出す。

  「あ、あの!サクラ先輩!」

  「お、おうっ!?」

  自分自身で驚いたのだ。サクラが驚くのも無理はないだろう。びくっ、と震えたサクラにリツは顔を赤くしながら続ける。

  「そ、その…話が、お話ししたい事が、あります。時間を頂いても、いいですか?」

  並々ならぬ何かを感じたのだろうか。サクラは一瞬の沈黙の後に頷いた。

  「あぁ。なんだ?」

  「そ、その、ここじゃちょっと…」

  「人が少ない方がいいのか。…じゃああっこに行こうぜ。」

  

  二人が来たのは駐車場の横。イベントなんかがあると使われる開けた広場だ。

  今はイベントもやっておらず、当然人はいない。

  ドクンドクンと心臓が跳ねて、全身の毛が逆立つようだ。

  「で、話ってなんだ?」

  サクラの言葉に呼吸が止まりかける。リツは顔を真っ赤にして真っ直ぐにサクラを見た。

  かっこいい。憧れ。大好き。

  ドキドキする。ずっといたい。一緒に。

  たくさんの単語がぐるぐる頭の中を回るのに。

  「あ、え、その、あ…」

  何一つとして出てこない。

  笑顔を怪訝そうな表情に変えるサクラ。言わなきゃ。

  多くても四文字。たった二文字の言葉。

  

  すき

  

  出てこない。喉が締め付けられたように苦しい。息が止まる。

  頭がぐわんぐわんと揺れているようだ。

  自分は今、立てているのか?それすらもわからない。

  出てこい。出てこい。出てこい!

  「ぼっ…僕っ…は…せん、ぱいのことっ…!うぅぅっ…!」

  ぼろぼろぼろと言葉の代わりに出て来るのは大量の涙。

  顔の毛並みを濡らしてもなお溢れる涙はぼたぼたと地面に落ちる。

  リツのその変化にサクラはぎょっとした表情を浮かべ、リツの肩を揺さぶる。

  「お、おい、大丈夫か?!」

  「ぅぅっ、あぅぅっ!」

  顔がくしゃくしゃになる。それでも、涙は出て来る。

  たった二文字の言葉が出て来ないのに。

  伝えないまま終わるなんて、嫌だ。それなのに。

  涙を拭うリツ。そしてサクラは。

  ばさっ、と翼を広げてリツを優しく包み込んだ。

  「…お前が言いたい事。わかんねぇけどさ。言えるまで待ってやるから。落ち着け。な?」

  ぽんぽん、と頭を軽く叩いて。

  翼の中は暖かく、サクラの臭いがする。サクラの胸元に顔を埋めて。

  涙が溢れても、横隔膜が痙攣を起こしても。

  リツは顔を上げた。

  言わなきゃ。

  伝えなきゃ。

  絶対に、後悔する。そう思った。

  さぁ。

  出てこい。

  「僕はっ…っ、せんぱいがっ…」

  たった二文字でいいんだ。

  たとえどんな結果になっても。

  

  出てこい。

  

  「すき」

  

  あぁ。言えた。

  自然と笑顔が溢れ出る。どんな結末でも。後悔はない。

  戸惑うようなサクラの表情が、愛おしい。言えた。言えて、よかった。

  心が満ちていく。

  「すまん。」

  サクラは視線を逸らし、ただ一言返す。

  そう、か。

  自分は。

  「…大丈夫、です。」

  儚い感情だった。でも、もう大丈夫。

  自分の中に区切りをつけた。それだけで。

  なのに、溢れる涙はなんでだろう。

  「あ、いや、違う!その、今のすまんは、ええっと…」

  と、リツの涙を見たサクラは慌てたようにリツの両肩に手を乗せてガクガクと揺さぶった。

  「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺、言いたい事あんだけど、なんか上手く出てこねぇ。ちょっと待ってくれ。」

  「…?」

  首を傾げるリツにサクラはすー、はー、と深呼吸を幾度かした。

  ふぅ、と息を吐いて、真っ直ぐにリツを見つめる。

  「今のすまん、は、えぇっと、その、お前の気持ちに気がつけなくてすまん、って意味だ。だから、その、俺を好きでいてくれたの、すげぇ嬉しい。」

  時々宙を見るように視線を泳がせるサクラ。しかしそれは決して嘘をつくためではないとなんとなく分かった。

  気持ちが、言葉が多すぎて、どう出せばいいのかサクラも分かっていないのだ。

  「で、さ。俺、ずっと恋人欲しい、とか、青春したい、とか言ってたけど、恋とか愛とか良く分かってなかった。ただ、シュウと久音が羨ましくてさ。あぁ、もう、なんて言えばいいんだろう。とにかく、なんも分かってなかった。その、リツがこうやって俺のこと好きって言ってくれて、その…」

  一瞬の沈黙。夕陽は沈みかけ、ジジジと電灯が音を立てて光を放った。

  「凄い嬉しいんだ。心の奥があったかいっていうか、ほっとするっていうか、一緒に居たいって思った。恋っていう感情なのかわかんねぇ。けど、お前と一緒になってもいいって思った。これが好きって気持ちなら…俺も、お前が…」

  

  「すき」

  

  たったの二文字。

  それだけなのに。

  「…ざぐらぜんばいぃぃぃぃ!!!」

  「わっ、うわっ!…ごめんな、俺、ほんと言われるまで分かんなかった。こんなに近くに好きな人、いたんじゃん。な。」

  涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたリツを優しく抱きしめ、頭をなでる。

  涼しい風が二人を包んだ。サクラはそれからリツを護るように。

  翼をきゅぅ、と、畳んだ。

  

  

  

  「サクラ先輩、今日元気っすね。」

  部活終わりで疲れているのだろう、げっそりした表情でココロはサクラに話しかけた。

  一方のサクラはというと鼻歌交じりでとても楽しそうだ。

  「そうだな。うん。」

  「…恋人、出来」

  「サクラ先輩!」

  ココロの言葉を遮るのはリツ。尻尾をブンブンと振って、ココロに構わずサクラの腕に抱きついた。

  「おう、帰るか。じゃあな、ココロ。」

  「お疲れ様~!」

  楽しそうに、そして幸せそうに寄り添う二人の背中を見送って。

  「サクラ先輩、多分ずっと独り身だと思ってたのに…」

  たっぷりと怨嗟の念を込めて。

  「裏切りものぉぉぉ!!!!!!」

  ココロの悲痛な叫びが響いた。

  

  

  

  おまけ

  「サクラ。今日はやけにげっそりしてるな。どうした?」

  「…リツと初めてその、やったんだけどよ…」

  「それを友人に言うのもどうかと思うし何をしたかはあえて聞かんが、それで?」

  「あいつ…意外とタフというかなんというかさぁ。明け方まで3連発。」

  「…リツってあの、マネージャーだよな。とてもそうは見えないけど。」

  「やべぇのなんの。何回搾り取られたか。」

  「だから学校でそういう話はいかがなもんかと」

  「次は一方的にはされねぇぞ。」

  「まぁ、応援だけはしてやる。」

  「じゃあ手伝え」

  「はぁっ!?な、何を言ってんだ!?バカか、バカなのかお前は!」

  「大丈夫だって。すぐ終わるから。」

  「いやそういう問題じゃなくて何をバッグから出して」

  「いいからやろうぜ。桃○」

  「…は?」

  「いやぁ、リツと昨日帰ってからずっと○鉄やってたんだけどマジ超つええの。びっくりしたわ。物件買えない金取れないでもう搾られまくり。10年対決3連続で1回も勝てなかったわ。」

  「…やったって、それ?アレじゃなくて?」

  「アレ?…あっ///そ、そんなのまだはえぇだろ!ばっ、はぁっ?///」

  「お前意外とウブだよな…」

  

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