AdAd
  
わんわんぱにっく! その6

  そんな日々が続いて。すっかり飼育小屋の景色に馴染んだ私は立ち上がりフラフラと飼育小屋の中を歩いていた。

  空には夕陽が昇っていて、カラスの鳴き声も聞こえる。

  正確な時刻は分からないが、今が夕方である事だけは分かる。

  先程まで遠くで聞こえていた子供達の声も聞こえてこず、学校は静かなものだ。

  静かな飼育小屋。その中に居るのに、何故か心が騒ぐのだ。

  この焦燥感はなんだろうか。色々考えてみても何も分からない。心当たりがない。

  いつも通りタケルが下校時刻に来て私の餌皿に餌を入れて帰っていった。

  いつも通り少し遊んで、私の頭を撫でて。

  なのに、この焦燥感はなんだろうか。

  落ち着きなく歩く私。じっとしている事が出来ないのだ。

  しかし、今の私にそれ以上のことは出来ない。鎖に繋がれた首輪が憎くなる。

  そうしている間に空には半分の月が昇っていた。

  人であったときには僅かにしか感じられなかった月明かりがやけに眩しく見えて。

  私はその月に向かって遠吠えをする。

  こうでもしていないと、落ち着くことが出来ないのだ。

  

  朝が来る。浅い眠りしかとれなかったせいで少々眠い。

  くわぁ、と欠伸をする。…少し冷たい朝もやの中で私は一つの足音を聞きつけた。

  恐らくタケルだろう。彼は私がここに来てからずっと朝早くに登校し、私の餌を追加したり掃除をしてくれている。

  私は立ち上がり尻尾を振り飼育小屋の扉が開くのを待った。

  がちゃ、と音がして。そこに居たのはミク先生だ。

  いつものようにのんぽりとした雰囲気ではなく、何か焦燥しているような。

  「ここにも居ない…」

  はぁはぁと肩で呼吸をしながらミク先生はそれだけ呟く。

  …何かがあったのだろう。それが何かは検討もつかないが。

  飼育小屋を去ろうとするミク先生のズボンを咥えて私はミク先生を引き止める。

  「あぅ…あ、ウルウル、ごめんね、今ちょっと急いでて…」

  「ガゥッ!」

  何があった、と聞こうとするが、もちろん今の私には人の言葉を喋る事が出来ない。

  ミク先生は私の頭をやさしく撫でた。

  「ごめんね、またご飯とかは後で用意するから…ごめんね。」

  そしてミク先生は飼育小屋を去っていく。…鍵開けっ放しだが。

  何があったんだ。あのいつも何があってものんびりしているミク先生が焦燥するなんて。

  朝もやが晴れてきた。…そういえば、タケルはどうしたのだろう。

  いつもならもう来ていてもおかしくない時間だ。というか、ここまで来ないのは初めてのような。

  風邪でも引いてしまったのだろうか。もしそうなら心配だが。

  そして、また別の足音が聞こえてくる。今度こそタケルだろうか。

  尻尾を振り開けっ放しの扉の前に立って。次にきたのは、トモ先生だ。

  こちらも同じように焦燥しておりはぁはぁと荒く息をついている。

  「いねぇ…何処いったんだ…」

  「ガゥッ!」

  トモ先生も誰かを探しているようだ。…でも、誰を?

  私は一声吼えてトモ先生に近寄る。何があったんだ。一体。

  トモ先生は膝を曲げて私と視線を合わせる。

  「ガゥッ!」

  一体、どうしたんだ。私の抱える疑問。それにトモ先生は答えた。

  「ウルウル、あのな。タケルが昨日の夜から家に帰ってないみたいなんだ。」

  …なるほど。だからミク先生も私のところに、というか飼育小屋に来ていたのだろう。

  タケルの毎朝の日課になっていたし、ミク先生もそれを知っていたのだろう。

  そして、トモ先生も。

  「何か、何かなかったか?ウルウル。」

  そう言われても、昨日はいつも通りだった。餌を入れて頭を撫でて、掃除をして。

  クゥン、と少し悲しめに鳴く。私には何も分からない。

  トモ先生はため息をついた。

  「そうだよな…すまんな、ウルウル。」

  立ち上がるトモ先生。私はそんな彼の白衣をがっしりと咥えた。

  ピン、と白衣が伸びてトモ先生は立ち止まった。

  振り返るトモ先生。真っ直ぐに彼は私を見つめてくる。

  私もそれに答え、彼の目を見つめる。

  私にも探させて欲しい。タケルのおかげで私はここにいる。

  なら、そんな彼を助けないなら、今の私は、ここに居る意味がないのだ。

  「おまえさん…」

  「ワフッ!」

  トモ先生ははぁ、とため息をつきしゃがみ込むと私の首輪を外した。そして外で遊ぶとき用の首輪をつける。

  ポケットから取り出したのは、タケルの物であろうハンカチ。

  「これの臭いを辿ってくれるか?…頼むから逃げ出さないでくれよ?」

  「ガゥッ!」

  もちろん、そのつもりだ。タケルを探し出して、必ず連れて帰るのだ。

  差し出されたハンカチに鼻を突っ込み臭いを覚える。

  …よし。タケルの臭いは覚えた。ハンカチから顔を離す。トモ先生はそのハンカチを私の前脚に巻いた。

  「…頼む。」

  「アォォォォォン!」

  私の頭を撫でるトモ先生。私は思い切り遠吠えをしてそれに答えた。

  のんびりもしていられない。飼育小屋から飛び出していく。

AdAd